MCU:Fullmetal Alchemist   作:ゴミ収集者

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シャワルマ

ロキの身柄をめぐるひと悶着のあと、一行はタワーを降りて、約束どおり、通りの角の店に入った。

 

店は、シャッターを半分下ろしたまま営業していた。電気は止まっているが、ガスは来ている。エプロン姿の店主は目が赤く、スタークが全員分を頼むと、手が少しだけ軽くなった。

 

ソーは、一つを二口で食べ終えて、次の皿を引き寄せた。壁際では、ロジャースが黙ってパンをちぎっている。誰も喋らない。遠くで、サイレンが鳴り続けている。

 

エドも、二つ目まで食べた。三つ目を手に取って、置いた。目を閉じると、ひしゃげたタクシーから伸びた手と、引き剥がされていった女の人の背中が出てくる。壁を立てて、足場を伸ばして、走り回った。それでも、届かなかった人たちがいる。

 

「数えてるのか」

 

隣の丸椅子に、いつの間にかバートンが座っていた。

 

「……何を」

 

「俺もだ」バートンは、自分の皿から肉を一切れ、エドの皿に移した。「食え。数えるのは、食ってからだ」

 

「何も言ってねえ」

 

「腹が減ってると、数が増えるんだよ」

 

エドは、肉を口に入れた。しょっぱかった。

 

「あなたの作った通信機、SHIELDが回収したがってるわよ」

 

ナターシャが、窓の外を見たまま言った。

 

「は? ただの通信機だろ」

 

「ただの、じゃない」スタークが、もぐもぐしながら言った。「通信機なら、僕が作った方が高性能だ。向こうも同じさ。ほしいのは物じゃない」

 

「じゃあ、何だよ」

 

「艦のパネルから、三十秒で、艦と同じ周波数の物が出てきたんだ。どうやったのか、知りたいんだよ。……僕もね」

 

「手で触って、中身を読んで、組み直しただけだ」

 

「それだけ、か」スタークは、にやりと笑った。「『それだけ』で済ませるやつが、一番たちが悪い」

 

奥の席で、バナーが噴き出した。さっきまで一言も喋らなかった人が、手の甲で口を押さえて笑っている。

 

「すまない。君たちを見てたら、止まらなくなった。……エド、弟さんの件、続きを話そう。僕はスタークの工房にしばらくいる」

 

「ああ。絶対行く」

 

「入館証も作っておく」スタークが言った。「廃棄場の再利用係つきだ」

 

「あの話、本気だったのかよ」

 

「給料も出す。浮いた材料費からね」

 

「ケチくせえ!」

 

「ラボにも入れてやる。ついでに、その腕と脚も診てやろう。僕なら、もっと軽くて丈夫なのが作れる」

 

「いい。担当がいるんだ」

 

「担当?」

 

「義肢屋だ。脚と腕は、そいつにしか触らせねえ」

 

「担当、ねえ」スタークは、にやにやした。「恋人か?」

 

「違う! ただの、幼なじみだ!」

 

「顔が赤いぞ」

 

「赤くねえ!」

 

「分かった分かった。見るだけにしておく」

 

***

 

店を出ると、通りの端に、黒い車が二台、止まっていた。SHIELDの回収班だった。ナターシャが先に乗り込み、バートンは、ドアの手前で足を止めた。

 

「エド」

 

「なんだ」

 

「屋上から、見てたぞ」バートンは、肩の弓を背負い直した。「お前が下で手を回してくれたから、俺は上から全体を見ていられた」

 

「あんたが見えてたから、俺が動けたんだ」

 

「どっちでもいい。……借りの話だろ」

 

「ああ。庇われた分は、まだ返し終わってねえ」

 

「もう十分だ、と言っても聞かねえんだろ」

 

「聞かねえ」

 

バートンは、少しだけ笑った。

 

「なら、残りは預かっとく。次に会う時に、取り立てる。それまで、変な借りを増やすなよ」

 

「利子は付けねえからな」

 

「付けるさ。……生きてろ、それが利子だ。ああ、それと」バートンは、ドアに手をかけたまま振り返った。「今度、組手でもするか。お前は、伸びそうだ」

 

「あんた、弓だろ」

 

「弓だけだと思うなよ。屋上で、お前の蹴りを見た」

 

車の窓が下りて、ナターシャが顔を出した。

 

「その時は、私が相手をするわ。バートンは、手加減が下手だから」

 

「あんたの方が怖えよ!」

 

「手加減はするわ」ナターシャは、にっこり笑った。「たぶん」

 

