ちょっといつもより短いですが、大門編四話です。
常盤たちを仲間に引き入れた翌週。
神崎家の超高級マンションには、学校での喧騒が嘘のような、妙に穏やかで熱を孕んだ空気が流れていた。
「……はぁ。マジで心臓に悪ぃわ」
広々としたリビングの革張りソファで、鬼塚英吉は沖縄土産のさんぴん茶を喉に流し込みながら、小さく息を吐いた。
目の下には、相変わらず薄い隈がある。
大門の容赦ない締め付けによって、二人の大切な居場所であったプレハブ小屋が破壊されて以降、鬼塚は仕事が終わるとほぼ毎日、このマンションに帰ってきている。
麗美の母親が「自分が居るのだから、同居しても男女の関係になるわけがない」と大門に言い放ったあのハッタリは、今も表向きは維持されていた。
だが、そんなギリギリの同居生活は、鬼塚の理性を常に削り続けている。
カツカツと軽い足音がして、キッチンから麗美が現れた。
大人びた私服のキャミソールにスリットの入ったショートパンツ姿。
すでに中学三年生とは思えない見事な発育を遂げたその身体が、惜しげもなく露出されている。
未来では間違いないプロモーションになることを予感させるほどの美貌と体躯が、このモダンな空間に溶け込んでいた。
「何をびびってるのよ、英吉? ママは今夜から三日間、海外出張よ。帰ってくるのは明後日の夜。……つまり、この広い空間には、あたしとあんた、二人きりということよ」
「ぶっ……!? お、お前なぁ、そんな格好でウロウロすんなよ。目のやり場に困るだろ」
鬼塚が顔面を破裂しそうなほど真っ赤にして狼狽えると、麗美はクスリと小悪魔のように微笑んだ。
当然のように彼の膝の上へと滑り込むように跨り、その華奢な両腕を鬼塚の太い首へと絡めてくる。
吸い付くような肌の柔らかさと、沖縄の夜やシルバーウィークの札幌、宮崎でも嫌というほど嗅いだあの甘い香りが、ダイレクトに鬼塚の五感を支配する。
「いいじゃない、誰も見ていないわ。ママのハッタリを本物にするかどうかは、今夜のあんたの『証明』次第よ。……それとも、あれだけあたしを命懸けで追いかけてくれたあの熱さは、間違いだったのかしら?」
「麗美、お前……っ!」
「……お仕置きよ。学校や他の場所でも何度言っても相変わらず他の女とばかり話しているあんたの脳細胞に、あたしのぬくもりをたっぷり上書きしてあげる。……あんた前にあたしに言ったでしょ? あたししか眼中にないって……それが分かるまで一晩中、寝かせてあげないんだから❤️」
麗美はオッドアイの瞳を妖しく潤ませ、最高に温かい手のひらで鬼塚のシャツをぎゅっと強く握り締めた。
そして、リップ音を響かせながら、お互いの体温を融かし合うような、深く濃厚なキスを何度も何度も重ねていく。
「ぶ、ぶふぉっ……! わ、分かった、分かったから! 理性が完全崩壊するだろ!」
「ふふ……崩壊させてあげる……覚悟しなさいよね」
「か、勘弁してくれえぇーー!!……」
大人の男としての責任感と、目の前の愛おしい少女への限界を超えかけた恋慕。
押しまくる麗美の猛攻に、最終的に鬼塚は降参したように彼女の華奢な腰を強く抱き寄せると、寝室のベッドへと彼女を優しく押し倒し、母親の目が届かない二人だけの特別な空間で、夜が明けるまで何度も彼女の体温を確かめるように抱き続けた。
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翌日の放課後
裏での甘いマンション生活が激化する一方で、吉祥学苑の表舞台では、次なる「大門の工作」が静かに牙を剥き始めていた。
仲間になった常盤たちが自供した彼女たちの知りうる情報提供により、大門が裏で進める「生徒監視・最適化計画」の全貌は、すでに麗美と菊地のハッキングネットワークで裏を取り、リアルタイムで完全掌握されていた。
それらのことは既に三年四組の生徒全員に共有されている。
