【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
今回は、前話で描いた共界門開通の日を、朝からたどります。
最初に渡すのは、一枚の絵。
「こっち、持って。絵のところは触らないでね」
蒼界第七避難区の男の子が、レンへ額縁を差し出した。小さな両手が下の縁を支えている。
レンはその外側へ手を添えた。
「持った。離していいぞ」
指が一本ずつ離れた。それでも男の子は、額縁のすぐ後ろについてきた。
終界から全員を救い出して、三十日。今日、共界門が開く。
高さは三階建てほどあるのに、通路の幅は大人二人が並べる程度だった。人型機は通れない。
蒼界側は白銀の床。中央の細い線を越えると、溶接痕の残る黒鉄に変わる。
その紅界側で、アカリが両手を空けて待っていた。出口には、紅界第三居住区の子供たちがいる。
『両側の登録卓、同期を確認しました』
管制席からユナの声が通る。
『両側が同じものを「通す」と登録しなければ、何も通しません。片側だけの善意も、都合も、通りません』
暫定運用責任者のカナメが、登録票を開いた。
「第一便。蒼界第七避難区の児童から、紅界第三居住区の児童へ」
「額縁入りの絵、一枚。両側の同意を確認。輸送を始める」
レンが額縁を立てたまま、通路へ進めた。
線の向こうから、アカリが額の下の縁へ両手を添える。レンも手を内へ寄せ、持ち手を譲ろうとした。互いの指が十センチほどに近づいたところで、紅界寄りの下角が通路の縁につかえた。
「待って。こっち、当たってる」
「止めた。押さないから」
止まった額縁の向こうで、紅界の子供たちが待っていた。レンの目は、その奥の街へ向いた。
アカリが顔を上げる。
「……何?」
「いや。この先、お前の街なんだなって」
「そうだよ。あとで案内する。今は絵」
「分かってる」
三十日前には、四人で同じ卓を囲んだ。それでも、相手の故郷へ続くこの半歩には、まだ足がすくむ。
レンは蒼界寄りの下角へ手を戻した。アカリも紅界寄りの下角へ両手を寄せる。まだ、二人で重さを支えている。
「アズール、角度を見てくれ」
「フレアも、こっちをお願い」
胸元の携行端末から、二つの声が返る。
『回答を保留します』
『回答を保留します』
「揃った」
アカリが端末を見る。
アズールが答えた。
『千九百件以上の共同演算で、判断手順の一部が似ました。判断そのものを一つにはしていません』
続けて、フレアが言う。
『はい。こちらから見ると、下角にまだ余裕がありません』
アズールとフレアが示した角度には、〇・四度の違いがあった。
「せーので動かすぞ」
「うん。せーの」
レンは蒼界側の角を下げ、アカリは紅界側の角を上げた。それぞれ〇・四度。額縁の重さを互いの手に残したまま、少しずつ傾ける。
「こっちは空いた。そっちは?」
「通る。ゆっくり、こっちへ」
額縁が線を越える。レンは片手を横縁へ添え直した。
両端を支えたまま、二人が息を吐く。
アカリは紅界側へ下がり、両腕で絵を抱え直した。
「全部持ったよ」
その返事を聞いて、レンが手を離した。
アカリは出口の低い台へ絵を下ろした。
待っていた女の子が、まず額の角を押さえた。隣の子も、反対の角を持つ。アカリが手を離してからも、二人はしばらくそのままだった。
「……ほんとに、来た」
女の子が言った。絵ではなく、通路の向こうの男の子を見ている。
「うん。そこ、曲がってない?」
「大丈夫。ちょっと、見せて」
女の子は隣の子と額を起こした。
青と赤と紫。その三つが噛み合う中心に、金色の歯車がある。四つの歯車だけで、人の顔も、旗も描かれていない。
隣の子が金色を指した。
「これも、機体?」
「違う。みんなが回ったところ」
男の子は蒼界側から答えた。
紅界側のニルが、子供たちの横へしゃがむ。青い右目と赤い左目で、真ん中の歯車を見た。
「名前は、ありますか」
「ない。つけた方がいい?」
ニルは腰の記録装置へ伸ばした手を止めた。
「今、決めなくてもいいです。私は、覚えていられます」
「じゃあ、まだ、なし」
「はい。未記録ではなく、記録前として預かります」
女の子は金色に触れかけ、指を引っ込めた。絵の具を確かめるように、爪の先を見る。
「ここに飾ってもいい? みんなが来た時、見えるとこ」
「いいよ」
隣の子が、台を少し出口の方へ寄せた。奥にいた子供たちも、一人ずつ前へ出てきた。
すぐに声を上げる子もいれば、黙って四つを目でたどる子もいる。
レンは次の荷を取りに行きかけて、止まった。男の子がまだ絵を見ていたので、その隣に残った。
第二便は、青い花が一輪咲いた鉢植えだった。
蒼界の整備班から、ニルへ。両側で登録が済むと、ゲンゴがレンへ鉢を渡した。レンからアカリへ、そしてニルの両手へ移る。
