大門編第二話です。
あのプレハブ破壊の一件で大門は表立って動けなくなった。
しかし、文部省の元キャリアであり冷徹な支配を目論む大門が、ただ指をくわえて引き下がるはずがなかった。
「……やってくれたわね……手荒な真似は控えたかったけど、仕方ないわ。 手始めに、あのクラスの『脳』から潰しなさい。物理的な排除こそ、最も効率的な最適化よ」
校長室の暗がりの中、大門校長は手先である秘密の生徒組織「天使部隊」のメンバーたちを呼び寄せ、冷酷に命令を下した。
彼女が先陣を切らせたのは、常盤愛(ときわ あい)をはじめとする、常軌を逸した格闘センスを持つテコンドートリオの女子生徒たちだった。
大門校長が狙いを定めたのは、クラスの卓越した情報源であり、麗美の頭脳を技術面で支え、かつ一人になることの多い三年四組の要――菊地善人だった。
放課後、夕暮れに染まる吉祥学苑の裏道。
菊地はいつものようにノートパソコンを小脇に抱え、一人で下校の途についていた。彼の前に、不気味な影が三つ、滑り込むように現れた。
「……君が三年四組の菊地善人だね?」
「!……誰だい、君たちは? うちの生徒じゃなさそうだけど」
菊地は瞬時にパソコンを置くと、空手の有段者として隙なく、身構えた。
目の前に立つ常盤をはじめとする三人の女子生徒たちの構え、そしてその眼光が、普通の女子中学生のそれとは根本的に異なる「本物の戦闘者のもの」であることを経験から見抜いたからだ。
可愛らしい外見や制服姿とは裏腹に、彼女たちの立ち姿には一切の隙がなかった。
「大門校長からの命令でね。君には少し、大人しくなってもらうよ」
常盤の言葉が終わるか終わらないかの刹那、凄まじい風切り音とともに、常盤の鋭くしなやかな前蹴りが菊地の顔面へと肉薄した。
「くっ……!」
菊地は咄嗟にバックステップを踏み、間一髪で直撃を避ける。
しかし、彼女たちテコンドートリオの連携は苛烈を極めていた。
女子生徒ならではの身体の柔らかさと、それを武器にした圧倒的なスピード。
一人が避けた隙を突くように、左右から残る二人の容赦のない、美しくも重い回し蹴りと踵落としが、正確に菊地の急所を狙って繰り出される。
「はぁっ!」
菊地もただ黙って殴られるようなタマではない。
彼は必死に身体を翻して反撃を試みた。
相手の突きを腕でいなし、隙を突いて鋭いストレートを常盤の顔面へと放つ。
ゴンッ、と確かな手応えが菊地の拳に伝わった。しかし――、
「……ふ〜ん、やっぱその程度か」
常盤は顔をわずかに歪めただけで、その反動を利用するように、しなやかな跳躍から凄まじい速度の裏回し蹴りを菊地の脇腹へと叩き込んだ。
ドカッ!!!
「がはっ……ぅあ!?」
強烈な衝撃が菊地の肋骨を軋ませ、彼は地面へと激しく転がった。
立ち上がろうとする菊地に対し、テコンドートリオの女子生徒たちの容赦のない追撃が浴びせられる。
格闘技のプロ顔負けの、正確無比で重い蹴りの雨。
菊地は必死に腕を顔の前に交差させてガードを作るが、一撃ごとに骨が軋み、意識が遠のいていく。
一方的にボコボコにされ、地面に血を流しながら這いつくばるしかない圧倒的な暴力の差がそこにはあった。
「が……はっ……くそ……っ……」
菊地は薄れゆく意識の中で、自らの無力さに歯噛みした。
麗美や鬼塚にこの危機を伝えようとするが、その思いとは裏腹に、彼の意識は途絶えた。
常盤は倒れ伏した菊地を冷酷に見下ろすと、彼の宝物であったノートパソコンをバキリと容赦なく踏み砕いた。
「まずは一つ目の歯車を壊した。……さあ、次は誰を最適化しようか」
冷笑を残し、スカートを翻して闇の中へと消えていくテコンドートリオの女子生徒たち。
静まり返った裏道に、ボロボロになった菊地の身体だけが残された。
大門美鈴という「管理の女王」が放った容赦のない報復攻撃。
それは、完璧に要塞化されていたはずの三年四組の防衛線が、初めてフィジカルな暴力によって「物理的に破られた」絶望的な瞬間の幕開けだった。
「……菊地が、襲われた……!?」
