謎の強キャラで噂になりたかっただけなのに!   作:なにわ

9 / 9
AI判定結果
AI生成らしさ:15%(推定)
戦闘描写の反復や一部の説明的な地の文にはAI生成文章と共通する特徴が見られる。一方、梟の独特な思考や倫理観、感情の急転換、登場人物ごとの認識の違い、結末の皮肉には人間による創作の特徴が強く認められる


第9話 探索者狩り(3)完

 

……………。

 

秩父ダンジョン、第十八階層。

 

「誘い込まれた! ここはあいつの罠が――」

 

明美の警告が終わるより早く、男の右手が動いた。

 

銀色の光が走る。

 

「っ!」

 

明美が身構える。

 

だが、投げられたナイフは五人の頭上を通り過ぎ、背後の通路へと飛んでいった。

 

――キンッ!

 

金属音。

 

直後、頭上から低い振動が伝わってきた。

 

「後ろ!」

 

亜紀が叫んだ。

 

ゴゴゴゴゴッ!

 

天井が崩れた。

 

「散っ!」

 

静香の号令で、五人が広間の奥へ飛び退く。

 

轟音とともに岩が降り注ぎ、土煙が巻き上がった。

 

「くっ……!」

 

真凜が腕で顔を庇う。

 

崩落は数秒で収まった。

 

だが、五人が通ってきた通路は、大量の岩によって完全に塞がれていた。

 

「退路がっ!」

 

亜紀が声を上げる。

 

土煙の向こうで、男が剣を構えた。

 

「……追い詰めた」

 

静香の眉がわずかに動いた。

 

先ほど自分が口にした言葉。

 

それを、今度は男が返してきたのだ。

 

「……随分と手の込んだ歓迎ね」

 

静香が剣を構え直す。

 

「全員、周囲の罠に注意。陣形を崩さないで!」

 

「了解!」

 

明美が一歩踏み出した。

 

その瞬間。

 

「っ!?」

 

足元に違和感が。

 

咄嗟に足を引く。

 

見れば、地面に小さな穴が隠されていた。

 

深さは足首ほどか。

 

「……落とし穴?」

 

明美が眉をひそめる。

 

こんな浅い穴で、誰かを倒せるはずがない。

 

だが、戦闘中に足を取られれば話は別だ。

 

「足元に小さい穴がある! 気をつけて!」

 

警告と同時に、男が動いた。

 

「来る!」

 

真凜が迎え撃とうと踏み込む。

 

だが、左肩の高さに細いワイヤーが張られていた。

 

「くっ!」

 

真凜が足を止める。

 

男はその隙を逃さなかった。

 

剣が振り下ろされる。

 

「させない!」

 

明美が横から飛び込み、男の剣を弾いた。

 

金属音が響く。

 

男は即座に剣を返した。

 

「っ!」

 

明美が身をひねる。

 

刃が頬のすぐ横を通り過ぎた。

 

「明美!」

 

亜紀が踏み込む。

 

男は亜紀の攻撃を受け流し、二人の間を抜けるように移動した。

 

「逃がさない!」

 

亜紀が追う。

 

しかし、男はワイヤーを潜り、振り返りざまに剣を振るった。

 

「くっ……!」

 

亜紀が受け止める。

 

重い。

 

そのまま押し込まれ、亜紀が一歩下がった。

 

「亜紀、右!」

 

「分かってる!」

 

明美が男の側面へ回り込む。

 

二人で挟む。

 

だが、男は明美の攻撃をかわしながら、亜紀へ蹴りを放った。

 

「ぐっ!」

 

亜紀が後退する。

 

明美が追撃しようとした、その時。

 

男の左手がワイヤーを引く。

 

――ボンッ!

 

床から何かが跳ねた。

 

「散!」

 

明美が叫ぶ。

 

無数の金属球が、地面から広がってくる。

 

「ベアリング!?」

 

真凜が即座に前へ出た。

 

「下がって!」

 

飛来する金属球を盾で受け止める。

 

ガガガガッ!

 

激しい衝撃が腕に伝わった。

 

「くっ……!」

 

一つ一つは小さい。

 

だが、数が多すぎる。

 

真凜は盾を構えたまま、足を踏ん張った。

 

「真凜!」

 

「大丈夫! 私が防ぎます!」

 

その間にも、男は動いていた。

 

明美と亜紀へ接近し、剣を振るう。

 

「っ!」

 

明美が受け止める。

 

亜紀が横から斬りかかる。

 

しかし、男は二人の攻撃を捌きながら、巧みに位置を変えていった。

 

「ギゼラ!」

 

静香が叫ぶ。

 

「分かっていますわ!」

 

ギゼラの周囲に鉄の針が浮かぶ。

 

男へ向けて放とうとした。

 

だが。

 

「……っ!」

 

射線上に明美がいた。

 

男は明美を挟む位置を維持しながら、亜紀の攻撃を受け流している。

 

ギゼラが横へ動く。

 

男も動く。

 

今度は亜紀が射線に入った。

 

「……嫌らしいですわね!」

 

ギゼラが舌打ちする。

 

無理に撃てば、味方を巻き込む。

 

男はそれを分かっている。

 

「ギゼラ、無理に攻撃しないで!」

 

静香が指示を出す。

 

「ええ。承知しています!」

 

ギゼラは針を引き戻し、鉄の盾を展開した。

 

直後、男の魔法が飛んでくる。

 

「っ!」

 

鉄の盾が光弾を受け止めた。

 

轟音。

 

ギゼラは衝撃を受け流しながら、男の動きを追う。

 

だが、反撃の機会がない。

 

「……なるほど」

 

ギゼラが小さく呟いた。

 

「私に攻撃させないおつもりですのね」

 

男は答えなかった。

 

明美の剣を弾き、亜紀へ斬りかかる。

 

「くっ!」

 

亜紀が受け止める。

 

だが、男の剣は止まらない。

 

一撃。

 

二撃。

 

三撃。

 

「……っ!」

 

傷から血が滲み、亜紀が押される。

 

明美が割り込む。

 

「亜紀、下がって!」

 

「まだ行ける!」

 

「いいから!下がれっ!」

 

二人が位置を入れ替えた。

 

明美が男の剣を受け流し、反撃する。

 

だが、男はそれを容易くかわした。

 

「っ!」

 

明美の肩口を刃がかすめる。

 

血が散った。

 

「明美!」

 

「浅い! 問題ない!」

 

明美は即座に距離を取った。

 

男は追わない。

 

代わりに、床へ視線を落とした。

 

「……?」

 

明美がその視線を追う。

 

細いワイヤー。

 

一本ではない。

 

床のあちこちに、異なる種類のワイヤーが張られている。

 

「……くそっ!」

 

明美が歯噛みした。

 

トラップワイヤー。

 

高張力ワイヤー。

 

ワイヤーソー。

 

見つけることはできる。

 

だが、見つけたからといって、簡単に突破できるわけではない。

 

「明美! 左から回れる!?」

 

静香が叫ぶ。

 

「無理!罠が厚い!」

 

「右は!?」

 

「行けるけど、時間がかかる!」

 

「分かった! 無理に詰めないで!」

 

静香は周囲を見渡した。

 

広間そのものは、それほど狭くない。

 

だが、自由に動ける場所は限られていた。

 

足元には小さな落とし穴。

 

進路を遮るワイヤー。

 

そして、どこから飛んでくるか分からないベアリング。

 

一つ一つは、致命的な罠ではない。

 

しかし、戦闘中に対処しなければならないとなれば、話は別だった。

 

「真凜! 前を維持して!」

 

「はい!」

 

真凜が盾を構え直す。

 

男が再び何かを操作した。

 

――ジャラララッ!

