【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
七年ぶりに会った相手は、知らない七年を生きていた。
「……さっきから、何度も見ちゃうな」
最初の戦いから一時間後。
母艦ノア・ギアの青側格納庫で、レンは胸元に半歯車をしまった。見上げる先には、青銀のアズールが立っている。
その足元に浮かぶ光の窓には、別の格納庫が映っていた。赤金のフレアと、長い赤褐色の髪を束ねたアカリ。二人は同じ母艦にいても、青と赤、別々の世界にいる。
この位相窓を通して、アズールとフレアが声と映像をつないでくれる。レンが手を伸ばしても、指先に触れるのは薄い光だけだった。
『何を?』
「アカリが、まだいるかどうか」
窓の向こうで、アカリが手を上げた。光に重なった二人の指は、触れなかった。
『いるよ。さっきも確認したでしょ』
「分かってる」
『私も、つい見ちゃうけどね』
アカリは手を下ろし、フレアの足元に腰を落とした。レンも窓に向き直る。
「七年分って、どこから話せばいいんだろうな」
『一個ずつ。今、浮かんだやつからでいいよ』
レンは頭上のアズールを見た。
「アズール。この通話、残せるか。聞き直せるように」
『フレア、私の方もお願い』
アカリも相棒を見上げる。二機から、通話を保存するという返事が届いた。
それからアカリは、膝に置いた手を見た。指を伸ばして、また握る。
『じゃあ……一個目。びっくりしてよね』
『私、十四歳のとき、崩れた配給所から三人助けた』
「三人も? 一人でか」
『うん。自分でも、よく助けられたなって思う』
少し胸を張ったアカリが、レンの顔を見て肩を落とした。
『……そんな顔しないで。ちゃんと助けられたんだから』
「どんな顔してた?」
『また瓦礫の下にいるみたいな顔』
レンは窓から少し離れた。アカリはここにいる。七年前のように、手を伸ばしても帰ってこない相手ではない。
『そのあと、怖くて泣いたんだけどね』
「それも、聞かせてくれよ」
『うん。じゃあレンも、格好悪い話、ちゃんとすること』
「……十五歳の復興式で、俺だけ拍手できなかった」
アカリの笑みが、そっと消えた。
『みんな、喜んでた?』
「ああ。俺も、喜べばいいのにって思ってた。でも、街が直るほど、アカリだけ置いていく気がして」
アカリはすぐには返さなかった。窓の下へ視線を落とし、小さく息を吐く。
『そっか。私は逆だった。直った場所、レンに見せたかったの』
「……ああ。そういうのも、あったか」
『うん。でも、レンの話も聞けてよかった』
「いきなり重くなったな」
『私も泣いた話を持ってきたんだから、お互いさま』
レンがようやく顔を上げると、アカリはそこにいた。続きを待つ顔だった。
「まだ一個目か」
『うん。急いで終わらせなくていいでしょ』
レンが笑うと、窓の向こうでもアカリが笑った。
聞きたいことが、また一つ増えた。
重界警報 蒼界三、紅界三
警報が二人の会話に割り込んだ。格納庫の床が震え、発進路の誘導灯が一斉に走る。
位相窓の向こうで、アカリがフレアへ駆けた。
「戻ったら、さっきの続きな!」
『うん。レンも、戻ってきてから聞いて!』
レンは振り返った。窓の向こうでも、アカリが足を止めてこちらを見ていた。
「分かってる。二人とも、だ!」
白い敵機ヌルが、二つの街に三機ずつ降りていた。
レンのいる蒼界では、避難列車が高架を走っている。その線路に向け、一機が紫の砲口を持ち上げた。
車輪のきしみが街路まで響く。先頭車両の窓には、一時間前にレンが助けた男の子がいた。母親に抱かれながら、アズールを見ている。
「アズール、あの列車を通す。三機とも、ここで止めるぞ!」
『三機とも射程内です。列車は、まだ抜けていません』
