謎の強キャラで噂になりたかっただけなのに!   作:なにわ

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第5話 噂の始まりと終わり

 

 

ダンジョン庁、大会議室。

 

室内には、各報道機関の記者が所狭しと詰めかけていた。

 

テレビ局のカメラが何台も並び、三脚の隙間を縫うようにして、記者たちが少しでも前へ出ようと場所を確保している。

 

普段ならば庁内の重要発表に使われるこの部屋も、今日ばかりは様相が違った。

 

誰もが手元の資料を確認し、録音機器の電源を入れ、壇上へと視線を向けている。

 

話題はただ一つ。

 

富士樹海ダンジョン三十二階層。

 

人類未踏の領域で消息を絶った三十名の探索者。

 

そして、その現場に現れた正体不明の男。

会場のざわめきが徐々に大きくなっていく。

 

「長官、そろそろ入られるそうです」

 

スタッフの小声が聞こえた直後、会議室の後方にある扉が開いた。

 

「――!」

 

一斉に、すべての視線がそちらへ向く。

 

ダンジョン庁長官、新庄新一。

 

濃紺のスーツに身を包んだ彼は、並んだカメラを一瞥することもなく、まっすぐ壇上へと歩いていく。

 

その瞬間だった。

 

パシャッ、パシャパシャパシャッ!

 

無数のフラッシュが焚かれた。

 

会場のあちこちから絶え間なく光が瞬き、新庄の姿を白く照らし出す。

 

シャッター音が重なり、室内に乾いた音の連なりが響き渡った。

 

新庄は歩みを止めなかった。

 

壇上に上がり、用意された席の前で一度立ち止まる。

 

そして、会場全体を見渡した。

 

数秒。

 

それだけで、先ほどまでの喧騒がわずかに静まった。

 

新庄は席に着き、目の前のマイクの位置を整えた。

 

手元の資料に目を落とすことはなかった。

 

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 

落ち着いた声が会議室に響く。

 

「まず、富士樹海ダンジョン三十二階層で発生した遭難事案について、ご報告いたします」

 

新庄は一度、言葉を切った。

 

記者たちが一斉に身を乗り出す。

 

「遭難していた探索者三十名は、全員無事に救助されました」

 

一瞬、会場が静まり返った。

 

次いで、どよめきが広がる。

 

「全員ですか!?」

 

「三十名全員が生還したということですか!」

 

「救助はいつ行われたのでしょうか!」

 

「現在、救助された探索者は病院に搬送され、治療および検査を受けております。現時点で確認できている情報については、今後、関係機関を通じて順次公表してまいります」

 

新庄は、飛び交う質問を遮るように続けた。

 

「また、救助された探索者の一人である新庄静香についても、無事を確認しております。現在は医療機関にて検査を受けております」

 

その言葉を待っていたかのように、記者たちが声を上げた。

 

「長官! 静香さんはお嬢さんですよね!」

 

「ご息女の容体に問題はないのでしょうか!」

 

「三十名全員の救助に成功したのは、現場に現れた正体不明の男のおかげですか!」

 

新庄はすぐには答えなかった。

 

一度、ゆっくりと息を吐く。

 

「娘の命に別状はありません。ご心配をおかけしたことについては、父親として安堵しております」

 

その一言には、長官としての公式な報告とは別の、父親としての実感がわずかに滲んでいた。

 

だが、次の瞬間には、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。

 

「今回の事案は、人類未踏の階層で発生した重大な遭難事案です。救助に至るまでの経緯についても、すでに多くの報道がなされていることは承知しております」

 

新庄は、わずかに間を置いた。

 

「その中には、事実と異なる情報や、確認が取れていない情報も含まれております。当庁として、現時点で公表できる事実を明らかにし、皆様に正確な情報をお伝えするため、本日の会見を開くことといたしました」

 

「それでは、今回の救出に至る経緯について説明いたします」

 

会場のざわめきが徐々に収まる。

 

「当庁は事態を把握した直後から、探索者協会、警察、自衛隊と連携し、三十名全員の救出に向けた協議を進めておりました」

 

「しかし、三十二階層は人類未踏の領域です。現地の状況を十分に把握できず、救出に向かう隊員が二次遭難に巻き込まれる危険も高い。救出部隊の選定と編成は、極めて難航しておりました」

 

「つまり、救出の目処は立っていなかったと?」

 

最前列の記者が、間髪入れずに問い返す。

 

「確実に三十名全員を救出できると断言できる状況ではありませんでした」

 

新庄は否定しなかった。

 

会場の空気が、再びざわつく。

 

「そのような状況で、なぜ長官個人が救出を依頼したのですか!」

 

「現場の男は、当庁が派遣した救出要員だったのでしょうか!」

 

「荒巻宗後氏が武器を収めた理由は?」

 

「配信ドローンを破壊したのは、証拠隠滅のためではありませんか!」

 

矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

 

新庄は、それらを一つずつ聞いていた。

 