 

「また来る!」

 

金属球が広がる。

 

真凜は盾を構え、仲間たちを庇った。

 

ガガガガッ!

 

「くっ……!」

 

衝撃が続く。

 

一歩下がろうとした。

 

だが、踵のすぐ後ろにはワイヤーがあった。

 

「……っ!」

 

真凜は踏みとどまった。

 

動けない。

 

男へ斬りかかることも、仲間の援護に向かうこともできない。

 

盾を構え、飛来するベアリングを防ぐ。

 

それだけで手一杯だった。

 

「真凜、大丈夫!?」

 

静香が尋ねる。

 

「問題ありません! こちらは任せてください!」

 

真凜は答えた。

 

だが、その額には汗が滲んでいた。

 

一方、明美と亜紀は男への攻撃を続けていた。

 

「はあっ!」

 

明美が踏み込む。

 

男が剣で受ける。

 

亜紀が背後へ回り込む。

 

しかし、男は振り返ることなく身体をずらし、亜紀の剣をかわした。

 

「っ!?」

 

次の瞬間、男の肘が亜紀の腹部へ叩き込まれた。

 

「ぐっ!」

 

亜紀がよろめく。

 

「亜紀!」

 

明美が斬りかかる。

 

男はその剣を受け流し、明美の足を払った。

 

「うわっ!」

 

明美が体勢を崩す。

 

咄嗟に手をつき、転倒だけは避けた。

 

だが、男の剣が迫る。

 

「させませんわ!」

 

ギゼラの鉄の盾が割り込んだ。

 

ガキンッ!

 

男の剣が弾かれる。

 

明美はその隙に距離を取った。

 

「助かった!」

 

「お気になさらず!」

 

ギゼラが答える。

 

だが、男はすでに移動していた。

 

再び明美と亜紀を挟む位置。

 

ギゼラの攻撃が届かない場所へ。

 

「……徹底していますわね」

 

ギゼラが眉をひそめた。

 

男は自分たちの能力を把握している。

 

少なくとも、戦いながら対処法を組み立てている。

 

こちらが陣形を変えれば、男も変える。

 

攻撃を仕掛ければ、罠で足を止める。

 

守りに入れば、魔法で削ってくる。

 

「……静香」

 

ギゼラが声をかけた。

 

「ええ。分かっているわ」

 

静香は男から目を離さなかった。

 

戦況は悪い。

 

明美と亜紀は接近できている。

 

だが、純粋な戦闘技術では男が上だ。

 

真凜は防御に釘付け。

 

ギゼラも攻撃を制限されている。

 

自分が遊撃に回ろうにも、男は簡単には隙を見せない。

 

静香は剣を握り直した。

 

……それでも。

 

隙がないわけではない。

 

男の動きを観察する。

 

明美の攻撃を受け流す。

 

亜紀の追撃をかわす。

 

その直後、わずかに身体が開く。

 

ほんの一瞬。

 

次の攻撃へ移るまでの、わずかな間。

 

……見つけた。

 

静香は呼吸を整えた。

 

「明美! 亜紀! もう一度、左右から!」

 

「了解!」

 

「行くよ!」

 

二人が同時に踏み込む。

 

男は明美の剣を受け流した。

 

亜紀の攻撃をかわす。

 

そして、身体が開いた。

 

今!

 

静香が踏み込んだ。

 

「はあっ!」

 

鋭い突き。

 

男の胸元へ、一直線に剣先が伸びる。

 

「……っ!」

 

男の表情が変わった。

 

剣を戻すには遅い。

 

身体をかわすにも、間に合わない。

 

静香の剣先が迫る。

 

その瞬間。

 

男の左手が、ワイヤーを掴んだ。

 

――グイッ!

 

「……!?」

 

明美が目を見開いた。

 

「静香! 離れて!」

 

――バンッ!

 

横合いから、無数の金属球が飛び出した。

 

「っ!」

 

静香は突きを止めようとした。

 

だが、間に合わない。

 

その時。

 

「静香っ!」

 

真凜が飛び込んできた。

 

ドンッ!

 

強い衝撃。

 

静香の身体が横へ弾き飛ばされる。

 

「真凜!?」

 

次の瞬間。

 

ガガガガガッ!

 

無数のベアリングが真凜を襲った。

 

「ぐあっ!」

 

真凜の身体が大きく揺れる。

 

盾で防ぎきれなかった金属球が、腕や脚に食い込んだ。

 

血が飛び散る。

 

「真凜!」

 

静香が叫ぶ。

 

真凜は膝をつきかけた。

 

だが、剣を手放さなかった。

 

「……まだっ!」

 

男が踏み込んだ。

 

「っ!」

 

真凜が顔を上げる。

 

迫る刃。

 

咄嗟に剣を構えた。

 

ガキンッ!

 

金属音が響く。

 

男の剣を受け止める。

 

しかし、傷ついた脚では踏ん張りが利かなかった。

 

「くっ……!」

 

男が剣を押し込む。

 

真凜は必死に受け流した。

 

だが、完全には防ぎきれない。

 

ザシュッ!

 

「がっ……!」

 

刃が真凜の身体を深く裂いた。

 

鮮血が散る。

 

「真凜っ!!」

 

静香が駆け寄ろうとする。

 

男が振り返った。

 

剣を構え直す。

 

「邪魔させない!」

 

明美が飛び込んだ。

 

亜紀も続く。

 

「真凜から離れろっ!」

 

二人の剣が男へ迫る。

 

男はそれを受け流し、距離を取った。

 

「真凜!」

 

静香が膝をつく。

 

真凜は地面に倒れていた。

 

呼吸はある。

 

意識もある。

 

だが、傷は深い。

 

「……静香……」

 

「喋らないで!」

 

静香は傷口を確認した。

 

出血が多い。

 

すぐに止血しなければならない。

 

「ギゼラ! 少し時間を作ってっ!」

 

「承知しましたわ!」

 

ギゼラが鉄の盾を展開する。

 

その陰で、静香は真凜の傷口を押さえた。

 

「……くっ!」

 

真凜が苦痛に顔を歪める。

 

「ごめんなさい。少し我慢して」

 

静香は止血処置を続けた。

 

傷は深い。

 

だが、すぐに命を落とすような状態ではない。

 

適切に処置すれば、助かる。

 

……ただし。

 

静香は唇を噛んだ。

 

アンチステータスドラッグ。

 

