「外丸にも、魔獣がいるけど……かなり少ない。本城に籠ってるのか?」
王城は「外丸」と「内丸」の二重構造になっている。
騎士団の訓練場や庭園が広がる外丸に対し、その中心に位置する内丸には、王族の居住区や大広間を備えた『本城』がそびえ立っている。
「やっぱり本城に何かがある」
魔獣は基本、多種同士で協力したりはしない。
観測できる魔獣たちも例にもれず、互いにテリトリーを犯さないように牽制しあっている。つまりは本城の中で生態系が構築されているということだ。
(この監視塔から中は見えない。やっぱり内丸に入ってから聖剣を探す)
聖剣なんてほんとにあるのだろうか。
そんな疑問を振り切って、塔を下ろうとしたその時。
「なっ! 女の子がどうしてあそこに!?」
本城の中腹、ガレージに立ち尽くす少女の姿が飛び込んでくる。
淡い光に包まれた彼女は一瞬こちらを見ると、嬉しそうに微笑んで。
『きて』
と一言。
すぐに光となって消えていく。
少女の姿を見て、心のどこかが叫んでいる。
この感情は何か。それさえも分からぬまま、あふれ出す激情に駆られて、僕は剣を握った。
*
内丸には本城からの地下避難経路の出口が設けられている。
そこを利用して本城へ忍び込もうと思う。
「――」
荒れ果てた王城の姿は、場違いだが神秘的でもあった
崩れかけの建造物とそれに纏わる蔦の緑。
僕が生まれて育った場所だ。どこか寂しいような、ともすれば安堵に似た感情が湧いてくる。
本城へと続く道からやや外れた場所に位置する礼拝堂の裏。
「昔はよくこの場所で泣いてたっけ」
剣の稽古でくちゃくちゃにされて、逃げつく場所はここだった。
暗くて、人がいなくて、安心する。しかし、何よりも――。
――痛いのも辛いのも苦しいのも嫌だよね。でも何より、あなたが好きなものを好きに思えなくなる、この場所が私は憎いな。
記憶の片隅から誰かの声が蘇る。
「誰だっけ……ここで……確かにここで僕は誰かと……」
考えても答えは出ない。
できれば日が高いうちに足を進めたい。夜は魔獣が活性化するからだ。
「……今はいい。まずはここから本城に侵入だ」
避難通路の入り口をこじ開けて、地下通路を進む。
*
本城の謁見の間にて。
かつては煌びやかな装飾で彩られていたが、今では厄災の瘴気によって廃れ切った剣呑な空気が漂っていた。
その広間には複数の骸骨の化け物が蔓延っている。
剣を携えるもの、弓を握るもの、槍を構えるもの。
一つ一つの所作に洗練された技が伺える。
その中で一体。
空の玉座を守護する騎士が一人。
他の骸骨とは異なる高貴な防具を身に着けたその骸骨。
「――」
広間の大きな扉がゆっくりと開かれる。
骸骨兵は戦闘態勢に入る。
開かれた扉から飛び出したのは一人の少年――フィン。
「――ふぅっ」
深呼吸を一回。フィンの瞳に謁見の間に居座る化け物たちが映り込む。
「うああああああああああっ!」
『ギィ!?』
骸骨兵と目が合った瞬間、フィンは弾かれるように地を蹴った。
(左足から踏み込む旧王国式の歩兵型。一撃の後は右に重心が傾く――そこだ)
先頭の骸骨兵が振るった剣を交わし、頭を跳ねる。から、と髑髏が落ちる軽い音。まず一体。
状況を理解したのか、一斉に骸骨兵たちが動き出す。
統率された動きで陣形を組むために動きだす骸骨兵。
そのうちの一体が矢を放った。すぐに首のなくなった骸骨を縦にして防ぐ。
そのまま、フィンは先ほど倒した骸骨兵から剣を奪い投擲する。
風を切って回転したそれは、一体の骸骨兵の頭を貫く。
『ギビィ!』
『ギィ!』
一体が倒れこんだ拍子に、芋ずる式に陣形が破綻していく。
混乱の中、フィンは玉座へ一直線に駆け、骸骨兵達の頭を踏み台に跳躍する。
背後に骸骨兵達を据えて、フィンは玉座を見上げる。
「……くっ」
その瞳には空の玉座を守護する一体の骸骨騎士。
歴戦の凄みを感じさせる重厚な鎧を身にまとたそいつは、ゆっくりと剣を抜く。
骸骨騎士は右手で剣を握り、左手を後ろに組んだ。
まるで、師匠と弟子の指南稽古のようだ。かかってこい、と言われているような気がした。
「…………お父上」
フィンの顔が歪む。
付随して、手足が突然震えだす。
骸骨騎士はゆっくりとこちらへ近づく。
動かなければならない、だが動けない。
フィンの身体は恐怖に支配されていた。
――いつになったら、俺を超えるんだ。今のままでは片手で事足りる。
父の言葉が蘇る。
(や、やっぱり………僕には)
腰が引ける。
フィンに剣を振らせ続けた言葉。
この人生を呪い続けた、原因の一つ。
「…………む、むりだっ」
がくがくと体が震える。奥歯がかみ合わない。
剣を構えることすらできない。
怖い。怖くて怖くてたまらない。
骸骨騎士、いや父の屍が振り上げた剣。
煌めく刃に、目を細める。
「――止まって!」
刹那、声がした。
同時にかすかな光が広間を染める。
恐る恐る目を開けると、刃はフィンの首すれすれで止まっていた。
広間の骸骨たちはいっせいに硬直した。
何が起こったのかと声の主を探すと。
「こっち! はやく!」
謁見の間の脇、一人の少女を見つける。
フィンは半ば転がり落ちるように玉座への階段を下り、震える手足で少女の背を追った。