三日目の朝は、二日目の夜よりも少しだけ静かだった。
鬼塚は、最上階の引率教官用ツインルームのダブルベッドで目を覚ました。
昨夜は結局、前日同様、麗美の「一緒に寝て」という声に負けてベッドに入った。
彼女の体温とシャンプーの匂いがすぐ隣にあったせいで最初は眠れなかったが、いつしか麗美の寝息を聞きながら意識が落ちていたらしい。
結果として、二日連続の徹夜明けは避けられた。
「……おはよ、英吉」
すでに着替え終わっている麗美が、小さく笑った。
「……おう。よく眠れたか」
「ええ。すごく。あんたの隣だと、安心するから」
「……そうかよ……こっちは毎回心臓に悪いっつーの……」
「ふふ。細かいことはいいのよ」
麗美は鬼塚の頭を軽く撫でた。
その手のひらが触れた瞬間、鬼塚は反射的に体を硬くした。
(……この手、前よりも少しだけ硬いような気が……)
彼はふとそう思ったが、すぐに頭を振った。
夢のノイズのせいだと。
実際には、龍二との特訓の影響によるものだが、バレない為の日々の積み重ねにより、本来はもっと硬くなってもおかしくないのだが、この程度で済んでいるのだ。
それは兎も角、昨夜の麗美の色仕掛けは相変わらず強烈だった。
キャミソールの肩紐が何度もずれ、胸元とキャミソールの下のブラジャーがチラチラ見えるたびに、鬼塚の理性は悲鳴を上げていた。
結局、何もできずにただ横で固まっていただけだが、それでも彼女の隣で眠れたので初日の夜よりはマシだった。
「……お前、毎日色仕掛けすんなよ……俺の身が持たねえ……」
「ふふ、ごめん。 でも、あんたがドギマギしてるの、面白かったわよ」
「……うるせえ」
鬼塚は視線を逸らした。
二人っきりの空間だからこそ、その横顔は林檎のように赤い。
麗美は、小さく笑った。
午前中、石垣島の太陽は容赦なく照りつけ、コバルトブルーの海がキラキラと輝いていた。
砂浜では、村井を中心にした男子連中が相変わらずバカ騒ぎをし、それをみやびが止めていた。
「よっしゃー! 今日こそ波にノるぜぇ! 見てろよお前ら!」
「ちょっと村井! 危ないからやめなさいっての!」
ゴールデンウィーク前にはとっくに友達同士になり、今やその中学生特有の恋愛風景を出す、三年四組の微笑ましい日常の一部となっている吉川のぼると上原杏子。
砂浜を走る吉川の後ろ姿を見ながら、杏子はパラソルの下で「あんたたち、あんまり遠くまで行くんじゃないわよ! 特に吉川! あんたどん臭いんだから……その……あたしの近くにいなさいよね……」と呆れながらもツンデレ全開で声を上げている。
そのやり取りには何のわだかまりもなく、前の世界とは違う純粋な平穏がそこにあった。
芸能活動の仕事のために泣く泣く不参加となった朋子の穴を埋めるように、クラスの空気はひたすらに明るい。
そんな中、ビーチパラソルの下で、水着姿の麗美は、怪しく思われないように菊地も近くの椅子に座らせ、さりげなく贅沢に鬼塚の隣を独占していた。
前日と違う白を基調としながらもカラフルな柄の少しタイトなビキニから覗く、出るところが出た完璧なプロポーション。
通り過ぎる他の観光客や生徒が思わず釘付けになるほどの美貌を誇る彼女は、鬼塚が持っていた冷たいお茶のペットボトルを奪うと、それを自分の頬に当てて悪戯っぽく微笑んだ。
近くには他の一般客や生徒の目もあるため、麗美はすっと声音を切り替える。
「ねえ、鬼塚先生。泳がないの?」
「お、おう……俺はほら、引率だからよ。全体を見張ってねーと……」
グラサン越しに、麗美の眩しすぎる水着姿から必死に視線を逸らす鬼塚。
昨夜のベッドでの体温が蘇り、心臓がうるさい。
だが、麗美はそんな鬼塚の太ももに、自分のスベスベとした脚をわざとらしくすり寄せ、周囲に聞こえない超至近距離で囁いた。
