かくして、勇者一行は記録係を残して全滅した。   作:夜泥棒

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第四話 約束

 

 王城の展望テラスからは王都が一望できる。

 すっかり空は夕焼けに染まった。家々に明かりは灯ることはないし、露店で街道が賑わうこともない。静かな王都も綺麗だと思った。

 

「懐かしいね。キミは確かにそういう子だった」

 

 茜色が差す白髪を揺らしながら、彼女は目を細めた。

 

「僕は僕が嫌いだ」

「知ってるよ。見てたからわかるもん」

 

 彼女の横顔はどこか悲しげな色を孕んでいる。

 

「でも、私の知る君は、誰かのためにこそ、本気になれる人だった」

 

 次第に夜の青色が深みを増していく。

 魔物が活発になる、夜が始まる。

 だけど、彼女は儚げに天を仰いぐと、やわらかな笑みを浮かべた。

 

「忘れもしない。キミがあの日、流れ星の降る夜空の下で……私を救ってくれた、あの瞬間を」

 

 僕の知らない僕の話だ。

 

「勝てる見込みなんてなくて、君自身勝てるとも思ってなかった。だけど、キミはただ私を守るためだけに、すべてを賭けてくれた。何もできないちっぽけな私を、何もできないと言われ続けた君が、救ってくれた」

 

 彼女のうるんだ瞳に昼と夜の間を揺蕩う空が切り取られる。

 

「嬉しかった。ほんとに嬉しかったんだよ。君が頑張ってきた意味は確かにあったって、自分のことじゃないのにほんとに誇らしくて……」

 

 彼女の横顔から目が離せないでいた。

 

「それだけじゃない。何度打ちのめされても、ただ目標のために地道に剣を振る。そんな君の姿勢に私は何度も救われたの。頑張ろうって思えたの。君だったらもっと頑張ってるって。君のためだったら頑張ろうって、そう思えたの」

 

 彼女は僕のまっすぐ見つめた。

 

「だから、私は君を信じてるんだ」

 

 鼓動が高鳴るのを感じた。

 この少女にここまで言わせる、僕じゃない僕の姿。

 羨ましいと思った。妬ましいとも思う。

 何があったら、僕はそんな僕になれるのだろうか。

 

「君は謁見の間の骸骨兵達に勝つ。そして聖剣まで辿り着く。きっとできる。私が信じてる」

 

 できるのならしてあげたい。

 彼女の期待に応えたい。

 けど――。

 

「あれは、玉座を守ってた骸骨は僕の父なんだ」

「……瘴気の汚染による屍の再帰、か。わかってると思うけど、あれに魂はないよ」

「うん、わかってる……だけど、あの人の前に立つと足が震えて、なにもできなくなるんだ……勝気なんてなくなる。どうせ勝てないって思ってしまう……僕は、あの人が怖いんだ」

 

 自然と言葉が零れた。

 

「二度目だ。ここであの人から逃げ出したのは。覚悟を決めたはずなのに、剣を構えることすらできなかった……だから君が知ってる僕と、今の僕は多分違う。僕は、弱くてちっぽけで…………臆病なんだ」

 

 だから、僕は僕が嫌いだ。

 

「ううん、私が知る君と今の君はなにも違くないよ。君はずっと臆病だった。ただ、今の君はどこまでも孤独で、私の知る君は誰かのために戦うっていう理由があった」

 すると、彼女はくるっと振り返り僕の顔を覗き込んできた。

「あとは、そうだな――笑おうぜ」

「は?」

「なんだよー、そんなにおかしなこと言ってないだろー」

 

 突然、雰囲気ががらっと変わって面倒くさくなった。

 僕が嫌な顔をすると、どうしてか可笑しそうに笑うだけ。

 

「一人でいると嫌なことばっかり考えちゃうでしょ。寂しくて苦しくて、生きるのがつらくなるだけ。だから、笑うべきなんだ。そうしないとやってられないから」

 

 彼女の落ちた視線が、パッとこちらを捉える。

 

「だから、ほら! 笑ってよ、フィン! こんな風に! にし~!」

 

 彼女は人差し指で頬を吊り上げて綺麗に笑って見せた。

 まるで太陽のような笑顔だ。

 

「ずっと、君にこそ笑っていて欲しかったんだ。君がなによりも愛した剣が、いつのまにか苦しいものに変わってた。君は笑わなくなったて、私はすごく悲しかったんだよ?」

「ほんとに、君は」

「だから、覚えててね。辛くてくじけそうな時こそ笑うべきだって」

「……うん」

「それに、思い出して。君がどうして剣が好きだったのか。呪いでも使命でもない、君が好きで好きでたまらなかった剣の美しさを」

 

 この人はどこまで知っているのだろうか。

 僕のことを僕以上に理解しているとすら思える。

 

「ほら、キミはこれから何をするの?」

「……父上を倒して、聖剣にたどり着く」

「うん、信じてる」

 

 彼女の嬉しそうな顔を見て、どうにかしてやろうって思えた。

 彼女は僕よりよっぽど強い。こんな風になりたい。

 だけど、同時に彼女と僕は似ている。

 

「聖剣の間には地上への避難転移陣もある。それを使えば、この空島から出られるよ」

「そんなものがあるなんて聞いたことないけど」

「多分、王族用に設けられたものだからね」

 

 少女は再び沈む夕日に視線を映した。

 

「だから、頑張ってね。ここを乗り切れば、君が小さなときに夢みた冒険譚がすぐそこにあるんだ」

「そんなことまで知ってるんだね」

「私も好きなんだ、冒険。あれは、ほんとにいいものだよ」

 

 彼女は目を離すと消えてしまうのではないか、と思うほどにどこか儚げだ。

 彼女と話したこの短い時間は、気づいたときには終わっていそうで、それがとても残念でならなかった。

 だからだろうか。

 

「じゃあさ、僕が聖剣まで辿り着けて地上に降りれたらさ――一緒に冒険しようよ」

「えっ」

 

 気づけば彼女を誘っていた。

 彼女の悲しげな表情に、儚げな雰囲気に、まだ一緒にいたいと思ってしまった。

彼女は目を見開いた。

 

「あ、いや、ふ、深い意味はなくてっ……」

「く、くひひひひっ……あはははははっ」

「なっ!?」

 

 突然彼女は腹抱えて笑い出してしまった。

 顔が熱くなるのを感じる。あぁ、言うんじゃなかった。

 

「あははっ、いや、君にそんなことを言われる日が来るなんてっ……思いもしなかったから……ぷっ、あはははははっ」

「な、なにがそんなにおかしいんだよ!」

 

 彼女は涙が出るほど笑いこけている。

 ほんとに言わなきゃよかった。

 

「一緒に冒険、か。それは、なんていうか…………幸せだ。とっても」

 

 きっと、彼女との旅は楽しいだろう。

 変われる気がする。そう思うんだ。

 

「うん、いいよ。フィンが父さんを倒せたら、考えてあげる」

 

 父上を倒して、聖剣を取り返す。そして地上に降りる。

 やりとげよう、必ず。

 この笑顔を曇らせないために。

 もう逃げない。今度こそ向き合おう。

 沈む夕日を背に、僕は剣を握った。

 

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