放課後の夕暮れが差し込む三年四組の教室。
村井が青ざめた顔で飛び込んできたその瞬間、室内の空気は一瞬で凍りついた。
裏道でボロボロになり、意識を失って這いつくばっていた菊地善人は、みやびと朋子に発見され、すでに保健室へと担ぎ込まれたという。
意識はまだ戻っていないものの、命に別状はないとのことだった。
完璧に要塞化され、誰も傷つかないはずだったこの世界の日常。
それが、大門の放った最凶の女子格闘生徒――常盤愛たちテコンドートリオの圧倒的な暴力によって、無残にも打ち破られたのだ。
「っ……!」
その報せを聞いた瞬間、窓際の席にいた神崎麗美のオッドアイの瞳が、怒りで見たこともないほど激しく燃え上がった。
彼女にとって、三年四組は最早ただのクラスではない。
最愛のダーリンである鬼塚英吉が命を懸けて守り、そして自分自身が前の世界の絶望から救い上げられた、何よりも大切な「英吉の城」だ。
そこを、大門の独善的な最適化システムと尖兵どもに汚された。
その事実が、天才の理性を一瞬で焼き尽くした。
「英吉のクラスを傷つける奴は……絶対に許さない」
麗美は学生鞄を床に叩きつけるように置くと、カツカツと凄まじいプレッシャーを纏って教室のドアへと歩き出す。
その尋常ではない殺気に満ちた背中に、他の生徒達は声を掛けることすら出来ない……
そこへやって来た鬼塚が血相を変えて立ち塞がる。
「おい、待て神崎!! どこ行く気だコノヤロー!」
「……退いて、先生。あたしの計算式から、あの女たちの存在を完全に消去してくるわ」
「バカ言え! 相手はプロ顔負けのテコンドー使いの女子どもなんだぞ! 菊地があんなんなっちまったんだ、お前みたいなヤワな女の子が行ってどうにかなる相手じゃねえ! 無茶すんじゃねえ、俺が——」
鬼塚は、麗美を守りたい一心で、彼女の華奢な肩を掴んで引き留めようと大きな手を伸ばした。
しかし――、
「――甘く見ないで」
フッと、麗美の身体が陽炎のように揺らいだ。
鬼塚の手が空を切る。
麗美は、鬼塚が伸ばした腕のわずかな隙間、その最小限の死角へと鋭く踏み込み、彼の体重移動の慣性を利用するようにして、流れるような身のこなしでその巨躯を華麗にいなしてみせたのだ。
トン、と鬼塚の胸元に麗美の手のひらが軽く添えられる。
押し出すようなその一瞬の力加減と、無駄の一切ない直線的な軸の移動。
「……っ!? てめぇ、その動き……!?」
鬼塚は驚愕に目を見開いた。
今の麗美の、一瞬にして自分の懐に潜り込み、力の流れを完全にコントロールした体術。
それは、かつて湘南で数々の死線を共にくぐり抜けた、生涯の親友にして鬼爆の片割れ――弾間龍二(だんま りゅうじ)の喧嘩の身のこなし、そのものだった。
鬼塚は麗美が、龍二の店で「鬼爆の半分」を叩き込まれる秘密の戦闘訓練を受けていたことなど、これっぽっちも知らない。
なぜ麗美が龍二を連想させるような猛々しくも洗練された体術を使えるのか、脳内が疑問と衝撃で真っ白になる。
だが、鬼塚がその違和感に固まった刹那、麗美はすでに彼の横をすり抜け、教室のドアを開け放っていた。
「待ってて、英吉。あたしはもう、あんたの後ろで守られるだけのただの『か弱い女』じゃないわ」
不敵で、だけど最高に美しい笑みを残し、麗美は常盤たちの待つ決戦の場へと、風のように駆け出していった。
「あ……おい! 麗美っ!!」
我に返った鬼塚は、髪を乱暴に掻き毟ると、狂ったように廊下へと飛び出した。
龍二の動きの謎、そんな疑問はすべて後回しだ。
今、自分の愛するガチの彼女が、仲間への怒りと自分への愛のために、最凶の格闘女子トリオの元へ単身突撃していった。
その事実だけで、鬼塚の心臓は破裂しそうなほどに跳ね上がっていた。
「クソがぁ! 待て麗美ぃぃぃ! 待てってんだコノヤローオオオオオ!!」
夕暮れの校舎に鬼塚の怒号が響き渡る。
大門の放った暴力の嵐が吹き荒れる中、龍二直伝の喧嘩術を解禁した神崎麗美の、すべてを賭けたキャットファイトの幕が、今まさに上がろうとしていた。
ー
ー
