あかね1/2 作:直人猫
そんな子に殴り倒して交際を申し込めという九能先輩は、やっぱり変態だなぁと思います。
歪まずにやきもち焼きのツンデレになってくれた原作あかねちゃんは最高です。
風林館高校。
それが、乱馬が新たに通うことになった高校の名前だった。
乱馬のためにお湯を借りに寄り道をしたが、二人の車並みの走行速度により何とか遅刻をしないで済む時間に校門へ辿り着けた。
「へぇ、ここがその高校か」
乱馬は、何の気なしにそう呟き校舎を見上げる。
一般的なサイズの校舎で、男子は学ラン、女子はセーラー服に身を包み登校していた。
だが、その中で乱馬は周囲の視線が自分たちに集まっているのを感じた。
見れば、男も女もヒソヒソとコチラを見て噂をしている様子だ。その顔は、やけに明るくどこか陶酔としているようだ。
「なんだぁ? こそこそしやがって」
「ごめんね、僕のせいだ」
あかねは、ポツリと呟く。
その顔には申し訳なさそうな表情が浮かび、先程までの快活さが鳴りを顰めてしまっていた。
「あかねのせいって…どう言う事だ?」
「僕は、みんなに怖がられてるみたいなんだ…。体は女なのに男みたいな口調だし、結構力も強いの見せちゃってるから…有名人みたいで。友達以外のみんな、私を見ると顔を逸らすんだ」
「そうなのか?」
「だから、乱馬くんも学校では、あんまり僕に関わらない方がいいよ」
あかねは、そう言うとそっと乱馬から離れて歩こうとする。
乱馬は、そうはさせじと直様その隣に追いついた。
「…ちょっと」
「俺が誰と一緒にいるかは、俺が決めるよ」
ヒソヒソと交わされる噂をものともせず、そう言ってのけた乱馬はちらりと周囲を睨みつける。
その辺りの他人の陰口を言い合う奴など、彼の眼光でイチコロだ。
…そのはず、だったのだ。
「(な、なんだぁ!?)」
乱馬のひと睨みを周りの生徒たちほぼ全員が睨み返してきたのだ。その瞳には覚悟の炎が灯り、乱馬を生かして返さないと物語っているようだ。
どう考えても、陰口を叩く根性なしのものではなく、大切な誰かを守ると決めた者たちの決意の光が宿っていた。
「(こ、こいつら、まさか…)」
その時、下足箱へ向かう乱馬とあかねの前に、一人の男が現れた。
整った容貌を持ち、すらりと長い手足に木刀を携えている。
そして、何故か薔薇を咥えていた。
その男を前にして、乱馬は少しだけ目を見張る。
彼の眼力は、目の前の男があかねよりは数段劣るが、かなり戦える相手であると読み取っていた。
あかねも、立ちはだかる彼の前で足を止める。
彼女は、さりげなく乱馬を庇うように前へ出た。
「あ、九能先輩…」
「おはよう、あかねくん。今日も美しい君に出会えて、曇り空が最高の青空に変わる気分だ」
「おはようございます…その、雷鳴ってますけど」
男…九能へ挨拶を返すあかねの発言は、どこかズレていた。確かに、空は今にも雨が降り出しそうな雲が出ており、ゴロゴロと雷が鳴っている。
それを見上げつつも、ふっと余裕ありげに微笑む九能。
彼は、咥えた薔薇をそっもあかねへ飛ばし、手にしていた木刀を構えた。
「お手合わせ願おう」
「あの、先輩…毎日やるんではなく、少し練習の期間を置いた方が」
「何を言う! 僕の君への想いは、日に日に募り胸が張り裂けんばかりなのだ! 一刻も早く、君にこの想いを届けたいのだ!!」
「もう。先輩は大袈裟だなぁ」
朝から情熱的であった。
あかねは、九能の様子に苦笑した。だが、本気で嫌がっている様子には見えない。
その事に、乱馬の胸にモヤモヤとした感情が浮かんだ。
だから、乱馬は大股であかねの前に出て九能の視線を遮った。
九能は、突然前に出てきた乱馬に顔を顰める。
あかねは、驚いたように乱馬を見上げる。
「ら、乱馬くん?」
「下がってな」
「あかね君に馴れ馴れしい。きさま、いったい何者だ!?
人に名を問う時は自分から名乗るのが礼儀だな!
