【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
返事を待つ二人へ、街から救助の要請が届きます。
いつも聞いていた声を、今度は手と光で探す。
「アズール。まだ、聞こえてるか」
操縦席の右下に、『はい』と浮かんだ。
レンは画面へ伸ばした指を止め、操縦桿を握り直した。声は戻っていない。朝の光だけが、開けたままの外部映像に差していた。
昨夜、白銀の機体は答えを待たず、研究区画の奥へ退いた。レンとアカリは追わなかった。ゲンゴとマオが支持部を引き受けてから、それぞれの機体を門外の待機場所まで下げた。夜の間に短く交代で休み、今は二人とも席に戻っている。
人の通行を止めた門には、まだ両側の隔離班がいた。
『旧名簿の照合が、一件あります』
旗艦の観測室から、ユナの声が入った。二機の承認通信層を使わない救難用の回線は、両世界の管制同士でつなぎ直されていた。画面の端に、紅界側のアカリも映る。
送られてきた古い写真と、昨夜の少女の映像が並んだ。
『安全試験班、候補操縦者。御影トワ。当時十八歳。七年前に行方不明、五年前に死亡認定されています』
「……生きて、待ってたのか」
『写真とよく似ています。ただし、外見だけでは、身体に七年が経っていないとは断定できません』
レンは昨夜の映像を見た。固定された右手。こちらへ伸ばされた左手。
「七年遅刻したって、言ってた」
『だから、本人に確かめる。待たせたと決めるのは、その後だ』
カナメの声に、レンは頷いた。画面の少女へ返事をしかけた口を、閉じる。
『手を出せ』
待機場所の足元から、カインが外部集音器へ呼びかけた。アズールの掌を下げると、小さな紙包みが置かれた。昨日、門を渡った焦がし砂糖の飴だった。
「これ、食べていいのか」
『補給だ。お前も、向こうも』
紅界側のアカリが、受け取った包みを画面へ掲げた。カインは夜のうちに両側へ分けておいたらしい。
『……ありがと。あたし、あとで食べる』
彼女が胸ポケットへしまった時、観測室の警報が鳴った。
診療所の床を突き破るように、道路がせり上がっていた。
蒼界第七区の救難映像だ。白い人型が地面へ手を当て、その先から舗装の線が変わっていく。
『現地へ出た作業表示です。診療所周辺と、紅界の大鉄橋で確認しました』
ユナが二枚目の映像を送る。橋の中央に、通学バスが止まっていた。
『診療所は七年前にありません。除去まで八分。患者二十四名、職員十一名が残っています。大鉄橋は六本の橋脚のうち、増設された四本が撤去対象。あと六分。バスの乗員は二十八名です』
「アカリ、橋へ。俺は診療所へ行く」
『うん。でも、合体は?』
『使えません』
ユナの返事は短かった。
『声だけの問題ではありません。二機を登録し、互いの承認を通す手順が、旧規格に戻された通信層から欠けています。動力と基礎動作、手元の文字応答は残っています』
レンは隣にいつも出る、承認の表示がない場所を見た。
そこへ、アズールが一文を出した。
『機体状態、正常。出動可能です』
「……分かった。一緒に行くぞ」
カナメが両方の回線へ告げる。
『敵を倒すより、先に人を出す。三十五人と二十八人だ。数えて帰ってこい』
アズールが蒼界の街へ跳ぶ。フレアは紅界の川へ向かった。
発進の読み上げはなかった。レンの背中には、推進の振動だけが届いた。
診療所の入口から、担架が出てきた。
レンは建物の左へ回り込み、アズールの左掌を壁へ当てた。傾いた屋根が掌へ食い込み、肩の装甲が軋む。
操縦桿が、右へ震えた。
「右か!」
支え直そうと、右足を下ろす。
足元の映像が拡大された。白い担架。職員二人と、その上の患者。
「止まれっ!」
レンは脚の入力を戻し、膝を折った。巨大な踵が担架の脇で舗装を削る。白衣の一人が患者へ覆いかぶさった。
誰も動かない。レンも、息を吸えなかった。
操縦桿はまだ、右へ震えている。
「……行けじゃ、ない」
アズールは、いつも何と言っていた。
右方、注意。まず止まって、そちらを見る。
「右に注意、か。俺が、読み違えた」
画面へ『はい』と出た。
レンは担架が離れるまで、足を動かさなかった。白衣がこちらを見上げる。彼は外部音声を開いた。
「すみません。もう下ろしません。入口は、空けます」
職員は片手を上げてから、担架を運び去った。
壁の向こうで、窓が割れる。支えた腕だけでは止まらない。建物の下から、古い道路が持ち上がり続けていた。
レンは左掌を壁に残し、右掌を反対側の低い梁へ回した。二か所で受けても、床が入口へせり出す。ここで脚まで建物へ当てれば、担架の道が塞がる。
「両脇の二点は、俺が持つ。三つ目を、お前に頼みたい。人の通る所は残してくれ」
