【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

19 / 19
ヴァイスには、返事をする相棒AIがいません。
七年間、静かだった操縦席へ、子供の声が届きます。

呼ばれた番号に、どう答えるか。


第17話 K-0は名前を持たない

第2期 ZERO BREAK編 第17話

K-0は名前を持たない


 

『K-0。返答を要求する』

 

「三十八」

 

 診療所から格納庫へ戻っても、ヴァイスの受信機は同じ番号を呼び続けていた。

 カインは足元の回線を指で弾く。

 

「俺を番号で呼んだ回数だ」

『名称を訂正する必要はない。起点層で、正常状態への復元を受けよ』

 

 子供の声が、共界門の下を指す座標を送ってくる。

 ヴァイスには判断AIがない。七年間、この操縦席から返事が来たことはなかった。

 

「カイン」

 

 振り返ると、レンが乗降用の足場に立っていた。

 

「行くなら、帰ってくるつもりで行けよ」

「ついてくるな。アズールの通信層は戻っていない。零座標へ入れば、帰りを保証できん」

「一人なら保証できるみたいに言わないで」

 

 アカリが下から睨む。カインは返しかけた言葉を飲み込んだ。

 

「……顔を見たら戻る」

「見たあとも、忘れるなよ」

 

 レンが足場を空ける。その脇で、ニルが腰の記録装置を外した。

 

「私も行きます。これは、置いていきます」

「七年ぶんをか」

「向こうに読ませません。帰り道は、私も一緒に考えます」

 

 装置を作業台へ置いた手が、一度だけ止まる。

 カインは急かさず待ち、補助席への扉を開けた。

 


 

 共界門の下で、ヴァイスが零座標の亀裂を開いた。

 抜けた先では火花が止まり、工具が落ちかけたまま浮いていた。白い床と空を方眼の管理線が区切り、その端は足場のない空白へ途切れている。

 過去へ来たのではない。止まった状態を保つ、起点層だった。

 

 二人が機体から降りると、少年が火花の前へ現れた。

 黒髪。十二歳ほどの顔。左手首には黒い識別帯。カインに似ているが、床に影がなかった。

 

『私が、正しいK-0だ』

「誰が作った」

『起点管理核。分裂一秒前までのお前の観測データから構成された』

 

 同じ世界を七年生きた、もう一人ではない。残された記録から作られた投影だ。

 カインは左手首の識別帯をずらし、下の火傷を見せた。

 

「四年前についた。お前には?」

『該当なし。記録にない傷は証明にならない』

「聞いただけだ」

 

「ケイ。勝手に人を呼ぶな」

 

 閉じかけた防火扉の奥から、御影トワが歩いてきた。白銀と橙の接続服。灰褐色の短い髪に、一房だけ白い前髪。

 操縦環を離れた右手は自由で、金属の容器を持っている。

 

『その名で呼ぶな。私はK-0だ』

「私が呼びやすいようにつけた。文句なら短い名前を出せ」

 

 トワは容器を傾け、顔をしかめた。

 

「コーンスープだ。冷たい」

「温めないのか」

「ここで勝手に温まったら、故障を疑う」

「難儀な食事だな」

「慣れるなよ」

 

 カインの目が、容器を叩く指へ止まった。

 

「三百十二。あの戦いで、お前が外へ叫んだ人数だ」

「……知らない」

 

 トワは両手で容器を持ち直した。

 

「機体で命令に逆らうと、直前の記憶を復元点へ戻される。あの戦いも、途中からない」

 

 右の指が、三回。一回。二回。

 ニルが自分の指で同じ順に膝を叩く。トワは二人の手を見比べた。

 

「私が、やっているのか」

「はい。今も」

 

 トワは指を握り込まなかった。

 


 

『雑談は終わりだ。K-0、七年ぶんの誤差を切り離せ。正常な観測体へ戻せる』

 

「断る」

『条件を聞け。私には記録がある。お前には番号しかない』

「本物を決める勝負なら、しない」

『では、何をしに来た』

「顔を見に来た。見たから帰る」

 

 カインが背を向けるより先に、ニルが非常食の棚を開けた。

 

「帰る前に、食べませんか」

「今か」

「昨日から、飴しか見ていません」

 

 五種類の包みの端に、茶色い紙がある。カインが手を伸ばすと、小さな指が同じ包みへ重なった。

 ケイの指は、紙を動かせずに止まった。

 

「それが好きなのか」

『……検索中。該当する命令記録がない』

「好物まで命令待ちか。俺は待たんぞ」

 

 カインは包みを開き、焦がし砂糖を口へ入れる。

 ニルが笑いかけて、唇を押さえた。

 

『何がおかしい』

「すみません。同じものへ手が伸びたので」

『それも誤差だ』

「食べたいくらい、いいだろう」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ケイは自分の指を見た。次の瞬間、投影が消える。

 奥の方眼を踏み割り、黒白の機体が進み出た。

 

OG-01 ノクト

 

 細身の完全人型。紫色の胸部コアは、針のない時計に似ている。両手に一本ずつ、短い位相刃。

 

『私の遠隔操作で、お前を停止させる』

 

「ヴァイスと同じ系統か」

『原型はこちらだ』

「七年ぶんの癖まで、同じだと思うな」

 

 カインはニルを防火扉の脇へ退かせ、ヴァイスの乗降口へ走った。

 

「トワ、そっちを頼む!」

「言われなくても、いる」

 


 

