GTO〜もし過去に戻れたら〜   作:死徒

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投稿出来ているか分からなかったので、改めて投稿します。


第六話〜目撃〜

 

放課後のチャイムが鳴り響き、生徒たちの賑やかな声が遠ざかってから、少しの時間が経過した頃。

 

神崎麗美は、お気に入りの鞄をその細い肩にかけ、軽やかな足取りで職員室へと向かっていた。

 

その美しい顔(かんばせ)には、前の世界の未来を知る彼女にしかできない、冷徹でありながらもどこか愉悦に満ちた笑みが浮かんでいる。

 

職員室の重い扉をそっと開けると、室内にはまだ数人の教師が残っていた。

 

そのどんよりとした空気の源泉に目を向けると、案の定、自分の机にだらしなく突っ伏している金髪の男が視界に入る。

 

鬼塚英吉。

 

恐らく今日もあの怒鳴り合いの後、内山田教頭にネチネチと1時間近く説教でも食らった後なのだろう。

 

麗美は周囲の教師たちに怪しまれないよう、至って普通の「質問にやってきた優等生」としての足音を装いながら近づき、彼の机をトントンと小気味よく叩いた。

 

「失礼しまーす。 鬼塚先生、少しお時間をよろしいでしょうか?」

 

「うおっ!? ……なんだ、神崎かよ。脅かすんじゃねえよ、ただでさえ教頭のハゲ野郎にハゲっつった後に嫌味言われ続けて頭が割れそうに痛えんだからよ……」

 

「神崎」という呼び方。

 

周囲に他の人間がいる手前、頑なに崩そうとしない彼の態度。

 

麗美はフッと底の知れない笑みを浮かべると、プリントを差し出すフリをしてすっと身をかがめた。

 

そして、周りの教師たちには「勉強の熱心な相談」にしか見えない距離感を保ちながら、鬼塚の耳元へ顔を寄せ、他人に絶対に聞かれないほどの極小の囁き声で、冷徹な一撃を突き刺す。

 

「先生、ちょっと『補習』に付き合って。あたしの今後の成績を左右する、とっても重要なカリキュラムが組んであるの」

 

その言葉に、鬼塚は顔を引きつらせて同じく小声で強烈なツッコミを返した。

 

「はぁ!? 補習だぁ!? アホか! IQ200の天才のお前に俺が勉強教えられるわきゃねえだろ!? それに俺はこれから冬月ちゃんと飯に行くっていう壮大なキャスティングが――っ!?」

 

冬月あずさ。

 

その名前が鬼塚の口から飛び出した瞬間、麗美の細い眉がピクリと跳ねた。

 

麗美の氷のように冷ややかな視線が、至近距離で真っ直ぐに鬼塚の顔を射貫く。

 

鬼塚はそんな彼女の視線を前に本能的に押し黙る。

 

さらに麗美は声を極限まで潜め、ゾッとするような響きを混ぜ込んだ。

 

「へぇー……まだ仮とはいえ、こーんな可愛い金髪でスタイルの良いピチピチギャルの彼女が居るのに、他の女の人と二人でご飯行く気なんだー……ふーん……」

 

「う、お……っ」

 

表面上は愛らしくにこやかな微笑みを浮かべている。

 

しかしその瞳は全く笑っておらず、完全に座っており、奥底からは狂おしいほどの嫉妬と、獰猛な怒りがドロリと滲み出ていた。

 

麗美の瞳から放たれる本物の殺気に、鬼塚の背筋に極寒の戦慄が走る。

 

「……忘れたわけじゃないわよね? 先生があたしを『生き埋め』にしたあの夜のこと。 しかも彼女本人を前に公然と浮気発言とか……マジ本気でばらすぞコラ!?」

 

「ぶっっっ!!!?」

 

怒りから口調も荒くなる麗美に、鬼塚は派手に椅子をガタつかせ、顔面を真っ青にして飛び起きた。

 

