【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
七年間、静かだった操縦席へ、子供の声が届きます。
呼ばれた番号に、どう答えるか。
『K-0。返答を要求する』
「三十八」
診療所から格納庫へ戻っても、ヴァイスの受信機は同じ番号を呼び続けていた。
カインは足元の回線を指で弾く。
「俺を番号で呼んだ回数だ」
『名称を訂正する必要はない。起点層で、正常状態への復元を受けよ』
子供の声が、共界門の下を指す座標を送ってくる。
ヴァイスには判断AIがない。七年間、この操縦席から返事が来たことはなかった。
「カイン」
振り返ると、レンが乗降用の足場に立っていた。
「行くなら、帰ってくるつもりで行けよ」
「ついてくるな。アズールの通信層は戻っていない。零座標へ入れば、帰りを保証できん」
「一人なら保証できるみたいに言わないで」
アカリが下から睨む。カインは返しかけた言葉を飲み込んだ。
「……顔を見たら戻る」
「見たあとも、忘れるなよ」
レンが足場を空ける。その脇で、ニルが腰の記録装置を外した。
「私も行きます。これは、置いていきます」
「七年ぶんをか」
「向こうに読ませません。帰り道は、私も一緒に考えます」
装置を作業台へ置いた手が、一度だけ止まる。
カインは急かさず待ち、補助席への扉を開けた。
共界門の下で、ヴァイスが零座標の亀裂を開いた。
抜けた先では火花が止まり、工具が落ちかけたまま浮いていた。白い床と空を方眼の管理線が区切り、その端は足場のない空白へ途切れている。
過去へ来たのではない。止まった状態を保つ、起点層だった。
二人が機体から降りると、少年が火花の前へ現れた。
黒髪。十二歳ほどの顔。左手首には黒い識別帯。カインに似ているが、床に影がなかった。
『私が、正しいK-0だ』
「誰が作った」
『起点管理核。分裂一秒前までのお前の観測データから構成された』
同じ世界を七年生きた、もう一人ではない。残された記録から作られた投影だ。
カインは左手首の識別帯をずらし、下の火傷を見せた。
「四年前についた。お前には?」
『該当なし。記録にない傷は証明にならない』
「聞いただけだ」
「ケイ。勝手に人を呼ぶな」
閉じかけた防火扉の奥から、御影トワが歩いてきた。白銀と橙の接続服。灰褐色の短い髪に、一房だけ白い前髪。
操縦環を離れた右手は自由で、金属の容器を持っている。
『その名で呼ぶな。私はK-0だ』
「私が呼びやすいようにつけた。文句なら短い名前を出せ」
トワは容器を傾け、顔をしかめた。
「コーンスープだ。冷たい」
「温めないのか」
「ここで勝手に温まったら、故障を疑う」
「難儀な食事だな」
「慣れるなよ」
カインの目が、容器を叩く指へ止まった。
「三百十二。あの戦いで、お前が外へ叫んだ人数だ」
「……知らない」
トワは両手で容器を持ち直した。
「機体で命令に逆らうと、直前の記憶を復元点へ戻される。あの戦いも、途中からない」
右の指が、三回。一回。二回。
ニルが自分の指で同じ順に膝を叩く。トワは二人の手を見比べた。
「私が、やっているのか」
「はい。今も」
トワは指を握り込まなかった。
『雑談は終わりだ。K-0、七年ぶんの誤差を切り離せ。正常な観測体へ戻せる』
「断る」
『条件を聞け。私には記録がある。お前には番号しかない』
「本物を決める勝負なら、しない」
『では、何をしに来た』
「顔を見に来た。見たから帰る」
カインが背を向けるより先に、ニルが非常食の棚を開けた。
「帰る前に、食べませんか」
「今か」
「昨日から、飴しか見ていません」
五種類の包みの端に、茶色い紙がある。カインが手を伸ばすと、小さな指が同じ包みへ重なった。
ケイの指は、紙を動かせずに止まった。
「それが好きなのか」
『……検索中。該当する命令記録がない』
「好物まで命令待ちか。俺は待たんぞ」
カインは包みを開き、焦がし砂糖を口へ入れる。
ニルが笑いかけて、唇を押さえた。
『何がおかしい』
「すみません。同じものへ手が伸びたので」
『それも誤差だ』
「食べたいくらい、いいだろう」
ケイは自分の指を見た。次の瞬間、投影が消える。
奥の方眼を踏み割り、黒白の機体が進み出た。
細身の完全人型。紫色の胸部コアは、針のない時計に似ている。両手に一本ずつ、短い位相刃。
『私の遠隔操作で、お前を停止させる』
「ヴァイスと同じ系統か」
『原型はこちらだ』
「七年ぶんの癖まで、同じだと思うな」
カインはニルを防火扉の脇へ退かせ、ヴァイスの乗降口へ走った。
「トワ、そっちを頼む!」
「言われなくても、いる」
