あかね1/2 作:直人猫
それがない本作あかねちゃんですが、面倒くさい女力は負けていないと自負しています。
「僕はあかね、仲良くしようね」
「…う、うん、よろしく」
あかねがニコニコ笑いながら、道場へと乱馬を招き入れるとなぜか乱馬は寒気を感じた。
まるで、自分から罠にかかってしまったかのような嫌な予感に、武道家としての本能が警鐘を鳴らしている。
同時に同年代の女子、しかも乱馬好みの美少女だ。胸は平らかだが、よく引き締まった体をしており、そこも乱馬にはクるものがあった。
そんな自分好みの美少女の誘いを断れる思春期の少年はいないのである!
そのため、あかねの邪気のない笑顔に誘われるまま、道場の敷居を跨いでしまう。
「結構広いでしょ、今お弟子さんはいないからお父さんと僕ぐらいしか使う人はいないんだけどね」
「へぇ…」
「ね、乱馬ちゃん。拳法、やるんでしょ?」
「うん、少し…」
静謐な道場の空気、よく使い込まれているが、同時によく掃除されて綺麗になっている床板が目につく。
その中心にあかねが立つ。
私服姿の彼女は、ズボンスタイルで非常に動きやすそうな恰好をしている。
あかねは、乱馬を振り返るとゆっくりと構えを取りつつ微笑んだ。
「やだな、謙遜しないでよーー少しな訳ないじゃん」
次の瞬間、ビリビリと空気が鳴るほどの闘気があかねより立ち昇る。
乱馬は、その闘気に呼応するかのように構えを取らされていた。
「(おいおいおいおい!? めっちゃ可愛い顔してなんなんだ、この闘気は!?)」
「見たらわかるよ、君、強いでしょ? だから、ね? 手合わせしよう」
そのまま、あかねは一歩を踏み出す。
「いいよね?」
「俺、何か怒らせるようなこと、したっけ?」
あかねの迫力に、乱馬は冷や汗を流しながら首を傾げる。
その疑問へのあかねの回答はシンプルであった。
「武道家なら、自分より強いかもしれない相手に挑みたいものだよね?」
「生憎、そういうのは、他所でやってもらいたいもんだぜ」
乱馬はそう言いつつも、自身の口角が上がっていくのが抑えきれなかった。
何故なら、彼も今までいなかったのだ。
自身の全力を出せるかもしれない同年代の相手というものが。
だから、構え、自然に名乗りを上げた。
「無差別格闘早乙女流、早乙女乱馬」
「無差別格闘天道流、天道あかね」
そして、仕掛けたのはあかねの方であった。
何気なく歩きだし、まるで握手をするかのように乱馬の手を握ろうとする。
対して、乱馬はその手を触れさせることはせず、そのままあかねの首筋目掛け、手刀を放つ。
乱馬の中で、目の前のあかねは、少女であった。
『異性』に無闇に上げる手はない、どこか昔気質な乱馬の性格が出た一撃である。
しかし、その一撃はそれ故にーーーー
「温い」
あかねの言葉の直後、乱馬の視界が反転していた。
手刀を起点に投げられたのだ、と乱馬は即座に判断すると体重移動を加えることでその回転を早めた。
これにより、あかねの想定より早く体が回転し、乱馬の首筋に叩き込む予定だった下段蹴りは、半回転多く回った乱馬の足に防がれる形になる。
バチリ!と肌と肌が打ち合う鈍い音が響く。
「おいおい…殺す気か? 今の首の骨折れてもおかしくなかったぞ」
「冗談…君ならこの程度なんとか出来るでしょう?」
歪な信頼であった。
対戦相手の実力をよく見抜き、その実力を十全に発揮し切れば問題ないと遠慮なく相手を破壊する攻撃を仕掛けるあかね。
乱馬の中で、意識が切り替わる。
目の前の相手を自分好みの美少女から、美少女の形をした達人と認識を改める。
その乱馬の変化を察したのか、あかねの笑みも深まった。
「じゃ、お互い遠慮なく行こうか」
「女相手だと、拳が鈍っちまうんだよなぁ」
読者諸兄であれば、シャンプー相手の蛮行を思えば何を言ってるんだと思われることだろうが、事実乱馬は男には厳しく女には優しくを体現してしまっていた。
彼には悪気はない。
しかし、その一言はあかねの触れられたくない部分に直に触れるモノであった。
「っ…! すぐに、そんなこと言えなくしてあげる。僕は、男女平等だからね!!」
荒々しく、あかねが一歩踏み出す。
先ほどまでの得体の知れなさは鳴りを顰め、どこを狙っているのか乱馬に読み取れた。
「(…? なんで、怒ってんだ?)」
