「梟」っと。
カチッ。
検索エンジンに「梟」と入力し、検索ボタンをクリックする。
『梟(ふくろう)は、フクロウ科の夜行性の鳥を表す漢字であり、転じて「さらし首」や「強い・たけだけしい」という意味を持ちます』
「ん?」
おかしいな。ワードが悪いのか?
「梟 探索者」
カチッ。
「梟 富士樹海」
カチッ。
「ふくろう」
カチッ。
「梟 黒コート」
カチッ。
「梟 謎の男」
カチッ。
「フクロウ」
カチッ。
「梟 丸メガネ」
カチッ。
「梟 ダンジョン」
カチッ。
「梟 救出」
カチッ。
………………。
なんでだよっ!
なんで鳥と映画と狂言しか引っかからないんだっ!
いや、待て。映画が引っかかるのはまだいい。
狂言も、まぁ……うん。よくわからんが、そういうものなのだろう。
狂言って結局なんだろ?
いや、問題は俺だ!
俺がいない!
あの富士樹海ダンジョンで、颯爽と登場して探索者を救助した謎の男!
黒コートに丸メガネ、名乗った名前は「梟」!
検索結果の上から三番目くらいに、俺の考察記事があってもいいだろうがっ!
……いや、三番目は欲張りすぎか?
五番目。
いや、十番目でもいい。
とにかく、誰か一人くらい話題にしてくれてもいいじゃないか!
………………。
梟って映画ずっと引っかかるな……………。
気になって映画見ちゃったよっ!
しかも字幕版しかないじゃん!
吹き替え版じゃないと集中して見れないタイプなんだよ、俺はっ!
いや、そんなことはどうでもいい!
待てっ!
公開攻略のアーカイブならコメントが残ってるはずだ!
突如、配信に現れた謎の男!
『あいつは誰だ?』
『今の誰?』
『梟って名乗ったぞ?』
みたいなコメントで盛り上がっているに決まっている!
俺なら絶対にコメントする!
いや、自演はダサいから俺はコメントできないけど!
とにかく、そういうことだ!
「富士樹海ダンジョン公開攻略」
カチッ。
『不適切な映像が含まれていたため、公開を停止しました』
………………。
なんでだよっ!
消えてるじゃん!
不適切な映像があったためってなんだよっ!
誰かぺぇをポロリでもしたのかっ!
いや、待て。ダンジョンの中で何が映ったら、公開停止になるんだ?
モンスターの死骸? 血まみれの探索者? それとも……やっぱりぺぇかっ!
……いや、考えるのはやめよう。
さっさと見ておけばよかった!
くそっ!
こうなったら別の情報源だ!
テレビは?
新聞は?
週刊誌は?
カチッ。
カチッ。
カチッ。
………………。
は?
いや……は?
ないの?
ホントにないじゃん!
ドゥーユーコト?
落ち着け、俺。
思わず英語風な発音になったわ……どういうこと?
いやいやいや。
おかしいだろ。
「謎」の男が、「人類未踏」の地に、「一人」で現れて、探索者を救助したんだぞ?
普通、もっと騒ぎになるだろ!
お前らマスコミの大好物じゃないのかよ!
数字取れるぞ!
何もわかってないのに、わかったふりして!
なんとか教授とか、よくわからん専門家とかを呼んで!
適当に語らせとけよっ!
『救助に来たのは十代から五十代の男性、または女性。日本人、もしくは外国人。依頼を受けて来た可能性もあれば、自発的に来た可能性もあります』
とかさ!
得意だろうが、そういうやつっ!
何もわかってないのに、もっともらしい顔で何でも語るやつ!
………………。
いや、待て。
まだ慌てる時間じゃない。
テレビも新聞もダメだった。
だが、ヤツらがいる!
動画サイトの切り抜き!
考察動画!
時事ニュース!
ショート動画!
数字になれば何でも食いつく、ネットのイナゴ共がっ!