表情は変わらない。

 

「私個人が、今回の件について民間の協力を求めたことは事実です」

 

会場が一気に騒がしくなった。

 

「やはり、長官が依頼したのですか!」

 

「依頼先は、あの正体不明の男ですか!」

 

「なぜ公的な救助活動とは別に、個人へ依頼をしたのでしょうか!」

 

新庄は騒ぎが収まるのを待った。

 

「……遭難の報告を受けた後、私は知人に相談しました」

 

記者たちの手が、一斉に動き始める。

 

「その知人から、救助できる可能性のある個人を知っている、と聞かされたのです」

 

「その人物が、あの男だったのですか!」

 

「その知人とは誰ですか!」

 

「以前から、その人物と面識があったのでしょうか!」

 

新庄は、わずかに間を置いた。

 

「紹介された人物に、娘の救助を依頼しました」

 

「娘さんだけ、ということですか!?」

 

記者の一人が、鋭い声を上げる。

 

「三十名が遭難していたにもかかわらず、長官が依頼したのはご息女だけだったのですか!」

 

「……はい。私個人が依頼したのは、娘の救助です」

 

会場の空気が変わった。

 

「他の二十九名は見捨てたということでしょうか!」

 

「そのような事実はありません」

 

新庄の声に、初めて硬さが混じった。

 

「先ほど申し上げたとおり、当庁は関係機関と連携し、三十名全員の救出に向けて動いておりました。その方針に変更はありません」

 

「しかし、長官個人の依頼は娘さんだけだった!」

 

「紹介されたのは、組織ではなく個人でした。私には、その人物が三十名全員を救出できるとは考えられませんでした」

 

新庄は、言葉を選ぶように一度だけ視線を落とした。

 

「それでも、娘だけでも救出できる可能性があるのなら、頼らずにはいられなかった。それが理由です」

 

会場は静かだった。

 

その言葉が、長官としての判断なのか、父親としての願いなのか。

 

おそらく、その両方なのだろう。

 

「依頼料はいくらだったのですか!」

 

「公費ではなく、個人資産から支払ったという情報もあります!」

 

新庄は、質問の一つにだけ答えた。

 

「個人的な依頼に関する費用は、私個人の資金から支出しております。公費を使用した事実はありません」

 

「では、現場に現れた男は何者なのですか!」

 

「当庁と以前から関係があったのでしょうか!」

 

「荒巻宗後氏は、あの男を知っている様子でした!」

 

新庄は、すぐには口を開かなかった。

 

机の上に置かれた両手は、微動だにしない。

 

「現場にいた人物について、当庁からお答えできる情報は限られております」

 

「限られている、とは? 身元を把握していないということですか?」

 

「個別の情報については、回答を差し控えます」

 

一瞬、会場が静まり返った。

 

それは、知らないという回答ではなかった。

 

知っているとも、知らないとも言わない。

 

そして、これ以上は答えないという意思だけは、はっきりと伝わってきた。

 

「長官は、その人物の実力を保証するのですか!」

 

「個人の能力について、私が公の場で評価することは適切ではないと考えます」

 

「では、なぜ依頼したのですか!」

 

「救助を実現できる可能性があると聞いたからです」

 

「その可能性を、長官はどの程度信じていたのでしょうか!」

 

新庄は、わずかに目を細めた。

 

彼は知っている。

 

あの男に何ができるのか。

 

どのような仕事を請け負い、どのような結果を残してきたのか。

 

そして、何をすれば動き、何をすれば決して動かないのか。

 

一度や二度の伝聞で得た知識ではない。

 

過去に何度も依頼を重ね、そのたびに積み上げてきた情報だ。

 

だからこそ、彼は知っていた。

 

あの男について、ここで何かを語ることの意味を。

 

「……依頼するに足る理由があったからです」

 

新庄は、それだけを口にした。

 

「その理由とは!?」

 

「回答は差し控えます」

 

「配信ドローンを破壊した理由は?」

 

「現場での判断について、私が代弁することはできません」

 

「今後、あの男が再びダンジョン攻略に現れる可能性は?」

 

「分かりかねます」

 

その一言だけは、事実だった。

 

あの男が次に何をするのか。

 

それだけは、新庄にも分からない。

 

記者の一人が、手元の資料をめくりながら、声を上げた。

 

「長官! 今回の件で、国民は正体不明の人物に救助を委ねたことになります! その人物が危険な存在ではないと、国民に説明する責任があるのではありませんか!」

 

新庄は、ゆっくりとその記者へ顔を向けた。

 

「国民の皆様に説明すべきことは、説明いたします」

 

一拍。

 

「今回、遭難した探索者三十名全員の救助が確認されました。当庁としては、関係機関と連携し、残る事実関係の確認と再発防止に努めてまいります」

 

それ以上、彼は語らなかった。

 

壇上のマイクが、かすかに音を拾う。

 

会場には、まだ無数の質問が残っていた。

 

だが、新庄の表情からは、これ以上の情報が引き出せるとは思えなかった。

 