怒りとは、平常心を求める武道において恐怖にならびその腕を鈍らせるモノ。
特に打撃をメインとする剛の技ではなく、相手の攻撃へのカウンターやサブミッションを基礎とする柔の技であればそれは顕著だ。
しかし、無差別格闘天道流は、その限りではない。
まるで、剃刀のように鋭い拳があかねから放たれ、乱馬を襲う。
乱馬の髪を掠めたそれは、まさかの切れ味を見せその髪の毛を数本宙に舞わせた。
「お、おい!? 危ないだろうが!?」
「まだ、本気にならないの!?」
直後、意識の外にあったあかねの左足が跳ねる。
左のハイキック。
それを受け止めた乱馬は、両手が痺れると共に体を大きく吹き飛ばされた。
まるで、車にぶつかられたような衝撃。
「どわっ!?」
転がる乱馬を見下ろしながら、あかねが口を開いた。
「ねぇ…僕のこと舐めてるの?」
「にゃろ〜」
本気を出していないとはいえ、自分を追い詰めたあかねに乱馬は顔を歪ませる。
女だから、という言葉は乱馬から消えた。
「(やってやろうじゃねぇか!)」
頭の中で意気を吐き、起き上がると即座に構え直す。
そして、そのまま凄まじい速度であかねに向かって行った。
あかねは、その動きを冷静に見極めつつも、今度はその手を取り、決めようと動く。
乱馬は、そのまま己の手を取ろうとするあかねに先んじて動いた。
「だだだだだ!!!!!」
凄まじい嵐のような拳の乱打。
あかねが手を取り関節をキメようと狙うのならば、それを出来ないほど素早く動けばいい。
お手本のような柔の技に対する回答であった。
「っ!?」
冷静さを欠いていたあかねは、とっさにその攻撃を防いでしまう。
一度防ぎ始めたら、乱馬が有利だ。
そのまま、ガードさせつつ壁に押し付けるように乱打の嵐を浴びせる。
だが、それを察知したあかねは、今度は逆に冷静になったようで、不完全な体勢ながら反撃を試みる。
無差別格闘天道流、円環
上手く攻撃を受け流し、体勢を崩させることで関節を取ろうと動きだす。
しかし、乱馬の強靭な体幹は不完全な状態での技では乱すことが出来ない。
そのまま、乱馬の攻撃は続いていき、あかねが次第に劣勢になっていく。
「(もらった!)」
「(だったら!!)」
乱馬の拳の乱打の勢いがさらに増し、そしてあかねは反撃の一手を取るために覚悟を決める。
一撃受け止める覚悟だ。
あかねは、乱馬の右の拳を『肩』で受け止めた。
その一撃は、凄まじい衝撃と痛みをあかねに与えた。
想像以上のそれに、あかねの顔が歪んだ。
だが、それは乱馬も同じであった。
あかねは、肩の骨部分で乱馬の拳を受けたのだ。
そして、そのままあかねは右手を伸ばし、らんまの右拳を掴んだ。そして、固く握りしめられた乱馬の拳に指を入り込ませ、小指を握ろうとする。
だが、それを予期していた乱馬は、左の打撃に切り替えた。
「ーーしぃ!」
ずどむ! という打撲音と共にあかねの左脇に一撃が決まる。
もちろん、あかねも腹筋に力を入れてそれを堪えるが、あかねの体に確かにダメージが入った。
「(ま、ず…まけ、る……だめだ! それだけは、だめだ!!)」
一瞬、意識が飛びかけたあかねは、とっさにその行動に出る。
乱馬の右拳を固めようとしている左手ではなく、右手を乱馬の『左目』へと伸ばそうとしたのだ。
乱馬の背筋に悪寒が走る。
この技だけは受けてはいけない、本能がそう囁いた。
そのため、乱馬は咄嗟に左手であかねの顎を掠めるような軌道のショートアッパーを放つ。
一瞬の交錯。
「そこまで、お湯が沸いたよ」
ぬるり、と両者の間に入り、双方の手を握りしめたのは早雲その人であった。
掴まれた手は傷つけぬようにやわらかく、しかし動かせぬよう万力の如く締め付けられる。
乱馬もあかねも、その乱入に目を見張った。
「(俺が、気がつけなかった!? このおっさん…)」
「おとーさん…」
「少し熱が入っていたようだね…ふむ、乱馬ちゃん。少し、あかねに頭を冷させてから行くから、先に行っておいてくれないかい?」
見れば、乱馬の乱打を受けてしまったあかねの腕は赤くなり、一撃を受けた右の脇も同様になっているだろう。
それは、乱馬の猛打の凄まじさを示していた。
事実、あかねの手はいまだにジーンとした痺れが走っている。
悔しそうに、あかねはおのれの力が入りきらぬ拳を握った。
