麗美が自身の強化に動き出します。
五月五日。
みやびの扇先生への謝罪の次の日、ゴールデンウィークの終盤の空は、朝から雲一つない抜けるような青空が広がっていた。
五月の若葉を揺らす風はどこまでも心地よく、世間は連休の名残を惜しむように穏やかな空気に包まれている。
しかし、神崎麗美が暮らす高級マンションの一室――そのリビングに流れる空気だけは、どこか張り詰めていた。
差し込む朝陽を浴びながら、麗美は対面のソファに腰掛ける男をじっと見つめていた。
白のタンクトップにラフなスウェット姿。お世辞にも上品とは言えない態度で、気怠げにマグカップを口元へ運ぼうとしている男。
鬼塚英吉。
麗美が狂おしいほどの純愛を捧げ、かつて失った「最愛の存在」だ。
「……英吉」
鈴を転がすような、けれど芯のある声が静寂を破る。
「ん? なんだよ麗美。朝っぱらからそんな怖い顔して。せっかくの休みなのによぉ、俺様はこれから競馬の予想をしなきゃなんねえんだわ」
鬼塚はニカッと品のない笑みを浮かべ、コーヒーを喉に流し込もうとした。
その瞬間、麗美の口から放たれた言葉が、彼の動きを完全に凍りつかせる。
「あたしに、戦い方を教えて」
「………………は?……なに冗談言ってんだよ………」
鬼塚の手が止まる。
マグカップが唇のわずか数センチ手前でピタリと静止していた。彼は耳を疑ったように片目を細め、麗美の顔を凝視する。
しかし、彼女のオッドアイのその瞳にはいつもの悪ふざけは一切なく、ただ真っ直ぐな、タイムリープを経験した彼女の絶対の「本気」が宿っていた。
「冗談じゃない。 あたしは本気。 これから先、色々なことがあるかもしれない。あたしの頭脳が意味をなさない、純粋な戦いとか……その時にあんた一人に全部背負わせて、ただあんたに守られるだけの、無力な女の子のままでいるのはあたしは嫌なの」
カタ、と小さく乾いた音が響いた。
鬼塚がテーブルにマグカップを置いた音だ。その顔から、完全に締まりのない笑みが消え失せる。
「麗美、お前……自分が何言ってっか分かってんのか?」
鬼塚の口調が、教師のそれから、かつて湘南を震撼させた「鬼爆」のそれへと変わる。
声音は低く、地を這うような重さを含んでいた。
その鋭い眼光の奥にあるのは怒りではない。
大切な「彼女」を、絶対に危険な世界へ足を踏み入れさせたくないという、不器用で真っ直ぐな庇護欲だった。
「お前は生徒で、俺は教師だ。……それ以前に、お前は俺の大切な彼女なんだよ。……男が惚れた女を守るなんてなぁ、当たり前のことなんだ。 だから、お前が戦う必要なんてねえ。 お前は大人しく、俺の後ろで守られてりゃいいんだよ」
「大人の男のプライドってやつ? そんなのなんてどうでもいいわ! あたしは――」
「断る。何と言おうとダメだ。 絶対に!」
麗美の言葉を遮る、遮二無二な拒絶。
一言の下に切り捨てられた。
鬼塚はソファに深く背を預け、ふいっと視線を窓の外へと逸らしてしまう。
そこには、どれだけ麗美が言葉を尽そうとも、絶対に譲らないという頑ななまでの信念と、麗美を何よりも大切に想う過保護さがあった。
(……ああ、本当に不器用な人)
麗美は小さく息を吐きながら、彼からの自分への愛する気持ちに、胸の奥がじんわりと熱くなるのをじっと感じていた。
顔を背けた鬼塚の耳の裏が、ほんの少しだけ赤くなっている。
言葉こそ手荒だが、そこに含まれた「お前を傷つけたくない、俺が命に代えても守る」という純粋な彼からの愛情が、彼女の鋭敏な五感へとダイレクトに伝ってきたのだ。
