着衣巨乳知覚理論 ~「服の上から見た方が大きい」はなぜ起こるのか~ 作:落胆論
黒板には、前回の講義で最後まで残されていた一文字があった。
教授はそれを消さず、その隣に二つの円を描いた。
同じ直径の円だった。
「前回、乳房の実体量と知覚量を分けた。Vを実体乳房量、Bpを知覚乳房量とし、同じ乳房であっても観察条件によってBpは変化し得るとした」
教授は一つ目の円を指した。
「では、この図を乳房だと考えてみよう」
前列の学生が黒板を見る。
「球体として、ですか」
「そうだ」
教授は二つ目の円にも線を加え、簡単な胸郭の断面図の前へ配置した。
「乳房を説明するとき、便宜上、球や半球に近い形で図示されることがある。理解には便利だ。しかし、乳房の大きさの知覚を考えるうえでは、この単純化が問題を起こす」
黒板に一文が加えられた。
「今日の出発点だ」
教授は学生たちの方へ向き直った。
「乳房は、一定の形状を保つ硬い物体ではない。脂肪組織、乳腺組織、線維性結合組織、皮膚などから構成される軟部組織であり、胸壁上に広がって存在している。そのため形状は、組織量だけでなく、支持状態、重力、姿勢、胸郭の形、乳房の基底部などによって変化する」
学生の一人が手を挙げた。
「つまり、同じ体積でも形が違う」
「そうだ。そして、形が違えば見え方も違う」
教授は黒板中央に「演習1」と書いた。
「数値は説明用の架空値とする。二つの乳房モデルHとIがあり、乳房実体量Vはいずれも1000とする」
教授はその下へ側面図を描いた。
Hは胸郭上に広くなだらかに盛り上がっている。Iは身体側の接地範囲が狭く、その分だけ前方へ大きく張り出していた。
「側面から見た場合、どちらを大きい乳房として認識しやすい」
「Iです」
「理由は」
「前方へ出ている量が大きいからです」
「そうだ」
教授はIの頂点から胸郭基準面まで一本の線を引いた。
「これがPだ」
別の学生が尋ねた。
「でも、Vは同じですよね」
「同じだ」
「それなら、Iが大きく見えるのは体積を誤認していることになりませんか」
教授は少し考えてから、黒板に三つの語を書いた。
「人間の視覚は乳房内部を透視して体積積分を行っているわけではない。われわれが直接取得できるのは表面情報だ。正面からは幅、左右間隔、輪郭。側面からは突出、傾斜、胸郭との段差。斜めからはその両方を組み合わせる」
教授はHとIを指した。
「したがって、同じ1000という実体量であっても、その1000がどの方向へ分布しているかによって、知覚される大きさは変わる」
黒板に簡単な式が書かれた。
学生たちはその一文を写した。
教授はさらに続けた。
「ここで、乳房の
黒板に胸郭と乳房の接続面が描かれる。
「乳房は胸壁上の一点から生えているわけではない。一定の範囲を基底として胸壁上に広がっている。したがって、同じ体積でも基底部の広さが違えば、前方へ出る量は変わる」
「もちろん実人体はこれほど単純ではない。乳房形態は連続的であり、組織の柔軟性にも個人差がある。しかし知覚の問題を考えるうえでは、この単純化は有効だ」
後方の学生が手を挙げた。
「では、スリーサイズだけではやはり分からない」
「分からない」
教授は即答した。
「前回のモデルを思い出してほしい。B96という数値だけを見ても、胸郭がどの程度を占め、乳房がどの程度を占めているのかは分からない。さらに、乳房が胸郭上へ広く分布しているのか、前方へ強く突出しているのかも分からない」
教授は「演習2」と書いた。
「成人女性の架空モデルJとKを考える」
「ここまでは前回と同じ相対比の問題だ。しかし今回は、さらに条件を加える」
教授はその下に追記した。
「両者のバスト寸法は98センチで同じだ。では、正面・斜め・側面の三方向から見たとき、どちらがより強く巨乳として知覚される可能性が高い」
前列の学生が答えた。
「Kです」
「理由を三つ挙げなさい」
「一つ目は、胸郭が狭いので乳房の相対比が大きい。二つ目は、乳房基底部が比較的狭く前方へ集中している。三つ目は、Pが大きいので側面と斜め方向で突出が強く見える」
「よい」
教授はKの横に、
と書いた。
「ここで新しい要素が出た。曲率だ」
教授は黒板に緩やかな曲線と急な曲線を描いた。
「乳房が胸郭からどの程度急激に立ち上がっているか。これも見た目に影響する。同じ突出量であっても、広い範囲を使って緩やかに前へ出る形と、比較的短い距離で急激に突出する形とでは印象が異なる」
「急な方が、胸部だけが突出しているように感じやすい」
「そうだ」
教授は黒板に、
と書いた。
「乳房の知覚は一つの数字では表せない。V、P、基底部、曲率、胸郭との比率。それらが同時に作用している」
学生の一人が質問した。
「では、Pだけを重視しすぎるのも危険ではないでしょうか」
教授は頷いた。
「その通りだ。だから今日導くのは『突出絶対則』ではない」
黒板のPに丸が付けられた。
「前方突出は重要だ。しかし常にすべてを決めるわけではない。あくまで、人間が乳房の大きさを判断するときに
教授は黒板の下部に新しい見出しを書いた。
一瞬、学生たちの視線が集まる。
「次に重力を考える」
教授は立位の側面図を描いた。胸郭上の乳房は前方だけでなく、下方にも分布している。
「軟部組織である以上、乳房形態は重力の影響を受ける。支持のない状態では、組織の一部は下方へ移動し、乳房全体の形態も変化する」
学生が尋ねる。
