大門編第三話です。
【回想】
菊地が薄暗い裏道のコンクリートに沈んだのは、ねっとりとした熱気がまとわりつく放課後のことだった。
「……ハッ、三年四組No.2の秀才サマも形無しね」
常盤愛の冷酷な嘲笑と共に、鈍い衝撃が地面に蹲る菊地の腹部に突き刺さる。
ボコボコにされた後、常盤の取り巻きの柿沼美穂と井崎慶子に退路を断たれ、なす術もなく地面を転がった菊地の視界の先で、何よりも大切にしていたノートパソコンが、常盤のヒールによって無残な音を立てて踏み砕かれた。
電子基板が弾け飛ぶ。それと同時に菊地は意識を失う。
それが大門の手先……「天使部隊」からの、明確な宣戦布告だった。
その少し後、偶然通りかかったみやびと朋子が、血を流して倒れている菊地を発見したのは、それから数十分後のことだ。
「嘘……菊地!? しっかりしなさい!」
みやびの悲鳴のような声が響く。
朋子は泣き、恐怖に震えながらも、必死で菊地の身体を支え、二人はボロボロになった彼を保健室へと運び込んだ。
その後、常盤達は、教室で村井達から詳細を聞かされ、キレた麗美の龍二直伝による喧嘩技によって撃破された。
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翌日。
朝日が窓から差し込み、部屋の中を眩く染めている保健室。
菊地が意識を取り戻したと聞き、鬼塚と麗美は保健室に駆け込んでくる。
ベッドの脇には、不安そうに唇を噛む朋子と、怒りを押し殺した表情のみやびが付き添っていた。
昨日から徹夜で看病していた養護教諭が席を外した静寂の中、鬼塚が菊地に声を掛ける。
「……菊地、大丈夫か?」
鬼塚の低く、地を這うような声に、ベッドの上の菊地はゆっくりと、腫れ上がった目を開けた。
顔の左半分は青黒く変色し、包帯の下の肋骨が息をするたびに激痛を訴えている。
「……先生……すみません。俺としたことが、迂闊だった……」
「謝るんじゃねえよ、馬鹿野郎。お前が謝る必要なんてどこにあんだ」
鬼塚は菊地の姿にベッドの柵を掴み、ギリ、と歯を鳴らした。
その傍らで、麗美がいつもの鬼塚とのイチャイチャぶりを全く見せず、目を細め、腕を組み、冷徹なまでのトーンで口を開く。
「……常盤たちは、もう大門から切り捨てられてるわ。正確には、天使部隊のリーダーが裏で手を回して、彼女たちを『使えない駒』として処理したみたいね」
「切り捨て……? どういうことよ、麗美。 あいつら菊地をこんな目に遭わせたのに、なんで味方の大門から切り捨てられるのよ。 大門の指示で動いてたんでしょ? それなのになんで……」
常盤達が昨日、麗美に倒されたことを知らないみやびが鋭く問いかける。
「あの子達は昨日あたしが既に三人とも倒したからよ。 戦闘の出来ない所詮は頭が良いだけのか弱い女と思われてたあたしに一瞬で返り討ちにされた時点で、大門の『最適化』の基準から外れたようね」
「「「えっ!!?」」」
麗美が空手の有段者の菊地をもあっさり倒した常盤達を倒したと聞かされて、三人は驚愕する。
「麗美の言ってることは冗談じゃなくマジだ。 俺も昨日この目で見た……こいつはゴールデンウィークからずっと俺のダチから秘密裏に戦い方を教わってたらしくてな……正直言って、油断してたら俺でも軽くのされるレベルだぜ?」
「……マジで? 麗美から特訓してるってことは少し聞いてたけど……あんた、そんなに強くなってたの!?」