彼が、あたしをそれほどまでに大切に、守るべき女の子として愛してくれている。
その事実が、嬉しくて、愛おしくて、堪らなくなる。
(そこまであたしを想ってくれるなら……分かったわ。あんたから教わるのはやめる。これ以上、あんたにそんな顔をさせたくないもの)
表面上は、「……分かったわ。無理強いはしない。 急に変なこと言ってごめんね」 と、いつものお淑やかな笑みを浮かべてみせる。
だが、彼女の明晰すぎる頭脳は、彼を安心させつつ、同時に彼を絶対にあの時のような姿にしない為の別ルートを即座に構築していた。
(教わる相手を変えるだけよ。今度のあたしはね、あんたを絶対にあんな姿にさせないって決めたの。そのためなら、あたしはどんな手段だって使うわ)
その日は、それ以上その話題に触れることはなかった。
二人は午後から、近くの緑豊かな公園へと足を運んだ。
連休中の家族連れやカップルが賑わう中、並んで歩く二人の距離は、心なしかいつもより近い。
木漏れ日の差し込むベンチに腰掛けた時、麗美はそっと、鬼塚のガッシリとした左肩に自分の頭を預けた。
かすかに漂う、煙草の匂いと、普段は全くつけない癖に麗美の為につけてきたであろう香水の香り。
それが、麗美にとっては世界で一番安心できる香りだ。
「……英吉」
「あ? なんだよ」
「今日もありがと。 このゴールデンウィーク、あんたといられて凄く楽しい」
「……そ、そうかよ…楽しいんなら良かったぜ」
ぶっきらぼうに返す鬼塚の横顔を見上げ、麗美は愛おしさに胸を締め付けられながら、草原を渡る風の音に消されそうな小声で、囁くように呟いた。
「……大好き」
「!?…………」
鬼塚は一瞬、きまり悪そうに頭を掻いた。
それから、何も言わずに、大きな、ひび割れたゴツゴツとした手で、麗美の綺麗な金髪を不器用そうに、けれど慈しむように優しく撫でた。
五月の爽やかな風が、二人の間を静かに通り抜けていく。それは嵐の前の、あまりにも幸福な静寂だった。
ー
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明けて、五月六日。
連休最終日、日常が戻りつつある街の中で、麗美は鬼塚に【今日はちょっと用事がある】と、嘘をつき、一人、とある場所を目指し歩いていた。
吉祥寺の住宅街と町工場が混ざり合う道をやがて見えてきたのは、お世辞にも綺麗とは言えない小さなバイクショップだった。
煤けた看板には、力強い文字で『GARAGE-R』と書かれている。
自動ドアを開けて一歩足を踏み入れると、ツンと鼻を突くオイルとガソリンの匂い、そして金属を削る機械音が麗美を出迎えた。
店の奥、リフトに載せられた大型バイクの影から、眼鏡を掛け、髪を後ろで一つに纏めた一人の男が顔を出す。
「よう、客か? ……って、お前は……」
タオルで油まみれの手を拭きながら現れたのは、弾間龍二だった。
鬼塚英吉の永遠の相棒であり、かつて「鬼爆」として鬼塚と共に双璧を成し、湘南にその名を轟かせた男。
現在は一転して、この店の雇われ店長として真面目に生計を立てている。
龍二は、場違いなほどに容姿端麗な女子中学生――神崎麗美の姿を見て、怪訝そうに少し目を細めた。
だが、その顔立ちと、外見、独特の理知的な佇まいに、鬼塚から聞いていた特徴が一致し、彼女が誰か悟る。
「……成る程な。 お前が英吉の言ってた女……神崎麗美か?」
「……ええ。あなたが弾間龍二さん、ですか?」
