10月18日 11:30
顔を上げると、ワカモの後ろにミユとシロコ*テラーがいた。
先生は書いていた手を止めた。
”うん。聞かせて”
「今後の協力者を増やす方法についてです。お二人とも相談いたしました」
ワカモは椅子へ腰を下ろすと、隣の席をミユへ示した。シロコ*テラーも向かいへ座る。
三人が揃うのを待って、ワカモが続けた。
「戦力となる生徒をこちらで確保し、転送器を使って連れ帰ります。拘束した上で、あなた様にあの力を使って頂く。元に戻ったところで事情を説明し、ご協力をお願いするのです」
”確保する方法は?”
「例えば、ミユさんの狙撃で気絶させ、私が連れ帰る。その間、シロコさんにはあなた様の護衛をお願い出来ます」
ミユが膝の上で手を握り合わせた。
「誰でも、一発で気絶させられるとは言えません。相手や場所が分からないと、撃てるかどうかも……。でも、私の腕が役に立つなら」
「狙撃に限るつもりはありません。相手に合わせて方法を選びます。あなた様に現場まで来て頂くよりは、ずっと安全かと」
「転送で帰れるのは、連れてくる相手と一人だけ」
シロコ*テラーが付け加えた。
「残る人は別に帰る。そちらも決めてから動く」
先生は三人の顔を順に見た。
ワカモの前に置かれた紙には、回収、護衛、帰還と短い言葉が並んでいた。ミユの手元にも、同じように折られた紙がある。
”確かに、合理的で効率のいいやり方だと思う。特に、ミユのような優れたスナイパーがいてくれることで、現実的な選択肢になった”
ミユがわずかに顔を上げた。
”私も、考えたこと自体はある”
「でしたら――」
”ただ、その方法には慎重になりたい”
ワカモが続けかけた言葉を止める。
先生はペンを机へ置いた。
”狙撃や、無理に連れてくることがあっても、元に戻って事情を知れば、やむを得なかったと理解してくれるかもしれない。そのまま協力してくれる可能性も高い。……そう思いたい”
「先生だと分かれば、お話ぐらいは聞いてくださるでしょう」
”うん。でも、話を聞いてくれることと、一緒に戦ってくれることは別だよ”
ワカモの視線が一度ミユへ動き、戻った。
”今起きているすり替えは、誰をシャーレの先生と思うか、その答えを先に決めてしまう。記憶や目の前の出来事が食い違っても、そちらの答えに合わせて納得させられてしまうんだ”
ミユが唇を結んだ。
”それを戻せたとして、その後にその子が何を選ぶかまで、私が先に決めておいていいわけじゃない。これまでの関係に甘えて、元にさえ戻れば協力してくれるはずだ…そんな風に決めつけるのは、避けたいんだ”
「……私も、戻ってから、すぐこちらへ来たわけではありません」
ミユの声は小さかった。
先生は頷いた。
”そうだね。小隊に残ったまま、皆を助けようとしていた。君がそう考えたことを、私は間違いだとは思っていないよ”
「戻った後、仲間のところへ帰りたいと言う人もいる、ということですね」
”うん。戦いに加わるのが怖い子もいるだろうし、自分の学園で守らなければいけないものがある子もいる”
「言いたいことは分かる」
シロコ*テラーが、机へ両手を置いた。
「でも、そのために先生が危険を冒したり、私達が遠回りなやり方で余計な怪我をしたりしてもいい。そう言いたいわけではないでしょう?」
”……うん”
「あなたが死んだ後、あいつらにすり替えを止めさせるかどうか、最後に決めるのは私。あなたが決めて、私に頼んだことだよ」
先生は、机の向こうから向けられる目を見返した。
契約の席でも、彼女は同じことを言った。拒んだ場合も、認めた場合も、その結果は残るのだと。
「目的を果たす前に死ねば、あなたの身体はあいつらに渡る。必要なら解剖していいとまで認めた。なにも私だけを気にしろというんじゃない。その後も生きなければならない生徒たちの気持ちも、考えてほしい」
「ええっ! か、解剖!?」
ミユの声が裏返った。
シロコ*テラーがそちらへ顔を向ける。
「……そういえば、あなたには説明してなかったね。この拠点や活動資金、転送する機械を用意した大人達がいる。そうだね…ひと言で言えば、先生とは違う、悪い大人達」
「そ、その人達が、先生を……?」
「先生はそいつらと契約してる。幾つも条件があって、その一つが、今言ったもの」
ミユは先生の顔を見つめた。何かを尋ねかけるように唇が動いたが、声にはならなかった。
やがて視線が机から壁へ動き、借りた服の袖で止まった。
「そんな……そんな貴重なお金で、私なんかの着替えまで用意して頂くなんて……」
”ミユ、それは気にしなくていいからね。着替えは必要だよ。ほかにも必要なものがあれば、遠慮なく言ってほしい”
「でも……」
”君がここで暮らすためのものだ。頼んでいいんだよ”
ミユは袖口を握っていた手を緩めた。
先生は少し待ち、シロコ*テラーへ向き直った。
”そうだね、シロコ。その通りだ。私が慎重になりたいからといって、君達に余計な危険を引き受けてもらっていいわけじゃない”
彼女は黙って続きを待っていた。
”だから、ワカモが提案してくれた方法は一律には禁止しない。ただし、ここにいる……というより、これから先、増えるかもしれない皆で納得出来るルールを決めて、それに従って使いたい”
