逃げ上手の翼 作:ジョーカー党
『今日のお供は4番機だ』
上空で先に上がった僚機と合流した。
コープと時行の機体とかなり似ているが、少しばかり小柄で小さく見える。
あとで知ったが、あれは同じF-18でも古いタイプのようで、対して今乗っている機体の方は新しい方なのだと。
あの空母といい、古い機体も引っ張り出して使っているあたり、本当に戦況が悪いのかもしれない。
『見ろよ、ピッタリついてくる。コスターめ』
コープは少し笑いながら誇らしげにそう言った。
時行もコックピットを見る。顔は見えなかった。彼も自分と同じ兜を被ってバイザーを降ろしている。
そういえば「飛行隊」と呼ばれる郎党のようなものに入ることになったのに、僚機の人たちとは挨拶する間もなかった。
帰ったらきちんと挨拶をしなければ、と時行は思った。
しばらく飛行は続く。
雲より高い高度、しかし高すぎない絶妙な高度で二機は飛行する。この日は雲が低いようだった。
時行は自然と周りを見渡す。
飛んでいて思ったのだが、雲に隠れるというのは敵から逃げる上で使えるかもしれない。先ほど少し潜ったときは視界がぼやけて何も見えなかった。
空には隠れ場所などないと思っていたが、どうやら違うらしい。
『後席』
そんな風にキョロキョロしていると、コープが話しかけてきた。
「あ、はい」
『何を見ていた? 随分と低空を警戒していたが』
「え……えっと、いつもの癖です。気にしないでください」
時行は逃げ道を探す癖を見られて、思わず適当に誤魔化す。
するとコープは何かに気づいたようだった。
『お前……もしかしてだが逃げ道を探してたのか?』
「え?」
『奇遇だな。俺もそろそろ逃げるならどこかと探し回る頃だ。俺と同じところを見ていた』
『案外俺たち、気が合うかもな』と、コープは言った。
その言葉で時行は少しばかり、コープに親近感が湧いてきた。
どうやらコープと同じところを逃げ道として見ていたらしい。それは偶然ではなく、おそらく似たもの同士が故の事だろうと時行は思った。
この状況で逃げ道を常に把握している人間はそう少ない。
まして敵を落とす事が誉であろうパイロットなら尚更だと思う。
「(もしかして、この人も……)」
『CDCよりジャーカー1、ジョーカー4。目標、右10度9.6マイル』
『……了解』
時行の思考は、エンデュランスからの通信に遮られた。
コープが軽く復唱すると、二機は高度を保ったまま右へ旋回する。少しばかり心地よい不思議な力が、時行の身体を座席に押さえつけた。
そして二機は陸地に入っていく。今は奪われたユージアの大地。
『D.Dはこう言ってた。あの陸地に取り残された多くの人々には、生きるためにしがみつける何か、イコンみたいなのが必要なのだと』
「いこん?」
『それが撃墜王「翼」だ。伝説の救世主。どこでも構わないからその名前が一つでも多く現れることをやつは望んでいる』
「…………」
『……まあ、俺もそれを利用させてもらうよ。俺にも個人的な事情というものがあってね』
コープはそう言った。
偽りの戦果を背負わされてまで飛ぶ、コープの個人的な事情。それは時行が想像できないくらいに重たいものなのかもしれない。
違う時代、違う世界を生きた時行には想像もつかないが、自分の前席は、どうやら時行の想像以上に複雑な人物なのかもしれない。
『目標が近い。上昇するぞ』
機体が上昇を始めた。
先ほどとは比べ物にならない強い力が時行の身体にのしかかる。全身に自分の体重の何倍の力が掛かっているように感じた。
しばらく中高度帯を飛んで、目標が見えてきた。
目のいい時行が先にそれを見つける。
「右手前方に何か見えます」
『民間の旅客機だな。合流したとて、ついてこれるかな?』
コープは目標の識別を確認すると、その民間機の周りを通り過ぎてから後ろに着くように旋回する。
すると相手側の機体から通信が来た。
『こちらエアイクシオン365便、乗員は民間人だ。攻撃するな』
『こちらFCU海軍機。貴機を安全な空域までエスコートする』
『あぁ……頼む!』
相手のパイロットのほっとする声が聞こえた。
どうやら戦争で発生した難民を連れているらしく、軍事目標ではない。時行は相手が無害であることを知り安心した。
しかし油断はできない。エスコートを引き受けたからには、逆に彼らを守らなければならなくなる。
「ん?」
その時、時行が見ていたレーダー画面に何かが映った。
真北から超音速で接近する二機の気鋭があった。レーダーに捕らえたのは一瞬だったが、時行は何か嫌な予感がしてそれを見逃さなかった。
『どうした?』
「えっと、北から接近する機影があります。数はおそらく二機、かなり速いです」
『……なるほど。囮に使ったか』
それを聞き、コープは静かに僚機に指示を出す。
『コスター、旅客機を連れてさっさと行け』
『大丈夫?』
『身軽な方がいい。行け』
『……了解』
コスターと呼ばれた4番機は、そのまま旅客機を誘導するように右へ旋回していく。
それを見送り、コープは北の方を見定めた。時行が太陽に隠れている敵機をいち早く見つける。
「敵機、目視で確認! 太陽の中です!」
『こっちも確認。さあ、連中を撒くぞ』