砲口が光る。その横で、二機目が脚を踏み出した。
「撃たせる。弾を、あいつの膝へ曲げる!」
敵の砲口から、紫の光弾が放たれた。
アズールの掌から、青い光の輪――円環が飛ぶ。高架へ向かう光弾を輪が捉えた途端、レンの握る操縦環が引っ張られた。
前へ引きずられ、腕が伸び切った。レンは息を詰め、肘を腹へ寄せる。両手で操縦環を横へ押し戻した。
「曲がれっ!」
光弾が高架の手前で曲がり、二機目のヌルの膝を横から撃ち抜いた。敵が片膝をつき、地面に倒れる。
横から、三機目が来る。瓦礫を蹴散らし、列車へ突っ込んできた。足音が迫るたび、車窓が震える。
レンは操縦環を切った。アズールが高架の前へ滑り込み、両手に青い円環を重ねて待ち構える。
突進してきたヌルが肩からぶつかり、アズールを押し下げた。
「ぐっ……!」
アズールの足が路面を削る。止まりきれず、かかとが後ろへ滑った。
下がれば、高架にぶつかる。
レンは両腕を突っ張り、操縦環を押さえ込んだ。
最後尾の車両がアズールの背後を抜ける。小さな手が、窓の向こうで振られた。
「行ったな。……よし、今度はこっちだ!」
レンは三機のヌルに青い円環を放った。それぞれの胸にある中核を、輪が締めつける。
「掴めた……!」
最初の一機には、何度も輪をすり抜けられた。今度は違う。締めるほど、三つの中核から重さが返ってくる。
だが、三機は右へ、左へ、正面へと逃れようとした。操縦環がばらばらの方向に引かれる。
「逃がすかっ!」
レンは歯を食いしばり、両腕を胸元まで引いた。
三機が一か所に引き寄せられる。白い巨体同士が激突し、潰れた装甲が灰色の粒子になって散った。
一方、アカリのいる紅界。
アカリの前でも、三機のヌルが地下水路の入口に迫っていた。背後では、一時間前に救った老人が避難列の最後尾で足を引きずっている。
「フレア、入口の前! あのおじいさん、まだ中に入れてない!」
『はい。背中は入口へ向けて。前から来る三機を押し返します!』
フレアが一機目に肩からぶつかった。
フレアの肩の装甲が鳴る。それでもアカリは操縦環を押し込み、踏ん張る敵を押し続けた。
そのまま二機目の砲口の前へ押しやる。
二機目が撃った光弾は、押し出された一機目の胸に当たった。
その間に、三機目がフレアの背後へ回り込む。刃がフレアの背中を浅く削り、アカリの画面に警告灯がともった。
「っ……まだ! 前を空けないで!」
老人が若者に支えられ、水路へ消える。最後の足音が入口の奥へ遠ざかった。
「フレア、いくよ。今までの分、返す!」
フレアが拳を地面に叩き込んだ。
轟音。路面から突き上げる衝撃で、三機の足が同時に浮く。
アカリは操縦環を引き、フレアの腰をひねった。引き絞った拳の先に、浮き上がった三機の胸が重なる。
「そこっ!」
フレアが踏み込んだ。拳が一機目の胸へめり込み、その巨体ごと奥の二機へ叩きつける。重なった中核が、赤い拳の進む先で砕けた。
重い。腕が止まりかける。アカリは腰を浮かせ、操縦環を最後まで押し切った。
白い装甲が頭上で灰に変わり、水路の入口に降り注いだ。
六機分の粒子が、空へ吸い上げられていく。
レンが息を吸おうとした、そのとき。
紫の亀裂が二つの空を切り裂いた。
黒銀の巨人が、音もなく降りる。顔にともった紫の光が、アズールを向いた。
レンは操縦環を握り直した。
その瞬間、黒銀の姿が消えた。
「どこへ――」
金属が裂ける音。
刃がアズールの肩外装を浅く切り裂いた。レンが振り向くより早く、黒銀の姿が消える。
今度は、通信画面の中でフレアの脇腹から火花が噴いた。
『こっちに来た!』
「待て、今そっちに……!」
さっきまで目の前にいた黒銀の機体が、もう赤い街にいる。
走って追える速さではない。世界の隙間を渡っている。