ワカモが背筋を伸ばした。
「…畏まりました。具体的には、どういったルールに致しましょうか」
”つまりは、まず誰を戻したいのか、名前を挙げてほしい。狙撃出来そうな子を見つけたから、その子をとりあえず連れてきました、という選び方はしない”
先生は紙を一枚引き寄せた。
”これは私から提案する場合も、君達からの場合も同じだ。その子を今、元に戻す必要がある理由を説明して、皆で考える”
「皆というのは、作戦に出る者だけでなく?」
”私も、ここに残る人も含めて全員だよ。戻った子を迎えるのも、相手の仲間に追われるのも、出かけた人だけじゃないから”
「……そして、人が増えれば、その人にも聞くってことだね」
シロコ*テラーの確認に頷く。
”うん。新しく来た子も一緒に決める。誰かに黙って実行することはしない”
ワカモが手元の紙へ書き足した。
「対象と理由を示して、全員の了承を得る。それがあれば、連れ帰ってもよいのですね」
”もう一つ。協力を断られた時にどうするか、先に決めておきたい”
ペン先が止まった。
「拠点を見られた後で、ですか」
”そう。だから、そこまで考えてからでないと実行出来ない。断られたからといって、その子の友達まで連れてきて、協力を迫る材料にする。あるいは、協力すると言うまで閉じ込める。そういうことは認められない”
「帰した先で、こちらの居場所を話されたら?」
”その危険もある。どこで話すか、どう帰ってもらうか、逆に私達の方が場所を移してもいい。その子に合わせて考える必要がある。今すぐ、誰にでも使える答えは出せない”
「それが決まらなければ、連れてこない」
”うん”
シロコ*テラーは紙へ目を落とした。
「大筋では同意する。でも、目の前で先生が襲われていても、全員に聞くの?」
”まさか、その時はまず助けてほしいさ。今決めているのは、こちらから相手を選んで、連れてこようとする時のことだよ”
「分かった」
ワカモはまだペンを置かなかった。
「あなた様は以前、ご自分のためにあの子達を傷つけるのはやめてほしいと仰いましたね。ですので、このミユさんや、残る三羽の子ウサギ共を焼き払うことも、控えております」
「ひぃっ」と小さく声を漏らし、ミユの肩が跳ねた。ワカモを見上げ、何か言いかけた口を閉じる。
「ですが、今回の案でも、無傷で連れてこられるとはお約束出来ません」
”覚えているよ。その気持ちは変わっていない。今こうして私のためを思って提案してくれていることも、とても嬉しいよ”
”だからこそ、何のために、どこまで危険を冒すのかを、その都度一緒に考えたい。撃たずに済む方法があれば選びたいし、撃てば何が起きるかも、考えずに許可は出せない”
先生は、自分の左腿へ目を落とした。
”それに、貼った後は身体が弱くなる。連れてきた時の怪我や、縛り方によっては、その後の方が危なくなる。戻せば全部治るわけじゃない”
「……私も、撃つ前にどんな人か知りたいです。目が覚めた後には、謝らないといけないですし」
ミユが口を開いた。
「何が出来るか、どこまでなら出来るかも、ちゃんとお話しします。出来ないことを、出来ると言ってしまったら……皆さんを危なくしますから」
「ええ。そのために、あなたに聞いているのです」
ワカモはミユを見て答えた。
ミユは小さく息を吸い、頷いた。
先生は紙に三つの項目を書いた。
一行目。誰を戻すか。
二行目。その理由を話し、全員で了承すること。
そして最後となる三行目。断られた場合の対応を先に決めること。
書き終えた紙を、三人の方へ向ける。
”これで、どうだろう”
シロコ*テラーが読み終え、紙から目を上げた。
「私はいい。先生も、一人で決めて出ていかないで。自分が行くしかないって言い張るのもなしだよ」
”うん。私も守る”
「私も、賛成です」
ミユの返事を聞いてから、ワカモが頷いた。
「承知いたしました。この条件で、改めて案をお持ちします」
彼女は自分の紙を折った。
先生が腕時計を見ると、ちょうど十二時だった。
”…ちょうどいい。みんなでお昼ご飯でも食べようか”
シロコ*テラーが椅子から立ち上がり、こう告げる。
「ん…そうだね。ちょっと待ってて。すぐに用意するよ」
ワカモはミユへ顔を向け、朝に会った頃よりは柔らかくなった表情のまま声をかける。
「ミユさん。後ほど、狙撃銃のほかに、扱い慣れた銃があるなら教えてください。手配を頼む前に、確かめておきましょう」
「……はい。お願いします」
先生は朝に用意しかけていた買い物一覧を取り出した。
空いているところへ狙撃銃と書き、詳しいことを記せるよう、その下を空けておいた。
本作を書き始めるにあたり、作者として物語の方向性に関わるいくつかの問いを立て、それぞれに答えを出しました。
そのうちの一つが今回描いたこと。すなわち「事件解決に向けて合理的、あるいは最短と考えられるなら、本作の先生に、拉致や監禁といった手口を認めさせるか」です。
私は原作ゲームのメインストーリーでの展開と先生の言動を熟慮した末、きっと先生ならこう答えるのではなかろうか…と解釈しました。