着衣巨乳知覚理論 ~「服の上から見た方が大きい」はなぜ起こるのか~ 作:落胆論
黒板には、前回の講義で最後に書かれた三つの語が残されていた。
教授は教卓へ資料を置き、それらを一度見上げた。
「前講では、支持によって乳房実体量Vそのものを増加させなくても、乳房の上下・左右・前後方向の配置が変化し、前方突出量Pや中央集約が変化することを確認した」
黒板の端へ、前回の流れが簡潔に書かれる。
「今日は、その次を扱う」
教授はその式の右側に、新たな矢印を書き足した。
「乳房の形態が整えられたとして、その上から服を着れば身体表面は見えなくなる。ならば本来、乳房に関する情報は減少するはずだ」
前列の学生が手を挙げた。
「実際には、薄手のニットなどでは逆に胸が大きく見える場合があります」
「そうだ」
教授は黒板の中央に大きく書いた。
「今日の問いだ」
教授は「演習1」と書いた。
「成人女性の架空モデルVを考える。身長161センチ、B98・W59・H89。胸郭はやや狭く、乳房基底部は中程度。支持性のあるブラジャーを着用し、乳房実体量V、前方突出量P、姿勢はすべて固定する」
その下に四条件が並んだ。
「乳房そのものの条件はすべて同じだ。衣服だけを変える。このとき、胸部から得られる視覚情報は同じか」
「違います」
「何が違う」
学生の一人が答えた。
「身体への密着度です。BとCは乳房表面へ沿いやすい」
「その通りだ」
教授は新しい変数を書いた。
「衣服が身体表面へどの程度追従するかを、本講義ではFで表す」
その横に簡単な比較が書かれた。
「ただし、Fが高いほど必ず胸が大きく見える、と結論してはいけない。後でDを扱えば分かる」
教授はまず条件B、薄手ニットを指した。
「薄手ニットを着用すると、乳房そのものは見えなくなる。しかし乳房が押し出した布は見える」
黒板に側面図が描かれた。胸郭から前方へ突出する乳房、その表面に沿って一枚の布が伸びている。
「乳房上部では布が前方へ移動し、乳房頂点付近で最大突出を作り、その後、乳房下面へ向かって再び身体側へ戻る」
教授は布の線をなぞった。
「つまり、皮膚表面そのものは見えなくても、乳房が作る三次元曲率は衣服表面へある程度転写される」
学生が尋ねた。
「それが形態転写ですか」
「そうだ」
教授は黒板に新しい見出しを書いた。
「定義する」
教室内でペンを走らせる音が続いた。
教授は少し間を置いてから言った。
「重要なのは、
後方の学生が手を挙げた。
「裸体ならもっと正確な曲率が見えるはずです。それでもニットの方が大きく感じることがあるのはなぜですか」
「良い。そこからが本題だ」
教授は黒板に二つの項目を書いた。
「正確には、ニットでは身体表面そのものを直接見ているわけではない。しかし、衣服の変形という追加情報が生じる」
学生が答えた。
「布がどの程度伸ばされているか」
「そうだ」
教授は新しい変数を書いた。
「乳房が大きく前方へ突出していれば、身体に沿う衣服は局所的に引き伸ばされる。観察者は布の伸びそのものを数値として測っているわけではないが、皺の方向、布の張り、模様の変形、表面の滑らかさから『下にある構造が衣服を押している』という情報を得る」
黒板に簡単な関係が書かれた。
「身体を見る代わりに、身体が衣服へ残した痕跡を見る。これが着衣状態の特徴だ」
教授は「演習2」と書いた。
「この問いには注意が必要だ」
教授は選択肢を書いた。
「答えは」
「Cです」
「そうだ」
教授はCに丸を付けた。
「裸体では皮膚表面の形状、乳房境界、下垂、胸郭との連続性などを直接観察できる。薄手ニットではそれらの一部が失われる一方、衣服張力、伸張、曲率転写という情報が加わる」
教授は二つを並べた。
「したがって、裸体の方が身体形態を正確に確認できることと、ニットの方が乳房を大きく感じることは両立する」
前列の学生が前講の言葉を引用する。
「正確性と増幅性は同じではない」
「その通りだ」
教授は黒板に、
