謎の強キャラで噂になりたかっただけなのに!   作:なにわ

1 / 4
第1話 梟との出会い

 

 

 

富士樹海ダンジョン32階層。

 

人類未踏の領域に、4チーム26人の探索者が集まっていた。

 

会話はない。

 

聞こえるのは荒い息づかい、痛みに呻く押し殺した声、ビーコンのバイブ音、そしてドローンの小さなプロペラ音だけだった。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[これ本当に攻略配信か……?]

 

[誰も喋らないの怖すぎる]

 

[さっきから呻き声しか聞こえないんだけど]

 

[30人で入ってこの状態ってマジ?]

 

[頼むから全員帰ってきてくれ]

 

 

「荒巻さんたちが近づいて来てる」

 

薔薇十字の上原亜紀は、手元のビーコンの振動間隔が短くなっていることに気付き、声を上げた。

 

周囲を警戒しているためか、その声は囁くように小さい。それでも、この静寂の中では皆の耳に大きく聞こえた。

 

「足音は4人分。トカゲの足音は聞こえない。……撒いたみたい。……1人、足を引きずっている」

 

同じチームの上原明美が地面に耳を当て、足音から状況を補足する。

 

返事は誰からもなかったが、皆が顔を上げ、自分たちが必死に逃げてきた道に目を向けた。

 

ヴヴヴ……ヴヴヴ……ヴヴヴ……

 

ビーコンのバイブ音が連続し始めた時、曲がり角から疾風のメンバー4人が姿を現した。

 

リーダーの荒巻宗後は、古傷のある右足を引きずるように歩いている。

 

これで5パーティー30人。攻略隊の全員が揃ったことになる。

 

しかし、無事な者は1人もいなかった。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[荒巻宗後きた!]

 

[日本最高のSランクだぞ!]

 

[荒巻さんがいるならまだ何とかなるだろ]

 

[いや右足どうした?]

 

[あの人、政府のデカい依頼でも必ず名前が挙がる人だぞ]

 

[中華の三合会壊滅の時も参加してたよな]

 

[普段メディアに出ない人だからこういう配信で見るの珍しい]

 

[荒巻さんが殿を務めてる時点で相当ヤバい]

 

[全員揃ったのは良かったけど、誰も無事じゃないじゃん……]

 

 

「やっと撒けたぜ。しつこいったらありゃしねえ。全員生きてるな。ヤバいやつはいるか?」

 

「ご無事でしたか、荒巻さん。殿、お疲れ様です」

 

薔薇十字の新庄静香が水筒を荒巻に手渡しながら、僅かに表情を緩める。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[静香ちゃんだ!]

 

[新庄静香きたあああ]

 

[今日も綺麗だな]

 

[薔薇十字の公開攻略いつも見てる]

 

[探索者で一般知名度なら静香さんが一番だろうな]

 

[協会の広告にも出てるしな]

 

[この状況でも荒巻さんを気遣えるのすごい]

 

[静香ちゃん頑張れ……]

 

[長官の娘さんだっけ?]

 

[公言してないだけで有名な話]

 

[コネだなんだ言う奴いるけど、Sランクの実力まで否定するのは無理だろ]

 

[まあ親が親だから恵まれてるのは事実だろ]

 

 

「すみません。退却時に物資を放棄したため、水もあまりありません。口を湿らす程度でお願いします」

 

「わかってるよ。今はそれでもありがたい」

 

荒巻は水筒を疾風のメンバーへ回した。

 

4人が順番に少しずつ口を付けていく。

 

最後に水筒が荒巻の手に戻る。

 

彼は僅かに口を湿らすと、静香に返しながら声を張った。

 

「現状を確認する。現在地は32階層のどこか。正確な場所はわからねえ。物資は手元にあるだけ。怪我人は……無事な奴はいねえ。深層対応通信機は壊れちまった。他になんかあるか?できれば良いニュースが聞きたいがな」

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[深層対応通信機が壊れた?]

 

[救助隊と連絡取れないのか]

 

[ドローンは生きてるんだよな?]

 

[荒巻さんが状況整理してくれてる]

 

[静香さんも冷静だな]

 

[普段の公開攻略とは雰囲気が違いすぎる]

 

[これ本当に帰れるのか?]