「嘘つき。あたし以外の女を見てるか、あたしの身体を直視する勇気がないかの二択でしょ。……昨日の夜、あんなに近くにいたのに、まだ照れてるの? 先生?」
「ぶっ……! てめ、神崎!抑えてるつもりだろうが、 声がデけぇんだよ!」
赤面して周囲をキョロキョロと慌てて見回す鬼塚。
他の観光客や生徒たちが遠くにいるのを確認すると、彼はグラサンを少しだけずらし、麗美だけに聞こえるほどの小さく低い声で、ボソリと呟いた。
「……お前の身体を直視する勇気がねえのは事実だけどよ……お前以外の女なんか見てねえよ。俺はお前しか眼中にねえからよ……」
「っ……、」
まさか、そんなド直球な言葉が返ってくるとは思っていなかった。
いつもなら余裕たっぷりにからかい、外堀を埋めて鬼塚をドギマギさせているはずのIQ200の天才児が、その瞬間、完全に言葉を失った。
じわじわと、白くて滑らかな頬が林檎のように真っ赤に染まっていく。
「な、何よそれ……そんなこと急に言ってくるなんて……ずるいじゃない……バカの鬼塚の癖に……」
麗美は視線を泳がせながら、片手で自分の顔を半分隠すようにして俯いた。
計算ずくの色仕掛けのはずだったのに、鬼塚の「本気(マジ)」の一言は、彼女の脳内のシミュレーションを綺麗に木っ端微塵にしてしまったのだ。
心臓の鼓動がうるさいくらいに跳ね上がっている。
だけど、それが嫌じゃない。
前の世界で失いかけたこの男のぬくもりと、自分だけを一番に真っ直ぐに見つめてくれる瞳。
その幸福に胸の奥が熱くなり、麗美は砂に隠れる位置で、鬼塚の手を壊れ物を扱うように、ぎゅっと強く握り締めた。
「……あんたがそんなこと言うなら、あたし、もう本当にあんたを誰にも渡さないからね」
蚊の鳴くような小声で、だけど確固たる独占欲を込めて呟いた麗美の横顔を、鬼塚は照れ隠しに頭をガシガシと掻きむしりながら、だけど優しく見つめ返すのだった。
「(……こいつら、俺が居るのを完全に忘れてるな……でも今それを言うのも野暮だ……全く、参ったな……)」
二人の作り出す甘い雰囲気の中、菊地は椅子を倒し、日焼けをしながら、気まずそうに顔を背けたのだった。
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午後はそのまま、石垣島の豊かな自然が残る市街地での自由行動へ。
南国特有ののんびりした風が吹く公設市場や商店街を歩き、鬼塚と麗美はお揃いのシーサーの置物を内緒で買い込んだりしながら、一行はどこか浮き足立ったまま、運命の夜へと時間を進めていった。
そして夜。
鬼塚主催の最大イベント、「廃ホテルでの肝試し大会」の幕が上がる。
うっそうとした亜熱帯の木々に囲まれた朽ち果てた廃ホテル。
夜の帳が下りたその場所で、懐中電灯の光を顔の下から当てた鬼塚が、おどろおどろしい声で告げた。
「クックック……お前ら、心の準備はいいかぁ? ここはな、その昔、夜な夜な落ち武者の霊が——」
「ちょっと鬼塚先生、生徒を無駄に怖がらせないでください!」
冬月先生の定番のツッコミが炸裂する中、今回のオバケ担当が発表される。
「おい、発表するぞ! 今回の驚かす側は、俺、村井、草野、藤吉、冬月ちゃん……それに、みやびだ!」
その後、意気揚々とペア分けを鬼塚が割り振っていた時、絶望的な計算の狂いが生じる。
「えーっと、次は菊地と飯島に、吉川と杏子……。あ、あれ? おい、待てよ……」
鬼塚の手元のメモがピタリと止まる。
振り分けていると、どうしても麗美とオタク男子の『ガンダム三兄弟』が余ってしまったのだ。
(う、嘘だろおいぃぃぃ! なんでこのメンツが綺麗に残るんだよチクショー!!)
