探索者を狙った連続襲撃事件。
その手口は、かつて未解決のまま終わった「探索者狩り」の事件を彷彿とさせるものだった。
同一人物による犯行なのか。それとも、過去の事件を模倣する別人なのか。
現時点では、まだ何もわかっていない。
ただ一つ確かなのは、かつて世間を騒がせた事件が、再び人々の前に姿を現したということだった。
…………。
探索者協会の食堂は、今日も騒がしかった。
食堂と呼ばれてはいるものの、その実態は居酒屋に近い。
昼時には定食を求める探索者たちで賑わい、夜になれば酒を片手に仲間と語り合う者たちで溢れ返る。
テーブルの上には食べ終えた皿や酒瓶が並び、あちこちから笑い声や怒鳴り声が聞こえてくる。
ただし、客層には少々難があった。
屈強な探索者ばかりなのである。
筋骨隆々の男たちが大声で笑い、傷跡の残る女たちが酒を煽る。
そんな光景が当たり前のように広がっている場所だった。
その一角に、薔薇十字のメンバーが集まっていた。
「……また出たみたいね」
新庄静香が、テーブルの上に置かれた端末を見ながら呟いた。
画面に映し出されているのは、ニュース番組の映像だった。
『昨夜、ダンジョン内で探索者を襲撃する事件が発生しました。被害に遭ったのはBクラスパーティーで、これまでに二名の死亡、三名の負傷が確認されています』
画面の中では、事件現場となったダンジョンの入り口付近が映し出されていた。
『被害者の証言によりますと、犯人は身長一八〇センチを超える大柄な男性で、顔にはマスクを着用し、全身黒い服装だったとのことです』
静香は黙ってニュースを見続けた。
『犯人は単独で行動しており、ダンジョン内で探索中だったパーティーに突如襲いかかったと見られています。探索者協会は、同様の事件が相次いでいることを受け、探索者に対して注意を呼びかけています』
そこで画面が切り替わり、探索者協会からの発表が映し出された。
『なお、事件の解決につながる情報提供、および犯人の生け捕りを条件とした依頼が公開されています』
ニュースはそのまま、事件に対する専門家の見解へと移っていった。
「Bクラスパーティーを襲って、死者二名に負傷者三名か……」
上原明美が、難しい顔で腕を組んだ。
「相変わらず、物騒な話ね」
隣に座っていた上原亜紀も、画面に視線を向ける。
「しかも単独犯なんでしょ? Bクラスのパーティー相手に、わざわざダンジョンの中で襲いかかるなんて……」
「普通に考えれば、かなりの実力者でしょうね」
静香はそう答え、端末の画面を消した。
テーブルを囲んでいるのは、静香、明美、亜紀の三人だけではない。
その向かいには、山本真凜が座っていた。
黒髪を整えた彼女は、落ち着いた様子で話を聞いている。
薔薇十字に所属する戦士であり、荒事にも慣れている。
その佇まいからは、簡単には動じない芯の強さが感じられた。
そして、その隣には一人の外国人女性がいる。
ギゼラ・モール。
ドイツ出身の魔法使いである彼女は、手元のグラスを傾けながら、ニュースの内容を吟味するように目を細めていた。
「犯人を生け捕り、ね」
ギゼラが口を開いた。
「協会も、かなり困っているようですわね。これだけ被害が出れば、放っておくわけにもいかないでしょうけれど」
「実際、被害が広がる前に捕まえたいんでしょうね」
静香が頷く。
「ただ、相手の実力が分からない以上、簡単に手を出すわけにもいかないわ」
「そうだね。Bクラスのパーティーを壊滅寸前まで追い込んでるんだから」
明美はテーブルに肘をつき、考え込むように視線を落とした。
「それで、どうする? 協会から依頼が出てるんでしょ?」
亜紀の問いかけに、静香は再び端末を操作した。
「ええ。依頼そのものは確認できるわ。ただし、条件はアライブオンリー。犯人の生け捕りが必須ね」
「生け捕りかぁ……」
明美が微妙な顔をした。
「相手が大人しく捕まってくれるなら苦労しないんだけど」
「そもそも、こちらから襲いかかるわけにもいかないでしょう」
真凜が静かに口を挟んだ。
「犯人が本当に単独で行動しているなら、接触する際には十分な警戒が必要です。相手の能力も、戦闘方法も分かっていませんから」
