【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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アズールとフレアの声が途切れた、その翌朝。
返事を待つ二人へ、街から救助の要請が届きます。

いつも聞いていた声を、今度は手と光で探す。


第14話 声のない出撃

第2期 ZERO BREAK編 第14話

声のない出撃


 

「アズール。まだ、聞こえてるか」

 

 操縦席の右下に、『はい』と浮かんだ。

 レンは画面へ伸ばした指を止め、操縦桿を握り直した。声は戻っていない。朝の光だけが、開けたままの外部映像に差していた。

 昨夜、白銀の機体は答えを待たず、研究区画の奥へ退いた。レンとアカリは追わなかった。ゲンゴとマオが支持部を引き受けてから、それぞれの機体を門外の待機場所まで下げた。夜の間に短く交代で休み、今は二人とも席に戻っている。

 人の通行を止めた門には、まだ両側の隔離班がいた。

 

『旧名簿の照合が、一件あります』

 

 旗艦の観測室から、ユナの声が入った。二機の承認通信層を使わない救難用の回線は、両世界の管制同士でつなぎ直されていた。画面の端に、紅界側のアカリも映る。

 送られてきた古い写真と、昨夜の少女の映像が並んだ。

 

『安全試験班、候補操縦者。御影みかげトワ。当時十八歳。七年前に行方不明、五年前に死亡認定されています』

「……生きて、待ってたのか」

『写真とよく似ています。ただし、外見だけでは、身体に七年が経っていないとは断定できません』

 

 レンは昨夜の映像を見た。固定された右手。こちらへ伸ばされた左手。

 

「七年遅刻したって、言ってた」

『だから、本人に確かめる。待たせたと決めるのは、その後だ』

 

 カナメの声に、レンは頷いた。画面の少女へ返事をしかけた口を、閉じる。

 

『手を出せ』

 

 待機場所の足元から、カインが外部集音器へ呼びかけた。アズールの掌を下げると、小さな紙包みが置かれた。昨日、門を渡った焦がし砂糖の飴だった。

 

「これ、食べていいのか」

『補給だ。お前も、向こうも』

 

 紅界側のアカリが、受け取った包みを画面へ掲げた。カインは夜のうちに両側へ分けておいたらしい。

 

『……ありがと。あたし、あとで食べる』

 

 彼女が胸ポケットへしまった時、観測室の警報が鳴った。

 


 

 診療所の床を突き破るように、道路がせり上がっていた。

 蒼界第七区の救難映像だ。白い人型が地面へ手を当て、その先から舗装の線が変わっていく。

 

起点兵オルド 三機 復元作業中

 

『現地へ出た作業表示です。診療所周辺と、紅界の大鉄橋で確認しました』

 

 ユナが二枚目の映像を送る。橋の中央に、通学バスが止まっていた。

 

『診療所は七年前にありません。除去まで八分。患者二十四名、職員十一名が残っています。大鉄橋は六本の橋脚のうち、増設された四本が撤去対象。あと六分。バスの乗員は二十八名です』

「アカリ、橋へ。俺は診療所へ行く」

『うん。でも、合体は?』

『使えません』

 

 ユナの返事は短かった。

 

『声だけの問題ではありません。二機を登録し、互いの承認を通す手順が、旧規格に戻された通信層から欠けています。動力と基礎動作、手元の文字応答は残っています』

 

 レンは隣にいつも出る、承認の表示がない場所を見た。

 そこへ、アズールが一文を出した。

 

『機体状態、正常。出動可能です』

 

「……分かった。一緒に行くぞ」

 

 カナメが両方の回線へ告げる。

 

『敵を倒すより、先に人を出す。三十五人と二十八人だ。数えて帰ってこい』

 

 アズールが蒼界の街へ跳ぶ。フレアは紅界の川へ向かった。

 発進の読み上げはなかった。レンの背中には、推進の振動だけが届いた。

 


 

 診療所の入口から、担架が出てきた。

 レンは建物の左へ回り込み、アズールの左掌を壁へ当てた。傾いた屋根が掌へ食い込み、肩の装甲が軋む。

 操縦桿が、右へ震えた。

 

