【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

1 / 7
最初は、小さな約束だった。
見学のあとに、三人で食事をする。それだけの。



第0話 世界が二つに割れた日

第1期 第0話

世界が二つに割れた日


 

「見学が終わったら、三人でご飯を食べよう」

 

 二一八九年六月十二日。

 地下の観測室で、十歳の緋月ひづきアカリが言った。

 

 白髪の少女は顔を上げた。右の青い目と、左の赤い目が、アカリと蒼羽あおばレンを交互に見る。

 

「……私も?」

「三人って言っただろ」

 

 同じく十歳のレンが頷く。

 

「何を食べたら、いいんですか」

「好きなの選んでいいよ。甘い卵焼きとか」

「それはアカリが食べたいものだろ」

「じゃあ、三人で選ぼう」

 

 少女は少しだけ笑った。

 

 三人の前には、見学の記念にもらった歯車飾りがあった。青と赤に塗り分けられた、一個の歯車だ。

 

「こっちの青はレン。赤は私」

 

 アカリが歯車を裏返す。青い側には「蒼き理を」、赤い側には「紅き意志を」と、小さな字が刻まれていた。

 少女の指は、どちらの色にも伸びずに止まる。

 レンは真ん中の金色を指した。

 

「真ん中は、君の分」

「一番大事なところだね」

 

 アカリが笑うと、少女も中心へ指を置いた。

 触れた中心だけが金色に光り、隠れていた一行が浮かぶ。

 

二つの明日を、噛み合わせろ

 

 少女が指を離すと、中央の文字は消えた。

 

 実験の開始音が鳴った。

 透明な隔壁が、少女と二人の間へせり上がる。

 レンは歯車を拾い、右手で青い側を握った。

 

 頭上の巨大な歯車が、止まった。

 低い振動が足の裏を突き抜ける。警報が耳を刺した。

 床が傾く。レンは踏ん張り、左手でアカリの腕をつかんだ。彼女も、痛いほど強く握り返す。

 

 未来を先に見れば、誰も死なずに済む。

 そう説明された巨大な機械、インフィニティ・ギアが、二つの映像を映した。

 

 一つでは、瓦礫からレンが運び出される。奥に残ったアカリは動かない。

 もう一つでは、アカリが助かり、レンの生命反応が消えていた。

 

『助けられるのは、どちらか一人だけです』

 

「止めろ!」

 

 上階で研究員が叫ぶ。

 白い長衣の男が、壁の向こうの少女へ命じた。

 

「一つを選べ。どちらでもいい」

「よくない!」

 

 アカリが壁を叩いた。掌が赤くなっても、叩き続けた。

 

「レンを助けて!」

「アカリを先に!」

 

 レンも叫び、傍らの端末へ左手を伸ばす。

 

「止める方法は」

『ありません』

「まだ全部調べてないだろ!」

 

 指で何度触れても、画面には同じ二択しか出なかった。

 

 天井から火花が降った。

 床が崩れ、レンの靴が滑る。アカリも逆向きに転んだ。

 間へ、非常隔壁が落ちてくる。

 

「アカリ!」

「レン!」

 

 二人は閉じる隙間へ手を伸ばした。

 あと数センチ。

 指先が届く前に、鉄の板が床を叩いた。

 

 白髪の少女は二つの映像を見比べる。青い目にも赤い目にも、誰かが取り残される姿が映っていた。

 それでも、光は施設の外へ広がり続ける。

 

『残り時間、十秒』

 

 雑音の中へ、少年の声が割り込んだ。

 

『どっちかしか残せないなら、真ん中に道を――』

 

 上階を映す通信窓に、黒い識別帯を巻いた少年の影が現れた。窓の端へ「K-0」と表示される。

 

「誰だ。回線を切れ!」

『――だから、二つとも――』

 

 声が途切れた。

 識別番号が消え、画面に映っていた少年の輪郭も白く塗り潰される。空白になった記録には、何も書き込まれていなかった。

 

 少女は透明な壁に両手を当てた。

 右手に青。左手に赤。

 二人は、閉じた隔壁をまだ叩いていた。どちらも、自分を助けてとは言わなかった。

 

 少女の唇が動く。

 何と言ったのかは、雑音に消えた。

 

『残り時間、一秒』

 

