【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
七年ぶりに届いた返事。その声を聞きながら、二人はそれぞれの街で立ち上がる。
「もう一度、呼んでくれ」
蒼界の白銀の街で、レンは青い半歯車を握ったまま、赤い亀裂へ走った。
聞き間違いなら、欠片まで光るはずがない。
そう思いたいだけかもしれない。それでも、立ち止まれなかった。
夜の街に警報が響く。避難する人々とは逆の方へ、裂け目が伸びていた。
そこから、白い人型の巨人が降りてきた。
二本の腕と脚。顔には紫の光。胸の黒い円へ、街の明かりが吸い込まれていく。
通りの向こうで、巨人の右腕が上がった。
その先に、転んだ男の子。レンとの間には、まだ車道がある。
子どもが顔を上げる。紫の光が、腕の先で膨らんだ。
「伏せろ!」
レンは車道へ飛び出した。男の子を抱え、道路脇へ転がる。膝が地面にぶつかった。痛みをこらえ、子どもの頭へ腕をかぶせる。
紫の光が、頭上を抜けた。
顔を上げると、向かいの建物の壁がない。瓦礫さえ落ちてこない。部屋の内側だけが、夜空へ剥き出しになっていた。
遅れて母親が駆け寄ってきた。避難口の前には、住民を乗せる艇が待っている。
「あの艇まで走って。お母さんの手、離すなよ」
男の子が泣きながら頷いた。母親が何か言いかけたが、レンは艇の方を指した。
「早く!」
子どもを託す。青い欠片が掌を照らした。
旧研究区画の封鎖路が開き、青銀の巨人が地底からせり上がる。胸の青い半円が、欠片と同じ間隔で光った。
『蒼界機アズール、起動。蒼羽レン、搭乗しますか』
「あの人たちを守れるか」
『はい。私の腕なら、間に入れます』
黒い円が、逃げる母子へ向いた。
「乗せてくれ!」
青い光がレンを包んだ。
地面が足元から消え、次の瞬間には操縦席にいる。白と青の装甲服が身体を覆った。
欠片を胸元へ収め、両手で操縦環を握った。
『進みたい方向を考えてください』
母子の前へ。
そう考えた途端、アズールが踏み出した。画面の建物が一気に流れる。
速い。大きい。
レンは前へつんのめり、操縦環にしがみついた。
「待て、一歩が……でかい!」
『歩幅を抑えます。手は離さないでください』
「離せるか、こんなの!」
青銀の足が地面を踏み直した。低い響きが座席まで上がってくる。
目の前には、白い巨人。背後には、逃げる母子。
今度は、間に立てた。
同じ夜、紅界の旧研究区画。
アカリは、鉄骨の下に挟まった老人の手を握っていた。
さっき青い亀裂が開いたとき、向こうに白銀の街が見えた。欠片を握って顔を上げる少年も。
背は伸びていた。それでも、忘れられる姿ではなかった。
思わず「レン!」と叫んだ。亀裂はすぐに揺らぎ、返事は聞こえなかった。
確かめに走りたかった。けれど、握った手は離せなかった。
「私につかまって。もう少しだから」
老人の手が、力なく袖を引いた。先に行けとでも言うように。
アカリは首を振り、鉄骨へ肩を入れる。びくともしない。
「置いていかないってば……!」
『左の瓦礫に足をかけて。押すより、持ち上げてください』
「誰……どこにいるの?」
『その欠片から呼んでいます。紅界機フレアです。今は、左の足場を使って!』
明るい中性の声。
アカリは瓦礫へ足をかけた。腕が震える。歯を食いしばって持ち上げると、鉄骨の下に隙間ができた。
「今、脚を抜いて!」
老人が這い出す。アカリは鉄骨を下ろし、荒い息を吐いた。
赤い光が隣の地面から噴き上がり、赤金の巨人が立った。
『私に乗ってください。この腕なら、もっと大きいものも支えられます』
「乗る。だから先に、この人を運んで!」
フレアが掌を地面へ下ろす。アカリは老人を乗せ、地下水路の入口で待つ若者へ手を振った。
