MCU:Fullmetal Alchemist   作:ゴミ収集者

17 / 17
錬金術

最初の仕事は、継手だった。

 

砂漠の端にある窓のない整備棟で、台の上に鈍い銀色の継手が一つ置かれていた。試作の輸送機の脚の付け根に使う部品で、X線にも超音波にも、異常は出なかったという。

 

「問題ない、と数字は言っています」整備主任の老技師が言った。「ですが、現場の人間が、嫌な音がすると言う。それだけです」

 

「触らせてください」エドは言った。

 

老技師は黙って頷いた。エドは左の手袋を外した。右は義肢で、読めるのは生身の左だけだ。素手の指先を、継手の根元に当てた。右手は後ろに回したままだった。両手は合わせない。

 

金属の目の細かさが、指先から入ってくる。構造を理解する段だ。そこで止める。分解にも、再構築にも、進まない。

 

継手の内側の、見えない一点で、粒が荒れていた。

 

「ここ」エドは指を滑らせて、止めた。「三ミリ奥。荷重がかかったら、ここから割れる」

 

老技師は何も言わなかった。台の上の継手を取り上げて、荷重試験機にかけるよう、若い整備員に指示した。待つ間、エドは手袋をはめ直した。

 

試験機が唸って、継手は規定の半分の荷重で、三ミリ奥から割れた。

 

整備棟が、一瞬静かになった。老技師は割れた断面を長いこと見ていた。それから、入口の壁にもたれていたコールソンの方を向いた。

 

「あの子供は、何者です」

 

「顧問です」コールソンは言った。「外部の、ですが」

 

「子供扱いすんな」エドは言った。

 

「してません」老技師が言った。「失礼しました、顧問」

 

その呼ばれ方は、背中がむず痒かった。エドは壁際のコールソンを横目で睨んだ。コールソンは、いつもの顔で、少しだけ笑っていた。

 

***

 

それから、何十回も、同じことをした。

 

継手の次は、冷却管の溶接部。その次は、倉庫に積まれた押収品の合金。出所の分からない金属の成分と構造を、エドは触れただけで言い当てた。分析室が機械を回して半日かける結果を、五分で出した。

 

押収品の棚には、銀の指輪も一つあった。台座に、灰色の小さな鉱石が一つ、埋め込まれている。

 

「財団の現場から押収した物です」老技師が言った。「これを着けた連中は、床に円を描いて、この石で何かを動かしていたそうです」

 

エドは指輪に目をやって、触れずに言った。

 

「触媒だ。財団が、俺みたいな力を使う連中に配ってる。指輪にはめて、持ち歩くんだ」

 

「石の出所は」コールソンが聞いた。

 

「配ってる側も言わねえ。割れるか、取り上げられりゃ、力は使えなくなる。引き出せる量も、人によって違う」

 

「床の円は、何のために」

 

「陣は、何をどう変えるかを決める図。触媒は、それを動かす力だ。どっちが欠けても、何も起きねえ」

 

「随分と、教えてくださるんですね」

 

「切られた相手に、義理はねえ。ちょっとした仕返しだ」

 

「では、もう一つ。あなたは、円も触媒も使っていませんね」コールソンが言った。

 

「探ってんだろ」

 

「はい。教えていただければ、助かります」

 

エドは鼻を鳴らした。

 

「別に、隠すほどのことじゃねえ。円も触媒も、俺は要らねえ。理由は、話さねえ」

 

「構いません。ありがとうございます」

 

「礼なんか言うな」

 

老技師は、指輪を棚に戻した。

 

読むだけではなかった。

 

崩れた搬入路の支柱を、その場で組み直した。砂嵐で割れた機体の外板を、手持ちの廃材で継いだ。壊れた発電機の部品は、基地の倉庫の屑鉄から作り直した。どれも、円も触媒も使わなかった。足りない分は、屑鉄の山から回した。

 

武器の部品だけは、断った。コールソンは、それを一度も咎めなかった。契約書に、そう書いてあるからだ。

 

