ぽんぽこぽんぽこ。
今日も亜季はドラムを、
「あれ……」
叩けなかった。
「どうしたの?」
「いつも使ってるスティックが無いんです」
そう、自分の得物が無かったのである。ドラムを叩くための必需品が無かったのである。
「あぁ……そういえば置いてあるのを使ってたわね」
「そうなんです、どこいったんだろ……」
さて、スティック。
亜季が最初に触った時のように、このドラム筐体にはデフォルトのスティックが存在する。
が、それは非常に、なんというか、そう、非常に使いにくい。
そのためプレイヤーは皆、自前のスティックを用意している。
しかし、中にはデフォルトのものではなく、そして自前のものでもないものを使う者もいる。
「元々誰かが勝手に置いたものだしね」
そう。ゲーセンに放置、もとい、好意で置いてある共有スティックである。
そこに置く事になった経緯はモノそれぞれだが、わりと無造作に置いてあるのである。
亜季はその中から好みのものを選んで使っていたのであった。
「誰かが持って帰ったとか、壊れたから店が回収したとか?」
「うー……」
故に、音祢の言う通りの事が起きても不思議ではないし、誰も文句が言えない。
皆それが分かっていて放置するし、使用するのである。
「良い機会だから自分のを買ってみるのはどうかしら」
「っ! マイスティック!」
なので、そろそろ弟子が慣れてきたと見て、フレはそう促してみた。
「……でも、どういうのを選べば良いか分からないです」
が、そもそもドラムのドの字も知らなかった者がスティックを選べる筈もない。
そんな亜季に対し、フレは苦笑して続ける。
「本物のドラムを叩くわけではないのだから、自分が叩きやすいと思ったものを選べばいいのよ」
「そう、かもですけどぉ……」
が、そうは言うが初心者には難しいのである。玄人には伝わらないが難しいのである。
「いやいやフレさぁ」
「なによ」
そんなやり取りを続けていると、音祢が呆れたような声をあげた。
「一緒に行ってあげれば良いじゃん」
「っ!」
「え?」
そりゃそうである。
「師匠! 買い物ついてきてください!」
「……え?」
なので、そういう事になった。
別の日、週末。
「師匠かわいい……!」
亜季とフレは駅前で待ち合わせをしていた。
が、顔を合わせるなり亜季のテンションが爆上がりした。
「アキさんもね」
「えへへ」
なにせ本日はいつもの制服姿ではない、オシャレな装いなのだ。
元々、フレは美少女である。非常にポテンシャルが高い。
そんな彼女がオシャレなんてした日には、まぁ、亜季のようにテンションが上がっても仕方ないのかもしれない。
「……まぁ、ドラム叩く時と一緒の格好ってわけにはいかないし」
「ですよね」
しかしまぁ普通にそんな理由である。
彼女達とて年頃の少女。動きやすい格好はそれはそれで好ましいが、買い物に行くには少しだけ、そう少しだけ抵抗があるのだ。
「ところで、スティックってどこで買うんですか?」
という訳で本題である。
「楽器屋さんよ」
「……楽器屋さん?」
なので、フレは駅前にある楽器屋の方へ、
「え⁉︎ 楽器屋さん⁉︎」
行こうとして、素っ頓狂な声で足が止まった。
思わず振り返れば、本気で分からない、といった表情の亜季。
「……他にどこで買うのよ」
なので呆れながら、本気で分からない、という表情を返すフレ。
「え、だって、ゲームで使うんですよ⁉︎」
「そうね」
「なのに楽器屋さんで買うんですか⁉︎」
「そうよ」
「なんで⁉︎」
「なんでって言われても……じゃあどこで買うのよ」
「……オモチャ屋さんとか」
「なんでよ」
「……ですよね」
話がまとまったらしい。
「そういう訳だから、楽器屋さん行くわよ」
「はあい」
「あれ? CDショップ?」
そうしてフレから案内されて着いた店は、亜季が呟いた通りの店構えであった。
「楽器は……?」
亜季は楽器屋に行った事がない。ないものの、楽器屋というからにはそれなりに大量の楽器が展示されているものなのではないか、と思う。
が、ここはどう見てもCDショップである。
「奥の方よ」
「奥……? あ、ギターとかドラムとか置いてある!」
そう。そういった楽器はこういう店の奥に置いてある事が多いのである。
「こっち」
「わわ、はいっ」
故に、そんな光景に亜季が圧倒されていると、フレから本来の目的のモノの場所へと導かれた。
そこには、
「……いっぱいある」
のであった。
壁一面がスティックで埋まっていた。
「そ。主に長さ、太さ、素材で分かれているわ」
「ふむふむ」
素材によって硬さや重量が変わる、とも補足される。
「あとチップと言って、先端部分のカタチが違うものもあるの」
「はえー」
亜季が使っていたのはティアドロップ型だった、と補足される。
「という訳で自分に合ったものを探すと良いわ」
「そこでぶん投げるんですか⁉︎」
が、優しいのはそこまでだった。