「その通りね」
静香は真凜の意見に同意した。
「情報が少なすぎる。目撃情報も、大柄な男性で全身黒い服装という程度。顔もマスクで隠しているとなると、身元の特定も難しいでしょうね」
「……黒い服の大男が一人、ダンジョンの中で探索者を襲う」
ギゼラが、確認するように言葉を繰り返した。
その声に、わずかな変化があった。
明美が顔を上げる。
「何か気になることでもあるの?」
「いえ……」
ギゼラはグラスを置き、静香へと視線を向けた。
「皆さんも、同じことを考えているのではありませんか?」
その場に、短い沈黙が落ちた。
真凜も、亜紀も、明美も。
それぞれが、ある人物の姿を思い浮かべていた。
大柄な男。
黒い服装。
単独で行動し、周囲に恐怖を与える存在。
そして、何よりも――。
「……梟」
静香が、その名を口にした。
誰も否定しなかった。
もちろん、ニュースで報じられた犯人が梟本人だという証拠はない。
目撃情報だけで同一人物と断定することなどできないし、そもそも黒い服を着た大柄な男など、探せば他にもいるだろう。
それでも。
薔薇十字のメンバーにとって、その特徴はあまりにも無視しがたいものだった。
「偶然、という可能性もありますけれど……」
ギゼラが言葉を濁す。
「ええ。まだ決めつけるべきではないわ」
静香は冷静に答えた。
だが、その表情は先ほどまでとは違っていた。
探索者狩り。
Bクラスパーティーを襲撃した、正体不明の単独犯。
そして、生け捕りを条件とする協会の依頼。
それらの情報が頭の中で結びつくたびに、あの得体の知れない男の姿がちらつく。
もしも、本当に梟が関わっているのだとしたら。
この事件は、単なる探索者狩りでは済まないかもしれない。
「……依頼を受けるかどうか、まずはそこからね」
静香がそう言うと、メンバーたちは改めて顔を見合わせた。
騒がしい食堂の喧騒は、変わらず彼女たちの周囲に満ちている。
けれど、薔薇十字のテーブルだけは、いつの間にか妙な緊張感に包まれていた。
「……私から提案があるわ」
静香が口を開いた。
それまで黙って考え込んでいたメンバーたちの視線が、彼女へと集まる。
「今回の件、調査は行う。ただし、こちらから積極的に介入することは控えたいと思っているの」
「調査はするけど、犯人を捕まえに行くつもりはないってこと?」
亜紀が確認するように尋ねた。
「そういうこと。情報収集は必要よ。探索者狩りがどんな目的で行われているのか、犯人の正体は誰なのか。それを調べること自体は、私たちにとっても無駄にはならないわ」
静香は一度言葉を切った。
「けれど、もし犯人が本当にあの男だった場合……私たちに勝算はない」
その言葉に、誰も反論しなかった。
梟という男がどれほどの実力を持っているのか、正確なところを知る者はいない。
だが、彼に関わった経験のある者たちは、その危険性を十分に理解していた。
まともに戦って勝てる相手なのか。
そもそも、戦いと呼べる状況に持ち込めるのか。
その判断すらできない相手に、わざわざこちらから接触する必要はない。
「協会の依頼も、アライブオンリー。生け捕りが条件なら、なおさらね。相手の実力が分からない以上、無理に捕まえようとして被害を増やすのは避けたいわ」
「賛成」
明美がすぐに頷いた。
「正体も実力も分からない相手に突っ込むなんて、割に合わないもの。情報を集めるだけなら、危険も抑えられるしね」
「私も賛成です」
真凜も静かに同意した。
「戦士としては、敵の実力を把握しないまま戦闘に入るのは避けるべきだと考えます。ましてや、生け捕りが条件となれば、こちらの行動も制限されますから」
「そうね。私も異論はありませんわ」
ギゼラはグラスを置いた。
「わざわざ危険な相手の懐に飛び込む必要はありませんもの。まずは情報を集め、状況を見極める。それが賢明でしょう」
「私も、それでいいと思う」
最後に亜紀が頷く。
「犯人があの男じゃなかったとしても、相手の情報がないことに変わりはないしね」
全員の意見が一致した。
静香はメンバーたちを見渡し、小さく頷く。
