あなたの友達のことを書いてください。あとでお話を聞くことがあります   作:うちっち

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こちら、本日2話目です。先に投稿された1話がありますので、まだの方はそちらからお読みください。


小学校の時の作文集。

 ……詐欺、窃盗、窃盗、覚醒剤取締法違反、覚醒剤取締法違反、殺人……。

 

 

 僕は、ちょっと珍しい場所で働いている。刑務所だ。といっても看守である刑務官ではなく、出る先を調整する係なので、面接以外で受刑者の彼らと接することはほぼない。

 

 自分の机に積んである書類をめくる。1人1人の犯罪歴、成育歴、心身の特徴などがつらつら書いてあり、それぞれがこれまで歩んできた人生が短くまとめられている。彼らがここを出た後にどうするかを一緒に考えるのが、今の僕の仕事だった。

 

 灰色のスチール机が並ぶ事務室は、窓が小さく、時折遠くで鉄の扉が閉まる重い音がする。次の面接の相手の書類をチェックしながら、「相模の人生には僕らはどのくらいの分量で書かれていたのだろう」とふと思う。

 

 

 

 すると、視界の端で、ボールペンが振られているのに気づく。隣の席の一つ上の先輩が、椅子ごと体を傾けて、こちらをのぞき込んでいた。

 

「何考えこんでるの?」

「いえ、何でも」

 

 相模の葬式が終わった後、なんとなしに解散してから、既に一か月以上がたっていた。四十九日を終えた相模の家で形見分けをしてもらえるということで、今週末に再び田舎へ出かける予定になっている。

 

 僕はまだ、気持ちの整理をつけられずにいた。整理がつかないまま、悲しい気持ちだけが風化していくのを感じて、それが何となく嫌だった。みんなもそうなのだろうか。せっかくまた顔を合わせるんだし、今週末にそれとなく聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

「あっつい……」

 

 電車を降りてホームに立った瞬間、むっとした空気に包まれ、思わず口に出る。もう九月も半ばに入ったというのに、田舎はまだまだ夏の真っ最中なようだった。ただ、蝉の声はいつの間にかツクツクボウシに変わっていて、それだけが季節の進みを教えてくれている。

 

 ここに住んでいた小学生の頃は、暑くてもそんなに不満を持った覚えはなかった。僕が夏を嫌いになったのは、いつごろからだっただろう。

 

 

 

 

 

 相模の家は、商店街の外れにある古い酒屋だった。店先にはビールケースが積まれていて、シャッターは半分だけ下ろされている。ガラス戸には「しばらく休業いたします」と手書きの紙が貼られていた。

 

 裏手の玄関から声をかけると、小柄なお母さんが出てきてくれた。目元が、相模によく似ている。もう僕以外はみんな来ているとのこと。仏間で手を合わせると、遺影の相模は、去年の集まりのときと同じ顔で笑っていた。

 

 

 

 

 

 相模の部屋は、二階の六畳の和室だった。通りに面した窓が一つ。子どもの頃から使っているらしい学習机と、壁一面の本棚、畳まれた布団。壁のカレンダーは七月のままめくられていなかった。

 

「……形見分けってことで、だいたい部屋はそのままにしてあるらしいから、好きなものを持って行っていいって。ただし、何を持っていくかは親御さんに申告すること。夕方までゆっくり選んでいいって許可はもらってる」

 

 杉浦が既に家族の人と話をしていたらしく、まとめて説明してくれた。さすが、社会人としての常識を僕らの中で最も持ち合わせている人間なだけある。うん。

 

「今、俺らに対して失礼なこと考えなかった?」

 

 伊藤が怖いことをささやいてくるが、聞こえないふりをした。

 

 

 

 

 

 さて、形見分けってどういうものがいいのかな、謎だね。本棚から学習机へ、学習机から畳まれた布団へと目を移すが、さっぱり見当がつかない。とりあえず布団が対象ではないことはわかる。

 

 

 ふと、名取川さんがこちらをのぞき込んでいるのに気づいた。彼女も今日は参加できたらしい。目が合うと、彼女は何やら手元のタブレットを操作し、少しして、すっと目の前にそれが黙って差し出された。「形見分けとは」というページが表示されている。

 

 なるほど、故人が普段使っていたものを譲り受けることが多い……?