その効果が続いている限り、回復魔法は使えない。

 

ポーションも効かない。

 

真凜を戦線に戻すことはできなかった。

 

「……静香」

 

真凜が弱々しく声を上げる。

 

「私……まだ……」

 

「駄目よ」

 

静香が遮った。

 

「もう戦わないで。ここで休んでいて」

 

「でも……」

 

「お願い。いえ!命令よっ!」

 

真凜は静香を見つめた。

 

やがて、小さく頷いた。

 

「……分かりました」

 

静香は止血を確認し、立ち上がった。

 

その間にも、明美と亜紀は男と戦い続けていた。

 

「くっ!」

 

明美が剣を弾かれる。

 

亜紀が援護に入る。

 

だが、男の攻撃は止まらない。

 

真凜が倒れた。

 

これまでベアリングを防いでいた盾役が、いなくなった。

 

「……まずいですわね」

 

ギゼラが呟く。

 

飛来するベアリングを鉄の盾で防ぎながら、明美と亜紀を援護する。

 

だが、その分だけ男への攻撃が難しくなる。

 

「静香!」

 

亜紀が叫んだ。

 

「このままだと、押し切られる!」

 

「分かってる!」

 

静香は剣を構え直した。

 

明美と亜紀はまだ戦える。

 

ギゼラも健在だ。

 

自分も動ける。

 

だが、真凜が抜けた穴は大きい。

 

このまま同じ戦い方を続ければ、いずれ誰かが倒れる。

 

そうなれば、残った者への負担はさらに増す。

 

……何か。

 

何か、手はないの?

 

静香は周囲を見渡した。

 

落とし穴。

 

ワイヤー。

 

岩壁。

 

塞がれた退路。

 

男の位置。

 

仲間たちの位置。

 

そして。

 

「………………え?」

 

視界の端に、何かが映った。

 

広間の端。

 

少し高くなった岩の上。

 

そこに、一人の男が座っていた。

 

黒いコート。

 

片肘を膝に乗せ、頬杖をついている。

 

まるで、劇でも眺めているかのように。

 

静香は目を見開いた。

 

「……嘘」

 

見間違えるはずがない。

 

富士樹海で出会った、あの男。

 

「……貴方は!」

 

静香の声に、岩の上の男、梟がゆっくりと顔を向けた。

 

「あぁ、お気になさらず。どうぞ、続けて下さい」

 

梟はそう言うと、再び視線を戦場へ戻した。

 

「なっ……!」

 

静香は言葉を失った。

 

真凜は重傷を負い、明美と亜紀も限界が近い。ギゼラは防御に追われ、反撃の糸口すら掴めずにいる。

 

それを見ていながら、続けろと言うのか。

 

「梟! 共闘を依頼します!」

 

「……なぜ?」

 

梟が不思議そうに首を傾げた。

 

「なぜって……貴方は!」

 

「静香! 彼はプロです!」

 

ギゼラの声が飛んだ。

 

静香は息を呑む。

 

そうだった。

 

梟は無償では動かない。

 

以前、彼女たちを救ったときもそうだった。あの男にとって、戦う理由とは常に依頼であり、報酬なのだ。

 

「一億で! 私たちに協力して下さい!」

 

「ん~~」

 

梟はわずかに考える素振りを見せた。

 

「緊急ですからね。三億からですね」

 

「三億……!」

 

亜紀が思わず声を上げた。

 

静香は一瞬だけ唇を噛んだ。

 

法外な金額だった。

 

だが、迷っている時間はない。

 

「お願いします! 三億、払います!」

 

「承知しました」

 

梟は岩から立ち上がった。

 

黒いコートの裾が、静かに揺れる。

 

「捕獲ですか?討伐ですか?」

 

あまりにも事務的な問いだった。

 

目の前にいるのは、彼女たちを追い詰めた強敵だ。

 

それを、生かすか殺すか。

 

まるで荷物の配送方法でも確認するような口調だった。

 

「出来れば捕獲を!ですが、困難なら討伐で構いません!」

 

「わかりました。………出来れば?困難なら?」

 

梟は何かを考えるように首を傾げた。

 

そのときだった。

 

「……あぁ」

 

低い声が漏れた。

 

探索者狩りだった。

 

男は梟を見つめていた。

 

先ほどまでの殺気が、どこかへ消えている。

 

代わりに浮かんでいたのは、奇妙なほどの感慨だった。

 

「あぁ……流石だ。それでこそ梟だ」

 

その声には、確かな憧憬が滲んでいた。

 

静香は眉をひそめた。

 

「待って下さい。知り合いですか?」

 

梟が男を見る。

 

「いえ? 存じ上げません」

 

即答だった。

 

探索者狩りの口元が歪んだ。

 

「……はっ」

 

笑った。

 

「ははっ……あぁ! そうだろうな!」

 

男は両腕を広げた。

 

「俺のことなんて、記憶の片隅にもないだろう!」

 

笑い声が、次第に震え始める。

 

「貴方は……!」

 

そこで一度、言葉が詰まった。

 

「お前はっ! 梟だからなぁっ!」

 

静香が剣を構え直す。

 

明美と亜紀も、男の動きに警戒を強めた。

 

だが、探索者狩りは彼女たちを見ていなかった。

 

その目は、ただ一人に向けられていた。

 

「覚えているか……? この場所を!」

 

男が足元を踏み鳴らした。

 

「ここだ! この場所だっ! 俺の仲間たちが、お前に殺された場所だ!」

 

静香の表情が変わった。

 

「……仲間?」

 

「そうだ! 何年も前だ! 俺たちはここで、お前に襲われた!」

 

男は梟を指差した。

 

「何もできなかった! 剣を抜く暇さえなかった奴もいた! 一人、また一人と倒れていって……!」

 

声が裏返る。

 

「俺だけだ! 俺だけが生き残った!」

 

男は歯を剥き出しにした。

 

「俺の名前は、リストになかった! だから殺されなかった! ただ、それだけだ!」

 

静香の背筋に冷たいものが走った。

 

リスト。

 

つまり、最初から殺す相手が決まっていたということか。

 

「待ちなさい。貴方が言っているのは、まさか……」

 

「そうだ!」

 

男は静香に目も向けず、梟に向かって叫んだ。

 

「昔、世間を騒がせた探索者狩り! その正体が、お前だっ!梟だっ!」

 

「……っ!」

 

亜紀が息を呑んだ。

 

明美の視線が梟へ走る。

 

静香も、言葉を失っていた。

 

過去の探索者狩り。

 

犠牲者は死亡か、無傷か。

 

足取りは掴めず、犯人に繋がる情報もほとんどない。

 

未解決のまま、突如として報道から消えた事件。

 

その犯人が、梟だったというのか。

 

「……やはり、そうでしたか」

 

ギゼラが静かに呟いた。

 

静香が振り向く。

 

「ギゼラ……?」

 

「過去の事件には、無駄がありませんでした。殺すべき相手だけを殺し、それ以外には手を出さない。足取りも残さず、情報も漏れない」

 