「それじゃあ、今回の薔薇十字の方針を決めるわ」
彼女は指を一本立てた。
「第一に、探索者狩りに関する情報を集める。被害者の証言、現場の状況、犯人の目撃情報。協会が公開している情報も確認する」
続けて、二本目の指を立てる。
「第二に、犯人との直接的な接触は避ける。こちらから戦闘を仕掛けることも、生け捕りを目的とした行動も行わない」
そして、最後に告げた。
「第三に、あの男の関与が疑われる場合は、速やかに情報を共有する。確証が得られない段階でも、危険性を考慮して慎重に動くこと」
静香は全員の顔を確認した。
「以上でいいかしら?」
「異議なし」
明美が答える。
「問題ありません」
真凜も頷いた。
「賛成ですわ」
「私も」
ギゼラと亜紀も、それぞれ同意を示した。
こうして、薔薇十字の方針は決定した。
探索者狩りの調査は行う。
しかし、積極的な介入は控える。
梟が関わっている可能性を考慮し、決して無理はしない。
それが、彼女たちの出した結論だった。
「……まあ、そんなに心配しなくてもいいと思いますわよ」
ひとまず話がまとまったところで、ギゼラが穏やかな声で言った。
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
「ギゼラ、それはどういう意味?」
静香が尋ねる。
「もちろん、彼が犯人ではないと断言するつもりはありませんわ。ただ、私は今回の事件に彼が関わっている可能性は、それほど高くないと考えています」
「理由は?」
明美が身を乗り出した。
ギゼラは少し考えてから、答えた。
「以前、私たちが彼に救助してもらったときのことを覚えていますか?」
その場にいたメンバーたちが頷く。
あのとき、梟は彼女たちを救助した。
そして、その際に見せた彼の振る舞いは、ギゼラの記憶に強く残っていた。
「彼は、金で動くプロです」
ギゼラは断言した。
「少なくとも、私が見た限りではそうでした。金銭が発生しないなら救助はしない。感情だけで動く人間という印象ではありませんでしたわね」
「……確かに」
静香が考え込むように呟いた。
梟がどのような価値観を持っているのか、彼女たちには分からない。
だが、少なくともギゼラの目には、金銭という明確な対価によって動く人物として映っていたらしい。
「それで、今回の事件と何の関係があるの?」
亜紀が尋ねた。
「簡単な話ですわ」
ギゼラは、画面の消えた端末へ視線を向けた。
「もし今回の探索者狩りが、何らかの仕事として行われているのなら……生き残りがいること自体、おかしいのです」
その言葉に、メンバーたちの表情が変わった。
「……どういう意味?」
静香が尋ねる。
「文字通りの意味ですわ。もし彼が仕事としてBクラスパーティーを襲撃したのなら、死者二名、負傷者三名などという中途半端な結果にはならないでしょう」
ギゼラはグラスを置いた。
「全員、死んでいるはずです」
断定的な口調だった。
冗談でも、誇張でもない。
少なくともギゼラは、それが当然の帰結であるかのように語っていた。
「……仕事なら、全滅させているはずってこと?」
明美が確認する。
「ええ。仕事を完遂するために必要なら、彼はそうするでしょう。逆に、全員を殺す必要がないのなら、目撃者がいる状況で仕事は行わない。私が救助されたときに見た彼は、そういう人間でしたわ」
ギゼラは淡々と続けた。
「彼は金で動く。少なくとも、私にはそう見えました。依頼された仕事があるのなら、その目的を達成することを優先するはずです。わざわざ中途半端に相手を傷つけ、生き残りを出して騒ぎを大きくする理由がありませんもの」
「……確かに、妙ね」
静香が考え込む。
探索者狩りという事件そのものは不可解だ。
しかし、もし犯人が梟であり、仕事として襲撃を行ったのなら、今回の結果はあまりにも不自然だった。
「もちろん、彼が個人的な理由で動いている可能性までは否定できません。彼に、私たちの知らない一面があるのかもしれませんし」
ギゼラはそこで、ほんの少しだけ肩をすくめた。
「本当に人を殺すこと自体が趣味だというのなら、話は別ですけれどね」