「だってこればっかりはどうしようもないもの」
「えええええ」
しかし実際問題、自分に合うスティック、となると本当に探してもらう以外に、ない。
そのため、フレも少々困った様子を見せてしまう。
「お、オススメとかは……」
「オススメねぇ……ものすごくスタンダードなのは、コレかしら」
5Aヒッコリー。ドラム初心者ならコレ、という代物を亜季へと渡してみる。
それを軽く振ってみる亜季に対して、どう?と聞いてみるが、
「分かりません!」
「そ、そう」
と返されてしまった。
さもありなん。初心者が振っただけで分かる筈がない。
「でも今まで使ってたやつより重いような?」
がしかし、そんな初心者からヒントのようなものが出された。
故に、フレは今のよりも少しだけ軽いものを選んで渡してみる。
「あ、前のと似た感じがします!」
「ふむ」
どうやら少しだけピンと来たらしい。
その反応で、更に数本見繕うフレ。
「じゃあ、あっちにドラムがあるわよね?」
「あ、はい」
「あれで少し叩いてきなさい」
「ええええええええええ」
そして、いきなり無茶振りをした。
「いいいいいきなり何言ってるんですか⁉︎」
「女は度胸よ」
「無理無理無理絶対無理ですよ!」
「なんでよ」
「お店のですよ⁉︎ 人前ですよ⁉︎ 無理ですよお!」
「そうね」
「そうね⁉︎」
「そんなアキさんのために練習パッドを用意したわ」
「……は?」
そして、泣き喚く初心者の前に、黒い円盤のようなものが差し出された。
「……師匠」
「なにかしら」
「……私で遊びました?」
「なんの事かしら」
「……最初からこっちの練習パッドとやらで良かったのでは?」
「そんな事はないわ」
「…………」
「そんな事はないわ」
「……師匠」
「……なによ」
「……私で遊びました?」
「そんな事はないわ」
「無理がありません?」
「そんな事はないわ」
「師匠も案外そういう事するんですね」
「……うるさいわね」
それはともかく、と続けるフレ。
「さっきのスティックでコレ、叩いてみて?」
「あ、はいっ」
ぽんぽこぽんぽこ。
亜季は両手にスティックを持って、何度か叩いてみる。
「な、なんかいつもよりもへたっぴな感じがします……!」
「そういうものよ」
リズムが降ってくるゲーセンのドラムゲームと、自分の感覚だけでリズムを刻まなければならない生の音とは難易度が段違いなのである。
それは置いておいて、とフレは続ける。
「で、次はこっち」
「あ、はい……おぉ、違う」
「今度はこれ」
「はいっ! おぉ……?」
「どれが良かった?」
「二番目のやつ、ですかね? たぶん? 分かんないですけど」
亜季は自分がド初心者である自覚はある。
それ故に、自分の感覚が合っているかどうかなど分かる筈がない。むしろ外れているに決まっている、とさえ思っている。
だがフレは首を横に振る。
「最初はなんとなく、で良いのよ」
「そういう、ものですか」
「そういうものよ」
初心者であるが故に、変な癖がついていない分どうとでもなる、とのこと。
「じゃあ、師匠が選んでくれたやつ、買ってきます!」
その説明でようやく自分を、というよりも自分を信じるフレを信じる事が出来たために、7Aヒッコリーをレジに持っていったのであった。
「師匠! 今日はありがとうございました!」
そして帰路、スティックの入った買い物袋を大事そうに抱えながら亜季は笑顔で感謝を伝えた。
「……アキさん」
そんな彼女に対し、フレはどこか素っ気無く、言葉をかけた。
「はい?」
「これ、あげるわ」
そして、非常に素っ気無く、ナニカが入っている買い物袋を渡した。
「……はい?」
無論、亜季は困惑した。なんぞ、と。
ので、視線で問い質した。なんすかコレ、と。
「……スティックケース。有るとなにかと便利よ」
「!?!?!?!?!?」
その瞬間、亜季の脳内がパンクした。
師匠からの贈り物。師匠がデレた。師匠が照れてた。というか今日師匠が揶揄ってきた。今日師匠かわいい。いや師匠元からかわいい。師匠かわいい師匠かわいい師匠かわいい。
「ありがとうございます! 一生大切にしますっ!」
かろうじて、師匠かわいいやったー、とは言わなかった。素晴らしい自制心である。
「一生は言い過ぎよ」
「いいえ一生です! 次ゲーセンに行くのが楽しみです!」
もう亜季は有頂天だった。今にも踊りだしそうだった、いや踊っている。
そんな彼女をフレは苦笑しながら見守っている。
「そう」
言葉は少ない。
だが彼女は小さく続ける。
「……私もよ」
少しだけ、ほんの少しだけいつもと違った距離感。
それは単に場所が違ったからか、服装が違ったからか、それとも距離が縮まったからか。
懐いていたのは亜季の方だった。
だが彼女も案外心を開いていたのかもしれない。
「何か言いましたーっ⁉︎」
「いいえ何も。転ぶわよ」
「だーいじょーぶですよー! ひゃほーっ!」
「……もう」