ぽんぽこぽんぽこ。
今日も今日とて亜季はドラムを叩こうとゲーセンを訪れ、
「あれ? 師匠今日来てない?」
いつもなら先に来ている筈の桂香が居ない事を不思議がった。
「そだね、珍しい」
「ね」
一緒に来ていた音祢もそれに同意する。
むしろ彼女の方が付き合いが長いため、より珍しさを感じている。
「まぁ普通に用事でもあったんじゃない?」
「それもそうですね」
が、まぁ部活というわけでもなければ約束しているわけでもなし。
日頃からメッセージでやり取りしてるとはいえ示し合わせて集っているわけでもないため、二人はそこまで気にする事はなかった。ゲーセンの人間関係あるあるである。
しかし、それが続くとなると話は変わる。
「あれ? 今日も来てない……」
「あらま、連日とは」
槍が降るのかな、と呟く音祢。それほどまでに桂香はゲーセン通いを続けていた。まぁそれを観測出来る程度には音祢も通っていたわけだが。
「忙しいのかな……メッセージしておこっかな」
「ん、あたしからもしとこ」
故に、妙な空気となったのだが、それが三日目となると不思議さよりも心配が勝つようになる。
「今日も来てない……」
「既読ついた?」
「ついてないです……」
「あたしも」
流石に異常事態である。
音祢のしょうもないメッセージに対して既読スルーする事はあれど、亜季のメッセージを読みもしない、という事はまず例が無かった。
「あれー? フレちゃん居ないの珍しいじゃん」
「ヨッパさん……実は……」
そんな二人の元へふらふらと事情を知らないヨッパが現れる。
普段は非常に頼りなくはあるが、一応の大人に相談してみる亜季であったのだが、
「あーなるほどね、まぁ良いんじゃない?」
と、よく分からず肯定された。
「良いってこたないだろー」
「ですです」
なので反論する女子高生達であったが、ヨッパは静かに語る。
「ゲーセンの縁ってそういうもんじゃん、ふらっと知り合って、ふらっと切れる、そんなもんだよ」
静かに、不穏な事を語る。
「そんな……」
「そんな言い方ないじゃん!」
「まぁうん。お姉さんの言い方が悪いのは間違いない、ごめんよ」
心が、ざわつく、荒れる。
認めたくない、と軋みながら叫ぶ。
「で、ここからが本題ね」
そんな少女達を眩しそうに眺めながら、ヨッパは続けた。
「風邪でもひいたんじゃない?」
「え」
「あ」
その瞬間、想定外の事を言われ、亜季と音祢はフリーズしてしまった。
「この間、少し顔赤くなかった?」
「よ、よく見てんね酔っ払いのくせに」
「大人だかんねーうえーい」
「む、むかつく……!」
「そのうち戻ってくるって、大丈夫大丈夫」
「さっきは縁が切れるって言ったくせに!」
「あはーごめんて」
音祢がヨッパを締め上げ、ガクガクと揺さぶり始める。
その一方で、亜季はようやくフリーズから回復し、
「……ます」
「そうだよ亜季! 亜季も何か言ってやって!」
なにやら、えらい気合の入った声を出した。
「私! 師匠のお家行ってきます!」
「え」
「え」
という訳で、桂香の家の前に亜季はいた。
「……勢いで来たけど、どうしよ」
が、日和っていた。
というのも亜季。桂香に誘われてガレージにお邪魔した事はあれど、本宅に入った事はないのである。
なのでなかなか敷地に入る事が出来ない。それどころか、桂香宅を遠目にこっそり見ている。
「……むぅ」
だが、桂香宛に送ったメッセージに既読はつかない。
脳裏にヨッパの台詞がよぎる。
不安。
心配。
「……っ」
だから、亜季はドキドキしながら、インターホンを押した。
『はーい』
聞こえてきたのは、穏やかな声。
「ぁ……」
『あら……?』
無論それは、桂香の声ではない。
その可能性は十分考えられていた筈なのに、亜季は一瞬困惑してしまった。
「あ、あのっ! 師、桂香さん、いますか……?」
だが、なんとか我を取り戻し、ドキドキしつつも目的を話す。
『あぁ、あの子のお友達?』
「は、はい! 新鐘高の最上亜季って言います!」
無論、自己紹介というか、自分は怪しい者ではない、と主張する。
あとは桂香の友達で最近連絡が取れなくて心配だったと話せれば完璧、と思っていた亜季だったのだが、
『あら、あらあらあらあら!』
「……?」
会話主の反応がやたら良い事に疑問を抱いた。
『とりあえずあがってあがって!』
「え? あ、はい」
ので、そういう事になった。
対面したのは、美人で、ほんわかとした雰囲気の女性で、
「いつも桂香がお世話になってます。桂香の母です」
「こ、こちらがお世話になってます! 最上亜季です!」
「ふふ、そうなの?」
桂香の母だった。
「それで? あの子のお見舞いかしら?」
「え、お見舞い?」
「あら、違うの?」
「え? あ、いや、あの、実は……」
そうして亜季は、桂香宅に来た理由を語り始める。
端的に換言すると、連絡つかなくて心配でした、と。
「そういう事だったのね……ごめんね、ありがとう」
「い、いえ……」
風邪で熱を出して寝込んでいる桂香の事を知らずに来た、という事を不思議がっていた桂香の母であったが、亜季の説明に納得する。
