急ピッチで書いた為、ところどころ修正するかもしれません。
「神崎! てめえ、何してんだ!」
あたしの背後の屋上の扉が開いたとき、鬼塚は必死の形相で息を切らしていた。
…心配、してくれてるんだ。
そんな彼の様子にふと笑みが溢れそうになるが、ポーカーフェイスを貫く。
金網の外に、制服姿のあたしがいる。
あたしを見つけると鬼塚は金網の前まで駆け寄ってくる。
あたしは近くにあった石を持ち、地面に遺書を書く仕草を見せている。
あくまで書くフリの為、そこに字は一文字もない。
「先生…というより、大人なんてみんな自分勝手の自己中の塊なんです。 鬼塚先生もあたしを置いて帰ろうとした。 それは見捨てるのと同じ」
あたしは石を捨てると、過去に思っていたことを口にする。
既に以前の世界で鬼塚によって救われているあたしの頭の中ではそれは違うと訴えていたが、過去のあたしの身体はそうではない為か、今の発言にも不思議と拒否反応は少なかった。
あたしは屋上から身を乗り出す。
「や、やめろ!」
すると鬼塚は金網を乗り越え、あたしの元にやって来た。
「神崎! 馬鹿な真似やめて戻って来い!」
「戻りません」
「戻んねえなら、俺が力ずくで戻してやる!」
鬼塚はあたしの手を掴もうとする。
「来ないで」
「やだね。 教え子が自殺しようとすんのを黙って見過ごせる訳ねえだろ! それも俺の新任初日で! 冗談じゃねえぞ!」
鬼塚は拒絶するあたしを無視して、強引にあたしの手を掴んだ。
「聞け神崎! まだ何も知らねえ中学生のガキが早まったことすんじゃねえ! 生きてりゃ楽しいことなんて山のようにあんだ!」
「…何も知らないのは先生の方よ。 あたしの秘密も今のあんたは何も知らないんだから…」
鬼塚の言葉にあたしはつい、敬語も忘れて素で言い返してしまった。
やはり頭では理解していても、この身体は…大人どころか他者を信用していない当時のあたしの身体は、あたしの意思と違う行動を無意識にとってしまうことがあるようだ。
「お前の秘密?」
「知らないでしょ? あたしの遺書代わりに話してあげても良いけど?」
「…馬鹿野郎、話さなくて良い」
「へぇ〜…聞きたくないの?」
「…どのツラで言ってんだよ…自分じゃ分かってねえのかもしれねえから言っとくが、お前泣いてんぞ」
「えっ!?」
鬼塚の指摘にあたしは、彼に掴まれている方とは逆の手を目にやると、目からは涙がとめどなく溢れ出ていた。
「泣くくらいにそのお前の秘密とやらは嫌なもんなんだろ? だったら今は話さなくて良い。 お前が普通の顔で自分から俺に話したいと言ってきてくれた時に改めて聞くさ」
「……先生」
笑みを浮かべながら言う鬼塚の言葉にあたしは涙が徐々に引いていくのがわかる。
全く、普段はガサツでデリカシーのカケラも無い童貞男の癖に…こういう時はちゃんと空気を読んで、こんな優しくしてくるんだから…
ほんと…ズルい…
あたしが抵抗しなくなったことを悟ると、鬼塚はあたしを金網のところまで思いっきり引き、強制的に座らせた。
「ふぅ…よし、戻ったな。 全く焦らせやがって…もう端に立つなよ?」
「あたしが仮に立とうとしても、先生がまた邪魔してくるんでしょ?」
「当たり前だろ?」
「ならやっても無駄じゃない…降参。 もう飛び降りないから安心して」
「ほんとだな? 俺が油断した瞬間にまた飛び降りるつもりじゃねえだろうな?」
「疑り深いわね。 もうあたしからは飛び降りる気はないわよ」
そう…あたしからは飛び降りるつもりはない。
「そうかよ。 ところで神崎、腹減ってねえか? さっきラーメン、あんま食べれなかったろ?」
「えっ? 減ってるけど…」
「なら、改めてどっかで飯食おうぜ。 そんで食った後にお前をお前んちへ送ってく。 それなら見捨てたことにはなんねえだろ?」
「っ!? さっきのあたしの言葉、ちゃんと聞いてくれてたんだ…」
「当たり前だろ? 俺はお前を見捨てねえよ」
「ふふっ…ありがと」
全く、ほんとにズルい。
惚れてる状態でこんなこと言われたらますます好きになってしまう。
そんな彼をこれから利用しようとする自分に嫌気が差すが、あたしは確固たる意志の元、考えていた作戦を実行に移すべく動き出す。