長官は一度、深く頭を下げた。

 

「本日は以上です」

 

直後、再びフラッシュが焚かれた。

 

記者たちの声が重なり、会議室はたちまち騒然となる。

 

新庄は職員に案内され、壇上を降りた。

 

背後から、最後まで質問が飛び続ける。

 

「長官! あの男は一体、何者なのですか!」

 

新庄は振り返らなかった。

 

その名を口にすることも。

 

その力を語ることも。

 

その過去を明かすことも。

 

彼は、最後まで何一つしなかった。

 

 

……………。

 

 

男は、テレビ画面を眺めながら携帯電話を耳に当てていた。

 

画面の中では、ダンジョン庁長官、新庄新一が記者会見を行っている。

 

富士樹海ダンジョン三十二階層。

 

遭難した探索者三十名、全員救助。

 

人類未踏の領域から生還した三十名。

 

そして、現場に現れた正体不明の男。

 

世間が騒ぐには十分な話題だ。

 

だが、男にとって重要なのは、そんなことではなかった。

 

「――あぁ。富士樹海の件だがな」

 

男はソファーの背もたれに身体を預け、窓の外を眺めた。

 

「世間の関心も薄いだろう? 公共の電波を使ってまで報道することでもないさ」

 

電話の向こうから、何かを訴える声が聞こえてくる。

 

男は小さく笑った。

 

「…………私は、報道する意味が薄いと考えただけだよ」

 

再び、相手が何かを言った。

 

今度は少し長い。

 

男の口元から笑みが消えた。

 

「………圧力とはお言葉だねぇ」

 

声は穏やかだった。

 

怒っているわけではない。

 

少なくとも、電話の向こうの相手には、そう聞こえるだろう。

 

「もう一度言うよ。私は報道する意味がないと言っただけだ」

 

男は机の上に置かれた資料を一枚めくった。

 

大手テレビ局の株主名簿。

 

その上位には、男の名前が記されている。

株主というだけではない。

 

男の会社は、そのテレビ局にとって大口スポンサーでもあった。

 

広告契約が一つ動くだけで、局の上層部が顔色を変える。

 

男はそれをよく知っていた。

 

「…………あぁ。賢明な判断だ」

 

電話の向こうの声が、ようやく柔らかくなる。

 

「新商品の広告だがね、そちらに大々的にやってほしいと考えている。うまく進めば、大きな取引になるだろうね」

 

相手の声が、目に見えて明るくなった。

 

男は満足そうに頷く。

 

「では、またあらためて連絡するよ」

 

通話を終了する。

 

男は携帯電話を机の上に置いた。

 

テレビの中では、まだ記者たちが長官に質問を浴びせている。

 

正体不明の男。

 

救助の経緯。

 

長官個人による依頼。

 

男はしばらく画面を眺めていたが、やがてリモコンを手に取った。

 

電源を切る。

 

黒くなった画面に、自分の顔が映った。

 

「…………まったく」

 

小さく呟く。

 

富士樹海の件。

 

本来なら、こんなものは見なかったことにしたかった。

 

だが、そうもいかない。

 

あの男が関わっている。

 

それだけで、無関係な出来事ではなくなってしまう。

 

男は目を閉じた。

 

そして、思い出す。

 

もう何年も前のことだ。

 

あれは、大規模な土地の買収を進めていた頃だった。

 

事業そのものは順調だった。

 

資金もある。政治家との繋がりもある。関係各所との調整も済み、あとは契約をまとめるだけだった。

 

だが、最後の段階で問題が起きた。

 

土地に目をつけた反社会組織が、買収計画を嗅ぎつけたのだ。

 

最初は、偶然を装った接触だった。

 

次は、話し合いの要求。

 

その次は、金銭の要求。

 

断れば、取引先に妙な噂が流れた。

 

関係者の住所が調べられた。

 

家族の行動を把握していると示唆する連絡まで届いた。

 

強請り。たかり。脅迫。

 

相手は、こちらがどれほどの金を持っているのか、よく理解していた。

 

だからこそ、金を払えば終わるとは思えなかった。

 

一度払えば、次がある。

 

次を払えば、その次がある。

 

やがて要求は金だけでは済まなくなるだろう。

 

男は警察に相談した。

 

弁護士も動かした。

 

警備会社との契約も強化した。

 

しかし、相手の動きを完全に封じることは難しかった。

 

何より、男自身が危険を感じていた。

 

このままでは、自分だけでなく家族にも被害が及ぶ。

 

そこで、知人を通じて仲介屋に依頼した。

 

表立って頼める相手ではない。

 

だが、そういう世界には、そういう世界の人間がいる。

 

仲介屋は、ひとつの名前を提示した。

 

梟。

 

その名を聞いたとき、男は首を傾げた。

 

聞き覚えがなかったからだ。

 

だが、仲介屋は余計な説明をしなかった。

 

必要な情報は伝える。

 

