ブルーアーカイブ 認知改変もの   作:9eyes

7 / 14
居なくなったことにされるなんて、認められない人もいます


第一部 第五話 その名で呼ぶ生徒達(2) あなたが誰か、知っている

壁に背を預けかけて、先生は息を止めた。肩甲骨のあたりに痛みが走る。身体を少し前へ戻すと、今度は膝が震えた。

 

ミレニアムの廃墟区まで来ても、休める場所を選ぶ基準は変わらなかった。外から見えないこと。足音が聞こえること。逃げ道があること。

崩れた壁の隙間を、もう一度確かめる。誰もいない。そう確かめたばかりなのに、靴底が瓦礫を踏む音に顔を上げていた。

 

廃墟の柱の向こうで、靴音が止まった。

 

「クックック…随分とお困りのようですね。先生」

 

柱の陰から、黒いスーツが現れた。

先生は壁から離れた。立ち上がる途中で背中がまだ痛んだが、目は黒服から外さなかった。

 

”君か、何の用だ”

 

黒服は顔の炎を立ちのぼらせながら答える。

 

「あなたへの協力を申し出ている生徒のご紹介と、商談の持ちかけに上がりました」

 

”……誰のことだ”

 

「砂狼シロコ。あなたが、別の世界から迎え入れた方です」

 

先生は返事をしなかった。黒服の手元を見て、それから背後の暗がりへ視線を移す。

 

”彼女は何処にいる”

 

「我々の拠点で、お待ちです。転送器を使えばすぐにお会いになれます」

 

”彼女を、君達が連れてきたのか”

 

「いいえ。ご自身で我々を訪ねていらっしゃいました。私に会うなり銃を向けるという物騒なご挨拶つきで、ですがね」

 

――なんか、いかにもありそうな話だ。

 

この言葉だけで信用するわけにはいかないが、彼女が黒服のもとにいるなら確かめずに去るわけにもいかなかった。

 

”会わせてもらいたい。君の言う商談とやらはシロコと会った後でもいいかい?”

 

「結構です」

 

差し示された転送器の前で、先生は一度だけ周囲を見渡した。

瓦礫と、壁の切れ目。誰かが来る前に離れなければならない場所を、また一つ覚えずに済む。

先生は黒服の後に続いた。

 

転送を終えると、足の下は平らな床になっていた。

照明に目を細める。剥き出しの配管が天井を這い、壁際の木製カウンターと酒瓶の棚を琥珀色の灯りが照らしていた。

奥には低いテーブルと革張りの椅子が並び、古びたバーを思わせる。

室内の奥で椅子が動き、長い灰色の髪が揺れた。

 

「先生」

 

彼女が歩いてくる。黒いドレス、欠けた光輪。間違いない。

先生は声を返そうとして、喉を鳴らした。その間にも彼女は近づき、数歩手前で足を止めた。

 

”シロコ……私が、分かるのか”

 

「もちろん。あなたが誰か、知っている」

 

迷いのない返事だった。

 

「私を、あの舟から降ろしてくれた人、ここに居ても良いと言ってくれた人。私の二人目の先生。そうでしょう?」

 

息が、長く抜けた。

彼女の顔を見たまま、次の言葉が出てこない。握っていた手を開くと、爪の跡が掌に残っていた。

 

「先生?」

 

”……うん。そうだね”

 

ようやく頷いた拍子に、肩が下がった。背中が痛んだ。それでも、今度は痛みが過ぎるまで待っていられた。

シロコが傍らの椅子を引いた。先生は礼を言って腰を下ろし、背もたれには触れない位置で身体を落ち着ける。

 

”でも、どうしてここに? 黒服を訪ねてきたと聞いたけれど”

 

* * *

 

アビドスで、シッテムの箱が奪われたという報道を見た。そこに映っていた「先生」は、知らない人だった。

モモトークで聞いてみると、先生のアカウントから「代替機があります」と返ってきた。

シッテムの箱に代替機がある?この時点で既におかしいと思ったが――私は「私の世界にいたA.R.O.N.Aはどうなったの?」と送った。

既読はついた。でも、返事はなかった。

もう一度、「A.R.O.N.Aは何処へいった?」と送った。今度は既読すらつかず、返事もなかった。

 

対策委員会のグループで、報道に映っていた人は誰なのか聞いた。みんなは私を心配してくれた。でも、あの人を先生だと思っている。

私は先生と一緒に撮った集合写真を送った。

「この写真に写っている先生と、今シャーレにいる人を見比べてほしい。同じ人に見える?」と聞いた。

 

ノノミは「知らない人が写っていますねぇ」。こっちの私は「でぶシロコはこれだから。そもそもあの時の集合写真はこれじゃない」。あとは顔の部分だけ違う、画像が壊れている、ピンぼけてる、と返ってきた。

 

五人とも写真を間違いなく見ている。なのに、先生だと認めない。

私は個別のトークを開いて、全く同じ画像を送り直して再度確認を求めた。

今度のノノミは、先生の顔だけ別の人になっていると言った。画像が壊れていると言ったはずのセリカは、こんな写真ではなかったはずだと返してきた。

 

送った写真は同じ。答えは毎回微妙に違う。それでも「集合写真の人物を私の知る先生だとは認めない」という意味では全く同じだ。

入力しかけていた三回目の確認依頼を消して、モモトークを閉じた。

 

私が元いた世界に、こんな事件はなかった。

先生を捜さなければいけない。でも、居場所が分からない。

――そうだ、私の世界でゲマトリアの拠点に乗り込んだことがある。まずはそこを確かめてみよう。

 

