ぽんぽこぽんぽこ。
週末も亜季はドラムを叩いていた。
「師匠! やりましたスキル更新ですっ!」
「…………」
「……師匠?」
「え? あ、あぁ、おめでとう」
調子が良かった。
自分の実力を示す、スキル値が上昇するほどには調子が良かった。
「……師匠、今日なんか変です?」
だが、桂香の調子が少々良くなかった。
「そだね、なんか心ここにあらず?」
と言うよりは、様子がおかしい、と言うべきか。
音祢の言う通り、反応が鈍く、何か考え事に没頭しているような雰囲気だった。
「……そう、かしら」
「はい」
「うん」
「そ、そう……」
知らぬは本人ばかりなり。
傍から見れば、何かあった、としか思えなかった。
「これは……恋の予感だねえ!」
「師匠が恋⁉︎」
「いや何言ってんのヨッパ……」
故に、ヨッパがそう揶揄ってくるのも致し方ない。
亜季は動揺し、音祢は呆れ、最年長者はケラケラと笑う。
桂香にナニカがあったというのは間違いないというのに、なんとも緩い空気である。
……いや、もしかしたら大事にしたくないがために緩い空気にしたかったのかもしれない。
いや単に酔っ払ってるだけかもしれない。
「いえ……ある意味合ってるわ」
だが、爆弾が落とされた。
亜季と音祢は耳を疑った。ヨッパは、ほらね?とドヤった。
「丁度いいわ、相談に乗ってくれる?」
「こ、恋の相談⁉︎」
「マジで⁉︎」
「ほう、お姉さんに聞かせてみな?」
もう大盛り上がりである。
が、桂香はなにやら溜息を吐きながら話し始めた。
「……後輩から、ラブレターを貰ってしまったの」
「!?!?!?」
「!?!?!?」
「ほお」
再度、爆弾が落とされた。
しかし、あれ?とヨッパが呟く。
「フレちゃんとこ、今も女子校じゃなかったっけ?」
「はい」
「そうですよね⁉︎」
「だよね⁉︎」
そう。
亜季達の通う高校は共学なのだが、桂香の通う高校は女子校なのである。
つまり、桂香は年下の女の子からラブレターを貰ってしまったのである。
「あーなるほどねー」
「なんでヨッパさんそんなに冷静なんですか⁉︎」
「よくあることだよ。私そこのOGだし」
「マジで⁉︎ ヨッパ女子高生だったの⁉︎」
「ぶっころすぞ?」
超大盛り上がりである。
そんな、やんややんやと騒がしい連中を呆れた表情で見て、相談する相手を間違えただろうか、と後悔し始める桂香。
「そ、それで……師匠」
だが、一番気遣いの出来る弟子キャラがまず動いた。
「ラブレター、ですよね」
「ええ……そう、貰ってしまったのよ」
「ど、どんな内容、だったんですか?」
「見せて見せて!」
「見せないわよ流石に……」
陽キャは流石である。
「でも、そう、ね……その、あれよ」
「ど、どれですか」
「ドキドキ!」
「一目惚れ、しました、的な……」
「ッ!」
「ひゃーっ!」
「お慕い申し上げてます的な……」
「ひゅーっ!」
「付き合ってほしいです的な……」
「ひょーっ!」
陽キャが非常にうるさい。
だが、桂香は困った、という顔を隠しもせずに溜息を吐く。
「どうすんのどうすんの⁉︎」
「どうするも何も……」
「フレちゃん」
だがそこで、今まで妙に静かだったヨッパが、言葉をかけた。
「断る時はバッサリ断った方が良いよ」
「……ッ」
誰かが、息を飲んだ。
「一目惚れなんて大概ろくなもんじゃないよ。断った方が良い」
「め、珍しくマジメじゃん、どしたの」
「お姉さんだってたまには真面目になるの」
音祢が茶々を入れるも、いつものヘラヘラした様子に戻らない。
それどころか、真面目な空気のまま、ヨッパは続ける。
「こういうのは後腐れする場合が多いからね、マジでキッチリ断った方が良い」
「……そうですよね、そうします」
だから桂香も納得して、いや、背中を押されて、そう決意した。
「なーんだ、つまんないのー」
「まぁつまんないのは認める。超分かる。って、あれアキちゃん、どしたの」
「え? ……なんでもないです、けど」
話はそれでおしまい。