 

 

「帰り道なら覚えている。けど……トカゲと遭遇した広場を通らなければならない」

 

ちょこんと手を上げながら亜紀が発言する。

 

「トカゲと遭遇した広場に入る前に分かれ道があった。私達は左を通ったけど、迂回して右の道に行けたらトカゲは避けられる」

 

周囲を警戒しながら明美が続く。

 

「悪い情報です。重傷者が1名。加藤さんです。手元のポーションと治癒魔法で応急処置をしたため、すぐにどうこうなる状況ではありませんが、流れた血までは回復しません。本来なら、すぐにでも病院で処置をしなければなりません」

 

静香は唇を噛み、俯きながら報告する。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[重傷者いるのか……]

 

[病院で処置って相当だろ]

 

[静香ちゃんの顔……]

 

[いつも明るく攻略してる人だから余計にきつい]

 

[加藤さん頑張ってくれ]

 

[誰か一人でも欠けるのは嫌だ]

 

 

その後も、周囲からぽつぽつと現状が報告された。

 

「私の通信機はあるが、深層対応になっていない。ベースキャンプ近くまで行けば使えると思う」

 

「良いニュースだよ。ドローンは生きてるから、こちらの状況は伝わってるはずだし、救助が来る可能性はあるよ」

 

一通り報告を聞いた荒巻は、大きくため息をついた。

 

「まとめるぞ。重傷者がいる。水も食料も少ない。通信は今の場所では使えず、帰るにはトカゲの住処を通る必要がある。ここまでは全員いいな?」

 

皆が僅かに頷く。

 

誰もが理解していたはずの現実を、改めて突き付けられた気分だった。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[救助はまだ来ないのか]

 

[協会も状況把握してるはずだよな]

 

[救助隊だって32階層まで来られないだろ]

 

[この人数を連れて帰るの無理じゃないか?]

 

[荒巻さんがいるから何とかなると信じたい]

 

[でも荒巻さんも負傷してるんだぞ]

 

[頼むから全員で帰ってくれ]

 

 

皆が気落ちして俯く中、荒巻だけは顔を上げ、声を張った。

 

「なら、やることは一つだ。別ルートを探す。見つからなければ、あのトカゲどもをどうにかして突破するしかねえ!」

 

皆、俯いていた顔を上げ、頷いたり軽く返事を返したりする。

 

荒巻は内心の懸念を隠し、浅くため息をついた。

 

この状況で諦めたりヤケになられたりしたら、収拾がつかない。

 

皆で協力したところで帰れる保証はない。

 

だが、協力しなければ確実に帰れない。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[荒巻さんらしいな]

 

[こういう時に弱音吐かない人だよな]

 

[過去の攻略映像でも判断が早かった]

 

[荒巻さんがいるからまだ希望がある]

 

[でも今回は人数が多すぎる]

 

[全員守るのは無理だろ……]

 

[別ルート見つかってくれ]

 

 

「しっ!全員、静かにして」

 

周囲を警戒していた明美が声を上げる。

 

「ギィー」

 

皆の顔に緊張と絶望が走った。

 

小さな音だったが、先ほどまで嫌というほど聞いていた、二度と聞きたくないと思っていた鳴き声だ。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[え?]

 

[今の鳴き声……]

 

[まだ追ってきてるのかよ]

 

[やめろやめろやめろ]

 

[もう逃げられないだろ]

 

[全員武器持て!]

 

[頼むから来ないでくれ]

 

 

「糞がっ!全員立て!動けない奴を中心に陣形を組め!俺が殿を持つ!撤退戦だっ!」

 

荒巻は声を荒げ、皆に指示を出す。

 

動けるメンバーが武器を構え、周囲を警戒する。

 

どこから来る……何匹いる……。

 

シーフの2人は陣形には参加せず、広場の端に移動している。

 

明美は地面に耳を当て、足音を拾う。

 

亜紀は反対側に移動し、同じ格好を取っていた。

 

「こっちはいないよ!」

 

亜紀が顔を上げ、皆に報告する。

 

地下では音が反響し、方向が掴みにくい。

 

彼女たちは地面に伝わる振動や音を頼りに、敵の方角を判断する。

 