周囲の教師たちが「鬼塚先生、静かにしてください!」と怪訝そうにこちらを振り返る。

 

嫉妬の怒りに狂う天才少女の脅迫と、生き埋め発覚のダブルパンチに完全にたじたじとなった鬼塚は、慌てて携帯電話を取り出すと、震える指で先に退勤していた冬月先生への連絡に指を走らせた。

 

「あ、いや! なんでもないっす! 蛾が! デカい蛾がそこに! ……あ、冬月ちゃん?わ、わりぃ、今日の飯だけどよ、ちょっと急な用事が入っちまって……その、 な? また今度誘うわ! メンゴ!」

 

慌てて食事のキャンセルを伝える鬼塚の姿に、麗美は機嫌を直したのか、満足げに頷き、腕を組んで見つめていた。

 

「さーて、それじゃ先生、行きましょ!」

 

「へ、へーい…」

 

電話を切った鬼塚は、引きつった笑顔で周囲を誤魔化しながら、麗美に引っ張られるまま職員室を後にするしかなかった。

 

ー

ー

ー

 

廊下へ出たところで、鬼塚は胃の辺りを押さえながら、トボトボと麗美のその背中を追いかける。

 

西日に赤く染まった長い廊下を進みながら、鬼塚は観念したように尋ねてきた。

 

「おい、神崎。で、結局どこに行くんだよ? 映画館か? それとも美味いもんでも奢ってくれんのか?」

 

麗美はふと立ち止まり、振り返って、自分の桜色の唇に人差し指を立てた。

 

「ふふっ……い、い、と、こ、ろ❤️」

 

悪戯っぽく、可愛らしくも妖艶にはぐらかす彼女に、鬼塚は「なんだよそりゃ……」と呆れたように首を傾げる。

 

だが、麗美が鬼塚を案内した場所は、お洒落なカフェやレストランや映画館などではなく……吉祥学苑の敷地の最奥――薄暗く、人通りのない寂れた、使われていない旧校舎の裏手だった。

 

「おい、ここって旧校舎……」

 

「しーっ。 静かに」

 

麗美はそう言いながら、未だに閉め切られた教室のドアを、数センチだけそっと押し開けた。

 

その細い隙間から鬼塚の耳に、聞き覚えのある怯えた少年の悲鳴と、それを取り囲む、こちらも聞き覚えのある冷酷な少女たちの嘲笑が、鮮明に飛び込んできた。

 

「さあ吉川、早く脱ぎなさいよ。それとも、クラス全員に変態趣味をバラされたい?」

 

「ひっ……う、嘘だ、僕はそんなこと……!」

 

教室の中では、相沢雅、泉智佳子、浅倉冴子の3人が、吉川のぼるを完全に囲い込んでいた。

 

女子生徒の証言という、教育現場において「大人が絶対に逆らえないルール」を盾に、吉川をハメて陥れようとしている、まさに最悪の現場。

 

緊迫した空気が廊下に流れる中、鬼塚の隣に立つ麗美は、周囲に誰もいないこの閉ざされた空間であることを確認すると、すっと鬼塚の逞しい腕に、自分の細い腕を絡ませた。

 

「……ねえ、英吉」

 

耳元で、吐息が直接触れそうなほどの至近距離で囁かれたその名前に、鬼塚の肩がビクッと大きく跳ねる。

 

学校では「先生」と「神崎」。けれど、この誰も見ていない二人きりの瞬間にだけ許された呼び名は、先ほどの嫉妬の恐怖から一転して、鬼塚の理性をチリチリと焦がす、甘美で危険な罠だった。

 

「お、おい神崎! 腕引っ付けんなって! 誰かに見られたらマジでヤバいっての……!」

 

焦って周囲の廊下をキョロキョロと見回す鬼塚。

 

そんな彼の慌てぶりが可笑しくてたまらないと言わんばかりに、麗美はクスッと愉しげに笑った。

 