数か月で、基地の整備員たちは、エドを「顧問」と呼ぶのをやめた。呼ぶ時は、名前だった。エドはそれが気に入らなくて、少しだけ気に入っていた。

 

夜は、基地の資料室にいた。閲覧を許可された棚だけが、エドの札で開く。

 

医学と生物学の棚の前に、折りたたみ椅子を持ち込んだ。エドが開いた頁を、内側でアルが読んだ。エドの目が開いている間だけ、アルにも文字が見えた。

 

〈兄さん。ページ、めくるの速い〉

 

〈お前が遅いんだ〉

 

〈読んでるんだよ。ちゃんと〉

 

〈……分かったよ〉

 

エドは頁を戻した。細胞の再生、神経の接続、拒絶反応。単語が、頭の中で、いくつも宙に浮いていた。神経の接続は、ウィンリィに電話で聞けば教えてもらえる。細胞の再生と拒絶反応は、誰に聞いても、答えがなかった。

 

契約の翌週に、先に日本へ行っていた。

 

師匠は、三発殴って、四発目を構えて、やめた。借りは作るな。作ったら返せ。それだけ言って、飯を食わせた。エドは、その夜、久しぶりに一度も魘されなかった。

 

仕事の合間に、半年ごとにピナコの家へ帰った。ソケットは、その度に削り直された。

 

***

 

秋の初めに、コールソンが薄い紙の束を持って資料室に来た。

 

「見ていただきたい論文があります」

 

エドは束を受け取った。表紙に、著者の名前が一つだけあった。B・バナー。

 

「放射線の下での、細胞の再生についてです。六年前の論文です。著者は、その後、公の場から姿を消しています」

 

〈兄さん〉

 

〈ああ。あの名前だ〉

 

エドは最初の頁を読んだ。二頁目で、手が止まった。

 

〈この人、石を使ってないよ〉

 

エドは紙の端を、指で押さえた。石に頼らずに、体が元に戻る道筋が、数式の形で書かれていた。まだ、粗い。完全でもない。それでも、確かにそこにあった。

 

「この人は」エドは言った。「今、どこにいる」

 

「お答えできません。本人の安全に関わります」

 

「知ってんのかよ」

 

「はい。言えないだけです」コールソンは言った。「本人が許したら、最初にあなたに伝えます。今、お渡しできるのは、この論文だけです」

 

「十分だ」

 

コールソンは頷いて、帰ろうとして、一度だけ足を止めた。上着の内ポケットから、折り畳んだ紙を一枚出した。

 

「もう一つ。下水道で見つかった腕輪の件です」

 

エドは顔を上げた。

 

「マスタングさんから番号をお預かりして、調べました。一番から三番までの持ち主の名前が、分かりました。四番と五番は、まだです」

 

差し出された紙には、名前が三つ並んでいた。住所のない、名前だけの紙だった。エドは、一つずつ読んだ。それから、紙を折り畳んで、コールソンに返した。

 

「覚えた」

 

「そうしてください。この紙は、焼きます」

 

「……ありがとな」

 

「どういたしまして」

 

コールソンは扉を閉めた。アルは、しばらく何も言わなかった。

 

〈約束、してたんだよね。名前を探すって〉

 

〈ああ〉

 

〈大佐、守ってくれたんだね〉

 

〈大佐と、コールソンと。どっちか一人じゃ、見つけられなかった〉

 

エドは論文を胸に抱えて、頁をめくり直した。

 

***

 

二年目の春、ウィンリィから電話があった。

 

『受かった』

 

「何に」

 

『MIT。この秋から、早期入学。推薦状は、ペッパーねえさんが書いてくれた。夏休みは、スターク社の見習いに来なさいって。……ねえ、聞いてる?』

 

「聞いてる。……すげえな」

 

『それだけ?』

 

「それだけじゃねえけど、すぐに言葉が出ねえんだよ」

 

受話器の向こうで、ウィンリィが笑った。それから、少し声を落とした。

 

『ちゃんと食べてる? 脚は? 痛くない?』

 