亜紀がいないと言えば、その方向にはいないと信じられる程度の信頼と実績がある。

 

荒巻が明美の方へ移動し、大剣を構える。

 

他のメンバーも荒巻に続き、陣形を組む。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[荒巻さんが前に出た]

 

[殿を自分で持つのか]

 

[この人本当にリーダーだな]

 

[シーフの二人の索敵が頼りか]

 

[明美さんと亜紀さんの索敵はかなり有名だよね]

 

[あの二人がいるから攻略隊の索敵は安定してたんだろうな]

 

[今はそんな余裕ないけど]

 

 

「こっち!さっきのトカゲ!数10以上!距離100!5秒で会敵!」

 

4……

 

3……

 

2……

 

1……

 

0……

 

「……来ないな?」

 

荒巻がぽつりと呟く。

 

だが、荒巻は警戒を解かない。

 

「います。明美さんが聞いたのです」

 

静香は警戒を解かず荒巻に答える。

 

皆も警戒を解かない。

 

いないはずはない。

 

明美がいると確認したのだから、確実にトカゲはいるはずなのだ。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[来ない?]

 

[どういうこと?]

 

[トカゲが引き返した?]

 

[10匹以上だぞ?]

 

[何かあったのか?]

 

[配信の音声、静かすぎないか]

 

[あの距離ならもう来てるはずだろ]

 

 

陣形の端にいた明美が、警戒を解かずにゆっくりと前へ出てくる。

 

再び地面に耳を当て、周囲の音を拾う。

 

先ほどまで聞こえていた無数の足音は、いつの間にか消えていた。

 

静寂を破るように、

 

コツッ。

 

「えっ?足音?」

 

コツッ……コツッ。

 

「……二足歩行の足音が1つ……靴を履いてる?……人間?」

 

コツッ……コツッ……コツッ……

 

明美は自分の聞いたものが信じられない。

 

それでも、自分の耳が間違ってるとは考えられない。

 

信じられなくとも、自分の聞いたものをそのまま言葉にし、皆に報告した。

 

「人間が1人、歩いて来ます」

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[は?]

 

[人間?]

 

[32階層に?]

 

[未踏領域だぞ?]

 

[攻略隊以外に誰がいるんだよ]

 

[人型モンスターの可能性は?]

 

[明美さんが聞き間違えるとは思えない]

 

[待って、何が来るんだ?]

 

 

明美の報告を受けても、誰もすぐに反応出来なかった。

 

人間が1人歩いて来ます?

 

言葉の意味はわかるが、言っている意味がわからない。

 

ここは富士樹海ダンジョン32階層。

 

自分たちが入るまで、誰も足を踏み入れたことのない場所なのだ。

 

精鋭5パーティー、30人が万全の準備をしてもボロボロになる場所なのだ。

 

しかし、明美が来ると言えば来る。

 

信じられる程度の信頼と実績が明美にもある。

 

人間かどうかは別として、トカゲが来るはずだった場所から、二足歩行の何かがこちらにやって来ている。

 

先ほどとは違った緊張感がメンバーに走る。

 

トカゲの脅威は命に関わるものだった。

 

だが、今の脅威は未知の何かに接触することそのものだ。

 

コツッ……コツッ……コツッ……コツッ……

 

シーフの2人以外の耳にも足音が聞こえる距離まで、未知の存在が接近している。

 

曲がり角から影がすっと伸び、1人の男が現れた。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[人だ]

 

[マジで人間じゃん]

 

[誰だよあれ]

 

[攻略隊の人間じゃないよな?]

 

[救援?]

 

[いや、救援なら連絡が入るだろ]

 

[何であんな普通に歩いてる?]

 

[通信機は壊れてるから連絡出来んだろ]

 

[トカゲはどうした?]

 

[さっきまで10匹以上いたんだよな?]

 

 

「お前は!何をしにきたっ!」

 

荒巻が声を荒げ、大剣を持つ手を強く握る。

 

亜紀は現れた男を観察する。

 

人間に見える。

 

身長は大柄な荒巻より少し小さいくらい。190はあるだろうか。

 

黒目、黒髪。日本人に見える顔立ちだ。

 

黒いコートを着ており、両手はポケットに入れている。武器の有無は不明。

 

体格はわかりづらい。

 

靴は探索者がよく履くブーツだ。

 

……綺麗すぎる?