「右か!」

 

 支え直そうと、右足を下ろす。

 足元の映像が拡大された。白い担架。職員二人と、その上の患者。

 

「止まれっ!」

 

 レンは脚の入力を戻し、膝を折った。巨大な踵が担架の脇で舗装を削る。白衣の一人が患者へ覆いかぶさった。

 誰も動かない。レンも、息を吸えなかった。

 操縦桿はまだ、右へ震えている。

 

「……行けじゃ、ない」

 

 アズールは、いつも何と言っていた。

 右方、注意。まず止まって、そちらを見る。

 

「右に注意、か。俺が、読み違えた」

 

 画面へ『はい』と出た。

 レンは担架が離れるまで、足を動かさなかった。白衣がこちらを見上げる。彼は外部音声を開いた。

 

「すみません。もう下ろしません。入口は、空けます」

 

 職員は片手を上げてから、担架を運び去った。

 壁の向こうで、窓が割れる。支えた腕だけでは止まらない。建物の下から、古い道路が持ち上がり続けていた。

 レンは左掌を壁に残し、右掌を反対側の低い梁へ回した。二か所で受けても、床が入口へせり出す。ここで脚まで建物へ当てれば、担架の道が塞がる。

 

「両脇の二点は、俺が持つ。三つ目を、お前に頼みたい。人の通る所は残してくれ」

 

 文字の代わりに、青いコアが二度光った。

 左膝が前へ出る。診療所の壁ではない。その裏で盛り上がる地面へ、膝が深く食い込んだ。

 押し上げてくる道路を、押さえる。

 座席が下から突き上がった。レンは歯を食いしばり、二つの掌を離さなかった。

 

「そっちか……! 持った。出してくれ!」

 

 入口の傾きが止まった。廊下には、アズールの腕も脚もかかっていない。

 担架が一つずつ出てくる。歩ける患者が職員の肩を借り、最後の一人が戸口を振り返る。

 腕が震えた。膝から返る細かな震えも止まらない。

 レンは、右へ動こうとはしなかった。

 

『患者二十四名、職員十一名! 先ほどの担架も含め、全員退避しました!』

 

「三十五。……了解」

 

 青い光が、また二度返った。

 

「それ、了解でいいか。お前が受け取った、って」

 

 『はい』。

 レンが二点、アズールが一点。既存の固定を、二人で分けて使った手順が表示された。登録名の欄だけが空いている。

 

「今日は俺がつけるんだな」

 

 レンは空欄へ、名を告げた。

 

無声固定サイレント・ロック

 

『登録しました』

 

「声が戻ったら、文句言えよ」

 

 青い文字は少し間を置き、質問へ変わった。

 

『怖かったですか』

 

 レンは、担架が消えた道を見た。

 

「……怖かった。俺が三人、踏むところだった」

 

 指を握り直そうとして、うまく曲がらなかった。

 

『当機も、怖かったです』

 

 レンは文字を読み終えても、しばらく画面から目を離せなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 


 

 紅界の大鉄橋では、二本目の橋脚が消えた。

 オルドの手が離れると、川面へ落ちる破片さえ残らなかった。橋のたもとに降りたフレアへ、通学バスの窓から何本もの手が振られる。

 アカリは、岸とバスの間に残る橋桁を見た。その下の浅瀬は、傾いた桁に隠れている。

 警告灯が三回、光った。

 

「いるね、フレア。昨日からずっと、眩しいんだから」

 

 また三回。アカリは目を細め、操縦環を押した。

 その時、三本目の橋脚が白く薄れた。橋桁が沈み、バスが川下へ滑る。

 

「落とすなら、浅い方へ……!」

 

 手前の橋脚を撃ち、逆へ傾ける。バスを浅瀬へ落とせば、深みへ沈むより早く人を出せる。

 フレアの右腕を上げた。熱が拳へ集まる。警告灯が三度、視界を横切った。

 

「分かってる! いるのは――」

 

 フレアの左手が、自分の右手首を掴んだ。射線が止まる。

 

「離して、間に合わなくなる!」

 

