MCU:Fullmetal Alchemist 作:ゴミ収集者
第1作目からアベンジャーズ無印に繋げる内容となります。
今更ですが、お読みいただきありがとうございます。
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工房
窓のない会議室で、男が二人、机を挟んで立っていた。
黒い革のコートの男は、ニック・フューリーといった。コールソンが机に置いたファイルを、立ったまま三枚めくった。
最初の三枚は、リオールという小さな町の記録だった。祈りの集会所が一夜で崩れた件。導師が拘束され、集会は解散。診療所の院長の証言は、ガス漏れの一行で終わっている。同じ少年の名前が、事故報告書の隅に、技師として小さく載っていた。
四枚目は、その数日後に少年が送られた町の地図だった。保安官事務所の写真、研究所の敷地を上から撮った一枚。それから、窓越しの粗い映像を切り出した紙。雨の通りに、人影が三つ立っている。小柄な影が両手を合わせている。
「十四歳」
「はい」
「財団の見習い技師。書類の上では」
「書類の上では、です。三年前より前の経歴が、空白です」
「財団は、前から気に入らなかった件だな」
「はい。全米の病院に寄付をしている大きな財団で、表は製薬と医療です。十年以上前から、子供の健康診断で誰かを選んでいる疑いがありました。事故の処理が早すぎる件も、いくつか。ただ、裏で何をしているのかは、今も不明です。内側の人間が現場で動くのを見たのは、今回が初めてです」
「不明が多いな」
「はい。ひと月の間に、その町で保安官と研究所の職員の娘が亡くなり、主任が逮捕されました。どれも事故と病気で処理されています。保安官事務所には、財団が救急講習の名目で便宜を図っていました」
「ヒドラの残り滓じゃないのか」フューリーが言った。
「その線も、消していません。人体に関わる研究と、子供の選別。手口は似ています。ただ、旗も印も、今回は一つも出ていません」
「出ないから、残り滓なんだろう」
「かもしれません」
フューリーは、四枚目の映像を指で叩いた。
「この三人は」
「少年と、退役軍人の男と、狙撃の腕を持つ女性です。他にも誰かいたはずですが、映像には残っていません。少年は装置を何も使っていません。素手で、物の形を組み替えていました。日曜には、財団から現場の処理が入り、少年に関する問い合わせは「関知しない」の一言でした。切られたのだと思います」
フューリーはファイルを閉じて、コートの袖口を直した。スタークの件で、人手が足りていなかった。
「で、そのガキは何ができる」
「素手で、物の形を組み替えます。装置も、電源もなしで」
「兵器か」
「本人は、そう扱われるのを一番嫌がると思います」
「お前の見立ては聞いてない。敵になるのか、ならないのかだ」
「今は、誰の側でもありません。財団には切られました。近くに残っているのは、その財団の人間の元軍人が一人と、日本にいる身元引受人だけです」
「切った子供の世話を、財団の人間が焼くのか」
「はい。そこが、引っかかっています」
「後ろ盾のないガキは、拾いたがる連中が多い」フューリーは言った。「先に拾われるのは、面白くない」
「接触しますか」
「しろ。ただし、攫うな。財団に気づかれたくない」フューリーは机のファイルを、指一本でコールソンの方へ押し戻した。「子守の予算は出さんぞ。お前の時間でやれ」
「承知しました」
「それと、コールソン」
「はい」
「そのガキに、気に入られるなよ。使い物にならなくなる」
コールソンは、少しだけ笑った。返事はしなかった。
***
バスを降りると、乾いた風が顔に当たった。
エドは鞄を肩にかけ直して、杖を一本、地面についた。左脚は、膝から下が鉄だった。町の通りの街灯の鉄を、自分の錬成で脚の形にした仮の脚で、足首の角度が少し外を向いている。歩くたびに、付け根のところで金具が鳴った。
停留所の先に、舗装の切れた道が伸びていた。牧草地の端を回って、家が二軒並んでいる。右側のエルリック家は、窓に板が打ちつけられていた。去年の雪で、屋根の端が傾いている。エドは、そっちを見なかった。
左側の家の庭に、工具箱が出ていた。誰かが、その横にしゃがんで、古い洗濯機のモーターを分解している。金髪を後ろでひとつにまとめた背中だった。
〈ウィンリィだ〉