 

砂も汚れもついていない?

 

カランッ。

 

隊列の反対側から音が聞こえる。

 

視線を男からは外さず、音の正体を推測する。

 

自分が使っているダガーと同じ物が落下した。

 

明美が落としたのか?

 

姉はこの状況下で、そんなマヌケをするような人ではない。

 

何があった?

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[今の何?]

 

[武器落とした?]

 

[誰だ?]

 

[画角が悪い、見えない]

 

[荒巻さんが警戒してる]

 

[あの荒巻さんがあそこまで警戒する相手って何だよ]

 

[男が何かした?]

 

 

声を上げた荒巻の顔を男はじっと見つめる。

 

1秒……2秒……痛いほどの緊張が続くかと思われたが、不意に荒巻の肩から力が抜け、大剣の切っ先が地面を向いた。

 

男は荒巻から視線を外し他のメンバーの顔を順に見始めた。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[え?]

 

[荒巻さん?]

 

[今、剣を下ろした?]

 

[何で?]

 

[待って、荒巻さんだぞ?]

 

[日本最高のSランクが警戒を解いたんだけど]

 

[知り合いなのか?]

 

[いや、今の反応は何だ?]

 

[何もしてないように見えたぞ]

 

[怖い怖い怖い]

 

 

亜紀と男の視線が一瞬合った。

 

突如亜紀に強烈な違和感と不快感が押し寄せる。

 

男のかける丸メガネ越しに見た瞳は何の感情も読み取れない。

 

昆虫の…いや。カメラのレンズを思い出す。ただこちらを映しているだけ。そこに意思や感情があるのかもわからない。こちらを人間と認識しているのかすら怪しい。

 

男は亜紀には興味がなかったのか、また視線を動かし始めた。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[目が怖い]

 

[表情が全然変わらない]

 

[あれ人間なのか?]

 

[何かのスキル?]

 

[亜紀さんの反応おかしくない?]

 

[さっき誰か武器落としたし精神系の攻撃か?]

 

[荒巻さんも静かになったし、何なんだよ]

 

 

ふと、男の視線が止まり、静香をじっと見つめる。

 

それまで何の感情も浮かべていなかった口元が、唐突に笑みの形を作った。

 

「見つけた。」

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[見つけた?]

 

[何を?誰を?]

 

[静香さん?]

 

[知り合いなのか?]

 

[何で静香ちゃんを見て笑った?]

 

[ストーカー!]

 

[不謹慎だがワロタヤバすぎだろ]

 

[まさか敵?]

 

[静香さん逃げて!]

 

[荒巻さんが警戒を解いてるんだよな……]

 

[この男、何者なんだよ]

 

[誰か身元を確認してくれ]

 

 

男は口元に笑みを貼り付けたまま陣形中央付近にいる静香の元に真っ直ぐ歩いて来る。

 

周囲の探索者達は近づく男に対して攻撃を仕掛けようと武器を握り込み重心を前に…

 

「待てっ!」

 

荒巻が声を上げる。

 

右手を上げ指は3本。水平に移動する。

 

(警戒維持。待機。なぜ?)

 

探索者達に疑問はあるが荒巻の指示により武器は下げず男に攻撃も仕掛けない。

 

荒巻自身も大剣を下げず右手を握りなおした。

 

男は周囲の探索者達の動作を気にも留めず静香だけを見ながら歩いて来る。

 

「えっ?あの…?」

 

警戒維持。待機。荒巻の指示はわかるが静香は近づく男にどう対処すれば良いかわからず武器を構えながらも後ずさる。

 

後ろに下がる静香に男はなおも真っ直ぐに近づいてくる。

 

「あっ…」

 

ドサリと静香が尻もちをつき、一瞬男から目を離したら既に男は静香を見下ろして口を開いた。

 

「新庄静香さん。薔薇十字のリーダー。探索者ランクはS。ダンジョン庁長官、新庄新一氏の長女。お間違えはありませんか?」

 

「えっ?」

 

目の前にいる男はポケットから手を出し、背筋を伸ばしたまま首だけを傾け、静香に問いかけた。

 

静香の経歴を淡々と問いかける男はまるで役所の職員かのようだ。

 