 指へ力を込めても、右腕は動かなかった。

 三回。また三回。

 アカリは怒鳴るために吸った息を、止めた。機体が向ける視野の下端を見た。

 浅瀬に、小さな影が四つ。子供が橋脚へしがみつき、その上から橋桁が下がってくる。

 撃てば、あそこへ全部落ちる。

 

「……撃たない。下げる」

 

 熱を落とした。それでもフレアの左手はすぐには離れなかった。

 アカリは自分から照準を外し、両腕を開いた。そこで、右手首が自由になった。

 

「ここにいる、だけじゃなかった。ここを見ろ、も……」

 

 三回の光が返った。

 

「分かった。次は見る。だから今、貸して」

 

 声が掠れた。袖を頬へ押し当てる暇も惜しかった。

 

「橋は落とさない。バスを岸へ運ぶ」

 

 フレアを川面すれすれまで下げ、滑り落ちるバスの下へ腕を差し込む。頭上では橋桁が割れ始めていた。

 バスの底を受けたまま、車体を岸へ向け直す。そのために操縦環を握り替える三秒は、加速を入力し続けられない。

 フレアの文字が出た。

 

『現在の加速を、当機が継続します。三秒後、引き取ってください』

 

「三秒だけ、預ける。勝手に伸ばさないでよ」

 

 三回。

 赤金の機体が水を裂いた。両掌でバスを抱き、橋の下から岸へ跳ぶ。アカリが加速の入力を離しても、フレアは止めなかった。

 一秒。腕を返す。二秒。車体の傾きを戻す。

 三秒でアカリが操縦環を握り直すと、推力がその手へ返った。

 

「受け取った! 下ろすよ!」

 

 タイヤが岸へ着いた。窓の向こうで、子供が隣の子へしがみつく。

 

『乗員二十八名、全員無事!』

 

 アカリは息を吐き切らず、川へ向き直った。フレアの掌を浅瀬へ差し入れる。四人が一人ずつ這い上がり、最後の子が橋脚から手を離した。

 両手で岸へ運び、救助班へ渡す。その背後で、橋桁が川を叩いた。

 

『橋下の四名も退避! バスの二十八名とは別に、確認しました!』

 

「……四人、いるね」

 

 頷く子供の映像を見てから、アカリは操縦席へ背を戻した。

 フレアが先ほどの三秒を、加速の共同手順として記録する。名のない欄へ、アカリが名を告げた。

 

残火駆動アフター・ブレイズ

 

「消す前に、渡しとけばいいんだ。あんたに」

 

 警告灯が三回、強く光った。

 

「うん。今は、眩しくていい」

 


 

『オルド三機とも、作業を中断し、同じ方角へ退いています』

 

 ユナの報告と同時に、空が裂けた。

 蒼界にも、紅界にも。向こうに、昨夜見た白い研究区画の床がある。白銀の人型が、そこから槍を持ち上げた。

 

『両世界の観測を照合。同じ胸部コア、同じ駆動を捉えています。一機のいる起点層へ、両方の空が開いています。二機ではありません!』

 

 レンの外部映像にも、反対側から近づくフレアが映った。白銀の背には大きな円環。額に透明な直線角。二本の腕の片方が、槍を横へ払う。

 

「アズール、受ける!」

 

 位相刃を抜く。抜き切る前に槍が入り、肩から座席へ衝撃が抜けた。

 フレアが横から拳を打つ。白銀は拳が伸び切るより早く退き、返した槍で赤金の腕を弾いた。

 

『関節の動ける範囲も、出力が上がる速さも把握されています。相手は二機の原型です!』

「なら、二人で――!」

 

 アカリが旋回する。その向こうに、青い掌が見えた。

 

『今、一時的に通信層がつながりました! 起点層が開いた間だけ、承認を通せます!』

 

「アカリ!」

『行く!』

 

 青銀と赤金が、同じ白い床の上へ迫る。コアの光が伸び、承認の表示が埋まりかけた。

 そこへ、白銀の腕が割り込む。

 

零位相遮断

 

 敵の顔面表示をレンが読むより早く、光が切れた。

 操縦席が横倒しになる。アズールは蒼界へ、フレアは紅界へ、別々の空に叩き返された。

 