あたしは鬼塚に気付かれないよう、おもむろに懐に手を入れると、そこからあらかじめ準備していた百円玉を金網の前に一枚置く。
そして、違和感のない自然な形で鬼塚を誘導する。
「あっ! 先生、こんなとこに百円が落ちてる」
あたしは金網の端を指差す。
「ん? 百円? そんなもん何処に……おっ! ほんとだ。 ラッキー!」
すると、鬼塚は落ちている百円を見つけ、そちらに向かっていく。
それを横目に見ると、あたしは鬼塚の背後に足音を立てずにゆっくり回る。
鬼塚はそれに気付かず、百円を拾う為に屈み込む。
その瞬間…
「なっ!!?」
鬼塚が屈んだ瞬間、ドン! という音と共に後ろへ突き出た彼のお尻があたしに当たり、あたしは屋上から身を投げさせられた。
鬼塚はその光景に驚愕に目を見開く。
鬼塚は咄嗟に手を伸ばした。
が、間に合わず、重力に引かれるあたしは力無く地上に落下していく。
地面が見る見るうちに近付いてくる…
あっ…これは…マズイ…
前の世界で経験しているとはいえ、そんなものはとうの昔に忘れてしまっているのだ。
想像を絶する落下速度を改めて目の当たりにし、このままでは間違いなくあたしは死ぬと確信する。
前の世界であたしは良くこんなことを何の躊躇もなくやったものだとつくづく思う。
「神崎!」
鬼塚があたしを名を呼ぶ声が聞こえるが、あたしは尚も重力に逆らえず落ちる。
風が、耳の横で鳴る。
自分でやっておいて何だが、本気で怖い…死にたくない…
助けて…鬼塚…
あたしは涙を堪え、必死に祈る。
そんな中、不意に上を見ると…
「クソッタレ! ふっざけんじゃねえ! 神崎! 死ぬんじゃねえぞ!!」
鬼塚が物理法則を完全に無視し、壁伝いに全速力でこちらに向かって走ってくる光景が映った。
そんな彼の姿に死への恐怖が段々薄れてくるのを感じた。
「せ、先生…」
「掴め! 早く腕、出せ!」
あたしが出した腕を、乱暴な手が掴んだ。
そのまま鬼塚は身体を丸め、あたしを抱きしめると、受け身の体勢をとる。
その直後、あたし達は瓦礫の山に寸分狂わず沈んだ。
落下した衝撃による痛みは全く無い。
寧ろ、あたしを抱きしめる鬼塚の圧力が苦しいくらいだ。
嬉しいけど…
瓦礫にはペットボトルをメインに、板と、土が多量に含まれており、見事なまでに緩衝材の役割を果たし、その結果、前の世界と変わらず、あたし達は助かった。
「……あっぶねえ…血の気が引いたぜ…でも何とか助かったな…」
鬼塚が抱きしめたままのあたしの耳の横で、そう言った。
あの夜と似たような言い方だった。
それを聞き、生きていることの実感と、自身の命を代償にした賭けに勝った喜びにあたしは思わず飛び上がりそうになる。
しかし、それをするのは後だ。
今それをしたらこの賭けに勝ったことが全て水泡に帰すことになってしまう。
鬼塚はあたしを下ろして、肩を揺する。
「おい神崎、起きろ」
起きない。
起きては駄目…このまま意識が無いフリを続け、必ずあの展開までもっていくんだ。
「起きろって……おいおい悪い冗談はやめろよ?…」
揺すっても揺すっても反応の無いあたしに鬼塚は段々冷静さを失っていく。
生死確認で、あたしの鼻の前に手をかざしても、あたしが細くした息を、拾えない程に。
「病院は……だめだ、こうなった原因が何なのか間違いなく追及される…」
色々と考えを巡らせては頭を抱える鬼塚。
その度にますますパニックに陥ってしまう。
そして……冷静さを完全に失った鬼塚はあたしを……樹海に埋めて、証拠を隠滅しようと図った。
ー
ー
ー
鬼塚に背負われ、辿り着いた先は樹海と呼ぶには足りない、近くの小さな森だった。
小降りだった雨が次第に強くなっていく中、鬼塚はあたしを降ろすと、途中で拾ったスコップを使い、死んだ魚のような目をして穴を掘っていく。
あまりに過去と同じ光景に、あたしは笑いそうになるのを抑えながら、鬼塚が穴を掘り終わるのを待つ。
掘り終えた後、鬼塚はあたしをその中に入れるが、そこで正気に戻ったのか…
「…って! 何やってんだ俺は!? こんなことしたら完全に終わりだろ!?」
大きな独り言を言いながら一人自問自答を繰り返す。
ヤバい…本気で爆笑しちゃいそう…
