MCU:Fullmetal Alchemist 作:ゴミ収集者
借り
見渡す限りの砂漠の中に、低くて横に長い建物が一つ、建っていた。沈みかけた日を受けて、屋根の端が赤く光っている。
門の看板には、英語で政府系の研究機関の名前が書いてあった。どこかの大学の出先機関のような、長くて退屈な名前だ。コールソンの黒い車は、守衛に何も見せないまま門を抜けて、建物の裏手に回った。
「ここ、何の施設だ」エドは聞いた。
「研究施設です。看板のとおり、退屈に見えるでしょう」
建物の中に入ると、冷たい空気が顔に当たった。外はあれだけ焼けていたのに、廊下は冷蔵庫のようだった。
〈兄さん、さっきまで暑い暑いって言ってたのに〉
〈寒すぎんだよ、極端なんだ、ここは〉
エドは、コートの内ポケットに手を入れた。ヒューズの鍵が、指に触れた。お守りのつもりはない。手放す理由が、まだ見つからないだけだ。
基地を出る前の晩は、ウィンリィに電話した。「壊すなよ」と言われて、「俺を何だと思ってんだ」と返したら、「壊し屋」と即答された。反論できなかった。
昇降機の扉が開くと、長い廊下が続いていた。コールソンは歩きながら、必要なことだけを話した。対象は「キューブ」と呼ばれていること。ここ数週間で、出力の波が不規則になったこと。
「触っても構いません。ただ、長くは触らないでください。あなたの仕事は、中の挙動を読むことです。形は変えないでください」
「知ってる。形は変えねえ」
「今夜、フューリー長官が視察に来ます。ヒル捜査官が同行します。着いたら、ヒル捜査官に預けます。それまでは、セルヴィグ博士の隣にいてください」
「あんたは」
「別の持ち場です。同じ建物の中にはいます」コールソンは言って、廊下の脇の扉に手をかけた。「それと、食事は抜かないように。基地を出る時に渡した袋の中身を、全部食べてください」
「子守りかよ」
「約束です」
扉が閉まった。廊下の突き当たりの扉が、開いていた。
大きな空間だった。その中央に、計測器や機械に囲まれて、キューブが置かれていた。青白い光が、脈を打つように明るくなったり、暗くなったりしている。
〈わあ……〉
〈すげえ。何だこれ〉エドは身を乗り出した。〈どうなってんだ、あの光〉
白衣の技師たちが十人ほど、機械を覗いていた。上の通路には、黒い服の男が一人、欄干に腕を乗せて、双眼鏡で下を見ている。キューブのすぐ脇では、年配の男が、紙コップを片手に何かの数字を読み上げていた。
年配の男が振り向いた。目が、みるみる丸くなった。
「コールソン君の言っていた顧問は、君か? 本当に?」
「ああ」
「失礼。エリック・セルヴィグだ。コーヒーは飲むかね。それとも、ミルクのほうがいいかな」
「誰が牛乳なんか飲むか! コーヒー! ブラックだ!」
「ブラック!」セルヴィグは笑った。声が大きくて、周りの技師が何人か振り向いた。「いいね、実にいい」
エドは左の手袋を外した。右の義肢は、袖の中に隠したままだ。キューブへ続く機材の架台に、そっと指先を当てた。
架台を伝って、キューブの台まで、流れが続いていた。そこに、手を伸ばした。
冷たい。触れた指先から、熱が持っていかれる。読んでいるのは、こちらのはずなのに、向こうにも吸われている。リオールで触った残滓とは、違った。あれは削れた魂の屑の、湿った重さだった。灰色の層の手触りとも違う。これには、湿り気がなかった。乾いて、硬くて、桁が違った。
〈兄さん、どう?〉
〈……分からねえ。分からねえってことが、分かった〉
ただ、一つだけ、似ていた。内側にあるものが、外に向かって、押している。
エドは目を閉じた。キューブの脈は、一定ではなかった。強く打って、止まって、また打つ。その間隔が、少しずつ詰まっている。
「どうだい」
「数字は出せねえ」エドは手袋をはめ直した。「ただ、内側から、叩かれてる。ドアを向こう側から叩いてる感じだ。だんだん、間が短くなってる」