ここが地獄の底でなければだが。

 

「待って!待って下さい!貴方は誰なんですか!?」

 

混乱する静香が叫ぶように問いかけるが男は淡々と静香に答える。

 

「あぁ。失礼。梟と申します。それでお間違えはありませんか?」

 

何なのだ。この男は?名前が知りたかった訳ではない。いや。名前も知りたいが、所属は?目的は?動機は?何故1人でここにいるのか?何もわからない。

 

「はい。そうですが…。」

 

混乱した静香は反射で梟の質問に答える。

 

「はい。確認しました。新庄静香さん。お父上であるダンジョン庁長官。新庄新一氏から依頼を受け、お迎えに上がりました。」

 

男、いや梟は、貼り付けた笑みを崩さずコートの前をゆっくりと開け内ポケットから通信機を2本の指で取り出す。

 

余計なトラブルを防ぐためにある探索者界隈のマナーだ。

 

しかしこの男が行うとからかっているのか?人間のふりをしているのか?と勘ぐってしまいそうになる。

 

普通のスマホの3倍はあるゴツゴツとした見た目の通信機は深層対応の特徴だ。

 

梟は慣れた手つきで通信機を操作し、どこかに連絡をするようだ。

 

「新庄さん?梟です。………はい。対象を確認しました。………はい。………では依頼を対象にお伝え下さい。」

 

「静香さん。どうぞ。お父上に繋がっています。」

 

梟が静香に通信機を渡して一歩下がり視線を外す。

 

動作だけみるとまるで普通の人間みたいだ。

 

「父さん…うん。大丈夫。……怪我は大したことないよ。」

 

「うん。……えっ?ついて行けって?彼は何者なの!?」

 

「そうじゃなくて!………知る必要はないって……なによ!」

 

「うん。……はい。…わかった。彼、梟さんについて行けば良いのね。」

 

通話が終わると梟に通信機を返し父の言葉を頭の中で整理する。

 

結局なにもわからなかったに等しいが彼が父に雇われた人物であり、自分達を帰してくれる存在であることがわかれば今は良い。

 

「では。帰りましょうか?」

 

通信機をコートにしまい梟は静香に手を差し伸べる。

 

目まぐるしく変わる状況に混乱していたが、私はまだ尻もちをついて座り込んだままだった。

 

「あっ…はい。ありがとうございます。」

 

梟の手を取り立ち上がる。

 

梟は静香の手をそっと引き、歩き出した。

 

「あの。重傷者がいます。ここまで1人で来られたのですから実力は疑っていませんが皆も疲労が激しいですし…大丈夫でしょうか?」

 

静香が梟に問いかける。

 

梟は静香の声に振り向き、首をかしげ、なにを聞かれたのかわからないといった風に答えた。

 

「私は静香さんを連れて帰るのが仕事ですから?」

 

「えっ?」

 

私を連れて帰るのが仕事?他のメンバーは?私「だけ」を連れて帰るつもりなの!

 

「待って下さい!私だけが帰ることは出来ません!貴方は人(ひと)の命を何だと思っているんですかっ!」

 

「ひとの命ですか?もちろん他人(ひと)の命だと思っていますよ。」

 

同じ言語を話しているのに言葉が通じている気がしない。

 

「はぁ…私としては自分の足で歩いてくれた方が楽だったのですが…」

 

「なにをっ………」

 

梟の右手が一瞬ブレたように消えた瞬間、首筋に衝撃が走り意識が落ちていく………

 

「おっと。疲れていたのでしょうね。」

 

倒れていく静香を梟が優しく受け止める。

 

梟は静香を肩に担ぎ、歩き出した。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[え?]

 

[今何した?]

 

[静香ちゃん倒れた!?]

 

[首に触ったように見えたんだが]

 

[気絶させた?]

 

[おい待て待て待て]

 

[救助に来たんじゃないのかよ]

 

[静香さんを担いだ!?]

 

[何で!?]

 

[荒巻さん止めないの?]