「……逆に言えば、依頼されたのが二人だけで目撃者を気にしないのなら、残りの三人を殺す必要はないってことだよね」
明美がぽつりと口を開いた。
それまでの話を整理するような、淡々とした口調であったが、指先が僅かに震えている。
「仕事の対象が二人なら、その二人を始末すればいい。関係のない三人まで殺す必要はない。そう考えると、今回の事件も、あの男らしいと言えばあの男らしいのかもしれないね」
明美の言葉に、ギゼラが目を細めた。
「なるほど。確かに、その可能性もありますわね」
「……明美?」
亜紀が姉の顔を覗き込んだ。
「何かあったの? その…あの男と……」
「いや」
明美は亜紀の言葉を遮るように、軽く手を振った。
「何でもないよ。今のはただの仮定。実際にどうだったかなんて、分からないんだから」
それ以上、明美は何も語らなかった。
亜紀も追及することはせず、姉の顔を一度見つめてから視線を戻した。
「……そうね。結局、今の情報だけじゃ判断できないか」
静香が話を戻した。
「あの男が犯人ではないと断定できるわけではない。だからこそ、調査は必要ね」
「ええ。私もそう思いますわ」
ギゼラは頷いた。
「ただ、現時点では必要以上に恐れることもないと思います。彼が関わっている可能性はありますが、仕事として動いているのなら、今回の結果には疑問が残りますから」
彼女は再びグラスを手に取った。
「私たちがすべきことは、情報を集めること。彼が関わっていると分かったなら、そのとき改めて考えればいいのです」
「そうね」
静香は頷いた。
不安が完全に消えたわけではない。
それでも、やるべきことは決まった。
まずは調査。
そして、慎重な行動。
薔薇十字は、探索者狩りの事件を追うことになった。
ただし、彼女たちの誰もがまだ知らない。
今回の事件の裏側に何があるのか。
そして、自分たちが警戒している梟という男が、この騒動とどのような形で関わっているのかを。
騒がしい食堂の喧騒は、変わらず彼女たちの周囲に満ちていた。
けれど、薔薇十字のテーブルだけは、沈黙に包まれていた。
…………。
埼玉秩父ダンジョン18階層。
周囲には、四人の仲間の死体が転がっていた。
つい先ほどまで、共に戦い、笑い合っていた仲間たちだ。
それが今では、誰一人として動かない。
目の前に立つ男が、あっさりと殺したのだ。
男が現れた時のことは、今でも鮮明に覚えている。
『初めまして。梟と申します。ではさようなら』
まるで世間話でもするかのような口調だった。
そして、男は仲間たちを殺した。
抵抗する暇すらなかった者もいた。
必死に武器を構えた者もいた。
魔法を放とうとした者もいた。
だが、結果は変わらなかった。
男は淡々と、目の前の命を刈り取っていった。
次は自分の番だろう。
そう思った。
逃げられるとは思わなかった。
助かるとも思わなかった。
ならば、せめて一矢報いてやる。
死ぬことへの覚悟を決め、剣を構える。
手が震えていた。
足も、今にも崩れ落ちそうだった。
それでも、剣だけは下ろさなかった。
しかし――
梟は、こちらに背を向けた。
そして、そのまま歩き出した。
「……は?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
見逃されたのか。
いや、そんなはずがない。
目の前の男は、四人もの人間を何のためらいもなく殺したのだ。
自分だけを見逃す理由があるはずがない。
だから、考えるより先に身体が動いていた。
「死ねぇッ!」
背後から、渾身の力を込めて斬りかかる。
だが。
剣が届くことはなかった。
次の瞬間、梟は遥か離れた場所に立っていた。
まるで、最初からそこにいたかのように。
何が起きたのか、理解できない。
ただ一つわかるのは、自分の一撃が届かなかったということだけだった。
「なぜだ!」
声が裏返る。
「なぜ俺を殺さない! 逃げるのか! それとも、俺など殺す価値もないというのか!」
叫んだ。
挑発した。
せめて、こちらを見ろと。
仲間を殺した男に、自分という存在を認識させたかった。
