GTO〜もし過去に戻れたら〜   作:死徒

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ゴールデンウィーク編です。


第二十話〜

 

五月二日。

 

ゴールデンウィークに入り、世間は賑やかになっていた。

 

五月の陽が、マンションのカーテンを柔らかく透かす。

 

「上がって良いわよ」

 

麗美は玄関の鍵を開けると、そのままドアを開け、振り返らずに言った。

 

鬼塚は、少しだけ間を置いてから、スリッパに履き替えた。

 

「……二度目だな、お前んち来んのも」

 

「ええ。英吉があたしを生き埋めにしようとしたあの日以来ね」

 

「うっ!?……麗美、やなこと思いださせんなよ……」

 

その言葉を聞いた瞬間、鬼塚の表情がわずかに曇った。

 

麗美は、それに気づいたのか、小さく息を吐いてから、彼の胸に額を預けるように寄りかかった。

 

「ふふ、冗談よ……それに、あの時は仮の恋人だったけど、今は本当の恋人。大好き❤️」

 

声は小さかったが、はっきりとしていた。

 

鬼塚が何か言い返すより早く、麗美は彼の首に腕を回し、唇を重ねた。

 

短いキスだった。

 

それでも、麗美の指は彼のシャツを強く掴んだままだった。

 

鬼塚は、しばらく動かなかった。

 

やがて、ゆっくりと腕を回し、彼女を抱きしめる。

 

力は強くなく、ただ優しく包むように。

 

「……麗美…俺も愛してる」

 

「……うん…」

 

二人は、そのまましばらく抱擁を続けた。

 

リビングのソファに並んで腰を下ろす頃には、お互いの頬は赤く染まっていた。

 

「ママは、今日も夜まで帰らないって。会社の準備で、最近ずっと忙しいから」

 

「そうか、なら今日は二人だけでゆっくり出来るな」

 

「あんたの家(プレハブ小屋)、狭くてゆっくり休めないもんね」

 

「うるせえ。 あれはあれで良いだろうが」

 

「虚勢張っちゃって…」

 

「張ってねえし! つーかその可哀想なヤツを見る顔やめろ!」

 

「………」

 

「だからやめろっての!」

 

「………」

 

「……いや、ほんと…マジでやめてください……その視線は俺に効くから……」

 

ギャグのようなやり取りの後、鬼塚は、窓の外を見た。

 

五月の空は、まだ明るい。

 

麗美が、自然と彼の腕に寄りかかる。

 

距離はプレハブの時より明らかに近い。

 

指先が、彼のシャツの胸元を軽く摘む。

 

「……英吉」

 

「ん?」

 

「今日は、学校じゃないから。いつもより少しだけ、甘えてもいい?」

 

鬼塚は、小さく息を吐いた。

 

「……好きにしろよ」

 

許可が出た瞬間、麗美は彼の胸に額を預け直した。

 

吐息が、首筋に当たる。

 

二人とも、言葉を選ばなくなっていた。

 

その時、玄関の鍵が回る音がした。

 

「「!!?」」

 

「……ただいま」

 

低く、落ち着いた女性の声。

 

麗美の体が、一瞬で硬直した。

 

「……っ」

 

鬼塚の肩も、びくりと跳ねる。

 

反射的に鬼塚は腕を麗美から離そうとしたが、麗美は離さなかった。

 

むしろ、鬼塚の腕を自分のほうへ更に引き寄せる。

 

「…ママ、今日は夜までって言ってなかった?……」

 

「予定が変わったの。また少ししたら出るけど、それなりに時間があったから一度帰ってきたのよ」

 

扉越しに親子は会話をする。

 

靴を脱ぐ音が近づいてくる。

 

リビングの扉が開く直前、麗美は動揺する鬼塚の耳元で、小さく呟いた。

 

「う、麗美……」

 

「……大丈夫。隠さなくていい」

 

扉が開いた。

 

母親は、二人の姿を見て、少しだけ目を細めた。

 

鬼塚の腕の中にいる娘と、その横に座る男。

 

状況を理解するのに、数秒もかからなかった。

 