「アカリ、合体しよう! そっちへ行く!」
『私も!』
二つの半歯車が光る。青と赤の輪郭が一度だけ重なり、激しい揺れとともに弾けた。
ユナの声が、二人の通信へ割り込んだ。
『レンさんは紅界を先に、アカリさんは蒼界を先に救おうとしています』
「赤い方へ行かなきゃ、アカリが……!」
『レンの肩だって切られたじゃない! 私がそっちへ――』
言いかけたアカリと、窓越しに目が合った。
彼女の手も、操縦環を握り込んでいる。レンを先に助けようとして。
同じ気持ちなのに、機体は重ならなかった。
知らない男の声が、通信に割り込んだ。
『自分の街は、捨てるのか』
黒銀の機体が両腕を広げた。
レンの前では、黒い槍が高架を狙う。その先には、さっき見送った列車の尾灯がまだ見えた。
アカリの画面には銀の槍。住民が逃げ込んだ水路の天井に、穂先が向いている。
列車も、水路も、まだ射程の中にある。
レンは高架へ顔を戻しかけ、窓の中のアカリを見た。
彼女も操縦環を握っている。崩れた配給所から三人を助けた、その手で。
助けに行かなければ。また手が届かなくなる。
その考えに、さっき聞いた声が重なった。三人を助けた。そのあと、怖くて泣いた。
目の前のアカリは、七年前の瓦礫の下にいるのではない。ここまで自分で生きて、今も水路の前に立っている。
「アカリ。水路、守れるか」
『守るよ。当たり前でしょ』
返事はすぐに来た。レンは息を吐き、高架へ機体を向ける。
「任せる。俺は、こっちの列車を守る」
『……分かった』
アカリは、まだレンの肩の傷を見ていた。けれど、赤い機体の足は水路の前から動かさなかった。
『蒼界は任せたよ。私も、ここを離れない』
二本の槍が放たれた。
レンはアズールを高架の前へ踏み込ませ、飛んでくる黒い槍を青い円環で受け止めた。
槍に押され、アズールの腕の装甲がきしむ。レンの指が操縦環の上で滑った。
握り直す。アズールの足を、もう一度踏ん張らせる。
紅界では、アカリがフレアの拳を銀の槍にぶつけた。激しい光が画面を埋め、フレアの拳の装甲が削られる。
アカリは操縦環を押し切った。
「フレア、押し返せえっ!」
二本の槍が砕け散った。
レンは、高架を背に叫んだ。
「列車、無事だ!」
『水路も! ……レン、まだ動ける?』
「ああ。アカリは」
『殴れるよ、まだ!』
返ってきた声に、レンは息をついた。赤い画面の向こうで、フレアは水路の前に立っている。
こちらの高架も無事だ。列車の尾灯が、さっきより遠くに見えた。
「じゃあ、あいつを止めよう。両方守って、一緒に帰る」
『うん。戻ったら、話の続きだからね!』
レンが操縦環を握り直すと、アカリも同じように肘を引いた。
アズールの落ち着いた声が、二人の間に響く。
フレアの声が、力強く続いた。
「アカリ、いくぞ!」
『いつでも!』
別々の操縦席で、二人が前を向く。
今度は、同じ未来へ。
二人の声が重なった瞬間、アズールとフレアの装甲が光の粒へ解けた。
高架の前で、青銀の光が駆け上がる。水路の前で、赤金の光が広がる。
世界の壁を挟んだまま、二つの光が一つの巨体を組み上げていく。
青い腕。赤い拳。
足が大地を踏みしめ、胸の歯車が噛み合った。
がちり、と重い響きが二つの操縦席を貫く。
今度は、弾かれない。
二つの操縦席に、その名が轟く。
合体を終えたインフィナイトへ、黒銀の敵機が右から刃を振るった。
『レン、右!』
アカリの声に、レンが操縦環を引く。インフィナイトが身をかがめ、敵の刃が頭上を通り過ぎた。
レンはすぐに青い円環を放ち、敵が刃を振るった腕を捕らえた。
「捕まえた!」
アカリがインフィナイトの拳を突き出す。狙いは、捕まえた腕の付け根。敵の肩だ。
