【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
交換の約束は、まだ残っている。
青い栄養食を掲げても、画面の向こうから返事はなかった。
蒼界の少年は、黒い大型画面を見上げる。
「半分、取っておくって言ったのに」
紅界の配給所でも、焼きパンを持つ少年が表示板を叩いていた。
終界の人々も救うという方針が公表されたあと、両界の統治機関は共同通信と出力供給を止めた。
世界内の非常回線は残したまま、向こうとの回線だけを閉じた。現在の生活を守るため。知らない世界へ力を渡すのが、怖いから。
画面の端で、終界接続の時計だけが動く。
終界接続まで、四十九時間十八分四十六秒。
ノア・ギアの格納庫では、ゲンゴがアズールの左腕に青銀装甲を閉じていた。フレアの右脚にも補強を入れ、瞬間加速は三回まで戻った。
ゲンゴはヴァイスの位相刃を戻し、最終点検を閉じた。
「三機とも通常戦闘なら動く。直したそばから壊すなよ」
整備台には、終界の映像が残っていた。小さな子供が眠っている。ニルがミラから受け取り、両界にも公開した街の一場面だ。
レンは眠る子供を見てから、金色の歯車を指した。
「あそこへ、調べに行く道を作りたい。こっちの街を消さずに」
「合体すれば、道を固定する力は出る。ただし――」
アウレルの声が止まる。ユナが二世界に共通する合体位置、黄金座標を示した。
「捕捉されたら、クアドラは残り時間を待たず接続します。合体するなら、黄金座標を隠し続けなければなりません」
「俺が隠す」
ユナがカインへ顔を向けた。
「ヴァイスで、黄金座標を隠せるんですか」
「零座標核で、二機の周りを覆う。合体しても、その位置を外から見せない」
「二機を覆ったまま、どのくらい保てますか」
「そこまでは分からない。核の情報を渡す。計算できるか」
カインがヴァイスの端末を開き、核の制御情報と出力記録を送った。ユナは受け取った数値に、二機を覆う範囲と合体時の負荷を重ねていく。
しばらくして、計算が止まった。
「九十秒が上限です。攻撃を受ければ、もっと短くなる可能性があります。遮蔽が切れる前に分離してください」
「道を作って、分離する。それが今回の任務だ」
カナメがレンとアカリを見た。
「道ができていなくても、期限は延ばさない。分離の合図が来たら、二機に戻れ」
カインはニルへ向き直った。
「俺は遮蔽を支える。ニル、残り時間と二機を見ていてくれ」
「はい。準備ができたら知らせます。分離の合図も、間に合うように私が出します」
「二機に戻ったら、それも知らせろ。確認してから、俺が遮蔽を切る」
ニルはカインを見た。
「私に任せるのが、怖いですか」
「任せる。心配もする」
「両方、できるんですね」
「今、覚えるな」
アカリの短い笑いが、赤い通信窓からこぼれた。
レンは蒼界の試験席へ、アカリは紅界の試験席へ座った。並んで見える相手の席は、位相窓の表示だ。触れられる距離ではない。
二人の入力だけを、一体の模型へ送る。
『前へ一歩だ』
ゲンゴの指示で、レンは左へ重心を移し、アカリは右脚を蹴り出した。
模型の腰が落ちる。一歩も進まない。
『レン、今は前でしょ!』
「倒れないように支えたんだって」
『支えすぎ! もう一回!』
アズールが提案した。
『二人の入力を揃えると、片側の判断が遅れます。次の動作を決める側を、交代できるようにしてください』
『会話なら応答率、九十八・六パーセントです!』
フレアが続ける。
『言い合いなら、ほぼ完璧ってことね』
「それ、歩けてから喜ぼう」
ユナの出力表示は、四十四パーセントから動かなかった。両界からの供給は零。ノア・ギアの蓄積分だけでは、合体する力そのものが足りない。
その時、黒金の亀裂が二つの空を引き裂いた。
終界接続まで、四十八時間五十九分二秒。
停止中の共同画面に、ミラが映った。
「通信も供給も止まりました。現在の記録は、別々の生存を選んでいます」
「まだ、決めてない!」
蒼界の女性が画面へ叫ぶ。白い少女の背後で、黒金の扉が開いた。
二体の人型機が背中合わせに接続されている。蒼界を向く青黒の身体と、紅界を向く赤黒の身体。二つの頭、四本の腕、四本の脚。その中央で黒金の歯車が回った。
青黒い二本の手が蒼界の空を掴む。赤黒い二本が紅界を引く。
蒼界の避難所に亀裂が走り、紅界の防壁が土台ごと傾いた。
