ぽんぽこぽんぽこ。
今日も亜季はドラムを叩く。
「手をバラバラに動かせない……っ!」
「まぁ最初はそうだよねぇ」
学校終わりの放課後。
亜季は授業が終わるなり音祢から腕を引っ掴まれてゲーセンに連行されていた。
陽キャである音祢は友人が多い。
しかし彼女のゲーセン趣味に長時間付き合える友人、となると一気に数は居なくなり、放課後は一人で遊ぶ事が多いのであった。
そこに現れたのが亜季である。
「な、なんで音祢さんはギターなのにドラムもそんなに出来るんですかあっ!」
「音ゲープレイヤーは幅広くいろんなの出来るもんなんだよ」
「ふええ」
仲間が出来たのが嬉しくて仕方がなかった音祢は、連日の如く彼女をゲーセンに誘った。
「でも、こう、手をクロスさせて叩くのって、それっぽいですよね!」
そして初心者の成長を微笑ましく眺めている訳である。
「はい亜季、足くるよー」
「あわわわわわわ」
「ダメかー」
今ではもう、音祢さん、亜季、と呼び合う仲になっていた。
「きょ、今日も全然だめだめでした……」
「あはは……」
クレジットが終わり、ドラム台から亜季が肩を落としながら降りてくる。
そんな彼女を音祢は苦笑しながら迎えた。
「そんな一朝一夕には上手くならないよ」
「うぅ……」
「ちょっとずつ積み重ね、だよっ!」
「はぃ……」
亜季とてそれは分かっている。
分かってはいるのだが、どうにももどかしい思いを抱いていた。
早く上手くなりたい。自由自在に叩けるように、この身体を動かせるようになりたい。
が、現実はなんとも、難しい。
「あの」
「っ⁉︎」
そんな事を思い悩んでいた時、澄み切った声が、響いた。
「良いですか?」
「あっ、はい!」
「どーぞどーぞ」
「どうも」
そしてその声の持ち主は、ぺこり、と二人に会釈し、ドラムの前に座った。
亜季が見入った、憧れたあの他校の少女だった。
「っ!」
曲が始まる。
爆音と共にスティックが舞う。
重低音と共にローファーが踊る。
リズムと共にセーラー服が揺れる。
いつ見ても、何度見ても魅入られる。
「あとはまぁ……」
「うぇっ⁉︎ あっ、はい!」
一種のトランス状態だった亜季は横から現実に引き戻され、思わず飛び跳ねてしまった。
そんな面白生物を見て、音祢は笑いながら続ける。
「上手い人のプレイを見て参考にするとか、ね」
「むっ」
見取り稽古、という言葉がある。
主に武道の場で使われる言葉だが、他人の稽古を見て学び取る稽古の事である。
それは単に上手な人の動きを真似る、というだけではなく、今の自分との違いを客観視し、自身の技術向上、観察力・洞察力の向上など、様々な目的があったりする。
「じーーーーーー」
という訳で、亜季はその少女のプレイを観察し始めた。
「じーーーー」
超絶プレイ。
スティックが舞い続けている。
正直なんであんな風に動いているのか理解出来ない。
正直なんであんな風に跳ね回るのか理解出来ない。
正直なんであんな風になるのかが理解出来ない。
「じーー」
そう、地力が違い過ぎて全く理解出来なかった。
精々が、
「綺麗……」
という事くらいなのである。
「じっ……」
だから思わず見続けてしまう。
その綺麗なプレイを。
その綺麗な手さばきを。
その綺麗な長い黒髪を。
その綺麗で
「……あの」
「っ⁉︎」
そして、澄み切った声を、聞いた。
「そんなに見られると、その、やりにくいのだけど」
「あわわわわわわわすみませんすみません!」
いつの間にか、少女のクレジットは終わっていた。
ドラム台を降りて、後ろに人が居る事に気付いた少女は一旦立ち去ろうとしたものの、自分に熱い視線を超向けてきている亜季に気付き、流石に、流石に声をかけたのであった。
「あーごめんなさい。この子初心者で、上手い人のプレイを参考にすればって言っちゃったんです」
なので、音祢がフォローに入った。一応元凶であるが故に。
だが、その台詞に少女は一定の理解を示した。
「……あぁ、それで。いやそれでというのも恥ずかしいけれど」
上手い人、と自分で認めるのは少し気恥ずかしいらしい。
