あなたの友達のことを書いてください。あとでお話を聞くことがあります   作:うちっち

12 / 12
絵日記と、自動販売機

「それで、そっちはどうだったんだよ。学校、入れたんだろ?」

「うん。名取川さんのおかげで。用務員さんにも、いろいろ教えてもらえた」

 

 僕らは、学校であったことを話した。

 女の子が廊下に現れたところで、伊藤が一度、待って、と言った。顔を両手でこすってから続きを促されたので、名取川さんが写真を撮ったこと、女の子が閉まった教室の戸の向こうへ消えたことを話した。

 

 資料室の話になると、杉浦は名取川さんからカメラを受け取り、四人の作文を順に確認した。伊藤の皿には、まだサラダが半分ほど残っていた。

 

「……それ、やばいんじゃないの。見た子が、三人も死んでるんだろ?」

「だから、生きてる人に話を聞きたいんだ。この滝口さんって、連絡取れないかな」

「四人目の子ね」

「そう。入院はしたけど、学校に戻ってきて、普通に卒業したって」

「滝口って、下の名前は?」

 

 杉浦が画面を戻して名前を読み上げると、伊藤は携帯電話に打ち込んだ。

 

「その学年なら、何人か知り合いがいるから聞いてみる」

「私も当たってみるわ。本人に話を聞けるかどうかは、そのあとね」

「ありがとう。助かる」

「それと、何かあったらちゃんと言ってよ」

 

 僕がうなずくと、杉浦は名取川さんにも目を向けた。彼女も小さくうなずいた。

 

 

 

 

 

「写真、俺にも見せて。女の子を撮ったやつ」

 

 名取川さんが画面を切り替えて渡した。伊藤はカメラを顔へ近づけ、廊下の写真を見た。

 

「この辺?」

「うん」

「何もいないな」

「だから、写らなかったって言ったじゃん」

「いや、そうなんだけどさ」

 

 伊藤はもう一度画面を確かめてから、カメラを返した。

 

「それで描いてたのかな、相模も」

「描いてた?」

「おばさんから借りてきたものがあるんだよ。片づけてたら出てきたって」

 

 

 

 

 伊藤が鞄からノートを取り出した。薄い青の表紙で、右下の角が折れている。表紙には名前も題もなく、伊藤が開いたページの上に、日付だけが書かれていた。

 

 その下に、鉛筆で教室が描いてあった。

 

 机がいくつか並び、奥に窓がある。机の脚は途中で途切れ、窓枠も定規を使わずに引いたらしく、少し斜めになっていた。窓の外に、女の子が立っている。

 

 髪は顎のあたりまで。横に小さな髪留めがあり、濃く塗った服に、襟だけ白く残されていた。

 

「この子?」

「……はい」

 

 名取川さんも、隣から覗いていた。

 

 

 

 

 窓や机は線が一本ずつなのに、女の子の目のところだけ、何度も鉛筆を重ねた跡があった。消して描き直したらしく、顔の周りが薄く汚れている。口は短い曲線で、笑っていた。

 

 絵の下に、相模の字があった。

 

『窓の外に女の子がいた。三階なのに』

 

 

 

 

 ページをめくる。

 

 日付が変わっていた。今度は廊下で、奥に階段が描かれている。女の子はその手前に立っていた。足元まで描いてあるのに、床の線が靴を避けず、そのまま横切っている。

 

『今日もいた。帰るときも、廊下の向こうに立ってた』

 

 

 

 

 次も、その次も、女の子がいた。

 

 一枚だけ、相模も描かれていた。女の子の隣に立って、こちらを向いている。目と口が短い線で引いてあるだけだったが、笑っていた。女の子も笑っていた。

 

 顔を描き損ねたところには消しゴムをかけ、服や背景は途中でやめている。机の脚が一本だけ、窓枠の縦線だけ、壁のつもりらしい短い線が二本。それでも、どのページでも、目は正面を向いていた。

 

 

 

 

 

 紙をめくるたび、別の場所に立った同じ顔が出てくる。

 

『今日もいた』

 

『今日もいた』

 

「結構、会ってたんだね」

 

 返事はなかった。伊藤も黙って僕の手元を見ていた。

 

 

 やがて、学校とは違う部屋が描かれたページが出てきて、指が止まる。

 

 

 

 

 

 手前に机の角があり、その向こうに女の子が立っている。背後には本棚があった。棚の上段に横倒しの本が重なり、その隣に、丸い時計らしいものが置かれていた。

 

 相模の部屋だ。

 