鬼塚は、視線を泳がせた。

 

頭を掻きながら、小さく咳払いをする。

 

「あ、あの……お邪魔してます」

 

声が、わずかに上ずっていた。

 

「……」

 

「……お帰り、ママ」

 

麗美の声は、いつもより少しだけ震えていた。

 

それでも、彼女は鬼塚から離れなかった。

 

母親は、しばらく二人を見ていた。

 

やがて、小さく息を吐く。

 

「……コーヒー、入れるわね」

 

それだけ言って、キッチンへと向かった。

 

リビングに残された二人は、しばらく動けなかった。

 

鬼塚が、小さく息を吐く。

 

「……どうすんだ?」

 

「……どうしよっか?」

 

「聞き返すなバカ野郎…」

 

麗美は、彼のシャツを握ったまま、可愛らしく舌を出し、小さく笑った。

 

そんな彼女に鬼塚は頭を抱える。

 

数分後。

 

母親が、トレイを持って戻ってきた。

 

コーヒーが三つ。

 

彼女は、向かいのソファに腰を下ろした。

 

姿勢は綺麗で、視線は真っ直ぐだった。

 

「……ところであなたは?」

 

母親が、鬼塚を見て静かに尋ねた。

 

鬼塚は、頭を掻きながら答えた。

 

「麗美の担任をしてる、鬼塚英吉っす」

 

その瞬間、母親の眉がわずかに寄せられた。

 

視線が、冷たく細められる。

 

嫌悪に近い、はっきりとした拒否の色が浮かんだ。

 

「……あなたが担任?」

 

「は、はい…」

 

母親は、コーヒーを一口飲んでから、静かに、しかし鋭く続けた。

 

「麗美が、学校の教師を家に連れてくるなんて、初めてね。しかも、こんなに近い距離で」

 

「……ママ」

 

麗美が、小さく口を挟む。

 

母親は、娘を一瞥した。

 

「怒ってはいないわ。ただ、驚いただけ。あなたが、誰かとこうして過ごしている姿を、ほとんど見たことがなかったから。特に、教師なんて」

 

その言葉は、責めるような響きではなかった。

 

むしろ、どこか遠い。

 

仕事の話をするような、冷静な口調だったが、最後の部分には明確な棘があった。

 

鬼塚は、コーヒーを一口飲んだ。

 

熱い。

 

そして、意を決して静かに口を開いた。

 

「……麗美は、いつも一人でした」

 

「英吉」

 

麗美が、制するように名前を呼ぶ。

 

鬼塚は、止めなかった。

 

「お母さんが仕事で忙しいってのは、麗美から聞いてるからわかってます。会社の準備で、家を空けることが多いのも。でも、こいつは……ずっと、誰かに見てほしかったんだと思います。ただの『優秀な子』じゃなくて、一人の人間として」

 

母親の指が、カップの縁で止まった。

 

リビングに、短い沈黙が落ちる。

 

「……鬼塚先生」

 

「はい」

 

「あなたは、麗美の担任として、彼女のことをどれだけ知っているつもりですか?」

 

「知ってるつもりは、ありません。ただ、見てきました。こいつが、学校でどうやって笑って、どうやって黙って、どうやって誰かを助けようとしてるかを」

 

鬼塚の声は、低く、しかしはっきりしていた。

 

「麗美は、頭が良い。誰よりも。でも、それだけじゃ足りねえんです。こいつは、誰かに『ここにいていい』って言ってほしい。ただ、それだけなんです」

 

麗美の指が、鬼塚のシャツを更に強く握った。

 

母親は、しばらく何も言わなかった。

 

やがて、ゆっくりと息を吐く。

 

「……私は、麗美に、最高のものを与えようとしたわ。知能も、環境も、将来も。それが、母親としての責任だと思って。優秀な遺伝子を選んで、この子を産んだのも、そのためよ」

 

「っ!?……」

 

その言葉に、鬼塚の眉がわずかに動いた。

 

母親は、続けた。

 