そんな光景を間近で見せられ、あたしは笑いそうになるのをぐっと我慢して必死に堪える。
「そ、そうだ! 人工呼吸! なんでこんなことに気が付かなかったんだ俺は!」
一人コントを繰り返した末、遂に人工呼吸をするということに辿り着いた鬼塚。
う〜ん、ほんとはこのまま人工呼吸という名の初キスを鬼塚としちゃっても良いんだけど…流石にこんなロマンも何も無い森でするのは気が引ける…
…仕方ないけど、そろそろ化けて出てあげるとしますか
あたしは名残り惜しく感じながらも、死んだフリをやめ
「……恨めしや〜」
と、底冷えするような裏声を出す。
「ひ、ひぃ!?」
「恨めしや〜。落としたな〜。埋めるな〜」
多少土のついた顔で、上半身を起こすと、目を半分開ける。
鬼塚が後ずさり、そのまま尻餅をつく。
「う、う、動いた……」
「恨めしや〜…鬼塚英吉〜…あたしを落とした男〜…」
「じ、成仏して下さい! 何でもしますから!」
「恨めしや〜…本当に何でも〜?」
「は、はい! ほんとにほんとですから! だから安らかに、安らかに成仏してー!!」
鬼塚は遂に土下座までしてきた。
ペコペコと繰り返し下げる頭の下げ方が、前の世界と同じだった。
同じ額を何度も見た瞬間、限界を迎えたあたしの笑いが周囲に響く。
「ぷっ……あはははは!! もう無理! 堪えきれない! ってかやっぱりそうするんだ!!」
あたしは穴から完全に起き上がる。
制服は土だらけだが、気にせず腹を抱えて笑う。
「成仏してねえ!? てか、笑うな! 亡霊が笑うな!」
「だから先生、あたしは死んでないんだって。 それなのにずっと成仏して下さいって言って土下座して一人コント繰り返して……あはははは!! ダメ! 笑い止まんない!!」
「死んでなかったのか…良かった…生きてて…」
あたしが死んでなかったことに一安心する鬼塚。
でも残念…安心するのはまだ早いよ?
「……ところで先生、さっきあたしのこと…生き埋めにしようとしてたでしょ?」
鬼塚の目が、キョトンに戻る。
手は、まだ合わせている。
「へっ?…」
「速報! 教師が生徒を生き埋めにしようとした! 鬼畜の所業の犯人とは!? ふふっ、明日のニュースや記事の一面はこれに決定よね?」
「………」
あたしの言葉に声を出せず更に固まる鬼塚。
全身から冷や汗が流れまくっているのが見なくてもわかる。
「あたしは別に、あたしを生き埋めにしようとしたことをバラして、先生を社会的に破滅させてあげても良いんだけど…それは嫌でしょ?」
鬼塚はコクコクと首振り人形のように首を壊れたように縦に振る。
「先生、さっき何でもするって言ってたよね?」
更に首を勢い良く縦に振る鬼塚。
「それじゃ黙っておいてあげる代わりに…あたしと恋人になって」
「はい………って! はぁ!?」
「あっ、今《はい》って返事したわね? それじゃ今日から先生とあたしは恋人同士ってことで」
「ち、ちょっと、ちょっと、ちょっと待てコラ! 何だ恋人って!?」
「えっ!? 先生、二十二歳にもなって恋人が何なのか知らないの!? 仕方ないわね教えたげる。 恋人っていうのは男女がt「恋人って言葉くらい知ってるつーの! そうじゃねえ!」 な〜んだ」
「なんでバラさない条件が恋人になることなんだよ!」
「別に良いじゃない? あたしも先生みたいな年上の彼氏が欲しかったし、先生も学校で言ったけど、恋人募集中なんでしょ? それならお互いにウィンウィンだし、先生は社会的にも破滅することなく、更にこんな可愛い中学生のピチピチギャルと付き合えるんだから良いこと尽くし。 泣いて喜ぶべきでしょ?」
「…自分で可愛いっていうか普通……神崎、確かにお前は中学生にしちゃ発育も良いし、間違いなく美少女だ。 でもお前は中学生である以前に俺の生徒だ。 先生と教え子が恋仲とかありえねえし、俺も生徒に手を出す気はねえ。 だから恋人もクソもねえっつーか、恋愛対象じゃねえんだよ」
…恋愛対象ではない…
鬼塚の一言に血の気が引いた。
だけど、こんなことで折れていては以前の二の舞になる…
教師と生徒…そんなの知ったことか
ならば無理矢理にでも受け入れさせてやる。
