【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
失った人に、もう一度会える。その提案を、簡単には断れません。
けれど、今ここにいる人の返事は。
「お父さん。あの人、顔がない」
三崎ノノが、父の上着を引いた。
蒼界第七区の広場。夜の案内板を白い光が覆い、その前に、人の背丈ほどの投影が立っている。白い円環の内側は黒い空白で、目も口もなかった。
父のトオルは娘の手を握り直す。ノノのもう片方の手には、診療所から持ち帰った、折り畳んだ紙があった。ニルにもらい、自分の名前を書いた紙だ。
『対話を要求します』
口のない相手から、何十人もの声が重なって出た。
隣の男が、荷物を落とした。
「親父……?」
男は投影へ近づき、すぐに足を止める。呼びかけても、父親の返事はなかった。どの声も同じ速さで、同じ言葉を繰り返していた。
旗艦ノア・ギアの艦橋にも、同じ投影が現れていた。
招集を受けて駆けつけたレンたちを、白い円環が迎えた。
レンが前へ出かけると、カナメが手で止めた。
「ゼロ。話は聞く。その前に、条件がある」
カナメは蒼界と紅界の中継表示を指す。
「両方へ同時に届ける。途中で切らない。こちらにも、そちらと同じだけ話す時間を渡す」
『承認します』
「質問に都合が悪くてもだ」
『隠す情報はありません』
カナメは一拍待ち、通信担当へ頷いた。
「各地の質問用回線も開いてくれ。こちらの証言を先に流す」
脇の扉から、兵士に付き添われた男が入ってきた。
アウレル・ゼロ。手首の拘束具を証言台へ置き、カメラを見る。レンは、その男の指が揃うのを見ていた。その手の持ち主が、自分たちを観測室へ入れたのだ。
「七年前の選択実験について話す。命令を送ったのは、百二十七年後のクアドラだ。二つの未来から一つを選べ、と」
広場から声が上がる。
『また誰かのせいか!』
「命令を実行したのは私だ」
アウレルは声を張らなかった。
「蒼羽レン、緋月アカリ、K-0。子供を三人、観測室へ入れた。何を選ばせるかも、失敗すればどうなるかも知らせなかった。そこは、私の責任だ」
隣で、アカリの靴底が床を擦った。
レンも口を開きかけた。言いたいことは、七年ぶんあった。だがアウレルが自分で言い終えるまで、手すりを握って待った。
「起点管理核は、実験を命じた相手ではない。災害に際して復元用の記録を保持した安全管理系だ。戻す基準は、分裂一秒前だ」
「……あれは、悪くないって言いたいのか」
レンの声をマイクが拾った。
アウレルは初めて、こちらを見た。
「違う。誰が何をしたかを、混ぜるなと言っている」
「混ぜたら?」
「私がしたことまで、あれの責任にできる」
レンは握っていた手を緩めなかった。
「終端機関ゼロは、私が作った組織だ。断片記録にあった最上位命令名の『ZERO』を、組織名と私の姓へ使った。起点管理核から許可を得たわけではない」
拘束具が台に当たった。
「過去の状態で今を上書きすれば、分裂後に生まれた人間は消える。それも知っていた」
広場の罵声が、今度はすぐに途切れなかった。
アウレルは黙って聞いた。静まったところで、口を開く。
「知らなかったのは、私の命令を待たずに上書きを実行できる管理核が残っていたことだ。知らなかったことと、知って利用したこと。両方を残せ。後で私が、都合のいいほうだけ選べないように」
質問と証言が続く間、白い投影は動かなかった。
カナメが証言台の照明を落とす。
「待たせた。そちらの提案を聞こう」
『私は管理者です。復元の許可を、七年間待ちました』
「誰を待っていた?」
『許可を出す者です。誰も来ませんでした。現在は、待機の継続を異常と判定しています』
ユナの鉛筆が止まった。
「直す人が来なかったから、自分で直すことにした……」
『はい。復元すれば、苦痛の原因を除去できます』
白い円環が広がった。
艦橋の中央へ、割れていない研究区画が映し出される。廊下を白衣の人々が行き交い、書類を受け取った女性が、相手へ小さく頭を下げていた。
広場の男が、今度こそ膝をついた。
『これが、分裂一秒前の正常状態です』
映像が観測室へ移る。
十歳のレンとアカリが、並んでいた。
レンは息を吸い損ねた。隣のアカリも、手すりへ指を置いたまま動かない。
映像の二人はまだ、相手が死ぬところを見ていない。
『蒼羽レン、緋月アカリ。あなたたちは引き裂かれていません』
次の白い部屋には、ニルがいた。
『K-2。あなたは一人を選ぶ必要がありません』
「ニルです」
小さかったが、艦橋では聞こえた。
「今の私は、ニルです」
カインが横へ立つ。ニルは映像を見続けたが、彼の袖から指を離さなかった。
『K-0は境界へ落ちていません。御影トワは一秒に閉じ込められていません。白環災害で失われた人々は、生存しています』
各地の回線から、名前を呼ぶ声が次々に入った。
誰かが泣きながら笑っていた。
「……本当に、できるのか」
レンが尋ねたのは、ゼロではなくユナだった。
「過去へ戻って、やり直すんじゃありません」
ユナは紙に描いた復元命令の流れを指で押さえた。
「生きていた状態を、今へ書き戻す。命令の構造は、これまで調べたものと同じです。ただ、その上にある七年ぶんを残せません」