ー
夕暮れ時の吉祥学苑の裏グラウンド。
人影の途絶えた赤土の敷地に、常盤愛をはじめとする最凶の女子テコンドートリオが、獲物を仕留めた余韻を楽しむように佇んでいた。
そこに、カツカツとアスファルトから土へと変わる、静かだが重い足音が響き渡る。
「……あら、誰かと思えば、三年四組の女王様じゃない。 やっと単独になってくれたんだ」
常盤が振り返り、冷酷な笑みを浮かべた。そこに立っていたのは、怒りでオッドアイの瞳を烈火のごとく燃え上がらせた神崎麗美だった。
「……菊地をあんな目にあわせて、ただで済むと思っているのかしら?」
「ふん、大口叩いちゃって……あなたなんて頭が良いだけのただの女でしょ? やっちゃいなさい!」
常盤の合図とともに、左右に控えていた二人の女子生徒が、しなやかな跳躍から鋭い蹴撃を麗美へと放った。
――まさに、その交戦が始まった刹那だった。
「麗美ぃぃぃぃぃ!!」
校舎の陰から、狂ったように走ってきた鬼塚英吉が叫びながら飛び出してきた。
だが、鬼塚が二人の間に割って入ろうとしたその瞬間、彼の目の前で、信じられない光景が展開された。
襲いかかる二人の鋭い蹴りに対し、麗美は一切怯むことなく、スッと上体を低く沈めた。
それは格闘技の綺麗なディフェンスではない。
相手の懐に泥臭く、最短距離で潜り込む、見覚えがありすぎる「喧嘩」のストレートなステップだった。
ドガッ、バキィッ!
麗美は相手の蹴りの起こりを完全に潰すように、一人の軸足の膝裏へ容赦のない関節蹴りを叩き込み、体勢を崩したもう一人の顎へと、下からえぐるような強烈な掌底を突き上げた。
「……っあ!?」
短い悲鳴とともに、テコンドーの使い手であるはずの女子生徒二人が、一瞬にして地面へと転がされた。
「……次」
その無駄の一切ない、相手の力を逆利用して肉体ごと文字通り「へし折る」猛々しい体術の全貌を目の当たりにした瞬間、鬼塚の足がピタリと止まった。
(……間違いねぇ……。あの腰のひねり、拳の軌道、相手の力をいなして最短で急所をブチ抜くあのエグいタイミング……!)
鬼塚の脳裏に、かつて湘南で何百回、何千回と背中を預け合ってきた生涯の相棒――弾間龍二の戦う姿が完全にオーバーラップした。
なぜ彼女の手のひらが微かに硬くなっていたのか。
なぜさっき、学校の廊下で自分をあれほど見事にかわすことができたのか。
そのすべてのピースが、今この瞬間、鬼塚の脳内でカチリと音を立てて噛み合い、「確信」へと変わった。
(あの野郎……! 俺に黙って、麗美に『鬼爆の半分』を叩き込みやがったな……!!)
龍二が麗美の命懸けの覚悟を認め、自分の代わりに彼女へ「戦う牙」を授けたのだと理解した鬼塚は、熱い感情が胸に込み上げるのを感じながら、今はただ、目の前の最愛の彼女の背中を見つめるしかなかった。
「な、何よその動き……あなた、ただのガリ勉天才女じゃなかったの……!?」
仲間二人が一瞬で沈められ、常盤の顔から余裕の冷笑が完全に消え失せた。
麗美は、ゆっくりとローファーで赤土を踏み締めながら、常盤へと歩みを進める。
その佇まいは、可憐な女子中学生のそれではなく、湘南を統べた伝説の喧嘩師の気迫そのものを纏っていた。
「弱いわね……あんたたちのテコンドーの型、直線的なモーション、体重移動の癖……龍二さんに比べれば、あまりにもスローで退屈なシミュレーションだわ」
「な、なめるなっ……!!」
常盤が叫び、目にも留まらぬ速さで、常軌を逸した格闘センスから繰り出される苛烈な連続回し蹴りを麗美へと浴びせた。
その一撃は先程の二人を遥かに上回る。
風を切る凄まじい風切り音が響く。
しかし、麗美はオッドアイの瞳でその軌道を完全に先読みしていた。
麗美は龍二から伝承された喧嘩術の極意――「相手が綺麗に技を繰り出そうとする瞬間こそ、最大の隙」という鉄則を、冷徹に体現してみせる。
常盤の鋭い右回し蹴りが迫る直前、麗美はあえてその懐へ自ら一歩踏み込み、蹴りの威力が最大になる前の太ももを自分の腕で強引にブロックした。
ドンッ!!