赤い掌が老人を乗せたまま、水路の入口へ移る。若者が老人を抱き下ろすのを見届けてから、アカリは搭乗を選んだ。
赤い操縦席で、白と赤の装甲服が形成される。
『向こうの機体を見つけました。つなぎます!』
「待って、向こうって、あの……」
『さっき、亀裂越しに呼んだ相手です。今度は声が通ります』
続いて、低い少年の声が届いた。
『アカリ! 今度は聞こえるか!』
アカリは操縦環を握り損ねた。
「聞こえる。レン、聞こえてる!」
青い操縦席で、レンの息が止まった。
自分の呼び掛けへ、返事が来た。
「……声、変わったな」
『レンだって。すごく低くなった』
「そうか?」
『うん。でも、呼び方は一緒』
アカリの声が震えた。笑っているのか、泣いているのか、分からない。
『私、十七になったんだよ』
「俺も。……アカリは、十歳のままだと思ってた」
『私だって、そう思ってた』
アカリは赤い欠片を胸元で握った。
『レンは、私を押し出して、死んだのに』
「こっちでは、アカリが俺を逃がして、死んだんだ」
その先の言葉が出なかった。
慰霊碑の年齢は十歳。彼女の声は、その先の七年を生きていた。
『今日、七本目を刻んだの。レンの名前の下に』
「俺は、アカリの碑に花を置いた」
向こうで小さく息を吸う音がした。
花を置いた日も、線を足した日も、消えはしない。知らない場所で、彼女も同じだけ待っていた。
「生きてたんだな」
聞いたばかりなのに、また同じことを言っていた。
『うん。生きてるよ』
今度の返事は、ゆっくりだった。
レンは息を吸う。まだ聞きたいことがある。七年分、何から聞けばいいのかも分からない。
白い巨人の腕が、また上がった。
レンは涙でぼやけた画面を瞬きして見る。
「その前に、こいつを止める」
『切らないでね。戦ってる間も』
「切らない。やっと話せたんだぞ」
『うん。じゃあ、早く終わらせよう』
『境界保全機構、白瀬ユナです。二人とも、敵の胸を見てください。ヌルの中核は、青と赤の間を移っています』
青い操縦席の通信窓に、淡い水色の髪の女性が映った。隣の窓には、紅界の映像がある。
レンの目に、壊れた道路と地下へ逃げる列が入った。
「同じやつが、そっちにも……」
赤い映像の中で、同じ黒い円が膨らんだ。
『中核は一つです。片方から掴んでも、もう片方へ逃げます』
レンは操縦環を押し、青い掌を白い胸へ向けた。円環が伸びる。
捉えた――と思った瞬間、白い胸がほどけた。円環だけが向こうへ抜ける。
紅界では、アカリが操縦環を突き出した。フレアの拳が敵の胸へ飛ぶ。
当たる。
けれど、手応えがない。赤い拳は、白い輪郭を突き抜けていた。
『アイオン・ロック、もう一度かけます。レン、円環を胸から外さないでください』
『こっちは、フレア・バーストを使えます。殴る準備はできてます!』
「赤い方へ寄ったときに、俺が止める。合図で殴ってくれ」
『分かった!』
ヌルが腕を上げる。紅界の映像で、黒い円の縁が赤側へ寄った。
「今!」
レンが操縦環を握り込む。青い円環が閉じた。
その前に、赤い拳は胸を抜けていた。
アカリが息をのむ。閉じた輪と、振り抜いた拳。わずかなずれで、また逃がした。
「待って、まだ止まってなかった!」
『今って言ったじゃん!』
「……悪い。掴めたら、もう一度呼ぶ」
言い直す間にも、円環は空を締めていた。
声が届くだけでは足りない。自分に見えているものが、アカリにも見えるわけではなかった。
ヌルの胸が開く。開いた白い装甲の間で、黒い円が膨らんだ。
蒼界では避難艇の足元が、紅界では水路の入口が、白く薄れていく。
艇の脚が傾く。窓の中で、さっきの男の子が母親にしがみついた。離陸できない。
紅界では、老人を支える若者が入口で足を止めた。次の一歩を置くはずの地面が、薄れていた。
通信窓のユナが、二人へ提案した。
