GTO〜もし過去に戻れたら〜   作:死徒

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再投稿です。


第十話〜親友〜

 

 

あの白日の大立ち回りから、さらに数日が経過した頃。

 

吉祥学苑の旧校舎、かつてみやびたちの根城だった薄暗い教室には、かつての栄華の欠片もなく、ただ不気味な静寂だけが横たわっていた。

 

みやびが放った最凶最悪の切り札。

 

神崎麗美の出生を暴く暴露工作は、彼女自身の肯定と鬼塚英吉という男の圧倒的な熱量、更に野村朋子達の歪みのない友情によって完全に粉砕、無力化された。

 

それどころか、あろうことか「他人のデリケートな出生の秘密を無断で、悪意を持って勝手にばら撒いた」という事実が白日の下に晒されたことで下手人として特定された、みやび自身の立場は一瞬にして逆転してしまったのだ。

 

昨日まで彼女の取り巻きとしてヘラヘラと笑っていた生徒たちすら、保身のために一斉に手のひらを返し、蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 

友人だった泉達も、麗美が握る『本物の罪の証拠』の恐怖に怯え、みやびと目を合わせることすら拒絶した。

 

ルールを盾に大人を操り、三年四組の裏の女王として君臨していたはずの少女は、今や学苑中で完全に孤立し、誰一人として声をかけない「本当の孤独」のどん底へと叩き落されていた。

 

「……なんで……どうしてよ……」

 

ガタガタと震える手で、膝を抱え、座り込みながら一人孤独に沈むみやびはカバンからいくつかのシートを取り出した。市販の、どこからか調達してきた多量の睡眠薬。

 

プライドを、居場所を、他者からの信頼をすべて失い、家庭内の問題という追い討ちすらも降り掛かり、遂に精神の限界を迎えた彼女の細い手首には、もう世界を呪う力すら残されていない。

 

「……もう、嫌……みんな、消えちゃえばいいんだ……いいえ……本当に消えるべきなのはわたし……」

 

泣き濡れた顔のまま、みやびは震える手のひらに溢れんばかりの錠剤をぶちまけ、一息に口へと放り込もうとした。

 

「――そんなものを一度に摂取しても、致死量には程遠いわよ、みやび。 意識は失うことは出来るかもしれないけど」

 

コツ……コツ……。

 

冷気の満ちる教室に、静かに、だが明確な足音が響き渡る。

 

驚愕に目を見開き、口元で手を止めたみやびが振り返った先――夕闇の逆光を背負って、神崎麗美が静かに佇んでいた。

 

「神崎……っ!! あなた、なんで……! わたしを笑いに来たの!? あなたの秘密すら暴露したのにそれが不発に終わって……無様だって、ザマアミロって言いに来たの!?」

 

みやびは錠剤を床にバラバラとこぼしながら、発狂したように叫んだ。

 

だが、薄暗い室内で、みやびを見つめる麗美の顔には、いつもの冷徹な笑みも、勝利を確信したチェスプレイヤーの愉悦もなかった。

 

そこにあったのは、どこか――哀切を孕んだ、悲しい表情だった。

 

麗美はゆっくりとみやびに近づき、床に散らばる錠剤をローファーの先で静かに退けると、静かに語り口を開いた。

 

「……笑える訳ないじゃん…あんたをそこまで追い詰めて、他人を信じられなくさせて歪ませたのは、あたしにも原因があるんだから…」

 

唐突なその告白に、みやびは「え……?」と声を詰まらせる。

 

麗美はまっすぐに彼女の瞳を見据え、さらに言葉を重ねた。

 

「あたしが小学校のあの時……藤森先生に出生の秘密をクラスでバラされた時……。その時を境に、その場に居たあんたは、あたし以上に他人を信用できなくなった……違う?」

 

「っ……!!!?」

 

みやびの身体が、弾かれたように大きく跳ね上がった。

 

図星を突かれたのか、喉をヒクつかせたまま言葉が完全に詰まってしまう。

 

「なんで分かるのかって顔ね……みやび。あんたとは小学校の時からの幼馴染……あんたの考えてること、あたしが分からないとでも思ってんの? 元来性根が優しいあんたのこと…きっとあたしがあの時ショックを受けたことが自分のことのように悲しかったんでしょ?」

 

麗美はさらに畳みかけるように、懐かしい記憶の扉を無理やり抉じ開けていく。

 

前の世界の記憶だけでなく、麗美には現在の…『この世界に麗美が逆行する前の本来の神崎麗美の過去のデータ』が刻まれている。

 

今でこそ激しく対立する関係になってしまったけれど、二人は元々、小学校の頃からの幼馴染であり、お互いを一番によく知る親友だったのだ。

 

あの地獄のような事件が起きるまでは――。

 

幼い頃から周囲の大人たちから「天才児」と持て囃され、孤立しがちだった麗美の手を分け隔てなく、いつも引いてくれたのは誰あろう相沢雅、彼女だった。

 

学校が終われば、お互いの家を行き来しては笑顔で名前を呼び合い、週末には一緒に遊びに行くほど本当に仲が良かった。

 

それは途中で野村朋子がその輪に入り、三人で遊ぶようになってからも依然として変わらなかった。

 

けれど、麗美が最も信頼していた担任……藤森に裏切られ、彼女に打ち明けていた精子バンクの秘密をクラス全員の前で白日の下に晒されたあの凄惨な光景。

 

傷ついた麗美を見て、彼女以上にショックを受け、大切な親友を傷付けた大人の醜悪な裏切りに誰よりも絶望したのは、その場に居合わせた幼馴染のみやび自身だったのだ。

 