途中で、トリニティと百鬼夜行の子がそれぞれ起こした事件を知った。気にはなったが向かう先は変えなかった。

あいつらは人や物を瞬間移動させられる手段を持ってたはずだ。使い方を吐かせて〈借りる〉ことにしよう。

いちばん可能性の高い拠点に誰もいなければ、おそらく先生に会ったと思われるトリニティの子に接触する。必要なら力尽くで助け出すつもりだった。

 

ともあれ行ってみると、そこには黒服達がいた。

途中にいた、なんかでかい輪っか?みたいなのを背負ってるデカブツを蹴散らした私は銃を向け、このように尋も…質問した。

 

「別の人間が先生として扱われている。あなた達、何か知っていることは?」

「お答えしますとも。お答えしますから銃を下ろしてください…まず、一番気になっているであろう点からお答えします。この事件、仕掛け人は我々ではありません」

「…本当に? じゃあ、何か心当たりは?」

 

黒服は、自分達の技術に由来する干渉と、それを受けた生徒達から発生する特殊なエネルギー波を観測していると答えた。おそらくカイザーだろうと言う話だが、まだ断定は出来ないとも言った。

銃口を下げずに説明を聞いた。その途中で示された記録に、目が止まった。

 

生徒から発生した波の記録が、五人分。その時刻に覚えがあった。

片手でモモトークを開く。集合写真を投稿した時刻と、記録の時刻が重なっていた。

 

「……この時、私がみんなに写真を見せた」

 

黒服が、私の端末へ顔を向けた。

私は返信を遡って見せた。グループに届いた五人の言葉も、個別に確かめたあとの言葉も。

 

「ふむ、こちらの投稿日時と、誰に、何を書き込んだのか。メモを取らせてもらってもよろしいですか?」

 

「なるほど。観測対象ではなく観測者のほうにこそ仕掛けの本質が…」

 

先生のことは、もう捜していると説明された。既に捜索が進んでいるなら、まずその結果を待つことにした。

着いてから十二時間ほど経った頃、ミレニアムの廃墟区で見つかったと知らされた。

 

「では、お連れして参ります」

 

黒服はそう言って、転送器へ向かった。

 

* * *

 

シロコが話し終えても、先生はしばらく膝の上の手を見ていた。

写真を送り直す彼女の指を思った。相手を変え、尋ね方を変えても、同じところへ戻される。

そのたびに自分の目を確かめたであろう彼女に、何から言うべきか迷った。

 

”心配してくれてありがとう。正直言うと、参っていたんだ”

 

顔を上げると、シロコは小さく頷いた。

 

「ん…私も手伝う。先生にその意思があるなら、あなたをシャーレに戻してあげたい」

 

”シロコ”

 

呼びかけてから、先生は言葉を選んだ。

 

”相手も、何をしているのかも、まだ分かっていない。手伝ってもらうなら、きっと君にも危険が及ぶ”

 

「それは、分かってる」

 

”アビドスのみんなに起きていることも、放ってはおけない。でも、だからといって、君にこれ以上の危険を引き受けてもらっていいのか……”

 

彼女には、この世界で過ごす時間がある。仲間のもとへ帰り、明日の予定を話せる日々があってほしい。

そのためにあの舟から降ろしたはずだった。

先生は口を閉じた。シロコがまっすぐにこちらを見ていた。

 

「先生。ん…その、うまく伝わらないかもしれないけど、どうか聞いて欲しい」

 

先生は頷いた。

 

「もしも、あなたがもうこのキヴォトスで先生を続けていく意思を失っていたり、別の誰かに託すと決めたのならば、私から言うことはない」

「私は一度終わった存在、終わりたくなった時の気持ちも分かるから」

 

彼女は膝の上で手を握ったり開いたりを繰り返している。

 

「でも今はそうじゃない。〈私の〉先生から託されたあなたが存在ごと無かったことにされた。そして、あなたが託した訳でもない別の人があそこにいる」

 

シロコの手が、ゆっくりと握られた。

 

「〈私の〉先生と同じ名前で呼ばれて、〈私の〉先生が…何もかもを捧げてまで私を守ってくれた人が…腰掛けていたのと、同じ椅子に座っている」

 

途切れた言葉の続きを、先生は待った。

彼女の視線は一度下がり、再び先生の顔へ戻ってきた。

その眼差しから強い意志を感じる。

 

「これは〈私の〉先生への侮辱…だと、思ってる。それに、今がこっちのアビドスの皆にとって、新しい始まりになるとも思えない」

 

「誰が何のつもりでやってるのかも分からないけど……こんなふざけた真似を私は認めない…絶対に、認められない」

 

静かな部屋に、その声が残った。

先生は彼女から目を逸らさずにいた。自分が戻りたいと願っている場所を、彼女も知っている。

ただ心配して捜しに来たのではない。そこに誰が座るのかを、彼女自身が譲れずにいる。

 

「だから先生、あなたがシャーレに戻る気でいるなら私にも協力させて欲しい。それに、先生は生徒の自主性を重んじるべき…でしょ?」

 

最後に、ほんの少し首が傾いた。

先生は息を吐いた。今度は、かすかに笑いが混じった。

 

”……戻るよ。皆が卒業する日。その姿を見届けたいからね”

 

シロコが頷く。その顔を見てから、先生も頷き返した。

 

”シロコ、君の力を貸してくれ。大いに頼りにさせてもらうよ”

 

「ん…任せてよ、先生」

 

握られていた彼女の手がほどけた。

先生は椅子の上で座り直した。背中にはまだ痛みがある。立つ時には、また少し時間がかかるだろう。それでも、次に何処へ向かうかは、彼女と話せる。

 

少し離れたところで、黒服が身じろぎした。

 

「クックック……では、ここからは大人の時間と参りませんか?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。