ぽんぽこぽんぽこ。
今日も亜季はドラムを叩く。
「……ッ!」
桂香との距離感問題は未だ続いていた。
いたのだ。
いたのだが、だがしかし。
「やっ、たーっ!」
プレイリザルト画面を前に、亜季は喜びの声をあげる。
「ネームカラー変わったーっ! やったーっ!」
さてネームカラー。
詳細は省くが、例えるならば柔道の段位における帯の色みたいなもので、スキルポイントの位における自身を表す色の事である。
「やったわね」
「ありがとうございます師匠!」
最近のギクシャクした関係はどこへやら。
笑顔で手を取り合う亜季と桂香。
ネームカラーが変わるとは、そこまで喜ばしい事なのであった。
「ここまで長かったですよぅ」
「そう? わりと早かった気がするけど」
「師匠が育ててくれたおかげです!」
「アキさんが頑張ったのよ」
繋いだ手をぶんぶんと振り回しては満面の笑みの亜季。
それに対して苦笑し返す桂香。
その手は心なしか、強く握り合っていた。
「お? おめでたいタイミング?」
「やほー」
そんな折、最近顔を見せていなかった音祢とクロエがゲーセンへ、二人のもとへ現れた。
「あ、音祢さん! クロエさん!」
「なになに? 良いことでもあった?」
「はいっ! ネームカラーが変わったんですっ!」
「おっ! やるじゃん!」
「いいねー」
そして騒ぎは二人にも伝播し、ドラム前が更に騒がしくなる。
ネームカラーが変わった瞬間の動画を共有してはしゃいでは、証拠の自撮りをしたり、本当に騒がしい。
「あたしもスキル上げる!」
「……私も負けてられないわね」
そして亜季のネームカラー上昇に感化されたのか、音祢と桂香はそれぞれゲームをプレイし始めた。
「若いねー」
「あはは……クロエさんも十分若いじゃないですか」
「あはー」
ヨッパぶちギレ案件である。
「ところでさ、アキちゃん」
「はい?」
そんな若々しいクロエは、なんでもないかのように亜季に問いかける。
「フレさんと付き合ってないってマジ?」
「んんんんんんんんんん」
「面白い反応するねー」
あんまりにあんまりな直球に亜季は頭を抱え、ボンッ、と顔が一瞬で真っ赤になった。
「いや、傍から見てあんなにお互い好き好きビーム出してるのに付き合ってないの凄いなって」
「す、好き好きビーム……」
ストッパーが居ないクロエはそれはそれは止まらない。
「あのね? アキちゃん」
「は、はい」
なので、今度はどんなからかいが飛んでくるのか、と身構える亜季だったのだが、
「……私たちみたいなのはさ、所詮少数派なんだよ」
「……え?」
空気が、少し変わった。
「女の子が好き、ってわけじゃないんだよね?」
「は、はい……」
「じゃあ私と同じだ。私は音祢だから好きになったんだよ」
「ぁ……」
「でね? 相手もそうだとは限らないんだ」
「……はい」
「その相手が自分を好きでいてくれるってすごく幸運なことなんだよ」
まぁ女の子を好きだっていう場合も結局同じか、とクロエは笑う。
けれど亜季には、その言葉は刺さった。
「だからね? 想いを伝えられる内に伝えるっていうのは、案外重要な事なんだよ?」
だから、そう締めくくった。
「んあーっ! スキル全然あがんねーっ!」
「はっ……んく……ちょっと、無茶を、したわ……」
そんなタイミングで二人のプレイが終わり、話は終わった。
「じゃあ私たちはゆっくりセッションしよっかー」
「あはは……はいっ!」
「クロエちゃんやるならあたしもやるーっ!」
「……こういう時ドラムは溢れるのよね」
「フレさんはほら、撮影係とか」
「撮影係」
「あ、いいね! 後で動画ちょーだい!」
「私もほしいです師匠!」
「えええ……」
そして騒がしく、音ゲーを楽しむ一行。
そこにはもう、完全にわだかまりなど無かった。
「やー、こんなに楽しい音ゲー久しぶりー」
「クロエちゃんとこ過疎ってるらしいもんね」
「そうなんよー、よよよー」
相変わらずカップルは仲良くくっついて休憩しながら、そんな事を口にした。
「だから帰りたくないよー」
「やだ帰したくない!」
「ひしっ!」
「だきっ!」
だから、続いて口にしたのはそんなセリフ。
「え? もう帰っちゃうんですか?」
この間来たばかりではないか、と思った故の疑問だった。
大学生といえばめちゃめちゃ長い夏休みがあると聞く。
バカップルが目の前でコントをしているのは比較的どうでもよかった。
「そうなんだよー親戚のとことかに顔出したり色々あるんだよー」
「うー、着いていきたい」
「まだダメー」
「むぅ」
何かと理由をつけてイチャつき始めるバカップル達。
とりあえず帰るは帰るらしい事が分かった。
「ちなみにいつまでなんですか?」
「今日この後だよー……」
「そうなんだよ……」
「今日⁉︎」
「ま、また急な話ね」
曰く、皆にお別れを言いに来たとのこと。
ヨッパが居ないのが想定外だったが、まぁそれはそれとのこと。
「でもいっぱいイチャイチャしたし、ね?」
「わーわーわーわーわー!」
「お、おぉ……」
「す、すごいわね、色々と……」
普段の様子からは考えられない程に狼狽えまくる音祢。いったい何をイチャイチャしまくったのだろうか。つられて亜季も桂香も真っ赤になってしまう。
が、そんな場合ではない、と亜季は頭を振って改めて話を切り出した。
「クロエさんっ」
「んー?」
相変わらずイチャイチャを続けようとしていたクロエであったが、亜季と視線が合った瞬間、何かが違うと気付いたのか、音祢の抱擁を解いた。
「あの……ありがとうございました」
「んんー?」
感謝。
だがいまいち要領を得ない言葉に、クロエは疑問を抱く。
だが亜季が、ちらり、と桂香の居る方に一瞬だけ視線を動かして、
「いろいろ、気付けました」
「……そっかそっか」
そう告げたが故に、全てを理解し、満足そうに頷いた。
「なので、ありがとうございます」
「いーえー。良かったねー」
「はいっ」
故に、短く、二人の間で伝わる感謝を。
「…………」
「…………」
故に、残る二人は何も言わず。
「じゃあ残り時間はセッションしまくるよー」
「いえーい!」
「はいっ!」
「……私はまた撮影で良いわ」
「師匠も交代でやりましょうよ!」
「……もう、仕方ないわね」
音ゲーコーナーが再度騒がしくなる。
新たな出会いが亜季に大きな影響を与えた。
いや、それは元々亜季の中にあったもの。
それを表面化させる切掛になってくれた。
良い事なのか悪い事なのかはまだ分からない。
そしてまた今日、新たな切掛が、また亜季の中で生まれようとしていた。