ユナが叫ぶ。
『両界が引き離されています! あの腕を止めてください!』
「三機、発進。避難所と居住区を守れ!」
カナメの声で、三つの発進路が開く。
レンが青い円環で蒼界側の腕を止める。しかし反対の赤黒い手が、境界越しに円環を引き裂いた。
アカリはフレアを敵の懐へ加速させた。拳が胸をへこませる。その背後から青黒い脚が伸び、赤い巨体を横へ蹴り飛ばした。
『逆側から来るの、ずるい!』
『右脚の加速、残り二回です。立てますよ、アカリ!』
フレアが防壁の手前で踏み直す。
カインは中央の歯車へ位相刃を入れた。四本の腕が黒銀機を捕まえ、歯車へ押しつける。
青赤の援護線も、中央の逆回転に裂かれた。
『引き離す力で、蒼界の避難所も紅界の防壁も壊れています! このままでは、どちらの街の人たちも守れません!』
ユナの声が迫る。
レンは敵の腕を押さえながら、蒼界全域へ回線を開いた。
レン「今すぐ向こうを信じろとは言わない。九十秒だけ、力を預けてほしい」
「そのあとで、結果を見て決めてくれ。俺たちは、どっちの街も置いていかない」
紅界では、アカリが倒れかけた防壁をフレアの背で支えた。
アカリ『知らない相手が怖いのは、私も同じ! でも、知らないまま消したくない!』
『私たちに九十秒ください。終わったら、一緒に文句を言おう!』
蒼界の少年が、母親の手を引いて非常供給端末へ走った。
「約束、まだ半分残ってるんだ」
母親は家庭の予備電力を選び、送信を押す。
四十四・〇一パーセント。
紅界の配給所でも、少年と母親が余剰分のレバーを下ろした。
病院は生命維持分を残す。家庭、輸送車、工場から、少しずつ光が来る。
『規格が違う! そっちは分けろ、こっちは俺によこせ!』
ゲンゴが整備員と供給線を束ねた。
八十四パーセント。切断まで、五十秒。
蒼界の管制室で、当直技師が停止命令から顔を上げた。中央予備炉へ手を伸ばす。
紅界の当直責任者も、環境炉の余剰出力を開いた。二人とも、市民が送る光を見て決めた。
そのあとで、両統治機関が緊急供給を承認する。
合体出力、百パーセント。接続線切断まで、二十六秒。
レンは帰還手順を見た。アカリは歯車に捕らわれたカインを見た。
「俺は行く。九十秒で、二機に戻って帰る」
『私も行く。カインを置いていかない!』
『アズール。青側判断系を保ち、合体を承認します』
『フレアも承認! 赤側の判断は、私が持ちます』
四者の返事が揃う。レンは赤い通信窓を見る。
「……終わったら、ちゃんと会いに行こう」
『今の、取り消さないでね』
「カイン、腕を引く!」
『頼む。抜けたら隠す』
レンは押さえていた腕を、青い円環ごと外へ引いた。ヴァイスの肩を押す手が浮く。
カインは歯車から位相刃を抜き、浮いた指を弾いた。空いた側へ肩をねじ込む。残る三本の手が黒銀の背を削り、機体が拘束を抜けた。
境界中央へヴァイスを据え、カインが呼ぶ。
『ニル、ここで支える。二機は?』
『準備できています』
ニルの返事を受け、カインが遮蔽を展開した。紫の膜が青銀と赤金を包み、九十秒の計測が始まった。
「フェイズ・ドッキング!」
『今度こそ、前へ一歩!』
二機が光へほどけ、装甲と機能を一つの人型へ重ねる。二本の腕、二本の脚。胸に黄金の歯車。
操縦席では、位相表示のアカリがレンの隣に見えた。薄い光の壁の向こうの手には、まだ届かない。
残り八十七秒。
インフィナイトが踏み出す。レンは左へ、アカリは正面へ動かそうとした。
脚が互いを引き、腰が落ちた。
『練習と一緒!』
「再現するところ、そこじゃない!」
四本の拳が黄金胸部を叩いた。視界が跳ね、レンの奥歯がぶつかる。
八十三秒。
「操縦権を片方が手放せば、安定します」
ミラの声に、アカリが答えた。
『嫌。その次は、私が決めるから』
「なら、まずアカリ。前へ出てくれ。俺が支える」
赤い加速で、巨体が拳の間へ入る。左右から腕が閉じた瞬間、レンが操縦環を引いた。
「次は俺。止める!」
アカリが加速を預ける。青い円環が四本の腕を固定し、機体だけが隙間を抜けた。
引き離す腕が止まると、接続線の切断表示も止まった。完全に切れる前に両界を留めた。遮蔽の九十秒だけは進み続ける。
赤い拳が敵の胸を打ち抜く。
『操縦入力一致率、三十一・四パーセント。機体応答は百パーセントです』
