GTO〜もし過去に戻れたら〜   作:死徒

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反映されていないようなので再投稿します。


第九話〜秘密〜

 

 

麗美とみやび達の旧校舎での対峙の翌日。

 

みやびの執念と、神崎麗美という天才への劣等感は、ついに理性のタガを完全に崩壊させ、最悪の形で学苑内に具現化することとなった。

 

朝の登校時間。

 

吉祥学苑の正門をくぐり、校内に入った生徒たちの足を止めたのは、昇降口の壁、そして廊下の壁一面にまでこれでもかと大量にばら撒かれた、異様なコピー用紙の山だった。

 

そこには、悪意に満ちた扇情的な見出しと共に、神崎麗美の戸籍や出生にまつわるデータ――精子バンクの優秀な遺伝子だけを選別・結合して作られた人工的な天才児であるという事実が、おぞましい嘲笑の言葉と共に克明に記載されていた。

 

「おい、これマジかよ……神崎って、作られた子供だったのか?」

 

「実験室の試験管ベイビーってこと!? 頭良すぎると思ったら人間じゃねえじゃん、天才の標本かよ……」

 

登校してきた生徒たちがビラを片手に次々と立ち止まり、冷たい好奇と嫌悪、そして未知の化け物でも見るかのような遠巻きの視線を廊下に投げかける。

 

いつもなら男子生徒や教師たちが群がるはずの天才少女の周囲には、ぽっかりとガラス張りのような、冷酷な空白の境界線が出来上がっていた。

 

廊下の喧騒を離れた窓際で、三年四組の村井國男、藤吉晃二、草野忠明の悪友三人はビラを握りしめ、苦渋に満ちた表情で舌を打った。

 

「チッ…クソが……誰がこんな陰湿なマネしやがった!?」

 

「流石に度が過ぎてるだろこりゃ!?…」

 

「神崎の奴、いつもスカしてっけど、これはさすがにエグすぎだろ……」

 

なんだかんだ、根が優しい三人はクラスメイトに対する鬼畜の所業に怒りを隠せない。

 

その隣で、ビラの内容を冷静に見ていた菊地善人は、いつもの眼鏡の位置を直しながら、深く、重い溜め息を吐き出す。

 

「……これは酷いな…さては相沢達の仕業か? これだけの『異常性』を白日の下に晒されれば、普通の14歳なら精神が崩壊してもおかしくない。……神崎、どう動く?」

 

村井達や菊地といった三年四組の面々は、普段は麗美の規格外の頭脳に畏怖を抱きつつも、今回のあまりにも卑劣な暴露工作に対しては、内心怒りを覚え、動揺を隠せないまま中立の立場で静観するしかなかった。

 

しかし、当の麗美は特段気にする様子を見せず、鞄を細い肩にかけたまま、シワ一つない制服を風に揺らし、いつもと変わらない優雅で凛とした足取りで廊下を歩いていた。

 

その美しい顔(かんばせ)には、動揺のひとかけらもない。

 

(本当に、進歩のない子……。こんなものであたしを絶望させられると本気で信じていたのかしら、みやびは?……まあ事実、前の世界であたしは絶望して屋内スキー場で自殺しようとしたっけ…)

 

麗美は廊下の窓から遠い空を見上げ、ふと懐かしさを覚え、憐れみに満ちた笑みを浮かべる。

 

世界中の人間が麗美を実験室のサンプルだと蔑み、手のひらを返して孤立させたとしても、今の麗美の心には、何よりも頑丈な鬼塚という核(シェルター)が存在している。

 

そんな麗美の前に、バタバタと激しい足音を立てて、周囲の冷たい視線の壁を突き破って駆け寄ってくる二人の影があった。

 

「麗美ちゃーーーん!!」

 

大声を上げて麗美の前に文字通り立ちはだかったのは、親友の野村朋子(トロ子)だった。

 

その大きな瞳には大粒の涙が溜まっており、両手でクシャクシャに丸めた例のビラを握りしめている。

 

その後ろからは、同じく顔を真っ青にした吉川のぼるが必死についてきていた。

 

「朋子? それに吉川くんも」

 

「麗美ちゃん、酷いよこれ! 誰がこんなの書いたか知らないけど、あたし絶対に許せない! 麗美ちゃんは麗美ちゃんだよ! あたしの、あたしの大事な友達なんだからっ!!……それなのに…それなのに…なによ、みんなしてジロジロと……!!」

 

朋子は普段のおっとりとした温厚さを完全に消し去り、キィッと、親友の麗美を傷付けようとする周囲の生徒たちを涙ながらに激しく睨みつけた。

 

普段のドジで大人しい彼女を知っている者達からすれば、それがどれだけ異様な光景なのかは一目瞭然だった。

 

周囲の野次馬たちはその気迫に気圧され、気まずそうに息を呑んで後退りする。

 