 

[いや荒巻さん、さっきから動かないぞ]

 

[どうなってんだよこの配信]

 

[怖すぎるだろ]

 

 

「相変わらずだな!梟。」

 

荒巻は大剣を背にしまうと、梟から距離を取ったまま両手を広げた。まるで、久しぶりに会った相手をハグで迎えるような格好で声をかけた。

 

「あぁ。荒巻さんじゃないですか。網走以来ですね。右足は綺麗にくっついたんですか?おめでとうございます。」

 

「めでたかねーよ!めちゃくちゃしやがって!まだ痛てーんだぞ!」

 

「まぁまぁ。それは不幸な事故であったとお互いに合意したじゃありませんか?なにか不満が?」

 

「わかってるよ!文句ぐらいは言わせろ!」

 

荒巻が武器をしまい、両手を広げたのを見て、周囲の探索者達も武器を下げた。

 

しかし、状況が理解出来ない。

 

笑顔を貼り付けたまま静香を肩に担ぐ梟と、両手を広げ怒りを見せる荒巻。

 

知り合いであることは確かだろうが、静香はどうするのだろうか?

 

しかし荒巻が武器を下げ、手を広げている以上、自分たちの警戒が不利に働く可能性もある。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[網走?]

 

[今、網走って言った?]

 

[荒巻さんの怪我って網走の件だよな?]

 

[不幸な事故って何だよ]

 

[めちゃくちゃしやがってって言ってたぞ]

 

[知り合いどころじゃないだろ]

 

[荒巻さんが怒鳴ってるのに全然怖くないの何なんだ]

 

[静香ちゃん担いだまま普通に会話してるの草]

 

[いや笑い事じゃないだろ]

 

[この男、荒巻さんより強いのか?]

 

[待って、あの荒巻さんが武器をしまった理由がわからん]

 

 

「お前はこんな所まで仕事かよ。」

 

「はい。荒巻さんもですか?お互い大変ですね。」

 

「長官から嬢ちゃんの救出依頼か?」

 

「……………。」

 

「俺らの扱いはなにか聞いてるか?」

 

「いいえ。なにも。荒巻さんたちは今回の仕事には関係していませんよ。」

 

「ダンジョン庁や協会からはなにか聞いているか?」

 

「……………。」

 

「そうか…わかった。ついでの仕事を頼みたい。1人1億。計29億だ。30階層のベースキャンプまでで良い。頼めるか?」

 

梟は唇に指を当て、芝居がかった仕草をしながら答える。

 

「ん~~。まぁ大した手間ではありませんが寄り道になりますね。荒巻さんからの依頼ですし、地上まで1人1億5千万なら受けましょう。」

 

「高けーよ!30階層までで良いって言ってるだろうがっ!」

 

「荒巻さんは知っていますよね?私の……………。」

 

「ちっ。わかったよ。43億5千万だな。」

 

「お支払いは地上に着いたら荒巻さんが?他の方が個人で?」

 

「とりあえず俺が払う。仕事は受けてくれるってことで良いんだな?」

 

「はい。私は梟と申します。仕事が終わるまで皆さん、よろしくお願いします。」

 

梟が救助者となった29人に笑みを貼り付けたまま挨拶をする。

 

先ほどとは違い1人1人の顔を記憶するようにゆっくりと視線を移動させる。

 

ふと、梟の視線が明美の顔で止まった。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[え?]

 

[今、金の話した?]

 

[1人1億!?]

 

[29人で29億!?]

 

[いや地上までなら43億5千万だぞ]

 

[何だこの救助費用]

 

[荒巻さん払えるの?]

 

[政府案件なら出るんじゃないか]

 

[でも荒巻さんが個人で払うって言ってたぞ]

 

[この男、救助に来たんじゃなくて商売しに来たのか?]

 

[静香ちゃんの救助は長官の依頼なんだよな?]

 

[他の29人は別料金ってことか]

 

[守銭奴かよ]

 

[でも荒巻さん、あっさり値段飲んだな]

 

[値切らないのが逆に怖い]

 

 

「おや?今日は旧知の顔を良く見る日ですね。今は…上原明美さんでしたか?ご両親のことは残念でしたね。」

 

明美は梟の目を見たまま動かない。

 

長い沈黙の後……………

 

「どうも…」

 

絞り出すかのような小さい声で返事をする。

 

「あの!姉になにか?!」

 

亜紀が明らかに様子のおかしい明美を庇うように梟と明美の間に立つ。

 

「姉?あぁ。妹さんですか?似ていないからわかりませんでしたよ。」

 

亜紀と明美は一卵性の双子であり薔薇のメンバーですら間違えることがあるほどに似ている。

 

似ていない?初めて言われた言葉に亜紀は興味を惹かれ梟に問いかける。

 

「似てませんか?そっくりだって言われるんですけど?」

 

「目が違います。」

 

梟は亜紀には興味がないのか会話を切り、また視線を移動させた。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[上原明美?]