「ああ。英吉から話は聞いてる。『俺の担当してるクラスにとんでもねえ天才児がいる。 しかもそいつは俺の弱みを握って、仮の恋人とかふざけたこと言って、毎回俺を弄って楽しんでやがる』ってな。ま、あいつの惚気半分だと思ってたが……なるほど、合点がいったわ」
龍二は腕を組み、作業着の胸ポケットから煙草を取り出そうとして手を止めた。
目の前の少女から放たれる、ただ事ではないオーラを察知したからだ。
「……で、何の用だ。あいつに何かあったのか? また学校でバカやらかしてクビになりそうとか、そういう話ならいつでも相談に乗るが」
「……いえ。英吉は、大丈夫です。元気に競馬の予想をしていましたから」
麗美はクスリと小さく笑った後、スッと表情を引き締めた。
その場の空気が一瞬で、張り詰めたものへと変貌する。
「……弾間さん。折り入って、お願いがあります」
「あ? なんだよ、改まって……それにお前、敬語あんま好きじゃねえだろ? 雰囲気で分かる。 普通に話せ」
「……分かったわ。 弾間さん、あたしに、戦い方を教えて」
「…………は?」
龍二は、親友と全く同じ反応を返した。驚きで少しだけ眉を跳ね上げ、それから呆れたように息を吐く。
「……ハッ、断る。てめえ、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
「分かってるわ」
「じゃあ話は早え。お断りだ。 察するに、最初あいつに頼んだが、断られたんだろ? あいつはてめえを絶対に戦わせたくねえだろうからな。 それで、今日あいつに嘘でもついて、わざわざ俺のところに隠れて来やがったんだろ?」
「……」
龍二の言葉に麗美は押し黙る。
「無言は肯定と取るぜ。……それにな、仮に俺がそんな真似してみろ、あいつの顔に泥塗るどころか、あいつのプライドを粉々にしちまう。あいつはな、あんなんでも教師として、男として、てめえらを命がけで守るって決めてんだよ」
龍二の言葉は正論だった。
かつて共に修羅場を潜り抜けてきた相棒だからこそ、鬼塚の不器用な「男の美学」を誰よりも理解している。
しかし、麗美の瞳は微塵も揺らがなかった。
むしろ、その奥底から、ドロドロとした暗い熱量が溢れ出してくる。
「……英吉は、あたしを守ろうとしてくれる。 命を懸けてでも、ボロボロになってでも。……でもね、弾間さん。あいつはいつも無理を重ねすぎるのよ……」
麗美の脳裏に、今も時々フラッシュバックする「前の世界」の光景が鮮明に蘇る。
生気のない、真っ白な病院のベッド。
無機質な心電図のビープ音。
身体中に繋がれた無数のチューブ。
端正な顔立ちを無残に歪ませ、ピクリとも動かなくなった、かつてあんなに大きく頼もしかった鬼塚の身体。
無理を重ねた末に、更に頭部に受けた一撃が原因で植物状態になり、死ぬ間際まで追い詰められた彼の姿は、麗美の心に一生消えない深刻なトラウマを刻みつけていた。
あの時、何もできずにただ彼の傍らで泣き崩れ、絶望のあまり手首をカッターで切り、後を追おうとさえした無力な自分。
その記憶が、今も彼女の魂を激しく責め立てているのだ。
「あいつがまた一人で全部背負い込んで、傷ついて、壊れていくのを……ただ見ているなんて、あたしは絶対に耐えられない。あいつの負担を、少しでも、ほんの少しでもいいから減らしたいの。そのためなら、あたしはどうなったっていい。あたしは彼の隣で、一緒に戦える強さが欲しい。あいつの背中を、預けてもらえる人間になりたいのよ! 守られるだけなんて絶対に嫌だから!」
「……っ」
龍二は腕を組んだまま、麗美の目を凝視した。
そこに宿るのは、ただのワガママや一時の感情ではない。