「……私に、ですか」
「全員で選んだ。花くらい貰っとけ」
「この花の名前は?」
「まだねえよ。こっちの岩場じゃ、雑草だ」
ニルは葉に額縁の角が触れない場所を選び、鉢を置いた。
「紅界でも咲くでしょうか」
「育ててみなきゃ分からねえ」
「では、育てます。こちらで咲いたら、名前も考えたいです」
ゲンゴは頷きかけ、門の下を覗いた。
「マオ。この支持部、紅界式の固定環を足すぞ」
「蒼界式の緩衝帯が先。揺れを逃がさなきゃ、留め具がもたないわよ」
紅界の技術主任、九条マオが工具を置く。
ゲンゴは紅界の図面を指し、マオは蒼界の図面を引き寄せた。
「三十日もこいつを読んでりゃ、いい所は分かる」
「こっちもよ。だから両方使うの」
輸送を休めて、二人がしゃがみ込む。
紅界の耐熱楔に、蒼界の精密留め具。レンが工具を渡し、アカリが部材を支えた。
三十分後、二つの世界の部品で組んだ支持構造が、門の下に収まった。
「よし。手をどけろ」
「そっちの指もね」
二人は別々の側から、同じ継ぎ目を確かめた。
第三便の登録卓で、カナメが箱を開けた。
「焦がし砂糖の飴、二十四個。……カイン、二十三個しかない」
「輸送中の減耗だ」
「まだ通していない」
箱を抱えたカインの口元を、アカリが指す。
彼が拭うと、指に茶色い砂糖がついた。
「毒見だ」
「待ち切れなかったんでしょ」
カインは答えず、登録票へ手を出した。
「直す。二十三個」
両側が訂正を確かめてから、箱は紅界側へ渡された。
ニルが記録装置を持ち上げる。
「記録名は、『待ち切れなかった』でいいですか」
「品名だけにしろ」
「では、焦がし砂糖の飴。二十三個です」
今度はカインも頷いた。
アカリが箱を受け取り、蓋を閉めた。
「預かっとく。人の通行が始まったら、取りに来て」
「頼む」
今度は数を減らさないから、とアカリが添えると、カインは空いた両手を下ろした。
人の通行が始まると、カインは飴の箱を引き取った。レンとアカリも、それぞれの用を済ませた。
夕方、門へ戻ったレンを、朝の男の子が呼び止めた。今度は白紙を持っている。
「これも、あっちへ」
「何を描くんだ?」
「まだ見てないから、分かんない。見たら描く」
紅界側では、絵を受け取った女の子が待っていた。
「じゃあ、こっちで取っとく。一緒に描こう」
両側の登録卓に、白紙一枚と入る。
レンが中央まで運び、アカリへ渡した。今度は角度を変える必要もない。
女の子は受け取った紙を絵の後ろへ重ねず、別に、大事そうに胸へ抱えた。
「ねえ、レン」
アカリが、小さな指の跡がついた白紙を見送る。
「次、何を見せようか」
「まず、どこを見たいか聞こう」
「うん。……そこからだね」
初日の記念便。絵、鉢植え、飴の箱、白紙。四点。
夜。未来からの通信も終わり、レンとアカリは哨戒のため、それぞれの機体へ戻っていた。
共界門の灯りの下で、ニルは紙を膝に広げた。
金色の歯車に名前をつけるのではない。今日、自分が見た人たちのことを、一行だけ書く。
会いに行く人。
鉛筆を止めた、その時だった。
風も、冷却器も、遠くの整備班の声も消えた。
一秒。
戻った音に、ニルの肩が跳ねる。
白銀と黒鉄の床が切り替わる、その下。透明な光の中に、白銀の人型機の設計像が浮かんでいた。
二本の腕と二本の脚。胸に、色のない歯車。左腕が、こちらへ伸びている。
ニルの目に、二つの名称が残った。
起点管理核ゼロ。プロトタイプ・インフィナイト。
発信時刻は七年前。世界が分裂する、一秒前。
雑音の向こうで、知らない女の声が二人を呼んだ。
『蒼羽レン、緋月アカリ。次は、始まりを助けてくれ』
光が途切れる。ニルは伸ばしかけた手を、その場に残した。
何かが門を通ったところは、見ていない。
腰の装置へ手を下ろしかけ、止める。
この信号を装置へ入れれば、自動で危険判定が返る。危険判定が出れば、規定により共界門は即時封鎖される。
ニルは昼間、白紙を抱えた女の子が、絵を描いた男の子へ手を振っていた場所を見た。
「……確かめてから、伝えます。私の見たことを」
紙の空いた所へ、名称と発信時刻を書いた。聞いた言葉も。光の輪郭は、途中で鉛筆が震えた。
書き直して、線を揃えることはしなかった。
明朝、カナメへ直接渡すつもりだった。装置に入れる前に、この紙を見てもらう。
ニルは最後に、レンとアカリの名前を小さく読み返した。
花の葉が、戻ってきた風に揺れていた。
一枚の絵を渡すにも、二人が同じ額縁を支えて、相手の返事を待つ必要がありました。
届いた先には、まだ何も描かれていない紙も残っています。
次回、第13話「ゼロから届く声」。
共界門が開いた、その夜の続きを描きます。