しかし、梟は振り返りもしなかった。
こちらの言葉など、聞こえていないかのように。
そして、しばらくして。
「貴方はリストにありませんから」
ただ、それだけを告げた。
何の感情も感じられない、平坦な声だった。
梟は再び歩き出す。
引き止めることも、追いかけることもできなかった。
男の背中が遠ざかっていく。
やがて、その姿は見えなくなった。
残されたのは、四人の仲間の死体と、剣を構えたまま立ち尽くす自分だけだった。
――リストにない。
たった、それだけの理由で。
仲間たちは殺され、自分だけが生かされた。
緊張が切れたのか、自分の心音と呼吸音だけが耳に響く。
うるさいほどに。
震える手から剣が滑り落ちた。
膝から力が抜け、その場に尻もちをつく。
もう、立っていることすらできなかった。
それなのに。
さっきの男――梟のことが、頭から離れない。
恐ろしい。
強い。
冷酷で、容赦なく、冷静で。
そして……。
「美しい」
気づけば、そう呟いていた。
あの男の姿が、いつまでも脳裏に焼きついていた。
……………。
――さて、どうしたものか。
俺はパソコンの画面を睨みながら、キーボードを叩いていた。
画面に表示されているのは、検索結果の一覧。
上原亜紀。
新庄静香。
名前を入力して検索するだけなら簡単だ。
しかし、そこからどうやって自然に接触するかとなると、話は別だった。
偶然を装って出会うか。
何かしらの依頼を通じて接触するか。
それとも、向こうから接触してくるように仕向けるか。
どれも悪くはないが、どれも決め手に欠ける。
「うーん……」
俺は椅子の背もたれに体重を預けた。
せっかくなら、謎の強キャラらしい出会い方をしたい。
ただ会って話すだけでは面白くない。
かといって、わざとらしい演出をしてストーカーだと疑われるのも困る。
難しい問題だった。
そんなことを考えながら適当にニュースサイトを眺めていると、ふと目に留まった記事があった。
『新庄静香。脇チラ切り抜き』
ふむ?興味はないがこれは夜に確認するか…。
………本当に興味はないが、ほら?接触するための手がかりになるかもしれないしね?
一応ね?
それより…。
『相次ぐ探索者襲撃事件。協会が犯人の生け捕りを条件とする依頼を公開』
「……探索者狩り?」
記事を開き、ざっと内容を確認する。
ダンジョン内で探索者を襲撃する連続事件。Bクラスパーティーにも被害が出ており、死者まで確認されているらしい。
なるほど。
「ダンジョンでマンハントやってんのか」
俺は思わず笑った。
「懐かしいなぁ……」
昔は俺もよくやったものだ。
探索者を狩り、恐怖を植えつけ、謎の強キャラとして噂になる。それを狙って、俺は探索者狩りをしていた。
意味深なこと言って何人か見逃すのがポイントだ。
皆殺しだと話が広がらず噂にならないからね。
いやぁ、あの頃は若かった。
もっとも、当時は今みたいに仕事を依頼してくれる人間なんていなかったからな。
だから――。
「自分で自分に依頼を出してたんだよなぁ」
我ながら、よく考えたものだと思う。
依頼主は俺。実行するのも俺。
報酬を払うのも俺。
完璧な仕組みである。
……いや、金が右から左に移動しているだけでは?
まあ、細かいことはいい。
重要なのは、俺が仕事をしていたという事実だ。
仕事には美学がある。
そして、美学を貫いた仕事こそが噂になる。
そう信じて、俺はあの頃、必死に探索者狩りをしていたのだ。
「しかし、今どきねぇ……」
俺は記事を読み進めた。
被害者はBクラスパーティー。死者二名、負傷者三名。
ふむ。
中途半端だな。
俺は負傷者なんて出さなかったぞ。
殺すなら殺す。見逃すなら見逃す。
その方が、プロっぽいし、無駄な手間もかからない。
……まあ、魔法で攻撃すると大抵死ぬんだけどね。
手加減って難しい。
ん?……いや、待て。
俺はキーボードを叩く手を止めた。
そもそも、今回の犯人は何が目的なのだろうか。
強敵と戦いたいのか。誰かに恨みがあるのか。それとも、俺のように噂になりたいのか。
記事を読んだだけでは分からない。
まあ、俺には関係のない話だ。