よし、ぼくから名乗ろう!!」
流れるようにそう告げた九能に、乱馬の出鼻がくじかれる。九能という男は、売り言葉に買い言葉というものを知らないらしい。
思わず、「どうぞ」と九能を促す乱馬であった。
彼は、どこか誇らしげに胸を張る。
「ぼくは、2年E組九能 帯刀。剣道部主将。連戦連勝高校剣道界期待の新星。人呼んで、風林館高校の蒼い雷!」
そのまま、彼は木刀を上段に構える。
その構えに隙はなく、やはり九能が強いことがよくわかった。最後に挟まったものがなんなのかは、乱馬には分からない。
「さあ! 名乗るといい!」
乱馬は、背中に背負った鞄をそっとあかねに預ける。
「持っててくれ」
「あ、ちょっと、乱馬くん!」
そのまま、あかねの静止を聞かずに構えを取る乱馬。
どう名乗るか少し考えた後で、少し『かまして』やる事にした。
「天道道場居候兼あかねの婚約者! 無差別格闘早乙女流二代目! 早乙女 乱馬!!」
ざわっ!!!!????
その名乗りに、周囲が騒つく。そのことにやってやったぞと乱馬は胸の空く想いだった。
ちらり、と背後を見れば大勢の前でそう宣言されたことが恥ずかしかったのか、頬を赤らめて視線を逸らす。
「「「「「かわいい…」」」」」
思わずそう呟いた乱馬だったが、自分以外の声が聞こえて周囲を見渡す。
周囲の男女は、口元を押さえて視線を伏せていた。
「ま、まさか、こいつら…!?」
乱馬が、はっとその事実に気がついたその瞬間。
「い、許嫁だと!? なんというハレンチ!! 許せるか、チェストー!!」
九能の雷鳴のような声と共に、大上段からの一撃が閃いた。
木刀による一撃。
乱馬は、咄嗟に地面にうつ伏せに倒れ込む事でそれを避け、その姿勢から掬い上げるように後ろ踵蹴りを放つ。
九能が反応できないほどの速度と勢いで放たれた蹴りであったが、乱馬はまるで真綿を蹴ったかのような感触を覚えた。
「な…!?」
「む…!」
顔を上げた乱馬は、自身の後ろ踵蹴りがあかねによって止められている事に気がついた。
そのまま、優しく乱馬の足を押し戻したあかねは、立ち上がった乱馬へ微笑みかけながらぷらぷらと手をほぐすように振る。
「てて…乱馬くんの拳も強かったけど、蹴りもすごいね」
「あ、あかねくん…まさか、僕を庇って…」
「へ?」
「いや、皆まで言わなくていい!!」
あかねの行動に、九能はくっと男泣きした涙を拭う。
そして、彼は勝ち誇ったように乱馬を指差した。
「僕の身に危害が及ぶのを防いでくれた…つまり、これは…! 僕を愛してくれていると言う事!! 許嫁を自称する貴様より!!」
「違いますよー、愛してませんよー」
「ふざけんな! あかねの優しさにつけ込みやがって! あと、俺はこれから絆を育んでいくんでい!」
「乱馬くん!?」
あかねの叫びと共に、周囲の殺気が乱馬へ向く。
そう、九能だけではなく、周りを歩いている生徒たちからの殺気だ。
「ん?」
乱馬に向けられたそれにあかねが気がつきかけると、彼らは一様に殺気を出すのをやめて何事もなかったかのように振る舞う。
あかねも気が付ききれなかったようで、首を傾げていた。
「(ま、間違いねぇ、こいつらみんなあかねのファンだ!?)」
乱馬は、気がついてしまった。
あかねは、嫌われてなどいない。むしろ、その逆なのだ。
彼らは、あかねが好きすぎるあまり、あかねから視線を逸らしているのだ。所謂、彼らは推しにそっと健やかに育ってほしいタイプのオタクなのだ。
そして、それに気がついてないあかねは、やはりかすみが言うように『自分が誰かに好かれるはずがない』という思いが根底にあるのだろう。
「(こいつのそんな思いを払拭してやらねぇとな)」
そのためには、あかねと正面から向き合う必要があった。乱馬が気合を入れる中、あかねは頬の赤さを仰いで冷ましつつ、乱馬に向き直る。
「ダメでしょう、乱馬くん」
「俺からは仕掛けてねぇぞ」
「そうじゃなくて、僕の経験値取っちゃダメ」
「……経験値?」
乱馬は、ドン引きした。
人間を経験値と言い張るあかねの姿勢に。
なんなら、周りもかたまっていた。
九能は、泣いていた。
「はっ!? ち、違うからね!? 毎朝九能先輩が挑んでくれるから、技のいい練習台で便利ってだけであって、人を経験値として見てるわけじゃないからね!?」
「ひでぇ言い草だな」
「違くて! ともかく、僕が先輩を倒すんだから、乱馬くんは大人しくしててね」
「倒すって、あれをか?」
慌てたように言い繕うあかねであったが、その言葉が九能の心の柔らかいところを的確に突き刺していった。そして、乱馬がさし示した九能は…
「そう、か、僕は…技の、練習台か…」
ヘナヘナと崩れ落ちていた。言葉の暴力に乱馬は、流石に同情した。
だが、彼は次の瞬間すくっとその場で立ち上がり、笑い声を上げる。ついに壊れたか、と周りが噂する中九能はあかねにびしりと指差した。
「なんといじらしいのだ、あかねくん! 僕の気を引くために、思ってもないことを言うなんて!」
「わあ、先輩が元気になってよかった」
「こいつ、なんておめでたい性格をしてやがるんだ…」
あかねがほっと息を吐く中、乱馬は九能のメンタルの強さに驚愕した。
心の強さが、武道家としての強さにつながることは多々あるのだ。
「それに、僕と戦いたいだと!? 良いだろう、きみが勝ったら交際してあげよう!
