【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
けれど、二人が同じ地面へ降りた瞬間、帰り道は閉ざされる。
終界接続まで、三十七時間十二分四十四秒。
黒金の流れが、白い小型艇の船首を横殴りにした。
ノア・スキフが傾く。後部席のニルを守るように、カインが操縦桿を押し返した。
「右へ逃がす。ニル、揺れるぞ」
「はい。私は観測を続けます。前の二人を見失いたくありません」
前方では、双界機神インフィナイトが過去と未来の重なる航路を押し開いていた。操縦席のレンとアカリの間には、まだ薄い光の壁がある。
ヴァイス本体は現在側入口へ係留した。拘束環をつけたアウレルが零座標核を監視し、その紫の膜が黄金座標を隠している。
『三つの出口は、すべて敵の記録内です。別経路を提案します』
『右の壁、三枚とも揺れがそろったよ! 今なら抜けられる!』
「右へ三度。中心は俺が固定する」
『三度ね。曲がった先もちゃんと支えてよ!』
アカリが赤側の加速を入れ、レンが機体の中心を青い円環で留める。巨体は右へ三度回り、三つの出口が重なる一瞬へ肩から飛び込んだ。
背後でノア・スキフが流される。
「先へ行け。艇は俺が戻す」
「置いていかない。アカリ、右腕」
『置いていかない、ね。そういう欲張りなら任せた!』
インフィナイトの赤い右腕が後ろへ走り、艇の船首を掴む。衝撃が操縦席を突き上げた。レンの歯が鳴り、アカリの肩が拘束帯へ食い込む。
「質問です。このまま追尾を選んでも、艇を保てますか」
「保つ。心配するな」
「では追います。私はここにいます」
金色の都市が、映像から物質へ変わった。
終界到着。遮蔽解除まで、八秒。
「着地で分離。誤差は八メートル」
『八メートル? 七年より近い。十分!』
黄金の身体が青銀と赤金へ分かれた。アズールとフレアは二本の腕と二本の脚を取り戻し、同じ地面へ着地する。
零秒。
航路の向こうで、現在側に係留されたヴァイスが紫の膜を閉じた。黄金座標が消える。
未来側から巨大な黒金の指が伸びた。出口の歯車を掴み、無理やり止める。
航路の安定時間は十七分四十秒のはずだった。
現在の光が消えた。まだ残るはずだった十六分余りごと、帰還路と通信が断たれた。
『両機の損傷は許容範囲です。外気も安全。再接続は未確立です』
『レンもアカリも大丈夫! 今なら外へ出られるよ!』
アズールとフレアが向かい合って片膝をつく。二つの胸部ハッチが開いた。
青い掌からレンが降りる。赤い掌からアカリが降りる。
八メートル。
二人は、急げるはずの距離を歩いた。
足音が同じ地面から返る。通信の遅れはない。光の壁もない。
一メートルで、アカリが止まった。
「レン。今度は、声だけじゃないよ」
「見えてる。そこにいる」
「見えてるなら、そんな顔しないで」
「どんな顔だ」
「夢かどうか、まだ疑ってる顔」
「確認は要る」
「じゃあ、確かめて」
アカリが右手を差し出した。
レンも右手を伸ばす。
指先が触れる。消えない。遅れてもいない。アカリの手は温かく、レンの指は思ったより強く握り返した。
青と赤のペンダントが、白に近い小さな光をともす。
「やっと会えた」
「遅くなった」
「七年だよ」
「……長かった」
アカリの目が潤む。それでも笑った。レンは握った手をすぐには離さなかった。
未登録波形。同界接触信号を観測。
『報告を一件、保留します』
『理由も残す? 二人が落ち着いてから渡そうよ』
『操縦者が計器を見ていないためです』
「直接接触を確認しました。お二人に質問してもよろしいですか」
「今は待て」
「はい。私は待つことを選びます」
カインは視線を外したまま、艇の警戒装置を閉じた。
「周囲は安全だ。二人とも、もう少しだけでいい」
止まった大通りで、母親の指が転びかけた子供の背へ届かず浮いていた。全員が生きている。だが、誰も次の一秒へ進めない。
『一人だけの解除は推奨できません。生命維持の供給が切れます』
「一人だけじゃ駄目。だったら全員で進める道を探す」
アカリは子供の前へしゃがみ、聞こえない相手へ言った。
「待ってて。次の一秒、ちゃんと持ってくるから」
大通りの先に、白髪の少女ミラが現れた。黒い右目と金色の左目が、わずかに違う速さで四人を捉える。
「帰還航路は閉じました。あなたたちは現在へ戻れません」
「閉じ込めるために、通したのか」
「はい。……それだけではありません」
平らな声の途中に、ほんの短い遅れが入った。
「待っている二人がいます」
クアドラへ続く青と赤の扉が開いた。
黒金の通路に、百二十七年分の記録が流れる。
