【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
その前に、話しておきたいことがある。七年の間、一人で泣いた夜のこと。
午前二時十七分に届いた信号は、もう途切れていた。
ノア・ギアの作戦室で、レンは端末の再生欄へ指を伸ばしかけ、引っ込めた。
少女の映像は、もう出てこない。残っているのは、座標だけだった。
蒼界では、七年前に封鎖された旧研究区画。紅界では同じ場所が地下へ崩れ、地図から消えていた。
机の向こうには赤い位相窓が開き、髪を結び直したアカリが映っている。
『もう一回、映らないかな』
「さっきから、ずっとこれだ」
『あんなところで、一人で待ってるのかな』
「……昔の記録かもしれないぞ。本人が送ったかも、まだ分からない」
アカリは頷いた。それでも、座標から目を離さない。
『でも、私たちの名前、呼んだよ』
「分かってる。だから、行って確かめたい。罠だってことも、あるかもしれないけど」
『それ、止める顔じゃないよね』
レンが顔を上げると、アカリは眠そうな目を細めた。
「止められたら、困る」
『私だって。じゃあ、二人とも行きたいってことで』
ユナが二つの地図を重ねた。地下へ下る道筋は違う。それでも、届いた座標は同じ一点を示していた。
「二機のまま向かってください。地下の通路には、合体した状態では入れません」
ユナはそれぞれの道を指でたどり、最後の一点で止めた。
「ここで、青と赤の信号を重ねます。先に着いた一機は、必ず待ってください。通信はこちらで保ちます」
「分かりました。ここまでなら、別々に進める」
『先に着いても、置いていかないでよ』
「そっちこそ。気になる扉があっても、先に開けるなよ」
『……よく分かってるね』
「今、地図の奥ばっかり見てただろ」
アカリが小さく笑った。レンも笑ったが、二つの道を見直すと、指が止まった。
同じ場所に着いても、彼女の隣へ降りられるわけではない。通じる声だけは、失いたくなかった。
『……ねえ。戻ってからって言ったけど』
アカリは、結び直した髪の先を指で触った。
『泣いた話、今でもいい? 出発まで、少しあるよね』
「うん。聞く」
レンは地図から顔を上げ、アズールへ呼びかけた。
「この話も、残しておいてくれ」
アズールから、落ち着いた返事が届いた。
『承知しました。前の通話と一緒に残します』
アカリも、窓の向こうで相棒に呼びかける。
『フレア、私の方もお願い』
フレアが保存すると答えるのを待って、アカリは話し始めた。
『三人を助けたあと、配給所の裏へ行ったの。誰も見てないところまで歩いて、そしたら急に、足が動かなくなって』
アカリは机の下へ視線を落とした。今も足を確かめるように。
「……一人で?」
『うん。助けられたんだから、喜べばよかったのにね』
「さっき、俺も同じこと言ったな」
アカリが顔を上げた。
『ああ……そっか。そうだね』
笑みはすぐ消えたが、次の言葉は出てきた。
『助けた人の顔が浮かぶたびに、次は間に合わなかったらどうしようって。まだ誰も助けてって言ってないのに、怖くなって。それで、泣いた』
レンは返す言葉を探した。
格納庫では、瓦礫の下に残るアカリを思い浮かべた。けれど彼女が話しているのは、無事に外へ出た、そのあとのことだった。
そこまで考えていなかった。助かったら、それで怖さも終わるような気がしていた。
『レンには、格好いいところから話したかったんだけどね』
「三人を助けたのは、本当だろ」
『うん』
「そのあと泣いたのも、本当なんだろ。……両方、聞きたいよ」
アカリは少し黙り、鼻をすすった。
『困らせるかと思った』
「何て返せばいいかは、困ってる。でも、話さなきゃよかったとは思わないでくれ」