あいつらなら、絶対に見逃すはずがない!
謎の男が現れた!
未踏のダンジョンで探索者を救助した!
しかも正体不明!
ほら、もうサムネイルが見える!
『正体不明の救助者! その正体はまさかの――!?』
みたいなやつ!
よし!
検索だ!
カチッ。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
………………。
あれ?
タメゴロウさんの時事ニュース、消えてるな。
ファンだったのに。
垢BANくらったっぽい?
……って、スパチャ投げられないじゃん!
メンシも切れてるし!
永久BANか?
うわぁ……。
あの人、わりと好きだったんだけどな。
永久BANと……なると。
著作権侵害か、不適切なコンテンツがあった場合……だったな。
………………。
ぺぇかっ!
やっぱりぺぇのせいかっ!
いや、待て!
タメゴロウさんだけじゃないぞ?
他の動画も消えてる。
考察動画も、切り抜きも、時事ニュースも。
……何だ、これ?
動画サイト側の大掃除が始まったか?
いやいやいや!
なんで! なんで!
このタイミングでやってんだよっ!
………………。
いや、待て。
明らかにおかしい。
あれだけ大々的に宣伝していた公開攻略だぞ?
未踏のダンジョンに挑む一大イベントだぞ?
それが終わった途端、謎の男が現れたという話すら出てこない。
アーカイブは消えている。
関連動画も見当たらない。
テレビも新聞も、まるで何もなかったかのように静まり返っている。
………………。
何か裏があるな。
大規模な圧力をかけられる。
そして、今回の件を隠したい。
そんな個人、あるいは組織。
ぺぇが関係ないとするなら、公開攻略のアーカイブまで消せるだけの力があることになる。
誰だ?
どこだ?
………………。
待てよ?
公開攻略の権利者は、ダンジョン庁。
今回の富士樹海公開攻略は、第三セクター経由でダンジョン庁も資金を出していた。
庁からの資金……つまりは税金だ。
隠したい動機があり、隠す権力がある………ダンジョン庁か!
確かに、三十階層から三十二階層まで、未踏の二階層に進出できた。
遭難したけどw
けど、成果がゼロだったわけじゃない。
だが、傍から見ればどうだ?
探索者三十名が遭難。
救助されたとはいえ、攻略は予定どおりに進まなかった。
そして、正体不明の男が現れた。
その男について、何もわからない。
……なるほど。
このままでは、公開攻略の失敗ばかりが世間の記憶に残る。
火消しに走りやがったな?
新庄さんか!
恩を仇で返しやがってっ!
………………。
狩るか?
いや。
悪い癖だ。ダメな思考だ。
気に入らないことがあれば、すぐに力で解決する。
それでは三流だ。
何より、謎の強キャラとしての美学に反する。
強者というものは、いちいち小さなことで動じない。
裏で何が起きていようと、余裕を崩さない。
そういうものだ。
………………。
まぁ、人が見ていないところはノーカンだから?今は良いじゃん!
……まぁ、いい。
とにかく、まだ新庄さんがやったとは決まっていない。
証拠もない。
思い込みで人を狩るなんて、謎の強キャラ以前の問題だ。
まずは情報を集めよう。
そういや、記者会見ってどんな感じだったんだろ?
それを見てから判断しても遅くない。
カチッ。
『現場にいた人物について、当庁からお答えできる情報は限られております』
『個別の情報については、回答を差し控えます』
『今回、遭難した探索者三十名全員の救助が確認されました。当庁としては、関係機関と連携し、残る事実関係の確認と再発防止に努めてまいります』
………………。
………………。
火消しに走りやがった!
ちっ!いや、待て、落ち着け。
新庄さんは自分の立場と都合で火消しをしただけだ。
俺への悪意があったわけでも、嫌がらせでもない。
そもそもにおいて、新庄さんは口が固すぎる人だ。
今まで何回も依頼を受けたのに、俺の噂が一切立たなかった。
察してくれよ…とは思うが自分から噂して下さいなんて謎の強キャラがいるだろうか?