みやびが驚いたように目を見開く。
朋子も隣で、同様に驚いていた。
「菊地くんをこんなにした人たちを麗美ちゃん一人で……すごい……」
「龍二さんの教えが良かったからね。 あたしも短期間でここまで強くなれるなんて正直思わなかったわ……そもそも、誰かさんが教えてくれたら、わざわざ龍二さんに頼まなくても良かったんだけど」
麗美はそう言って、鬼塚をジト目で見る。
「し、仕方ねえだろ!……お前に危険な真似……させたくなかったんだからよ……」
その視線に耐えきれず、鬼塚は顔を赤くして、顔を明後日の方向を向いて目を逸らす。
麗美はそんな彼の気遣いの言葉を嬉しく思いながらも溜め息を吐き、みやびと朋子の方を軽く見やった後、再び口を開く。
「……兎に角、冷酷な計算しかできない大門にとって、負けた駒に価値は無い。行く宛を失った彼女たちは、今、猛烈な焦燥感の中にいる。……だからこそ危険よ。追い詰められた人間は、何をするか分からないから。 恐らく二週間もしない内に彼女達は暴走を始め、弱者相手に手当たり次第暴力を奮い出すと思うわ……仕方ない、気は進まないけど、あたしがもう一度行って躾けてくるしかないわね……」
麗美の言葉を聞きながら、菊地は天井のシミを見つめていた。
耳の奥で、ノートパソコンが踏み砕かれた時の『バキッ』という音が何度もフラッシュバックする。
何もできなかった己の無力さ。
麗美に次ぐIQ180の秀才と煽てられながら、暴力の前でただ縮こまるしかなかった屈辱。
しかも頭脳では負けていても、戦闘面では勝っていると思っていた麗美に、そちらでも負けていたのだ……
菊地も男としてのプライドがあった。
拳を握りしめると、静かに麗美に告げる。
「……待て神崎……俺が決着をつける」
掠れた、しかし鋼のような意志を孕んだ声だった。
「はぁ!?」
鬼塚が顔を近づける。
「お前、肋骨にヒビ入ってんだぞ? 自分の身体が今どうなってるか、その大層な頭脳で分かんねえのかよ! 麗美も行く必要はねえ! 俺があいつらを止めっからよ!」
「分かってるさ……でも、あの子たちは俺のプライドを壊した。それに……何でもかんでも神崎やあんたに片付けさせるわけにはいかない。俺は、先生のクラスの『脳』だ。だったら、自分のケジメくらい、自分の手でつけさせてくれ。 テメェのケツはテメェで拭けはあんたの良く言うセリフだろ?」
真っ直ぐに自分を見つめる菊地の目に、鬼塚は言葉を詰まらせた。
麗美はそんな菊地を静かに見つめ、ふっと小さく微笑んだ。
「……いいわ。その意気込みに免じて、あたし達は今回は手を出さない。だけど、その身体で勝つためには、泥臭い『実戦』が必要ね。……あんた、繭と仲が良いんだからあいつに特訓してもらいなさい。あいつはそこらの奴らより格闘能力がズバ抜けてるわ。 それに、今のあいつなら、ちゃんと頼みを聞いてくれるでしょ?」
鬼塚も腕を組んだまま、不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「……そうだな。今のマユなら、お前のその覚悟、真っ正面から受け止めてくれるはずだ」
その夜、前日に続いて菊地の両親が出張で不在だったため、みやびと朋子が夜遅くまで看病を引き受け、鬼塚と麗美は一度マンションへ戻った。
