【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
その優しさが、二機の合体を拒んだ。
「七年分ってさ、どこから話せばいいんだろうな」
最初の戦いから一時間後。境界航行母艦ノア・ギアの青側格納庫で、レンは青い半歯車を胸元に戻し、青銀のアズールを見上げていた。
目の前の位相窓には、赤側格納庫が映っている。長い赤褐色の髪を束ねたアカリが、赤金のフレアの足元からこちらを覗き込んでいた。
窓は映像と声だけを重ねる。手を伸ばしても、触れられるのは薄い光だ。
『やっと話せたのに、いきなり困った顔?』
「どんな顔だよ」
『夏休みの宿題、一日目から詰まった顔』
「七年分だぞ。宿題より多い」
『じゃあ、一個ずつにしよう』
アカリは少し考え、照れたように笑った。
『私、十四歳のとき、崩れた配給所から三人助けた』
「いきなり武勇伝か」
『このあと怖くて泣いた話もあるけど、聞く?』
「そっちを後回しにするなよ」
『レンもね。格好悪い話、ちゃんとすること』
「……十五歳の復興式で、俺だけ拍手できなかった」
アカリの笑みが、そっと消えた。
『どうして?』
「街が直るほど、アカリだけ置いていく気がした」
『そっか。私は、直った場所をレンに見せたかった』
「……いきなり重かったな」
『まだ一個目だよ』
「先が長い」
『うん。長くしよう』
アカリの七年は、レンの知らない七年だった。
それでも、互いの名前を呼んで、返事が来ない日を重ねてきた。
重界警報 蒼界三、紅界三
警報が二人の間へ割り込んだ。格納庫の床が震え、発進路の誘導灯が一斉に走る。
位相窓の向こうで、アカリがフレアへ駆けた。
「今度こそ続き、聞かせろよ」
『そっちこそ。格好悪い話、忘れないでよ!』
「戻ってから、続きを話す!」
六機のヌルが、二つの街へ三機ずつ降りた。
蒼界では、避難列車の高架へ紫の砲口が向く。鋼輪のきしみが街路まで響いた。先頭車両の窓には、一時間前にレンが助けた男の子がいる。母親に抱かれながら、こちらを見ていた。
「アズール、あの列車を通す。三機とも、ここで止めるぞ!」
『拘束順を出します。最初の狙いは、レンが決めてください』
「一機目の弾だ。二機目の脚へ曲げる!」
砲口が光った。
高架へ向かう光弾に、アズールの円環が絡みつく。捕らえた途端、操縦環が引っ張られた。
レンの腕が伸び切る。肘を戻し、肩ごと押し返した。
「曲がれっ!」
紫の軌道が折れた。二機目の膝を横から撃ち抜き、白い巨体が高架の手前で崩れる。
横から、三機目が来る。瓦礫を蹴散らし、列車へ突っ込んできた。足音が迫るたび、車窓が震える。
レンは操縦環を切った。アズールが高架の前へ滑り込み、掌の円環を重ねる。
白い肩が、正面から激突した。
「ぐっ……!」
背中が座席へ叩きつけられる。青銀の足が路面を削った。
下がれば、高架だ。
レンは両腕を突っ張り、操縦環を押さえ込んだ。
最後尾の車両がアズールの背後を抜ける。小さな手が、窓の向こうで振られた。
「よし。ここからは反撃だ!」
青い円環が三つの中核を捕らえた。
右へ。左へ。正面へ。
逃れようとする力が、操縦環をばらばらに引く。レンは歯を食いしばった。肩が鳴る。両腕を、胸元へ引き寄せる。
白い巨体同士が中央で激突した。装甲が潰れ、灰色の粒子へ崩れていく。