バートンは、片手を上げて、車に乗り込んだ。ドアが閉まる直前、ナターシャが窓の内側から、エドに小さく手を振った。エドは、ぎこちなく手を挙げ返した。

 

***

 

その夜、エドは、SHIELDが押さえたホテルの一室で、携帯を握っていた。

 

窓の外は、停電で暗い。遠くに、タワーの天辺の灯りだけが、ぽつりと見えた。

 

〈あのオレンジの人、結局、誰だったんだろう〉

 

〈知らねえ。守らなきゃならねえ場所があるとか言ってた〉

 

〈あの惨状より大事な場所って、どこだろう〉

 

〈聞いときゃよかった。……いや、今は後だ〉

 

〈兄さん、電話しなよ〉

 

〈分かってる。待て。今、考えてる〉

 

〈ウィンリィは、もう知ってるよ。ニュースで、流れてた〉

 

〈……だから、困ってんだよ〉

 

番号を押した。三回鳴って、繋がった。

 

『エド!?』

 

「おう。……生きてる」

 

『知ってる! 見てたもん! ニュースに、一瞬映って、すぐ分かった! あの錬成は何、どうしてまたあんな派手なことを、右腕、無事なの!?』

 

「うるせえ。耳が壊れる」

 

『壊れてもいいわよ! ほんとに、もう』

 

ウィンリィの声が、途中で、細くなった。電話の向こうで、鼻をすする音がした。

 

「泣くな」

 

『泣いてない』

 

「泣いてんだろ」

 

『泣いてないってば。……ご飯は、食べたの』

 

「シャワルマ食った。あとで教える。うまかった」

 

『何、それ』

 

エドは、少しだけ黙った。シーツを握った。

 

「ウィンリィ。伝言がある。……コールソンさんから」

 

電話の向こうが、静かになった。

 

「あの人、死んだ。俺の目の前で」

 

『……え』

 

「最後に、あの人が言ってた。謝りに行くって、お前に約束したって。俺を危ない場所に出さない、守れなかったら謝りに行くって。……行けそうにないから、伝えてくれって」

 

『……去年の冬に、来たの』

 

ウィンリィの声は、かすれていた。

 

『ピナコばあちゃんの店に。義肢の部品の件で。あんたが出かけてる間に。あんたには内緒でって、言われてたけど。その時、あたしにだけ、頭を下げたの。エドさんを、危険な場所には出しませんって。あたし、嘘つけって言ったのよ。そんな約束、できるわけないでしょって』

 

「……そうか」

 

『そしたら、あの人、できるだけやりますって。……できるだけ、って言ったのよ。嘘じゃなかった』

 

「うん」

 

『謝らなくていいって、伝えたいのに』

 

ウィンリィの声が、また詰まった。

 

『あんたを、ちゃんと帰してくれたんだから。それでいいって、あの人に、言いたかったのに。もう、言えない』

 

エドは、何も返せなかった。携帯を持つ手が、少し震えていた。

 

「帰ったら、全部話す」エドは言った。「あの人のことも」

 

『……うん。腕、帰ってきたら見せなさい。絶対ひび入ってるから』

 

「入ってねえ」

 

『入ってる! あんたはいつもそうなの! 帰ってきて、ソケットも組むって言ったでしょ!』

 

「帰る。約束した」

 

『もう一回言って』

 

「帰る」

 

電話が切れた。エドは、携帯を額に押し当てて、しばらくそのまま座っていた。

 

次に、短縮の一番上を押した。

 

『……私だ』

 

雨の音が聞こえた。ロイの声は、いつもどおりに眠そうだった。

 

「俺」

 

『ニュースで見たぞ』ロイは言った。『ずいぶん派手にやったな。画面の端に金色の三つ編みが映っていたから、リザが先に気づいた』

 

「怒ってんのか」

 

『怒る資格はない。私が同じ場所にいたら、同じことをする』ロイは、短く笑った。『ただし、会は見ていたと思え。切った相手が、世界中のテレビに映ったんだ。向こうも、何かしら動くだろう』

 

「……だよな」

 

『グレイシア夫人から、さっき電話があった。エリシアがテレビの前で、エドお兄ちゃんだ、と叫んで泣き止まなかったそうだ』

 

エドは、目を丸くした。

 

「あの子、見てたのか」

 

『ああ。顔は、ほとんど映っていない。それでも、分かったらしい』

 

エドは、ベッドの縁に座り直した。喉の奥が、じわりと熱くなった。

 