翌朝、菊地は激痛に耐えながら登校し、放課後から、菊地の頼みを受け入れた繭とのプレハブ小屋が無くなった校舎の屋上での壮絶な「特訓」が幕を開けた。
「――甘い。お前のそれは、ただの机上の空論だ」
夕暮れの屋上で、和久井繭の声が冷たく響く。
鬼塚の強さと熱さ、麗美の手回し、そして、みやびの懺悔によって完全に救済され、三年四組の正式な一員となった繭は、以前のような世界を呪うような冷笑を消し去っていた。
精神安定剤の量も劇的に減り、その瞳には確かな理性が宿っている。
「お前の分析力は本物だ。相手の重心の偏り、視線の癖、予備動作……すべて脳内でデータ化できているはずだろ。なら、それを脳内だけで終わらせるな。身体に叩き込め。感情で熱くなるな。データで動け」
容赦のない繭のしごきが菊地を襲う。
肋骨の痛みに顔を歪めながらも、菊地は必死に繭の動きを食い入るように見つめ、その技術を、呼吸を、泥にまみれながら吸収していった。
繭は相変わらず厳しかったが、菊地の異常なまでの執念と飲み込みの早さに、ふと「……流石だな。筋はいいじゃないか」と、誰にも聞こえない声で呟いていた。
その十日間、麗美は表立った行動を控え、常に鬼塚の影に寄り添いながら、端末を叩いて情報を集め続けていた。
大門がプレハブ小屋の一件以降、表舞台で過剰に動けない分、天使部隊を操るリーダー、渋谷翔の動きは慎重を極めていたが、麗美のハッキングは大門のPCから「常盤愛、柿沼美穂、井崎慶子 抹消」のデータをすでに割り出していた。
そして十日後の夕方。
夕焼けが不気味に照らす、嘗てみやびが縄張りにしていた旧校舎の一室。
埃が舞い散る廃教室に、常盤、柿沼、井崎の三人はいた。
大門に捨てられ、渋谷に嘲笑われ、天使部隊の他の面々にも見放され、どこにも行き場のない怒りと虚無感を燻らせていた彼女たちの前に、静かに扉を開けて、一人の少年が現れた。
包帯を巻き、しかし十日前とは明らかに雰囲気を変えた菊地だった。
「……誰かと思えばあの時ボコしたインテリ君じゃない……ハッ、まだ懲りずにボコられにきたわけ? もうあたしたち、大門の命令なんて関係ないんだけど」
常盤が忌々しげに吐き捨てる。
しかし、菊地は一歩も引かない。
「関係あるさ。お前たちが俺を襲ったのは大門の命令だ。でも、その大門に切り捨てられた今、お前たちはどこへ行く? どこへ帰るんだ?」
菊地の立ち姿には、無駄な力みが一切消えていた。
重心を低く保ち、繭との特訓で培った「実戦の構え」が自然と肉体に馴染んでいる。
「……生意気に説教? 良い度胸ね……たった十日で、あたしたちに勝てると思ってんの!? またボコボコして、今度は再起不能にさせてあげる!」
常盤の叫びを合図に、三人が同時に動いた。
常盤の怒りによる遊びの無い凶悪な鋭い前蹴りが空気を切り裂く。
だが、菊地はそれを最小限のステップでかわし、死角から迫る柿沼の回し蹴りを腕の骨で受け流す。
さらに井崎の踵落としを、懐へ鋭く踏み込むことで不発に終わらせた。
当然、無傷ではいられない。
包帯の下の古傷が悲鳴を上げ、脇腹に強烈な膝蹴りを食らって、菊地はその場に膝をつきかける。
視界が火花を散らし、口内に血の味が広がる。
(……痛みをデータとして処理しろ。感情に呑まれるな……!)
脳内で繭の言葉が再生される。
常盤が勝機と見て、一気に決着をつけるべく美しい弧を描く裏回し蹴りを放った。その瞬間、菊地の目が怪しく光る。
(――そこだ!)