『二機を重ねて、両方から一度に掴む方法があります。フェイズ・ドッキングです』
「二機で、一機になる……?」
『はい。ただ、成功例はありません』
ユナは一度唇を結び、それから続けた。
『失敗すれば、二機とも世界の間に取り残されます。それでも、今は二人に頼むしかないんです』
アカリの指が操縦環の上で止まる。
『取り残されたら……レンの声も、聞こえなくなる?』
ユナは答えなかった。つながっていられるとは、約束できないのだ。
レンも操縦環を握ったまま、赤い通信表示を見た。やっと返事が来た。これを、もう一度失うかもしれない。
「アズール。今のまま、二人で止められないか」
『今の拘束では間に合いません。中核を止める前に、避難路が消えます』
『フレアも同じです。力を上げても、拳が通り抜けてしまいます』
別々の声が、別々の操縦席で答える。
『片方を切り離せば、もう片方の避難路は残せます』
ユナの声が低くなった。
青か、赤か。レンは避難艇を見た。アカリは水路の列を見た。
相手に会うために、ここにいる人を捨てるのか。
「あの子に、あの艇へ行けって言ったんだ。飛び立つまで守る」
『私も、置いていかないって言った』
レンは赤い窓へ顔を向けた。
「両方、助ける。で、アカリと続きを話す」
『うん。私も、まだ話し終わってない』
青い操縦席の隣が明るくなり、赤い操縦席の像が現れた。
長い赤褐色の髪。琥珀色の瞳。涙の跡がある頬。
十七歳のアカリが、レンを見ていた。
二人の間には薄い位相窓がある。互いの席を映すだけで、身体はそれぞれの世界に残っている。
「……アカリ」
『うん。こっち、見えてる?』
「ああ。髪、長くなったな」
『七年だもん。レンも大きくなった』
笑おうとして、アカリの口元が歪んだ。レンも何か言おうとしたが、声にならない。
『その顔、見たら……余計、泣くじゃん』
レンは袖で目を拭いた。アカリも、自分の袖を頬へ押し当てる。
「アズール。俺は両方を助けたい。お前も、一緒に来てくれるか」
『私は両界の救助を選びます。アズール、合体承認』
赤い操縦席で、アカリが問い掛けた。
『フレア。さっきのおじいさん、まだ入口にいる。私、あそこへ戻りたい』
『私も、あの人たちを助けます。フレア、合体承認』
アズールの落ち着いた声。フレアの、弾むような声。
二つとも、ここにいる。
ユナが四者の返答を確認する。
『選択未来、一致。両機の承認を確認しました』
レンとアカリは、別々の操縦環を握り直した。
二人の声が、同じ瞬間に重なった。
青銀と赤金の装甲が、光の粒へ解けた。
青と赤が走り、一つの輪郭へ組み上がる。二本の腕。二本の脚。
二つの世界にまたがって、巨人が立った。
胸の半円コアが噛み合う。低く、重い響きが二つの操縦席へ届いた。
黄金の歯車が、回り始める。
『双界機神、インフィナイト』
インフィナイトが踏み出した。レンが避難艇の前で止まろうとする一方、アカリは敵へ近づこうとしていた。
上体が前へ流れ、片足が遅れる。傾いた操縦席で、レンの肩が背もたれへぶつかった。
「レン、遅い!」
アカリの声へ、レンが返す。
「アカリが先に出すぎなんだって!」
傾く画面の端に、避難艇の窓が入った。小さな手が、窓を押している。
赤い席で、アカリが操縦環を握り直す。水路の入口へ向き直った。
「私、敵の前まで出る! 後ろ、見てて!」
レンは避難艇と水路の位置を見比べた。前へ行きすぎれば、片方が腕の陰からはみ出す。
「三歩で止まれ! そこからなら、両方かばえる!」
「三歩ね。合わせて!」
青側の腕が避難艇を、赤側の肩が水路の入口を覆う。
青側の掌から広げた障壁が、両方の避難路を包んだ。
紫の光が障壁へ叩きつけられた。
操縦環が跳ねる。レンの肩が背もたれへぶつかった。赤い席でも、アカリの身体が揺さぶられる。
アカリが息を詰まらせ、声を上げた。