今はそれよりも、亜紀と静香にどう接触するかが先決である。
「うーん……どうすっかなぁ」
俺は再びパソコンに向き直り、キーボードを叩き始めた。
「膝裏の切り抜きもあるのか…」
……………。
東京西多摩ダンジョン、第二十二階層。
薄暗い岩壁に囲まれた通路を、五人の探索者が進んでいた。
彼らのパーティー名は、パレット。
Aランクに認定された、実力者揃いの探索者パーティーである。
「……この辺り、最近モンスターの数が増えてないか?」
先頭を歩く剣士が、通路の先を見据えながら呟いた。
「いいことじゃない。狩りがいがあるわ」
魔法使いが楽しそうに笑う。
「お前は後ろから魔法を撃ってるだけだろうが」
「前に出て殴られたいの?」
「はいはい、喧嘩はそこまでだ」
大盾を背負ったタンクが、二人の間に割って入った。
いつもの光景だった。
彼らがこのダンジョンに潜った主な目的は、モンスターの狩猟だ。素材を集め、実績を積み、稼ぐ。それが探索者としての仕事である。
だが、今回はもう一つ目的があった。
「そういえば、探索者狩りの件はどうする?」
後方の剣士が話を切り出した。
「痕跡があれば回収。情報があれば持ち帰る。それだけだ」
タンクが答える。
「見つけたら?」
「そりゃ、相手次第だろ。こっちもAランクだ。やられっぱなしで帰るつもりはないさ」
「ふふ、もし本当に強いなら、戦ってみるのも悪くないわね」
魔法使いが笑った。
彼らは探索者狩りが危険な相手だということを理解していた。
だからこそ、遭遇すれば慎重に対処するつもりだった。
ただし、最初から逃げるつもりもない。
Aランク探索者として積み上げてきた経験と実績が、彼らの自信を支えていた。
そのときだった。
「――止まれ」
先頭の剣士が片手を上げた。
全員の足が止まる。
「ワイヤーだ」
通路の先。足首ほどの高さに、細い線が張られていた。
剣士は目を細め、周囲を観察する。
「クレイモアか……」
「物騒ね」
「探索者狩りの仕掛けかもしれないな」
タンクが盾を前に出し、通路の先を警戒した。
「切るな。作動する可能性がある。跨いで通るぞ」
全員が頷く。
一人ずつ、慎重にワイヤーを跨いでいく。
先頭の剣士。タンク。魔法使い。ヒーラー。そして最後尾の剣士。
誰も罠に触れなかった。
「よし。問題ないな」
先頭の剣士が息を吐いた。
そのとき、最後尾の剣士の足に、わずかな感触が伝わった。
――ワイヤー。
最初の罠とは別の、目視できないほど細い線。
ダブルトラップか!
「逃げろっ!」
その直後。
最後尾の剣士の足元で、何かが弾けた。
閃光。
そして、轟音。
「――ッ!?」
視界が真っ白に染まった。
耳をつんざく音が、狭い通路の壁に反響する。轟音は一度では終わらず、何度も跳ね返ってきた。
耳鳴りが頭の奥を突き刺す。
目を開けても何も見えない。声を上げても、自分の声すらまともに聞き取れなかった。
フラッシュグレネード。
最初の罠を見抜いた彼らは、二つ目の罠にかかったのだ。
鍛えられた探索者でも、視界と聴覚が戻るまでには十秒以上かかるだろう。
戦闘中の十秒。それだけあれば、十分すぎた。
探索者狩りは、その隙を逃さなかった。
黒い影が通路を横切る。
最初の標的は、ヒーラー。
「――っ!」
気配に気づいたときには、もう遅かった。
刃が走る。
ヒーラーの身体が崩れ落ちた。
探索者狩りは倒れた相手を一瞥することもなく、次の標的へと向かう。
タンクが視界の戻らない目を凝らし、盾を構えようとした。
「全員、俺の後ろに――!」
だが、声が届くよりも早く、探索者狩りの剣がタンクの腕をかすめた。
「ぐっ……!」
浅い傷。
タンクは反射的に盾を振るったが、黒い影はすでに間合いの外へ退いていた。
そして、魔法使いへ。
「しまっ――!」
魔法使いが杖を構え、詠唱を始めようとする。
探索者狩りは一気に距離を詰めた。
魔法使いが杖で迎え撃つ。しかし、剣を受け止めきれず、手元が弾かれた。
続く一撃。
魔法使いは床に倒れた。
そこで、探索者狩りは動きを止めた。
タンクが盾を構え直し、剣士二人がそれぞれの剣を抜く。
視界はまだぼやけている。耳鳴りも残っていた。