「……今度、グレイシアさんに電話する」

 

『そうしろ。今日は寝ろ』

 

「子供扱いすんな」

 

『子供は寝ろ、と言っている』

 

電話は、ぶつりと切れた。エドは、舌打ちをして、それからベッドに倒れた。天井の染みが、さっきの店のと、似ていた。

 

***

 

雨の音が、まだ続いていた。

 

ロイは、受話器を置いた。リザが、台所から、湯気の立つカップを二つ持ってきて、片方を机に置いた。

 

二人とも、何も言わなかった。

 

その時、電話が、また鳴った。リザが目で問うた。ロイは頷いて、受話器を取った。

 

「はい」

 

『夜分に、すまないね』

 

低くて、柔らかい声だった。

 

『テレビを見たよ。あの子は、よく働くね』

 

ロイの指が、受話器の縁を、強く掴んだ。

 

「……恐れ入ります」

 

『怒っているわけじゃない。あれだけの力を、あんな大勢の前で出したんだ。いずれ、みんなが知ることになる。……その前に、少し話しておきたいことがある。近いうちに、会えるかな』

 

ロイは、リザの顔を見た。リザは、カップを持ったまま、動かなかった。

 

「……承知しました」

 

『ありがとう。よく休みなさい』

 

電話が切れた。ロイは、受話器を持ったまま、しばらく動かなかった。雨が、窓を叩いていた。

 

***

 

三日後の朝、エドは、タワーから二ブロック離れた交差点に立っていた。

 

あの日、バスと車で屋根を張った場所だった。路面に、屋根の脚の跡が残っている。道路の端には、青いテープが張られ、制服の警官が一人、あくびを噛み殺して立っていた。

 

「あんたが、あの子供かい」

 

警官は、エドを上から下まで眺めた。

 

「ここ、立入禁止なんだがな」

 

「許可は取った。これだ」

 

エドは、ポケットから、ヒルが手配した臨時の通行証を出した。警官は、通行証を何度か裏返して、肩をすくめた。

 

「まあいい。あの屋根を作ったのは、あんただろう。邪魔だから、片付けてくれるのか」

 

「そのつもりで来た」

 

エドは、屋根の脚に、手を当てた。バスの外板。車のフレーム。あの日自分で組んだ鉄だ。ほどくだけなら、難しくない。

 

〈兄さん、車に戻せるの?〉

 

〈無理だ。車は部品が多すぎて、元どおりには作れねえ。材料にして、道の端に寄せる〉

 

〈うん〉

 

両手を打ち合わせて、屋根の脚に叩きつけた。

 

青白い稲妻が走って、鉄の屋根が、ほどけた。大きな鉄板が、縮み、四角い鉄の塊になって、道の端に、順に積み上がっていった。路面が、端から端まで、見通せるようになった。

 

「……片付いたな」

 

警官が呟いた。

 

「片付けただけだ」エドは、膝に手をついた。「車には戻せねえ。持ち主には、悪いことをした」

 

「それで十分だ。あれが邪魔で、撤去の作業車が入れなかったんだ」

 

警官は、意外にあっさりと言った。エドは、少し驚いた。

 

「あの日は、あの屋根で、助かった人もいる。俺の姉の子も、あの下にいたんだ。あんたに会ったら、礼を言ってくれって、頼まれてた」

 

エドは、何か言いかけて、口を閉じた。それから、小さく頷いた。

 

規制線が張られているのは、交差点の中だけだった。その外の通りでは、店主や住人が戻り始めていた。

 

通りを進むと、あちこちに、あの日の跡が残っていた。路面に、材料を取られて凹んだ跡。ビルの壁に、鉄の手の根元。街灯が曲がった電柱。エドは一つずつ歩いて、手を当てた。路面の凹みは、道端に積んだ壁を縮めて、元の石畳に戻す。曲がった街灯は、真っ直ぐに組み直す。壁も足場も、構造は単純だ。どれも、数秒で済んだ。

 

通りの端で、作業服の男たちが、道具を持ったまま立ち尽くしていた。

 

「今の、見たか」

 

「穴が、塞がった……」

 

若い作業員が、携帯を構えた。警官が、その前に手をかざした。

 

「やめろ。撮影禁止だ。上から通達が出てる」

 

「上って、どこの」

 

「俺が知るか」

 

四つ目の角で、ロジャースが、横転した乗用車を一人で起こしていた。盾は背負ったまま、上着だけ作業着に替えている。周りの警官たちが、遠巻きに見ていた。

 