条件が合えば契約する。

 

それだけだという。

 

男は悩んだ末、依頼を決めた。

 

紹介された男は、拍子抜けするほど普通だった。

 

黒い髪に、黒い目。

 

眼鏡をかけ、黒いコートを着ていた。

 

際立った威圧感があるわけでもない。

 

大柄ではあったが、それだけだ。

 

少なくとも、初対面の男にはそう見えた。

 

「契約内容を確認します」

 

梟は、淡々と話を進めた。

 

「貴方の安全を確保します。安全が確認されるまで契約は続きます。契約期間中に発生した脅迫行為への対処も、依頼内容に含まれるということでよろしいですね?」

 

「あ、ああ。問題ない」

 

「では、契約成立です」

 

梟は必要な手続きを済ませ、前金を受け取った。

 

それから、男の顔を見て言った。

 

「よろしくお願いします」

 

それだけだった。

 

その日のうちに、梟は姿を消した。

 

本当に、何の前触れもなく。

 

連絡を入れても繋がらない。

 

仲介屋に問い合わせても「契約は成立している」の一点張り。

 

男は不安になった。

 

まさか、前金を持ち逃げされたのではないか。

 

そんな考えさえ浮かんだ。

 

だが、警察に相談するわけにもいかない。

 

そもそも、契約自体が表立って説明しづらいものだった。

 

男は苛立ちを募らせながら、一日、一日と過ごした。

 

二日。

 

三日。

 

四日。

 

そして、一週間が経った。

 

その頃には、妙なことが起きていた。

 

脅迫が止んだのだ。

 

電話もない。

 

不審な訪問もない。

 

取引先への嫌がらせもなくなった。

 

まるで、あの反社会組織が最初から存在していなかったかのように、すべてが静かになった。

 

男は、相手が諦めたのだろうと考えた。

 

あるいは、別の標的を見つけたのかもしれない。

 

いずれにせよ、危機は去った。

 

そう思い始めていた頃だった。

 

何の前触れもなく、梟が目の前に現れた。

 

「――っ!?」

 

男は椅子から立ち上がりかけた。

 

いつ入ってきたのか。

 

どうやってここまで来たのか。

 

警備員は何をしていたのか。

 

そもそも、ここは関係者以外が簡単に立ち入れる場所ではない。

 

疑問が頭の中を駆け巡る。

 

だが、梟は男の反応など気にも留めず、持っていた封筒を机の上に置いた。

 

「お約束の件です」

 

「……約束?」

 

「安全の確保です」

 

梟は封筒から、複数の写真を取り出した。

 

そして、男の前に並べていった。

 

一枚。

 

二枚。

 

三枚。

 

男は最初、それが何の写真なのか理解できなかった。

 

暗い場所。

 

コンクリートの床。

 

壁に飛び散った、赤黒い染み。

 

人間の手。

 

腕。

 

顔らしきもの。

 

そして、折り重なるように横たわる、無数の身体。

 

「………………え?」

 

声が出なかった。

 

写真の中に写っているのは、死体だった。

 

一人や二人ではない。

 

何人いるのかも分からない。

 

人の形を保っているものもあれば、そうでないものもある。

 

男は、写真から目を離せなかった。

 

いや、離せなかったのではない。

 

目を離した瞬間、自分が見たものを認めてしまう気がしたのだ。

 

胃の奥がひっくり返る。

 

喉が締まり、呼吸が浅くなる。

 

「……こ、これは……」

 

「ご依頼に関係するものです」

 

梟は平然と答えた。

 

まるで、領収書でも渡すかのような口調だった。

 

「脅迫を行っていた組織については、今後あなたに接触することはないでしょう」

 

男は、何も言えなかった。

 

脅迫が止んだ理由。

 

一週間も姿を見せなかった理由。

 

梟がどこで何をしていたのか。

 

その答えが、机の上に並べられていた。

 

「安全は確保されました」

 

梟は写真を封筒に戻すと、淡々と告げた。

 

それから、ほんの少しだけ首を傾けた。

 

「私のことは、黙っていてくださいね」

 

穏やかな声だった。

 

脅すような響きはない。

 

怒気もない。

 

笑顔さえ浮かべていたかもしれない。

 

男には、もう思い出せなかった。

 

ただ、その言葉だけが、今も耳に残っている。

 

梟はそのまま立ち去った。

 

引き留めることもできなかった。

 

何を聞けばいいのかさえ分からなかった。

 

気がついたときには、部屋には男一人しか残っていなかった。

 

そして、男は理解した。

 

依頼は終わったのだ。

 

契約は履行された。

 

脅迫は止まり、身の安全は確保された。

 

梟は約束を守った。

 

何ひとつ、問題はない。

 

――何ひとつ、問題はないはずだった。

 

「………………」

 

男は目を開けた。

 

薄暗い部屋の中で、しばらく動けなかった。

 

何年も前の出来事だ。

 

あの組織がその後どうなったのか、男は詳しく知らない。

 

知ろうとも思わなかった。

 

ただ、あの写真だけは忘れられない。

 

今でも思い出すだけで吐き気がする。

 

男は口元を押さえ、深く息を吐いた。

 

そして、テレビの消えた画面を見つめた。

 

今回の富士樹海の件。

 

梟が何をしたのか、男には分からない。

 

三十名を救助した。

 

配信ドローンを破壊した。

 

それだけなら、まだいい。

 

問題は、その後だ。

 

あの男は、最後に何と言った?