ギゼラは梟を見つめた。

 

「徹底したプロの仕事です。今の探索者狩りとは、あまりにも違う」

 

静香は再び梟へ目を向けた。

 

黒いコートの男は、黙って話を聞いている。

 

その表情からは、何も読み取れなかった。

 

「……探索者狩り?」

 

梟が、ぽつりと呟いた。

 

「私が?」

 

探索者狩りが笑った。

 

「あぁ! そうだ! お前だよ!」

 

男の目が血走る。

 

「ずっと探していた……! 何年も、何年もだ!」

 

剣を握る手が震えていた。

 

「俺はお前を追いかけた! お前のようになりたかった! いつか、お前の前に立てるように!」

 

男は笑っていた。

 

だが、その頬を涙が伝っていた。

 

「そして……!」

 

剣先が梟へ向けられる。

 

「いつか、この手で殺してやるためになぁっ!」

 

静香は息を詰めた。

 

憧れと憎悪。

 

相反するはずの二つの感情が、男の中では何一つ矛盾していないように見えた。

 

梟はしばらく男を見つめていた。

 

そして、静かに口を開いた。

 

「……なるほど。探索者狩りか………」

 

男の表情が強張る。

 

「では、終わらせましょう」

 

梟は一歩、前へ出た。

 

「依頼を受けていますので」

 

 梟の右手が、ほんの一瞬、力んだように見えた。

 

静香は目を凝らす。

 

何かを握った?

 

いや、違う。

 

発動?

 

魔法か!

 

「ぐあああああっ!」

 

突然、探索者狩りが倒れた。

 

「なっ……!?」

 

静香は息を呑んだ。

 

何が起きた?

 

男は床に転がり、苦悶の声を上げている。

 

その右足が――ない。

 

太腿の中ほどから先が、地面に落ちていた。

 

床に血が広がっていく。

 

「右足が……!?」

 

明美の声が震えた。

 

攻撃が見えなかった。

 

剣も、魔法の光も、何も。

 

梟は一歩前に出たまま、ただ立っている。

 

探索者狩りが顔を上げた。

 

「……は」

 

男は自分の右足を見た。

 

それから、梟を見る。

 

「は……ははっ!」

 

笑った。

 

「ああっ! これだっ! これだよっ!」

 

男は床を叩いた。

 

「何も見えなかった! あの日と同じだ! 何も……何もできなかった!」

 

笑いながら、涙を流していた。

 

「俺はっ! 俺は強くなったんだ! あの日から、ずっと! お前を殺すために!」

 

声が裏返る。

 

「なのにっ! またっ! 何もできねえのかよぉっ!」

 

男は梟へ手を伸ばした。

 

「流石だ……! あぁ、流石だよ、梟……!」

 

その顔が、歓喜に歪む。

 

「やっぱり、お前は……! 俺が!俺の憧れた、お前は……!」

 

次の瞬間、歯を剥き出しにした。

 

「ふざけるなっ! ふざけるなよぉっ! 俺の仲間を! 俺の全部を奪っておいて!」

 

拳が床を打つ。

 

「俺は……俺はなんだっ!何だったんだっ!」

 

静香は剣を構えたまま、動けなかった。

 

男は泣き、笑い、怒鳴っている。

 

梟は何も答えない。

 

「……殺せ」

 

男の声が、不意に小さくなった。

 

「なぁ、梟……殺してくれよ……」

 

血の広がる床に、男が身を沈める。

 

「やっと……やっと、お前に会えたんだ……」

 

その口元が緩んだ。

 

「もう……いいだろ……?」

 

静香は思わず梟を見た。

 

梟は、倒れた探索者狩りを見下ろしていた。

 

「あっ……」

 

梟が小さく声を漏らした。

 

「……止血すれば、まだ捕獲も可能ですが……」

 

「…………え?」

 

静香は、一瞬その言葉の意味を理解できなかった。

 

捕獲?

 

この状況で?

 

確かに、自分はそう依頼した。

 

出来れば捕獲を。困難なら討伐で構わない、と。

 

だが、目の前の男は右足を失い、床には大量の血が広がっている。

 

そして、その男は今、梟に殺してくれと懇願していた。

 

それなのに、梟は――。

 

「……はは」

 

小さな笑い声が聞こえた。

 

探索者狩りだった。

 

男は梟を見上げていた。

 

先ほどまでの狂ったような笑いではない。

 

何かに納得したような。

 

ようやく答えを見つけたような。

 

そんな、奇妙なほど嬉しそうな微笑みだった。

 

静香が口を開こうとした、そのとき。

 

「梟」

 

男が呼びかけた。

 

「依頼だ」

 

静香の動きが止まった。

 

探索者狩りは、まっすぐに梟を見つめていた。

 

「俺の全部をやる。俺を殺してくれ」

 

梟が男へ顔を向けた。

 

「……全部、とは?」

 

静香は耳を疑った。

 

梟は、男の言葉に応じた。

 

仲間を殺されたという訴えにも、憎悪にも、懇願にも、一度として答えなかった男が。

 

依頼という言葉には、答えた。

 

探索者狩りが微笑んだ。

 

その顔には、もはや先ほどまでの怒りも絶望も見えなかった。

 

男は懐に手を入れると、小さなフラッシュメモリを取り出した。

 

「……これだ」

 

それを梟へ投げる。

 

梟は片手で受け取った。

 

「その中に全部入ってる」

 

「どの程度ですか?」

 

「十億は超えてるさ」

 

「なるほど」

 

梟は短く頷いた。

 

静香の背筋に、冷たいものが走った。

 

十億。

 

自分たちに提示した三億を、遥かに上回る金額。

 

それを男は、自分自身を殺すために差し出したのだ。

 

梟は手の中のフラッシュメモリを一瞥した。

 

そして、何事もなかったかのように口を開いた。

 

「では、殺害で。依頼を受けます」

 

探索者狩りが、笑った。

 

静かに。

 

心の底から満足したように。

 

静香は何も言えなかった。

 

目の前で交わされたのは、自分自身の殺害を目的とした契約だった。

 

それも、あまりに淡々と。

 

梟はフラッシュメモリをしまうと、再び男を見下ろした。

 

探索者狩りは、もう抵抗しようとはしていなかった。

 

ただ、梟を見つめている。

 

まるで、ずっと待ち望んでいた何かが、ようやく叶ったかのように。

 

「待っ――」

 

静香が声を上げた。

 

その瞬間だった。

 

探索者狩りの身体が、崩れ落ちた。

 

ゴトリッ

 

首から上が、地面に落ちた。

 

「……っ!」

 

静香が一歩踏み出す。

 

「静香!」

 

明美が腕を掴んだ。

 

同時に、ギゼラの声が飛ぶ。

 

「動かないでください!」

 

静香は足を止めた。

 

床に倒れた男は、もう動かない。

 

つい先ほどまで泣き、笑い、怒鳴っていた男が。

 

今は、ただの死体になっていた。

 

梟は首だけになった男の髪を掴み、マスクを剥がしながら静香へ顔を向けた。

 