自分の可愛いガチの彼女が、鼻息を荒くしてガンダムの型式番号をブツブツ呟いているむさ苦しい野郎3人組と暗闇の廃ホテルを密室ペアで進むなど、男として、彼氏として、絶対に看過できるわけがなかった。
(ダメだ! 絶対にダメだ!! あいつら、暗闇に紛れて麗美の服の袖とか掴みかねねぇぞ! いや、恐怖のあまり麗美に抱きつきでもしたら、俺はその瞬間にアイツらを沖縄の海へ物理的に不法投棄しちまう!!)
凄まじい形相で脳内葛藤を繰り広げ、汗を滝のように流しながら「あ、あー、ペアの再編成を……」とブツブツ呟く鬼塚。
その不器用で必死な独占欲を、IQ200の麗美が察しないはずがなかった。
麗美はフッと、オッドアイの瞳を優しく細めると、歩み出て退屈そうに髪を弄りながら口を開いた。
他の生徒たちの手前、ここは一生徒としての提案を装う。
「どうしたの先生?」
「か、神崎!? そ、その…だな……お前の振り分けが上手いこと出来なくってよ……どうすっかなーと……」
「なーんだ、そんなこと。 あぶれたのなら仕方ないから、あたしも驚かせる側に回るわよ。 そっちの方が面白そうだしね」
「え? 神崎……?」
「見た感じ残ったメンツはあたしとガンダム達だけなんでしょ? ガンダムの話を延々と聞かされるより、驚かす側に回って、あんたのトホホなオバケ姿を特等席で見物する方が有意義よ」
「「「えぇー! 我々はセイラさんと一緒に回りたいです」」」
「却下。 あんたらの話を永遠と聞かされたら脳細胞が一億個くらいガチで死滅しちゃうから。 それに誰がセイラさんよ誰が」
「「「そんなーー!」」」
非難の声を上げるガンダム三兄弟を麗美はバッサリと切り捨てる。
自分が身を引けば、鬼塚が悩む必要もなくなる。
それが麗美の、大人の選択だった。
しかし、その健気さを、あのみやびが見過ごすわけがない。
二人の関係を知っているみやびは、腰に手を当ててフンと鼻を鳴らした。
「ちょっと、そんなに驚かせる側が多くなくても良いんじゃない?」
「あ? みやび、テメェ何言って——」
「男子組のあの3人は、暗闇が怖いんだから纏めて3人一組で行かせりゃいいのよ。その方がガンダムのバリアとか言って勝手に盛り上がるでしょ。 驚かせる側はこれ以上だと居すぎ……となると……必然的に驚かせる側から麗美のペアを決める必要があるわね……う〜ん……」
みやびはわざとらしく人差し指を顎に当て、隣にいる村井、草野、藤吉、エンドレスで仲の良い吉川と杏子、更に菊地の方をチラリと見た。
彼らは全員、鬼塚と麗美の「ガチ恋人」を知る、鉄壁の守護陣形だ。
周囲の「何も知らない一般生徒」から少し離れたこの位置のメンツなら、隠す必要は一切ない。
村井がすぐに「あー! 確かに! 他がペアの中、一組だけ男子三人の方が絵面的に面白いよな!」と調子を合わせ、草野と藤吉も「うんうん、固まった方が怖くないな!」と激しく同意する。吉川と杏子もニヤニヤとした笑みを浮かべ、菊地も「良いんじゃないか?」と温かく頷いた。
完璧なアイコンタクトによる、事情を知るメンバーたちによる総力戦である。
みやびは、にやりと悪戯っぽい、だけど最高に頼もしい笑みを鬼塚と麗美に向けた。
みやびが驚かす側に立候補した理由は明白だった。
恋人だが、公に出来ない都合上、こういう場面では立場的に中々二人きりになれない鬼塚と麗美に、合法的にプレゼントするための粋なアシストをしようと考えていた為だ。
「麗美は、そうね……鬼塚先生とペアを組んだら?」
「ぶ、ぶふぉっぅ!?」
鬼塚が盛大に吹き飛ぶ。