〈見りゃ分かる〉
エドが門に手をかけた時、背中が振り向いた。
ウィンリィは手に持っていたスパナを落とした。拾い直して、立ち上がった。目の周りが、赤かった。
「電話で、壊したって、それだけ言って切ったでしょ。何をどれだけ壊したのか、こっちは何にも分からないんだから」
「悪かったよ」
「悪いと思ってる顔じゃない」
スパナが飛んできた。エドは杖を持った手で受けようとして、遅れた。額の真ん中に、金属の硬い重みが入った。
ウィンリィは、エドの額の赤い痕を見ていた。視線が下がって、左脚の鉄で止まった。
「何それ」
「街灯」
ウィンリィは何か言いかけた。両手で顔を覆って、しゃがみ込んだ。肩が震えている。エドは、どうしていいか分からず、杖を握ったまま立っていた。
四年前の夜から、この家の二人は、エドの胸にアルがいることを知っている。ウィンリィは顔を上げて、エドの胸のあたりをまっすぐ見た。
「アル、いるんでしょ。ごめんね、ちゃんと返事が聞こえなくて。この人がまた無茶したら、内側から首を絞めていいからね」
〈絞め方、知らないんだけど〉
「絞め方は知らねえってさ」
ウィンリィは、泣きながら笑った。
玄関から、パイプの煙が先に出てきた。それから、ピナコが出てきた。小柄な、背中の曲がった老婆で、手には布巾を持っている。
ピナコは何も言わずに、エドの左脚の前にしゃがんだ。鉄の足首を、指の腹でこつこつと叩いた。
「この脚、あんたが錬成したね」
「ああ。街灯の鉄で」
「ふん」ピナコは鼻から煙を吐いた。「形だけは合わせてある。ただ、付け根の合わせが雑だ。いつから痛い」
「三日前」
「三日、そのまま歩いたのかい」
エドは返事をしなかった。ピナコは立ち上がって、エドの肩を掴んだ。指に力が入っていた。
「入んな。パイが焼けてる」
***
作業部屋の天井は、エドが覚えているのと同じだった。
蛍光灯の傘が黄ばんで、梁に古い設計図が何枚も留めてある。四年前、この天井を見上げながら、傷口を洗われた。エドは壁際の作業台に座らされた。
鞄の中から、布に包んだ物を出した。ロイの部下のリザが、通りで拾ってくれた、元の左脚だった。ピナコは包みを開いて、割れた外装と、焼け焦げた接続部を一度だけ見た。
「これは使えない。芯まで焼けてる」包みを閉じて、脇に置いた。「街灯の方を診せな」
仮の脚が外された。付け根の金具は熱で変色して、皮膚との境目が赤く腫れていた。ピナコの指がそこを押すたびに、エドは奥歯を噛んだ。
「左脚は作り直しだね。あんた、背が伸びてる。付け根の太さも変わった。ソケットが合わなくなってる」
「どれくらいかかる」
「三週間」
「そんなに?」
「文句があるなら、自分で削りな」ピナコは右の義肢に目を移した。前腕の外装が潰れて、中の管が見えている。指が一本、根元から欠けていた。「こっちは五日。細かい部分は、私の手が昔のようには動かない」
ピナコは自分の指を一度、握って開いた。節が太くて、関節が白く腫れていた。
「だから、そこはウィンリィにやらせる。見て覚えな」
ウィンリィが、作業台の向こうから顔を上げた。目は赤いままだったが、声は仕事の声だった。
「分かった。私、外装を外すところからやる」
「待て、いきなりそれかよ」
「当たり前でしょ。誰が三日徹夜して調整したと思ってるの」
エドは黙った。右腕の付け根の痛みは、大佐の筒を支えた夜の分だけ残っていた。ウィンリィは、それが分かっているような手つきで、外装の留め具を外した。
道具棚の奥を探っていたウィンリィが、棚板の隙間から、額に入った写真を引っ張り出した。
「あった、測定器。……あ、これ、こんなとこに」
エドは写真を覗き込んだ。広い工場の入口だった。看板の端に、STARKという文字の半分が写っている。作業着の腕をまくった若い女が、機械の前に立っていた。隣で口髭の男が、人差し指で女の肩を指して笑っている。周りには技師が十人ほどいた。
口元にパイプはなかった。それでも、結んだ口の形で分かった。
「ばあさん?」
「昔の話だよ」ピナコは振り返りもしなかった。
「ばあちゃん、昔スターク社の設計課にいたの」ウィンリィが写真の埃を拭った。「ハワード・スタークと同期。ペッパーねえさんが今の会社に入れたのも、ばあちゃんの昔の仲間に口を利いてもらったから」
「初耳だ」
「聞かれなかったもん」