 崩れた梁が、二人を隔てる非常隔壁へ落ちた。

 耳をふさぎたくなる音がした。鉄の板が折れ曲がり、人が通れるほどの隙間が開く。

 レンは歯車を握った右手を差し出した。アカリが、その手ごと赤い側をつかむ。

 

「離すな!」

 

 頭上で、巨大な黄金の歯車が砕けた。

 白い輪が研究区画を貫き、空へ広がる。

 記録端末の表示が、一斉に消えた。

 

 何も記録されない最後の一秒。

 二人は小さな歯車を掌の奥へ握り込み、空いた手で相手を押した。

 逃がすために。

 

 飾りが、二人の手の中でひしゃげる。

 身体が離れた。青と赤の境目が、折れた。

 一個だった歯車は、二つに砕けた。

 

 白い光の中で、レンはアカリに突き飛ばされた。

 安全区画へ転がる。彼女へ手を伸ばしたが、その姿は光の奥に消えた。

 

 同じ瞬間、アカリはレンに押し出されていた。

 振り返ると、崩れる天井の向こうに彼が残っていた。

 

互いが相手を救い、その相手を失った。

 

 一つだった世界は、二つの真実へ分かれた。

 


 

 青い空の下で、レンは目を覚ました。

 握っていた手には、青い半歯車だけが残っている。

 

「アカリは」

 

 救助員は答えなかった。彼を抱き起こし、瓦礫へ戻ろうとする腕を押さえた。

 何度尋ねても、彼女は帰ってこなかった。

 

 赤い空の下では、アカリが救助員の袖をつかんでいた。

 

「レンがまだ中にいるの」

 

 指をほどかれても、手を伸ばした。

 赤い半歯車の縁が、掌に食い込む。

 

 後に、災害は白環災害と呼ばれた。

 レンが残った世界は蒼界そうかい。アカリが残った世界は紅界こうかい。

 同じ場所に重なっているのに、相手の姿は見えない。手も、届かない。

 

 蒼界には、アカリがレンを逃がして死んだ記録が残った。

 紅界には、レンがアカリを救って死んだ記録が残った。

 どちらも、その世界で本当に起きたことだった。

 

三人で食事をする約束は、果たされなかった。

 いつしか、白髪の少女の顔さえ、二人は思い出せなくなっていた。

 黒い識別帯の少年は、事故の記録にもいなかった。

 


 

 二一九六年六月十二日。

 七回目の白環の日。

 

 十七歳になったレンは、白銀の街の慰霊碑へ花を置いた。

 緋月アカリ。その下の年齢は、十歳のままだ。

 

「七年か」

 

 返事はない。

 青い半歯車を握り、花が倒れないように向きを直した。

 

 同じ時刻、紅界の旧研究区画で、アカリは倒れた支柱の前にしゃがんでいた。

 刻んだ蒼羽レンの名。その下へ、七本目の線を足す。

 

「今年も来たよ」

 

 十七歳の指で、削り跡をなぞった。

 

「線の間隔が違う、とか言いそう」

 

 笑ってみても、返事はなかった。

 赤い半歯車を胸元から取り出す。

 

 その縁が、光った。

 

 蒼界でも、レンが手を開いた。

 七年間、一度も反応しなかった青い欠片が、同じ一秒に光っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 二人は顔を上げた。

 誰の声も聞こえない。見える空も、昨日までと変わらない。

 やがて光は消えた。

 

 二人の足元より遥か深く、蒼界では青銀の巨人の指が動き、紅界では赤金の巨人の瞳が灯った。

 

 レンは青い欠片を、アカリは赤い欠片を、もう一度握り直した。

 相手がもう一つの空の下にいることを、二人はまだ知らない。

 

 その夜、蒼い空に、消えない赤い亀裂が走った。

 

 赤い裂け目の奥から、短い雑音がこぼれた。

 握っていた青い欠片が、もう一度光る。

 

『レン!』

 

 息が、止まった。

 七年間、忘れられなかった呼び方だった。

 レンは顔を上げる。欠片を握る指に、力が入った。

 声は、もう途切れていた。

 

「……アカリ?」

 

 赤い亀裂は消えなかった。返事は、まだ来ない。




三人で食事をする約束は、まだ果たされていません。
次回、第1話「青と赤が重なるとき」。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。