大人を不信し、裏切られる前にすべてを壊してしまおうという今の彼女の凶暴な歪みは、今までに色々そこに至る過程はあったものの、始まりはあの日に麗美を傷つけた大人への憎悪から生まれたものだった。

 

麗美は一歩、みやびの目の前まで歩み寄ると、近くの椅子にゆっくりと腰を落とした。

 

いつもの彼女なら、ここで完璧なトドメを刺し、バグとして彼女のデータを社会のゴミ箱へデリートするはずだった。

 

或いはみやびの秘密を逆に周囲にぶち撒け、彼女を社会的に完全に破滅させてしまうことすら麗美には容易なことだった。

 

けれど麗美はそのどちらも行うことをせず、すっと細い手を伸ばし、みやびの震える手を、そっと優しく包み込んだ。

 

「…ふっ……やっぱりダメ……色々考えたけど、やっぱあんたを見捨てること、出来そうにない……どうしても……昔の…あんたと親友だった時のこと忘れられないから…」

 

「え――」

 

みやびは涙に濡れた目を見開いた。差し伸べられた麗美の手は、驚くほど温かかった。

 

「神崎……わたしはあなたに……あの時の藤森と同じことをしたのよ……本当に取り返しのつかないことをあなたに……それだけじゃない! わたしはあれから数え切れない程の罪を犯してきた……そんなわたしをあなたは許せるっていうの!?」

 

みやびは、麗美の手を握り返すこともできず、ただ自らの罪の重さに押しつぶされそうになりながら激しく首を振った。

 

自分が仕掛けたのは、かつて二人を引き裂いたトラウマと全く同じ、最悪の裏切り。

 

それを目の前の少女は、すべて受け止め、自分を昔のように受け入れようとしている。

 

そんなみやびに対し、麗美はどこまでも穏やかな声を向けた。

 

「それを言うならあたしもあんたをこんなにも歪ませてしまった……あの時あたしが、出生の秘密なんて暴露されても気にしなければ済む話だったのに……」

 

「な、に言ってるのよ……」

 

「それにね……藤森先生に劣等感を抱かせてしまった原因もあたしなのよ。親の愛情に飢えていたあたしを、藤森先生は親身になって接してくれた。だからあたし、先生に甘えすぎてしまったの。先生の立場も、何も考えずにね……。だからあの時のことは、本当は全部あたしが悪いのよ」

 

麗美の口から語られる、かつての事件の真相。

 

天才ゆえの孤独、自分を道具としてしか見ない母親に愛されなかった寂しさから、一人の新米教師に依存し、母親に止められていた筈の秘密すら教えてしまい、それが結果的に自分自身はおろか、彼女をも追い詰めて破滅させてしまったという、麗美自身がずっと抱えていた自責の念。

 

余談だが長年、藤森を憎んでいた麗美だったが、前の世界で鬼塚に救われ、広い視野で物事を見ることが出来るようになった後、冷静になって当時のことを思慮深く思い返した結果、自分自身の行動が藤森を無意識の内に追い込んでしまっていたのだと理解し、前の世界ではその後の高校時代に藤森と和解、再び彼女を姉のように慕うようにまで関係が改善出来ていた。

 

麗美とみやび…二人の少女は、お互いがお互いを想うがゆえに、あの日からずっと、終わらない暗闇の迷路の中で傷つけ合っていたのだ。

 

「神崎……ううん……麗美……」

 

みやびの瞳から、大粒の涙が堰を切ったように溢れ出す。

 

「あなた……優し過ぎるわ……。今まで、本当にごめんなさい……っ!!」

 

みやびは堪え切れず、力任せに麗美の胸へと飛び込み、その華奢な身体を抱きしめながら、子供のように声を上げて激しく泣き崩れた。

 

みやびの懐に残っていた多量の睡眠薬が、床へとバラバラと力なくこぼれ落ちていく。

 

「いいのよ、みやび。おかえり。 あたしの方こそあんたを苦しめてごめんね」

 

麗美は優しく、みやびの背中を大きな手のひらで、まるで英吉が自分にしてくれた時のように、温かく撫で続けた。

 

そんな麗美の目からも静かに涙が流れ出ていた。

 

(英吉のせいね。全部、あのバカの熱いパッションのせい……でもあたしはそんな英吉に救われた)

 

(そんなあの人が命がけで泥を払おうとしたこの世界を、あたしの都合で壊さなくて本当に良かった。)

 

(あたしはあんたのおかげで、人間になれて…異性を好きになるってことも分かることが出来た)

 

(文字の羅列としてしか理解していなかった『恋』という感情も、忘れかけていた『親友との友情』も今、こうして胸の奥の温かさとして、実際に知ることができたんだから…)

 

 

それからしばらく経った夕闇が深まる旧校舎の教室。

 

みやびの家庭内問題はまだ解決出来ていないものの、麗美と笑い合う彼女の表情からは憑き物が無くなり、昔のような表情が戻っていた。

 

二人の少女の影は、前の世界の呪縛を完全に超えて、小学校の頃のような、本当に優しくて暖かいあの日以来止まっていた運命の歯車を、静かに、そして強固に回し始めるのだった。

 

三年四組の問題の黒幕であったみやびが改心したことにより、物語は急速に動き出す。

 





という訳で麗美とみやびの和解の話でした。

原作で二人は結局、昔のような関係には戻れなかったようなので、この作品では無理矢理ですが、戻る形にしました。

次回はどうなるのか?

またよろしくお願いします。
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