「だから二人っきりの時は神崎じゃなくて麗美って呼んでって言ってるでしょ? それに大丈夫よ。ここにはあの最低な女たちと、可哀想な吉川くんしかいないわ……それより、中の状況、ちゃんと分かった?」

 

麗美の言葉にハッと我に返り、鬼塚は再びドアの隙間から教室の中を鋭い目で見据えた。

 

大人やルールの盾をチラつかせながら、一人の男子生徒の尊厳を容赦なく踏みにじり、悦に浸っているみやびたちの邪悪な構図。

 

それを完全に理解した瞬間、鬼塚の顔から先ほどまでの焦りや情けなさが、完全に消失した。

 

代わりに湧き上がったのは、ドス黒いほどの怒り。

 

ギリ、と奥歯を噛み締める音が廊下に響き、鬼塚の額に猛烈な青筋が浮き上がっていく。

 

腕を解いた麗美は、一歩後ろに下がりながら、彼の広い背中に向かって、冷徹でありながらも彼を心から信頼する、極上の笑みを向けた。

 

「さあ、お仕事の時間よ、私のダーリン? ――あの汚い泥を…いや、屑を派手にぶっ飛ばしてきなさい」

 

「ダーリンじゃねえよ!!」

 

鬼塚は低く、だが鋭い声で麗美の言葉を遮るように吐き捨てた。

 

「……だがよ、言われなくても、あいつらの腐った鼻柱、へし折ってやるぜ。 麗美、危ねえからお前は此処で待ってろよ」

 

「ええ。 英吉、行ってらっしゃい」

 

「ああ」

 

麗美に返事をした後、鬼塚の声が一瞬で「教師・鬼塚英吉」の…否、それを超える「元・伝説の暴走族」のトーンへと切り替わる。

 

次の瞬間、怒りで青筋を浮かべ、般若のような形相となった鬼塚は、頑丈な木製のドアに向かって、その太い足を全力で叩き込んだ。

 

ドガアアアアアアアアンッ!!!

 

けたたましい爆音と共に、扉が文字通り粉砕され、教室の床へと激しく吹き飛ぶ。

 

激しい砂埃の中からぬっと姿を現した金髪の巨体に、みやびたちが短い悲鳴を上げて飛び退いた。

 

「ひえっ!?」

 

「な、何!? 鬼塚……!?」

 

「てめえら……ウジウジと陰でコソコソやってんじゃねえぞ、ゴラァッ!!」

 

地鳴りのような咆哮が、旧校舎の教室全体を激しく震わせる。

 

「な、何よ! 乱暴する気!?」

 

みやびがすかさず虚勢を張り、床に座り込む吉川を背に、鬼塚を睨みつけた。

 

「私たちが叫べば、アンタなんか一発でクビなんだからね! 大人がルールを破って生徒に暴力振るう気!? 学校と親に言えばアンタの教師生命なんて――」

 

「クビだぁ? ルールだぁ? くっだらねえ……そんなもん、俺の知ったことかよ!!」

 

鬼塚は吠えると同時に、近くにあった頑丈な教卓の足をその豪腕で掴んだ。

 

そのまま化け物じみた怪力で教卓を頭上へと持ち上げると、みやびたちの真横の壁に向かって全力でブン投げた。

 

ズガシャアアアアアンッ!!!

 

コンクリートの壁に激突した教卓は、大音響と共に木っ端微塵に砕け散り、激しい木片の破片が女子生徒たちの頬をかすめていく。

 

「キャアアアアアアッ!!」

 

あまりの衝撃と「本物のバイオレンス」の恐怖に、完全に腰を抜かして床にへたり込むみやび達。

 

その目の前に、鬼塚がドスドスと地響きのような足音を立てて歩み寄り、冷酷な目で見下ろした。

 