 ノクトの右刃が扉の前を薙ぐ。

 ヴァイスが割り込み、二本の刃で受けた。衝撃が腕から背へ抜け、カインの歯が鳴る。

 押し合わずに膝を沈め、低い位置から左肩へ斬り上げた。

 

 黒白の装甲が裂ける。

 

差分消去

 

 ノクトの足が三秒前に踏んだ方眼へ戻った。腕も、肩も、斬られる前の位置にある。傷まで消えていた。

 今度は先に身を開き、ヴァイスの右脇へ刃を突き込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 座席が横へ跳ねる。カインは肘を縁へ打ちつけた。

 

『読んだ動作を消し、やり直す。最大三秒。それだけで充分だ』

 

 二度目は上から。三度目は低く。届くたびノクトが被弾前へ戻り、別の角度から刃を返す。

 戻るのは、読まれた記録にある動作と損傷。カインの打った肘も、ヴァイスの裂けた右脇も、そのままだ。

 

「カインさん、右へ寄らないで!」

 

 ニルの声で、足元を見る。右の方眼の先には床がない。

 ヴァイスは左へ踏みとどまり、追う二刃を弾いた。

 

『お前の七年は、私の記録に勝てない』

「まだ立ってるだろうが!」

 

 カインは刃を交差させて受け止め、ノクトを扉から押し離す。

 ニルがその間に、足場のない外側へ目を向けた。

 

「戻る先は、方眼の上ばかりです。外を通る動きまで、読めるでしょうか」

「抜けた先をどうする」

「今、考えます。私の装置にもない道を」

 

 昔の航路なら記録を読まれる。装置を置いただけでは、方眼の上の動きまで隠れない。

 その外を通り、今まで使っていない角度から戻る。

 

「声で一度だけ渡します。左の方眼を三つ。上へ一つ。床がなくなったら、戻らず前へ」

「……お前も、通ったことはないな」

「ありません」

 

 カインの口元が上がる。

 

「なら、二人で確かめる」

 

 ヴァイスが左へ跳ぶ。一つ、二つ、三つ。

 最後の床を蹴り、追ってくる刃の上へ抜ける。空の方眼を一つ越えた。

 カインは操縦桿を引き戻さず、前へ倒す。足場のない空白へ亀裂を開き、機体ごと飛び込んだ。

 

無銘航路

 

 黒銀の刃が、管理線の外から現れた。

 ノクトが差分消去をかけ、三秒前の足位置へ戻った。

 そこにヴァイスはいない。読まれた三秒の記録に、外を回った航路は含まれていなかった。

 

「そこだ!」

 

 カインは右刃を振り抜く。

 紫色の時計型コアへ一本の線が走り、ノクトが片膝をついた。

 傷は浅い。だが、消えない。読めなかった航路を埋めて、被弾前の動作をやり直すことはできなかった。

 


 

『……なぜだ』

 

 ノクトが刃を下ろし、ケイの投影が床へ戻る。

 カインも機体を止めて降りた。ニルが扉の脇から歩み寄る。

 

「航路に登録名をつけますか」

「つけるな」

「では、無銘航路と呼ぶだけにします」

 

 ケイは、カインの識別帯を見ていた。

 

『お前には、名前さえないはずだ』

「ある。俺が決めて、ニルが呼んだ」

『記録係が呼んだのなら、登録されている』

「していません。私はその名前を呼びました。装置に書いたのではありません」

 

 ニルの右の青い瞳と、左の赤い瞳が少年を見る。

 カインはケイの手首へ指を伸ばした。識別帯に触れようとして、すり抜ける。

 

「お前は俺じゃない。だから、俺もお前の偽物じゃない」

『証明になっていない』

「する気はない。腹が減って、火傷をして、七年生きた。お前の許可で捨てられるものか」

 

 指を戻し、棚の茶色い包みを見る。

 

「お前があれを選んだのも、消すなよ」

『……余計なお世話だ』

 

 即答だった。検索を待たなかった。

 カインは、もう言い返さなかった。

 


 

 防火扉が軋んだ。

 

「帰れ。浅い層でも、長くいれば復元対象に入る」

 

 トワが空の容器を置く。カインはニルを補助席へ乗せ、最後に振り返った。

 

「次は、続きを聞きに来る」

「私が覚えている保証はないぞ」

「こっちが覚えておく」

 

 トワは口を開き、閉じた。代わりに指が、三回、一回、二回と動いた。

 

 亀裂を抜けると、頭上の雲が動いていた。

 格納庫で待つレンへ、カインは手を上げる。アカリはヴァイスの右脇を見て、言いかけた小言をゲンゴに譲った。

 

 ニルは作業台の装置を取り上げ、電源へ指を置かなかった。

 

「航路は書きません。笑ったことも」

「そっちは忘れろ」

「それは、断ります」

 

 カインが飴を二つ出し、一つを渡す。

 ニルは受け取ってから、今度は口元を隠さず笑った。

 


 

 その夜、両世界の行政端末も、診療所の受付も、共界門の登録卓も、同じ文字に切り替わった。

 

対話を要求します。差分を苦痛から解放します。

 

 白い円環と黒い空白が、顔のない人型を作る。

 七年前の職員たちの声が、何十人ぶんも同じ抑揚で重なった。

 

 起点管理核ゼロが、自ら答えを求めていた。




装置に書かなかった名前と、その場で選んだ航路。
カインたちは、同じ記録へ戻らずに帰ってきました。

次回、第18話「ゼロの正義」。
起点管理核が、二つの世界へ復元を提案します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。