故に、無事解散となる筈だったのだが……なにやら亜季の様子がおかしい。
「え、マジどしたの」
「別に、なんでも? えと、一クレしてくるね?」
「お、おう」
音祢が伺うも、本人はなんでもないかのようにドラムをプレイしに行った。
だが、その表情は一言で表現すると、奇妙、だった。
「……何かしてしまったかしら」
「いや何もしてなくね?」
「そう、よね……」
桂香も音祢も心当たりは無い。
あったとしてもラブレターの事くらいだが、それで亜季がおかしくなる理由が分からない。
「……ふむ」
「今日はもう帰ろうかな」
だから、プレイ後に亜季がそう言い出したのはある意味必然だったのかもしれない。
「マジ? 早くね?」
「あはは……ちょっと疲れちゃった」
「……そう」
いつもより元気のない、へにょりとした笑顔。
それを見て、音祢も桂香も何かを追求する事など出来なかった。
「じゃーお疲れー」
「お疲れ様」
「うん。お疲れ様です」
故に、スティックケースを持ち、ゲーセンを後にする亜季であったのだが、
「アキちゃーん」
「はい?」
入口付近で、ヨッパから呼び止められた。
「コンビニ行きたいから途中まで一緒して良い?」
「あ、はい……」
珍しい、亜季はそう思った。
同級生である音祢はもちろん、たまに家にお邪魔している桂香とは違い、ヨッパと外で一緒に行動する、というのはこれが初めてである。
故に、妙に緊張してしまうものの、
「……さっきはごめんね」
「ふぇ⁉︎」
急な謝罪で全てが吹っ飛んでしまった。
「な、何がですか⁉︎」
「思いっきりズバッと言っちゃって、さ」
「……へ?」
年長者の謝罪という、あまり経験した事のないものに動揺する亜季であったが、何に対して、なのかを理解するにつれ徐々に落ち着いていく。
「……あぁいえ、大丈夫、です」
「……そか」
だからと言って、
「……フレちゃんがラブレター貰ったこと、ヤキモチ妬いちゃった?」
「そそそそそそそそそんなことないですよ⁉︎」
「そんな分かりやすいことある?」
図星を刺されては平静を保ってはいられないが。
「うぅー……」
「フレちゃん美人だしクールだしね」
「うぅ……」
「ありゃ学校で人気出るよ、分かる分かる」
「むぅ……」
「弟子としちゃ気が気じゃないよねえ」
「うー」
「取られちゃうーって?」
「う……」
もう図星も図星だった。
ヨッパの言う事一つ一つがザクザク亜季のハートに刺さりまくっていた。
その様子を見てケラケラ笑うヨッパであったが、ぽんぽん、と亜季の肩を叩く。
「大丈夫大丈夫」
「んえ……?」
「フレちゃんは今、アキちゃんのことしか見えてないから」
「……は?」
キョトン、とする亜季。
感情豊かな子だ、と思いつつヨッパは続ける。
「フレちゃんが中学の頃から、ゲーセンに通い始めた頃からの付き合いだけどさ、彼女が他人にあれだけ興味示してるのなんてアキちゃんが初めてだから」
思い出すのは、誰にも心を開かない少女の姿。
「そう、なんですか?」
「そうだよ、今までに無いこと。それまでは孤高!って感じだったんだから」
仲間を作らず、友達を作らず、ただ研鑽を重ねていた少女。
「だから安心しな?」
「う?」
だから、ヨッパは伝える。
「フレちゃんは、アキちゃんのものだよ」
「え、は⁉︎ ん⁉︎」
「あっはっは! なんてねー!」
「え⁉︎ う⁉︎ もおおおおお! ヨッパさんのバカ!」
「はっはっはっはっは!」
本気の言葉が、冗談のように伝えられる。
無論、それが伝わったかは分からない。
いや、きっと少女には伝わったに違いない。
だからきっと、何かが変わるきっかけになった。
彼女の中で、何かが、生まれようとしていた。
それがなんなのかは、今はまだ分からない。分からなくていい。
だがきっと、いつかそれと向き合う日が来るだろう。
「お詫びに一緒にドリンクを買ってあげよー」
「一緒に?」
「私用のアルコール」
「まだ飲むんですか⁉︎」
「一日中飲むよー?」