ぼくは、力いっぱい負けるぞ!!」
「あ、交際は申し込んでません」
再燃した九能は、嬉しそうに木刀を構えた。
あかねも、応じるように前に出るが、やはりそれを遮るように前に出たのは乱馬だった。
「乱馬くんさぁ…」
「うるせー、今回は俺が売られた喧嘩だ。横入りしたお前が悪い」
あかねに戦わせるつもりのない乱馬に、あかねは困った様子だ。
まるで、聞き分けのない子供を相手にするように、理論立てていく。
「いい? いつも、先輩は僕と戦ってるって言うこと、先約は僕なの。
それに、今先輩は僕と戦うつもりになってるんだから、今回は譲ってくれないかな?」
「だから、最初に襲い掛かられたのは、俺なんだよ。
その途中で割って入って今回は譲れってのは、ないぜ」
「うーん、乱馬くんのわがまま」
「その言葉、そっくり返すぜ」
「「……」」
二人は無言で睨み合い、そっと互いに向き合って構えを取る。
言って聞かないのなら、拳で訊かせる。
武道家らしい行動であったが、目まぐるしく変わる戦闘相手に周りは苦笑した。
「おい、今度はあかねとあいつが戦うみたいだぞ…」
「と言うより、あいつは本当にあかねの婚約者なのか?」
その周囲の言葉に、はっと九能が目を見張る。単純な彼は失念していた。
「そう言えば、あかねくん! この男が、君の婚約者というのは本当か!?」
「はい、そうですよ」
ことも投げに肯定するあかねに、九能はショックを受けたようにゆっくりと倒れていく。
同時に、周囲の生徒にも男泣きをするクラスメイトや、悲鳴をあげて倒れる女子たちが続出した。
阿鼻叫喚の渦になる校庭。
そして、ついに隠されなくなった乱馬への殺気。
全員が、乱馬へ殺気を叩きつけ始める中、さしもの乱馬も及び腰になる。
彼らは、表立って乱馬へ絡むことはなかったが、月のない夜はあぶなそうだ。
少し背筋を丸めて小さくなる乱馬を他所に、あかねと九能の会話は続いた。
九能は、あかねに婚約者がいたことがショックだったのか、はらはらと男泣きを始めている。
その様子に、あかねは少し困ったように付け足した。
「えっと、一応父たちと家族たちと相談して決めたことなんで」
「そ、そんな、親のコネを使い無理矢理…!? ヤクザの手法ではないか!?」
「あ、事実そうかもです。道場取られちゃいそうなので」
「待て待て待て!! その話をここでするのはやめろ、あかね!?」
周囲の殺気が物理的な圧力を持ち始めている中、乱馬は必死にあかねを止める。
事実がそうであっても、今ここでそれを言われると乱馬は教室どころか、学校内を敵に回してしまう。
割と手遅れであるが。
ただ、あかねは乱馬の様子に苦笑し、手で制しながら続ける。
「でも、九能先輩。邪魔、しないでくださいね?」
「な、なに、邪魔だと…? どう言うことだ、天道くん…!?」
「簡単ですよ、彼には僕が挑みます」
途端、あかねから極限まで抑えられた薄く、されどその分だけ鋭くなっている闘気が放たれる。
その闘気は、乱馬に真っ直ぐに注がれていた。
「僕が、一度反則負けをしただけなので。その汚点は、僕自身で取り返します」
あかねは、挑戦的な視線を乱馬へ向けた。
「でも、いつ決闘しようか、乱馬くん。まだ、早いんだよね?」
「ああ…もう少しお互いに力を高めてからでもいいだろ?」
乱馬は、あくまで余裕そうに、しかし内心冷や汗を流しながら頷く。
あかねもそれに頷きを返しながら、九能へ向き直る。