セルヴィグは紙コップを持ったまま、動かなくなった。それから、小さく息を吐いた。
「同じことを、私も言った。皆に笑われたがね、詩的すぎると」
「詩的でも、数字より先に正しいことはある」
セルヴィグは手帳を閉じた。「君が来てくれて、よかった。この部屋で笑わなかったのは、君が最初だ」
その時、上の通路から、声が降ってきた。
「顔色が悪い。一度、離せ」
欄干の男だった。双眼鏡を下ろさず、こちらを見てもいない。
「まだ平気だ」
「バートンだ」男は言った。「邪魔はしない。ただ、倒れられると面倒だ」
「倒れねえよ。そんな高い所から、よく見えるな」
「目はいい」
「へえ。で、俺の顔色は何色だ」
「青だ」
「うるせえ」
エドは舌打ちして、手袋の中で左手を握り込んだ。指の感覚が、まだ戻りきっていなかった。
***
日が落ちても、作業は続いた。技師の数は、少しずつ減っていった。要らない人員から順に、上へ引き上げさせているらしい。
「ここ三週間、ほとんど寝ていない」セルヴィグが、手帳に数字を書きながら言った。「眠ろうとすると、耳の奥で、これが鳴っている気がする。計器には何も出ないがね。ただ、呼ばれている気がするだけだ」
エドは黙った。リオールで、ローズが言ったことを思い出した。三日で声が薄れて、集会に行くとまた濃くなる。
「寝ろよ」エドは言った。
「ありがとう。君は、いい子だ」
セルヴィグは声を上げて笑った。笑いの終わりに、少し咳き込んだ。エドは、そのやりとりを、あとで何度も思い出すことになる。
夜の休憩は、キューブから離れた階段の踊り場でとった。コールソンに持たされた紙袋には、サンドイッチと、固い焼き菓子と、チョコレートバーが三本入っていた。エドは三本目に手を伸ばしたところで、やめた。夜は長くなりそうだから、残しておく。
頭の上から、何かが降ってきた。エドは反射で左手を出して、受け止めた。赤いりんごだった。
見上げると、通路の欄干にバートンが肘をついていた。
「腹が鳴ってる」
「鳴ってねえ」
「下まで聞こえてる」
「あんたは食わねえのかよ」
「仕事中は食わない」
「それで俺に投げんのか」
「余ってた」
バートンはそれだけ言って、また双眼鏡を目に当てた。エドはりんごを服の袖で拭いて、かじった。甘かった。礼を言いそびれたことに気づいたのは、飲み込んだ後だった。
〈お礼、言わなくていいの〉
〈次に会ったら言う〉
***
夜の十時を回った頃、入口の扉が開いて、フューリーが来た。迎えに出ていたコールソンが半歩後ろに付き、反対側に、黒いスーツの女が並んでいた。
黒いコートに、片目に眼帯の男だった。真っ直ぐキューブの前まで歩いてきて、セルヴィグから状況を聞き、それからエドを見た。
「コールソンのファイルにあった子供か」
「エドワード・エルリックだ! 子供扱いすんな」
「呼び方は何でもいい」フューリーは言って、またキューブに目を戻した。「ヒル、そいつはお前が預かれ」
「マリア・ヒル」黒いスーツの女が、エドの方に一歩寄った。「エドでいい?」
「いい」
フューリーが上を見て、バートンに聞いた。バートンは「扉みたいなもんです。向こう側が、開いてる」と答えた。フューリーはエドに目を向けた。
エドは、左の手袋をむしり取って、もう一度左手を床に当てた。脈の間隔は、もう、ほとんど無かった。
「もうすぐ開く」エドは言った。「止められるなら、今止めろ」
「落とせない」セルヴィグが言った。「落とそうとすれば、逆に暴れる」
キューブの光が、爆ぜた。
青い光が空洞の天井まで走って、警告音が鳴り出した。光の中心に、黒い穴が開いて、渦を巻いて広がっていく。左手が床から離れない。冷たさが肘まで上がってきている。
〈兄さん!〉
アルの声で、手が離れた。エドは後ろに転がって、機材の架台に背中を打った。
穴から、人が出てきた。
緑と黒の外套をまとった、細身の男だった。右手に、青い石を嵌めた金色の槍を持っている。男が槍を払うと、警備兵が三人、壁に叩きつけられた。フューリーが「槍を置け」と言ったが、男は笑っただけだった。