「おはよう、エルリック。警官に頼まれた。力仕事だ」

 

「それ、起こしても直らねえぞ」

 

「持ち主が、中の荷物を取りに来る。倒れたままだと、取りに入れない」ロジャースは、車体をそっと下ろした。「君は、ちゃんと寝たか」

 

「寝た。あんたは」

 

「七十年分、寝たからな。しばらくは、いい」

 

「それ、笑っていいやつか」

 

「俺も、まだ分からない」

 

ロジャースの口の端が、少しだけ上がった。エドは、笑っていいのだと判断して、噴き出した。

 

「次は、あのバスを頼む。君には重いだろう」

 

「誰が小さいって言った!」

 

「言ってない。重いと言った」

 

「同じだ!」

 

ロジャースは、真面目な顔のまま、バスの後ろへ回った。エドは舌打ちをして、前から手を当てた。二人で押すと、バスはずるずると歩道に寄った。

 

「あの日の避難路の話」ロジャースが、前を向いたまま言った。「君が言い出さなければ、俺は指揮を取れなかった。礼を言う」

 

「別に。思いついただけだ」

 

「それでも、ありがとう」

 

「……おう」

 

エドは、バスの外板に額をくっつけて、耳の赤いのを隠した。

 

次のビルの前では、バナーがタブレットを抱えて、壁を見上げていた。

 

壁には、あの日エドが作った鉄の腕が、肘から先を斜めに突き出したまま残っている。バナーは、腕の根元に屈んで、指でつないだ跡をなぞっていた。

 

「おはよう。見せてもらってるよ」

 

「勝手に見んな。恥ずかしいんだ、あれ」

 

「どうして。きれいな仕事だ。外装の層の跡が、揃っている。この壁から取った材料で作った腕だと、見ればすぐ分かる」

 

「そこから取ったんだ。だから、同じ壁に返せる」

 

エドは、腕に手を当てた。指の下に、壁の梁の位置が流れ込んでくる。

 

「でも、足りなくなった分は、戻らねえ。……生き物は、どうなんだ」

 

バナーは、タブレットから顔を上げた。

 

「それは、僕の仕事だ。取った場所に、材料を返す。生き物でそれをやるなら、細胞の再生と同じ種類の問いだと思う。ただ、安全にやるには、まだ足りない物が多い」

 

「足りない物って」

 

「返す先の形を、どこに持たせておくか。……続きは、工房で話そう。メモを取りながら聞きたい」

 

「分かった」

 

両手を打ち合わせて、腕に叩きつけた。稲妻が走って、鉄の腕が壁に吸い込まれていく。壁の外装が、元の継ぎ目の位置に、収まった。

 

バナーは、タブレットに何かを書き留めて、手を振って次のビルへ歩いていった。

 

壁を戻し終えたところで、背広の男が、腕を組んで近づいてきた。

 

「あんたか」

 

男は、エドを睨んだ。

 

「うちのビルの壁に、手を生やしたのは、あんたか」

 

「俺だ」

 

「ガラスは全部割れた。看板も落ちた。保険屋は、錬金術だなんて前例はないから出せないと言ってる。どうしてくれるんだ」

 

「壁は直す。ガラスと看板は、破片が散らばりすぎてて、集めきれねえ」エドは、まっすぐ男を見た。「悪かった。でも、あの時、あの手がなけりゃ、落ちてきた人が一人、死んでた」

 

「それは、そっちの理屈だ! 私の店は、三か月かけて——」

 

「ご主人」

 

女の声が、割り込んだ。

 

隣の花屋の、年配の女性が、バケツを抱えて立っていた。

 

「あんた、あの日、あの子に助けられた人たちの顔、見たのかい。私は見たよ。ここにいる全員が、見た」

 

男は、口を開けたまま、黙った。花屋の女性は、エドの方を向いて、バケツから一本、白い花を抜いた。

 

「持っていきな。あんたにじゃないよ。あの角の壁のところに。まだ、花が少ないんだ」

 

エドは、花を受け取った。茎が、濡れて冷たかった。

 

角まで歩いた。

 

角の壁の手前に、白いチョークの跡が残っている。その手前に、小さな花束がいくつか置かれていた。誰かの写真が、一枚、花の間に立てかけてあった。

 

写真の前に、女の人が、しゃがんでいた。あの日、引きずられていった人だった。

 

エドは、足を止めた。

 

どうすればいい、と、頭が空回りした。詫びるべきなのか。何を詫びるのか。壁を立てたことか。間に合わなかったことか。声が、出なかった。

 