『二機の間の位相差を零へ揃えられました! 合体承認の接続が、外から切られています!』

 

「今、つながったのに……!」

 

 レンは操縦桿を引く。追ってきた槍へ刃を当てた。

 手応えが、消える。刃は展開前の収納状態へ戻っていた。

 赤金の拳に槍が触れ、集めた熱まで落ちる。

 白銀の顔に、次の文字が浮かんだ。

 

リセット・スピンドル

 

『接触した箇所を、登録された状態へ復元しています! 刃も、加熱も、戻されます!』

 

 冷えた拳を引くより早く、円環から透明な杭が放たれた。

 二本。開いた先は、別々の世界だった。

 アズールの胸部、操縦席の左脇を、硬い音が突き抜ける。外部映像を装甲片が横切った。アズールが地面へ縫い止められ、反対側ではフレアが膝をついた。

 

「アカリ、返事を!」

『いる! でも、動かない……!』

 

 人の救難回線には声が返る。アズールからは、まだ一言もない。

 破損の表示が広がった。杭は操縦席の横を通っていた。真正面から狙えたはずなのに。

 


 

「〇・一度、ずれています」

 

 観測室で、ニルがユナへ数値を示した。

 

「攻撃の角度です。小さいので、集計では丸められています」

「誤差かもしれません。今は二人の回収を優先します」

「はい。これは、私が残します」

 

 ニルは紙を広げた。意味はまだ分からない。だから、順番を変えずに書く。鉛筆が滑るたび、映像の白銀機へ目を戻した。

 

 その槍が、動けない二機へ伸びた。

 レンの画面で、狙点が操縦席にいる自分の胸元へ重なる。服の下にある、半分の歯車。アカリの側にも、同じ照合表示が出ていた。

 

起点鍵候補 二点。回収優先目標に追加。

 

「これを、探してたのか」

 

 鎖を握っても、逃げられない。槍先が胸部の貫通痕へ迫った。

 その時、槍の先が止まった。

 透明な胸の奥で、トワの左手が制御索を掴んでいた。引いている。固定された右手は、そのままだ。

 左の指が索へ食い込み、肩が震えた。彼女はレンではなく、止めた槍の先を見ていた。

 

「何を、助けようとしてる」

 

 外部音声へ叫ぶ。琥珀色の目が、一瞬だけこちらを向いた。

 

「まだ――」

 

 開いた空を伝って、そこまで届いた。

 白銀が槍を引き、杭も抜けた。二つの裂け目の奥へ、一つの円環が退いていく。

 空が閉じるまで、レンはその胸から目を離せなかった。

 


 

 夕方、蒼界側の格納庫。

 ゲンゴはアズールの貫通痕へ顔を寄せ、工具を置いた。作業回線の向こうでは、マオがフレアの同じ場所を測っていた。

 

「穴は塞ぐ。だが、位置は消すな」

『分かってる。操縦席を外した位置ね。図面にも残す』

 

 レンは足場の上から、その細い傷の向こうを見た。自分の席が見える。

 カナメの救助集計が、端末へ届いた。

 診療所三十五名。バス二十八名。出撃時に託された六十三人は、全員いる。橋下で見つかった四人も、別に確認されていた。

 レンは飴の包みを開き、一つ口へ入れた。

 

「……アズール。三十五人、出せたよ」

 

 掌の青いコアが二度光る。

 

「でも、負けた。お前に、穴をあけた」

 

 文字が、足場の端末へ届いた。

 

『三十五名を救助。戦闘は敗北。両方、記録します』

 

 レンは飴を噛まず、舌の上で転がした。

 

「うん。俺も、どっちも忘れない」

 

 紅界では、アカリがフレアの左手へ掌を当てていた。右手首を掴んだ、あの指だ。

 

「次は、掴まれる前に止まる。分からなかったら、聞くから」

 

 赤い光が三回返った。

 ここにいる。ここを見ろ。今度は、どちらも受け取った。

 声はまだ、戻らなかった。




二回の了解と、三回の呼びかけ。
まだ、聞き直しながらの一日です。

次回、第15話「白銀の原型機」。
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