「……成る程、先陣の常盤たちが通用しなかったことで、力押しだけでは無理だと判断した大門は、今度は直接、あたし達を個別にハメにかかる気ね」
菊地のハッキングした情報から、みやびがそう結論づける。
未だケガは完治していないが、復活した菊地が新調したノートパソコンの画面を叩きながら、集まった村井、藤吉、草野、みやび、吉川、杏子、朋子、繭、そして仲間となった常盤たち主要メンバーに告げた。
大門は、最大の障害の鬼塚を社会的に抹殺するため、今度は「天使部隊」の本隊を動かし、吉川や杏子たちのプライベートな弱みを握って脅迫し、クラスを内側から崩壊させようと暗躍し始めたのだ。
「ふん……。鬼塚みたいな例外以外の大人の考えるシステムなんて、相変わらず浅薄で反吐が出るね、やることが汚い」
トリプトファンの代わりに嗜好品となったポテトチップスをパキリと齧りながら、繭が冷笑を浮かべる。
「絶対にそんなことさせねぇぞ!」
「「「ああ!」」」
「あたしたちは負けない!」
「うん!」
「みやびちゃん、みんなで力を合わせて絶対に勝とう!」
「ええ。 あたしたちの要塞を、あんな女狐の安い工作で破れると思ったら大間違いなんだから!」
みやびが腕を組んで力強く言い放つ。
扇先生からの手紙の件を経て、過去の罪の意識を抱え、償いながらもそれらを乗り越え、クラス全員への感謝を宿した今のみやびの言葉には、前の世界とは比べ物にならないほどの鉄壁の信頼が籠もっていた。
そこへ鬼塚と麗美がやって来る。
「あんた達の言う通りよ。今のあたし達はあんな女には絶対に負けない。 でしょ英吉?」
「おうよ! なんかしてきたとしても、この俺様がグレートに叩き潰して返り討ちにしてやらぁ!」
「ふふ、頼もしいわね。……あたしの計算では恐らく次は吉川くんが標的にされる可能性が高いわ。杏子、そのことであんたに頼みがあるの」
「なに麗美? のぼるが標的にされるってのならあたしは何でもするわよ?」
「杏子さん……」
「ありがと杏子。それで頼みっていうのは……ボイスレコーダーを持って、常に電話で母親と繋がってておいてほしいの。工作員が現れた瞬間に、リアルタイムであんたの母親に状況を伝える。それだけで、大門の手は確実に止まる」
麗美がそう指示を出すと、ボイスレコーダーを杏子に差し出す。
杏子は少し考え、すぐに頷いた。
「分かった。のぼるを守るためなら、いくらでもやったげる! お母さんにもあたしから説明しとくわ」
「ありがと杏子」
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その数日後。
仲良く一緒に歩く吉川と杏子の前に、大門が動かした「天使部隊」の工作員たちが現れ、放課後の路地裏で囲い込み、偽造したスキャンダル写真で脅迫しようとした、まさにその瞬間だった。
ピロリン、と工作員たちの携帯が一斉に奇妙な電子音を鳴らした。
画面に強制的にポップアップされたのは、麗美がデザインした、紅茶を飲んでいる小悪魔が舌を出している不敵な警告画面。
『あんたたちの悪事、それから教育委員会との資金流用の証拠、すべてこちらのサーバーに同期済みよ。これ以上動くなら、今すぐネットの海にデリートしてあげるわ』
「な……何だこれは!?」
工作員たちが驚愕して凍りついたその時、静かに、しかし激しい怒りを目の前から感じ、引き寄せられるように前を向く。
すると、杏子がボイスレコーダーを片手に、携帯で誰かと通話している光景が広がっていた。
杏子は愛する彼氏の吉川の危機を前に凛と立ちはだかると、大門の工作員たちを冷徹な視線で射すくめ、静かに、しかし心底怒りの籠もった声音で告げた。
「あたしの彼氏に根も葉もない噂出してハメようとするなんて、良い度胸してるわねあんた達……。この件はお母さんにバッチリ、リアルタイムで伝わっているわ。そうよね、お母さん?」