と書いた。
「ここを忘れてはいけない」
教授は次に、条件Cのリブニットを指した。
「では、無地ニットとリブニットの違いは何だ」
一人の学生が答える。
「リブという規則的な線があります」
「それが重要になる」
教授は黒板に、均等な縦線を何本も描いた。
「平坦な面にリブニットを置けば、概ね規則的な縦方向の構造として見える」
その隣に乳房の曲面を描き、その上へ同じ縦線を重ねる。線は曲面に沿って広がり、乳房頂点付近では間隔が変化していた。
「乳房の上ではどうなる」
「線間隔が変わります」
「ほかには」
「曲面に沿って線の方向も変わる」
「そうだ」
教授は黒板へ書いた。
「規則的な模様が変形すると、その変形そのものが下にある三次元形状の手掛かりになる」
学生の一人が尋ねた。
「格子を使って立体形状を読むようなものですか」
「概念的には近い。もちろん人間は編み目を測定して乳房曲率を計算しているわけではない。しかし、規則的であるはずの線がどのように歪んでいるかは、表面の凸形状を把握する手掛かりになる」
教授は新たな法則を書いた。
「これが、リブニットが単なる無地ニットとは異なる点だ」
教授は同じ架空モデルVについて、条件BとCを並べた。
「乳房実体量Vも、支持状態Sも、前方突出Pも同じ。それでも衣服表面から得られる情報量は異なる」
後方の学生が尋ねる。
「では、リブニットの方が必ず大きく見えるのでしょうか」
教授は首を横に振った。
「必ずではない。リブの幅、伸縮性、衣服サイズ、生地の厚さ、照明、色彩によって見え方は変わる。ただし、規則的な模様変形という追加情報を持つ点は重要だ」
教授は「演習3」と書いた。
「二つの架空条件を比較する」
「実体乳房量そのものはWの方が大きい可能性がある。それでも着衣時、Xの方が強く巨乳として知覚される可能性はあるか」
「あります」
「理由を四つ挙げなさい」
前列の学生が答えた。
「まずXの方が身体全体が細いので相対胸部比が高い。次に、薄手ニットのFが高いので乳房形態が転写されやすい。三つ目は、リブによるKが加わる。四つ目は、黒色が胴体を細く知覚させても、Pが維持されれば相対的な突出が強くなる可能性がある」
「よい。ただし色彩については次講で詳しく扱う」
教授はXの横に、
と書いた。
「重要なのは、B100とB96の比較だけでは結論できないことだ」
黒板に一文が加えられる。
教授は続けた。
「では、ここで一つ疑問が出る」
条件D、厚手セーターを指す。
「厚手セーターはFが低い。乳房表面の細かな曲率も、リブの変形も分かりにくい。ならば、胸は小さく見えるはずか」
学生の一人が手を挙げた。
「必ずしもそうではありません。前回少し出たように、乳房が服全体を前へ押し出す場合があります」
「そうだ」
教授は黒板に新しい側面図を描いた。
厚手のセーターが乳房の頂点で大きく前へ押され、そこから乳房下面へ密着せず、そのまま腹部へ斜めに垂れている。
「薄手ニットとは全く違う」
教授は二つの図を並べた。
「薄手ニットでは、乳房の形が衣服へ転写される。厚手セーターでは、乳房の形そのものは曖昧になる代わりに、乳房によって衣服全体が前方へ移動する」
教授は乳房と衣服の間にできた空間を斜線で示した。
「この領域には乳房組織は存在しない」
学生が答える。
「でも外から見ると、服の外郭しか見えません」
「そうだ」
「すると、乳房によって作られた空間まで胸部の量感に含まれる」
「その可能性がある」
教授は黒板に新しい変数を書いた。
「薄手ニットではDは小さい。厚手セーターではDが大きくなり得る」
続いて、
と書かれた。
学生たちの筆記が続く。
教授は黒板の四条件を見直した。
「ここで、最初の問題へ戻ろう」
「AからDまで、
その横に整理した。
「したがって、『身体に密着するほど巨乳に見える』だけでは不十分だ」
教授は黒板に大きく、
と書いた。
「厚手セーターがその例だ」
後方の学生が手を挙げた。