「食ってる。痛くねえ。ソケットも、この前削ってもらった。まだ合ってる」

 

『嘘だったら、次に来た時に分かるからね』

 

「分かってるよ」

 

その週の金曜に、コールソンが基地の廊下で、エドを呼び止めた。

 

「お話があります。車に乗っていただけますか」

 

助手席に座るのは、初めてだった。コールソンは黒い車を、基地の門から出した。ハンドルを握る手は、いつもと同じだった。ダッシュボードの小物入れの口が、少し開いていた。古い紙のカードが、数枚、輪ゴムで留められている。

 

「それ、何」

 

「趣味です」

 

「何の」

 

「古いカードです」コールソンは前を向いたまま言った。「ある人の。今度、会えたら、サインをもらおうと思っています」

 

「そんな人、いんの」

 

「ええ、います。ただ、今は話せません」

 

エドは追及しなかった。窓の外を、砂の色が流れていく。

 

「要請が来ました」コールソンが言った。「エネルギー源の調査です。私どもが長く保管している物質が、最近になって、挙動を変え始めました。放射線を扱う案件です。物質の構造を読める人間が、必要です」

 

「また伏せるのか」

 

「現場までは、詳細は言えません。ただ、一つだけ、お伝えしておきます」

 

コールソンは車を路肩に寄せた。エンジンを切って、エドの方を向いた。

 

「あの日の約束を、覚えていますか」

 

「覚えてる」

 

「今回は、危ないかもしれません。出さないという約束は、守れないかもしれない。だから、行くかどうかは、あなたに決めてもらいます。マスタングさんにも、先にお話しする機会を」

 

「大佐には、俺から電話する」

 

エドは、助手席の窓から、遠くの砂丘を見ていた。

 

「断ったら?」

 

「別の人を探します。あなたとの契約は、何も変わりません」

 

「嘘だったら、ウィンリィに怒られるのはあんただぞ」

 

「承知しています」

 

アルの声が、内側から聞こえた。

 

〈兄さん〉

 

〈分かってる〉

 

エドは窓から目を離して、コールソンを見た。

 

「行く」

 

「理由を、伺っても」

 

「借りがある。あんたに」エドは言った。「それと、見ておけば、何か手がかりが掴めそうな気がする。俺とアルの、ためになる」

 

「関係があるかは、まだ言えません」

 

「いい。見るだけだ」

 

コールソンは、エンジンをかけた。基地へ引き返す道を、二人とも、黙って走った。

 

***

 

その夜、エドはコールソンが用意した回線で、先にロイにかけた。

 

『行くのか』

 

「あんたに言っとけって、言われた」

 

『言われなくても、聞くつもりだった』ロイは言った。『お前が選んだなら、止めはしない。ただし、帰ってきたら電話しろ』

 

「みんな、同じこと言うな」

 

『それだけ、帰ってこない人間を見てきたからだ』

 

電話は、それで切れた。エドは、そのまま続けて、ウィンリィの番号を押した。

 

『もしもし?』

 

「俺。……壊す前に、電話した」

 

『何を壊すの』

 

「まだ、壊してねえ。壊す前だ」

 

ウィンリィが黙った。電話の向こうで、金属を置く音がした。

 

『どこ行くの』

 

「言えねえ。でも、危ないかもしれねえって、言われた。それで、行くって決めた」

 

『……自分で、決めたの』

 

「ああ」

 

『アルは?』

 

〈僕も、行くよ〉

 

「行くってさ」

 

ウィンリィは、長いこと黙っていた。それから、静かに言った。

 

『帰ってきて。ソケット、組むから。次は、私が全部やるから』

 

「帰る」

 

『約束』

 

「約束する」

 

電話が切れた。エドは受話器を戻して、廊下の壁に額を押し当てた。

 

〈兄さん、約束するの、早かったね〉

 

〈うるせえ〉

 

***

 

その夜遅く、窓のない会議室の机に、ファイルが一冊、置かれていた。表紙の端が擦り切れている。

 