実際上手いんだから良いじゃないですかー、と音祢から囃し立てられ、少し顔を赤くするも、それはともかく、と続ける。
「確かに最近見るようになった子よね」
「は、はい! 最上亜季って言います!」
その瞬間、時が、止まった。
「……ぇ? ……え⁉︎」
二人が、固まる、という予想外の反応に慌てふためく亜季。
何が起こったのか、何か気に触る事を言ってしまったのか、特に何も思いつかないがどうしたら良いのか分からない。
故に助けを求めて音祢に縋ろうとし、
「あー、自分ヌコっす」
「……私はフレよ」
「ふぇ⁉︎」
平然と本名ではなく、ゲームに登録してある名前、プレイヤーネームを名乗った二人に愕然とした。
「な、なんでそっちの名前言うの⁉︎」
当然、亜季は動揺した。
名前を教えてくれないのか、と。
が、
「ゲーセンの仲間ってそういうもんなんだよ」
ものすごく曖昧な理由で説き伏せられた。
「えええええそういうもんなの⁉︎ ゲーセンって変!」
「まぁ、うん」
「変なもんなのよ」
「えぇぇ……?」
引いた。流石の亜季でさえ引いた。
が、ゲーセン文化は変なものなのである。そういうものなのである。
「あ、そうだフレさん」
「なにかしら」
「良かったらこの子にドラム教えてくれませんか?」
「!?!?!?!?!?」
引いた。音祢の神経の図太さに亜季は引いた。
知り合って間もないというのにそんな無茶なお願いをするというのは流石に如何なものか。
「恐れ多いよ⁉︎」
故に、流石に制止した。
ちょっとそこの陽キャやめろ、と。
……が、そこの陽キャはフレという少女とこそこそ話をし始めた。
「……ほら、新規を逃さないためにも」
「……まぁ、それはそうね」
「……女の子の音ゲープレイヤーってほぼ居ないですし」
「……確かに」
「……あたしもフォローしますんで」
「……ふむ」
「絶対迷惑だから止めよう⁉︎」
めっちゃ制止した。
お前やめろ、と。
が、
「良いわよ」
「良いんですか⁉︎」
正気を疑った。
「仲間が増えてくれるのは嬉しいしね」
「本気で言ってます⁉︎」
「失礼ね、本気よ」
「えぇぇ……?」
なので亜季は自分のほっぺを抓ってみた。痛かった。
「……そんなに嫌なら、別に」
「っ⁉︎ ち、違うんです!」
だがその台詞を最後まで言わせる訳にはいかなかった。
なにせ、これはチャンスだった。
亜季にとって、最大のチャンスだった。
「ぁ、あの!」
「えぇ」
「ほ、本当に、私に、ドラム教えてくれますか?」
「私でよければ、ね」
「貴女が良いです!」
それは、心からの叫びだった。
「私! 貴女のプレイを見て! 凄いなって! 綺麗だなって! 私もああなりたいなって思って! だから!」
それは、憧れ。
無趣味に近かった彼女の心に火を点けたナニカ。
「だから、貴女が、良いです……っ」
だから亜季は、フレの瞳を真っ直ぐに射抜いて、そう、告げた。
「……そ、そぅ」
「ひゅーっ! 大胆な告白ぅー!」
が、やられた方はたまったものではない。超恥ずかしい。
「あ、あわわ、あの今のは違くて、そのっ!」
「んんー? 亜季、違うのー?」
「いや違わないんだけどっ! うぅぅぅぅ!」
ので、音祢から超からかわれた。良いオモチャである。
「ま、まぁ貴女の気持ちは充分に伝わったわ……」
「は、はいぃ……」
こほん、と空気を入れ替えるフレ。
縮こまる亜季。
側で面白そうに状況を観察する音祢。
「これからよろしくね亜季さん」
「っ!」
そしてその言葉と共に、フレは右手を亜季へ差し出した。
だから亜季は、
「はい! よろしくお願いします!
その言葉と共に、ぎゅっ、とその手を握り返した。
「し、師匠⁉︎」
「はい! よろしくお願いします!」
それが、今後長く続いていく相手との邂逅だった。
今はまだ、その呼び名に慣れないかもしれない。
だが後にその呼び名に慣れる時が訪れ、後にその呼び名に別れを告げる時が来るだろう。
だから今はまだ、慣れずとも良いのかもしれない。
「師匠だって! ウケる!」
「ウケるじゃないわよ! 貴女からも何か言ってちょうだい!」
「師匠は師匠ですよ!」