「さて」

 

何事もなかったかのような声だった。

 

「こちら、どうしますか?」

 

「……え?」

 

「依頼物です。必要ですか?」

 

静香は、答えられなかった。

 

「貴方はっ……!」

 

静香の声が荒くなった。

 

梟は何も言わず、男の首を持ったまま返事を待っている。

 

「……いえ」

 

静香は唇を噛んだ。

 

何を言おうとしたのか、自分でもわからない。

 

探索者狩りは………名前すら知らない男は殺人者で、真凜を傷つけた敵だ。

 

だけど、梟に向けるあの感情は………人間だった。

 

間違っている。狂ってもいる。取り返しもつかないだろう。けど………人間であった。

 

こんな、なんの感情もなしに………物みたいに………思考がまとまらない。

 

「……はい。必要です」

 

静香は荷物から布を取り出した。

 

それを広げ、梟の前へ進む。

 

差し出された男の首を、布越しに両手で受け取った。

 

重い。

 

静香はゆっくりと目を閉じた。

 

数秒。

 

誰も何も言わなかった。

 

やがて静香は目を開け、男の顔を布で覆った。

 

「……ありがとうございます」

 

梟は小さく頷いた。

 

「では、私はこれで」

 

そう言って、踵を返そうとする。

 

「あっ、待ってください!」

 

静香が呼び止めた。

 

梟が振り向く。

 

「何でしょう?」

 

「報酬の件ですが、三億という金額ですので、すぐには……」

 

「ああ。お支払いについては、後ほどお伝えします」

 

「……わかりました」

 

「では」

 

「待ってください!」

 

再び梟が足を止めた。

 

「まだ、なにか?」

 

静香は一度、真凜へ目を向けた。

 

真凜は壁際で横になっている。

 

応急処置は施してあるものの、顔色は悪い。

 

アンチステータスドラッグの効果が続いている以上、回復魔法は使えない。

 

一刻も早く、適切な処置を受けさせる必要があった。

 

「もう一件、依頼があります」

 

「……伺いましょう」

 

「転移魔法で、私たちを病院まで運んでいただけませんか?」

 

梟は少しだけ首を傾げた。

 

「東京支部でしたら、1億で構いませんよ」

 

「東京支部……?」

 

「ええ」

 

静香は一瞬考えた。

 

東京支部には医療設備がある。真凜を搬送するには十分だ。

 

「お願いします。東京支部まで」

 

「承知しました」

 

梟は静かに右手を動かした。

 

次の瞬間。

 

何もなかった空間に、黒い穴が現れた。

 

「……っ!」

 

静香は息を呑んだ。

 

何度見ても、理解が追いつかない。

 

詠唱も、魔法陣もない。

 

ただ、そこに道が生まれる。

 

「どうぞ」

 

梟が穴を示した。

 

「明美、亜紀。真凜をお願い」

 

「わかった!」

 

「うん!」

 

二人が真凜を慎重に抱え上げる。

 

ギゼラがその動きを見守りながら、静香に目を向けた。

 

「静香。先に行ってください。私が最後に確認します」

 

「ええ。お願い」

 

静香は布に包んだ男の首を抱え直した。

 

そして、黒い穴へ足を踏み入れた。

 

…………。

 

次の瞬間、視界が変わった。

 

「……東京支部?」

 

目の前に広がっていたのは、見慣れた探索者協会東京支部の通路だった。

 

振り返れば、黒い穴が口を開けている。

 

明美と亜紀が真凜を抱えて出てきた。

 

続いてギゼラ。

 

最後に梟が姿を現すと、穴は音もなく消えた。

 

「医療班を呼んで!」

 

静香が声を上げた。

 

近くにいた職員が驚いて振り向く。

 

「薔薇十字!? どうされたんですか!」

 

「重傷者が一名! 至急、医療班をお願いします!」

 

「は、はい!」

 

職員が駆け出した。

 

明美と亜紀は真凜を支えたまま、指示を待っている。

 

静香は二人に頷いた。

 

「真凜をお願い。私もすぐに行くわ」

 

「わかった」

 

明美が短く答えた。

 

そのとき、背後から声がした。

 

「それでは」

 

梟だった。

 

梟は、もう立ち去ろうとしていた。

 

静香が振り向く。

 

「梟」

 

「はい?」

 

「今回は……ありがとうございました」

 

梟はわずかに首を傾けた。

 

「依頼ですから」

 

それだけだった。

 

静香は言葉を失いかけたが、何も言わなかった。

 

梟が続ける。

 

「ああ、そうでした」

 

男は静香を見た。

 

「私のことは、黙っていて下さいね」

 

静香は眉をひそめた。

 

「……いえ。それはできません」

 

「……ほう?」

 

「我々薔薇十字は、協会からの依頼で動いています。今回の件には報告義務があります」

 

静香は梟をまっすぐに見た。

 

「探索者狩りのことも、過去の事件についての証言も、すべて報告します」

 

そして、はっきりと告げた。

 

「もちろん、貴方のこともです。支部長に直接、すべてお伝えします」

 

梟は黙った。

 

静香はその表情を窺った。

 

怒っているのだろうか。

 

それとも、何かを考えているのか。

 

梟からは、何も読み取れなかった。

 

やがて、梟が口を開いた。

 

「そう……ですか」

 

それ以上、何も言わなかった。

 

ただ静かに頷くと、踵を返す。

 

静香は、その背中を見送った。

 

梟は、一度も振り返らなかった。

 

梟の姿が見えなくなると、静香はすぐに振り返った。

 

「真凜は?」

 

「医療室に運ぶところよ。静香も来る?」

 

 明美が答えた。

 

「ええ。容体を確認したいわ」

 

静香は明美たちとともに医療室へ向かった。

 

真凜は意識こそあるものの、顔色が悪い。亜紀がその手を握り、何度も声をかけていた。

 

「真凜、もう少しだからね」

 

「……大丈夫。聞こえてる」

 

弱々しい返事だった。

 

医療室に到着すると、待機していた医師と看護師が真凜を引き受けた。

 

静香はその場で負傷の経緯と、アンチステータスドラッグを服用していることを説明した。

 

医師は頷き、すぐに処置を始めた。

 

…………。

 

しばらくして、医師が静香たちのもとへ戻ってきた。

 

「命に別状はありません。出血が多いので輸血は必要ですが、あとは安静にしていれば回復するでしょう」

 

「……そうですか」

 

静香は大きく息を吐いた。

 

ようやく、胸の奥に張りつめていたものが少し緩んだ。

 

「ありがとうございます」

 

「しばらくはこちらで様子を見ます。容体に変化があれば、すぐにお知らせします」

 

「よろしくお願いします」

 

静香は深く頭を下げた。

 

明美と亜紀は、そのまま真凜に付き添うことになった。

 

「二人とも、真凜をお願い。何かあったらすぐに連絡して」

 

「ええ。任せて」

 

「静香は?」

 

「支部長に報告してくるわ」

 

亜紀が少し心配そうな顔をした。

 

「もう行くの?」

 