 

――私のことは、黙っていてくださいね。

 

男は額に手を当てた。

 

「……どこまでだ?」

 

誰に向けるでもなく、呟いた。

 

梟のことを話してはいけない。

 

それは分かる。

 

では、梟が関わった事件については?

 

梟に依頼した事実は?

 

梟の存在を知っていることは?

 

自分が何も語らなければ、それでいいのか。

 

誰かが報道しようとしたとき、それを止めなければどうなる?

 

自分が直接、梟について話さなくても。

 

自分が何も明かさなくても。

 

知っていながら、黙っていなかったと解釈されることはないのか。

 

男には、分からなかった。

 

彼は、金を持っている。

 

地位もある。

 

権力もある。

 

テレビ局の上位株主であり、大口スポンサーでもある。

 

電話一本で、報道の方向性を変えることさえできる。

 

だからこそ、止められる。

 

だからこそ、止めなければならないのかもしれない。

 

だが、それは自分の勝手な解釈にすぎない。

 

梟は、そこまで要求しているのか。

 

それとも、ただ自分の名前を口にするなと言っただけなのか。

 

答えはない。

 

確認する勇気もなかった。

 

もし、余計なことを聞いて。

 

もし、余計なことを話して。

 

もし、自分の解釈が間違っていたら。

 

男は、あの写真を思い出した。

 

胃の奥が、再び冷たくなる。

 

「……分からん」

 

小さく、呟いた。

 

分からない。

 

何が許されて、何が許されないのか。

 

どこまでが沈黙で、どこからが裏切りなのか。

 

梟は、何も説明しなかった。

 

ただ、穏やかに言っただけだ。

 

――黙っていてくださいね。

 

それだけだ。

 

それだけなのに。

 

男は、今もその一言に縛られている。

 

「……報道する意味がない、か」

 

先ほど自分が電話で口にした言葉を、男は繰り返した。

 

富士樹海の件を報道させない。

 

それが正しいのかどうかは、分からない。

 

梟が望んでいることなのかどうかも、分からない。

 

ただ、何もしなかった場合を想像すると、どうしても落ち着かなかった。

 

だから、止めた。

 

自分の権力と財産を使って。

 

自分が何を恐れているのか、誰にも知られないように。

 

男はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見た。

 

街はいつもどおりだった。

 

人々が歩き、車が走り、どこかで誰かが笑っている。

 

この世界のどこかに、あの男がいる。

 

黒い髪。

 

黒い目。

 

黒いコート。

 

穏やかな声。

 

そして、何を考えているのか分からない笑顔。

 

男はカーテンを閉めた。

 

「…………頼むから」

 

誰にも聞こえない声で、呟く。

 

「何も言わないでくれよ」

 

誰に対しての言葉なのか。

 

自分自身に向けたものなのか。

 

それとも、どこかにいる梟に向けたものなのか。

 

男にも、分からなかった。

 

 

……………。

 

 

 

男が電話を切り、過去の記憶に思いを馳せている頃。

 

別の場所では、パソコンの前に立つ男がエンターキーを押していた。

 

画面に並んでいたのは、いくつものファイル名。

 

男はそのうちの一つを開き、内容を確認することなく、削除を実行した。

 

確認画面が表示される。

 

男は迷うことなく、もう一度エンターキーを押した。

 

ファイルが消える。

 

次のファイル。

 

その次のファイル。

 

やがて、画面には何も残らなくなった。

 

また別の場所では、数人の人間が机を囲んでいた。

 

誰も大声を出さない。

 

怒鳴る者もいなければ、声を荒らげる者もいない。

 

ただ、机の上に置かれた資料を前に、短い言葉が交わされていた。

 

「……それで進めよう」

 

誰かがそう言った。

 

別の誰かが頷く。

 

話し合いは、それで終わった。

 

翌朝の新聞では、一面に載るはずだった記事が消えていた。

 

代わりに掲載されたのは、別の話題だった。

 

さらに別の場所。

 

通信会社の関連システムに、サイバー攻撃が発生していた。

 

社内では一時、情報漏洩の可能性が懸念され、担当者たちが対応に追われた。

 

しかし、調査の結果、確認された被害は限定的だった。

 

クラウド上に保存されていた直近二十四時間分のデータが失われた。

 

顧客情報の流出は確認されず、基幹システムへの影響もなかった。

 

企業側は、復旧作業を進めるとともに、外部への説明を行った。

 

原因については、引き続き調査中。

 