青と赤の人々が、同じ広場で食事を分ける。
次の映像では、たった二十三秒の停電が病院と居住区を襲う。事故より早く「相手が奪った」という偽情報が両側へ流れ、広場は二つの旗に割れた。
「私たちが会っても、こうなるの?」
「これは一つの未来だ」
「一つでも、起きたんだよ」
「だから見なかったことにはしない」
その先の中枢に、青と赤の透明棺があった。
棺が開き、年を重ねたレンとアカリが目を覚ます。未来のレンは現在のアカリを、未来のアカリは現在のレンを先に見た。
「会えたんだね。同じ世界で」
「会えたよ。最初の言葉は『聞こえてる』だったけど」
「やっぱり」
現在と未来、二人のレンが同時に眉を寄せた。
「何がだ」
二人のアカリが、ほんの一瞬だけ笑う。
壁が八百三十万人の名前で埋まると、未来の笑顔は消えた。
「数字にしなければ、次に誰を救うか決められなかった」
「名前を見なくなったら、何のために救うのか分からなくなった」
どちらも人を救おうとした。だから二人は、戦いが続かない一瞬を選び、全員の時間を止めた。
「その人たちに聞いたの?」
「聞く時間がなかった」
「だから、時間を奪ったの?」
「生きていてほしかった」
未来のアカリの声は、現在のアカリより弱い。それでも人を見る目だけは同じだった。
レンは黄金歯車へ向く。
「クアドラの予測は、記録された選択だけだな」
「四兆八千億を超えます。未記録は誤差として排除します」
「なら、全部じゃない」
白い同界接触信号が、二人の間から黒金の床へ広がる。
「この未来では、初めて触れたのはいつだ」
「戦闘中、崩れた機体から引き上げた時だ」
「私たちは違う。救うためじゃなく、会えたって確かめたかった」
ミラの金色の左目が揺れた。
「不可能です」
「質問します。不可能と決めたのは、あなたですか」
「クアドラです。私は帰還端末です」
「それでも、あなたはクアドラと同じではありません。私はそう判断します」
ニルの言葉に、ミラの白い右手が震えた。
カインが床へ位相探針を突き立てた。細い紫の亀裂から、彼によく似た声が届く。
『遅い』
「百二十七年ぶんは待っていない。要点を言え」
『相変わらずだな。救出路は残っている』
「方法は」
古いヴァイスの像に、人の意識反応が灯る。
「これは記録ですか。それとも、あなた自身の選択ですか」
『選択反応があるなら、君はどう見る』
「生命です。私はそう認めます」
『街を、止まった時間ごと零座標へ逃がす。その間に、現在側へ新しい帰り先を作る』
必要出力、八十七パーセント。生命維持、十三パーセント。猶予、二十二分。
「二十二分に、一億八千四百万人を賭けられない」
「私たちは、もう一度失敗する勇気を持てなかった」
未来の二人が拒む。青と赤の棺が閉じ、二人を判断核へ戻し始めた。
「なら、その勇気は私が持つ」
「勇気だけじゃ足りない。手順を出せ」
「手順を出したら、あなたたちは行くの?」
「行く。怖くてもだ」
「うん。そこは私も同じ」
クアドラ全体が震える。黒金の固定膜が四人へ迫った。
「侵入者を拘束します」
ミラの口は命令を告げた。だが右手は、アズールとフレアへ続く青赤の通路を開いている。
「今、あなたが選びました」
「早く、行ってください」
カインはニルを先に艇へ押し上げる。
「乗れ。俺が閉める」
「はい。戻ったら、あなたの選択も聞かせてください」
「長くなる」
「では、生きて聞きます」
レンとアカリは青と赤の通路へ分かれた。今度は、離れることを恐れない。その先でまた選べると知っているからだ。
『レン、帰還を確認。青側判断系を再接続します』
『アカリ、戻ったね! 赤側、すぐ動けるよ!』
青い円環が固定膜を止める。赤い拳が出口を打ち抜く。
二機と小型艇が外へ飛び出す。その背後で、都市ほど巨大なクアドラが立ち上がった。
『終界を救うため、黄金座標を回収する』
クアドラの右前方へフレア。アズールはその左へ並ぶ。同じ重力、同じ空、遅れのない戦場。
だが終界の内部で合体すれば、黄金座標をそのまま奪われる。インフィナイトは使えない。
「未来の俺。止める場所を言え」
『クアドラには、心臓が二つある』
「青と赤か」
『違う。一つは未来を固定する。もう一つは――』
通信が切れた。
クアドラの掌に、次の動きを奪う黒金の光が集まる。
「アカリ」
『聞こえてる。今度は、声だけじゃない』
「右へ行け。俺は左を止める」
『右ね。止めるだけで終わらせないよ!』
二機が、同時に左右へ飛んだ。
次回、第11話「二つ目の心臓」。
七年を越えた最初の握手と、同じ未来を恐れた二人との対面。印象に残った場面を教えていただけると嬉しいです。