いるわけがない!
黙っていてくださいね…って依頼の度に言ってんだから察してくれよ!
チャリッ
ん?あぁ、ネックレスか。
同志静香を回収した時に服に引っかかってたやつね。
十字架に薔薇のトゲが巻き付いてるな。
わかってんね!同志静香よっ!
新庄さんに渡しとくか?
一言くらい嫌味も言いたいし……嫌味を言う謎の強キャラ?
ダメじゃね?いやダメだろっ!
ちょっと世間話だけしてネックレス渡して帰るか。
ダンジョン庁長官室のマーカーはどれだっけ?
マーカー管理マジで面倒だな……………あんま使わないのは回収するか?
さて、面倒だけど野暮用はさっさと済ませますか。
……………。
会議を終え、長官室へ戻る。
昨日の会見については、今朝から各部署に対応を指示してある。
現場にいた人物について、当庁から答えられる情報は限られている。
個別の情報については、回答を差し控える。
遭難した探索者三十名全員の救助が確認された以上、残る事実関係の確認と再発防止に努める。
昨日の会見で伝えた内容に、嘘はない。
ただ、すべてを話したわけでもない。
公表できる情報と、できない情報がある。確認が取れていないことを断言するわけにもいかない。
それは当然のことだ。
……それでも、あの会見で騒ぎが収まるとは思っていなかった。
正体不明の男。
未踏の階層から三十名を救出した、正体不明の男。
世間が興味を持つには十分すぎる話題だ。
しばらくは問い合わせも続くだろう。
こちらとしても、対応を考えなければならない。
そんなことを考えながら、長官室の扉を開けた。
そして、足が止まった。
………………。
誰かが、私の椅子に座っている。
黒いコート。
黒髪。
眼鏡。
見間違えるはずがない。
梟。
………………どうやって入った?
警備を突破したのか。
警備に気づかれなかったのか。
それとも、警備など最初から意味をなさなかったのか。
どれであっても、私が把握していない方法で、梟は長官室に入り込んでいる。
梟は、こちらの存在に気づくと、椅子をゆっくりと回した。
キィー……。
「新庄さん……お邪魔していますよ」
いつもと変わらない声だった。
まるで、何の問題もないかのように。
「…………何か、御用でしょうか」
「大した用ではありません」
そう言って、梟は手元の何かを差し出した。
「これを……」
反射的に受け取る。
そして、それを見た瞬間、思考が止まった。
十字架に、薔薇。
薔薇十字。
静香がチームシンボルとして身につけているネックレスだ。
間違いない。
これは、静香のものだ。
「…………これは」
問いかけようとした時には、梟はすでに立ち上がっていた。
「では。依頼があればご連絡を」
それだけ言い残して、梟は長官室を出ていった。
扉が閉まる。
………………。
私は、手の中にあるネックレスを見つめていた。
なぜ、これを梟が持っている?
いや。
それ以前に、いつ、どこで手に入れた?
静香が身につけていたものだ。
首にかけるネックレスなのだから、本人が外せば当然気づくはずだ。
紛失に気づいていないのだとすれば、いつの間にか外れていたということになる。
梟は静香を救出した。
その際にネックレスが外れ、服に引っかかるなり、何らかの理由で梟の手元に渡った。
それを拾い、私に返しに来た。
……そう考えるのが自然だ。
梟は何も要求しなかった。
説明も、脅すような言葉もなかった。
ただ、ネックレスを返して帰った。
それだけなら、何も不自然なことはない。
………………。
だが、どうして私の椅子に座っていた?
どうして、わざわざ私が戻るのを待っていた?