それでも、三人は互いの位置を確かめ、タンクを中心に陣形を組み直した。
「……二人とも、俺の後ろにつけ!ボタンは?」
タンクが盾を構え、二人を庇うように前へ出る。剣士は相手に気づかれないよう薄く頷く。
「ヒーラーがやられた。魔法使いもだ。回復は期待できない」
「分かってる」
「敵は目の前だ。焦るな。俺が受ける」
剣士二人が左右に立つ。
タンクの大盾が通路を塞ぎ、その後ろで二人が剣を構えた。
Aランクパーティーらしい、堅実な立て直しだった。
探索者狩りは、その様子を黙って見ていた。
攻めてこない。
追撃する気配もない。
ただ、剣を下げたまま、こちらの陣形が整うのを待っている。
「……何のつもりだ?」
タンクが警戒しながら問いかける。
探索者狩りは答えなかった。
「余裕を見せてるつもりか? こっちはまだ三人いるぞ」
好都合だ。救援信号は押されている。時間はこちらの味方だ。
一分が過ぎた。
さらに一分。
タンクが牽制に一歩踏み出す。
その瞬間、腕に違和感が走った。
「……?」
先ほど剣がかすめた場所。
傷は浅い。出血も大したことはない。
だが、指先が妙に重い。
タンクは一度だけ腕を握り、盾を構え直した。
気のせいだ。
今は目の前の敵に集中するべきだ。
「来いよ。今度は正面から相手をしてやる」
タンクが吠える。
探索者狩りは、ようやく剣を持ち上げた。
しかし、攻めてはこない。
まるで、何かを待っているかのようだった。
数秒が過ぎた。
タンクの呼吸が荒くなる。
「……おい、どうした?」
剣士の一人が声をかけた。
「なんでもねえ。構えてろ」
タンクは答え、盾を握りしめる。
だが、指先に力が入らなかった。
盾がわずかに傾く。
「……なんだ?」
踏み出そうとした足が、動かない。
膝が震えた。
そして。
ガシャン、と音を立てて盾が床に落ちた。
「隊長!?」
剣士二人が振り返る。
「待て……俺は……」
タンクは踏ん張ろうとした。しかし、身体が言うことを聞かない。
そのまま、膝から崩れ落ちた。
探索者狩りは、ようやく口を開いた。
「よく三分も動けたな」
感心したような、どこか他人事のような声だった。
「熊でも十秒で昏倒する量だぜ?」
「……毒、だと……?」
タンクは腕の傷を見下ろす。
あの程度の傷なら問題ない。そう判断した傷だった。
だが、傷の深さと毒の量は関係がなかった。
「最初から……仕込んで……!」
「そういうことだ」
探索者狩りは淡々と答えた。
剣士二人がタンクの前に出る。
「てめえ……!」
「隊長から離れろ!」
怒りを露わにして剣を構える二人。
探索者狩りは、二人を見た。
今度は待たなかった。
黒い影が踏み込む。
剣士の一人が斬りかかり、もう一人が側面から追撃する。二人の連携は見事だった。互いの死角を補い、逃げ場を塞ぐ。
だが、探索者狩りはその連携に付き合わなかった。
剣を受け流し、半歩ずらし、攻撃の届かない位置へ移る。
一人が踏み込んだ瞬間、探索者狩りの刃が手首を打った。
剣が床に落ちる。
続く一撃が、その身体を切り裂いた。
「ぐっ……!」
もう一人が仲間を庇おうとする。
探索者狩りは足元へ魔法を放った。
爆ぜるような衝撃に、剣士の体勢が崩れる。
その隙を逃さず、刃が走った。
最後の剣士が倒れる。
通路に静寂が戻った。
探索者狩りは、床に倒れた探索者達を見下ろした。
罠を見抜き、正しく回避した者たち。
不意を突かれながらも、陣形を立て直した者たち。
Aランク探索者パーティー、パレット。
彼らは決して無能ではなかった。
ただ、相手が悪かった。
探索者狩りは、剣についた血を払い、倒れた探索者たちを一瞥した。
戦果を確認するような視線。そこに喜びも、達成感もない。
「……まだ届かない」
誰に聞かせるでもなく、男は呟いた。
そして、何事もなかったかのように剣を納め、歩き出した。
……………。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面下の評価やブックマーク、感想などをいただけると非常に励みになります。
次回もよろしくお願いいたします!