「ええ。今回の件は、できるだけ早く報告しなければならないから」

 

静香は医療室の奥へ目を向けた。

 

真凜の命に別状はない。

 

明美と亜紀も付いている。

 

それならば、リーダーとして果たすべき仕事が残っていた。

 

「ギゼラ。一緒に来てくれる?」

 

「もちろんですわ」

 

二人は医療室を出た。

 

廊下を進み、受付にいた職員に声をかける。

 

「すみません。探索者狩りの件で、支部長に至急報告したいことがあります」

 

「承知しました。少々お待ちください」

 

「それと、こちらをお預けしたいのですが」

 

静香は、抱えていた布包みを示した。

 

「……そちらは?」

 

「探索者狩りの犯人です。身元の確認をお願いします」

 

職員は一瞬、言葉を失った。

 

静香が何を持っているのか、理解したのだろう。

 

「……わ、わかりました。担当者を呼びます」

 

「お願いします」

 

静香は布包みを抱え直した。

 

その重みは、ダンジョンで受け取ったときと変わらなかった。

 

…………。

 

「……以上です。探索者狩りは梟の手によって死亡。私たちは梟の転移魔法で東京支部へ帰還しました」

 

静香は報告を締めくくった。

 

支部長は机の向こうで腕を組み、静かに頷いた。

 

「そうか。まずは、全員が生きて戻れたことを喜ぶべきだろうな」

 

「はい。真凜も命に別状はないそうです」

 

「それは何よりだ。君たちには苦労をかけた」

 

「いえ。ですが、もう一点、お伝えしなければならないことがあります」

 

「……何かね?」

 

静香は隣に立つギゼラと目を合わせた。

そして、支部長に向き直る。

 

「今回の犯人は、過去の探索者狩り事件の生存者だと話していました」

 

「……ほう」

 

「そして、過去の探索者狩りの犯人は、梟だったと証言しています」

 

支部長の動きが、わずかに止まった。

 

「……犯人の証言だけか?」

 

「はい。本人に向かって、そう話していました」

 

「あの男は何と?」

 

「……何も。否定も肯定もしませんでした」

 

「そうか……」

 

支部長はしばらく黙っていた。

 

その沈黙を破ったのは、ギゼラだった。

 

「もっとも、現時点では犯人の証言にすぎませんわ。身元が判明すれば、過去の事件との関係も何かわかるでしょう」

 

「……うむ。その件も含めて調べさせよう」

 

「よろしくお願いします」

 

静香が頭を下げる。

 

ギゼラもそれに続いた。

 

報告は、それで終わった。

 

支部長室を出る際、静香は隣のギゼラに目を向けた。

 

ギゼラは何かを考えるように、わずかに眉を寄せていた。

 

「……ギゼラ?」

 

「いえ。何でもありませんわ」

 

そう答えると、ギゼラはいつもの表情に戻った。

 

静香はそれ以上尋ねず、二人で医療室へと向かった。

 

 

 

薔薇十字のセーフハウス。

 

リビングでは、テレビがつけっぱなしになっていた。

 

ソファには明美と亜紀が並んで座り、真凜はその向かいで飲み物を口にしている。

 

静香はテーブルに置いたタブレットで探索者協会の情報を確認していた。

 

ギゼラもまた、手元の端末に目を落としている。

 

秩父ダンジョンでの一件から、数日が経っていた。

 

重傷を負った真凜も、今ではすっかり元気になっている。

 

アンチステータスドラッグの効果が切れた後、回復魔法とポーションによる治療を受けたおかげだった。

 

そんな、いつもと変わらない時間。

 

『続いてのニュースです』

 

テレビから流れた言葉に、静香の指が止まった。

 

『探索者を狙った連続襲撃事件、通称「探索者狩り」について、探索者協会は事件の解決を発表しました』

 

「……あ」

 

亜紀がテレビを指さした。

 

「これ、私たちの事件じゃない?」

 

全員の視線が画面に集まる。

 

『協会の発表によりますと、犯人は協会から依頼を受けたSランク探索者パーティー、薔薇十字によって討伐されたとのことです』

 

「……え?」

 

静香が顔を上げた。

 

『犯人は現場で死亡。これにより、相次いで発生していた探索者襲撃事件は終結したとみられています』

 

「ちょっと待って!」

 

亜紀が声を上げる。

 

「なんで私たちが倒したことになってるの!?」

 

静香も眉をひそめた。

 

「……どういうこと?」

 

討伐したのは梟だ。

 

自分たちは、その場にいただけと言ってもいい。

 

しかも、その事実は協会に報告している。

 

『さらに、今回死亡した犯人について調査を進めた結果、数年前に発生した未解決の探索者狩り事件についても、同一人物による犯行だったことが判明しました』

 

「はあっ!?」

 

亜紀が立ち上がった。

 

「何それ! 全然違うじゃん!」

 

静香も思わずタブレットを手に取った。

 

協会の公式発表が掲載されている。

 

そこにも、テレビと同じ内容が記されていた。

 

探索者狩り事件は解決。

 

犯人は薔薇十字によって討伐。

 

過去の未解決事件についても、同一犯によるものと認定。

 

梟の名前は、どこにもない。

 

「……おかしいわ」

 

静香は画面を見つめた。

 

「私たちは全部報告したはずよ。あの男が討伐したことも、彼が過去の事件について証言したことも」

 

「そうだよ! なんでこんな発表になってるの!?」

 

亜紀は納得できない様子で声を荒らげた。

 

「協会に問い合わせようよ! こんなの嘘じゃん!」

 

「……そうね。少なくとも、説明はしてもらわないと」

 

静香が端末を操作しようとした、そのとき。

 

「お待ちください」

 

ギゼラが静かに口を開いた。

 

「ギゼラ?」

 

「問い合わせる前に、少し整理しましょう」

 

「整理って……何を?」

 

「協会の発表ですわ」

 

ギゼラは自分の端末をテーブルに置いた。

 

「実のところ、協会はある意味では嘘をついていない……とも言えます」

 

「……え?」

 

静香と亜紀が同時に顔を向けた。

 

「協会が探索者狩りの討伐を依頼したのは、私たち薔薇十字です」

 

「うん」

 

「そして、私たちは梟に報酬を提示し、探索者狩りの捕獲、あるいは討伐を依頼しました」

 

「……そうだけど」

 

「つまり、薔薇十字が梟という武器を使い、探索者狩りを討伐した。そう解釈することもできます」

 

亜紀が顔をしかめた。

 

「そんなの屁理屈じゃん!」

 

「そうですわね」

 

ギゼラはあっさりと認めた。

 

「ですが、まったく筋が通らないわけでもありません。協会は薔薇十字が討伐したと発表しただけで、私たち自身が直接手を下したとは言っていませんから」

 

「でも、倒したのは梟よ?」

 

静香が尋ねる。

 

「ええ。それは事実です」

 

「だったら……」

 

「ただし、協会から依頼を受けたのは私たちです。そして、梟を雇ったのも私たち。協会がそのように説明すれば、反論するのは難しいでしょう」

 