「それなら、オーバーサイズの服でも同じでしょうか」
「条件による」
教授は少し考えるように黒板を見た。
「その問題は第六講で扱う。衣服が大きくなるほど最初は身体形態が隠れる。しかし乳房突出が一定水準を超えると、今度は衣服全体が胸によって前方へ押し出される。そのとき別の情報が現れる」
「隠蔽には限界がある」
「そうだ。ただし、今日はそこまで進めない」
教授は教卓の資料を一枚めくった。
「次は、ニットに関する総合演習だ」
「成人女性の架空モデルY。身長160センチ、B97・W58・H88。胸郭は狭い。乳房基底部は中程度。Pは大。支持性のあるブラジャーを着用する。乳房実体量Vは固定」
四条件が書かれた。
「現時点で、どの条件が最も強い知覚巨乳量Bpを生む可能性がある」
学生たちは少し考えた。
前列の学生が手を挙げる。
「Cです」
「理由は」
「身体比率がもともと高く、Pも大きい。そのうえFが高く、Tによる張力情報があり、Kによるリブ変形が加わるからです」
「よい」
別の学生が手を挙げた。
「ただしDも、厚手セーターの架橋量Dが大きければ、細かな形は分からなくても胸部全体は大きく見える可能性があります」
「その通りだ」
教授はCとDの間に線を引いた。
「同じ巨乳知覚でも質が違う」
学生の一人が尋ねる。
「Cは『胸の形が大きい』と感じ、Dは『胸部全体が大きい』と感じる、と分けられますか」
「概ねその理解でよい」
教授はさらに書いた。
「薄手ニットは前者、厚手セーターは後者に近い」
教授は黒板中央のBpの式を再び書いた。
そして、その下へ今日扱った変数を書き足す。
「Fは衣服追従性。Tは張力情報。Kは模様・編み目変形。Dは衣服架橋量」
教授は一つずつ指した。
「着衣した乳房を見るとき、われわれは単純に『布の向こうに胸がある』と認識しているのではない。布そのものが、乳房の存在によって変形した結果を読んでいる」
黒板に、
と書かれた。
「これが今日の中心構造だ」
学生の一人が手を挙げた。
「では、『ニットは胸を隠しているのか』という最初の問いへの答えはどうなりますか」
教授は少し間を置いた。
「皮膚表面という意味では、隠している」
学生たちは続きを待った。
「しかし、乳房の三次元的存在という意味では、必ずしも隠していない」
黒板に一文が書かれる。
「むしろ、条件によっては形態情報を整理し、衣服表面へ明瞭に転写する」
前列の学生が質問した。
「整理する、というのは」
「裸体では皮膚の細かな凹凸、乳房境界、左右差、重力による下方分布など、非常に多くの情報が同時に存在する。ニットではそれらの一部が消え、外郭、突出、曲率という大きな形態だけが残る場合がある」
学生が理解したように答えた。
「情報が減ることで、重要な情報だけが目立つ場合がある」
「そうだ」
教授は黒板に、
と書いた。
「これは後に、裸体で『思っていたより小さい』と感じる現象にもつながる」
教授は教卓へ戻ったが、まだ講義を終えなかった。
「最後に一つ、次講への問題を出す」
黒板に架空モデルが書かれる。
「同じ形状、同じ厚さ、同じサイズのリブニットを二着用意する」
その下に二条件。
「一般的な色彩知覚だけを考えれば、どちらが大きく見える」
「白です」
「では、黒を着た場合、大きな乳房は小さな乳房のように見えるか」
「いいえ」
「なぜだ」
少し間を置いて、一人が答える。
「色が変わっても、前方突出や衣服の変形そのものは残るからです」
教授は頷いた。
「では、さらに考えよう」
黒板に、
と書く。
「黒によって身体全体が細く見えたとする。しかし胸の突出が維持されたら、相対的な胸の大きさはどうなる」
学生たちが黒板を見る。
前列の学生が答えた。
「むしろ大きくなる可能性があります」
教授はその答えの横に丸を付けた。
「次講では、これを扱う」
その下に一行。
教授はチョークを置いた。
「膨張色と収縮色。そして、色彩より形態が優位になる条件を検討する」
第四講は、そこで終了した。