文字の代わりに、青いコアが二度光った。
左膝が前へ出る。診療所の壁ではない。その裏で盛り上がる地面へ、膝が深く食い込んだ。
押し上げてくる道路を、押さえる。
座席が下から突き上がった。レンは歯を食いしばり、二つの掌を離さなかった。
「そっちか……! 持った。出してくれ!」
入口の傾きが止まった。廊下には、アズールの腕も脚もかかっていない。
担架が一つずつ出てくる。歩ける患者が職員の肩を借り、最後の一人が戸口を振り返る。
腕が震えた。膝から返る細かな震えも止まらない。
レンは、右へ動こうとはしなかった。
『患者二十四名、職員十一名! 先ほどの担架も含め、全員退避しました!』
「三十五。……了解」
青い光が、また二度返った。
「それ、了解でいいか。お前が受け取った、って」
『はい』。
レンが二点、アズールが一点。既存の固定を、二人で分けて使った手順が表示された。登録名の欄だけが空いている。
「今日は俺がつけるんだな」
レンは空欄へ、名を告げた。
『登録しました』
「声が戻ったら、文句言えよ」
青い文字は少し間を置き、質問へ変わった。
『怖かったですか』
レンは、担架が消えた道を見た。
「……怖かった。俺が三人、踏むところだった」
指を握り直そうとして、うまく曲がらなかった。
『当機も、怖かったです』
レンは文字を読み終えても、しばらく画面から目を離せなかった。
紅界の大鉄橋では、二本目の橋脚が消えた。
オルドの手が離れると、川面へ落ちる破片さえ残らなかった。橋のたもとに降りたフレアへ、通学バスの窓から何本もの手が振られる。
アカリは、岸とバスの間に残る橋桁を見た。その下の浅瀬は、傾いた桁に隠れている。
警告灯が三回、光った。
「いるね、フレア。昨日からずっと、眩しいんだから」
また三回。アカリは目を細め、操縦環を押した。
その時、三本目の橋脚が白く薄れた。橋桁が沈み、バスが川下へ滑る。
「落とすなら、浅い方へ……!」
手前の橋脚を撃ち、逆へ傾ける。バスを浅瀬へ落とせば、深みへ沈むより早く人を出せる。
フレアの右腕を上げた。熱が拳へ集まる。警告灯が三度、視界を横切った。
「分かってる! いるのは――」
フレアの左手が、自分の右手首を掴んだ。射線が止まる。
「離して、間に合わなくなる!」
指へ力を込めても、右腕は動かなかった。
三回。また三回。
アカリは怒鳴るために吸った息を、止めた。機体が向ける視野の下端を見た。
浅瀬に、小さな影が四つ。子供が橋脚へしがみつき、その上から橋桁が下がってくる。
撃てば、あそこへ全部落ちる。
「……撃たない。下げる」
熱を落とした。それでもフレアの左手はすぐには離れなかった。
アカリは自分から照準を外し、両腕を開いた。そこで、右手首が自由になった。
「ここにいる、だけじゃなかった。ここを見ろ、も……」
三回の光が返った。
「分かった。次は見る。だから今、貸して」
声が掠れた。袖を頬へ押し当てる暇も惜しかった。
「橋は落とさない。バスを岸へ運ぶ」
フレアを川面すれすれまで下げ、滑り落ちるバスの下へ腕を差し込む。頭上では橋桁が割れ始めていた。
バスの底を受けたまま、車体を岸へ向け直す。そのために操縦環を握り替える三秒は、加速を入力し続けられない。
フレアの文字が出た。
『現在の加速を、当機が継続します。三秒後、引き取ってください』
「三秒だけ、預ける。勝手に伸ばさないでよ」
三回。
赤金の機体が水を裂いた。両掌でバスを抱き、橋の下から岸へ跳ぶ。アカリが加速の入力を離しても、フレアは止めなかった。
一秒。腕を返す。二秒。車体の傾きを戻す。
三秒でアカリが操縦環を握り直すと、推力がその手へ返った。
「受け取った! 下ろすよ!」
タイヤが岸へ着いた。窓の向こうで、子供が隣の子へしがみつく。
『乗員二十八名、全員無事!』
アカリは息を吐き切らず、川へ向き直った。フレアの掌を浅瀬へ差し入れる。四人が一人ずつ這い上がり、最後の子が橋脚から手を離した。
両手で岸へ運び、救助班へ渡す。その背後で、橋桁が川を叩いた。
『橋下の四名も退避! バスの二十八名とは別に、確認しました!』
「……四人、いるね」
頷く子供の映像を見てから、アカリは操縦席へ背を戻した。
フレアが先ほどの三秒を、加速の共同手順として記録する。名のない欄へ、アカリが名を告げた。
「消す前に、渡しとけばいいんだ。あんたに」
警告灯が三回、強く光った。
「うん。今は、眩しくていい」
『オルド三機とも、作業を中断し、同じ方角へ退いています』
ユナの報告と同時に、空が裂けた。
蒼界にも、紅界にも。向こうに、昨夜見た白い研究区画の床がある。白銀の人型が、そこから槍を持ち上げた。