だが、拳が届く寸前に敵の姿が揺らいだ。敵は世界の隙間へ消え、拳だけが空を切った。
『その声が、また消えてもか』
男の声がした。黒銀の敵機が、今度は正面に現れる。
その刃がインフィナイトの黄金の通信環に突き立った。
甲高い音とともに、レンの目の前の位相窓が乱れた。アカリの姿が細い赤線に砕け、声に雑音がかぶる。
「アカリ!」
『いる! 聞こえてるから、前を見て!』
レンは、目の前の敵に向き直った。
「もう一度、腕を押さえる! 俺が呼んだら、肩を!」
『分かった。今度は逃がさない!』
レンは、敵が刃を振るう腕に青い円環を巻きつけた。一つ、二つ、三つ。輪を締めると、再び振り上げようとした刃が止まる。
敵が腕を引くたび、レンの握る操縦環も引っ張られた。レンは肘を張り、両手で押さえ込む。
「今だ、アカリ!」
アカリはインフィナイトを一歩前へ出した。瓦礫を踏み砕き、さっき届かなかった敵の肩へ拳を突き出す。
敵は捕まった腕を引き抜こうと身体をひねった。
肩が横へずれた。その代わりに、紫の光がともる顔が拳の正面に入る。
『そこは、壊さないで』
少女の声だった。
強い叫びではなかったのに、アカリの手が止まりかけた。
位相窓に、一瞬だけ白い髪が映る。右の青い目と左の赤い目が、迫る拳を見ていた。
「誰――」
レンが言い終えるより早く、アカリは操縦環を横へ切った。
誰なのかは分からない。けれど、今の声を聞いたまま、拳を押し切ることはできなかった。
インフィナイトの拳が、敵の顔から外れる。アカリはそのまま拳の向きを変え、敵の肩に叩き込んだ。
装甲が砕けた。重い手応えに、アカリの腕が押し戻される。
レンも敵の腕を放さない。青い円環を締め、後ろへ逃げようとする黒銀の巨体を引き留めた。
「肩には当たった! このまま、押し返す!」
『うん。街から離して!』
青と赤の掌が正面へ向く。胸の歯車から、金色の光が走った。
インフィナイトから放たれた金色の光が、黒銀の敵機を包み、亀裂へ押し戻した。
風圧で瓦礫が浮く。反動が二つの座席を揺さぶり、インフィナイトの足が地面を削った。
それでも二人は、操縦環を押し続けた。
押し戻される黒銀の機体――ヴァイス。
その操縦席で、カインは白髪の少女を睨んだ。
『ニル。……なぜ止めた』
窓の中の少女は、まだ二人がいた方を見ていた。カインは返事を待ったが、白い唇は動かなかった。
黒銀の巨人が亀裂の向こうへ退き、裂け目が閉じた。位相窓からも、ニルの像が消える。
残ったのは、遠ざかる避難列車の走行音と、地下水路の奥から届く点呼の声だった。
日付が変わった午前二時十七分、蒼界と紅界の端末へ同じ信号が届いた。
送信元は空欄。表示されたのは、七年前に閉鎖された旧研究区画の座標だった。
蒼界のレンが通話を開く。
「アカリ、見えてるか」
『見えてる。今度は同じものを見てる』
白い髪の少女が、一瞬だけ映った。
さっき、拳を止めた子だ。
『レン。アカリ。次は、私を見つけて』
映像が消え、座標だけが残った。
レンは青い半歯車を握る。位相窓の向こうで、アカリも赤い半歯車を握っていた。
「俺たちの名前、知ってたな」
『うん。……私も、あの子の声、知ってる気がする』
「七年前に、聞いたような」
レンは思い出そうと目を閉じた。浮かぶのは、さっきの青と赤の目だけだった。
『駄目。出てこない』
「なら、会って聞こう」
『うん。二人でね』
レンは目を開け、窓の向こうのアカリへ頷いた。
同じ場所へ向かっても、歩くのは別々の世界だ。それでも、一人で確かめに行くのとは違う。
思い出せない声が、二人を待っている。
今日の行き先は、決まった。
次回、第3話「三つ目の記憶」。
名前を呼んだ少女を捜して、二人はそれぞれの世界から、七年前の研究区画へ向かいます。