「いいか、クソガキ共! 大人のルールだの何だので守られてると思って調子こいてんじゃねえぞ! 俺のルールじゃなぁ……仲間をハメる奴、弱いイジメをして悦に浸ってる奴は、男も女も関係ねえ。一律『ぶち殺す』、それだけだ。文句があるならいつでも教頭にでも親にでもどこにでもチクってクビにしてみろや。その前にてめえらのツラ、原型留めねえまで叩き潰してやるからよぉ!!」

 

その声には、一切の容赦も建前もなかった。

 

本物の不良が放つ圧倒的な殺気と狂気を前に、みやびたちは歯をガタガタと震わせ、涙目で一言も発することができない。

 

鬼塚は床で震える吉川に歩み寄ると、その細い腕をガシッと掴んで強引に立ち上がらせた。

 

著しく怯える吉川を安心させるように、自分の大きな手のひらで、彼の頭をクシャクシャと手荒く、けれど温かく撫でる。

 

「おい, 吉川。こんなクソみてえな奴らの言うこと真に受けて、下向いてんじゃねえよ! てめえの心は、てめえだけのモンだろ?……泥かけられたら、俺が一緒に払ってやる。だから男ならシャキッとしやがれ!」

 

「おに、づか……せんせい……っ……う、ああん……!」

 

吉川の目から、堰を切ったように涙が溢れ出す。

 

それは恐怖の涙ではなく、世界で初めて自分を本気で守り、泥を払ってくれた大人への、救済の涙だった。

 

ルールや大人の建前をすべて暴力と圧倒的なパッションでぶち壊した鬼塚は、吉川を肩に担ぎ上げると、まだ床で震えているみやびたちを一瞥もせず、粉砕された扉の向こうへと歩き去っていった。

 

旧校舎の薄暗い玄関口を出て、夕暮れの心地よい風が三人の頬をなでる。

 

鬼塚の太い肩に担がれたまま、吉川はまだ涙の残る目でポツリと感謝を呟いていた。

 

そんな二人の背後から、コツ、コツ、と上品なローファーの足音が近づいてくる。

 

「あんたの勇姿たっぷり見させてもらったわ。 お疲れ様。 とってもカッコ良かったわよ英吉?」

 

背後からかけられたその声音は、先ほど職員室で冬月あずさの名前を聞いた時と同じ、静かだが逃げ場のない絶対的な独占欲を孕んでいた。

 

「うオッ!?」

 

鬼塚は先程とは別人にように情けなく、びくんと巨体を震わせ、恐る恐る振り返る。

 

そこには、鞄を上品に抱え、底の知れない笑みを湛えた麗美が立っていた。

 

「旧校舎の『補習』、大正解だったじゃない。……でも、もしあたしがここに連れてこなかったら、英吉は今頃ニコニコしながら他の女の人と鼻の下伸ばしてご飯食べて、吉川くんのピンチに気づきもしなかったのよね? ……ふーん、やっぱり英吉には、あたしが四六時中お仕置きと監視のプログラミングをしてあげなきゃダメみたい」

 

「お、おい、う、麗美! てめえ、まだそのこと根に持ってんのかよ! そもそも冬月ちゃんとはただの同僚としての――」

 

「だけど、あたしを差し置いて他の女(ひと)と二人っきりでご飯に行こうとしたことに変わりないでしょ?」

 

麗美は一歩、鬼塚に歩み寄る。

 

その瞳には、からかうような色など一切ない。

 

仮の恋人という歪な形であろうとも、今この世界で鬼塚英吉の隣にいるのは自分なのだという、狂おしいほどの独占欲がそこにはあった。

 

「……」

 

鬼塚は完全に言葉を失い、ぐうの音も出ずに沈黙した。

 

元・暴走族の伝説の頭だろうが、本物のヤクザだろうが恐れない男が、中学生の少女の放つ圧倒的な「正論(と重すぎる愛)」の前に、冷や汗を流して立ち尽くすことしかできない。

 

「え、え、えぇーーーーーっ!!?」

 