「おいみやび! 教師と生徒がペアなんてそんな、冬月センセーが——」と慌てて冬月先生を見るが、冬月先生は「あら、それなら安心ね。鬼塚先生、しっかり神崎さんを護ってあげてくださいね」と、1ミリも裏を知らない純粋な笑顔で太鼓判を押してしまった。
これも鬼塚が三年四組問題を早期に解決してしまった影響である。
この段階で冬月は他の教師以上に鬼塚を信頼しきっていたのだから。
「……あら。じゃあ、お言葉に甘えようかしら、先生」
冬月の前では一応の体裁を保ちつつ、麗美は真っ赤になってオロオロしている鬼塚の元へカツカツと歩み寄ると、その逞しい腕に、これみよがしに自分の腕をぎゅっと絡ませた。
冬月の死角に入った瞬間、麗美はトーンを落とし、二人だけの呼び方で耳元に囁く。
「ほら、行きましょう、あたしの頼りになる護衛さん。暗いところは苦手だから、絶対に離さないでね、英吉❤」
「神崎、おまっ……!」
事情を知るみやびや村井たちが背後で親指を立ててサムズアップを送る中、鬼塚は顔を真っ赤にしながらも、その絡められた手のぬくもりに、遂に観念し、強い覚悟を込めてぎゅっと握り返した。
「お、おうよ……! 落ち武者だろうが何だろうが、この俺がグレートに蹴散らしてやるぜ!!」
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カサリ、と湿った風が廃ホテルの廊下を通り抜ける。
懐中電灯の細い光だけが、剥がれかけた壁紙や朽ち果てた床を照らしていた。
麗美は鬼塚の腕をしっかりと抱きかかえたまま、歩みを進めていた。
本当は、麗美はお化けや心霊現象の類を1ミリも信じていない。
ゴールデンウィークの時に一緒に行った遊園地のお化け屋敷でも、彼女が完全に無反応だったことを鬼塚はしっかりと記憶していた。
だからこそ、今こうして「きゃっ、怖いわ、先生」などと不自然に身を寄せてくる麗美に、鬼塚は小声でツッコミを入れずにはいられない。
「……おい神崎、てめぇ本当は怖くねえだろ! 遊園地の時あんなにスンッとしてたじゃねえか!」
「ふふ、何のことかしら? 女の子が暗闇で怯えてるんだから、大人の男なら黙って優しく抱きしめなさいよ、英吉」
「おまっ、だから周囲に他の奴が——」
その時だった。
ガタタタッ!! と、近くの部屋のドアが激しく揺れ、中から白い布を被った村井たちが「うおおおおお!」と飛び出してきた。
「ギャあああああああお化けえええええええええ! ?」
驚かせるのは大好きなクセに、本当はお化けや怪談が死ぬほど苦手な鬼塚のヘタレ精神が、ここで完全にキャパシティをオーバーした。
腰を抜かすほどの勢いで飛び上がった鬼塚は、恐怖のあまり隣にいた麗美の身体に全力でしがみつき、その豊かな胸元に顔をうずめるようにしてガタタタと震え出した。
「うわあああ! 出た! マジで出たァァ! 麗美ぃぃぃ! 守ってくれえええ!!」
「……っ、」
仕返しを企んでいたのは麗美の方だった。
午前中にビーチで「俺はお前しか眼中にねえ」とド直球に告白され、余裕をなくして赤面させられたお返しに、この暗闇で彼を翻弄してやろうと思っていたのだ。
しかし、まさか逆に、ビビりでとはいえ、こんな風に全力で抱きつかれるとは思っていなかった。
薄暗い視界の中、麗美の顔が、午前中の砂浜と同じように一気に沸騰する。
自分の身体を強く締め付ける鬼塚の逞しい腕。
耳元で聞こえる、恐怖で狂いそうな、だけど愛おしい彼の声。
「……もう、本当にヘタレなんだから」
麗美は真っ赤になりながらも、呆れたように、だけどこの上なく幸せそうに微笑むと、自分の細い腕を鬼塚の背中に回し、その大きな身体を優しく、強く抱きしめ返した。