 

「なるほど。ありがとう」

 

 名取川さんは僕の顔を見て、小さくうなずいた。

 

 

 

 

 今日の名取川さんは、珍しく、きちんとした格好をしていた。落ち着いた紺色のワンピース。肩より少し下で切りそろえた髪を、耳にかけている。畳の上に膝をそろえて座っても、まだ小さい。立てば僕の肩にも届かない人だ。

 

 僕が画面を読んでいる間に、彼女は膝の上のスケッチブックに鉛筆を走らせ始めていた。小学校のころからそうだったし、大人になってからもそうだった。彼女は何も言わないまま、いつも何か絵を描いている。

 

 今も視線は部屋のどこかに向いていて、手だけが別の生き物みたいに動いていた。握っているのは、めちゃくちゃ芯を長く削った鉛筆。折れないのかな、あれ。

 

 

 

 

「名取川、ちゃんとした格好もできたんだな」

「できますよ?」

 

 名取川さんが表情を変えずに、顔を上げた。黙っていると人形みたいに見える、整った顔。昔からそうだった。そして、彼女は再び視線を手元に落とした。鉛筆が再びさっさっとと動き始める。

 

「当たり前なこと言わないの」

 

 杉浦が切って捨てた。名取川さんは手を止めずに、何も聞こえなかったような涼しい顔をしている。

 

 しかし、形見分けね。普段使っていたもの。

 部屋がそのままだから、なんだかあさるみたいで気が引けるな……。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず本棚から本を取り出し、適当にぱらぱらめくってみる。本好きだし。形見としても手頃なんじゃないかな。

 

 しかし、相模の本棚は、マンガ以外は時代小説が主で、ミステリー好きの僕の琴線には触れないものばかりだった。どれも背表紙が日に焼けていて、何度も読み返されたらしく、角が丸くなっている。

 

 あとは、……郷土史? 地元についての歴史の本がいくつか。箱入りの、分厚い本だった。あいつの郷土愛はどうやら本物だったらしい。付箋がついているところを見ると、飾ってあるだけではなく、きちんと中も読んでいたようだ。僕はあんまり郷土愛自体はないから、これはパスかな。次。

 

 

 

 

 

 本棚の隅に、薄い冊子が二冊、差し込まれているのが目について、手に取ってみた。小学校の時の文集だった。

 

 うちの小学校では、四年生のときに全員が作文を書き、それを文集にまとめる風習(?)があった。葬式のあとにも話に出た、あれ。画用紙の表紙はすっかり色あせていて、ホチキスの針が錆びかけている。郷土愛があって、物持ちのいいやつ。僕の中での相模の評価が、本棚を見るだけでどんどん上がっていく。

 

 でも、なんで二冊あるんだろう?

 

 表紙を見比べると、一つは僕らより二個上の学年のものらしかった。こちらのほうが、紙がひとまわり黄ばんでいる。そういえば葬式で挨拶したな、二個上のお兄さん。たぶん、あの人のだろう。なんで並べてるかはわからなかったけれど。

 

 それより、小学校四年生の自分がどんな文章を書いていたか、そっちが気になった。

 

 

 

 

 

 畳の上に腰を下ろして、ページをめくる。手書きの原稿をそのままコピーしたらしく、ところどころ鉛筆の消し跡まで写っていた。どれどれ。小学4年生の僕はいったいどんな高尚なことを考えていたのかなっと。

 

 

 