そんな二人の生々しすぎる痴話喧嘩を、鬼塚の肩の上という特等席で聞いていた吉川が、ひっくり返ったような大声を上げた。吉川はあまりの衝撃に涙も引っ込み、目をごぼうのように丸くして、鬼塚と麗美の顔を交互に見つめる。

 

「せ、先生と……か、神崎さんって……そ、その……こ、恋人関係なんですかっ!? え、英吉に、う、麗美って……お互い呼び捨てだし、《あたしを差し置いて》ってさっきの神崎さんの発言も……ふ、二人が恋人って……え、ええっ!?」

 

「や、やべえ…思わず神崎を名前で呼んじまってた!?……てか、バッ、バカヤロ吉川ァ!! 声がデケーよ!!」

 

鬼塚は慌てて吉川の口を手で塞ぎ、顔を真っ青にして周囲の廊下をキョロキョロと見回した。

 

「ち、違う! 誤解だ! これはだな、その、このIQ200の悪魔に弱みを握られてるっつーか、ただの利害関係っつーか……! 恋人っつーのも仮の話だ! とにかくお前が思ってるようなピンク色なアレじゃねえんだよ!!」

 

必死になって全否定する鬼塚に対し、麗美は焦る素振りすら見せず、むしろあっけらかんとした様子でクスクスと笑った。

 

「別に否定しなくてもいいじゃない、英吉? あたしは吉川くんに見られても、ちっとも困らないわよ? 仮だってなんだって、私は英吉の彼女なんだし」

 

「おい神崎ィ!! てめえは困らなくても俺の教師生命が一発で大爆発すんだよ! 少しは危機感ってやつを持てやコラァ!」

 

普段の学校での呼び名(神崎)に戻して必死に突っ込む鬼塚だったが、麗美はどこ吹く風で、肩に担がれている吉川の顔を覗き込み、優しく微笑みかける。

 

「だって、別に吉川くんなら、私たちの関係がバレても大丈夫でしょ? ――ねえ、吉川くん? あなたは、自分を助けてくれた大好きな先生の恋路を、邪魔したり言いふらしたりするような、無粋な男の子じゃないわよね? ……むしろ、全力で私たちのことを『応援』してくれるはずよ?」

 

「ひっ……! は、はいっ! ぼ、僕、誰にも言いません! 二人のこと、全力で応援しますっ……!」

 

吉川は鬼塚の肩の上で、直立不動の姿勢のまま激しく首を縦に振った。

 

みやび達とは違う、本物の「天才の威圧感」を本能で察したのだ。

 

「ふふ、お利口さんね。これで吉川くんも、私たちの秘密の共有者――『共犯者』ね」 

 

満足げに目を細める麗美を見て、鬼塚は「ハァ……」と深い、深い溜め息を吐き出すのだった。

 

それからすっかり夜になり、麗美は鬼塚と吉川の二人を連れて、途中のスーパーへと寄り道をさせた。

 

「ほら、英吉。これとこれ持って。あ、それからそっちのお肉も」と、食材を文字通り「爆買い」して彼に両手いっぱいのレジ袋を持たせると、三人は学校へ向かい、校舎の屋上にあるプレハブ小屋…鬼塚の家へと移動した。

 

普段は雑用道具や工具が置かれていたその小屋には、鬼塚が持ち込んだ万年床やテレビ、椅子を組み合わせて作った簡易式ソファ、漫画本が雑然と詰め込まれており、ここが彼の現在の生活拠点だった。

 

吉川がソファに恐る恐る腰を下ろす中、麗美は制服の上着を脱ぎ、黄色のカーディガンの上に鬼塚がどこからか調達してきた小ぶりのエプロンを身に纏って、屋上に設置されてある手洗い場…鬼塚の小さな簡易流し台の前に立った。

 

炊飯器で米を炊き、ガス式のカセットコンロを器用に使いこなし、屋上の照明が光る中、トントンと小気味よい包丁の音を響かせていく。

 