菊地は上体を沈めながら、常盤の軸足へ向かって正確に己の足を滑らせた。完璧なタイミングの足払い。
「……えっ!?」
完全にバランスを崩した常盤の襟首を、菊地は逃さず両手で力強く掴み取った。
力任せではない。
相手の突進する勢いと、体重移動のエネルギーをそのまま利用した、鮮やかな一本背負いの軌道。
凄まじい音を立てて、常盤の身体が埃まみれの床に叩きつけられた。土埃がブワッと舞い上がる。
「な……、うそ……でしょ……?」
仰向けに倒れ、息を詰まらせる常盤の胸元に、菊地はすかさず膝を乗せて完全にその動きを封じ込めた。
ハァハァと激しい息を吐き出しながらも、菊地の瞳は、どこまでも静寂を保っていた。
「……これで、リベンジは終わりだ。これ以上、お前たちを痛めつけるつもりは無い。……何度も言う。お前たちはもう、大門の駒じゃない。なら、これからどうするんだ」
常盤は下から菊地をにらみつけながらも、その身体の震えを止められなかった。
「菊地――っ!! 無事かよお前ぇ!!」
その時、廃教室の扉が文字通り吹き飛ぶような勢いで開け放たれた。
飛び込んできたのは鬼塚、そして背後に立つ麗美だった。
麗美がハッキングで菊地の携帯端末位置を特定し、鬼塚を連れて駆けつけたのだ。
目の前の光景に、鬼塚はあんぐりと口を開けた。
地面に常盤を組み伏せている菊地と、自分達より実力が上の常盤が一瞬にして敗れたことで、完全に戦意を喪失して距離を取っている柿沼と井崎。
「……マジかよ。勝っちまいやがった……」
鬼塚が低く呟く。
麗美はオッドアイを優しく和らげ、静かに歩み寄った。
「……特訓の成果が出たわね。 菊地、肋骨は?」
「……なんとか、保ったよ。繭の特訓は、地獄だったけどな」
「それは何より」
菊地が常盤から退き、泥を払いながら苦笑する。
鬼塚はゆっくりと歩を進め、床に倒れたまま動けない常盤の前に、どかとヤンキー座りで腰を下ろした。
その圧倒的なガタイの威圧感に常盤が身を硬くするが、鬼塚の目は、どこまでも優しかった。
「……常盤。大門のババアに切り捨てられて、ムシャクシャしてたのは分かる。だけどよ……そんな冷てえ奴らの下で動き続けて、お前らの心に何が残るんだ?」
常盤の目から、堪えていた涙がポロポロと溢れ出す。
「うるさい……! あんたに……あんたたちに、あたしたちの気持ちの何が分かるっていうのよ……! あたしたちには、もうここしか無かったのに……!」
「分かってるよ、馬鹿野郎」
鬼塚の声は、いつもの爆音ではなく、湘南の修羅場をいくつもくぐり抜けてきた男の、魂の底から絞り出されるような熱を帯びていた。
「お前らはただ、都合よく使われて、汚い仕事を押し付けられて、ダメになったらポイだ。そんなの仲間でも何でもねえ、ただの使い捨ての道具だろ。……怖かったら怖えって泣きゃあいいんだよ。弱えところ見せて、誰かによっかかりゃあいい。だけどな……よっかかる相手だけは間違えんじゃねえぞ。大門みたいな血の通ってねえババアじゃなく、ちゃんと『お前自身』を見てくれる奴によっかかれ」
常盤の瞳が、激しく揺れ動く。
背後にいた柿沼と井崎も、鬼塚の言葉に突き動かされるように、声を殺して泣き始めた。
長い沈黙のあと、常盤は袖で手荒に涙を拭うと、小さく毒づいた。
「……あんたたち、本当に、最低の馬鹿ね」
「おうよ、俺は大馬鹿野郎だ。ついでに言うと、ウチのクラスはそんな馬鹿の集まりだ。 ほら、ここにも頭が良い癖して、この間お前らにあんなズタボロにされたってのに見捨てずに手ぇ差し伸べてくる馬鹿野郎がいんぜ?」
菊地がすっと常盤に手を差し伸べる。
常盤はその手を見た瞬間、表情を強く歪めた。
男の手が自分の方へ伸びてくるだけで、胃の奥がざわつき、呼吸が浅くなる。
かつて、彼女は一人の男を信じていた。
優しく、自分を特別だと言ってくれた。
その言葉を信じた結果、複数の男たちに囲まれた。
抵抗しようとした腕を押さえつけられ、声を上げようとしても口を塞がれ、ただ無力にされるしかなかった。
あの夜の痛みは、身体だけでなく、心の奥まで抉った。
誰にも助けてもらえなかったという事実が、今もはっきりと残っている。