女の人が、顔を上げた。赤いコートに気づいて、目が動いた。

 

「……あなた、あの日の」

 

「……はい」

 

「走り回ってた子でしょう。警官から聞いたわ」

 

「あの人のところには、行けなかった」

 

「ええ。見てた」

 

女の人は、写真に目を戻した。

 

「あの日は、あなたを見て、腹が立ったの。どうして、あっちこっち走れるのに、って。ひどいことを思った。ごめんなさいね」

 

「……いや」

 

エドは、白い花を、写真の前に置いた。手が、少し震えた。

 

「警官が言ってたわ。あなたがいなかったら、この通りは、もっと大勢が死んでいたって」女の人は、写真の縁を指でなぞった。「だから、あの人のことを、あなたのせいにはしない」

 

エドは、何も言えなかった。もう一度だけ、花の前で頭を下げた。

 

***

 

昼前に、スタークが来た。

 

後ろに、ペッパー・ポッツが付いている。

 

「あなたが、エド君ね」

 

「あ、ああ。……はい」

 

「請求書の件だ。この通りの被害は、僕が全部持つ。ビルの外装、ガラス、看板、車。保険屋が渋るなら、僕が保険屋ごと買う。役所にも話は通した」

 

「……は?」

 

「ただし」スタークは、人差し指を立てた。「君が戻せるものは、君が戻す。僕が金で直せるものは、僕が直す。ちょうどいい分担だと思わないか」

 

「俺は、そのつもりだったけど」

 

「それなら話が早い。今日から三日間、君をここに借りたい。フューリーは評議会にこってり絞られていて、いつ戻るか分からない。だから、僕が預かる」

 

エドは、スタークの顔を見た。軽い口調だったが、目だけは、あの夜より、ずっと疲れていた。

 

「……なんで、そこまでやんだ」

 

「僕のタワーが、発端の一つだからだ」スタークは、頭をかいた。「それに、君の作った手に、僕は命を救われた。借りは、返す主義でね」

 

ペッパーが、くすりと笑った。

 

「トニーがご迷惑をかけるわね。ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、無理はしないで」

 

「……はい」

 

エドは、そっぽを向いた。

 

〈兄さん、耳が赤い〉

 

〈うるせえ〉

 

ペッパーが、タワーの方から呼ばれて、先に離れた。スタークだけが、その場に残った。

 

「エド」

 

「なんだよ」

 

「例のカードの件だ」

 

エドは、肩をすくめかけて、やめた。スタークは、道の端の割れたガラスを、爪先で寄せた。

 

「ヒルが、フューリーに突っかかったそうだ。あのカードは、ロッカーにあったんだろうと。……君は、最初から知っていたな」

 

「……上着に、入ってなかった。俺が、確かめた」

 

「それで、黙っていた」

 

「言ったところで、死んだ人は戻ってこねえ。あんたたちも、あれで、まとまっただろ」

 

「そうだな。まとまった」スタークは、否定しなかった。「あの男は、そうやって人を動かす。うまいし、間違ってもいない。……だが、君の前で同じことをやる大人には、気をつけろ。君が気づく側の人間だというのは、使う側から見れば、使い道が広いということだ」

 

「分かってる。本人にも言われた。潰れる奴も多いって」

 

「それなら、潰れるな」スタークは、肩越しに言った。「言いたくなったら先に僕に言えと言ったのを、覚えてるか。あれは、今も有効だ」

 

「……覚えてる」

 

スタークは、ひらひらと手を振って、タワーの方へ歩いていった。

 

***

 

昼過ぎ、エドは、通りの角のデリで、遅い昼食を取っていた。

 

壁に付けられた小さなテレビが、ニュースを流している。リポーターが、廃墟になりかけた通りの前で、市民にマイクを向けていた。

 

『あなたも、戦いを見ましたか』

 

『見たよ』画面の中で、男の子が、母親の腕の中から身を乗り出していた。バスの窓にしがみついていた、あの子だった。『赤いコートのお兄ちゃんが、助けてくれたの。手を叩いたら、バスが開いたの』

 

『お兄ちゃん? 何か、名乗っていましたか?』

 

『うん、錬金術師だって言ってた! 右手が金属で、ロボットみたいなの!』

 

『金属の腕の、錬金術師……』

 

リポーターは、少し考えてから、カメラに向き直った。

 

『さしずめ、「鋼の錬金術師」といったところでしょうか。そんな人物が、あの日、街にいたようです』

 