「髭の坊主は、図面を引くより喋る方が上手かった」ピナコがパイプを咥え直した。「あんたの義肢の接続は、その頃の癖が出てる。ただ、今の機械はとっくに先へ行っちまってる。私の理論は古いよ」
〈ウィンリィの夢の会社だね〉
〈ああ〉
エドは、右の義肢の中を覗き込んだ。管と歯車と、薄い金属の板が整然と並んでいる。今まで、これが特別なものだと思ったことはなかった。ずっと、ただの腕だった。
「この腕、ばあさんが一人で作ったのか」
「あんたの身体に合わせて作っただけだ」ピナコは言った。「あんたが生きてるから、動くんだよ」
エドは、何か言い返そうとした。言葉が出てこなかった。
***
最初の夜の食卓で、ピナコが聞いた。
「財団とは、どうなった」
エドはスープの匙を止めた。ウィンリィが、パンを千切る手を止めた。
「切られた」エドは言った。「日曜に、担当のマスタングって男から聞いた。会の一番上から電話があって、俺の面倒はもう見ない、保護の話も取り下げだって。依頼も、もう来ねえだろうな。……籍だけは残ってる。マスタングが、中から探るために残させたらしい」
「身元引受人は」
「師匠。……まだ、連絡してない。マスタングが先に話すって言ってたけど、俺が書かなきゃ、意味がねえ」
エドは、鞄の底から、折り目のついた便箋を出した。上から三文字だけ、インクが乗っていた。師匠へ。その下は、何も書いていない。
ピナコはそれを手に取らなかった。目で読んだだけだった。
「あの娘は、黙っちゃいないよ」
「分かってる」
「怒られに行くんだね」
「……そのつもり」
「そうかい。なら、怒られた後で、ここに寄りな。パイを焼いとく」
ウィンリィが、エドの皿にパンを一つ置いた。
***
最初の五日は、痛みで夜が長かった。
右の義肢は、ピナコの指示でウィンリィが組み直した。外装板を直す段になって、エドは両手を合わせ、潰れた板に押し当てた。
ウィンリィが目を丸くした。
「待って、そこ私がやる」
「一瞬だ」
光が、一度走った。板は元の形に戻って、継ぎ目に細い傷だけが残った。
ウィンリィは、継ぎ目の傷を指でなぞった。
「うちでは、使っていいよ。でも、人前では使わないでね。ばあちゃんの工房だから」
昼になると、ピナコがパイを焼いた。台所に、焼けたバターと林檎の匂いが満ちた。
エドは皿を受け取って、フォークで端を切った。口に入れた途端に、舌の先が痺れた。
「あっつ!」
〈いいな〉
アルの声が、内側で小さく響いた。
〈熱いのが分かるんだね〉
エドは水を一気に飲んだ。
〈……舌やけどした〉
〈うん。分かってる〉
〈お前の分も、残しとく〉
〈食べられないよ〉
〈そういう意味じゃねえ〉
向かいの椅子から、ウィンリィが二人を見ていた。エドが額を押さえると、ウィンリィは何も聞かずに、自分の皿のパイを半分、エドの皿に移した。
「アルの分」
エドは、返事をしなかった。
***
六日目の夜、右の指が一本、新しく付いた。
動かすと、まだ硬かった。エドは縁側に座って、手袋の上から指を曲げ伸ばしていた。ウィンリィが後から来て、隣に腰を下ろした。ポットの湯気が、二人の間で細く昇った。
「ヒューズさんって人のこと。電話で、名前だけ聞いた」
エドは、湯気を見ていた。
「誰なのかは、聞いてない」
「ああ」
エドは鞄の口を開けて、小さな鍵を出した。町の家の鍵だった。街灯の明かりで、金属が鈍く光った。
「保安官だった。最初は、坊主って呼ばれた。会った日に、飯を食わせてくれた。娘が三つで、写真ばっか撮ってて。ごまかすのが下手なくせに、俺には嘘ばっか言ってた。庇うために」
ウィンリィは、黙って聞いていた。
「死んだ時、俺は動けなかった。人質がいて、でも、それを言い訳にできるかっていうと。使えたんだ、俺は。使えたのに、使わなかった」
エドは自分の右手を見た。手袋の下で、新しい指が一本、硬いまま曲がっていた。
「それで、死んだ」
ウィンリィは、ポットの湯をカップに注いで、エドの左手に握らせた。素手の掌に、熱い陶器の重みが乗った。
「私、その人に会いたかった」
エドは、カップの縁に額を押し当てた。肩が一度だけ震えた。
内側で、アルの気配が動いた。何か言いかけて、黙った。
ウィンリィは、空を見ていた。それ以上は、何も言わなかった。
***
二週目から、杖を使う距離を伸ばした。
