王城の展望テラスからは王都が一望できる。
すっかり空は夕焼けに染まった。家々に明かりは灯ることはないし、露店で街道が賑わうこともない。静かな王都も綺麗だと思った。
「懐かしいね。キミは確かにそういう子だった」
茜色が差す白髪を揺らしながら、彼女は目を細めた。
「僕は僕が嫌いだ」
「知ってるよ。見てたからわかるもん」
彼女の横顔はどこか悲しげな色を孕んでいる。
「でも、私の知る君は、誰かのためにこそ、本気になれる人だった」
次第に夜の青色が深みを増していく。
魔物が活発になる、夜が始まる。
だけど、彼女は儚げに天を仰いぐと、やわらかな笑みを浮かべた。
「忘れもしない。キミがあの日、流れ星の降る夜空の下で……私を救ってくれた、あの瞬間を」
僕の知らない僕の話だ。
「勝てる見込みなんてなくて、君自身勝てるとも思ってなかった。だけど、キミはただ私を守るためだけに、すべてを賭けてくれた。何もできないちっぽけな私を、何もできないと言われ続けた君が、救ってくれた」
彼女のうるんだ瞳に昼と夜の間を揺蕩う空が切り取られる。
「嬉しかった。ほんとに嬉しかったんだよ。君が頑張ってきた意味は確かにあったって、自分のことじゃないのにほんとに誇らしくて……」
彼女の横顔から目が離せないでいた。
「それだけじゃない。何度打ちのめされても、ただ目標のために地道に剣を振る。そんな君の姿勢に私は何度も救われたの。頑張ろうって思えたの。君だったらもっと頑張ってるって。君のためだったら頑張ろうって、そう思えたの」
彼女は僕のまっすぐ見つめた。
「だから、私は君を信じてるんだ」
鼓動が高鳴るのを感じた。
この少女にここまで言わせる、僕じゃない僕の姿。
羨ましいと思った。妬ましいとも思う。
何があったら、僕はそんな僕になれるのだろうか。
「君は謁見の間の骸骨兵達に勝つ。そして聖剣まで辿り着く。きっとできる。私が信じてる」
できるのならしてあげたい。
彼女の期待に応えたい。
けど――。
「あれは、玉座を守ってた骸骨は僕の父なんだ」
「……瘴気の汚染による屍の再帰、か。わかってると思うけど、あれに魂はないよ」
「うん、わかってる……だけど、あの人の前に立つと足が震えて、なにもできなくなるんだ……勝気なんてなくなる。どうせ勝てないって思ってしまう……僕は、あの人が怖いんだ」
自然と言葉が零れた。
「二度目だ。ここであの人から逃げ出したのは。覚悟を決めたはずなのに、剣を構えることすらできなかった……だから君が知ってる僕と、今の僕は多分違う。僕は、弱くてちっぽけで…………臆病なんだ」
だから、僕は僕が嫌いだ。
「ううん、私が知る君と今の君はなにも違くないよ。君はずっと臆病だった。ただ、今の君はどこまでも孤独で、私の知る君は誰かのために戦うっていう理由があった」
すると、彼女はくるっと振り返り僕の顔を覗き込んできた。
「あとは、そうだな――笑おうぜ」
「は?」
「なんだよー、そんなにおかしなこと言ってないだろー」
突然、雰囲気ががらっと変わって面倒くさくなった。
僕が嫌な顔をすると、どうしてか可笑しそうに笑うだけ。
「一人でいると嫌なことばっかり考えちゃうでしょ。寂しくて苦しくて、生きるのがつらくなるだけ。だから、笑うべきなんだ。そうしないとやってられないから」
彼女の落ちた視線が、パッとこちらを捉える。
「だから、ほら! 笑ってよ、フィン! こんな風に! にし~!」
彼女は人差し指で頬を吊り上げて綺麗に笑って見せた。
まるで太陽のような笑顔だ。
「ずっと、君にこそ笑っていて欲しかったんだ。君がなによりも愛した剣が、いつのまにか苦しいものに変わってた。君は笑わなくなったて、私はすごく悲しかったんだよ?」
「ほんとに、君は」
「だから、覚えててね。辛くてくじけそうな時こそ笑うべきだって」
「……うん」
「それに、思い出して。君がどうして剣が好きだったのか。呪いでも使命でもない、君が好きで好きでたまらなかった剣の美しさを」
この人はどこまで知っているのだろうか。
僕のことを僕以上に理解しているとすら思える。
「ほら、キミはこれから何をするの?」
「……父上を倒して、聖剣にたどり着く」
「うん、信じてる」
彼女の嬉しそうな顔を見て、どうにかしてやろうって思えた。
彼女は僕よりよっぽど強い。こんな風になりたい。
だけど、同時に彼女と僕は似ている。
「聖剣の間には地上への避難転移陣もある。それを使えば、この空島から出られるよ」
「そんなものがあるなんて聞いたことないけど」
「多分、王族用に設けられたものだからね」
少女は再び沈む夕日に視線を映した。
「だから、頑張ってね。ここを乗り切れば、君が小さなときに夢みた冒険譚がすぐそこにあるんだ」
「そんなことまで知ってるんだね」
「私も好きなんだ、冒険。あれは、ほんとにいいものだよ」
彼女は目を離すと消えてしまうのではないか、と思うほどにどこか儚げだ。
彼女と話したこの短い時間は、気づいたときには終わっていそうで、それがとても残念でならなかった。
だからだろうか。
「じゃあさ、僕が聖剣まで辿り着けて地上に降りれたらさ――一緒に冒険しようよ」
「えっ」
気づけば彼女を誘っていた。
彼女の悲しげな表情に、儚げな雰囲気に、まだ一緒にいたいと思ってしまった。
彼女は目を見開いた。
「あ、いや、ふ、深い意味はなくてっ……」
「く、くひひひひっ……あはははははっ」
「なっ!?」
突然彼女は腹抱えて笑い出してしまった。
顔が熱くなるのを感じる。あぁ、言うんじゃなかった。
「あははっ、いや、君にそんなことを言われる日が来るなんてっ……思いもしなかったから……ぷっ、あはははははっ」
「な、なにがそんなにおかしいんだよ!」
彼女は涙が出るほど笑いこけている。
ほんとに言わなきゃよかった。
「一緒に冒険、か。それは、なんていうか…………幸せだ。とっても」
きっと、彼女との旅は楽しいだろう。
変われる気がする。そう思うんだ。
「うん、いいよ。フィンが父さんを倒せたら、考えてあげる」
父上を倒して、聖剣を取り返す。そして地上に降りる。
やりとげよう、必ず。
この笑顔を曇らせないために。
もう逃げない。今度こそ向き合おう。
沈む夕日を背に、僕は剣を握った。