一方、紅界では、ヌルが地下水路の入口を囲んでいた。一時間前に救った老人が避難列の最後尾で足を引きずっている。
「フレア、入口を背にする。私たちより先には通さない!」
『了解。拳に集めましょう。押し返せます!』
フレアが一機目へ肩からぶつかった。
赤い装甲が鳴り、アカリの息が詰まる。止まらない。操縦環を押し込み、白い巨体を二機目の砲口の前へ押しやった。
紫の光が、白い胸で弾ける。
背後で、金属を削る音がした。三機目の刃が背部外装を浅くかすめ、視界の端に警告灯が点いた。
「まだ、振り向かない!」
老人が若者に支えられ、水路へ消える。最後の足音が入口の奥へ遠ざかった。
「待ってました!」
フレアが拳を地面へ叩き込んだ。
轟音。路面から突き上げる衝撃で、三機の足が同時に浮く。
アカリは操縦環を引いた。赤金の腰がひねられ、拳を引き絞る。
浮いた三つの中核が、一直線に重なった。
「そこっ!」
次の拳が打ち抜く。重い反動が腕を突き上げ、白い装甲が頭上から灰へ変わった。
六機分の粒子が、空へ吸い上げられた。
レンが息を吸おうとした、そのとき。
紫の亀裂が二つの空を切り裂いた。
黒銀の巨人が、音もなく降りる。紫の顔灯が、こちらを向いた。
レンの背筋を、冷たいものが走った。
『俺はカイン。この機体はヴァイス。お前たちが同じ未来を選べなくなるまで追う』
ヴァイスが消えた。
「どこへ――」
金属が裂ける音。
アズールの肩外装が浅く裂けた。同時に、赤い画面ではフレアの脇腹から火花が噴く。二つの操縦席が、逆向きに跳ねた。
「速すぎる……!」
青い街にいた黒銀の機体が、次の瞬間には赤い街にいる。
世界の隙間を、渡ってきた。
「アカリ、合体!」
『うん!』
二つの半歯車が光る。青と赤の輪郭が一度だけ重なり、激しい揺れとともに弾けた。
ユナの声が、二人の通信へ割り込んだ。
『レンさんは紅界を優先。アカリさんは蒼界を優先しています』
「そんな――」
レンは、アカリの生きる街を先に救おうとした。
アカリは、レンの生きる街を先に救おうとした。
互いを思ったはずの選択が、二機を遠ざけている。
『相手のためなら、自分の世界を捨てられる。それが信頼か』
ヴァイスが両腕を広げた。
黒い槍は、列車の進む先の高架へ。銀の槍は、住民が入った水路の天井へ。
さっき見送った尾灯が、まだ遠くに見える。赤い画面の水路には、老人たちがいる。
二人が守った場所へ、同時に狙いをつけた。
レンは位相窓のアカリを見る。映っているだけの手は握れない。それでも、その手が七年間、誰かを瓦礫から引き上げてきたことは聞いた。
「アカリ。紅界は任せる」
『レン?』
「俺は蒼界を守る。そっちは、アカリがいるだろ」
アカリは唇をかみ、赤い操縦環を握り直した。
『分かった。蒼界は任せる。レンなら守れる』
二本の槍が放たれた。
レンは高架の前へ踏み込んだ。
黒い穂先が、青い円環へぶつかる。掌から肩まで装甲がきしみ、操縦環の上で指が滑った。
握り直す。アズールの足を、もう一度踏ん張らせる。
紅界では、フレアの拳が銀の槍へ飛んだ。閃光が画面を埋める。赤い装甲が削られた。
アカリは押し切る。もう、蒼界を振り返らない。
「こっちは守った!」
『こっちも!』
二つの槍が同時に砕けた。
『アズールは、レンの選択を承認します』
『フレアも、アカリの選択を承認します』
レンの背後に、蒼界の高架。アカリの背後に、紅界の水路。
二人とも、持ち場を離れない。