 

[今の反応何だ?]

 

[明美さん、顔色悪くない?]

 

[ご両親ってどういうこと?]

 

[梟って何者だよ]

 

[亜紀さん。庇った?]

 

[似ていないってどういう意味だ]

 

[目が違う……?そっくりじゃん]

 

[何か意味深なこと言ったぞ]

 

[この男、知り合いが多すぎないか?]

 

[荒巻さんに明美さんって、何者なんだよ]

 

 

次に梟の視線が止まったのは、地面に座りこみ荒い息をする加藤の所だ。

 

梟は加藤をじっと見つめ荒巻に問いかける。

 

「多分、地上までは持ちませんよ?回復させた方が良いのでは?」

 

「ねーんだよ!ポーションも魔力も!あったらとっくにやってるよ!」

 

「では、置いて行きますか?1人分お安くなりますよ。」

 

「馬鹿野郎がっ!金は払うんだ!連れて帰るんだよっ!」

 

「ん~~。無駄足になるのは主義に反しますね。ポーションならありますがお売りしましょうか?」

 

「あるなら最初から出せよ!いくらだ?!」

 

「そうですね。1本1千万で購入したポーションですから、緊急性が高いことと深層料金で1億にまけておきましょう。」

 

「はぁ〜。わかった。地上で一緒に払うからポーションをくれ。」

 

梟から奪うようにポーションを受け取り加藤に飲ませる。

 

かなり効果が高いのかすぐに呼吸が落ち着き荒巻に声をかける。

 

「すみません。荒巻さん。地上に着いたら自分で払いますから。」

 

「良いって。まとめて上に請求するから気にすんな。」

 

「これで帰れますね。助かって良かったです。後は…。」

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[ポーション持ってたのかよ!]

 

[さっきまで出さなかったの何なんだ]

 

[1千万のポーションを1億で売るのか]

 

[深層料金って何だよw]

 

[いや命が助かるなら安い……のか?]

 

[置いて行きますか?は草]

 

[笑えねえよ!]

 

[荒巻さん、即答で連れて帰るって言ったな]

 

[この状況で値段交渉してるの異常だろ]

 

[でも加藤さん呼吸落ち着いた!]

 

[助かった……本当に良かった]

 

 

梟はドローンを見て荒巻に声をかける。

 

「荒巻さん。あのドローンの扱いは?」

 

「ん?あぁダンジョン庁と文科省の肝いりらしいぞ。今回の攻略のために深層対応機能を入れた最新型だってよ。」

 

「いえ。そうではなく、ドローンの映像を止めることは出来ますか?」

 

「俺がわかるわけないだろう。」

 

「そうですか…なら仕方ありませんね。」

 

梟が右手をわずかに動かすとドローンがキンッと音を鳴らし落下する。

 

ガシャン

 

梟は落ちたドローンを足で踏み潰し、完全に壊れたか確認している。

 

富士樹海ダンジョン公開攻略Live

 

 

[は?]

 

[今何した?映像落ちたぞ]

 

[ドローン落ちたぞ]

 

[え、撃ち落とした?]

 

[右手動かしただけに見えたんだが]

 

[最新型だって言ってたよな?]

 

[踏み潰したwww音声も落ちたw]

 

[笑ってる場合じゃないだろ]

 

[映像止めるってそういう意味かよ]

 

[この男、何がしたいんだ?]

 

[荒巻さん止めろよ!]

 

[いや荒巻さん、もう諦めてない?]

 

[静香ちゃん担いでるし、加藤さん助けたし、敵ではない……のか?]

 

[結局何者なんだよ]

 

 

「お前なぁ〜。まぁ良いけど。上から文句が来たら…いや。さっさと帰ろうぜ!」

 

「ええ。では帰りましょう。」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。