何があっても揺るがない、底知れない死線を超えた者の「覚悟」と、鬼塚への狂気すら孕んだ深い愛情。
その瞳、その言葉を聞いた瞬間、龍二の脳裏にある記憶が鮮明に呼び起こされた。
少し前のことだ。
あの居酒屋での飲み会。
冴島と共に、鬼塚から「神崎麗美という生徒……否、一人の女にどう向き合うべきか」を真剣に相談された夜。
いつになく真面目な顔で、相談してきた鬼塚。
自分と冴島の言葉を聞き、鬼塚はどこか吹っ切れたような目で「俺、あいつのこと……」と覚悟を決めた鬼塚は、そのまま居酒屋を飛び出していった。
あの夜以来、鬼塚とはまだ直接会っていなかった龍二だったが、目の前でこれほどまでに鬼塚を深く、狂おしいほどに想い、慈しんでいる麗美の姿を見て――すべてを察した。
(あいつ、あの夢の話を俺らにした後……)
「……はぁー」
龍二は天を仰ぎ、盛大なため息を吐き出した。
ガシガシと乱暴に髪を掻き毟る。
その様は何処となく鬼塚に似ていた。
「……ったく。やっぱりあの後、速攻で告りやがったか、英吉のヤツ……美人とはいえ、やっと出来た恋人が中坊…それもここまで愛が重い女とは……」
龍二の口元に、呆れ果てた、けれど親友の愚直なまでの真っ直ぐさを愛おしむような苦笑が浮かんだ。
あの夜、鬼塚の目を見て察してはいたが、恋愛に関しては臆病でヘタレで朴念仁の二十二歳にして未だ童貞野郎である鬼塚が、年の差も教師という立場もすべて投げ打って、この少女の手を握り締めたのだと、改めて確信した。
「あいつの惚れた女は、どいつもこいつも本当に癖のある。…全く、面倒くせえな」
龍二は視線を少しだけ逸らしながら、どこか熱いものを受け取ったかのような、優しい声で言った。
「……神崎、お前本気で言ってるんだな? 後で『やっぱり痛いから辞める』なんて通用しねえぞ。鬼爆の特訓は、並の男じゃ泣いて逃げ出すからな?」
「望むところよ。あたしのIQは200。身体の動かし方、力の作用点、すべて論理的に理解して見せるわ」
麗美がフッと自信に満ちた、けれどどこか切なげな笑みを浮かべると、龍二はもう一度、その真っ直ぐな瞳を覗き込んだ。
「……分かったよ。お前のあいつを想う熱意は本物だ。教えてやる」
「! ありがとう、弾間さ――」
「勘違いするな。ただし、だ」
龍二は人差し指を突きつけ、麗美の言葉を制した。
「俺が教えるのは、あくまで『護身』だ。てめえが誰かを傷つけるための『暴力』じゃねえ。あいつがいない場所でてめえが自分の身を守り、あいつの負担を減らして、二人で『ちゃんと生きて帰ってくるため』の技術だ。いいな?」
「ええ……。それで十分よ」
「後、礼なんざいい。……それと、最大の条件がある」
龍二は声を潜め、真剣な顔で言った。
「……あいつにだけは、絶対にバレるんじゃねえぞ。もし俺が神崎麗美に格闘技教えてるなんて知れたら、あいつマジギレして、この店に特攻(ぶっこ)んでくるからな。【俺の女に何危ないこと教えてやがんだ!】ってな。……俺が私闘で殺されるわ」
その言葉に、麗美は今日一番の、年相応で悪戯っぽい少女の笑顔を咲かせた。
「ふふ……分かったわ。それはあたしと弾間さんの、一生の『秘密』ね」
「へっ、秘密、ねえ。ガラじゃねえんだけどな」
龍二はそう言いながら、作業着の袖をガシガシと腕まくりした。
油に汚れた床の上に立ち、顎で店の奥のスペースを示す。
「……じゃあ、まずは基本からだ。理屈がどうこう言う前に、てめえが素手でどれだけ動けるか、見せてもらおうじゃねえか。構えてみろ」
「ええ。よろしくお願いするわ、コーチ」