そして、くすり、と笑って続けた。
「最近ね、あの子楽しそうに友達のこと、たぶん貴女のこと話すのよ」
「うぇ⁉︎」
「他校の子なんだけど、かわいい後輩が出来たーって」
「ぅ、ぅぉぉ……」
「だから新鐘高って言われてピンと来たわ、この子だーって」
「は、はい、仲良くしていただいてます……」
「ふふ、お見舞いに来てくれたって知ったらきっと喜ぶわ、ちょっと待っててね」
「あ、はい!」
テンポ良く事が進み、桂香の母はリビングを後にした。
ポカンとする亜季であったが、
「……師匠」
案外、家で自分の事を話しているんだ、となんとも面映い気持ちになるのであった。
……遠くで、何か声が聞こえる。
恐らく桂香と桂香の母が何か話している声。
だがそれは、長く続かなかった。
「ぁ……」
桂香の母が、なんとも言えない表情で、帰ってきた。
「……風邪うつすと悪いから帰れって」
「あ、あはは、桂香さんらしいです」
実に言いそうな台詞である。
「っていうのは建前ね」
「うぇっ⁉︎」
「照れてるのよ、きっと」
「そ、そうなんですか⁉︎」
他人には分からず、親には分かるナニカがあるらしい。
「でも部屋の中に入ったら流石に怒るかもしれないから、扉の前から声をかけてあげて?」
「ほ、本当に良いんですか……?」
「良いのよ、責任はママが取るわ!」
「あ、あはは……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
なので、そういう事になった。
「師……桂香さん」
「っ⁉︎ げほげほげほっ⁉︎」
「あぁぁごめんなさいすぐ帰りますから無理に喋らないでください⁉︎」
そりゃびっくりするのも致し方ないのである。
「……いや。ア、亜季さん、なん、いや、え、なん、ごめんなさい」
「いえ、押しかけたのは私ですし、逆にすみません……」
思わず反射的に謝ってしまう程にびっくりしてしまったのである。
なにせ学校を休む程に寝込んでいたら他校の友達がノーアポでお見舞いに現れたのである。そりゃびっくりもするのである。
「で、でも! メッセージに反応無いし、本当に心配したんですからね!」
「……それは、ごめんなさい」
「あああ責めたいんじゃないですこっちこそごめんなさい!」
実際亜季は責めているのだが、なんというか、病人相手というか師匠相手というか、非常にやりにくい様子。
だから、言葉を探す。
自分の中の、本当の言葉を探す。
「……そうなんです。もっと、お話ししたいんです」
だから、そう言った。
「……そう」
だから、ドアの向こうからは、静かな声が返ってきた。
「だから、元気になるの、待ってます」
「……早く治すわ」
「はい!」
だから、今の彼女達にはそれで充分だった。
「じゃあいつまでもお相手してもらうのも悪いですし、私帰りますね!」
そう言って、ドアの前から亜季が離れようとした時だった。
「……ぁ」
「う?」
桂香にしては、珍しい声が、聞こえた。
「……なんでもないわ、気をつけてね」
「っ! 桂香さん」
「……なに」
「寂しくなったらメッセージ待ってます!」
「……早く帰りなさい」
「はーい! お大事に、です!」
「あら、もう良いの?」
そうしてリビングに戻ると、桂香の母からそう迎えられた。
「はい! 大丈夫です!」
「そう。ありがとうね」
「いえいえ! こちらこそありがとうございました!」
用事はこれで終わり。
故に桂香宅を後にしようとする亜季だったのだが、
「……ちなみに、だけど」
「はい?」
桂香の母から呼び止められた。
「貴女もゲームセンターが趣味の人?」
「あ、はい。そうです」
「そっかぁ、今時の子は凄いわねぇ」
「あはは……」
今時の子、という割には桂香の母は非常に若く見えたのだが、それを言っていいのかは亜季には判断がつかなかった。
「私の時は不良の溜まり場ってイメージだったのだけれど」
「あ! 分かります! 私も最初そういうイメージでした!」
「でしょ⁉︎ だから桂香がそこに通ってるって聞いて驚いたのよー」
「あー、ですよねー心配になりますよねー」
「ねー⁉︎」
そこから始まったゲーセン怖いトークであったり、亜季のゲーセンデビューの経緯だったり。
つまり亜季と桂香の母は何故か波長が妙に合った。
「あら?」
「桂香さんからメッセージ……」
……が、しばらく後に亜季と桂香の母のスマホがほぼ同時に震えた。
『早く帰りなさい』
娘からストップが入った。
「……だ、そうです」
「あらやだもう、あの子ったら……」
そりゃ小一時間盛り上がっていたらそうもなるのである。
なので、桂香の母もテンションが収まり、亜季を見送る態勢となった。
「気をつけて帰るのよ?」
「はいっお邪魔しました! 桂香さんによろしくお願いしますっ!」
そうして、亜季は桂香の家を後にした。
その足は、どこか軽かった。
桂香が自分の知らないところで自分の事を話していた。
帰り際、どこか寂しそうだった。
それだけで、亜季は桂香から求められている気がして、なんとも言えないナニカを感じていた。
そのナニカが何なのかは分からない。
今はまだ、分からない。