「お母さん……お父さん……」
ゲームセンター。
多種多様な遊戯設備がある、いわゆるアミューズメント施設。
「今日をもって、
そんな施設の前で、一人の制服姿の少女が啖呵を切っていた。
事の始まりは、亜季が推しているアニメのぬいぐるみが出る、という情報が発表されたことからだった。
期間限定商品。ならば販売サイトに張り付いて必ずゲットしなければ……と備える必要など無かった。
なにせ、そのぬいぐるみは所謂、プライズ、だったのである。
プライズ。ゲームセンターでよくあるクレーンゲームの景品の事である。
しかしそうなると別の問題が出てくる。なにせ亜季、ゲーセンなるものに入った事がないのである。
彼女に言わせれば、ゲーセンとはタバコの煙が充満している不良のたまり場、という認識らしい。いつの時代の認識か。
だがぬいぐるみは欲しい。なんとしても欲しい。
故に、亜季は決断した。
「い、いざ南無三……!」
入店。
自動ドアが閉まるなり外界との接続が断たれ、一気に騒々しさに包まれる。
「ゎ……」
そして目の前に広がる大きな空間、多種多様なゲーム機の数々。
正にそこは、アミューズメントなテーマパークだった。
「はっ!」
そんな光景に呆けていた亜季であったが、ここに来た本来の目的を思い出し、目当てのブツを探し始める。
が、
「いっぱいありすぎて、どこにあるのか分からない……!」
のである。
なにせ、ゲーセンの主力はクレーンゲームと言っても過言ではない。故に様々な筐体が並びに並びまくっているのである。
しかも、その様々な景品の中には亜季の心にグサリと刺さるかわいらしいものがあったりして、思わず足を止めてしまう事も多々あったり。
なので、どうなったかというと、
「疲れた……」
と、自販機でジュースを買って休憩用の椅子で座り込んでいる。
「どこぉ……?」
もはや涙目である。
たかがぬいぐるみ、と侮るなかれ。
無趣味に近い彼女の唯一といっても良い趣味、それが推し活なのである。
それが無くなってしまったら亜季は完全にやる事が無くなってしまい、女子高生として大切なナニカを失ってしまうだろう。
故に、諦められない。もはや執念である。
空き缶をゴミ箱に叩き込み、勢いよく立ち上がる。
そんな時だった。
「っ⁉︎」
爆音が、後方から鳴り響いた。
「な、なにっ⁉︎」
思わず振り返る亜季。
そこには、ドラムセットが、あった。
爆音と共にスティックが舞う。
重低音と共にローファーが踊る。
リズムと共にセーラー服が揺れる。
「……っ」
画面は意味不明。
だが音だけは裏切らない。
「すごい……」
見入っていた。魅入っていたのかもしれない。
その
「っ! 違う曲……!」
だから、次の曲、また次の曲が始まっても、目を皿のようにして、その少女を見詰めていた。
別に亜季とてドラムというものを初めて見たわけではない、ライブ配信などの動画で何度も見た事がある。
だが、この少女に何故か惹かれた。
凄いと思った。綺麗だと思った。
そして、
「ぁ……」
あっという間にクレジットは終わり、少女はどこかへと立ち去っていった。
「…………」
ドキドキしていた。
亜季は、ハッキリと高揚していた。
だから、その震える脚でドラムゲームの筐体に近付き、一段高くなっているブースに登る。
「わ……」
第一印象は、大きい、だった。
亜季は特別小柄という訳ではない。女子高生としては平均くらいである。
そんな彼女をもってしても、大きいと感じた。
だがそんなもの、今の彼女にとっては些細な事。
「えと……これ、かな」
備え付けられていた黒いスティックを手に取り、ずっしりとした感触を確かめる。
少しだけ振ってみて、ドラムセットの一番手前の三角、ハイハットを、ペシ、と叩いてみる。
「ふむ」
そして、椅子に座った。
両手にスティックを構えてみる。
「おぉ……」
なんだかそれっぽい、そう思った。
故に、
「わわわわわっ⁉︎」
百円玉を投入した瞬間、筐体から爆音が鳴り響いた。ビビリすぎである。が、ゲーム慣れしていない人間にとっては正常な反応である。
「え、え? なに? パス⁉︎」
そして、パスカードはありますか?と問われた。無論持っていない。
無ければプレイ出来ないのか、と勘違いする亜季であったが、カード無しでプレイする、というモードがある事に気付き、事なきを得る。
「え、え? なに? コース? は?」
そして、プレイするゲームコースを問われた。無論意味が分かる筈もない。