ネックレスを返すだけなら、事務方に預けることも、連絡を入れて受け渡しの方法を決めることもできたはずだ。
それをせず、梟は私の長官室に直接現れた。
そして、何も説明せずに帰った。
………………。
昨日の会見。
ふと、そのことが頭をよぎった。
現場にいた人物について、当庁から答えられる情報は限られている。
個別の情報については、回答を差し控える。
私はそう答えた。
それは、組織の責任者として必要な対応だった。
だが、梟は、それをどう受け取ったのだろうか。
自分について言及されたことを不満に思ったのか。
こちらが情報を伏せたことを、何か別の意図があると受け取ったのか。
あるいは、私が何かを隠していると考えたのか。
………………いや。
そもそも、今回の訪問が昨日の会見と関係しているという保証すらない。
本当に、ただネックレスを返しに来ただけかもしれない。
梟は、そういう人間だ。
仕事を依頼すれば、契約した内容を完遂する。余計なことを聞かなければ、余計なことを話さない。
少なくとも、これまでの付き合いではそうだった。
仕事人としての信頼はある。
しかし、それは梟の考えを理解しているという意味ではない。
私は、彼の能力の全容を知らない。
どこまでの距離を移動できるのか。
何を障害と認識するのか。
どのような条件で能力を使えるのか。
知らないことばかりだ。
わかっているのは、こちらが想定する以上のことを、梟はやってのけるということ。
そして、こちらがその能力を把握していないことを、梟自身も当然わかっているはずだということ。
………………。
私は、もう一度ネックレスを見た。
静香のものだ。
それが、今、私の手の中にある。
梟が持っていた。
静香本人が気づかないうちに、梟の手元に渡っていた。
………………。
もし。
もし、梟がその気になっていたら?
考えかけて、息を止めた。
…………やめろ。
憶測で結論を出すな。
静香はSランクの探索者だ。
無力な人間ではない。
梟が救出した時の状況も、私がすべて把握しているわけではない。
ネックレスが外れた理由など、いくらでも考えられる。
偶然だったのかもしれない。
救出の際に何かに引っかかったのかもしれない。
梟がそれを拾い、親切心から返しに来ただけなのかもしれない。
それならば、何の問題もない。
………………。
だが。
梟は、静香の首元にあったものを持っていた。
そして今、それを私に返した。
わざわざ、私の椅子に座って。
私が戻るのを待って。
何も説明せずに。
………………。
警告、なのか?
その考えが浮かんだ瞬間、背筋に冷たいものが走った。
昨日の会見に対する警告。
こちらが何を公表し、何を伏せるのか。
私がどのような判断をするのか。
それを見ている、と。
そして、もし私が何かを間違えれば。
次に渡されるものは、ネックレスではないかもしれない。
………………。
静香の、首。
「…………っ」
無意識に、ネックレスを握りしめていた。
馬鹿げている。
梟は何も言っていない。
娘を傷つけるとも、こちらに何かを要求するとも、一言も言っていない。
私は、ただネックレスを返された。
それだけのことだ。
それなのに、どうしてそこまで考える?
………………梟だからだ。
梟が相手だからこそ、考えずにはいられない。
彼が何をできるのか、私は知らない。
何を考えているのかも、わからない。
こちらが安全だと思っている場所が、本当に安全なのかさえ、確信を持てない。
その相手が、娘のネックレスを持って現れた。
これを単なる忘れ物の返却として片づけていいのか。
それとも、何か意味があると考えるべきなのか。
………………。
いや。
意味があると決めつけるのも危険だ。
何もないところに意味を見出し、勝手に相手の意図を作り上げる。
それは判断を誤る原因になる。
私は長官だ。
組織を預かる立場にある以上、個人的な恐怖だけで物事を決めるわけにはいかない。
静香の父親である前に、まず状況を正確に把握する必要がある。
……父親であることを、忘れられるわけではないが。
私はゆっくりと息を吐いた。
まずは静香の無事を確認する。
ネックレスをいつ失くしたのか、本人が気づいているのかを確かめる。
救出時の状況についても、必要な範囲で情報を集める。
それからだ。
梟の意図について考えるのは。
………………。
「依頼があればご連絡を、か」
梟が去り際に残した言葉を思い出す。
いつもの挨拶だ。
これまで何度も聞いてきた。今回だけ、特別な意味があるとは限らない。
だが、今の私には、どうしても別の意味に聞こえてしまう。
必要があれば、連絡をしろ。
そうすれば、また来る。
こちらがどこにいようと。
どれほど警備を固めていようと。
梟は、必要があれば現れる。
………………。
私はネックレスを机の引き出しにしまった。
静香の無事を確認するまでは、これを目にしていたくなかった。
引き出しを閉め、しばらくその場に立ち尽くす。
昨日の会見で、私は間違ったことを言ったつもりはない。
組織として必要な対応をした。守るべき情報を守り、確認すべき事実を確認すると伝えた。
それだけだ。
それだけのはずなのに。
もし、あれが梟の望まない対応だったとしたら?