大門に「ケア」された後も、その記憶は消えていない。
ただ、怒りに変換されて、胸の奥に沈んでいるだけだ。
男の手が近づくたびに、あの夜の感触が蘇る。
(……また、同じことをするつもり? 優しい顔して近づいてきて、結局は……あの時みたいに)
「……触るな。男の手なんて、信用できるわけないでしょ」
低く、拒絶の声を上げる。
菊地は一瞬手を止めかけたが、それでも引っ込めなかった。
ただ、静かに待っている。
その沈黙が、常盤には余計に苛立たしかった。
拒否しているのに、強引に掴もうともしない。
それが、かえって自分の警戒を揺さぶる。
常盤は歯を食いしばり、フンとそっぽを向きながらも、やがてその手を掴んだ。
掴んだ瞬間、指がはっきりと震えていた。
掴んでいるのに、どこかで力を抜こうとしているのが分かる。
過去の感触が、指先から這い上がってくる。
(……なんで、こんなに震えてるのよ。ただの手なのに……あの時とは、違うはずなのに)
「……勘違いしないで。これは、あんたを信用したわけじゃないから」
その様子を、少し離れた場所で見ていた麗美が、静かに鬼塚へ視線を送った。
オッドアイの瞳が、わずかに細められる。
前の世界での知識から、常盤の過去とトラウマを知っている麗美は、ここでただ手を取るだけでは不十分だと判断していた。
男に触れられること自体に強い拒否感がある常盤に対して、「強引に押し付ける男」と「押し付けられても引く男」の違いを、身体で分からせる必要がある。
言葉で説明しても、トラウマを抱えた人間には届かない。
実際に触れられ、なおかつ自分を傷つけない反応を見せることでしか、常盤の内側は動かない。
自分がそうであったように……
言葉だけではトラウマを乗り越えられず、鬼塚の破天荒な行動力と熱意があって初めてそれを乗り越え、自分は彼に恋をすることができた。
鬼塚は彼女を特別扱いせず、ただ傍に立ち続けた。
その一貫した行動が、麗美の「誰も自分を本気で見てくれない」「自分は造られた製品だ」という感覚を、少しずつ上書きしていった。
(……ここで引かせるだけじゃ、意味がない。あの子が『男はみんな同じ』と思い込んだまま終わらせたくない。菊地なら、きっと引く。その瞬間を、ちゃんと見せてあげないと。あたしが、英吉に救われたように)
そのため、あえて鬼塚にキスをさせ、菊地の反応を見せることで、常盤の警戒を内側から揺らそうとしていた。
流石は熱々の恋人同士。
鬼塚はその視線の意図に瞬時に気づき、ニヤリと笑った。
「よっしゃあ! 決まりだ! 今日からお前ら三人、三年四組の身内だ。席は菊地の隣な! なんか文句ある奴がいたら、このオレがまとめてグレートに教育してやるからよ!」
そして、鬼塚の目がギラリと悪ガキのように輝く。
彼は素早い動きで菊地と常盤の後頭部をガシッと掴んだ。
「ついでだ! 仲直りの印に、ホラ、てめぇら! キスでもしとけやぁ!!」
「ええっ!? ちょ、鬼塚っ!? やめっ!?」
「な、何すんのよこの金髪ゴリラーー!!?」
二人の抵抗も虚しく、鬼塚の怪力によってグイと顔を押し付けられ、菊地と常盤の唇が、文字通り「チュッ」と正面から重なり合った。
「「――――――――ッッ!?」」
一瞬の静寂の後、爆発したように顔を真っ赤にした常盤が、渾身の力で菊地を突き飛ばした。
「な、な、何してくれてんのよこの変態インテリ――ッ!!?」
「お、俺だって被害者だろ!!? お、鬼塚、何てことを……!!?」
菊地は突き飛ばされながらも、常盤の肩に手が当たらないよう、すぐに身を引いた。
強引に抱き寄せるでもなく、ただ距離を取る。
その動きは反射的で、しかし明確に「これ以上触れない」という意思が込められていた。
息を切らしたまま、常盤の方を見るが、近づこうとはしない。
鬼塚はその様子を見て、ニヤリと笑ったまま腕を組んだ。
麗美の目配せでやったことではあるが、菊地の反応を見て内心で頷いている。
(……へえ。菊地のヤツやっぱ紳士だな、ちゃんと引くじゃねえか。強引に押し付けるような真似はしねえ。常盤の奴、今ので少しは揺れたんじゃねえか)