発表は、それだけだった。

 

動画投稿サイトでは、いくつかのアカウントが停止されていた。

 

考察系。

 

実況系。

 

時事ニュース系。

 

ジャンルも、登録者数も、投稿内容も異なる。

 

共通していたのは、富士樹海ダンジョン三十二階層で起きた出来事を取り上げていたことだった。

 

正体不明の男。

 

配信ドローンの破壊。

 

三十名全員の救助。

 

動画の内容には、明確な規約違反があったものもあれば、処分の理由が外部からは判然としないものもあった。

 

運営側から発表されたのは、規約違反の疑いを受けたアカウントへの措置、という簡潔な説明だけだった。

 

停止された配信者たちは抗議し、異議申し立てを行い、一部は別のアカウントで活動を再開しようとした。

 

だが、すぐに元どおりとはいかなかった。

 

動画は消えた。

 

切り抜きも消えた。

 

まとめ記事の一部は非公開になり、引用された投稿は、いつの間にか削除されていた。

 

もちろん、すべてが消えたわけではない。

 

会見の映像は残っている。

 

三十名全員が救助されたという事実も、長官が個人的な依頼を認めたという発言も、記録されている。

 

正体不明の男が映った映像も、完全には失われていなかった。

 

だから、世間から話題が消えたわけではない。

 

ただ、少しずつ、少しずつ。

 

語られる場所が減っていった。

 

取り上げる番組が減った。

 

記事の扱いが小さくなった。

 

検索すれば出てきた情報が、いつの間にか見つけにくくなった。

 

何かを一斉に命じる者はいなかった。

 

誰かが大々的に「報道するな」と宣言したわけでもない。

 

一人が記事を差し替えた。

 

一人がファイルを削除した。

 

一つの企業が障害を発表した。

 

一つのサイトがアカウントを停止した。

 

それぞれの出来事には、それぞれの理由があった。

 

少なくとも、表向きには。

 

そして、それらの出来事がどこかでつながっていると証明できる者は、誰もいなかった。

 

ほんの少しずつ、誰かが動いた。

 

ほんの少しずつ、何かの情報が失われていった。

 

それでも、富士樹海ダンジョン三十二階層で何が起きたのか。

 

あの男が何者なのか。

 

その疑問だけは、完全には消えなかった。

 

そして、また別の場所。

 

山中で男が一人、火の前に立っていた。

 

手にしているのは、数枚の紙。

 

男はそれを見下ろしたまま、しばらく動かなかった。

 

やがて、紙を火の中へ落とす。

 

端から黒く焦げ、文字が歪み、形を失っていく。

 

男は、それを最後まで見届けた。

 

これでいい。

 

これで、もう何も残らない。

 

そう考えようとした。

 

だが、頭の中では、あの声が静かに響いていた。

 

「黙っていてくださいね」

 

穏やかで、何の含みもないような声。

 

男は目を閉じた。

 

忘れられない。

 

忘れていいのかも、分からない。

 

火が、最後の紙片を飲み込んだ。

 

男はその場を離れた。

 

誰にも何も話さない。

 

何も見なかった。

 

何も知らなかった。

 

――そうしていれば、いいのだろうか。

 

男には、分からなかった。

 

 

……………。

 

 

 

【映画】梟の検索で鳥しか出ないんだが?【狂言】

あっ…映画と狂言も出たわ

 

1:名無しの一般人

いや、そうじゃねえんだよ

 

2:名無しの一般人

梟で検索したら鳥が出てくるのは当然だろw

 

3:名無しの一般人

「梟 ダンジョン」で検索しても鳥の画像ばっかりなんだが?

 

4:名無しの一般人

ニュース記事くらい出るだろ

 

5:名無しの一般人

救助された三十人のニュースは出る

梟の情報は出ない

 

6:名無しの一般人

会見でも結局、詳しい話は出なかったしな

 

7:名無しの一般人

いや、会見は救助された人たちの話が中心だろ

全員帰ってこられたんだから、それが一番大事だ

 

8:名無しの一般人

それはそうなんだけどさ

あの状況から三十人を救助した人間が何者なのか、気になるだろ

 

9:名無しの探索者

配信では本人が梟と名乗っていた

荒巻とも面識があったし、追加の救助依頼も受けていた

報酬の話もしていたはずだ

 

10:名無しの一般人

そこまで分かってるのに、名前以外の情報がほとんどないのが不思議なんだよ

 

11:名無しの一般人

所属も経歴も分からん

あの実力なら探索者界隈で有名でもおかしくなさそうなのに

 

12:名無しの一般人

テレビでも全然やらないよな

攻略前は各社大々的に報道してたのに

 

13:名無しの一般人

あー、確かに

公開攻略の前は毎日のように特集組んでたな

 

14:名無しの一般人

三十人全員生還なんて、普通なら何日も特番組めるニュースだろ

 

15:名無しの一般人

今番組見てみたわ

 

16:名無しの一般人

急にどうした

 

17:名無しの一般人

各局何やってるか確認した

 

18:名無しの一般人

2ちゃん 国会中継 裏金追求

 

19:名無しの一般人

4ちゃん 芸能人 不倫疑惑

 

20:名無しの一般人

6ちゃん アジア大会 ダイジェスト

 

21:名無しの一般人

8ちゃん ドリンク会社 談合疑惑

 

22:名無しの一般人

10ちゃん サイバー攻撃 情報漏洩は?