「はーい、お待たせ。 二人とも、お腹空いたでしょ?」

 

麗美が並べたのは、湯気を立てる肉じゃがに、ツヤツヤとした白米、そして彩り豊かな副菜の数々。屋上のプレハブ小屋と手洗い場という貧弱な設備で作ったとは到底思えない、プロ顔負けの見事な家庭料理だった。

 

「う、うわぁ……! すごく美味しそう……!」

 

吉川が目を輝かせる。

 

そんな吉川の反応に満足げに微笑みながら、麗美は鬼塚のすぐ隣に当然のような顔をして、くっつくようにピタリと腰を下ろした。

 

「ほら、英吉も。教頭先生に絞られて、お昼もちゃんと食べてないんでしょう? はい、あーん」

 

「お、おう…あーん……って、ぶっ……! て、てめ、麗美ッ! 吉川の前で何やってんだよバカヤロォ!!」

 

「いいじゃない、仮だってなんだって、私はあなたの彼女なんだから。これくらい甲斐甲斐しくお世話してあげるのは当然でしょ?」

 

「だーかーらー! それはてめえが俺の生き埋めの件をネタに脅して――」

 

「あらー、不満かしら? もしかして、私の手料理じゃなくて、冬月先生の手料理の方が良かった?」

 

麗美の言葉が、一瞬で温度を失う。

 

にこやかな笑みを浮かべたまま、瞳の奥だけがギラリと嫉妬の炎で濁るその表情に、鬼塚はヒッと喉を鳴らして両手を挙げた。

 

「……すんません、俺が悪かったっす。ありがたくいただきますです、はい…」

 

「ふふっ、よろしい❤️」

 

完全に調教されている担任教師の姿を目の当たりにし、吉川は箸を持ったまま、呆然と口を開けていた。

 

「あ、あの……神崎さんって、勉強だけじゃなくて、お料理もプロ並みなんですね……。なんだか、本当の奥さんみたいです」

 

吉川が純粋な感嘆を口にすると、麗美は待っていましたとばかりに、嬉そうに目を細めた。

 

「気づいてくれた? 吉川くん。そう、あたしはいつだって『本物』になる準備はできているの。既成事実なんて、これからいくらでも作れるしね……ねっ、英吉?」

 

「てめえ、中坊のくせに既成事実とかサラッと恐ろしいこと口にすんじゃねえよ! 吉川ッ、お前も変な外堀埋めるようなこと言うんじゃねえ!」

 

鬼塚はバツが悪そうに頭をガシガシと掻きむしり、照れ隠しのように白米を豪快に口に放り込んだ。

 

しかし、文句を言いながらも、麗美の作った料理を「うめえ、うめえ」と残さず平らげていく。

 

その様子をジッと見つめながら、麗美は胸の奥で、前の世界では得ることの出来なかった確かな手応えを感じていた。

 

「(前の世界では、あたしはあんたの特別な場所(特等席)に座れなかった。……でも、この世界では、あたしがあんたの生活のすべてをプログラミングしてあげる。 胃袋も、プライベートも、恋愛も、全部あたしだけのもの。 他の女になんて絶対に渡さない!)」

 

 

吉川という「秘密の共犯者」を巻き込み、鬼塚の私生活の拠点である学校屋上のプレハブ小屋にすら深く根を張っていく麗美。

 

独占欲に満ちた天才少女の執念は、鬼塚英吉という破天荒な男の未来を、前の世界とは全く違うルートへと確実に誘導し始めていた。

 





という訳で麗美の介入により、のぼるがあっという間にほぼ救済されてしまいました。

やっぱり未来知識持ちのIQ200の麗美が序盤で介入して、鬼塚とタッグを組んだらそりゃこうなりますね。

次は誰が救済され、鬼塚と麗美の距離が更に縮まるのか?

次回もまたよろしくお願いします。
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