フューリーは、コートの襟を正して、ファイルを開いた。最初の頁は、リオールの記録だった。最後の頁は、継手の割れた断面の写真だった。

 

「あの継手の件から、もう一年以上か」

 

「はい」

 

「技術部が、あの子供を褒めていた。三機分の事故が防げた、とな」

 

「彼の目と手の成果です」

 

「使えるのか、使えないのか」

 

「使えます」コールソンは言った。「ただし、本人に選ばせる、と約束しています。今日、彼は選びました」

 

「で」

 

「行く、と」

 

フューリーは、ファイルを閉じた。しばらく黙って、机の表面を見ていた。

 

「あれを、あの子供に見せることになる」

 

「はい」

 

「その子供との約束は、お前が自分の名前でしたものだ。組織は、後ろ盾にならんぞ」

 

「承知しています」

 

フューリーは、わずかに口の端を持ち上げた。それから、いつもの声に戻った。

 

「連れてこい」

 

「はい」

 

「ヒルが先に現地に入っている。着いたら、ヒルに預けろ」

 

「承知しました」

 

コールソンは、一礼して扉に向かった。扉の前で、一度だけ足を止めた。

 

「長官」

 

「何だ」

 

「彼は、子供です」

 

「知っている」フューリーは言った。「だから、ヒルに言っておく」

 

扉が閉まった。窓のない部屋に、フューリーが一人、残っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

仮面ライダーゼロワン ― Avengers: Age of Ultron ―(作者:吉野家)(原作:MCU アベンジャーズ)

飛電インテリジェンス社長・飛電或人と秘書型ヒューマギア・イズは、謎の空間歪曲に巻き込まれ、異なる世界へと転移してしまう。▼そこは、巨大企業スターク・インダストリーズが存在し、“アベンジャーズ”と呼ばれるヒーローたちが世界を守るニューヨーク。▼衛星ゼアとの通信は完全に途絶え、飛電インテリジェンスも存在しない。▼未知の世界で或人たちを待っていたのは、人類を守るた…


総合評価:342/評価:9/連載:3話/更新日時:2026年06月25日(木) 12:53 小説情報

星の白金(ひかり)で断つ運命(作者:クルセイダース)(原作:僕のヒーローアカデミア)

ある日、スタープラチナになった男が超常が当たり前になった世界でオラオラする話。


総合評価:6754/評価:8.38/連載:10話/更新日時:2026年06月05日(金) 11:00 小説情報

日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです(作者:ken4005)(原作:MARVEL)

▼クウガとアベンジャーズのクロスです。▼マーベルは完全ににわかです。▼原作を Avengers から MARVEL に変えました。▼短編から連載に変えました。▼謝罪0906▼作品を読み直した所、時系列に誤りがありました。▼黒雄が2010年4月から2014年3月までの四年間高校に在籍していたことになっています。そこで、明記はしませんが、未確認生命体関係で高校を…


総合評価:10487/評価:8.2/連載:109話/更新日時:2026年10月13日(火) 12:01 小説情報

トニー・スターク先生(作者:DRYSUPER)(原作:ブルーアーカイブ)

指を鳴らしたトニー・スターク。▼次に目を覚ました場所は、銃を携えた少女たちが暮らす学園都市「キヴォトス」だった。▼※映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』終盤から分岐する、『ブルーアーカイブ』とのクロスオーバー二次創作です。両作品のネタバレ、独自設定・解釈を含みます。


総合評価:5522/評価:8.91/連載:22話/更新日時:2026年10月13日(火) 07:30 小説情報

伏黒宿儺に「そろそろ狩るか…♠︎」する転生者(作者:羂索は踊り狂って死ぬ♠︎)(原作:呪術廻戦)

▼ 呪術廻戦を知らない転生者が伏黒宿儺相手に「そろそろ狩るか…♠︎」するだけの話。▼タグは随時追加


総合評価:6002/評価:7.45/連載:7話/更新日時:2026年08月06日(木) 18:19 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>