牧草地の端まで往復するのが、毎日の決まりになった。仮の脚の代わりに、ピナコが組んだ練習用の脚が付いている。木と金属を合わせた粗いもので、膝が時々引っかかった。引っかかると、エドは舌打ちをした。
〈右と左の音、揃ってきたよ〉
エドは何も言わなかった。遠くの道を、トラックが一台、砂埃を上げて通り過ぎた。
〈ねえ兄さん。ウィンリィに待たせていいのかなって、思ってるでしょ〉
〈……思ってねえ〉
〈僕は、待つ間にできること、探すよ。兄さんが勝手に走り出さないように、見張ること〉
エドは鼻を鳴らして、また歩き出した。
***
電話が鳴ったのは、三週目の火曜の夕方だった。
ウィンリィが、台所の壁の受話器を取った。声が、一段高くなった。
「ペッパーねえさん? うん、元気。テレビで見たよ、就任の。そっちこそ大丈夫?」
エドは、新しい脚の試着を終えて、作業台に腰を下ろしていた。左脚は、付け根の金具が新しくなって、鉄の足首が、前よりずっと軽く動く。ピナコがあと一日、仕上げに削るという。
ウィンリィは受話器を肩で挟んで、メモ用紙を引き寄せた。
「え、見習いの募集が? でも、私、まだ学校も出てないし。……推薦が? ばあちゃんの名前で? そんなの、ばあちゃんに聞かないと」
ピナコは作業台から顔を上げずに、パイプの煙を吐いた。
「名前なら、いくらでも使いな」
ウィンリィは何度か頷いて、受話器を戻した。手が少し震えていた。メモ用紙には、試験の日付と、必要な書類の名前が、乱れた字で並んでいる。
「受けるのか」エドが聞いた。
「受ける。学校の試験が先だから、再来年になるかもしれないけど」ウィンリィはメモ用紙を折り畳んで、作業着のポケットに入れた。「あんたたちに、追いつかなきゃいけないし」
「俺たちは、そんなに先にいねえよ」
「いる。四年も前から」
ウィンリィは壊れた洗濯機のモーターを引き寄せて、分解を始めた。分解しながら、エドの方を見ずに言った。
「アルの身体、今の私じゃ作れない。受ける理由の半分は、それ」
エドは、すぐに返事ができなかった。
「……頼んだつもりは、ねえぞ」
「頼まれてない。勝手に決めたの」
〈ウィンリィ。僕、待ってるよ〉
「アルが、待ってるって」
ウィンリィは、モーターの蓋を外した。唇が少し歪んでいた。
「長くかかるかもしれないって、言っといて」
***
出発の前日、左脚を仕上げて、ピナコは最後に膝の関節を一度だけ曲げ伸ばしした。
「半年したら、また来な。あんた、まだ伸びる。ソケットは、その度に作り直しだよ」
「そんなに壊れねえよ」
「壊すのは、あんただ」
「壊す前に、電話すること」ウィンリィが、エドの背中を拳で叩いた。強さは、四年前より増していた。「分かった?」
「分かったよ」
エドは、杖を作業台に置いた。両足で、床に立った。鉄の足が床板を踏む音が、真っ直ぐに響いた。一歩、二歩と歩けた。腰を落とさずに、背筋を伸ばしたままで。
〈兄さん、背が伸びたよ〉
〈伸びてねえ。脚が長くなっただけだ〉
〈それを伸びたって言うんだよ〉
ウィンリィが、吹き出した。
台所の電話が鳴ったのは、その時だった。
ウィンリィが出た。はい、と言ってから、少しだけ間が空いた。
「……エド。役所の人、だって」
エドは動きを止めた。差し出された受話器を、受け取った。
『エルリックさん。コールソンです。町を出る時のご連絡は、いただけませんでしたね』
柔らかい声だった。
「するとは言ってねえ」
『ええ。ですから、こちらからかけました。三週間、お待ちしました。そろそろ脚が直る頃かと思いまして。こちらの番号は、申し訳ないですが、調べさせてもらいました』
名刺の男だった。エドは、鞄の底にある名刺の角を、指で探した。
「あんた、政府の調査員のはずだ」
『ええ。それも、嘘ではありません』コールソンは言った。『急ぎではありません。明後日でも、来週でも』
エドは、ウィンリィとピナコの顔を見た。ウィンリィは、拳を握りしめていた。
「三日後に決める」
『分かりました。お待ちします』
電話が切れた。エドは受話器を戻した。
「今の、誰」ウィンリィが聞いた。
「何者かは、分かんねえ」エドは言った。「ただ、マスタングのことは知ってた」
〈どうするの?〉
〈……考える〉
ピナコが、パイプを咥え直した。
「役所の紙の匂いがする男だね。来るなら、ここに来させな。脚の調整もあるし、あんたを一人で行かせるよりましだ」
エドは、新しい脚で、一歩前に出た。