あなたの友達のことを書いてください。あとでお話を聞くことがあります 作:うちっち
「滝口も一時期、入院はしてたけどな。そのあと学校にも戻ってきて、普通に卒業したよ」
僕と名取川さんは、顔を見合わせた。
「この作文、写真を撮らせていただいてもいいですか」
名取川さんが聞いた。
用務員さんは少し迷ってから、そのページだけなら、と許してくれた。名取川さんが四冊とも順に撮っていく。シャッターの音が、誰もいない資料室に四回響いた。
「相模も、これを見たんですか」
僕が聞くと、用務員さんはうなずいた。
「見たよ。滝口のことを教えたら、何度かまた来るようになってな。女の子を見た場所とか、ほかに見たやつはいなかったかとか、ずいぶん聞かれた」
「教室以外にもいたんですか」
「廊下で見たって話もあったし、学校の外で見たって子もいたと思うけどなあ。昔の話だから、そこまでは覚えてないよ」
学校の外。
白井の作文には、家にも来ると書いてあった。
相模は、ここまでは知っていた。そして、滝口さんが生きていることも。
あいつがその先をどこまで調べたのかは分からない。でも、次に調べることは決まった。
外に出ると、すっかり暗くなっていた。
仮設校舎の窓にはまだいくつか明かりが残っていて、昼間より冷たくなった風が校門の前を抜けていく。用務員さんは校門まで送ってくれて、気をつけて帰れよ、と言って戻っていった。
門を出たところで、僕は一度振り返った。
旧校舎は、もう明かりが一つも入っていなかった。壁も窓もひとつながりの黒い面になっていて、三階がどこからなのかも、はっきりしなかった。
バス停までの道を歩きながら、僕は頭の中を整理する。
四年生のときに「お姉さん」の作文を書いた子が、四人いる。四年続けて、一人ずつ。時系列順に並べるとこうだ。
(1)大塚……五年生のときに死亡。
家の火事。
乱暴で、親もよく学校に来ていた
(2)笠原……六年生のときに死亡。
屋上から転落。
人の物を借りたまま返さない。
よく揉めていた。
(3)白井……五年生のときに死亡。
病死。
放課後、一人で教室に残っていた
(4)滝口……五年生のときに入院?
生存。
気が強く、よく男子と喧嘩していた
そのほかに、作文は残っていないけれど、相模が訃報に線を引いていた人がもう一人いる。山の池で溺れた中学三年生。学校も学年も違うし、作文も書いていない。同じ列に並べていいのかどうかは、分からない。
並べてみても、共通点らしいものは見つからなかった。乱暴な子と、物を返さない子と、おとなしい子と、気の強い子。性格もばらばらだ。
ただ、一つだけはっきりしていることがある。
四人のうち三人が死んで、一人だけ生きている。
その一人に会えば、 何が違ったのかが分かるかもしれない。白井さんたちと滝口さんは、いったい……何が違ったのか。
「滝口さんに、話を聞こう」
隣を見ると、名取川さんは俯いて歩いていた。
「名取川さん?」
「……私が、あそこまでついてきてもらったせいです」
袖を掴んだ手が、まだ少し震えているように見えた。
トイレについてこようがこまいが、あの登場の仕方なら僕はあの子に会っていた可能性が高いので、名取川さんが気にする必要なんてこれっぽっちもないと思うのだが、それを言うと怒られそうだった。
「それはもういいって。逆だったら僕も出てたと思うし」
「でも」
「そんなことより、名取川さんはまず自分の心配をするべきだよ」
真剣に忠告したら、泣きながらひっぱたかれた。痛かった。
帰りの電車は空いていた。
向かい合わせの座席に座って窓の外を眺めていると、暗い田んぼの向こうを家の明かりがぽつぽつと流れていく。
「……今、一番大事なものって、何ですか」
向かいから突然聞かれた。
仕事は大事だし、家族だってもちろん大事だ。友達も大事である。おお。3つもある。一番ね。大事なものトーナメントを開催してみたものの、出場者が三組しかいないうえ、そもそも何を競わせればいいのか分からない。
「……ないですか」
黙って考えていたせいで、名取川さんが少し不安そうな顔になった。なんでなんだ。僕には大事なものがそんなにないように見えるのか。
「友達は大事」
そう答えると、名取川さんはしばらく僕の顔を見ていた。また何かを確かめているらしい。
やがて、彼女は小さく笑った。
「よかった」
何がよかったのか聞こうと思ったけれど、結局聞かなかった。
そして、全員が再び揃う日がやってきた。
郷土史と訃報通知の詳細を、伊藤と杉浦が調べてくれるはずだから、そちらの情報も気になる。また、滝口さんと連絡を取りたいので、地元組に相談したいところ。
10月も終わりに差し掛かり、いよいよ冬の気配が本格的に漂い始めているが、まだまだ日中はあったかいのが救いだった。