「仕事で結果を出すのも、同じ。私の責任を果たすため。麗美には、それに見合う環境を与えてきたつもりです」

 

「……見合う環境、か……くっだらねえな……ようはあんたは麗美のことを【最高の遺伝子を組み合わせた製品】か何かと勘違いしてんじゃねえかよ!? ふざけんな!!」

 

敬語が無くなり、鬼塚の声が、低くなった。

 

「英吉……」

 

麗美が、彼の腕を強く掴む。

 

しかし、鬼塚は彼女に優しい視線を一瞬向けながらも止めなかった。

 

「子供はプラモデルじゃねえ、血ぃ通ってんだバカヤロー!!」

 

声が、部屋に響いた。

 

母親の体が、大きく震えた。

 

カップを持っていた手が、力が抜け、テーブルに当たる。

 

コーヒーが、縁から零れた。

 

彼女の目が、見開かれたまま、鬼塚を見ている。

 

唇が、わずかに開いたまま、言葉が出てこない。

 

麗美は切ない表情で鬼塚を見つめた。

 

(……前の世界で、ママから聞かされた通りだ……こっちの世界でも、そう言って助けてくれるんだね、英吉)

 

胸の奥が、熱くなる。

 

目の端が、わずかに潤んだ。

 

鬼塚は、立ち上がりかけた体を抑えながら、続けた。

 

「あんたも、昔はこいつを大切に思ってたんじゃないのか!? 俺は、大切だ。俺の命に変えても守りたいって思う程、愛してる。勿論、一人の女としてだ!!」

 

鬼塚の心からの叫びにリビングが、静まり返った。

 

麗美の手が、震えている。

 

母親は、視線を落とした。

 

指先が、白くなるほど膝を握っている。

 

肩が、小さく上下した。

 

しばらく、誰も言葉を発しなかった。

 

母親の呼吸だけが、わずかに乱れているのが分かる。

 

やがて、掠れた声で言った。

 

「……何を、言ってるの……」

 

声は小さかった。

 

しかし、拒絶というより、どこか揺さぶられた響きだった。

 

母親は、ゆっくりと息を吐く。肩が、落ちていた。

 

「……鬼塚先生」

 

「…何だよ?」

 

「あなたは、本気で言っているのですか」

 

鬼塚は、すぐに答えなかった。

 

一度だけ麗美のほうを見てから、母親を真っ直ぐに見返す。

 

「……当たり前だろ?」

 

声は低かった。

 

母親は、二人を交互に見た。

 

その目に、初めて、わずかな揺らぎが走る。

 

「……麗美」

 

「……はい」

 

「あなたは、私を恨んでる?」

 

麗美は、しばらく答えなかった。

 

やがて、ゆっくりと顔を上げる。

 

目が、少し赤い。

 

「……恨んでない。でも……ずっと、寂しかった。ママが、あたしのことを『作品』みたいに見てる気がして…」

 

「!?」

 

「あたしはただ……ママに…『麗美』として見てほしかった…」

 

声が、震えている。

 

母親は、カップを置いた。

 

手が、わずかに震えている。

 

「……私は、あなたを愛していたつもりだったわ。ただ、上手く伝えられなかった。仕事ばかりで、あなたのそばにいる時間が、少なかった。そして、あなたを『私の作品』としてしか見ていなかったかもしれない」

 

「ママ…」

 

「……ごめんね麗美…」

 

その一言は、小さく、しかしはっきりと聞こえた。

 

麗美の目が、大きく見開かれる。

 

母親は、続けた。

 

「この一カ月、あなたが学校に通うようになって、少しずつ変わっていくのを遠くから見てたわ。誰かと話している姿も、笑顔も。でも、それを素直に喜べなかった。私には、その権利がないような気がして」

 

鬼塚は、何も言わなかった。

 

ただ、二人の間に立っている。

 

麗美が、ゆっくりと立ち上がる。

 

母親の前まで歩み寄り、しゃがみ込んだ。

 

「……ママ。もう、いいよ。これからで、いい」

 

「麗美」

 

「あたしも、ママに『お帰り』って言ってほしい。ただ、それだけ」

 