「っ、押される!」
レンは操縦環を押さえ、すぐに返した。
「ここで止める! アカリ、足を踏ん張れ!」
レンは奥歯を食いしばった。アカリも操縦環を押し返す。
青と赤の足が踏ん張り、後ろの人たちを守る。
艇は倒れていない。水路の入口では、老人を支えた若者たちが、障壁の下を抜けて、水路へ駆け込んでいく。
『アズール、両界の中核位置を確認』
『拳はいけます。アカリ、今度は胸が止まるのを見て!』
レンは敵の胸へ青側の掌を向けた。
「アイオン・ロック!」
青い円環が、両方の世界で閉じた。黒い円が止まる。
レンは操縦環を引き寄せた。逃げようとする力が、両腕へ食い込む。
アカリは、その瞬間を見届けた。
「フレア・バースト!」
赤側の拳が、黒い円へ叩き込まれた。
重い手応えが、二つの操縦環を貫く。アカリの肘が押し戻され、レンの両手も跳ねた。
今度は、当たっている。
割れた中核から、紫の刃が伸びた。
拳の脇をすり抜けて、胸の歯車へ来る。
「胸、来るぞ!」
アカリが拳を引き戻した。青と赤の掌が、刃を挟む。
歯車の目の前で止めた。金属のきしみが座席まで響く。
刃は、まだ伸びようとしていた。操縦環が押し返す。レンは肘を張り、アカリも両手を握り直した。
『胸の出力を、掌へ。ツイン・ギア・バーストを使えます』
アズールの声に、フレアが続く。
『中核に向けます。後ろの人たちには、当てません』
「アカリ、合わせるぞ!」
レンが位相窓へ呼び掛ける。
「今度は、私が数える。いい?」
「ああ!」
アカリは押し返される操縦環を握り込み、声を張った。
「三、二、一!」
胸の歯車から、二つの掌へ光が走った。
黄金の円環が広がった。
紫の刃を砕き、黒い中核を包み込む。白い胸へ走った亀裂が、一気に広がった。
押し返していた力が消えた。二つの操縦席が前へ揺れる。
ヌルの巨体が粒子となり、二つの空へ散っていく。
レンは荒い息を吐いた。操縦環を握る指を、ようやく少し緩める。
薄れていた道路と水路の入口が、色を取り戻す。
避難艇が浮いた。窓の男の子が、両手を振っている。
アカリが赤側の腕を上げ、振り返した。レンは青側の腕を下ろしたまま、艇が傾かず上がっていくのを見届ける。
「青い方も振れば?」
「一機なのに、両手で振るのか」
「うん。二人で助けたんだから」
青側の手も、ゆっくり上がった。
合体が解け、アズールは蒼界へ、フレアは紅界へ降りた。
位相窓のアカリが薄れていく。レンは操縦環から片手を離したが、窓へ伸ばしかけて止めた。
まだ、手の届く距離ではない。
『二機ともノア・ギアへ案内します。通信はまだ調整が必要なので、途中で切れるかもしれません』
ユナの誘導光が、青と赤に分かれて灯った。
「アカリ。さっきの水路、避難する場所だって、すぐ分かったんだな」
『うん。何度も使ったから』
レンは、壊れた道路の映像へ目を戻した。
「……七年ずっと、あんなところに?」
『ずっとじゃないよ。直せたところもある。見せたい場所だって、あるんだから』
レンの知らない七年があった。
自分が碑に花を供えていた間、彼女は人を支え、瓦礫を持ち上げていた。
「聞かせてくれよ。俺の知らないところ、全部」
『全部は長いよ。途中で寝ないでね』
「寝ない。……一回で全部じゃなくても、いいから」
赤い像が笑った。
『じゃあ、明日も呼ぶ。レン』
「ああ。つながったら、必ず返事をする」
通信が途切れる直前、赤い欠片を握る彼女の手が見えた。
青い欠片を握り返す。今度は、死者へ渡す言葉ではなかった。
世界の狭間で、同じ戦闘記録を見ていた青年がいた。
黒銀の巨人の前で、青年が青と赤の合体像を消す。
「次は、揃わせない」
紫の光が、暗がりに灯った。
話したいことは、七年分。
次回、第2話「黒銀の追跡者」。
続きの話をするために、今度は互いの背中を預けます。