が、聡明な亜季は百円玉コースがある事に瞬時に気付き、それを選択する。ドヤ顔であった。
『ドラムが叩きたぁーい!』
「は?」
そして、チュートリアルが始まった。どことなく腹の立つボイスと共に。
『画面を見てタイミングよく叩いてね!』
「あ、はい」
遅れて亜季も、これが初心者講習なのだと気付く。
「はぁ。ほぉ。へぇ」
なので、指示に従いこのドラムゲームの基礎を学んでいく。
画面の上から下へ降ってくる棒がノーツと呼ばれるもので、これが一番下の判定ラインと呼ばれるものに重なった瞬間に、対応したドラムパッドを叩けば大成功。簡単に説明するとこんな感じである。
「ふーん」
亜季は思った。
案外簡単じゃね?と。自分才能あるんじゃね?と。
「あ、この曲知ってる」
なので、選曲画面で一番最初に表示されている曲を聞いた瞬間、とりあえずやってみよう、そう思った。
「あ、出来てる出来てる」
そして始まったわけなのだが……まぁド初心者用という事もあり、簡単なのは当たり前である。中高生くらいであれば一発クリアくらい出来てもおかしくないのである。
「あわわわわわわわサビが忙しい⁉︎」
おかしくないのである。サビだけちょっぴりノーツが増える程度である。
「ふ、ふぅ! 余裕だった!」
必死である。
そしてリザルト画面、今の演奏のスコア結果は、C判定。
「……これってどうなんだろ」
控えめに言ってゴミである。もとい、初心者レベルである。
「まぁいいや。つぎつぎー」
そして次の曲に挑んだ。
楽しくプレイして、同じようにサビ部分でちょっぴり慌てた。ちょっぴりなのである。
「……難易度? 変えれるんだコレ」
そして次、実は最後の選曲。
最後とは全く気付いていない亜季であったが、選曲してる際に数字が幾つも並んでいる事に気付いた。
一から始まり十まで、約二百段階に分けられている難易度。しかも、同じ曲でも難易度が最大四パターンに分けられている。
それは、初心者から熟練者まで幅広く様々な曲を楽しんでもらうため。
故に、
「……上げちゃお」
亜季は、最初に選んだ曲の難易度を上げて選曲するという暴挙を行った。
結果、
「うひいいいいいいいいい!」
死体が出来上がった。当然である。
「む、無理……っ」
そんな感じで、彼女の初ドラムゲームは終わった。
「ふへ……」
へろへろと台から降り、筐体を見上げる亜季。
難しかった。
だがそれ以上に、楽しかった。
まだドキドキが残っている。心が、高揚している。
だから、再び百円玉を握り締め、もう一度、
「あれ、
「ぴっ⁉︎」
台に上がろうとしたところで、後ろから声をかけられ、飛び跳ねた。
瞬時に振り返ればそこには、クラスでよく集団で騒いでいる女子達の中の一人が、そこにいた。
「っ⁉︎ ……っ⁉︎」
亜季の脳内が、バグる。
まず驚き。後ろから話しかけられた、という単純な驚き。
そしてやはり驚き。クラスメイトと遭遇した、という想定外の驚き。
そして羞恥。ドラムをやろうとしていたところを見られたという羞恥。
正直最後のが一番大きい。
「へー、音ゲーやるんだ。意外」
「えっ、あの、その、私はっ、ちがっ」
故に、しどろもどろになる。
決して私はドラムゲームなんて陽キャの遊びなんてしません、という事を主張したいのだが、上手くいかない様子。
そう。亜季は、最上亜季はどちらかというと陰キャ体質なのである。
「実はあたしもけっこうやるんだー」
だが、そのクラスメイトには伝わらない。その陽キャには伝わらない。その見た目ギャルには全く伝わらない。
むしろドラムゲームの隣にあるギターゲームに近寄ってきて、
「せっかくだからセッションしようよ!」
などと言う有様。
さて、今更だが音ゲーというものについて説明する。
音楽ゲームやリズムゲームと呼ばれるジャンル。音楽に合わせてボタンを押す等のアクションをとるゲームの通称であり、様々な機種が存在する。
そしてその中には実際の楽器を模したものもあり、亜季が実際にプレイしたものがドラムを模したものであり、この陽キャ少女がプレイしようとしているのがギターを模したものなのである。
更には、このドラムとギターのゲームは同時に協力プレイ、通称セッションする事が出来るのだった。
が、そんな事を知る筈もない亜季はただただ動転するばかり。
「だ、だからあのっ! ちがくてっ!」
「えー? しようよー」