母親の手が、麗美の頭に触れた。

 

初めて、優しく。

 

麗美の肩が、小さく震える。

 

鬼塚は、窓の外を見た。

 

五月の陽が、まだ柔らかく傾いている。

 

「……先生」

 

母親が、鬼塚を呼ぶ。

 

「?」

 

「ありがとうございます。麗美を、見てくれて」

 

「別に。ただ、こいつが笑ってる顔が、好きなだけだからよー」

 

麗美が、小さく笑った。

 

母親も、わずかに口元を緩めた。

 

リビングに、初めて、柔らかい空気が流れた。

 

三人は、しばらく、そのまま座っていた。

 

コーヒーが、少しずつ冷えていく。

 

それでも、誰も急いで飲もうとはしなかった。

 

ゴールデンウィークの午後は、まだ続いていた。

 

そして、その沈黙は、もう冷たいものではなかった。

 

母親が、ゆっくりと息を吐いた。

 

テーブルにカップを置き、鬼塚を見る。

 

視線は、先ほどまでの拒絶の色を少しだけ落としていた。

 

指先が、カップの縁を無意識に撫でている。

 

「……さっき、言っていたわね」

 

「え?」

 

「麗美のこと。一人の女として、愛していると」

 

鬼塚は、すぐに答えなかった。

 

一度だけ視線を落とし、それから母親を見る。

 

「……言った通りだよ」

 

少し間を置いてから、続けた。

 

「俺達は、付き合ってる」

 

隠さなかった。

 

麗美の指が、彼のシャツを強く握る。

 

母親は、ゆっくりと娘のほうを向いた。

 

その目に、わずかな迷いが走る。

 

仕事の話をするときの冷静さとは違う、どこか戸惑ったような色だった。

 

「……麗美」

 

麗美は、一度だけ目を伏せた。

 

それから、ゆっくりと顔を上げる。

 

目は、はっきりと前を向いていた。

 

「……ほんとよ、ママ。あたしと英吉は、付き合ってる」

 

声は震えていなかった。

 

むしろ、少しだけ強くなっていた。

 

「教師と生徒っていう建前なんて、関係なく……お互いが、愛し合ってるの」

 

リビングが、静まった。

 

母親は、二人を交互に見た。

 

その視線に、わずかな嫌悪が残っていた。

 

「……教師と生徒の恋愛なんて……何を……」

 

小さく、そう呟いた。

 

その瞬間、麗美の目が、鋭く細められる。

 

「ママがそんな目を英吉にする権利なんてないでしょ?」

 

声は低かった。

 

しかし、はっきりとしていた。

 

母親が、息を呑む。

 

「ママだって、あたしを精子バンクの精子を使って産んでるんだから……ママだって他人からしたら充分異常なのよ。それなのに自分のことを棚に上げて、教師と生徒って価値観であたし達を否定しないでよ!」

 

リビングが、再び静まり返った。

 

麗美の肩が、小さく震えている。

 

しかし、その目は、母親から逸らさなかった。

 

母親は、すぐに答えなかった。

 

視線が、麗美の顔に釘付けになったまま、ゆっくりと落ちる。

 

唇が、一度開いては閉じた。

 

カップを置こうとした手が、わずかに震えている。

 

長い沈黙が、リビングを満たした。

 

母親の呼吸が、わずかに乱れている。

 

指が、膝の上で一度強く握られ、すぐには離れなかった。

 

「……麗美」

 

声は、掠れていた。

 

母親は、しばらく何も言わなかった。

 

ただ、娘の目を見ている。

 

その目には、怒りというより、戸惑いと、どこか突き放されたような色が浮かんでいた。

 

やがて、ゆっくりと息を吐く。

 

その息は、長く、重いものだった。

 

視線が、床に落ちたまま、動かない。

 

「……そうね」

 

小さく、そう呟いた。

 

声は、ほとんど聞こえないほど小さかった。

 

母親は、ゆっくりと顔を上げる。

 

その目は、わずかに赤かった。

 

視線が、再び鬼塚へと移る。

 