もし、私が何かを見落としていたとしたら?
そして、もし次に私が判断を誤ったとき、梟が再び現れたなら。
その手にあるのは、静香のネックレスではなく……。
………………。
「…………考えるな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
今はまだ、何も起きていない。
何も要求されていない。
何も脅されていない。
梟は、ただ娘のネックレスを返しに来ただけかもしれない。
だからこそ、私は慎重にならなければならない。
恐怖に駆られて、存在しない敵意を作り出してはならない。
だが、同時に。
相手に悪意がないと証明できない以上、最悪の可能性を無視することもできない。
………………。
私は机に手をつき、目を閉じた。
梟の意図はわからない。
わからないからこそ、こちらの行動一つひとつを慎重に選ばなければならない。
少なくとも、今は。
娘を守るためにも。
組織を守るためにも。
私は、決して判断を誤るわけにはいかなかった。
………………。
いや。
考えているだけでは、何も変わらない。
梟が本当に何を考えているのか。
今回の訪問にどのような意図があったのか。
それを知ることができない以上、こちらは、こちらにできることをするしかない。
まずは、梟に関する情報を整理する。
公表されている情報。
各部署に残っている記録。
救出に関わった探索者たちの証言。
報道機関や動画投稿サイトに残された映像。
どこに、どれだけの情報が残っているのか。
そして、それをどこまで消すことができるのか。
私は長官として、なにより父親として、最悪を想定して行動しなければならない。
それが自らの身を切ることになっても。
………………。
私は机の電話を取った。
「私だ。今、少し時間をもらえるか」
応答を確認し、続ける。
「昨日の富士樹海ダンジョンの件だ。
梟という人物に関する情報を、可能な限り洗い出してほしい」
一度、言葉を切る。
「報告書や映像記録だけではない。外部に提供された資料、報道機関に流れた情報、動画投稿サイトに残っているものも含めてだ」
受話器の向こうから、確認するような声が返ってきた。
私は目を閉じた。
「可能な限り、削除あるいは非公開にする方向で動いてほしい」
………………。
「不自然さが出ても構わない」
自分でも、思い切った指示だと思う。
すでに世間の目に触れた情報を消そうとすれば、かえって注目を集める可能性がある。
なぜ今になって削除するのかと、疑問を持たれるかもしれない。
それでも。
「必要な調整は私の名前で進めてくれ。関係各所への連絡も頼む。できる限り早く、だ」
梟の情報を消す。
名前も、姿も、能力も。
彼がどこで何をしたのか、これ以上世間に知られないようにする。
それが正しい判断なのかは、わからない。
だが、梟という存在が広く知られれば知られるほど、彼に関わった人間が危険にさらされる可能性はある。
静香も、その一人だ。
梟が何を考えているのかはわからない。
善意なのか、警告なのか。
そもそも、何の意図もなかったのか。
確証がない以上、こちらにできることは限られている。
ならば、まずは危険の芽を摘む。
多少の不自然さが生じても構わない。
必要ならば、私が責任を取ればいい。
「頼んだ」
通話を終える。
静かな長官室に、受話器を置く音が響いた。
………………。
これで、少しは状況を変えられるだろうか。
梟が何を考えているのかは、相変わらずわからない。
だが、彼の存在をこれ以上世間に知らしめる必要はない。
少なくとも、今は。
私は引き出しにしまったネックレスを思い出し、目を閉じた。