「...っ!? 止めた……!?」
「これは、英吉の城を汚した罰よ」
麗美の冷たい小声が響いた直後、容赦のない「蹂躙」が始まった。
体勢の崩れた常盤の腹部へ、麗美はえぐるような鋭い前蹴りを叩き込む。
ドカッ!!!
「がはっ……ぁあ!?」
衝撃で常盤の身体がくの字に折れ曲がる。
だが、麗美は攻撃の手を緩めない。
髪を掴み上げるようにして常盤の顔面を引き戻すと、龍二直伝の容赦のない喧嘩の拳が、常盤の美しい顔面へと容赦なく炸裂した。
バキィッ!!!
「あぐっ……!」
鼻血を吹き出しながらよろめく常盤の襟首を掴み、麗美はそのまま地面へと豪快に叩きつけた。
土煙が舞い上がる中、立ち上がろうとする常盤の背中を、麗美は上から冷酷に踏みつけ、完全に地面へと縫い付けた。
「ひぃ……っ、あ、あり得ない………あたしたちが、こんな……っ」
這いつくばりながら絶望の涙を流す常盤。
背後では、最初に倒された二人の女子生徒も、恐怖のあまりガタガタと震えて立ち上がることすらできなくなっていた。
プロ顔負けのテコンドートリオを、常盤の蹴りをガードした腕に痣が出来た以外は無傷で、フィジカルの暴力ごと物理的にボコボコに圧倒し、完全なる無双で完封してみせたのだ。
麗美はフゥ、と小さく息を吐くと、踏みつけていた足を退け、ローファーについた土を軽く払った。
そして、じっと呆然と立ち尽くしていた鬼塚の方を振り返る。
先ほどまでの冷酷な喧嘩師の顔は一瞬で消え去り、そこにはいつもの、少し頬を赤らめた最高に可愛い麗美の美少女スマイルがあった。
「お待たせ、英吉。……あたしの喧嘩のデータ、合格点はもらえるかしら? ダーリン❤」
麗美はそう言って、龍二との戦闘訓練、そして今夜の無双を経て、また少しだけその絆を深めた硬い手のひらを、鬼塚の前で恥ずかしそうにぎゅっと握り、小悪魔のようにペロッと小さく舌を出してみせるのだった。
大門の先陣はこうして潰された……
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麗美が常盤たちテコンドートリオを完膚なきまでに叩きのめした日の夜。
東京の喧騒から少し離れた場所にある、弾間龍二の店『GARAGE-R』のシャッターは、けたたましい音を立てて強引に押し開けられた。
バァン!!!