「大丈夫よ、英吉。あたしがここにいるわ。あんたを傷つけるものなんて、この世界には何一つ、存在させないから」
龍二の特訓を経て、少しだけ硬くなったその手のひらで、鬼塚の背中をぽんぽんとあやすように叩く。
村井たちが「おいおい、驚かした俺たちが当てられすぎて死にそうなんだけど」 「甘すぎて砂糖を大量に食わされてるみたいだ…」と陰で頭を抱えていることなど、今の二人には完全に意識の外だった。
他の生徒たちを驚かすルートから完全に外れ、二人は廃ホテルの奥にある、かつて客室だったと思われる静かな一室に立ち寄っていた。窓からは、石垣島の夜の海と月光が微かに差し込んでいる。
二人きりになり、周囲の喧騒が遠のいた瞬間、麗美は窓の外を見つめながら、ふと声音を落とした。オッドアイの瞳が、月光を反射して切なく揺れる。
「ねえ、英吉……」
「あ? なんだよ、お化けならもう勘弁だぜ?」
まだ少しビビっている鬼塚に、麗美は静かに首を振った。
「あたしね、あんたと本当の恋人になれて心の底から幸せ。 でもね、時々怖くなるの。……あたしのせいで、あんたを巻き込んで、あんたの未来をめちゃくちゃにしてしまうんじゃないかって……」
それは、前の世界での出来事……無理を重ねた結果、遂に植物状態となり、病室のベッドの上で別人のように正気のない鬼塚の姿を見て絶望し、悲しみからカッターで自らの手首を切ったあの凄惨な過去の記憶。
あの胸を切り裂かれるような圧倒的な絶望は、後に彼が奇跡の復活をしたことを知っているとしても、彼女の胸の奥にこびりついて離れない、消えない恐怖のだった。
そんな麗美の言葉を、鬼塚は黙って聞いていた。
彼の脳裏にも、何度も悪夢として現れる「手首を切る麗美」の残像が過る。
だが、今の鬼塚の胸にあるのは、恐怖ではなく、彼女を絶対に手放さないという男の傲慢なまでの覚悟だった。
「……バカ野郎」
鬼塚は静かに歩み寄ると、麗美の華奢な肩を掴み、そのまま強引に自分の胸の中へと引き寄せた。
「あっ……、」
「だから、昼間にお前しか眼中にねえっつったろ、麗美」
鬼塚の低く、熱い声が、麗美の耳元にダイレクトに響く。
「お前が消えそうになるなら、俺が地の果てまで追いかけて、その手ぇ掴んで引き戻すだけだ。 例えばお前が俺じゃねえ誰がと結婚するってことになったら、そんな未来ごと俺が全部ぶっ潰して、お前を奪い取ってやるよ。……だから、余計な計算なんかしてんじゃねえよ。お前はただ、俺の隣で笑ってりゃいいんだ……だからよ、巻き込むとか、未来をめちゃくちゃにしちまうとか考えんな……俺はお前を好きになっちまって、こうして恋人同士になったことに後悔はねえ! もしお前との関係が世間的にはバレちまったら、逆に好都合だ。 そのままお前が十六になるのを待って結婚しちまうだけの話だからよ」
「英吉……」
二度目の抱擁。
だが、今度は恐怖のヘタレからではない。
麗美の絶望のそのすべてを完全に包み込み、書き換えて癒やすための、男・鬼塚英吉の魂の誓いだった。
麗美の目から、一筋の涙が溢れ、鬼塚のシャツを濡らす。
「……うん。信じるわ。あんたがそう言うなら、あたしのIQなんて、ただの飾りにしかならないもん……ヤバい……ほんと大好き❤️」
麗美は鬼塚の胸に顔を埋め、今度こそ完全に、自分の全存在を彼へと委ねたのだった。
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肝試しが終わり、宿に戻った三日目の夜。
最上階の引率教官用ツインルームの鍵が閉まった瞬間から、二人の空間は、昨日までとは比べ物にならないほどの熱量に包まれていた。