前回の反省を生かして30分前にはファミレスに入る。これでビリはないはず。しかし、意気揚々と案内された席に行くと、既にそこには名取川さんと杉浦がいた。マジか君たち、どんだけ暇なんだ。
「ごめんお待たせ、遅くなった」
「いやいやまだ30分前だから」
「今がまだ30分前だという自覚はあったんだ、2人とも早いね」
見回して、名取川さんを見てちょっと手を振る。この前はどうも。
しかしその名取川さんは、なぜかちょっぴり目が赤かった。
「名取川さんが杉浦にいびられて泣いてる……!」
「はあ? ちょっと、私がそんなことするわけないでしょ!」
と話してる僕と杉浦の間で、名取川さんがあわあわしている。
「いびられてないです」
「じゃあ、どうしたの? 悲しいことでもあった?」
「まあいいじゃない。座って、あんたは何か飲み物でも頼みなさい」
杉浦があからさまに話をそらしてくる。まあ、杉浦の判断能力は信頼してるから。心配ではあるけど、名取川さんの方をちらっと見ると、大丈夫、というように手を振っていたので、まあよしとする。
「おまたせ! お、今日は俺が最後か、悪い悪い」
約束の時間の5分くらい前に伊藤が姿を見せる。
料理を注文し終わり、店員が向こうに去っていくのを確認しながら、伊藤が切り出す。
「まずは俺らからかな。記録として残っていることをまず共有して、それが地元でどういう話になっているかを聞いたほうが分かりやすい。そのあと現地組の話、だな」
「じゃあ、訃報通知、新聞の方から」
杉浦が鞄からクリアファイルを取り出した。差し出されたコピーには、新聞の一部分が拡大されていた。
「訃報の日付から前後の新聞を調べたんだけど、大塚さんの家の火事は、全国紙にも載ってた。原因は不審火ということになってる」
……不審火。僕はまず、コピーに目を通した。
【住宅全焼、家族4人死亡 焼け跡から灯油成分】
『午前1時ごろ、大塚さん方から出火。住宅1棟が全焼し、焼け跡から家族4人の遺体が見つかった。県警によると、焼け跡の複数箇所から新聞紙とみられる燃え残りが見つかり、灯油の成分が検出された。火は短時間で建物全体に燃え広がったとみられ、県警は放火と失火の両面から出火原因を調べている。』
僕は読み終えて、隣の名取川さんへ紙をずらした。
「灯油を染み込ませた新聞紙って……これ、放火じゃないの?」
「断定できる証拠は得られなかったみたい。同じような事件も前後に起きてなくて」
「深夜一時に、灯油が勝手に燃えるもんなのか? っと、火事の話なら、俺が近所の人たちから聞いたことも先に言っていいか」
杉浦がうなずくと、伊藤は記事をこちらへ向けたまま続けた。
「近所の人にも、警察が何度も聞き込みに来たんだって。大塚の家は親子とも周りと揉めることが多かったらしいけど、火事に関係ありそうな話は、俺が聞いた中にはなかった」
「そういえば用務員さんも、親がよく学校に来てたって言ってたよ」
「それで、新聞紙なんだけど」
伊藤が少し声を落とした。
「警察の人から聞いたって話だから、又聞きになるけどさ。灯油の染みた新聞紙が、床下に敷き詰められてた形跡があるんだって」
「床下?」
「そう。びっしり。ただ、すごい勢いで燃えちゃったから、残ってる証拠が少なくて、難しかったんだと」
僕は記事を見直した。こちらには、複数箇所、としか書いていなかった。
「でもさ、これが幽霊の仕業だとしたら、灯油使うの? 呪いで火がつくとかじゃなくて、新聞紙に染み込ませて、床下に並べるわけ?」
確かに、ずいぶん手間のかかる話だった。床下なんて、きれいでも広くもないだろう。土の上に肘や膝をつき、新聞紙を先へ押しやって、少し這って、また押しやって。
そこまで考えたところで、誰かが四つん這いになっているイメージが、あの女の子になった。
白い襟のある、濃い色の制服。
おかっぱの髪が頬へ垂れ、膝をついたまま、床下で懸命に新聞紙を広げている。灯油で湿った紙は、端を持ち上げると重たそうに垂れた。それを土の上へ伸ばし、小さな手のひらで押さえる。
頭のすぐ上には床板があった。
その上で誰かが歩けば、音がするのだろう。
女の子は笑っていた。
狭くても、あの子なら困らないのかもしれない。閉まった教室の戸の向こうへ、そのまま消えていったのだから。
ふと、俯いていた顔が、こちらを向いた。
頭が上の木につかえるせいで、首だけを横へ傾けていた。頬に垂れた髪の間から、両目がこちらを見ている。笑顔のままで。
彼女は、僕が見返している間、一度も瞬きをしなかった。
「……どうした?」
伊藤の声で、僕は顔を上げた。
テーブルにコピーがあり、水のコップがあった。向こうの席から、食器の触れ合う音が聞こえていた。
「いや。床下って、嫌だなと思って」
伊藤が顔をしかめてうなずく。僕はコップを取り、水を一口飲んだ。
自分で想像しただけなのに……最後は目が合った。
僕の頭の中でくらい、こっちが見ていることに気づかないでほしいものだ。