「それでも体積は同じです」
「そうだ」
教授は書いた。
「この区別が重要だ。重力は乳房組織を消すのではない。分布を変える」
教授はさらに、同じ乳房を想定した二つの模式図を描いた。
一つは支持なし。
もう一つは下方から支持された状態。
「支持なしでは、一定量が下方へ分布する。支持を加えると、その分布が上方・前方へ移動することがある」
学生の一人が前回の内容を思い出したように答えた。
「だからブラジャーでVを増やさなくてもPが増える」
「そうだ。ただし、それを正式に扱うのは次講だ」
教授は支持ありの図の前方へ矢印を引いた。
「今日理解してほしいのは、乳房という構造が、硬い半球ではなく、条件によって形を変える軟部組織であるということだ」
黒板に「演習3」が書かれた。
「架空モデルL。成人女性、身長161センチ。B95・W60・H89。乳房実体量Vは固定する」
その下に三条件。
「乳房そのものは変えていない。どの条件で前方突出が強く知覚されやすい」
「Cです」
「なぜだ」
「胸郭の向きが変わるため、胸部全体が前方へ提示されるからです」
「そうだ。姿勢は乳房を増量しない。しかし観察者に対する乳房の提示角度を変える」
教授は黒板に新しい記号を書いた。
「第一講でΦの中に含めた変数の一つだ」
別の学生が尋ねる。
「すると写真で胸の大きさが違って見えるのも、レンズだけではなく姿勢と観察角度の影響がありますか」
「当然ある」
教授はさらに、
と書く。
「真正面では前方突出を直接見ることは難しい。一方、側面ではPが明確になる。斜め方向では幅と突出の双方を同時に取得できる。したがって、同じ乳房でも観察方向によって知覚量は変化する」
教授は「演習4」を書いた。
「答えは単純ではない。Pそのものを測るなら真横が分かりやすい。しかし『大きな胸である』という総合的な知覚では、斜め方向が強い場合がある」
前列の学生が理由を考える。
「幅と突出を同時に見られるからですか」
「そうだ」
教授はCに印を付けた。
「真正面では幅が得られる。真横では突出が得られる。斜めではその両方が得られる。人間の視覚は一つの変数だけで乳房を判断しない」
教授は黒板に三つの言葉を並べた。
「これらの組み合わせが、三次元的な大きさの推定につながる」
講義室の後方から手が上がった。
「ここまで聞くと、カップサイズやスリーサイズだけで胸の大きさを語るのはかなり粗いということになります」
「その通りだ」
教授は黒板の端にB・W・Hと書いた。
「スリーサイズは身体の外周を示す情報としては有用だ。しかし、乳房知覚を説明するには不十分だ」
その横へ、
と書いた。
「同じBでも胸郭が違う。同じカップでも基底部が違う。同じVでもPが違う。そして同じPでも身体全体との比率が違う」
教授は学生たちを見渡した。
「だから『何カップから巨乳か』という問いと、『何が巨乳に見せるのか』という問いは別物だ」
学生たちの何人かがその一文を書き留めた。
教授は一度チョークを置き、机上の資料を一枚めくった。
「ここで、今日の内容を使った総合問題を行う」
黒板に大きく「総合演習」と書かれる。
「すべて成人女性の架空モデルであり、数値は講義用である」
教授は黒板の前を離れた。
「質問は『実際の乳房体積が最大なのは誰か』ではない。
しばらく考える時間が与えられた。
最初に手を挙げた学生が答える。
「Oです」
「理由は」
「Vが大きいうえ、Pが非常に大きく、基底部が狭いので前方へ集中した形態になるからです」
「妥当だ」
別の学生が手を挙げる。
「ただ、Nも身体比率では強いと思います。身長が低く、ウエストも細く、胸郭も狭いので、乳房そのもののVがOより小さくても身体に対する存在感は大きくなる可能性があります」
教授は頷いた。
「重要な指摘だ」
黒板に、
と書いた。
「Mは実体乳房量Vが最も大きい可能性がある。しかし胸郭も広く、乳房基底部も広い。結果として、乳房の一部が面方向へ分散する」
「NはVでは劣るが、身体比率で有利」
「そうだ」
「OはVとPの双方が大きい」
「その通り」
教授は三人の横にそれぞれ別の語を書いた。
「どれが最も『巨乳』かという問いに、一つの数字だけで答えることが難しい理由がここにある」
教授は最初の黒板へ戻った。
そこには、
が残っている。
「しかし、今日の講義には一つの結論がある」
教授はその下へ、ゆっくりと文字を書いた。
学生たちの筆記が止まる。
「定義する」
教授は続けた。
少し間を置いて、さらに一行。
「これを、着衣巨乳知覚理論における第一の形態法則とする」
前列の学生が手を挙げた。
「前方突出が重要なら、次に問題になるのは、衣服や下着によってPが変化した場合ですね」
教授は頷いた。
「その通りだ」
黒板に新たな問題が書かれた。
学生たちには、すでに答えが見えていた。
「大きくなる可能性があります」
「そうだ」
教授は前回の式を書いた。
「そしてPは、Φを構成する変数の一つである」
その下へ、
と書く。
「では、乳房の体積を増やさずにPを増加させるものは何か」
一人の学生が答えた。
「支持です」
別の学生が続ける。
「ブラジャー」
「そうだ」
教授は黒板の空いた場所に一つの言葉を書いた。
「次講では、乳房量を増やさずに形を変えるという問題を扱う」
教授はチョークを置いた。
「ブラジャーは、本当に胸を大きくしているのか」
第二講は、そこで終了した。