麗美はブレザーとベストを脱ぎ捨て、白いブラウスの袖を捲り上げた。
店の窓から差し込む五月の西陽が、彼女の美しい金髪を黄金色に輝かせる。
その限界を超えた天才の瞳は、静かに、けれど決して消えない炎を宿して光っていた。
(……待っていて、英吉。あたしはもう、あんたの後ろで泣くだけの子供じゃない。みやびとも本当の友達に戻れた。大門が吉祥学苑の校長として来るまでにはまだ時間がある。 それまでにあたしは戦う術を身につけて見せる。 そして、今度はあたしが、あんたの重荷を半分背負って、絶対にあの白いベッドには戻らせないんだから)
龍二は、ファイティングポーズをとる麗美の、決意に満ちた隙のない構えを一目見て、内心で驚愕しながらも小さく息を吐いた。
「……まったく。英吉の野郎、とんでもねえじゃじゃ馬を捕まえやがったな……面白ぇ」
そう呟く龍二の口元は、相棒の未来を心の底から祝福するかのように、優しく、緩んでいた。
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GARAGE-Rの奥に設けられた、わずかな作業スペース。
油と鉄の匂いが立ち込めるその場所は、瞬く間に神崎麗美という「怪物」の実験場へと変貌していた。
「――おいおい、マジか…嘘だろてめえ……」
龍二の額から、大粒の汗が床のコンクリートへと滴り落ちる。
特訓が始まってから、まだわずか一時間。
龍二の胸中にあった「女子中学生に護身術のいろはを軽く仕込む」という生温かい目算は、跡形もなく粉砕されていた。
いや、確かに最初は龍二の動きに手も足も出ず、麗美はされるがまま、やられるだけだった。
しかし、麗美はその中で、まるで乾いた砂が水を吸い上げるかのように、あるいは精密なスキャナーがデータを電子の海に写し取るかのように、龍二の技術を貪欲に吸収していったのだ。
言うなれば、一度見たものをすぐさま模倣出来るようになってしまう…某ピンクの魔人のような規格外っぷりであった。
「はぁ、はぁ、はぁ……右ストレートの軌道、肩の入れ方、踏み込んだ左足の角度……。弾間さん、今のフォームだと重心がコンマ数秒、後ろに残りすぎていないかしら? 力をインパクトの瞬間に全開放するなら、大腿四頭筋の連動をあと三度外側に開いた方が効率的よ」
「理屈じゃねえんだよ格闘(ケンカ)は……! と言いたいところだが、てめえの言う通りだから反論できねえのがムカつくわ」
龍二は呆れ果てて言葉を失っていた。
一度見せただけのステップ。
一度受け止めさせただけのジャブ。
それを麗美は、IQ200の頭脳で肉体の構造、骨格の連動、力の作用点へと瞬時に分解し、自身の肉体へと完璧にフィードバックさせてしまう。
流石に息切れはしているものの、まさにスポンジのように技術を身につけていく麗美の天才ぶりに、かつて湘南の修羅場をいくつも大立ち回りで駆け抜けてきたはずの龍二も、正直、完全に圧倒されていた。
(英吉の野郎、とんでもねえ女を惚れさせたもんだ……この吸収速度、そして戦闘センスは最早人間じゃねえ。……いや、こいつの原動力は頭の良さだけじゃねえな)
一瞬のインターバル。
麗美は荒い息を吐きながらも、すぐに乱れた金髪をバサリと手で払い、再び真っ直ぐな、燃えるような瞳で龍二を見据えた。
その瞳の奥にあるのは、純粋な戦闘への渇望ではない。
ただひたすらに、「英吉を死なせない」「あいつの重荷を減らす」という、狂おしいほどの一途さと覚悟。
かつて白いベッドの上で植物状態になり、死の淵を彷徨った鬼塚の姿。
