ズッタンズツタン!
と、ドラムを叩きながら桂香は思い出す。
『私! 師匠のことが好きです!』
先日のいざこざの際に放たれた言葉。
『あ違う』
そして即否定された言葉。
無論、その通りで違うというのは分かっている。
だがあの時、桂香の心は一瞬跳ねた。間違いなくドキドキした。そして落胆もした。絶対に浮き沈みした。
「ッ!」
分からない。
分からないから、桂香はドラムを叩き続ける。
「あら……」
「やほーフレ」
そんな風に、無心なフリをしながらのドラムプレイが終わると、音祢がちょうどやって来たところだった。
……のだが、
「……アキさんは?」
珍しく、いつも音祢と一緒に来る亜季の姿が無かった。
しかし、音祢は呆れた様子で桂香に告げる。
「メッセージくらい見なよ……」
「……なるほど、家の用事」
「これだからスマホ見ない民は……」
「う、うるさいわね」
伊達に寝込んだ際に三日間未読だった訳ではないのである。
「まぁそんなわけ」
「そ、そう……」
「よーし連コするぞー」
「いや貴女はいつでも出来るでしょ……」
このゲーセンは彼女達以外にギターもドラムもプレイヤーはほぼ居ない。
なのでその気になれば連続プレイ……通称連コが出来なくもない。が、あまりマナー的に良いとはされていない。
なので苦笑しながらギター筐体に向かう音祢を見送る桂香であった。
のだが、
「あ」
「う?」
ふと、思いついた。
「ヌコさん」
「なに?」
「貴女、彼女がいるって言ってたわよね」
「んあ? うん」
ものすごく丁度良い相談相手がいる事に気付いてしまった。
「その、誰かと付き合う、って、どう、なの?」
なので、無心なフリをしている最中に少しだけ、ほんの少しだけ気になった事を聞いてみた。
「どう……って言われても……」
無論、突然そんな事を聞かれた側は戸惑うほかない。
もしくは、
「え、フレもしかして好きな人でもできた?」
「できてないわ」
そんな風に面白がるほかない。
もちろん桂香は秒で否定した。
「それか最近何かあった?」
「何もないわ」
もちろん桂香は秒で否定した。
「ふーん? へー? ほー?」
「な、なによ……」
ので、音祢はとことん面白がる事にした。
「別にぃー? 特に何もない人には何も話せないにゃー」
「くっ!」
すごーくニヤニヤしながら桂香を眺める音祢。もうイジる気まんまんである。
「あーあ、フレちゃんの良い話が聞きたいにゃー」
非常に良い空気を吸っている。
「かっ……」
「かー?」
なので、桂香は非常に屈辱を感じながら、
「仮の! 話よ……」
交渉に呆気なく敗北した。
「親しい、相手がいるとするじゃない」
「うんうん、仮の話ね?」
脳裏に描くのは最近懐いてきたあの少女の姿。
「……好ましい、と言われたのよ」
「好きだって言われたのね?」
「仮の話よ」
「仮の話ね? それで?」
あくまでも架空の話なのである。
「……嫌ではない、らしいのよ」
「ふーん?」
「むしろ、自分以外に親しくしているのを見て、嫉妬してしまったのよ」
「ほむ……」
脳裏に描くのは、つい冷たくしてしまったあの事件の事。
「そこで、たぶん、
「お、おう」
架空の話なのである。
ここまで聞いて音祢は、あぁ、じゃあ後は話を最後まで聞いて、背中を押してやれば良いのか、と思っていた。
「……だけど、女の子同士らしいのよ」
「おっと」
話が大きく変わった。
というか今の今まで同級生か何かに恋をしていたと音祢は思っていた。が、そもそも桂香の高校は女子校だった事を思い出した。
「……おっとぉ?」
が、そもそも、桂香の話す女の子に該当する者など、一人しか居ない。
「……どうしたらいいのかしらね」
しかし、目の前には珍しく参ったような、どこか救いを求めているような桂香の姿。
だから音祢は、
「……そっか」
自分がしっかりしないと、と己に渇を入れた。
先達者として導かないと、と。
「まずさ、フレ」
「……なに?」
「それはさ、自分以外に親しくしないで欲しいって事だよね?」
「……そこまで極端ではないのだけど」
「でも極論そうだよね?」
「……まぁ」
だから、問いかける。
「それはさ、そうそう変わらないから大丈夫じゃない?」
「大丈夫……?」
「フレ以外に師事することはありえないってこと」
「っ⁉︎」
だから、踏み込んだ。
「はいはい、ぶっちゃけよ?」
「……ぅ」
「じゃあもひとつ踏み込んで、彼氏彼女を作らないで欲しい?」
「……それは」
「どう?」
「……そう、かもしれない」
「でしょ?」
だから、答えを導き出させる。
「じゃあ誰が彼女になるの?」
「…………」
「フレが、でしょ?」
「……っ」
至る。
解に、至る。
今まで目を逸らし続けていたものに、焦点が合う。
だが、
「でも独占したいってことなわけだけどさ」
「……?」
それだけでは、済まない。
「独占するだけの覚悟は、ある?」
「覚悟……?」
「亜季の未来を奪う、その覚悟はある?」
「ッ!」
未来を奪う。
その中に含まれる意味が何なのか。聡明な桂香が分からない筈がない。
「そういう意味だよ、女同士で付き合うって」
「……そう」
だから、音祢はそう締めくくった。
ゲームセンターの一角に、妙な空気が流れる。
「ま、ここまで言ってアレだけどさ」
「……なに?」
ので、音祢が耐えられなかった。
「好きになったなら理屈なんてどうでもいいんだよねー」
「な、なによそれ」
「一緒になりたい、それだけでいいじゃん」
「え、えぇぇ……?」
「心がそういう風に願っちゃったんだから、仕方ないじゃんねえ?」
「そ、そういうものかしら」
「そういうもんそういうもん」
だからさ、と続ける音祢。
「応援するぜ? 先輩」
「……余計なお世話よ」
と、ギターとドラム筐体の前で、秘密の同盟が結ばれる事になった。
「……あと貴女たちと同級生だからね」
「うっそだあ⁉︎」
そして亜季と音祢と桂香は同い年だと判明した。
始まりは唐突だった。
だがいつしかそれが日常となり、居ないのが不自然となった。
好ましい、と言われたのが、そう、嬉しかった。
違う、と言われたのが、そう、切なかった。
今、そう、断言出来る。
だから桂香は今、恋をした。