『部屋にいた。どうやって入ったんだろう』

 

 

 

 

 名取川さんがノートの端に触れた。最初の方へ戻すように指を動かしたので、窓の絵を開く。彼女は窓枠を指し、それから、さっきのページへ戻した。

 

 机の端に、指が止まった。

 

「……近くなってる?」

 

 名取川さんはうなずいた。

 

 

 

 

 僕は日付を確かめながら、もう一度めくった。最初は窓の外。廊下では向こうの端にいた。それが、何枚か後には机の向こうに立っている。

 

 

 

 

『きょうもいた』

 

 

 

 

 最後に絵があったのは、七月二十四日のページだった。

 

 

 

 

 女の子の顔が大きく描かれていた。額のあたりで紙の上端に届いている。肩から下はない。机も、窓も、壁もなかった。この一枚だけ、背景が白いままだった。

 

 顔の下に、横線が一本引いてあった。右端で折れて、縦に続いている。その内側には、丸を重ねたような形があった。

 

 僕はノートを少し持ち上げた。

 

 指だった。相模が、机の上に置いた自分の手を描いていた。

 顔は、その手の真上にあった。

 

 

 

 

『目の前にいた』

 

 

 

 

 それだけだった。

 

 

 

 

 

 次のページは白かった。二、三枚めくっても何もなく、僕は最後の絵へ戻した。

 

 七月二十四日。

 

「相模が死んだのって」

「二十五日よ」

 

 杉浦が答えた。

 

 

 

 僕は開いていたページを閉じた。薄い青の表紙に戻ると、ノートは伊藤が鞄から出したときと同じように、テーブルの上に収まった。

 

「お前ら、どのくらい近くで見たんだよ」

「学校では、廊下の……何メートルくらいだったかな」

 

 僕はさっき、女の子がいたボックス席へ目線をやった。ここからだいたい4メートルくらい。確かに、廊下で見た時より近づいてるな……。

 

 

 

「とにかく、もう学校には行くなよ。おいどこ見てんだ」

 

 伊藤が怪訝な顔で、ボックス席のあたりを振り返る。それから名取川さんにも顔を向けた。

 

「いいか。わざわざ近づくことないだろ」

「うん分かった」

 

 僕はとりあえず真面目な顔で返事をする。

 名取川さんも、引きつった顔のまま、黙ってうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、滝口さんと連絡が取れたらまた集まることにして、店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌週の日曜日、僕は一人で学校へ向かった。相模の写真に写っていた屋敷跡を見て、学校の向かいの家を訪ねるつもりだった。学校に行ったらダメとは言われたが、ギリギリ学校ではない。それに喫茶店だろうが相模の家だろうがやってくる相手なのだ。学校を避けている意味はあんまりない気がする。でも怒られそうなので内緒で来た。

 

 

 滝口さんのことは、まだ返事を待っている。伊藤からは、同級生に聞いているところだと連絡があった。

 

 名取川さんからは「この週末はどこに行きます?」と聞かれたので、「やりたい仕事が溜まっているのでそっちを片付けるよ」と返信しておいた。嘘じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 駅前を抜け、学校へ続く坂に入る。道沿いの生垣から枯れ葉が落ち、側溝の蓋に引っ掛かっている。坂の途中で上着の前を開けると、首元へ冷たい風が入ってきた。

 

 校門は閉まっていた。

 

 門扉の向こうに、誰もいないグラウンドが広がっている。僕は校門の前を通り過ぎ、道路の反対側へ目を向けた。

 

 

 

 夢で見たのと同じ、自販機があった。

 

 電柱の脇に立ち、隣家の生垣から伸びた枝が側面に触れている。自販機の隣から、草の生えた広い空き地が奥へ続いていた。

 

 

 

 

 車が一台通り過ぎるのを待って、道路を渡った。自販機の前に立つと、低い機械音が聞こえた。

 

 商品窓には、赤い缶や青い缶、透明なペットボトルが並んでいた。僕は少しかがみ、飲み物の下へ顔を近づけた。

 

 

 端まで見てから、下の段も確かめた。どの商品にも値段が表示されていた。「あなたを見ている」とは、書いて、いない。

 

 

 

 

 

 

 

 僕は自販機から離れ、空き地の方へ回った。

 

 道路際の草は短く刈られていたが、奥へ行くほど深くなっていた。隣家との境には低い塀が残り、その向こうに物置の屋根が見える。草の間に石やコンクリートのかけらはあったものの、建物の形が分かるほどまとまってはいなかった。

 

 

 

 