「成る程ね〜…先生の偉大な考え方はよーく分かったわ。 顔に似合わずとんでもない聖人君子ぶり…でも良いの? あたしを生き埋めにしようとしたこと……ほんとにバラしちゃうけど?」
「ちっ…脅しかよ?…」
「脅しじゃなく過激なお願いよ? さて、先生には二択の選択肢があります。 一つはあたしと恋人になって、所構わずイチャイチャする。 もう一つはあたしにバラされてそのまま社会的に抹殺されて、一緒日陰者として過ごす…さて、どれを選ぶ?」
「クソッ…そんなん拒否権なんて無いも同然じゃねえか…」
「無いも同然じゃなくて…無いのよ。 先生にはあたしと恋人になるしか道はないの。 真っ当にこのまま過ごしたいならね?」
鬼塚が頭を抱えた。
「……お前、ほんと良い性格してやがんな…いつの間にか敬語じゃなく、砕けて話してやがるしよ…」
「お褒めに預かり光栄だわ。 砕けて話すも何もこれが素だから。 敬語って正直、固っ苦しくて苦手なのよねー。 やっぱりこっちの方が話しやすい」
「褒めてねえ…ったく…まっ、素を出してくれるようになったのは良い…ハァ…背に腹は変えられねえか…仕方ねえ…神崎、お前と恋人になってやるよ」
遂に鬼塚からの言質を得られたことにあたしは驚愕しつつも、第一段階を突破出来たことに喜びを露わにする。
前の世界では《便利なランプの精》として所謂パシリとして一時期使っていた鬼塚を、今回はランプの精ではなく、恋人とする。
例え脅す形となっても構わず、恋人になるという既成事実を作り上げてしまおう。
それがあたしが考え、春休みにヤクザの行動パターンを読んだりしながら綿密に、それでいて、前の世界の流れをも合わせ、練りに練って考えた作戦だった。
本来なら後二カ月は先に起きることだったので、色々不確定事項が山積みだったが、無事乗り越えることが出来た。
ふと気づくと、降っていた雨もすっかりやんでいた。
「っ!? ほ、ほんとに!?」
「何驚いてんだ? お前から言い出したことだろうが…ただし! あくまで仮の恋人同士だ。 悪ぃが、俺はお前を教え子としてしか見られねえ。 恋愛感情もねえ…それでも良いんだな?」
恋愛感情が無いと改めて言われ、ショックが無いと言えば嘘になる。
だが、前の世界では決して進めなかった一歩を無理矢理ではあるが、確かに進めることが出来たのだ。
その先にもきっと進める筈。
何の確証も無いが、あたしには不思議とその確信があった。
「恋人という形になれるだけで充分よ。 後は、あたしの魅力で先生を本当に落としてあげるだけだから。 とりあえず、これからよろしくね先生! じゃなかった…よろしくね英吉!」
「いきなり名前で呼ぶなバカ! 人前では恋人面もやめろよ。 仮にとはいえ、教え子との恋愛なんて公になったら…結局俺は破滅しちまう!」
「心配しなくてもそこは分かってるわよ? ところで英吉?」
「な、何だよ神崎?」
「あたしも名前で呼ばれたーい!」
「何でだよ! 別に神崎で良いだろ? 仮の恋人関係なんだ」
「…そっかー…そんなに生き埋めにしたことをバラされたいんだー。 お巡りさーん! 此処に事件の犯人がー! こわーい! 助けてー!」
「て、てめえ神崎! 待ちやがれ!」
人気があまり無い森とはいえ、近くに誰かが居ないとも言えない為、騒ぐあたしを鬼塚は血相を変えて追いかけてくる。
「キャー! 襲われるー! 誰かー!」
「…こ、この野郎……ったく……ウ……ゥルミ……」
「えー? 今何か言ったー?」
「だから麗美! これで良いんだろうが! 名前を言ったんだから騒ぐのやめろ!」
「一回じゃ嫌ー! もっと言ってー!」
「麗美、麗美、麗美! これで良いだろ!」
「ふふっ、合格ー!」
前の世界でも鬼塚には名前で呼ばれていたとはいえ、今は仮にも恋人…名前で呼ばれるのはとても嬉しい。
こうしてあたしと鬼塚は仮初とはいえ恋人となったのだった。
というわけで、麗美の計画は前の世界同様の流れを作っての、ドンケツからの、生き埋め脅迫からの、今回は鬼塚をランプの精にするのではなく、仮初でも恋人にして、既成事実を作り上げてしまおうというものでした。
仮初の恋人となった二人ですが、この後どうなるのか?
以上、あとがきでした。