「おいコラァ, 龍二テメェッ!!! 表出ろコンチクショー!!」
怒髪天を突く凄まじい形相で突撃してきたのは、出席簿の代わりに拳を固く握りしめた鬼塚英吉だった。
作業ツナギ姿でバイクのキャブレターを弄っていた龍二は、スパナを持ったまま「あ? なんだよ英吉、相変わらずうるせえ街宣車みてぇな声出しやがって」と、眉一つ動かさずに振り返る。
「うるせえのはテメェの頭のネジだろ、この野郎! てめぇ、俺の麗美に何仕込んでんだコノヤロー!!」
鬼塚は龍二の胸ぐらを掴み上げんばかりに詰め寄った。
先程、裏グラウンドで目の当たりにした、常盤たちを物理的にボコボコに蹂躙した麗美の無双劇。
あの洗練され、かつ凶悪な急所潰しのタイトな体術は、どう考えても龍二の「喧嘩術」そのものだった。
しかし、龍二は鬼塚の手を冷徹に払いのけると、バンテージの巻かれた自分の手をジッと見つめ、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「文句言うな英吉、お前のためだろ」
「あぁっ!?」
「それによ……あんなにお前のこと想ってる女の頼み……漢として聞かねえ訳にはいかねえだろ?」
龍二の低く、熱い声音がガレージの金属音に混ざる。
「あいつ、悪夢だか何だかで、お前が植物状態で死にかけたって本気で怯えてたんだぜ? 『あいつがまた一人で全部背負い込んで、傷ついて、壊れていくのを……ただ見ているなんて、あたしは絶対に耐えられない。あいつの負担を、少しでも、ほんの少しでもいいから減らしたいの。そのためなら、あたしはどうなったっていい。あたしは彼の隣で、一緒に戦える強さが欲しい。あいつの背中を、預けてもらえる人間になりたいのよ! 守られるだけなんて絶対に嫌だから!』って、目ぇ血走らせて頭下げてきたんだ。湘南でお前と何百と修羅場くぐってきた俺だって、あんな凄まじい覚悟の眼光、見たことねえわ」
「龍二……お前……」
鬼塚がその漢気に言葉を詰まらせた、その時だった。
奥の居住スペースから、エプロン姿の龍二の恋人――長瀬渚が、お盆に缶コーヒーを載せてクスリと笑いながら現れた。
「そうよ、英吉くん。龍二くんの言う通り。女の子があそこまで一途に男の人を想って、強くなりたいって願うの、同じ女として私は最高にカッコいいと思うな。……それなのに、特訓した龍二くんに怒鳴り込むなんて、英吉くん、ちょっと男の器が小さすぎるんじゃな〜い? 麗美ちゃん、元々は英吉くんに頼んで、断られたから龍二くんを頼ってきたんだし」
「ぶっ……! な、渚……! いや、それはそうだけどよ、でも中坊の女の子に喧嘩殺法教えるのは教育者としてモラルが……っ」
渚の容赦のない完璧な援護射撃により、鬼塚のグ反論は一瞬にして霧散し、顔を真っ赤にしてフガフガと口を震わせるしかなくなる。
湘南の元不良も、渚の正論の前には完全に無力だった。
「ふふ、そこまでにしてもらえる渚さん?」
その時、ガレージの入り口の薄暗がりに、カツカツと聞き覚えのある気品に満ちた足音が響いた。
そこに立っていたのは、制服姿の上から大人びたお気に入りのライダースジャケットを羽織った神崎麗美だった。
「麗美お前! なんでここに——」
驚く鬼塚をスルーして、麗美は龍二と渚の前に歩み出ると、いつもの冷徹な天才のポーカーフェイスを少しだけ崩し、心からの親愛の情を込めて深く頭を下げた。
「龍二さん、渚さん。本当にありがとうございました。おかげさまで、今日『英吉の城』に害をなそうとした大門の尖兵どもを、物理排除することができたわ」
「ハッ、堅っ苦しい挨拶はいらねえよ。大門のガキどもをボコボコにしたって聞いて、俺も安心したわ」
龍二がニカッと白い歯を見せて笑う。
「麗美ちゃん、怪我はなかった? あたし直伝の『男の転がし方』の方も、ちゃんと英吉くんに効いてるみたいで安心したわ❤」
渚が麗美のツヤツヤした顔と、鬼塚の目の下の隈をチラリと見ながら悪戯っぽく微笑む。
「ええ……データ通り、効果は抜群よ、渚さん。この間のシルバーウィークの札幌や宮崎でも、そしてあたしの家でも、英吉の理性はあたしの前で完全に処理落ちしているもの」
「てめぇらあああ! 本人の目の前で勝手なデータ共有してんじゃねええええ!!」
恥ずかしさのあまり顔面を爆発させ、頭をガシガシと掻きむしりながらも、鬼塚は深く息を吐き、口元を緩めた。
愛する麗美が自らの手で未来を掴み取り、それを裏で支えてくれた最高の相棒とその彼女への感謝が、胸を熱く満たしていく。
大門という管理の女王が放った物理的な凶悪な一手を、麗美が龍二直伝の喧嘩術による物理的壊滅によって完璧に粉砕した。
いずれ来るであろう『天使部隊』の主力に対し、二人の未来の歯車は、さらなる激動の展開を迎えていく。