 ガサガサと、紙の擦れる音がした。

 自販機の陰になっていたところで、老人が腰をかがめていた。茶色の上着に、灰色のズボン。足元には新聞紙と、二つの花束が置かれている。

 

 

 老人は地面の容器から古い花を抜き、新しい花を挿していた。白と黄色の花の間に指を入れ、茎の向きを少しずつ変えている。抜いた方の花は茶色く縮れ、新聞紙の上に花びらが落ちていた。

 

 花を直し終えると、老人は膝に手をついて身体を起こした。腰を伸ばしてから、足元の新聞紙と古い花を拾い上げる。

 

 

 

 

「あの、すみません。向かいのお宅の方ですか」

 

 老人がこちらを向いた。白い髪は薄く、上着の襟から出た首に深い皺があった。

 

「話すことはないよ」

 

 老人は古い花を新聞紙で包みながら、僕の方へ歩いてきた。僕が脇へ退くと、そのまま横を通り過ぎようとした。

 

「すみません。学校で見た女の子のことが、何か分かるかと思って来たんです」

 

 

 

 老人の足が止まった。

 

「おかっぱで、髪留めをつけた子です。白い襟の、濃い色の服を着てました」

 

 老人が振り返り、僕の顔を見た。

 

「どこで」

「三階の、四年一組の前です。話しかけても返事はなかったんですけど、僕を見て、ずっと笑ってました」

 

 

 

 老人の唇がわずかに開き、また閉じた。僕の顔を見たまま、花を包む手が止まっていた。新聞紙からはみ出した枯れ葉が、風に揺れて乾いた音を立てた。

 

 

 しばらくして、老人は目を伏せた。枯れ葉を紙の内側へ押し込み、端を折り畳んでから顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついてきなさい」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

後輩ちゃん、怪異を連れてくるのはもうやめて(作者:笑石)(オリジナル:現代/コメディ)

▼祠を壊した時に出てきた怪異に女の子にされちゃった先輩が、祠を壊した後輩が引き寄せるホラー展開に巻き込まれて困る話。


総合評価:1442/評価:8.76/連載:17話/更新日時:2026年10月12日(月) 18:26 小説情報

TS転生したし病弱系ヒロインになりてぇ!! なった!!!(作者:燕目)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

その男は病弱系ヒロインというものを愛していた。▼今際の際までそんな存在になりたいとさえ思っていた。▼そんな男がTS転生したら?なるしかないだろ病弱系ヒロイン(健康体)に……!▼※折角キリが良いところまで書けたので他の作品と同じくカクヨムにも投げてみました。▼ まあ、メインはハーメルンなため今後もこっちが先行しますし、あっちを見る意味は特にないです。


総合評価:5762/評価:8.73/短編:23話/更新日時:2026年10月08日(木) 12:43 小説情報

元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです(作者:黄金りんね)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

聖女は命を引き換えに世界を救った。▼しかし、女神も、仲間もそんな結末は認めなかった。▼自分の過ちと向き合え、と世界に放り出されたは良いものの。▼何一つ理解していない聖女は、その地位を失ってなお――。▼自分の価値を理解できなかった少女が、今生でゆっくり「分からされる」お話。▼「で、でも――私は力と地位がなければ、ただのゴミですよ?」▼「これは教育やろなぁ……」…


総合評価:7100/評価:8.85/連載:16話/更新日時:2026年10月08日(木) 23:46 小説情報

学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど(作者:IXAハーメルン)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

魔王が滅びて数百年、世界はめまぐるしい発展を遂げた。▼かつて対魔族の戦闘員を養成する魔術学院は、今や貴族などの箔付のために使われる場所と化している。▼そんな王立魔術学院にて勇者の血を引くオレ、セラフィリア・スタンレイは――絶賛いじめられていた!▼貧弱すぎる体、ガガンボ以下の体力、パスタのほうがまだ太い筋肉、勇者の血を引いているとは思えないほどあまりに雑魚すぎ…


総合評価:8222/評価:8.5/連載:79話/更新日時:2026年10月11日(日) 02:39 小説情報

転生したらTSして悪魔になったので、ロールプレイします(作者:メスシリンダーガキ)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

俺は平凡なサラリーマン、ある日なんか異世界に転生して、なぜか女悪魔になってしまっていた。▼だから、せっかくなのでロールプレイを楽しみます。▼なんか天秤の悪魔って呼ばれるようになりました。


総合評価:18977/評価:8.69/短編:39話/更新日時:2026年10月03日(土) 20:24 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>