静香を守る。
そのために必要なら、多少の無理も通す。
梟が何を望んでいるのかなど、今は考えるべきではない。
………………。
新庄の命令により、わずかに残っていた梟の情報は表舞台から消えた。
ダンジョン庁による強引な隠蔽。
大きな反発が予想されたが、なぜか事態はあっさりと収束した。
まるで、誰もがそうなることを望んでいたかのように。
…………。
なお。
梟本人は、世間に自分の噂が広まることを、何よりも望んでいた。
……………。
アジトに戻った梟は、ソファーに寝転がり、天井を見上げた。
さて、と。
思考を巡らせる。
これまでの仕事でもそうだったが、政府案件は後処理が厄介だ。
いや、正確には厄介というより、連中の後処理能力が高すぎる。
何か問題が起きても、いつの間にか綺麗に片付いている。
記録は整理され、関係者には箝口令が敷かれ、世間には何事もなかったかのような顔をする。
あいつら、保身にかけては群を抜いた能力を発揮するからな。
だが、今回はそれが裏目に出た。
何もなかったことになるのだから、当然、噂も広まらない。
俺としては、もう少しこう……謎の男が現れたとか、正体不明の強者が探索者たちを救ったとか、そういう話が世間を騒がせてくれてもいいと思うのだが。
どうやら、政府の仕事を利用したのは間違いだったらしい。
……一応、裏だけは取っておくか。
梟は机の上に置いてあったスマートフォンを手に取り、馴染みの情報屋に電話をかけた。
「梟です。最近、私の周りで少し動きがあるようですが……」
言葉を切り、相手の反応を待つ。
「……ええ。お願いします」
それ以上の説明は不要だった。
「報酬は、いつものルートで。……失礼します」
通話を切り、スマートフォンを机に戻す。
これでよし。
さて。
俺の計画に政府の仕事を利用するのは、やはり間違っていたな。
新庄さん個人からの依頼だったとはいえ、肩書きというものは着たり脱いだりできる服ではない。
依頼人が長官である以上は、どうしたって政府の影響がついて回る。
今回の一件で、よく分かった。
次は別の手を考えるべきだろう。
では、どうする?
同じ手は使えない。
また公開攻略を利用すれば、今度こそ映りたがりだと思われかねない。
それは困る。
謎の強キャラというものは、むやみに自分の存在を世間へアピールするものではないのだ。
……いや、待てよ。
情報が拡散されることを気にしない。
自分の正体を探られようが、世間でどんな噂を立てられようが、どこ吹く風。
なぜなら、自分が最強であることを知っているからだ。
周囲の評価など、気にする必要もない。
どうだ?
これは、なかなか謎の強キャラらしいシチュエーションなのではないだろうか。
……いや、待て。
俺のキャラとは少しズレるな。
そもそも俺は、謎の強キャラとして噂になりたいのであって、ただの強キャラになりたいわけじゃない。
噂にはなりたい。
だが、噂になりたがっていると思われるのは困る。
…………。
難しいな、塩梅が………。
まぁ、今回のことでわかった。
政府案件はなしだ。
なら民間か?個人か?そもそも都合の良い依頼が来るか?
そこは気にしなくてもよいな。
俺が俺に依頼して仕事をすればいいだけだし。
しかし今回の仕事は惜しいな…なんとか利用できないだろうか?
………探索者達はどうだっ!
あいつらは個人事業主だ!協会の下請けとはいえ、情報リテラシーもガバガバだろう。
SNSでも調べてみるか。
「富士樹海ダンジョン 公開攻略 参加者」
カチッ………。
うん。帰還報告やお礼のコメントはあるな。
あっ…!荒巻さん発見!