「と、言うことなので九能先輩。心配してくださって、ありがとうございます」
「そうか、そうだったのか…天道くん…!」
あかねの言葉に、フルフルと震える九能。
倒れた状態からゆっくりと手の力を使わずに立ち上がった九能は、懐に手を入れながらぶつぶつと呟く。
「つまり、こいつは君に勝ったから、天道くんのご自宅の道場の権利を手に入れていた、と。
ならば、早乙女乱馬ぁ! きさまに決闘を申し込む!!」
そう告げ、九能は乱馬目掛けて『果たし状』を投げつける。
それを思わず受け取った乱馬、目を細めて九能を睨んだ。
「あんた、話聞いてたか? 余計な口挟むなって…」
「つまり、貴様を倒せば天道くんの婚約者になれるのだろう? 天道くんと道場を賭けて、僕と勝負だ早乙女乱馬!!」
乱馬を含めた、話を聞いていたクラスメイト全員が苦いものを食べた顔になる。
確かに、その理屈は通らなくはない。あかねが乱馬に挑むことと、九能が乱馬に挑むことは別問題だ。
だが、乱馬が九能と戦うメリットが何もなかった。
何より、あかねがそれを許すとも思えない。
ふんす、と胸を張る九能に一瞬目を細めたあかねは、
「うん、いいと思いますよ」
あっさりと、それに同意した。
「えっ」
「おお! つまり、君は婚約者にこの僕をと望んでくれるのだな!?」
「そう言うわけじゃないんですけど」
ただ、ちらりとあかねは乱馬を見つめる。
乱馬は、あかねがまさか恋の駆け引きじみたことをしているのか!? とドキドキし始める。
「(あ、あかね、私を奪われたくなかったから、九能に勝てってことか!?)」
「(九能先輩が頑張ってくれたら、乱馬くんの技をもっと色々見れるかもしれないしね!)」
二人の思考はどこまでもすれ違っていた。
それに気が付かないまま、乱馬は九能の前にあらためて立つ。
「いいぜ、受けて立ってやる」
「今、この場所ですぐでいいな!?」
「ああ、かかってこい」
いきり立つ九能に乱馬は、静かに応じた。
二人の激しい戦いを予測してか、ゴロゴロと雷鳴が激しくなる。
「いくぞぉ!!」
九能が乱馬へと踊りかかった。
切り払うような一撃を、乱馬は大きく飛び上がり回避した。
「な!?」
九能がそのあかねのような跳躍力に驚愕すると、乱馬はそのまま空中から九能へ襲いかかった。
一瞬の交錯の後、パラパラと雨が降り出し、やがて猛烈な勢いで降り注いだ。
その瞬間、あかねは動き出した。
カバンから大きめなタオルを取り出し、乱馬へかけると彼を抱き抱えるようにして移動する。
なんだなんだ、と周囲が困惑する中あかねは、走り出し乱馬へと声をかける。
「乱馬くん、もう少し先に体育用具室があるから…」
「あ、ああ…」
あかねに庇われながら、乱馬はそう溢すが内心はそれどころではなかった。
タオルに使われるあかねと同じ柔軟剤の香りが鼻腔を刺激し、そして自分を庇うために身を寄せてきたため、熱が伝わるのだ。
「(ふ、ふっとーしそうだよぉ!)」
少女になり、メスになった顔を真っ赤に染めた乱馬の苦悩は、体育用具室にたどり着くまで続いた。
ちなみに、九能は乱馬たちがさった後雨に濡れながら、ゆっくりとその場に倒れた。
都合、30ヶ所の急所への蹴りは、彼の意識を刈り取っていたのだった。
という事で、おさげの女に九能先輩が恋をするのはまだ先の話。
次からちょっとオリジナル展開も混ぜながら、色んなキャラを出していきたいです。
ちなみに、作者の推しは良牙くんです。