先ほどまでの拒絶の色は、もう残っていなかった。

 

代わりに、どこか疲れ切ったような、静かな光が浮かんでいる。

 

母親の口元が、わずかに緩む。

 

幼い頃、麗美に向けていたような、どこか優しく、少しだけ寂しげな笑みが浮かんだ。

 

麗美は、その顔を見た。

 

(……これ、幼い頃のママと同じ顔……)

 

前の世界で、和解したあとに母親が自分に向けていた、あの柔らかい表情だった。

 

ただの「優秀な子」ではなく、一人の娘として見ている顔。

 

胸の奥が、少し熱くなる。

 

「価値観は人それぞれ。麗美が自分で決めたのなら、私が口を出すことじゃないわ」

 

声は静かで、しかしはっきりとしていた。

 

母親は、鬼塚のほうを向く。

 

視線はもう冷たくなかった。

 

「……鬼塚先生。娘を、今後ともよろしくお願いします」

 

その言葉は、短かった。

 

しかし、その中には、これまで言葉にできなかったものが込められていた。

 

母親は、少し間を置いてから、続けた。

 

「……あなたが、麗美を製品や作品ではなく、一人の人間として見てくれているのが良く分かりました。この子があなたを好きになったことも、今なら理解出来ます」

 

声は、わずかに柔らかくなっていた。

 

鬼塚は、少しだけ目を見開いた。

 

「……別に、大したことじゃねえよ」

 

「いいえ。麗美が、あなたといるときに心の底から笑っているのを、見ていて思います。あなたがいてくれて、良かった」

 

母親は、小さく息を吐いた。

 

それから、わずかに微笑む。

 

「……もしよかったら、今度、三人で食事でもどうですか?」

 

麗美が、小さく目を見開いた。

 

鬼塚も、少しだけ驚いた顔をする。

 

「……マジかよ?」

 

「ええ。麗美の、大切な人ですから」

 

母親の声は、静かだった。

 

しかし、そこには拒否の色はもうなかった。

 

麗美が、小さく笑った。

 

鬼塚も、わずかに口元を緩めた。

 

「まっ、今のあんたとなら悪くねえかもな」

 

五月の陽が、リビングを優しく照らしている。

 

三人の間に流れる沈黙は、もう冷たいものではなかった。

 

母親が、ゆっくりと立ち上がった。

 

コーヒーカップをトレイに戻し、キッチンのほうへ運んでいく。

 

その背中は、先ほどまでの硬さが少しだけ緩んでいた。

 

「……それじゃ、私はもう一度出てくるわ。用事があるから……麗美、大好きな先生と二人っきりで改めて楽しくゆっくり過ごしなさい」

 

「……うん。ありがとママ」

 

麗美が、小さく返事をする。

 

母親は、玄関のほうへ歩きながら、一度だけ振り返った。

 

その目が、二人に向く。

 

「……鬼塚先生。また、お願いします」

 

「……ああ」

 

鬼塚が、短く答える。

 

母親は、わずかに口元を緩めてから、玄関を出ていった。

 

鍵が閉まる音が、リビングに静かに響く。

 

二人きりになったリビングで、麗美が小さく息を吐いた。

 

鬼塚の腕の中で、彼女はゆっくりと顔を上げる。

 

「……英吉」

 

「ん?」

 

「ママ……笑ってた」

 

「……ああ」

 

麗美は、彼の胸に額を預けた。

 

指先が、シャツを軽く摘む。

 

「……あたしが小さい頃と同じ顔、してた」

 

声は、小さかった。

 

鬼塚は、何も言わず、ただ彼女の背中に手を添えた。

 

五月の陽が、まだリビングを照らしている。

 

母親が去ったあとの部屋は、静かだった。

 

ただ、二人の間に残る空気は、もう冷たくはなかった。





という訳で、麗美の母親との和解の話でした。

一気に進んでしまった感はありますが、原作でも母親は割と直ぐに改心してたので、損失が無くてもこんな感じになると思い、突っ切りました。

次回はデート編になると思いますのでよろしくお願いします。
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