「我はアスガルドのロキ。輝かしい大役を負っている」男は両腕を広げた。「お前たちは、足元を這う蟻のようなものだ。蟻には、自由など過ぎたものだと、教えてやりに来た」
男は、誰かの反応を待つように、周りを見回した。誰も何も言わなかった。
〈兄さん、自分で輝かしいって言ってる〉
「自分で輝かしいとか言うか、普通」
声に出ていた。男の眉が、ぴくりと動いた。
〈兄さん、声に出てる〉
〈知ってる〉
エドは、背中を架台に預けたまま、顔をしかめた。
その目が、一人一人の顔を舐めていった。フューリー、ヒル、セルヴィグ、欄干の男。
エドのところで、止まった。
「ほう」
男が、まっすぐに歩いてきた。槍の先が、エドに向いた。青い石が、一瞬だけ強く光った。
エドは、考える前に跳んでいた。光の筋が、さっきまで立っていた場所を抜けて、背後の計測器を吹き飛ばす。火花が散った。
「いきなり撃つか!」
〈兄さん、次!〉
〈見えてる!〉
二発目は、転がって避けた。三発目を避けようと、膝を立てて、左手を床に突いた。そこで、手が抜けた。冷たさがまだ肘に残っていて、指が体重を支えなかった。体が、斜めに崩れる。
〈兄さん、手が!〉
その崩れたところへ、槍の先が届いた。胸に、触れた。
冷たいものが、骨を伝って入ってきた。耳の奥で、声とも音ともつかないものが囁く。内容は聞き取れない。ただ、従え、と言っている気がした。
リオールの導師の声と、同じ手口だ、とエドは思った。呼びかけて、引っ張って、最後に沈める。
それが、途中で止まった。入ってきた冷たさが、胸の奥の一点で、壁にぶつかったように動かなくなった。その向こうで、誰かが黙って押し返している。
〈……っ〉
〈アル〉
男の眉が寄った。槍を引いて、もう一度当て直す。同じだった。何も起きない。もう一度。さらにもう一度。
「何故だ」男の声が、一段高くなった。「おい。貴様、何をした」
「知るかよ!」
「入らないのか」男は呟いて、エドの顔をじっと見た。「いや。入っている。入った先に、先客がいる」
エドの腹の底が冷えた。
「一つの器に、二つ。珍しい」
笑みが消えた。男は槍を引いて、構え直した。今度は、胸の奥まで押し込むつもりの、深い構えだった。
エドは床を蹴ろうとして、足がもつれた。洗脳は弾いたのに、その余韻が手足に残って、鉛のように重い。錬成で止めることも頭をよぎったが、周りは機材だらけだった。計測器の配線が足元を這い、すぐ後ろでは、暴れかけたキューブが唸っている。ここで錬成すれば、その波が、どこへ走るか分からない。読んだ手が、それを知っていた。
槍が、振り下ろされる。
襟首を、後ろから掴まれた。体が横へ引きずられて、床を転がった。
バートンだった。通路から飛び降りたらしい。エドを引き倒した勢いのまま、槍の軌道の内側に体が残った。止まりきれなかった槍の先が、バートンの背に触れた。青い光が走った。
「……っ」
声はなかった。バートンの身体が一度だけ震えて、動かなくなった。エドの襟を掴んだまま、顔だけを上げた。
目の色が、変わっていた。青い。黒目の部分が、槍の石と同じ色に染まっている。
二時間ほど前に、りんごを投げてよこした手だった。口の中に、あの甘さが戻ってきた。舌の根が乾く。
「バートン」エドは言った。喉が張りついて、声が裏返った。「おい」
バートンは、エドを見下ろして、何も言わなかった。それから、男の方に向き直り、わずかに頭を下げた。
「ふむ。他人を庇う心か」男は満足そうに言った。「使える」
男は、倒れたままのエドに視線を戻した。槍の先は、もう下がっていた。
「貴様も、悪くない。……ふん。だが、後だ。今は、先にやることがある。この門が閉じる前に、運び出すものがある」
視線が、エドの胸に落ちた。アルのいる場所だった。
「それより、その中のもう一人に、興味が湧いた。いずれ、聞かせてもらう」