『両世界の観測を照合。同じ胸部コア、同じ駆動を捉えています。一機のいる起点層へ、両方の空が開いています。二機ではありません!』
レンの外部映像にも、反対側から近づくフレアが映った。白銀の背には大きな円環。額に透明な直線角。二本の腕の片方が、槍を横へ払う。
「アズール、受ける!」
位相刃を抜く。抜き切る前に槍が入り、肩から座席へ衝撃が抜けた。
フレアが横から拳を打つ。白銀は拳が伸び切るより早く退き、返した槍で赤金の腕を弾いた。
『関節の動ける範囲も、出力が上がる速さも把握されています。相手は二機の原型です!』
「なら、二人で――!」
アカリが旋回する。その向こうに、青い掌が見えた。
『今、一時的に通信層がつながりました! 起点層が開いた間だけ、承認を通せます!』
「アカリ!」
『行く!』
青銀と赤金が、同じ白い床の上へ迫る。コアの光が伸び、承認の表示が埋まりかけた。
そこへ、白銀の腕が割り込む。
敵の顔面表示をレンが読むより早く、光が切れた。
操縦席が横倒しになる。アズールは蒼界へ、フレアは紅界へ、別々の空に叩き返された。
『二機の間の位相差を零へ揃えられました! 合体承認の接続が、外から切られています!』
「今、つながったのに……!」
レンは操縦桿を引く。追ってきた槍へ刃を当てた。
手応えが、消える。刃は展開前の収納状態へ戻っていた。
赤金の拳に槍が触れ、集めた熱まで落ちる。
白銀の顔に、次の文字が浮かんだ。
リセット・スピンドル
『接触した箇所を、登録された状態へ復元しています! 刃も、加熱も、戻されます!』
冷えた拳を引くより早く、円環から透明な杭が放たれた。
二本。開いた先は、別々の世界だった。
アズールの胸部、操縦席の左脇を、硬い音が突き抜ける。外部映像を装甲片が横切った。アズールが地面へ縫い止められ、反対側ではフレアが膝をついた。
「アカリ、返事を!」
『いる! でも、動かない……!』
人の救難回線には声が返る。アズールからは、まだ一言もない。
破損の表示が広がった。杭は操縦席の横を通っていた。真正面から狙えたはずなのに。
「〇・一度、ずれています」
観測室で、ニルがユナへ数値を示した。
「攻撃の角度です。小さいので、集計では丸められています」
「誤差かもしれません。今は二人の回収を優先します」
「はい。これは、私が残します」
ニルは紙を広げた。意味はまだ分からない。だから、順番を変えずに書く。鉛筆が滑るたび、映像の白銀機へ目を戻した。
その槍が、動けない二機へ伸びた。
レンの画面で、狙点が操縦席にいる自分の胸元へ重なる。服の下にある、半分の歯車。アカリの側にも、同じ照合表示が出ていた。
起点鍵候補 二点。回収優先目標に追加。
「これを、探してたのか」
鎖を握っても、逃げられない。槍先が胸部の貫通痕へ迫った。
その時、槍の先が止まった。
透明な胸の奥で、トワの左手が制御索を掴んでいた。引いている。固定された右手は、そのままだ。
左の指が索へ食い込み、肩が震えた。彼女はレンではなく、止めた槍の先を見ていた。
「何を、助けようとしてる」
外部音声へ叫ぶ。琥珀色の目が、一瞬だけこちらを向いた。
「まだ――」
開いた空を伝って、そこまで届いた。
白銀が槍を引き、杭も抜けた。二つの裂け目の奥へ、一つの円環が退いていく。
空が閉じるまで、レンはその胸から目を離せなかった。
夕方、蒼界側の格納庫。
ゲンゴはアズールの貫通痕へ顔を寄せ、工具を置いた。作業回線の向こうでは、マオがフレアの同じ場所を測っていた。
「穴は塞ぐ。だが、位置は消すな」
『分かってる。操縦席を外した位置ね。図面にも残す』
レンは足場の上から、その細い傷の向こうを見た。自分の席が見える。
カナメの救助集計が、端末へ届いた。
診療所三十五名。バス二十八名。出撃時に託された六十三人は、全員いる。橋下で見つかった四人も、別に確認されていた。
レンは飴の包みを開き、一つ口へ入れた。
「……アズール。三十五人、出せたよ」
掌の青いコアが二度光る。
「でも、負けた。お前に、穴をあけた」
文字が、足場の端末へ届いた。
『三十五名を救助。戦闘は敗北。両方、記録します』
レンは飴を噛まず、舌の上で転がした。
「うん。俺も、どっちも忘れない」
紅界では、アカリがフレアの左手へ掌を当てていた。右手首を掴んだ、あの指だ。
「次は、掴まれる前に止まる。分からなかったら、聞くから」
赤い光が三回返った。
ここにいる。ここを見ろ。今度は、どちらも受け取った。
声はまだ、戻らなかった。
二回の了解と、三回の呼びかけ。
まだ、聞き直しながらの一日です。
次回、第15話「白銀の原型機」。