【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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共界門で、同じ顔をした二人が初めて向き合います。
一人へ戻そうとする力に、二つの世界は人の手で抗います。

七年を生きた二人を、一人に戻させない。


第16話 同じ顔の他人

第2期 ZERO BREAK編 第16話

同じ顔の他人


 

 共界門の床には、細い境界線が一本だけ走っている。

 線を挟んで、同じ顔をした男が二人、同時に口を開いた。

 

「……うわ」

「うわ、って言うなよ。こっちも言いたい」

 

 三崎トオル、二人とも三十四歳。

 蒼界では給水設備の保守員。紅界では溶接工。七年前まで、一人だった男だ。

 

 髪の分け目は逆。紅界のトオルの右手には古い火傷があり、蒼界のトオルは少し腹が出ている。

 違いを探していた二人が、ほとんど同時に笑った。

 

「一般通行は止まってるって聞いたけど」

「同位者の初回面会だけ、特例です」

 

 登録卓の前で、ユナが指を十本立てた。

 

「十分間。両世界の承認に二十二日かかりました」

「二十二日待って、十分か」

 

 紅界のトオルが右手を上げる。

 

「充分だ。七年待った」

 

 二人は線へ歩み寄り、指先を十センチ残して止めた。越境の手続きなしには、握手ひとつできない。

 

「俺たちも、ああやったな」

「額縁を挟んでね」

 

 通路の端で見守るレンへ、アカリが小声で返した。

 


 

「これ、うちのだ」

 

 蒼界のトオルが一枚の写真を出した。本人と、妻のシオリ、六歳の娘ノノが肩を寄せている。

 

「ノノは水門を見ると、でかい蛇口って言うんだ」

「六歳なら言うだろ。で、そっちは幸せそうで何よりだ」

「そっちは?」

「独り身。可哀想って顔するなよ。羨ましいだけだ」

 

 紅界のトオルは笑ったまま、火傷の残る右手を見た。

 

「これ、分裂の日に負った。誰かを庇った気はするんだが、顔だけ出てこない」

「……そうか」

「お前を見たら、思い出せると思ったんだけどな」

 

 蒼界のトオルは自分の傷のない右手を握った。すぐに慰める言葉を作らず、ただ写真を線の近くへ置いた。

 

「シオリとノノだ。覚えなくていい。会ってくれ」

「それ、覚えろって意味だろ」

 

 紅界のトオルが写真を覗き込んだ、その時だった。

 

面会記録、両側へ保存。重複記録を検出。

 

「保存を止めて!」

 

 ユナが登録卓へ手を伸ばす。だが表示は先へ進んだ。

 

同一個体 二件。正常状態へ統合を開始。

 

 写真の中で、トオルの両隣だけが薄くなった。

 

「待て」

 

 蒼界のトオルが写真を掴む。

 

「シオリ。ノノ。おい、ここにいるだろ!」

 

 身体が消えたのではない。まず写真から、次に端末の婚姻欄と親子欄から、家族を結ぶ記録だけが抜け落ちはじめていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 


 

 旗艦ノア・ギアの作戦室で、ユナは紙の資料を広げた。

 

「ゼロは、二人の三崎トオルを壊れた一人分の記録だと見ています。分裂前の起点記録では、彼は独身でした」

「だから、結婚も娘も余分だって?」

 

 アカリの問いに、ユナは頷いた。

 

「明朝までに、ノノさんの親子記録まで統合されます」

 

 カナメが共界評議会の規則書を開く。

 

「二人を別人として扱う共通規則を作る。だが採決は最短で明日の正午だ」

「間に合わないじゃん!」

「片側だけで決めれば、今すぐ通せる」

 

 カナメはそこで言葉を切った。

 

「その仕組みに変えれば、次から強い側が弱い側を押し切れる。一晩だけの近道では済まない」

 

 アカリは拳を握り、開いた。

 

「……じゃあ、仕組みを壊さずに間に合わせる」

「その方法を探す」

 

 カナメの返事は短かった。

 


 

 作戦室を出たあと、レンは通路の壁へ背を預けた。

 

「あたしたちには、同じ顔のもう一人がいないんだって」

 

 アカリが隣に並ぶ。

 蒼界の記録ではアカリが死に、紅界の記録ではレンが死んだ。互いの世界で、もう一人は生き残らなかった。

 

「さっきの二人、ちょっと羨ましかった」

「俺は、羨ましくなかった」

 

 アカリが横を見る。レンは逃げずに続けた。

 

「もう一人の俺がそっちにいたら、お前は七年、俺を待たなかったかもしれない。そう思ったら……いなくてよかった」

「最低」

「分かってる」

「でも、あたしも同じこと思った。もう一人のあんたがいたら、そっちへ会いに行ってたかもって」

 

 二人の間に沈黙が落ちる。アカリが先に息を吐いた。

 

「さっきの二人には、絶対言わないでよ」

「言えるかよ」

「じゃあ、最低なのは二人だけ」

「半分ずつにするな」

 

 アカリが肩を寄せる。レンは逃げずに、その場へ残った。

 


 

 蒼界側格納庫で、レンはアズールの掌に腰を下ろした。

 

「なあ、アズール。同位者って、何だと思う」

 

 返事は遅かった。表示に、まず二文字が浮かぶ。

 

『他人』

 

 少し間を置き、その下にもう二文字が増えた。

 

『家族』

 

「どっちだよ」

 

『両方』

 

「……そっか。一つに絞らなくていいんだな」

 

 紅界側では、アカリがフレアの脚部装甲へ背を預けていた。

 