コープは素早く機体を切り返した。
今までで最も重い力が身体にのしかかる。時行はたまらず座席にしがみついたが、案外身体の方は耐えてくれている。
『いつもの逃げ方だな、「シーヴの翼」。まるで老耄羊のようじゃないか』
「っ!?」
時行はその声に思わず背筋が凍った。
今の声はおそらく敵将の声、しかもオープンチャンネルで堂々と声を掛けて来る。
まるで武士が名乗りをあげるかのように。
『またあいつか。オープンチャンネルの声は気にするな』
「なんなんですか、彼は?」
『簡単に言うなら、「翼」を狙う刺客だ。特命任務か、そういうことなんだろうな』
そう言ってコープは硬度を下げて対応する。
しばらく高度を下げると、雲の中に入った。水滴が窓に掛かり、後ろに飛んでいく。
時行は後ろに目を凝らした。
すると空の雲の中に、動く小さな点のようなものが二つあった。
『存在を知らしめていると、ああ言うおっかないのが来る』
機影はだんだんと距離を縮めてきた。
コープが左に旋回した直後、機体の上を二機の黒い機体が連続で通過した。
「うわっ!?」
『奴が見えるか? 黒い機体に「22」の数字があるあるはずだ』
時行はキャノピーから敵機を見る。
敵は右側に移動していた。まるで騎兵同士がお互いを追いかけ回すように、こちらに機首を向けてくる。
その機体の側面に数字が見えた。
「あれが敵将ですか?」
『そんなところだ。あれは俺が望むナンバーじゃないし、近づきたくもない。あんたもそうだろう?』
「ええ。逃げなければ」
『だよな。だからこうする!』
コープはそう言うと、機体を分厚い雲の中に突入させた。
水滴が窓にこびりつき、後ろの方に流れていく。視界は白で染まり、太陽の光だけが方位を表していた。
そして、雲から出る。
『よし、急減速』
「うわっ!?」
コープは機首を急激に上に向けた。
いきなりの出来事に、時行は歯を食いしばった。
機体がいきなり急減速し、敵の二機が前に出る。チャンスだった。
しかし──左手を22の機体が同じ挙動で減速する。
『……なるほど、許してくれないか』
時行はその期待を目で追った。
コープはその間にも機体を海の近くまで高度を下げ、敵機を振り払おうとする。
「敵は真後ろです!」
『ミサイルが飛んできたらその脇のスイッチを頼む。フレアだ』
時行はそのように言われ、慌てて右脇のスイッチを見つけた。そこに親指をかける。
時行の生存本能が、この絶対絶命の状況下でも頭を冴えさせ、身体の記憶を掘り出していた。
その時、甲高い音がコックピットに鳴り響く。
本能が叫ぶ。それはミサイルが発射された警報だった。
「来た!」
『回避、回避!』
時行がフレアのスイッチを押すと、フレアが大量に散布された。
コープの挙動に合わせてばら撒かれたフレアが尾を引く。そして放たれた敵機の矢は、陸地の方に逸れていった。
『よし。ミサイルは回避した。上昇するぞ、ついて来い』
「はい!」
時行はコープに身を委ねた。
いつのまにか、抱いていた彼への不信感は消え去っていた。名誉は偽りのものでも、腕は本物であった。今のところ一発も被弾せず逃げ回っている。
そして何故だか、彼と一緒に飛んでいると高揚した。彼は自分と同じ逃げ上手だった。
久しぶりに同類に出会った気がして、逆に安心している。
『後席、どうした?』
「何がです?」
『楽しそうだぞ』
「ええ。こう言う時、よく言われます」
『変人め』
雲を抜ける。
すると目の前に22の機体が待ち伏せを仕掛けていた。
『くそっ』
コープがバレルロールで敵のミサイルを回避した。
あと数秒、回避が遅れていたら命中していたかもしれない。しかしそれでもコープは回避に成功していた。
『なかなかな連携プレーだな』
時行は敵機を目線で追いかけた。
するとその先に、逃げるのに最適なものを見つける。
「コープさん」
『なんだ?』
「ちょうどいい橋があります。高度を下げましょう」
『……同じことを考えやがって』
コープは急降下すると、機体を横滑りさせ、橋に向かって正対するように機首を向けた。
そしてそのまま、吊り橋の支柱を潜り抜けていく。
同時に、ロックオン警報。ミサイルが放たれるが、放たれた矢は逸れて橋桁に当たった。
『食いつけ』
崩れた橋が見える中、コープは機体を旋回させる。
『逃すな』
敵機はなおも追ってくる。
機銃まで撃ってきた。それらを絶妙に回避し、一度一周して回避すると、橋桁の前で急制動を仕掛ける。
敵機が前に釣られて、そのまま橋桁に片翼を擦ってバランスを崩した。オーバーシュートだ。
『一機自滅!』
「よし!」
コープがバランスを崩した敵の後を追う。
射撃のチャンスだった。今度はこちらから仕掛ける番である。
しかし──
『約束の地に向かうがよい』
後ろの22の機体が、味方の機体を撃ち落とした。
「え?」
そして敵機は前に出ると、勢いを素早く殺し、機体を上に向ける。
そして失速して機首がこちらに向く一瞬の隙に、ミサイルを放ってきた。
『……さすがだな、影22』
ミサイルは、コープの席にまっすぐ向かっていく。
時行が危機を察知して動くよりも速く、ミサイルは信管を作動させた。
一瞬、目の前が真っ赤に染まった。