常盤は息を荒げながら菊地を睨んだ。
心臓がうるさいほどに鳴っている。
男に唇を奪われた瞬間、過去の記憶が蘇りかけた。
しかし、菊地は押してこない。
距離を取ったまま、ただそこにいる。
過去の男たちなら、この隙にさらに身体を寄せてきただろう。
それなのに、この男は引いている。
(……なんで、押さないのよ。普通なら……もっと、自分勝手にするでしょ……こいつ……男の癖してなんなのよ……男ってみんな……あいつらみたいなんじゃないの?……)
指先が、まだわずかに震えている。
常盤はそれを隠すように、強く拳を握った。
鬼塚は二人の様子を見て、満足げに鼻を鳴らした。
「……まあ、これでいいだろ。仲直りの印ってことでよ」
後ろで見ていた柿沼と井崎は、笑い飛ばすこともできず、ただ互いに顔を見合わせていた。常盤の様子が、ただの照れや怒りだけではないことに、二人も気づいていた。
麗美は少し離れた場所で、腕を組んだままその様子を見ていた。
口元に浮かんだ笑みは小さく、しかし確かなものだった。
常盤の内面の揺らぎを、彼女は静かに、しかし確実に見抜いていた。
(……これで十分。菊地が無理に押す男とは違うって、ちゃんと伝わったはず。あたしが、英吉に救われたように)
その夜の教室。
鬼塚は教壇に寄りかかりながら、夜間集会に集まったみやび、朋子、村井、杏子たちに事の顛末を話していた。
「……ってわけだ。常盤たち、明日から普通に学校来るから。仲良くしてやれよ」
みやびは腕を組んで、ふいっと窓の外を見たが、その表情は柔らかかった。
「……ハァ、全く。菊地をボコボコにした奴らをあっさり受け入れるなんて、相変わらずお人好しなんだから、ウチの担任は」
「えへへ、でも良かったぁ。友達が増えるのは良いことだよ!」
朋子が嬉しそうに微笑む。
村井は「マジかよ、可愛い子ちゃんたちが四組にかぁ……」と鼻の下を伸ばし、すかさず杏子にグーで頭を叩かれていた。
「いったっ! 何すんだ杏子! 痛ぇって!」
「あんたがそういうこと言うからでしょ。全く……」
杏子がそう言うと、隣にいた吉川が静かに口を開いた。
「杏子さん。そこまでにしといてあげなよ。村井くんも、悪気があったわけじゃないんだから」
「そう?……のぼるがそう言うなら」
杏子は少し不満げにしつつも、手を下ろした。
吉川は小さく笑って、彼女の肩に軽く手を置く。
その自身の彼女の過激さに吉川は苦笑し、草野と藤吉は爆笑する。
窓際で月を見つめる麗美のオッドアイに、確かな未来の光が映る。
(……これで、三年四組の中に、また一つ『絶対に崩れない絆』が増えた。大門美鈴、そして渋谷翔。あなたたちがいくら冷徹な効率でクラスを解体しようとしても、あたしたちの『繋がり』は、それすらもデータの上限を超えて飲み込んでいくわ。……前の世界とは違う。だけど、これこそがあたしの望んだ、鬼塚英吉の世界。 あんた達がどんな手を使おうが、破壊し尽くすことなんて不可能よ)
鬼塚は教本を丸めて頭を叩きながら、へらへと笑った。
「ったく、毎日毎日トラブルばっかでオレの貴重な頭髪が抜け落ちそうだけどよ……。お前らがこうして固まってる限り、大門のババアの思い通りにはさせねえよ。明日もグレートに行くぞ、お前ら!」
夕陽が完全に落ち、蛍光灯の白い光が優しく教室を照らし出す。
大門の仕掛ける「最適化」の波は、まだ終わらない。
しかし、三年四組という巨大な牙城は、常盤たちという新たな仲間を加え、確実に、大門の手を離れたところで進化を始めていた。
無印編も終盤ですが、このまま続くか、無印編で終わるかアンケートを取りたいと思います。
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無印編後にパラダイスロスト改
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無印編後に番外のSHONAN 14DAYS
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無印編+エピローグで終了