二つの声も、それぞれの選択を認めた。
青銀と赤金の装甲が、光の粒へ変わった。
世界の壁を挟んだまま、一つの輪郭へ組み上がる。
胸の歯車が噛み合い、低い響きが二つの操縦席を満たした。
黄金の歯車が、回る。
『双界機神、インフィナイト』
右から、刃が来た。
レンが操縦環を引く。インフィナイトが身を沈め、頭上を刃が抜けた。
青い掌から円環を放つ。銀白の装甲が光る腕に絡みついた瞬間、重い手応えがレンの肩まで突き上げた。
「捕まえた!」
赤い拳が、黒い肩へ飛ぶ。
その寸前、ヴァイスの輪郭が揺れた。世界の隙間へ沈み、拳は黒い残像だけを打ち抜いた。
『声が聞こえる間だけの信頼か』
正面に、黒銀の巨体が戻った。
刃が、黄金の通信環へ突き立つ。
甲高い音とともに位相窓が乱れ、アカリの姿が細い赤線へ砕けた。声にも雑音がかぶる。
まだ聞こえる。レンは、その声を追った。
「腕は止める。黒い肩は任せる!」
『任せて。そっちも、手を出さないでよ!』
「出せる余裕がない!」
『じゃあ、ちょうどいい!』
青い掌から、三重の円環が締まった。その腕を固定する。
ヴァイスが身をよじった。レンの両手が、操縦環ごと振られる。指の付け根に痛みが走った。
離さない。
赤い脚が瓦礫を踏み砕く。一歩、踏み込んだ。アカリは揺れる照準を黒い肩へ戻す。
レンは止める。アカリは殴る。
青い拘束が作った道へ、赤い拳が飛び込んだ。
ヴァイスが捕らえられた腕を引き抜こうと上体をひねる。黒い肩が拳の軌道から外れ、その先へ頭部が滑り込んだ。
拳が紫の顔灯へ迫る。
『そこは、壊さないで』
知らない少女の声だった。
一瞬だけ、白い髪と、本人の右目が青、左目が赤の少女が位相窓へ映る。
「誰――」
返事を考えるより先に、アカリは操縦環を切った。
赤い拳が顔灯を外れる。
黒い肩へ、叩き込んだ。
砕ける装甲の音が操縦席を震わせた。アカリの腕が押し戻される。
捕らえた腕も逃がさない。レンは円環を締め上げ、操縦環を胸元へ引いた。
黄金の奔流が、黒銀の巨人を亀裂へ押し戻した。
風圧で瓦礫が浮く。反動が二つの座席を揺さぶり、インフィナイトの足が地面を削った。
それでも二人は、操縦環を押し続けた。
操縦席のカインが、白髪の少女を睨む。
『ニル。なぜ、お前が二人を止める』
黒銀の巨人が亀裂の向こうへ退き、裂け目が閉じた。位相窓からも、ニルの像が消える。
残ったのは、遠ざかる避難列車の走行音と、地下水路の奥から届く点呼の声だった。
日付が変わった午前二時十七分、蒼界と紅界の端末へ同じ信号が届いた。
送信元は空欄。表示されたのは、七年前に閉鎖された旧研究区画の座標だった。
蒼界のレンが通話を開く。
「アカリ、見えてるか」
『見えてる。今度は同じものを見てる』
白い髪の少女が一瞬だけ映る。本人の右目は青、左目は赤だった。
『レン。アカリ。次は、私を見つけて』
映像が消え、座標だけが残った。
レンは青い半歯車を握る。位相窓の向こうで、アカリも赤い半歯車を握っていた。
「七年前から知ってる声みたいだった」
『うん。でも、思い出せない』
「だったら、一緒に確かめよう」
『別々の世界から、でしょ』
「……今は、それでいい」
思い出せない声が、二人を待っている。
今日の行き先は、決まった。
守りたいからこそ、相手へ任せる。
次回、第3話「三つ目の記憶」。ニルが残した座標で、忘れられた約束が目を覚まします。