男はエドから離れた。エドは、すぐに身を起こそうとした。腕に力が入らない。洗脳の余韻が、まだ手足の先に絡みついている。床を押して、膝を立てるまでに、十数秒かかった。その十数秒で、すべてが進んだ。
セルヴィグの目が、青く染まった。フューリーがケースを抱えて出口へ向かい、撃たれて倒れた。バートンがケースを拾った。「長官!」と叫ぶコールソンの声が聞こえた。エドが膝をついて顔を上げた時には、フューリーはもう床にいた。
天井のコンクリートに、亀裂が走った。
穴が閉じようとしている。その余波で、空洞全体が揺れていた。技師たちが、非常口に向かって走っている。
ヒルが、エドの襟を掴んだ。「走って!」
足を引きずって、ヒルに引かれて、非常口へ向かった。背後で何かが崩れる音がして、振り返ると、天井の大きなコンクリートの梁が、斜めに割れて、非常口の真上に落ちてきていた。
その下に、技師が三人いた。
〈兄さん〉
〈分かってる〉
エドは、ヒルの手を振りほどいた。「目立つな」という言葉が、頭の隅で鳴った。大佐の声だった。イズミの声でもあった。
知るか。
両手を合わせて、床に叩きつけた。崩れる天井の下の床が、せり上がった。石の柱が、斜めに突き出て、落ちてくる塊を受け止めた。軋む音が、耳の奥まで響いた。柱は一本では足りなかった。二本目。三本目。
三人が、柱の下を這って通り抜けた。
最後の一人が、振り返ってエドを見た。何か言いかけて、言葉にならなかった。手を合わせただけで柱を立てた子供を、見ていた。化け物を見る目ではなかった。何だ、この子は、という顔だった。ヒルも、見ていた。
「出ろ! 長くは持たねえ!」
柱が割れる音がして、エドは後ろに跳んだ。直後に、非常口の前が、瓦礫で埋まった。視界が、一瞬、白くなった。脚が、すとんと抜けそうになる。
「エド」ヒルが言った。「持ちこたえて」
ヒルが、エドの腕を掴んだ。
***
非常口は瓦礫で塞がっていた。ヒルに引かれて別の通路を抜け、搬入口へ出ると、外は粉塵で白かった。ロキたちを乗せたジープが、もうトンネルに入るところだった。ハンドルを握る男の目も、青かった。ヒルの無線が鳴った。フューリーの荒い声が『ケースを追え』と言った。ヒルは別のジープに飛び乗った。エドも、後ろの席に飛び乗った。
「降りてもいい」ヒルが前を向いたまま言った。
「降りねえ」エドは座席の縁を掴んだ。
トンネルの中で、前を走る車から銃弾が飛んできた。身を乗り出して撃ってきたのは、バートンだった。あの距離で外す男じゃない、とヒルが言った。それなのに、弾はジープの横をかすめるだけだった。当てる気がないのだと、エドにも分かった。その直後に、施設の崩壊が坑道まで伝わって、トンネル全体が揺れた。頭上で巨大な塊が剥がれた。
エドは座席から身を乗り出して、両手を合わせ、路面に叩きつけた。柱がせり上がって、落ちてくる塊を斜めに受けた。ジープの屋根を潰す寸前で、塊は止まった。
車体は横転して、エドは外に投げ出された。粉塵で何も見えない。耳の奥で、血の鳴る音がした。
粉塵の向こうで、咳き込む声がした。這って近づくと、ひっくり返ったジープの下で、ヒルが右脚を挟まれていた。コンクリートの塊が、足首の上に乗っている。
「動くな」エドは言った。声が震えていた。「今、外す」
膝をついて、両手を合わせてから、塊に当てた。足首の真上は避けて、塊の継ぎ目だけを狙った。
塊が、割れた。ヒルが脚を引き抜いた。
二人は、しばらく瓦礫の上に座っていた。ヒルの無線は壊れていた。トンネルの先は塞がっている。遠くで、まだ何かが崩れる音がした。
「立てる?」ヒルが言った。息が切れていた。
「立てる」エドは言って、立ち上がった。投げ出された時に打った肩が、遅れて痛んだ。
ヒルは、短く息を吐いた。笑ったのかもしれない。
「さっきの」ヒルが言った。「コールソンから聞いてはいたけど、目の前で見ると、違うわね」
「見世物じゃねえ」
「分かってる。助かったわ」