何をされても笑って許してしまうような気弱な朋子が、他人のために、神崎麗美のために、ここまで本気で怒り、泣いている。

 

朋子にとって、それだけ麗美は命に代えても守りたい、かけがえのない大切な存在なのだ。

 

吉川も震える拳を握りしめ、朋子の隣で必死に周囲を睨みつけ、盾になろうとしていた。

 

「神崎さんは僕を助けてくれたんだ……! 自分のことよりも、友達のことを一番に考えてくれる、すごく素敵な人なんだ! こんな紙切れに書いてある悪口なんか、全部嘘っぱちだ!!」

 

クラスの落ちこぼれだった朋子と、いじめられっ子だった吉川。

 

学苑の底辺にいた二人が、今や一番の理解者として、天才少女の前に立って盾になろうとしている。

 

麗美はそんな二人の前にそっと手を差し伸べ、制するようにその肩に触れた。

 

「……二人とも、そこまで。あたしの為に怒ってくれて、ありがと」

 

ふわりと、いつもの冷徹な感じがするものとは違う、心からの優しい微笑みを親友たちに向ける。

 

そして麗美はゆっくりと振り返り、冷たい好奇の目を向けてくる周囲の生徒たちを見回した。

 

「そこに書かれていることはすべて事実。 あたしは精子バンクの優秀な遺伝子だけを選別して作られた、人工的な天才児。 神崎麗美という人間は、意図的に造られた存在よ」

 

堂々と、一切の淀みなく言い放った告白に、廊下は一瞬にして水を打ったように静まり返り、次の瞬間、蜂の巣をつついたようなざわめきが広がった。

 

「本当に認めちゃったよ……」「やっぱりバケモノじゃん……」という囁きが交わされる。

 

村井が「神崎、お前……」と絶句し、菊地が驚愕に目を見開く。

 

しかし、麗美はフッと、今度は傲然とした、圧倒的な知性を誇る女王のような笑みを浮かべてみせた。

 

「――でも、それがどうしたの?」

 

「え……?」

 

野次馬の一人が、呆気に取られたように声を漏らす。

 

「確かにあたしも昔は、自分の出生のことでひどく思い悩んだわ。信じて、 全てを打ち明けた相手にも……小学校の時に学校中に暴露されてね。 大人も友達も誰も信用できなくなって、世の中すべてが嫌になって……だから、授業テロまで起こすようになった。 いつ死んでもいい、人間なんてただのタンパク質の塊だって、本気でそう思っていたわ」

 

冷徹に、淡々と語られる麗美の過去の告白に、生徒たちは完全に圧倒され、息を呑んだ。だが、麗美の瞳の奥には、濁りのない力強い光が灯っていた。

 

「でもね、そんなあたしを底なしの闇から救い出してくれた人がいた。 その人は普段はバカで朴念仁で元々不良の癖に律儀で変なとこで真面目で異性に対してヘタレで……それでいて優しくて、温もりをくれる太陽のような存在だった。あたしの出生の秘密という外枠のデータがどうであれ、あたしを絶望させることなんて、最早できっこないわ。あたしにはもう、どんな悪意からも守ってくれる、世界で一番強くて、バカで、真っ直ぐな、あたしだけのヒーローがいるんだから」

 

麗美が頬を赤らめ、年相応の14歳の恋する乙女の表情でそう誇らしげに言い放ち、周囲がその言葉の意味に困惑した、まさにその瞬間だった。

 

「――おい!! てめえら朝っぱらから何ゴチャゴチャぬかしてんだ、ゴラァッ!!」

 

ドガアアアアアアアンッ!!!

 

地鳴りのようなダミ声が廊下に響き渡ると同時に、廊下に置かれていたアルミ製の大きなゴミ箱が、凄まじい怪力で蹴り飛ばされた。

 

コンクリートの壁へと激突したゴミ箱は、文字通りベコベコに潰れ、激しい爆音に廊下にいた全員の身体が硬直する。

 

生徒たちが悲鳴を上げて飛び退いた先――一昨日の麗美との一件で未だ消えないどす黒いクマを目の下に残したままの三年四組担任・鬼塚英吉が、手元にあるビラを限界までクシャクシャに握り潰しながら、般若の如き形相でぬっと姿を現した。

 

「お、鬼塚先生……でもこれ、神崎の出生の秘密が――」

 

クラスの男子生徒がおずおずと口を開きかけた、まさにその瞬間だった。

 

鬼塚はその生徒の目の前まで一瞬で間合いを詰め、胸ぐらを引きちぎらんばかりの勢いで吼え散らかした。

 

「出生がどうだの、作られたガキだの、てめえらウジウジと紙切れの文字ばっか見てんじゃねえぞ!!」

 

かつて数百人の不良を従えた『鬼の英吉』としての、圧倒的な狂気と剥き出しの殺気。

 

学校のルールも、大人の建前も、悪意に満ちた世間の目すらも、すべてを捻じ伏せる男の咆哮だった。

 