『友達のことを書きます。ぼくが仲がいいのは、さがみ君と伊藤君です。さがみ君は、この前の予防注射のときに怖がって校庭まで走っていきました。徒競走のときとかより、そのときが一番足が速かったような気がして、すごいと思いました。そのはやさをマラソン大会でもっと出せばよかったのに。伊藤君は……』

 

 

 

 ……うわぁ。僕って全然成長してない。杉浦の言っていた通りだった。

 

 

 

 

 共通の題名は「私の友達」。相模と伊藤の文章には、僕のことも書いてあって、結構嬉しい。というか、ここに出てこないってことは、杉浦や名取川さんとはまだ友達じゃなかったのか。あんまり覚えてないな。五年生以降は仲良くしていたような気がするんだけど……。

 

 

 懐かしく思って文集をぱらぱらとめくっていると、付箋のついたページがあった。黄色い付箋が、紙の端から少し飛び出している。なんとなく気になり、そっと開いてみた。

 

 ……白井? ……誰だっけ?

 

 

 

 

 

 小さくて、丁寧な字だった。

 

『窓の外にいるお姉さんと最近よく会うようになりました。よく教室の後ろの窓の向こうに立っていて、私の話を何でも聞いてくれます。私の話を聞きながらずっと笑ってくれます。私が友だちと話していると、お姉さんは笑ったままで窓をたたきます。私が気づくまで、ずっとたたいています。そんなに私とお話ししたいんだと思うと、うれしいです。家にも来てくれて、部屋で一緒に遊びました』

 

 

 

 

 休み時間の薄暗い教室で、一人で机に向かって本を広げている、小柄な女の子の姿が浮かんだ。

 

 思い出した。白井さん。難しい病気にかかって、途中から学校に来なくなり、そのまま亡くなった子だ。入院中に、みんなで寄せ書きを書いた覚えがある。

 

 学校に来ていた最後のころも、休み時間にみんなが外へ遊びに出る中、一人で教室に残っていた。僕もたまに学級文庫を読んでいたから、その姿を覚えているのだろう。

 

 本当は寂しかったのかもしれない。みんなが遊びに行くのを引き留められず、こうして話を聞いてくれる相手を待っていたのだとしたら。同じ教室にいながら声をかけなかったことを、今になって申し訳なく思った。

 

 

 

 

 

 ただ……気になることがある。

 

 四年生の時の僕らの教室は、確か三階だった。ベランダはない。窓の外に、人が立てるスペースは、ない。

 

 ……このお姉さんとは、一体、誰だ?

 

 相模も、ここが気になったのだろうか。付箋は、このページにだけ貼られていた。

 

 

 

 

 もう一度、作文の最初に目を戻す。窓の外に立って、笑いながら話を聞いてくれるお姉さん。

 

 たぶん、これはあれじゃないかな。友達と遊びたいという欲求が生み出した、架空の存在というか。白井さんはそういう形で、自分の寂しさと折り合いをつけていたんじゃないだろうか。

 

 そう考えると、家に来て一緒に遊んだという話も、納得できる気がした。確かにちょっと胸は痛むし、ごめんって思う、けれど。

 

 

 

 

 

 続きをめくっていったが、ほかには特に違和感を覚える部分はなかった。杉浦はしっかり、伊藤は活動的な文章だ。活動的な文章って意味が分からないが、そんな感じ。キャラ的にはそんなに僕ら、変わっていないらしい。

 

 

 

 読み終えて、隣の文集にも手を伸ばした。二学年上の子たちは、どんなことを書いていたんだろう。こちらの文集にも、1つだけ付箋が挟まっていた。

 

 

 

 

 紙の端をつまんで開く。男の子の作文だった。

 

 大きくて、右上がりの、力任せの字。

 

 

 

 

 

『僕の友達が最近もう一人増えました。窓の外に立っています。お姉さんです。いつもニコニコ笑っています』

 

 

 

 

 

 ……あれ?

 

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