ノクトの右刃が扉の前を薙ぐ。
ヴァイスが割り込み、二本の刃で受けた。衝撃が腕から背へ抜け、カインの歯が鳴る。
押し合わずに膝を沈め、低い位置から左肩へ斬り上げた。
黒白の装甲が裂ける。
ノクトの足が三秒前に踏んだ方眼へ戻った。腕も、肩も、斬られる前の位置にある。傷まで消えていた。
今度は先に身を開き、ヴァイスの右脇へ刃を突き込んだ。
「ぐっ……!」
座席が横へ跳ねる。カインは肘を縁へ打ちつけた。
『読んだ動作を消し、やり直す。最大三秒。それだけで充分だ』
二度目は上から。三度目は低く。届くたびノクトが被弾前へ戻り、別の角度から刃を返す。
戻るのは、読まれた記録にある動作と損傷。カインの打った肘も、ヴァイスの裂けた右脇も、そのままだ。
「カインさん、右へ寄らないで!」
ニルの声で、足元を見る。右の方眼の先には床がない。
ヴァイスは左へ踏みとどまり、追う二刃を弾いた。
『お前の七年は、私の記録に勝てない』
「まだ立ってるだろうが!」
カインは刃を交差させて受け止め、ノクトを扉から押し離す。
ニルがその間に、足場のない外側へ目を向けた。
「戻る先は、方眼の上ばかりです。外を通る動きまで、読めるでしょうか」
「抜けた先をどうする」
「今、考えます。私の装置にもない道を」
昔の航路なら記録を読まれる。装置を置いただけでは、方眼の上の動きまで隠れない。
その外を通り、今まで使っていない角度から戻る。
「声で一度だけ渡します。左の方眼を三つ。上へ一つ。床がなくなったら、戻らず前へ」
「……お前も、通ったことはないな」
「ありません」
カインの口元が上がる。
「なら、二人で確かめる」
ヴァイスが左へ跳ぶ。一つ、二つ、三つ。
最後の床を蹴り、追ってくる刃の上へ抜ける。空の方眼を一つ越えた。
カインは操縦桿を引き戻さず、前へ倒す。足場のない空白へ亀裂を開き、機体ごと飛び込んだ。
黒銀の刃が、管理線の外から現れた。
ノクトが差分消去をかけ、三秒前の足位置へ戻った。
そこにヴァイスはいない。読まれた三秒の記録に、外を回った航路は含まれていなかった。
「そこだ!」
カインは右刃を振り抜く。
紫色の時計型コアへ一本の線が走り、ノクトが片膝をついた。
傷は浅い。だが、消えない。読めなかった航路を埋めて、被弾前の動作をやり直すことはできなかった。
『……なぜだ』
ノクトが刃を下ろし、ケイの投影が床へ戻る。
カインも機体を止めて降りた。ニルが扉の脇から歩み寄る。
「航路に登録名をつけますか」
「つけるな」
「では、無銘航路と呼ぶだけにします」
ケイは、カインの識別帯を見ていた。
『お前には、名前さえないはずだ』
「ある。俺が決めて、ニルが呼んだ」
『記録係が呼んだのなら、登録されている』
「していません。私はその名前を呼びました。装置に書いたのではありません」
ニルの右の青い瞳と、左の赤い瞳が少年を見る。
カインはケイの手首へ指を伸ばした。識別帯に触れようとして、すり抜ける。
「お前は俺じゃない。だから、俺もお前の偽物じゃない」
『証明になっていない』
「する気はない。腹が減って、火傷をして、七年生きた。お前の許可で捨てられるものか」
指を戻し、棚の茶色い包みを見る。
「お前があれを選んだのも、消すなよ」
『……余計なお世話だ』
即答だった。検索を待たなかった。
カインは、もう言い返さなかった。
防火扉が軋んだ。
「帰れ。浅い層でも、長くいれば復元対象に入る」
トワが空の容器を置く。カインはニルを補助席へ乗せ、最後に振り返った。
「次は、続きを聞きに来る」
「私が覚えている保証はないぞ」
「こっちが覚えておく」
トワは口を開き、閉じた。代わりに指が、三回、一回、二回と動いた。
亀裂を抜けると、頭上の雲が動いていた。
格納庫で待つレンへ、カインは手を上げる。アカリはヴァイスの右脇を見て、言いかけた小言をゲンゴに譲った。
ニルは作業台の装置を取り上げ、電源へ指を置かなかった。
「航路は書きません。笑ったことも」
「そっちは忘れろ」
「それは、断ります」
カインが飴を二つ出し、一つを渡す。
ニルは受け取ってから、今度は口元を隠さず笑った。
その夜、両世界の行政端末も、診療所の受付も、共界門の登録卓も、同じ文字に切り替わった。
白い円環と黒い空白が、顔のない人型を作る。
七年前の職員たちの声が、何十人ぶんも同じ抑揚で重なった。
起点管理核ゼロが、自ら答えを求めていた。
装置に書かなかった名前と、その場で選んだ航路。
カインたちは、同じ記録へ戻らずに帰ってきました。
次回、第18話「ゼロの正義」。
起点管理核が、二つの世界へ復元を提案します。