『ええ、勿論よ杏子。あなたの大切な彼氏の吉川くんに対する仕打ちはあなたに対する仕打ちでもあるもの……私もはらわたが煮えくり返りそう……明日のワイドショーが楽しみね』
杏子の携帯のスピーカーから、嘲笑うようでありながら怒りを含ませた杏子の母親の声が無慈悲に響き渡る。
「っ……!? 上原杏子……! その母親は確か有名評論家だ!? ま、まずい! この件がメディアに報道されてはますます我々の立場が危うくなる!」
工作員たちの顔から、一気に血の気が引いていく。
杏子の母親の持つ圧倒的なメディアの影響力。
しかも彼女はこの学苑のPTA会長でもある。
更に決定的証拠がボイスレコーダーで録音されてしまった。
彼らは杏子の母親を完全に敵に回してしまったのだ……。
杏子の母親の発言力は相当なもの……自分たちの安い陰謀を一瞬で社会的に抹殺するだけの力を持っていることを、彼らは痛いほど理解していた。
今更、吉川と杏子に物理的に危害を加え、黙らせようにも、それをした瞬間……通話中の母親が異変を察し、確実に終わる……。
完全に詰みだった。
「ふん! 終わりねあんた達」
「分かったかよ! お前らのシステムより、俺たちの絆の方が遥かに勝ってんだよ!!」
さらに物怖じせず、杏子の言葉に続くようにして、物陰から村井、草野、藤吉たちが怒号を上げて飛び出し、完全に戦意を喪失した天使部隊のメンバーをスタンガンで物理的に完全無力化していった。
前の世界とは違い、麗美の頭脳、繭の不良仲間(悪童)のネットワーク、菊地のハッキング、みやびの指揮力、杏子のメディアへの鉄槌、仲間となった常盤たちの諜報力と武力、 吉川と朋子を中心としたクラス全員の鉄の連帯、更にはそのトップで皆をまとめ上げ、導く鬼塚によって要塞化された三年四組の圧倒的な防衛線の前に、大門が繰り出す一手は、何一つとして実を結ぶことなく、ただ虚しくエラーを弾き出し続けるのだった。
その夜、教室に残った面々に、鬼塚は軽く状況を説明した。
「……大門の奴、今回の件で一気に追い込まれた筈だが、逆に次は何をしてくるか分からねえ……噂によると天使部隊のリーダーも大門の指示から外れて暗躍してるらしい……だがよ、お前らがこうして動いてくれる限り、そう簡単にはいかねえ」
みやびが静かに頷く。
「……当たり前よ。このクラスは、もう誰か一人がやられたら終わり、なんてことにはならないわ」
朋子が「みんなで守れば、大丈夫だよ」と小さく笑い、村井が「マジで強くなったよな、このクラス」と鼻を鳴らす。
繭は、静かにその様子を見ていた。
麗美は少し離れたいつもの窓際の席で、そのやり取りを静かに聞いていた。
オッドアイが、わずかに細められる。
(……これで、また一つ、大門の手が塞がった。でも、まだ終わってない。本来ならこのクラスに潜入してくる筈の渋谷が、大門の手を離れて裏で動き回っている……何をしてくるか分からない……もう少しだけ、クラスの形を固めておかないと。前とは違う形で。……囮作戦……考えておく必要があるかもね……)」
夕陽が完全に沈み、教室の蛍光灯が一つずつ点いていく。
三年四組は、少しずつ、しかし確実に、一つの「要塞」になっていた。
大門の最適化は、まだ終わっていない。
しかし、その牙は、確実に削られ始めていた。
その裏で不気味に動き回る渋谷に警戒しながら、麗美は一つの作戦を頭に思い描くのだった。
無印編も終盤ですが、このまま続くか、無印編で終わるかアンケートを取りたいと思います。
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無印編後にパラダイスロスト改
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無印編後に番外のSHONAN 14DAYS
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無印編+エピローグで終了