それを横目に、早雲からそっと手を離された乱馬は、服の乱れを治しつつ先程までのあかねの動きを思い起こす。
素晴らしかった。
柔術を基本にしつつも、それ以外の要素も取り入れた無別格闘。
その守りは余りにも硬かった。
「(…女に、本気の乱打しちまったしな)」
少しだけ、後悔しつつも乱馬は高揚していた。
『初めてだった』。
己の拳法を曝け出すのも、それについて来れる相手がいるというのも。
以前は、自分に突っかかってくる方向音痴の相手がいたが、結局約束をした決闘の場所には来なかった。
その後も、修行をして力が高まる実感こそあったが、自分の腕前を試せる相手は父だけであったのだ。
誰かに全力を出すということが、楽しかった。
だから、これからするネタばらしを少しだけ勿体なく感じてしまう。
知られれば、恐らくはここを去ることになる。
それは、常に父と共に修行の旅に出た乱馬に取ってみれば、またいつもの旅の日々に戻るだけであった。
誰とも深く拘らず、武術を磨き、テキトーに誰かと浅く関わり生きていくだけ。
それを嫌だとは思わないが、今回はかつて幼馴染のお好み焼き少年と別れた時のように後ろ髪を引かれる思いがあった。
もう少しだけ彼女と関わってみたいと思った。
そうなることは、できないとわかっていたが。
「(婚約者、か。ちぇっ。可愛くて、しかも強いとか勿体ねぇの)」
乱馬は胸の詰まるような述懐を漏らすことなく、早雲とあかねに背を向け道場を後にする。
だから、彼女、いや彼があかねの事情を知るのはまだ、もう少し先のことであった。
「あかね…冷静さを欠いていたね」
「それは…」
「禁じ手も出そうとしていたように見えたよ?」
「っ…!」
乱馬の気配が遠かったのを感じ、早雲はなるべく穏やかにあかねに問いかけた。
あかねは、対戦相手の乱馬の体を壊すような、禁じ手を使おうとまさにしていた為、父の言葉に思わず息を呑む。
乱馬に押されたその時、あかねは反撃として早雲から使用を禁じられていた人体に用いるべきではない、強力な技を放とうとしていた。
そこには、負けたくないという思いと共に、彼女が乱馬の言葉に心をかき乱され、怒ってしまったからこそ『使う』という発想が出たのだった。
怒りとは、あかねの未熟さの表れでもある。
「だって」
泣かないように、声を詰まらせつつ、彼女は顔を上げた。
「あの子も女なのに、僕よりちゃんと、女の子なのに!
僕を女扱いして、舐めたんだ! それに、本気を出したらやっぱりちゃんと強かった!」
天道あかねは、自認として異常者であった。
誰よりも自分の異常を理解し、己の半端さを理解している彼女に、『ただの女』扱いは最もしてほしくないモノだった。
しかも、真剣勝負の場で、侮るかのように、自分よりも女らしい相手にされるのは、あかねにとって侮辱を通り越し自身の否定のように感じられた。
「僕は、こんなにも不完全で変なのに! ちゃんと女の子の、あんなに綺麗なあの子がそれを言うの!?」
「…だからと言って、禁じ手を使おうとしてはいけないよ。それに、いつも言ってるだろう?
あかねに武術を教えたのは、心を鍛えて負の感情に負けて欲しくないからだ。負の感情のままに振るうために技を教えている訳ではないよ」
「それは…!」
「反省しなさい。さっきのは、少しやりすぎだよ。乱馬ちゃんに勝負を仕掛けたのはあかねだろう?
勝手に挑んで勝手に怒って、乱馬ちゃんもびっくりしたはずだ…謝れるね?」
「…………はい」
「それに」
父の言葉に、あかねは悄げる。
俯くと涙が出てしまいそうだ…。
そんな折に、早雲は何かを見透かすかのようにこう告げた。
「彼女も、思ったより『ちゃんと』していないかも知れないよ?」
ウィンクをする早雲。
父の言動を訝しむあかねであったが、ただその言葉におずおずと頷く他ない。
そんなあかね達が、戻るまでの間、居間では不思議な緊張感が流れていた。
残された、かすみとなびきの前には禿頭に手拭いを巻いた恰幅よい男性が正座をしていたのだから。
「ねぇ、お姉ちゃん…あのおっちゃん、誰?」
「さぁ? お父さんの知り合いじゃない?」
彼の傍には、なぜかヤカンが置かれていた。
原作でも、乱馬は建前上は女性への攻撃を控えている気がします。(あくまで控える)
そんな昔気質な所も魅力的な部分だと思います。
もちろん、美少女にも容赦のないギャグの嵐が襲ってくるのですが。