アズールが告げた。二人は交代で次の動きを決め、決めなかった側がその動きを支えている。
五十九秒。
敵は世界を引く手をいったん離し、背中から分かれた。青黒と赤黒の二体が左右を塞ぐ。片方がレンの固定先へ先回りし、もう片方がアカリの加速先を殴る。
紫の膜に裂け目が走る。黄金の光が漏れた。
『漏出、一パーセント!』
『まだ隠す!』
カインの額に血が流れる。
いつもの担当に戻れば、敵の記録どおりになる。
『レン、固定貸して!』
「貸す。加速は俺に」
『うん、預ける!』
レンが青側の固定権限を、アカリが赤側の加速権限を開く。
アズール:赤側への固定権限移譲を承認。フレア:青側への推進権移譲を承認。
AIは別々のまま、操縦者だけが機能を交換した。貸した権限は返るまで、元の操縦者には使えない。
アカリの円環が赤黒い足を止める。レンの加速が青黒い巨体の背後を奪う。
二体の間で、黒金の歯車が引き伸ばされた。
四十九秒。
レンの画面に、歯車の内側の都市が映る。眠った子供も、その奥にいた。
「中心が、終界への扉だ。全部壊したら、道も消える」
『だったら、道は残す。殴る場所、教えて!』
「固定、俺に戻してくれ。中心を見たい」
『了解。加速も返してよね』
二人の選択を受け、二機のAIが権限を元の操縦者へ戻した。
青側の手で歯車を固定し、赤側の手で回転を前へ押す。二体が背後から拳を叩き込んだ。
胸の装甲がきしむ。三十五秒。漏出、三パーセント。
黒金の観測線が、紫の裂け目を覗いた。
『まだ、渡しません』
ニルが自分の第四選択信号を重ねる。白い光が観測線を逸らした。
二十五秒。歯車の奥で、細い航路が開き始めた。
二十秒。敵の二体が終界へ下がる。道ごと閉じようとしている。
「歯車は残す。分離命令にだけ、衝撃を届かせる!」
『じゃあ私が、そこを撃つ!』
十五秒。レンが青い円環を重ね、アカリが拳を引く。
十秒。
青赤の衝撃が、中央の一点で爆ぜた。
壊れたのは、二世界を引き離せという命令だけ。歯車と都市への道は残る。切り離された二体が光へ崩れた。
六秒。航路が広がる。
四秒。座標が止まった。
残り二秒。分離の合図。
ニルの合図を受け、レンとアカリが分離を選んだ。二機のAIが承認し、黄金の身体が青と赤へ分かれる。
〇・七秒。完全なアズールとフレアが、それぞれの世界に戻った。
ニルが二機の帰還を告げる。
〇・三秒。カインが遮蔽を解除し、ヴァイスの紫の膜が閉じた。黄金座標はもうない。
零秒。
敵の観測線が、誰もいない境界空間を貫いた。
レンはアズールの両脚を地面につけた。紅界で、フレアも膝を伸ばす。
中央ではヴァイスが、残った黒金の歯車を支えていた。
『固定権限、レンへ返却を確認』
『推進権、アカリへ戻りました!』
別々の相棒の声に、二人とも息を吐いた。
共同画面にも青と赤の街が戻る。戦闘中に送られた供給線を通じて、通信が再接続されたのだ。
少年が栄養食を掲げる。向こうの少年も、パンを見せた。
『まだ取ってある?』
「ある。そっちは?」
『あるよ』
レンはその短い会話を、最後まで聞いた。
『通せるのは、人型機一機と小型艇一隻です。今回の記録で再形成し、次は終界側の出口を指定できます』
ユナが告げる。現在を上書きする接続とは違う、細い道が一本だけ残った。
アズールとフレアを別々に通すことはできない。通過中は黄金座標で二機の位置を一つに保ち、遮蔽下のインフィナイトで入る必要がある。
『着いてから分離したら、同じ場所に出られる?』
「出られる。帰り道の確認は、まだ要るけど」
『うん。だから、四人で帰るんでしょ』
アカリが、位相窓のこちらへ手を上げる。レンも上げた。間にはまだ二つの世界がある。
「……今度は、その手に届きたい」
『やっと先に言った』
カインが別回線を開いた。
『俺とニルも行く』
『私はまだ、返事をしていません』
『来るか』
『はい。私も、そこにいる人に会いたいです』
終界接続まで、四十八時間五十五分三秒。
歯車の向こうで、金色の都市が動かずに待っている。
青と赤の棺。その奥の紫の生命反応。
誰がいるのかは、まだ見えない。
道の先で会うために、次は四人が渡る。
次回、第10話「同じ世界で、君に会う」。光の壁の向こうへ。
印象に残ったのは、市民が送った光でしたか。それとも、次の一歩を交代して決めた二人でしたか。
感想をいただけると、次の一話を書く力になります。