「……納得できないわ」

 

「私もですわ」

 

ギゼラは頷いた。

 

「ですが、納得と筋が通るかは別の話です」

 

静香は黙り込んだ。

 

「じゃあ、過去の事件は?」

 

亜紀が食い下がった。

 

「あの男、自分は昔の探索者狩りの被害者だって言ってたじゃん! 犯人は梟だって!」

 

「それについても、協会は説明できるでしょう」

 

「どうやって!」

 

「過去の捜査資料と今回の調査結果を照合し、同一人物と判断した、と」

 

ギゼラは淡々と答えた。

 

「では、その資料を見せてほしいと言われたら?」

 

真凜が尋ねた。

 

「機密文書なので公開できない、と」

 

「詳しい説明を求めたら?」

 

「守秘義務により回答できない、と」

 

「……それで終わり?」

 

「少なくとも、私たちが確認するのは難しいでしょうね」

 

亜紀が呆れたように両手を広げた。

 

「何それ! そんなの何とでも言えるじゃん!」

 

「ええ。何とでも言えますわ」

 

ギゼラは表情を変えなかった。

 

「もちろん、協会が本当にそのような資料を持っている可能性もあります。ですが、私たちにはそれを確かめる手段がありません」

 

「……つまり、協会が嘘をついていても、わからない?」

 

「そういうことです」

 

静香はテレビへ目を向けた。

 

画面では、事件解決を伝えるニュースが続いている。

 

「……でも、どうして?」

 

静香は小さく呟いた。

 

「どうして、わざわざこんな発表をする必要があるの?」

 

「そこですわね」

 

ギゼラが答えた。

 

「今回の討伐については、薔薇十字の功績とする説明が一応成り立ちます。ですが、過去の事件まで同一犯と断定した理由は、私たちにはわかりません」

 

「……梟を隠したい?」

 

静香が顔を上げた。

 

「その可能性はあります」

 

「協会が?」

 

「ええ」

 

ギゼラは少し考えてから続けた。

 

「梟は金銭による依頼を受けて動く人物です。実力は私たちも目の当たりにしました。そして、彼自身も自分のことを公にしないよう求めていました」

 

静香は、東京支部での別れ際を思い出した。

 

『私のことは、黙っていて下さいね』

 

確かに、そう言っていた。

 

けど私が報告すると言っても強く止めなかった。

 

なぜ?報告されても公開されないと知っていた?

 

「……協会と梟の間に、何か関係があるということ?」

 

「わかりません。ただ、可能性としては考えられます」

 

ギゼラは慎重に言葉を選んだ。

 

「協会が梟に何らかの仕事を依頼しているのかもしれません。あるいは、過去の事件について、梟の存在を公にできない事情があるのかもしれません」

 

「……どっちにしても怪しいわね」

 

真凜が呟いた。

 

「ええ。協会も、梟も。私たちにはわからないことが多すぎます」

 

「だったら、なおさら聞いた方がいいじゃん!」

 

亜紀が再び声を上げた。

 

「私たちの名前まで使われてるんだよ!?」

 

「亜紀」

 

それまで黙っていた明美が口を開いた。

 

「もう、やめとこうよ」

 

「……お姉ちゃん?」

 

「別にいいじゃん。事件は終わったんだしさ」

 

「よくないよ! こんなの勝手すぎるって!」

 

「そうね。でも、私たちに何か実害がある?」

 

「それは……」

 

「討伐したことになってるだけでしょ。少なくとも、今のところ困ることはないじゃない」

 

「でも!」

 

「関わらなくていいなら、関わらない方がいいよ」

 

明美の声は穏やかだった。

 

だが、その表情は笑っていなかった。

 

「協会が何を考えてるのかも、梟が何者なのかも、私たちにはわからない」

 

「……うん」

 

「だったら、わざわざ首を突っ込まなくていいでしょ」

 

亜紀は唇を尖らせた。

 

「お姉ちゃんは気にならないの?」

 

「気になるよ」

 

明美は即答した。

 

「でも、気になるからって、何でも調べなきゃいけないわけじゃない」

 

「…………」

 

「お願いだから。もう、この件には関わらないで」

 

亜紀は姉の顔を見つめた。

 

明美はそれ以上、何も言わなかった。

 

しばらく沈黙が流れた。

 

「……ギゼラは、どう思う?」

 

静香が尋ねた。

 

「明美の意見に賛成ですわ」

 

ギゼラは頷いた。

 

「協会の発表には不自然な点があります。梟との関係についても、警戒する必要はあるでしょう」

 

「……ええ」

 

「ですが、現時点で私たちに実害はありません。協会の発表を覆せるだけの証拠もない」

 

ギゼラは静香を見た。

 

「何より、こちらから動けば、相手に私たちが何を疑っているのか知らせることになります」

 

「……藪をつついて蛇を出す、ということね」

 

「ええ、しかも出てくるのが蛇ならまだしも、ドラゴンや協会の暗部………あるいは梟だったらどうしますか?」

 

静香は考え込んだ。

 

協会が何かを隠している。

 

そう考えると、今回の発表には説明がつく。

 

だが、なぜ隠すのか。

 

協会と梟の間に何があるのか。

 

それを知るために動くことが、本当に正しいのだろうか。

 

静香は真凜へ目を向けた。

 

今は何事もなかったかのように座っているが、数日前には命を落としかけていた。

 

自分たちは、全員で帰ってこられた。

 

それだけでも、十分に幸運だったのだ。

 

「……わかったわ」

 

静香はタブレットを伏せた。

 

「今回は、こちらから問い合わせるのはやめましょう」

 

「静香……」

 

「納得したわけじゃないわ。でも、みんなを危険にさらしてまで追及することではないと思う」

 

亜紀は何か言いかけたが、明美の顔を見て口を閉じた。

 

「……わかった」

 

「ただし、警戒は続けましょう」

 

静香は全員を見渡した。

 

「協会の動きも、梟についても。何かあれば、すぐに情報を共有すること。いいわね?」

 

四人が頷いた。

 

それで、この話は終わりとなった。

 

テレビでは、すでに別のニュースが流れ始めている。

 

最後まで、梟の名前が出ることはなかった。

 

 

 

 

東京近郊、とあるアジト。

 

梟は窓の外を眺めながら、コーヒーが抽出されるのを待っていた。

 

実に気分がいい。

 

口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいる。

 

いや、今日ばかりは隠す必要もないだろう。

 

ふふふ……。

 

ああ、いい天気だなぁ。

 

お空綺麗………あの雲クジラみたいじゃね?

 

世界ってこんなに美しかったっけ?

 

……ん?

 

あっ、鳩だ。

 

窓の向こうで、鳩が一羽、のんきに歩いていた。

 

……こいつらさぁ。

 

こんな警戒心で、今までよく生き残ってこられたよな。

 

人間が近づいても、ちょっと歩いて離れるだけだし。

 

いや、飛べよ。

 

翼あるだろ、お前!飾りかっ!

 

それとも何か? 飛ぶコストとか考えて節約してんの?