迷わなかった、とエドは思った。ヒューズの時は、間に合わなかった。今日は、間に合った。三人。それでも、バートンに借りを作ってしまった。
「彼があなたを庇ったのは、あなたのせいじゃない」ヒルが言った。
「分かってる」
「分かってないでしょう」ヒルは言った。「声で分かる」
エドは膝を抱えた。内側から、アルの声が小さく聞こえた。
〈兄さん。あの人、言ったよね。二つ、って〉
〈言うな。今は〉
〈でも──〉
〈後でだ。後で、全部聞く〉
〈……僕、怖かった〉アルの声が、いつもより小さかった。〈あの冷たいのが入ってきた時、僕のいる所まで届きそうで。……あの人に、僕がここにいるのを、見られた〉
〈見られたからって、何も変わらねえ〉
〈変わるよ。あの人、触っただけで、僕がいるって分かったんだ。それに、興味があるって言った〉
エドは答えなかった。答えられなかった。あの男が何を見たのか、エドにも分からない。分からないまま、アルを守る方法を、まだ一つも持っていない。
〈兄さん〉
〈何だ〉
〈さっき、ひとりで行こうとしたでしょう。ヒルさんの手を、振りほどいた時〉
〈……三人、下にいたんだ〉
〈うん。分かってる。僕も、同じことをした〉アルは言った。〈でも、次は先に言って。僕も、一緒に踏ん張るから〉
〈おう〉
それだけ返して、エドは目を閉じた。まぶたの裏に、バートンの青い目が浮かんで消えなかった。りんごの味が、まだ口の中に残っていた。
「借りだ」エドは小さく言った。
「何?」
「こっちの話だ」
作ったら、返せ。師匠の声が、耳の奥で聞こえた。
***
最初に聞こえたのは、金属を叩く音だった。次に、人の声が瓦礫の向こうから近づいてきた。
「ヒル捜査官! エルリックさん!」
コールソンの声だった。塞がっていた隙間に、懐中電灯の光が差し込んだ。部下が三人がかりで塊をどけていく。光の中に、コールソンの顔が見えた。いつもの顔だった。ただ、スーツの膝が裂けて、片方の袖が煤で黒かった。
「怪我は」
「ない」エドは言った。立ち上がろうとして、コールソンの腕に掴まった。
「ありますね」
「ねえって」
「脚をやりました」ヒルが、自分の足首を見下ろして言った。「折れてはいない」
コールソンは何も言わずに、柱の跡を見た。割れた塊と、斜めに突き出た石の柱と、路面に残った手形のような凹み。それからエドを見たが、何も聞かなかった。
トンネルの外は、もう空が白んでいた。施設のあった場所に、巨大な穴が口を開けている。煙が立ち上り、遠くで消防車のサイレンが鳴っていた。
穴の縁に近い車の陰で、フューリーが座り込んで、衛生兵に脇腹を縫われていた。コートの片側が裂けて、血が染みている。それでも口調は、いつもと変わらなかった。
「ケースは持っていかれた。バートンとセルヴィグもだ」フューリーは言った。誰にともなく言ったようだった。「レベル7を発令する」
誰も何も言わなかった。
エドは、フューリーの前に立った。
「バートンを連れ戻すんだろ。俺にも手伝わせろ」
フューリーの目が、エドに向いた。
「顧問の契約は、形を変える仕事は頼まないことになっている」
「知ってる」
「武器の部品は断る契約だ」
「武器を作りに来たんじゃねえ」エドは言った。「バートンに借りができた。返すって決めてる。契約の外でも、中でも、関係ねえ」
衛生兵の手が止まった。フューリーは、エドを見たまま、しばらく黙っていた。それから、コールソンに視線を移した。
「約束です」コールソンが言った。「選ぶのは本人だと、お話ししてありました。彼は選びました」
フューリーは、ほんのわずかに口の端を持ち上げた。笑ったのか、何かを計算し直したのか、分からない顔だった。
「いいだろう」フューリーは言った。「ただし、俺の命令に従え。勝手に前に出るな」
「前に出るなって言われて出なかったことがねえ」
「知ってる。だから言った」
エドは、何か言い返そうとして、やめた。夜明けの空の下で、消えた施設の穴を、もう一度見た。
作ったら、返せ。借りは、まだ一つも返していない。