 

23:名無しの一般人

テレ西 アニメ

 

24:名無しの一般人

草

 

25:名無しの一般人

いや、笑い事か?

 

26:名無しの一般人

全部の局でやってないの?

 

27:名無しの一般人

少なくとも今はやってない

ニュース番組のサイトも見てみたけど、救助された三十人の話が少しある程度

 

28:名無しの一般人

攻略前はあんなに騒いでたのにな

 

29:名無しの一般人

公開攻略が始まる前は「人類未踏の領域に挑む!」とか「歴史的瞬間を生中継!」とか、散々宣伝してたよな

 

30:名無しの一般人

で、実際に歴史的なことが起きたらこれか

 

31:名無しの一般人

何か報道できない事情があるんじゃないの?

 

32:名無しの一般人

救助活動の詳細が調査中だからじゃね

確定してないことは報道できないだろ

 

33:名無しの一般人

いや、救助されたこと自体は確定してるじゃん

 

34:名無しの一般人

そうなんだよな

三十人が生還したってだけでも大ニュースなのに

 

35:名無しの一般人

新聞、週刊誌も情報ないな

 

36:名無しの一般人

新聞は救助の記事が載ってたぞ

ただ、梟についてはほとんど触れてない

 

37:名無しの一般人

週刊誌なら何か嗅ぎつけそうなもんだけどな

「謎の男の正体!」とかさ

 

38:名無しの一般人

身元も分からないんじゃ、書きようがないんじゃね?

 

39:名無しの一般人

でも、配信映像には顔も姿も映ってたんだろ?

 

40:名無しの探索者

映ってた

 

黒いコートに眼鏡の男

本人が梟と名乗る場面もあった

 

41:名無しの一般人

映像があるのに情報がない

名前も分かってるのに検索しても鳥

テレビも新聞も大して扱わない

 

42:名無しの一般人

なんかおかしくね?

 

43:名無しの一般人

考えすぎだろ

たまたまじゃないの

 

44:名無しの一般人

たまたまにしては不自然に感じるって話だろ

 

45:名無しの一般人

そういや俺のクラウドデータ、サイバー攻撃に巻き込まれて消えたわ

 

46:名無しの一般人

は?

 

47:名無しの一般人

いや、今回の件とは関係ないと思うけど

昨日、クラウドサービスから障害のお知らせが来て、直近のデータの一部が復旧できないって

 

48:名無しの一般人

それニュースでやってたサイバー攻撃の件か?

 

49:名無しの一般人

たぶんそれ

原因調査中って書いてあった

 

50:名無しの一般人

情報漏洩は確認されてないってやつだな

 

51:名無しの一般人

お前のデータ何が消えたんだ?

 

52:名無しの一般人

旅行の写真とか仕事のファイルとか

バックアップしてない分が一部消えた

後は昨日の公開攻略の録画分

 

53:名無しの一般人

それは普通に気の毒だな……

 

54:名無しの一般人

でも、サイバー攻撃と梟は関係ないだろ

 

55:名無しの一般人

分かってる

ただ、ニュースを見て思い出しただけだ

 

56:名無しの一般人

こういう話を何でも梟につなげるのはよくないぞ

情報が少ないからって、全部陰謀扱いするのは違う

 

57:名無しの一般人

それはそう

でも、公開攻略のアーカイブも消えてるな

 

58:名無しの一般人

え?

 

59:名無しの一般人

公式サイトから見ようとしたら、公開攻略のアーカイブが見つからない

リンク切れかと思ったけど、ページ自体がなくなってる?

 

60:名無しの一般人

マジ?

 

61:名無しの一般人

昨日は見られた気がするんだけど

 

62:名無しの一般人

なんで?

 

63:名無しの一般人

怪我人とか多かったし、グロっぽいからじゃね?

不適切な動画が〜みたいなコメント残ってるし

 

64:名無しの一般人

ああ、負傷者が映ってたからか

配信中もかなり悲惨な状況だったもんな

 

65:名無しの一般人

それなら分からなくもない

被害者への配慮とか、映像の取り扱いとかあるだろうし

 

66:名無しの一般人

でも、アーカイブ全部?

 

67:名無しの一般人

全部なのか、一部なのかは分からん

少なくとも、前に見たページからはたどれなくなってる

 

68:名無しの一般人

運営が公開を取り下げたのかね

 

69:名無しの一般人

不適切な映像が含まれてるなら、そういう判断もあるだろ

 

70:名無しの一般人

だったら説明くらいあってもよくないか?