「神崎…いや、麗美はなぁ!! てめえらと同じように腹減りゃ飯食って、怒りゃ笑顔が怖くて、寝る時は俺の腕の中で子供みたいにすやすや眠る、ただの生身の一人の女の子なんだよ!! どこの誰の血が混ざってようが関係ねえ! あいつが泥かけられてんなら、俺が何回だってその泥をぶっ飛ばしてやる!!」

 

鬼塚はさらに、周囲の野次馬、そして冷や汗を流して静観していた村井や菊地たちをも巻き込むように、ビラを床へ叩きつけた。

 

「いいかてめえら、耳の穴かっぽじってよく聞け! こいつはな、仮の話だろうが何だろうが、この俺が命がけで守るって決めた、俺の大事な女なんだよ!! 生徒だの中坊だの、そんなちっぽけな枠でこいつを測ろうとしてんじゃねえ! 文句がある奴は、今すぐこの俺が相手してやるから前に出てこい、ゴラァッ!!」

 

鬼塚は、麗美との「仮の恋人関係」を他人の前で否定するどころか、遠回しに、だが圧倒的な熱量でそれを肯定し、自分の大切な存在として学苑全体に宣言してみせたのだ。

 

その瞬間、廊下にいた生徒たちの顔が、驚愕で一斉にぶっ飛んだ。

 

「え……? 鬼塚先生の、女……!?」

 

吉川だけは「あ、やっぱりあの後あのプレハブ小屋で……」と一人で納得してガタガタ震えていたが、他の生徒たちは、鬼塚の圧倒的な恐怖と、完全に一線を越えかけた特大のスキャンダル(男のケジメ)のダブルパンチで完全にフリーズしてしまった。

 

朋子は純粋に「麗美ちゃん…麗美ちゃんのことあんなに想ってくれる人と出会えて良かったね。 例え先生でも、あたしは麗美ちゃんのこと応援するよ!」と涙を流して喜び、村井は「マジかよあのバカ……!」と頭を抱え、菊地は「……なるほど、論理的な防御壁ではなく、感情の暴力による完全破壊か…」と苦笑しながらも納得した。

 

その気迫に完全に気圧され、ビラを持っていた生徒たちは蜘蛛の子を散らすように自分の教室へと逃げ帰っていく。

 

静まり返った廊下で、鬼塚はフゥーッ、と荒い息を吐き出すと、クシャクシャになったビラの残骸を床に放り捨てた。そして、ゆっくりと麗美の方を振り返る。

 

「……たくよォ。おい麗美、大丈夫かよ?」

 

いつもの不器用なダミ声。

 

鬼塚は照れ隠しのように頭をガシグガシと掻きむしりながら、麗美へと歩み寄ってきた。

 

朋子や残っていた村井達や菊地の前であることも忘れ、無意識のうちに彼女を「麗美」と呼んでいる。

 

その瞬間、麗美の胸の奥が、壊れそうなくらい熱く疼いた。

 

(あんな大勢の前でカミングアウトするなんて…ふふっ、ありがと英吉❤️)

 

麗美はキラキラした目で見ている朋子と、吉川と村井達や菊地が鬼塚を呆然と見つめている隙を突き、すっと鬼塚の横をすれ違った。

 

赤くなった彼の右耳のすぐ近くで、他人に絶対に聞こえない極小の囁き声で、狂おしいほどの愛を込めて極上の吐息を落とした。

 

「ふふふ。あたしを『俺の女』だなんてみんなの前で言っちゃって……英吉ったら大胆❤️ ――ありがと、あたしのヒーロー。やっぱり、大好き❤」

 

「っ――!?」

 

鬼塚の右耳が、再び熱湯をかけられたようにカァッと真っ赤に染まる。

 

麗美は何事もなかったかのように完璧な優等生の微笑みを浮かべ、ずっとキラキラした目を向けている朋子の手を引いて「行きましょう、朋子」と軽やかな足取りで教室へと進んでいく。

 

その後ろ姿を見つめながら、鬼塚は真っ赤な耳を押さえ、「あ、あいつマジで中坊のくせに反則だろ……っ」と、昨日以上に激しく心臓をバタつかせて悶絶するのだった。

 

みやびの仕掛けた最凶最悪の切り札は、朋子の友情、のぼるの勇気、村井達の理解、そして鬼塚のパッションと麗美の絶対的な信頼の前に、ただのゴミクズへと成り下がった。

 

この世界において、二人の絆は、誰の手によっても引き裂けないほどに、深く、強固なものへと変わりつつあった。

 





という訳で秘密を暴露されても全く動じない麗美の回でした。

しかも鬼塚が【俺の女】と学校内でカミングアウト(本人は無自覚)してしまうという爆弾投下までありましたね。

最後の手札すら失ったみやびがこの後どうなるのか?

次回もよろしくお願いします。
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