あの時、ただ泣くことしかできず、絶望のあまり後を追おうとさえした無力な自分への、底知れない怒りとトラウマ。 そして、純粋な鬼塚への愛が彼女の華奢な身体を突き動かしているのだ。
汗を滲ませ、爪が食い込むほどに拳を握りしめる麗美。
その姿は、あまりにも健気で、そしてあまりにも必死だった。
「……弾間さん、次をお願い。あたし、もっと、もっと早く……強くならなきゃいけないの。英吉の背中を、今度こそ守れるようになるために」
そんな麗美の、鬼塚を想う『彼女』としてのどこまでも健気な姿に、龍二の胸の奥にある熱いものが、静かに、しかし激しく共鳴した。
(……ったくよ。そこまであいつのためにボロボロになれる中坊が、どこにいるよ……認めてやる。 お前はあいつの隣に立つに相応しい女だ)
フッと、龍二の口元に男臭い笑みが浮かんだ。
初めは教えるのは【護身】と言っていた龍二だったが、彼女の剥き出しの純愛と覚悟に共感し、そのリミッターを自ら外すことを決意する。
大切な女を危険に晒したくない鬼塚の気持ちは痛いほど分かる。
自分も恋人である渚に対して同じ思いだ。
だが、これほどの覚悟を持った女を、ただ後ろで震えさせておくことこそ、あいつへの不義理なんじゃないか。
そう、龍二の「鬼爆」としての本能が告げていた。
「おい、神崎」
龍二は、巻いていたバンテージをきつく締め直した。
その瞳から、指導者としての優しさが消え、かつて湘南を震撼させた喧嘩師の鋭い眼光が戻る。
「……護身術(そんなもの)はここまでだ。てめえのその頭なら、もう身を守る動かし方はマスターしてやがる」
麗美は、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
「弾間さん……?」
「こっから先は、俺の『戦い方』――文字通り、敵を叩き潰して生き残るための格闘(ケンカ)を教えてやる。綺麗事じゃねえ。英吉のヤツが、どうしても一人で抱えきれなくなったドブ泥の修羅場に、てめえが横から殴り込んで、あいつのケツを引っ叩いて連れ戻すための技術だ」
龍二はドスン、と深く構えをとった。
凄まじい威圧感が、狭いGARAGE-Rの空気を震わせる。
「あいつの隣に立ちたいんだろ? だったら、鬼爆の半分を、てめえに叩き込んでやるよ。死に物狂いでついてきやがれ! あれだけ啖呵切ったんだ、やれんだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、麗美の顔に、ゾクッとするほど美しく、そして猛々しい笑みが咲いた。
「ええ……! 望むところよ、弾間さん。あたしに、あんたたちのすべてを教えて!」
「へっ! 言いやがったな。 上等だ、全て叩き込んでやるよ!」
夕暮れ時の西陽が窓から差し込み、二人の影を長く、濃密にコンクリートへ落とす。
鬼塚に隠れて始まった、GARAGE-Rでの秘密の特訓。
それは「護身」という枠を飛び越え、未来の悲劇を真っ向から粉砕するための、真の『戦闘訓練』へと変貌を遂げていった。
という訳で、麗美の鍛錬開始の回でした。
鬼塚に案の定断られた麗美は、鬼塚の友人で、鬼爆の片割れである龍二を訪ね、麗美の熱意に折れた龍二が彼女を鍛えることになりました。
IQ200+鬼塚の為に強くなるという固い意思により、某魔人並みに一度見た技術を模倣してしまうというチートを見せつけた麗美。
流石に体力の問題があり、短時間でバテてしまいますが、それでも充分規格外ですね。
大門編までに麗美がどれだけ強くなれるのか?
次回もよろしくお願いします。