ぽんぽこぽんぽこ。
今日も亜季はドラムを叩こうとして、
「むー」
待ち人が来ずにそわそわしていた。
「師匠が来ない……!」
そう、桂香がまだ来ないのである。
ちなみにあれから彼女の風邪は治り、いつも通りにゲーセン通いは復活している。今日は単に遅いだけである。
ならば一人で始めれば良い、という意見が聞こえなくはないがそこは女子高生。何をするにしても一緒でないと、という生態なのである。
「んー」
が、この間まではそうではなかった。
「今日もあたしが教えよっか?」
「む」
桂香の風邪。
その際には二人で遊んでいた。
「フレに特訓の成果見せてやろうぜぃ」
「っ! うん!」
故に、桂香抜きで遊ぶ、という事に対して、少し慣れ過ぎてしまっていた。
「あら……」
だから、
「……ヌコさんから教えてもらっていたの?」
「あ! 師匠お疲れ様です!」
「フレ遅いぞー」
遅れてやってきた桂香の表情がどことなく固い事に、気付けなかった。
「……あぁ、私のいない間」
「あ、はい! 秘密特訓です!」
「ぁ……ゃ、その、フレ」
「……ふぅん」
元気に返事をする亜季に対し、何かに気付いた音祢。
……そして、どこか冷たい声の桂香。
「し、師匠……?」
だから、亜季もナニカに気付く。
「じゃあ今度はヌコさんから教えてもらうと良いわ」
「え、え? え⁉︎」
「帰るわ」
だがその気付きは致命的に遅かった。
「えええええええ師匠⁉︎ 師匠⁉︎」
「あーごめん、ごめんて」
「何も悪くないわ、じゃあ」
だから、桂香はそう言い放って、その場を後にしようとして、
「んお? お取り込み中?」
今しがたゲーセンに来たばかりのヨッパとぶつかりそうになり、
「いえ……じゃあ私はこれで……」
「あ、帰るの? 気をつけてー」
今度こそ、ゲーセンを後にした。
「あう……」
「あー……」
残された者達の空気は、控えめに言って最悪だった。
「……どしたのキミ達」
なので、流石のヨッパもツッコまざるをえない。
「……実は」
そんな年長者の言葉に、高校生達は非常に気まずそうにしながら、事情を話し始めた。
「あー」
そうして一部始終を聞いたヨッパは、納得した、という声をあげる。
「そりゃあよくなかったかもねえ」
「うぅ」
「むぅ」
なので、亜季としては縮こまるしかないし、音祢としてもバツの悪そうな顔をするしかない。
そんな彼女達を見て、ヨッパは一つ、溜息を吐く。
「仕方ない、お姉さんに任せなさい」
桂香は無心で歩いていた。
何も考えず、何も感じず、ただの帰り道をなんてことのないように歩いていた。
「待って、待って待ってフレちゃん足速い……!」
日頃運動不足の女が後ろから声をかけてくるまでは。
「……ヨッパさん?」
「や、やっと、ぜぇ、ぜぇ、追い付いた……!」
「えぇぇ……」
が、あまりの様子にちょっぴり引いた。
「と、とりあえず落ち着いてください。コンビニで水でも買ってきましょうか?」
「かひゅー、かひゅー」
本当は、気遣いの達人か?などとツッコミを入れたかったらしいが、そんな余裕すら無かったらしい。
という訳で、二人は近くの公園に移動し、ヨッパは桂香が買ってきた水を一気飲みした。
「っくぁー! 生き返る! ありがとねフレちゃん!」
「い、いえ……」
まるでビールのCMみたいだ、と桂香は密かに思った。
が、
「というかヨッパさん、どうしたんですか……?」
そもそも必死になってまで追いかけてきた理由である。問題はそこなのである。ヨッパの奇行でうやむやになっているが、本題はそれなのである。
「んくっ……あー、ね」
それを受けてヨッパは水を飲み干し、
「あれはないよね」
「……っ」
そう、告げた。
端的な言葉。何を指しているか分からない言葉。
「……別に、なんでもありません」
だが、十分に伝わった。
故に、桂香はそう返す。
「私もそういうの経験あるよ」
「そう、なんですか?」
「そりゃキミ達より人生経験長いからね」
「はあ」
寄り添うヨッパ。
それでも桂香はなんでもないのだという。
「……で? ならどうして機嫌が悪くなったのかな?」
「…………」
だが桂香は言葉に詰まる。
なんでもないから、なんでもない事にしたいから、言葉に詰まる。
「アキちゃんが他の子に取られちゃったのが面白くなかった?」
「ッ!」
「そっか」
「そんなことありません」
「……そっか」
だから、桂香は否定する。
違うのだと、そうじゃないのだと。
「まぁでもさ」
「……はい」
そんな風に桂香が自分の内面と向き合っていると、ヨッパはまた口調を改めた。
「気にしなさんなって」
「えぇぇ……あんなこと言ったのにですか」
「ごめんごめん。まぁ根拠無しに言ってるわけじゃなくてさ」
「……というと?」
……長い付き合いの桂香だから知っている事だが、ヨッパもシラフの時くらいある。
その時は皆の頼れるお姉さん、といった雰囲気になり、言う事も真面目な内容になったりする傾向がある。
だから、桂香はわりと、ヨッパの事を頼りにしている。内緒だが。
「フレちゃんを驚かせたかったんだって、上手くなったねって褒められたかったんだってさ」
「…………」
思い出すのは、秘密特訓、と言っていた亜季の事。
非常にドヤ顔をしていたな、と桂香は思う。
「それにさ」
「……?」
だから、思考が油断していたがために、諸々が直撃する事になった。
「師匠!」
「あの子、キミのこと大好きだから大丈夫だって」
「ッ⁉︎」
「じゃーあたしはヌコちゃん説教してくるから二人でゆっくり話しなねー」
「待っ⁉︎」
公園をクールに去るヨッパ。
と入れ替わりに爆速で公園内に入ってくる亜季。
無論、桂香は心の準備など出来ていない。
「師匠! あの! その、ぁの、ぇと!」
だが、それは実は亜季の方もそうだった。
どうやら何を言えば良いか分からず、だが何か言わなければならない、と思ったが故に飛び出てきたらしい。
「……なにかしら」
「うっ……」
桂香から、冷たい声が出る。
が、これは単に桂香も桂香でどんな感情を出せば良いか分からず、つい平坦な口調になってしまっただけである。
「ぁ……」
故に、それを否定しようと再度口を開こうとして、
「私! ぁーぅー分かんないとにかく! 私! 師匠のことが好きです!」
「ッ⁉︎」
よく分かんない告白を、受けた。
「あ違う」
「違う⁉︎」
だが違うらしい。
「違くないです! いやそうじゃなくって! いやそうでもある? うーんうーんうーん! いやこの好きというのは」
「アキさん」
「あ、はい!」
「落ち着きなさい」
「は、はぃ……」
よく分からない話になった。
「……全く、バカみたいじゃない」
「ふえ?」
「こっちの話よ。それで、結局何が言いたいのかしら?」
だから、そう促し、ゆっくり言葉を引き出していった。
二人並んでベンチに座り、くすくす笑いながら語り合う。
誤解と謝罪と、また繋がる関係。
だが繋がった関係は、少しだけ波紋を残した。
言葉にした。言葉に出した。
否定はしたし、違うと認識もしている。
関係は変わらない。
今は、変わらない。