 

71:名無しの一般人

配信アーカイブって、権利関係とか確認で一時的に非公開になることもあるぞ

 

72:名無しの一般人

それもそうなんだが……

 

73:名無しの一般人

テレビはほとんど報道しない

新聞や週刊誌にも梟の情報がない

公開攻略のアーカイブも見つからない

個人のデータはサイバー攻撃で消えたって話まで出てくる

 

74:名無しの一般人

最後のは別件だろ

そこは混ぜるな

 

75:名無しの一般人

分かってる

関係があるとは言ってない

 

76:名無しの一般人

ただ、全体として妙な感じがするってことだろ

 

77:名無しの一般人

そう

一個ずつなら説明できるんだよ

報道されないのも、アーカイブが消えるのも、障害が起きるのも

 

78:名無しの一般人

でも、全部重なると気になる

 

79:名無しの一般人

お前ら、落ち着け

まだ何かあると決まったわけじゃない

 

80:名無しの一般人

分かってるって

 

81:名無しの一般人

じゃあ梟について、今確実に分かってることは?

 

82:名無しの一般人

本人が梟と名乗った

三十人の救助に関わった

荒巻と面識があった

救助は依頼を受けて仕事として行っていたらしい

 

83:名無しの一般人

それ以外は?

 

84:名無しの一般人

分からん

 

85:名無しの一般人

所属は?

 

86:名無しの一般人

分からん

 

87:名無しの一般人

過去の実績は?

 

88:名無しの一般人

分からん

 

89:名無しの一般人

好きな食べ物は?

 

90:名無しの一般人

知るかよw

 

91:名無しの一般人

名前は分かってるのに、何も分からないって何なんだよ

 

92:名無しの一般人

しかも、本人は配信で堂々と名乗ってるんだよな

 

93:名無しの一般人

隠れてるのか、隠されてるのか、それすら分からん

 

94:名無しの一般人

「隠されてる」って決めつけるのは早いだろ

 

95:名無しの一般人

そうだな

本人が情報を公開してないだけかもしれない

 

96:名無しの一般人

あるいは、そもそも公に知られるような活動をしてないとか

 

97:名無しの一般人

でも、あの強さで?

 

98:名無しの一般人

だから気になるんだろ

 

99:名無しの一般人

次に何か情報が出てきたら教えてくれ

 

100:名無しの一般人

了解

 

101:名無しの一般人

鳥以外の情報で頼む

 

102:名無しの一般人

それが一番難しいんだよ

 

103:名無しの一般人

……なあ

 

104:名無しの一般人

まだ何かあるのか?

 

105:名無しの一般人

これ、俺たちが知らないだけなのか?

それとも、知るための手がかり自体が少なすぎるのか?

 

106:名無しの一般人

どっちもありそうなのが嫌だな

 

107:名無しの一般人

なんかおかしくね?

 

108:名無しの一般人

……おかしい気はする

 

109:名無しの一般人

でも、何がおかしいのかは説明できない

 

110:名無しの一般人

結局そこに戻るのかよ

 

111:名無しの一般人

とりあえず今日は寝るわ

明日になったら何か分かるかもしれん

 

112:名無しの一般人

おやすみ

 

113:名無しの一般人

おやすみ

 

114:名無しの一般人

梟の情報が出てきますように

 

115:名無しの一般人

鳥じゃなくてな

 

116:名無しの一般人

そこ重要w

 

 

 

お探しのトピックは、規約違反(または運営判断)により削除されたか、移動された可能性があります。

 

 

……………。

 

 

 

アジトでシャワーを浴び終えた梟は、タオルで濡れた髪を拭きながら、アジトの一室へと入った。

 

冷蔵庫から取り出した水を一口飲み、パソコンの前に腰を下ろす。

 

モニターに映るのは、検索エンジンのトップページ。

 

その画面を見つめる梟の表情は、まるでクリスマスプレゼントを開ける直前の子供のようだった。

 

「…………ふふ」

 

口元が緩む。

 

噂というものは、発生してすぐにエゴサしても浅い。勢いだけで、ろくに熟成されていないものばかりだ。

 

それが悪いとは思わない。

 

だが、まだまだ浅いな。

 

ワインと同じだよ。

 

ヌーヴォーはありがたがるものじゃない。収穫祭のお祭りで飲むものであって、本当に美味しいものとは違う。

 

噂もそうだ。

 

少し寝かせて、熟成させる。

 

そうして初めて、味わい深いものになる。

 

推測、考察、疑惑、神格、敵対。

 

色々と出ているだろうな?

 

今はまだ、芽が出たばかりだ。

 

これからどう育つのか。

 

誰が水をやり、誰が勝手に枝葉を伸ばし、どこまで大きくなるのか。

 

想像するだけで、頬が緩んでしまう。

 

梟は水の入ったグラスを机に置き、マウスに手を伸ばした。

 

そして、期待に満ちた笑顔で呟いた。

 

「さて、エゴサするか」

 

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