画面の下に、字幕が出た。鋼の錬金術師(フルメタル・アルケミスト)。

 

エドは、サンドイッチを喉に詰まらせた。

 

「おい、ちょっと待て! なんでそうなるんだよ! 誰が付けた、その名前!」

 

「あんたの名前じゃないのかい」

 

カウンターの奥から、店主が、のんびりと言った。

 

「あんたのことだろう? あの日、この辺りで、散々見たよ。腕が鉄の、赤いコートの子供」

 

「勝手に付けんな!」

 

エドは、立ち上がった。それから、ふと、あの日のあの子を思い出して、座り直した。

 

〈兄さん、その名前……〉

 

〈ああ。会の連中が付けた二つ名と、同じだ。なんでよりによって、それになるんだよ〉

 

〈偶然だよ。たぶん〉

 

〈……たぶん、な〉

 

向かいの席に、トレイを持った女が座った。ヒルだった。コートの裾に、乾いた埃がついている。

 

「ここにいると聞いたわ」

 

「フューリーは」

 

「評議会。いつ戻るか分からないから、私が代わり」ヒルは、テレビの字幕を顎で指した。「あれは、止められない。バスの子が言った通りの形で広まってる」

 

「あいつは子供だ」

 

「あなたも未成年よ」ヒルは、表情を変えずに続けた。「報告書の話をするわ。あの力の部分は、スターク社の試作機材による現場対応、という表紙にする。中身の記録は、今までどおり、SHIELDの中だけ」

 

「嘘を書くのかよ」

 

「表紙だけ。世間向けのね」ヒルは、コーヒーに口をつけた。「あなたの顔は出さない。写真が出たら、こちらで潰す。……ただ、名前の方は、もう私たちには手が出せない」

 

「……分かった」

 

「それと、上院の何人かが、あなたの名前を出してる。手を合わせるだけで、街を作り替える子供。……彼らにとっては、英雄より先に、脅威なのよ」

 

「俺は、直してるだけだ」

 

「それが、いちばん怖いの」ヒルは、コーヒーを置いた。「会う必要が出たら、私が先に言う」

 

「……分かった」

 

「通行証は、三日分更新しておいた。壊した分は戻して、戻せない分はスターク社に回すこと。それだけ守って」

 

「分かってる」

 

エドは、サンドイッチの残りを口に押し込んだ。それから、財布を出して、会計をしようとした。店主が手を振った。

 

「今日は、あんたのは取らない。この通りの店は、みんなそうしてる」

 

「……いいのかよ」

 

「いいから、さっさと食って、働いてきな」

 

エドは、一つ頷いて、店を出た。

 

通りの向こうで、避難用に伸ばした足場が、ビルの壁から突き出したままだった。あの日のままだ。足場をほどいて、ガラスはスタークの手配に任せて、それから次の通りだ。やることは、まだ山ほどあった。

 

エドは、手袋を直して、その足場に向かって歩き出した。

 

***

 

その夜、暗い会議室で、スーツの男が一人、録画を見ていた。

 

画面には、ビルの壁から鉄の腕が伸びて、落ちてくる鎧を受け止める映像が流れている。男は、巻き戻して、もう一度、同じ場面を見た。

 

「素手で触れただけで、ビルが腕になる。あれは技術じゃない。兵器だ」

 

隣で控えていた部下が、手帳を開いた。

 

「SHIELDの協力者、としか。長官が、情報を止めています」

 

「止めているのは、長官の判断か」

 

部下は、答えなかった。男は、映像を止めた。壁の腕で止まった画面を、しばらく眺めてから、立ち上がった。

 

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ラクーン事件を皮切りに行く先々でバイオ事件に遭遇する男の話。▼第一章はRe2の事件。▼第二章は28日後の事件。▼第三章はRe4の事件。▼第四章は学園黙示録の事件(東京限定)。▼第五章はバイオ6の事件。▼第六章はBLOODY MONDAY(漫画) 1stシーズンの事件。▼全十章の予定。▼他のゾンビやウイルスに関連した作品をバイオ世界の局地的バイオ事件としてクロ…


総合評価:2749/評価:8.72/連載:109話/更新日時:2026年10月03日(土) 22:16 小説情報

変身せよ、強き自分へ 臆病者は変われるか?(作者:カフェイン中毒)(原作:MARVEL)

 生まれ変わった臆病者が自分の力に向き合い、変わっていく話


総合評価:25794/評価:9.03/連載:25話/更新日時:2026年10月10日(土) 21:04 小説情報


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