ん~~面白みがないな…義務感凄いわ。
【帰還報告】
この度、富士樹海ダンジョン攻略より無事に帰着いたしました。
期間中、多大なるご協力をいただきました関係各所の皆様、そして温かいエールを送り続けてくださった皆様に、心より深く感謝申し上げます。
皆様のおかげで、30名無事に帰還ができました。今回の経験を糧に、今後とも精進してまいります。
絶対テンプレだろ?文章コピペ検索したらテンプレ集が出てきたわ。
荒巻さんは使えないな。
SNSでポロリするタイプじゃないわ。
カチッ………。
明美さん発見!
さすが陰キャだ!
更新すらない!
パーティーが公開攻略するからって作らされた感が凄いわ。
カチッ………。
次は………ちっ!妹の陽キャの方か…
無事に帰還しました!
検査のため病院ですが元気です!
このおっきな攻略を支えてくださった関係各所の皆様、そしてSNSから熱い応援を届けてくださった皆様、本当にありがとうございました!
皆様の応援が最高のパワーになりました。
今回の経験を糧にし、最高の仲間と明日からまた頑張ります!
うぜぇわ!文章がうるせーわ!
けど…コイツは使えるな。
情報リテラシーガバガバなタイプだわ。
本人は面白いと思って動画を上げたら炎上するタイプだわ。
接触の候補に入れるか。
カチッ………。
同志静香発見!
無事に帰還いたしました。
今回の攻略は悔しい結果に終わってしまい、自分の力不足を痛感しています。
ですが、現地で支えてくださった関係各所の皆様、そして「頑張って!」と声をかけてくださった皆様の応援が、本当に心の支えになりました。
結果は出せませんでしたが、得られた学びは大きいです。
また明日から気持ちを切り替えて、次に向かって泥臭く頑張ります。本当にありがとうございました!
良いね…グッドポチりたいわ。
固すぎず、しかしリーダーとして次に目を向け、しっかり周りに礼も伝える。
擬態が上手いな!同志静香よっ!
仕事で会った時に、他人の命とか、わけわからんことを気にしてたし、上手く刺激すれば派手に文句を周りに撒き散らすだろう。
いや、俺もね、他人の命が貴重なのはわかるよ?
他人がいないと水も電気も使えないわけだしさ。
なにより、人間がいないと噂自体が立たない。
だからと言って自分を危険にさらすのは狂ってるとしか思えない。
まぁ、同志静香の主義主張が、なんだって構わない。
大事なのは俺の計画に使えるかどうかだ。
悪名は無名に勝る。
これで行こう。
ヴヴヴ……ヴヴヴ……ヴヴヴ……
ん?情報屋からか、何かわかったかな?
「はい。梟です。………ダンジョン庁が?………ええ。………長官命令?………ありがとうございます。」
ツー…ツー…ツー…
やっぱり新庄さんかっ!派手に隠蔽命令出してやがるっ!
ステイ…ステイ… まだだ!…まだだ!
仕事で対立することなんてよくあることだろ?
情報戦では、個人は組織に決して勝てない。
今回は俺の落ち度だ…浮かれていたのか?そこまで考えが回らなかった。
しかし、そこまでするか?
民間含めて圧力をかけることは可能だろうが、手間とリスクに見合っていないぞ?
今回のことは、謝罪会見を開いて何人か更迭すれば済んだ話だ。
まぁ、俺の計画には関係ないし、今後政府案件で趣味を混ぜるのは止めておこう。
それより、陽キャと同志に接触する方法を考えるか。
お見舞いとかキャラ的に行けるわけないし、なにか適当な理由でもあれば………
あ"っーーーーーーーーやらかしたっっっっっ!!!!!
ネックレス! 本人に直接返せばよかったじゃん!
萎えたわ………今日はふて寝しよ………zzz