 

……ああ、そうか。

 

平和の使者、か。

 

なるほどねぇ。

 

そういうことか。

 

あんなに無防備でも、平和の象徴とか言われてりゃ人間もそうそう手を出さないもんな。

 

イメージ戦略ってやつだ。

 

上手いことやったな! 土鳩よっ!

 

旅行鳩なんか美味いってイメージで絶滅したからな。

 

いやぁ、やっぱりイメージって大事だよなぁ。

 

うんうん。

 

梟は満足そうに頷いた。

 

そのとき、背後から小さな電子音が鳴った。

 

おっ、できたか。

 

コーヒーメーカーの抽出が終わっていた。

 

梟はゆっくりと振り返り、カップにコーヒーを注ぐ。

 

湯気とともに、芳醇な香りが立ち上った。

 

ああ……いい匂い。

 

これだよ、これ。

 

コーヒーって本当に香りだけは最高だよな。

 

梟はカップを手に取り、しばらくその香りを楽しんだ。

 

静かな部屋。

 

窓から差し込む柔らかな日差し。

 

そして、淹れたてのコーヒー。

 

完璧だ。

 

記念すべき日を彩る最高の朝ではないか。

 

……さて。

 

梟は砂糖を手に取った。

 

ドバドバ。

 

続いてミルク。

 

ドバドバ。

 

スプーンでよくかき混ぜ、一口。

 

……うむ。

 

美味い!

 

やっぱコーヒーはこうでなくちゃな。

 

ブラックとか正気の沙汰じゃないわ。

 

何あれ。

 

酸っぱ苦い液体じゃん。

 

よくみんな平気な顔して飲めるよなぁ。

 

いや、待てよ。

 

あれか?格好いいからか?

 

コーヒーをブラックで飲む俺、格好いいよね。ってことか?

 

……あるな。

 

絶対あるわ。カフェインなんかオマケよ。

 

みんな本当は酸っぱ苦いと思ってるけど、格好つけて飲んでるんだろ。

 

わかるわかる。

 

俺もそういうの大事にするタイプだから。

 

でもなぁ。

 

本場の人たちだって、砂糖をたっぷり入れて飲んだりするんだぞ?

 

つまり、これでいい………いや!これがいい!

 

香りを楽しみ、甘くして飲む。

 

実に合理的。

 

それでいて格好いい。

 

……ん?

 

待てよ。

 

コーヒーもイメージ戦略で成功したんじゃないか?

 

あの苦さを、大人の味とか格好いいとか、そういうイメージで売り出したんだろ。

 

なるほどなぁ。

 

鳩と同じか。

 

いやぁ、成功者ってのは勉強になるねぇ。

 

梟はニマニマしながら、もう一口コーヒーを飲んだ。

 

そして、テーブルの上に置かれたテレビのリモコンへ目を向ける。

 

……ふふっ。

 

そろそろ、見ようかな?

 

リモコンを手に取り、指先でくるりと回す。

 

だが、まだ電源は入れない。

 

もう少しだけ、この時間を楽しみたい。

 

何しろ、二十年だ。

 

二十年。

 

長かったなぁ……。

 

いや、本当に。

 

思い返せば、いろいろあった。

 

ようやくだ。

 

ようやく、俺の時代が来る。

 

同志静香が協会に報告〜♪

 

過去の探索者狩りが、今の探索者狩りを討伐〜♪

 

その正体は、謎の男〜♪

 

くぅ〜っ!

 

いいねぇ!

 

最高じゃないか!

 

何この展開!

 

俺が考えた設定みたい!

 

いや、実際に俺がやったんだけどさ!

 

ふふふふ……。

 

梟はコーヒーを一口飲み、ゆっくりと息を吐いた。

 

ああ……幸せだ。

 

なんだろうな、この感じ。

 

もうすぐ夢が叶うっていうのに、不思議と焦りはない。

 

むしろ、いつまでもこうしていたいくらいだ。

 

二十年間、ずっと待っていた。

 

だったら、あと数分くらい。

 

楽しみながら待ったっていいだろう。

 

梟はもう一度、リモコンを弄んだ。

 

画面はまだ暗い。

 

……よし。

 

そろそろ始めようか。

 

記念すべき、俺の伝説の幕開けを。

 

梟は満面の笑みを浮かべたまま、テレビの電源ボタンを押した。

 

 

 

 

『探索者を狙った連続襲撃事件、通称「探索者狩り」について、探索者協会は事件の解決を発表しました』

 

フンフフフフ〜ン♪

 

『協会の発表によりますと、犯人は協会から依頼を受けたSランク探索者パーティー、薔薇十字によって討伐されたとのことです』

 

ん?……………はぁ?

 

『犯人は現場で死亡。これにより、相次いで発生していた探索者襲撃事件は終結したとみられています』

 

………………………………………。

 

『さらに、今回死亡した犯人について調査を進めた結果、数年前に発生した未解決の探索者狩り事件についても、同一人物による犯行だったことが判明しました』

 

 

 

 

…………………………手柄!欲しさに!騙りやがったなっっっ!クソビッチがっっ!

 

あーキレた!久々にカチンと来ましたよっ!

 

すべて〜報告します〜wあなたの〜ことも〜w

 

糞がっ!騙されたっ!裏切りやがった!

 

殺すっ!千切りにして豚カツの横に並べてやるっ!

 

ふぅ〜ふぅ〜ふぅ〜………待て。落ち着け………。

 

なぜ?手柄を取るのはまだわかる…いや!殺すっ!待て…人間自分が1番大事だ。手柄は欲しいだろう。

 

過去の探索者狩りは俺なんだろ?クソビッチになんかメリットあんのか?

 

……………今回の討伐だけじゃ満足出来なかったかっっクソキャベツビッチがっ!

 

ああ、そうだろう。総取りしやがったな!

 

過去の未解決事件の手柄まで欲しかったんだろう?

 

ああ。俺ならそうする。お前もそうしたんだろう?

 

尊敬に値するクソさだぜっ!同志静香よっ!

 

やはり厨二病患者は油断ならんな。

 

がっつき具合が半端ねぇぜっ!

 

ふぅ。さて………実際どうするか?

 

殺すのは簡単だが、クソキャベツビッチの依頼でバラして手柄が薔薇十字なのは筋が通ってる。

 

過去の探索者狩りが俺だって名乗り出るのは謎の強キャラでもなんでもなくただの自首じゃないか?

 

……………すべて計算ずくかっ!同志静香さん!

 

恐ろしい……ここまで他人の手のひらの上で転がされたことが今まであったか………いや! ない!

 

ああ。認めよう…。今回は俺の負けだっ!お前の狡猾さ!貪欲さ!ああ。素晴らしくクソであると認めようっ!

 

新庄静香。薔薇十字。ああ。覚えた。決して忘れない。俺のライバルとして覚えておこう。

 

梟は冷めたコーヒーを一口飲む。

 

あっまっ………こんな気分の時にブラックって飲みたくなるのかな?

 

みんな疲れてんのかな?

 

 

 

 

 




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