「あたしたち、同位者はいない。でも、あんたはいる」

 

 警告灯が三回、光る。

 

「うん。分かってる」

 

 三回。

 

「だから眩しいって。……でも、ありがと」

 

 今度は二回だけ、やわらかく灯った。

 


 

 深夜二時。共界門。

 

「既存規則を使えます」

 

 ニルが門の運用紙を卓へ置いた。

 

「共界門は、両側が同じものを通すと登録しなければ保存しません。片側だけでは上書きできない」

「ゼロが一人と書くたび、こっちから二人と返すのか」

 

 ユナが統合要求の間隔を確かめ、顔を上げた。

 

「八秒に一回。採決まで十時間。片側四千五百回です」

「両側で九千回」

 

 ゲンゴが袖をまくった。

 

「機体の締結ボルトより少ねえな」

『太い指で二つ同時に押さないでよ』

 

 紅界側の卓へ着いたマオが返す。

 

「交代する」

 

 カインが焦がし砂糖の飴を置いた。

 

「俺は夜に強い」

『飴だけで徹夜する人の台詞じゃないわ』

「補給だ」

 

 八秒後、両側の卓が赤く光った。

 

三崎トオル、二人。

 

 入力。確認。送信。

 

 また八秒。

 

三崎トオル、二人。

 

 紅界側で、交代する指が一瞬遅れた。卓上の写真から、ノノの輪郭がまた薄れる。

 

『止めないで。写真、また薄くなってる!』

「分かってる。次、カイン!」

 

 ゲンゴが残り一秒で確認を押す。次の八秒には、カインが飴を脇へ置いて卓へ入った。

 

「交代する。押した者は手を上げろ」

 

 午前四時、評議会の職員が加わった。六時、給水設備の同僚が来た。八時、溶接工たちが紅界側の卓へ並んだ。

 

 誰も演説はしなかった。

 曲がった指を交代し、眠る者の肩を叩き、九千回目まで二人と書いた。

 


 

 正午。

 

同位者統合禁止規則 両側全会一致で可決。

 

『三崎トオルの識別番号、二件で確定。婚姻記録、親子記録を復元します』

 

 蒼界のトオルが写真を取り出す。

 シオリの輪郭が戻る。ノノの笑顔も戻る。

 

 彼は写真を両手で持ったまま、何度も唇を動かした。けれど声になったのは、しばらくしてからだった。

 

「……ありがとう」

「礼は評議会へ言え」

 

 ゲンゴは伸びなくなった指を振った。

 

「二十二日かかる連中が、十時間で決めた」

 

 守れた。

 そのはずだった。

 


 

 午後。戻った親子記録を確かめてから、シオリはノノの定期検診へ向かった。

 受付で、ノノが自分の診察券を差し出す。端末へ通した瞬間、係員の手が止まった。

 

該当なし。氏名、未登録。

 

「九千回、押したんだぞ!」

 

 報告を受けたレンの声が荒れる。ユナは疲れた目を伏せずに答えた。

 

「守れたのは門を通った二人と、そこへ結び直した家族関係です。ノノさん自身は分裂後に蒼界で生まれ、門を通っていない」

「じゃあ、消されたんじゃなくて」

「ゼロには、まだ書かれていない人として見えています」

 

 アカリはすぐ立ち上がった。

 

「本人はここにいる。名前だって、本人に聞けばいい」

 


 

 診療所の待合室で、ノノは空白になった診察券を膝へ置いていた。

 

「なまえ、なくなっちゃった?」

「名前は、ちゃんとありますよ。ここには、まだ書かれていないだけです」

 

 隣に座ったニルは、嘘をつかなかった。腰の袋から紙と鉛筆を出す。

 

「ここへ、あなたの名前を書いてください。あなたの字で」

「へたでもいい?」

「それがいいです」

 

 ノノは鉛筆を握り直し、大きく、いびつな文字を書いた。

 

みさき のの

 

「かけた」

「はい。あなたが書きました」

 

 ニルは紙を受け取った。記録装置は持ち上げない。

 

「入れないの?」

「入れません。装置へ入れれば共有記録になり、ゼロの判定へ送られます」

「ニルは、わすれちゃう?」

 

 ニルの右の青い瞳と、左の赤い瞳が、まっすぐノノを見る。

 

「覚えています。でも、書きません」

 

 ニルは紙を折り、ノノの右手へ返した。

 

「書かないで守る覚え方も、あります」

 

 ノノは紙を両手で包み、胸へ抱いた。

 


 

 診療所の外で、カインは自分の左手首を見ていた。

 黒い識別帯にあるのは、番号だけだ。

 

「名前は、誰かにもらうものか」

 

 その時、ヴァイスの回線へ子供の声が割り込んだ。

 

『K-0』

 

「誰だ」

 

『お前は七年間の誤差だ。記録にない時間を、どうやって自分だと言う』

 

 共界門の奥、白い廊下に黒白の機影が一瞬だけ立つ。

 胸には、針のない紫色の時計型コア。

 

 カインが一歩踏み出した時には、もう消えていた。

 彼は紙包みから飴を一つ取り、噛まずに舌へ乗せる。

 

 焦がし砂糖の味がした。

 記録にはなくても、七年かけて覚えた味だった。




二人を守った九千回の入力と、紙にだけ残した一人の名前。
どちらも、人を一つの正解へ戻させないための選択でした。

次回、第17話「K-0は名前を持たない」。
番号で呼ぶ声が、カインの七年間を問いはじめます。
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