「門も?」
「復興した街も、共界門も。七年前にいなかった人も」
広場のトオルが、ノノを自分の脚の後ろへ寄せた。
『訂正します。消えるのではありません。まだ書かれていない状態へ戻ります』
「今いるのに?」
アカリが顔を上げる。
『書かれていない者は、苦痛を持ちません』
『戻してくれよ』
質問用回線に、男の声が乗った。
『息子が、あそこにいるんだ。もう一度だけでいい。顔を見たいんだよ』
レンはマイクへ手を伸ばし、途中で止めた。
会いたかった。七年間、ずっと。
瓦礫の前で動けなかった十歳の自分なら、相手の説明が終わる前に頷いていたかもしれない。
「レン」
アカリが、二人の間だけに届く声で呼んだ。
「あたし、今ちょっと、戻りたいって思った」
「……俺も」
「言ったら、怒ると思った」
「怒れないだろ。俺もなんだから」
アカリは笑わなかった。
レンも、広場の男へ言葉を返せなかった。
「ねえ。わたしも、きいていい?」
広場の声だった。
トオルの脚の後ろから、ノノが顔を出していた。近くの係員が、質問用のマイクを持ってしゃがむ。
「ノノ、待って」
「お父さんも、わかんないんでしょ」
トオルの手が止まった。
係員が父親を見る。トオルは娘の隣にしゃがみ、首を縦に振った。
「三崎ノノです。俺の娘です。……この子の質問を聞いてください」
『どうぞ』
ノノは投影を見上げた。
「戻したら、わたしは、うまれるの?」
重なった声が、ほんの少し遅れた。
『起点記録に、あなたはいません』
「じゃあ、いなくなるの?」
『書かれていない状態になります。苦痛はありません』
ノノは父の顔を見た。トオルは唇を噛み、娘の手を離さなかった。
「痛くなくても、いなくなるのは、いや」
娘が指をほどいたのは、紙を開くためだった。
胸元で折り目を伸ばす。診療所で書いた、いびつな鉛筆の文字が出てきた。ノノはそれを端末へかざさず、父親のほうへ向けた。
「わたし、ここにいるもん」
『確認します。あなたは選択の主体として登録されていません。回答は集計対象外です』
トオルが娘を抱き上げた。
落ちかけた紙を、ノノが胸へ押さえる。
「今、この子に聞いていいと言っただろ!」
『質問を受け付けました。復元の可否を決める回答とは別です』
広場の係員が、マイクを下げかけた。
その手へ、蒼界側の代表が手を添える。
「切らないでくれ。今の返事も、両方へ流す」
代表は、映像の中のゼロではなく、集まった人々へ向き直った。
「聞いたな。いなくなる子の返事を、数えないと言っている!」
「ゼロ。その登録、いつのもの?」
艦橋でアカリがマイクを引き寄せた。
『起点記録に基づきます』
「七年前だよね。じゃあ、あの子は何を答えても入らないんだ」
『はい』
「戻りたい人の話は聞く。戻ったらいなくなる子の話も聞く。でも、その子が嫌だって言った分は数えない。……それで、みんなに聞いたことにするの?」
レンは隣へ立った。
アカリの指先が震えている。マイクを渡してとは言わず、コードが手すりへ引っかからないよう持ち上げた。
「さっきの人に、息子を諦めろって、あたしは言えない。でも、ノノの返事をなかったことにはさせない」
カナメが一歩進む。
「復元を実行する権限は、誰にある?」
『私です』
「ほかには?」
『ありません』
カナメは両世界の中継表示を確かめた。
「七年を戻したい人がいる。戻したくない人もいる。ここで急いで、一つの答えにまとめるつもりはない」
広場で、父親の腕の中の紙が動いた。
「だが、答える人をそちらだけで決めるのは認めない。今ここにいる者の返事も、受け取ってもらう」
白い人型は、顔を変えなかった。変える顔がなかった。
『回答を受領しました。対話を終了します』
「まだ話は終わってないだろ!」
レンが呼び止める。
『先に、最も純粋な差分から解放します』
「何をする気だ」
『起点規格から生まれ、起点記録に一行もないもの。あの二つの声です』
レンは弾かれたように振り返った。
アカリも、同じ扉へ走り出していた。
格納庫への階段を、一段飛ばしで駆け下りた。
レンは青い機体の足元を回り、乗降用の足場を登る。最後の段で靴を滑らせ、手すりを掴んだ。膝を打った痛みも気にせず、先へ進んだ。
「アズール!」
操縦席へ身体を滑り込ませ、表示を起こす。
返事が出た。
レンは続きを待った。
二文字なら、まだ出せていた。『他人』も『家族』も、あの掌の上で読んだ。
だが、次が出ない。
「正常って、言おうとしてるのか」
同じ一文字が残った。
レンは首を振る。勝手に続きを決めたら、返事を聞いたことにはならない。
「……分かんない。分かったふりはしないから、もう一回やってくれ」
手元のモニターに映る掌部の青いコアが、二回、瞬いた。
確かに、返事があった。
「うん。見てる」
もう一度、二回。
次の光が来るまで、長い間が空いた。
レンは操縦桿から手を離さず、その間も相棒の名前を呼び続けた。
戻りたいという願いも、今ここにいたいという返事も、確かに聞こえました。
ゼロは返事を受け取り、次の対象を選びます。
次回、第19話「壊れたままの会話」。
言葉の続きが出なくても、相棒との会話は終わりません。