そしてゲームの仕様なのだが、ギターかドラム、どちらかがクレジットを入れると、もう片方のゲーム画面が起動することになっている。
つまり、
「ひぅっ⁉︎」
亜季の目の前で、爆音のタイトルコールが流れ始めた。
要約すると、早く百円玉を投入しろ、である。
「はーやーくー」
急かされる。
少女から早くやろうと急かされる。
ドラムから早く座れと急かされる。
「は……」
なので亜季は、
「話を聞いてくださいいいいいい!」
とりあえず百円玉を投入した。
「今日が初めてだったんだ、道理で……」
「ううう、だから言ったじゃないですかあ」
「ごめんて」
無論、セッションはズタボロだった。
「いやー知り合いが音ゲーやる人だって思って嬉しくなっちゃってさー」
「ゲーセンに来たのすら初めてですよお……」
「そのレベル」
ドラムゲームの後方にある椅子に座り、缶ジュースを奢られながらめそめそする亜季。
どうしてこうなった、と思いつつも、一つの疑問を抱いた。
「え、と……
「
「あっはい」
このやり取りから分かる通り、亜季は割とクラスで孤立している方である。
別に浮いているという訳ではないのだが、その、友達が割と少ないというかなんというか、その、まぁ、多くは語るまい。
「そだね、けっこう来るよ」
「はえー」
そう。この河内音祢という少女はそこそこゲーセンに来ており、けっこうこのギターゲームをやり込んでいるのだった。
「だけどさー、なかなか女子でこういうのって居ないじゃん」
「まぁ……はい」
「だからつい、ね」
「あー」
ごめんね、と続ける少女。
そんな音祢を見つつ、そういえばさっきの少女は他校の生徒だった気がする、と思い出した。
「あの……」
「あの」
「っ!?」
だから、その人の事を問おうとした瞬間、澄み切った声が、響いた。
「良いですか?」
「あ、はいどーぞどーぞ!」
「どうも」
そして、その声の持ち主は音祢と短いやり取りをした後に、ドラムの前に、座った。
亜季が先程見た、見入った少女だった。
「あ、あのっ、音祢さんっ」
「んえ? なに? 亜季さん」
「うぇっ⁉︎ あー、この方って、知り合い、ですか?」
いきなり下の名前を呼ばれた事に動揺しつつ、先程のやり取りを思い出す。
短い交差。いかにも見知った相手という雰囲気。
「知り合い……といえば知り合いだけど」
「え、えぇぇ……?」
「話した事はないかな」
「ぇぇぇ……?」
「他校の人だしね」
「は、はぁ……」
よく分からない、という目で音祢を見る亜季。
ゲーセンの人間関係あるあるをどう説明したものか、と頭を悩ませる音祢であったのだが、
「っ⁉︎」
音が、鳴り響き始めた。
「すごい……」
爆音と共にスティックが舞う。
重低音と共にローファーが踊る。
リズムと共にセーラー服が揺れる。
「それに、綺麗……」
その少女のプレイングは、一種の芸術だった。
画面は意味不明。
だが音だけは、技巧だけは裏切らない。
「……っ」
見入っていた。魅入っていたのかもしれない。
その少女の超絶技巧に、一瞬にして取り込まれた。
だから、次の曲、また次の曲が始まっても、目を皿のようにして、その少女を見詰めていた。
別に亜季とてドラムというものを初めて見たわけではない、ライブ配信などの動画で何度も見た事がある。
だが、この少女に何故か惹かれた。
凄いと思った。綺麗だと思った。
そして、
「音祢、さん」
「んー?」
「あのくらい上手くなるのって、どのくらいかかりますか?」
憧れた。
自分もああなりたいと、望んだ。
無趣味に近い少女が、ナニカを見つけた。
「あのくらい……あー……」
だが、それを受けて音祢は言葉を濁す。
それもその筈、目の前でドラムを叩いている少女の技巧は超絶。正直初心者がいきなり目指すものではない。
だが、それと同時に思う。
ゲーセン仲間を増やすチャンスだ、と。
……というのは冗談としても、亜季のこのキラキラした瞳を濁らせたくなかった。
「……超頑張ればイけるよ!」
「っ! 私! 上手くなりたいです!」
「分かった! じゃあまた一緒にゲーセン付き合ってよ!」
「はい!」
だから、せめてそう言うしかなかった。
少女の演奏が終わる。
それを見届けた後、亜季は音祢に案内され、今後長きに渡って付き合う事となるパスカードを購入した。
即座にアプリと連携、電子マネーと接続。
そして、ドラムゲームにクレジットを投入。
表示されたプレイヤーネームは、アキ。