「……ねえ、英吉。今日はもう、絶対に言い訳させないから」
お互いに風呂を済ませた後、部屋の明かりを薄暗い間接照明だけにした麗美は、お土産で買ったシーサーのストラップを机に置くと、ストレートに鬼塚のベッドへと潜り込んできた。
今夜の彼女は、いつも以上に甘えモードが全開だった。
昼間の直球告白と、廃ホテルでの誓い。
二人の心が名実ともに完全に結ばれたことで、麗美のブレーキは完全に消し飛んでいた。
「おい、麗美……お前、距離が近すぎ……うおっ!? 待てっ!」
ベッドの上で横たわる鬼塚の身体に、麗美は遠慮なく跨るようにして組み付いた。
キャミソールの肩紐が完全に滑り落ち、白い肌が月の光に妖しく浮かび上がる。
シャンプーの甘い匂いと、麗美の滑らかな身体のラインが、容赦なく鬼塚の全身に押し当てられた。
「離れるわけないじゃない。あたし、まだあんたのビーチでのセリフと、さっきの肝試しの余韻で、心臓の計算式がバグりっぱなしなのよ? 責任、取ってくれるんでしょう、ダーリン❤」
「ぶっ……! 責任って、お前なぁ! つーかダーリンとか言うな!」
「こうして、あんたに触れてるだけで……頭がおかしくなりそう。大好きよ、英吉。本当に、本当に愛してるんだから……今日は……もう越えちゃっても良いわよね?……」
麗美は潤んだ瞳で鬼塚を見つめると、彼の首筋に自分の顔を埋め、何度も何度も、愛おしそうに自分の身体をすり寄せた。
くっつきまくり、ベタベタとイチャつきまくる麗美の容赦ない攻撃。
龍二との特訓で少しだけ硬くなったその手のひらが、今は甘く、熱く鬼塚の胸元や腕を撫えまわし、お互いの体温が限界まで上昇していく。
完全に主導権を握った麗美は、鬼塚にしがみついたまま、これでもかと体温を分け合うように密着し続けた。
「お、おい……俺の理性が、そろそろマジで悲鳴を上げてんだけどよ……!」
顔を真っ赤にして必死に耐える鬼塚の唇に、麗美は悪戯っぽく、だけど深く、自分からチュッとリップ音を立てて何度も唇を重ねた。
重ねられる唇の熱は、次第にこれまでのからかいや戯れを置き去りにして、深く、濃厚なものへと変わっていく。
互いの呼吸が完全に混ざり合い、何度も角度を変えて貪るように交わされる濃厚なキス。
麗美の小さな舌が鬼塚の口内を優しく、かつ情熱的に搦め捕り、鬼塚もまた、彼女の腰を折れんばかりの力で抱き寄せ、その熱に応じた。
「あ……ん……っ、はぁ……えい、きち……」
キスの合間に漏れる麗美の艶っぽい吐息が、鬼塚の最後の理性を完全に融かしていく。
教師と生徒、そんな社会的な境界線さえも、目の前で命懸けの愛を捧げてくるこの少女の熱量の前には、もはや何の抑止力にもならなかった。
「チクショー……限界だ……麗美、愛してる……もう止めてやらねえからな……」
「いいのよ、壊しちゃっても。……あたしは全部、あんたのものなんだから、英吉……大好き……っ」
お互いが本能のままに、ただひたすらに相手のぬくもりを求め、愛し合う。
熱く火照った互いの肌が滑らかに重なり合い、部屋には二人の甘い衣擦れの音と、切ない吐息だけが響き渡る。
そして二人は、長い絶望のループの果てに、今度こそ二人だけの新しい歴史を刻むように、深く、優しく、ついにその一線を越えた。
二日連続の徹夜明けは避けられたはずの鬼塚だったが、三日目の夜は、麗美の甘すぎるベタベタな猛攻と、名実ともに完全に結ばれた愛の熱気によって、結局一睡もできないほどの甘い地獄(ご褒美)を這いずり回る気になる。
その光景を夜空の月が優しく見守っていた。