アカリは目元をこすり、小さく頷いた。
レンは窓の方へ手を出しかけたが、机の上に戻した。今は、隣へ行ってやることもできない。
その手に気づいたのか、アカリが顔を上げる。
『……また話すね。まだ、言えてないこと、いっぱいあるから』
「ああ。俺も話す。戻ったら」
『うん。ちゃんと、戻ろう』
『行こう、レン。あの子が待ってるかもしれない』
レンは頷き、端末の座標を確かめた。
夜明け前、アズールとフレアは、それぞれの旧研究区画へ降りた。
アズールの肩には、黒銀の敵機に切られた傷が残っている。フレアの脇腹と背中も、傷口をふさいだだけだった。二機とも動けるが、修理を終えたわけではない。
蒼界の地下路は、白い壁に挟まれた一本道だった。
右の壁には、記録を送るための導管が奥まで続いている。レンが経路表示を確かめると、管に沿った灯りが順にともった。
紅界の通路は、斜めに沈んでいた。フレアの足元には瓦礫が積もり、その隙間を地下水が流れている。アカリは天井を支える柱を避けながら、一歩ずつ下った。
『うわ、また沈んだ。そっちは歩けてる?』
「こっちは平らだ。先まで見える」
『ちょっと交換したい』
「こっちも、隠れる場所はないぞ」
そう言った途端、アズールの前方で床が割れた。
穴から白い腕が伸び、三機のヌルが姿を現す。
二機は通路をふさぐように並んだ。残る一機は、壁の上部を通る整備路へ跳び上がる。その砲口が、右壁の導管に向いた。
「導管の前へ! 切られたら、記録が読めなくなる!」
レンはアズールを導管の前へ移動させ、両手に青い円環を重ねた。
上のヌルが発砲する。光弾が円環にぶつかり、アズールの腕を押した。
レンは肘を曲げ、操縦環を支える。肩の傷が開きかけ、画面の端に警告が点った。
二発目が来る。レンはアズールの両手を上げ直した。
「まだ撃ってくる。アズール、腕を上げて!」
紫の光が円環の表面ではじけた。アズールの足が床を滑り、背中が壁のすぐ前まで押し込まれる。
だが、弾は通していない。導管の灯りは、背後でともったままだ。
敵の砲口から光が消えた。
「次を撃つ前に!」
レンは円環を放ち、整備路に立つヌルの胸を捕らえた。そのまま操縦環を下へ引く。
敵が手すりにつかまった。アズールが腕を引き切ると、手すりが根元から外れ、ヌルが整備路から落ちた。
白い巨体が床に叩きつけられる。
その向こうから、残る二機がアズールへ走ってきた。
「二機、来る。アカリ、そっちは――」
『こっちも出た! 前と、後ろ……水の中にも!』
アカリの前では、瓦礫を押しのけて一機のヌルが立ち上がっていた。振り向くと、後ろからも一機が迫っている。
さらに、右側にたまった地下水の中で、紫の光がともった。
三機に囲まれる。
アカリは、フレアの右後ろにある赤い扉を見た。画面の座標は、そこを示している。
「フレア、扉の前へ!」
フレアが水を蹴り、右後ろの扉へ斜めに下がった。扉に背を向けて身体を回す。正面の敵と、さっき背後にいた敵が、今は両方とも視界に入る。
「うん。あの子の手がかり、壊させない!」
左から来たヌルが、フレアの胸を狙って腕を突き出した。
アカリはフレアの身体をひねり、その腕を脇に抱え込む。敵の拳が脇腹をこすり、ふさいだばかりの装甲から火花が散った。
正面のヌルが拳を振り上げる。
「そっちへは行かせない!」
アカリは掴んだ腕を引き、左のヌルを正面の敵との間へ引き込んだ。
振り下ろされた拳が、引き込まれたヌルの胸に当たる。装甲がへこみ、二機がもつれて膝をついた。
直後、右側の水面が紫に光った。
赤い通話画面を見たレンの声が、飛び込んできた。
『アカリ、右、水が光ってる!』
「見えた。離さないで、フレア!」
アカリは掴んだ腕を離さず、膝をついたヌルを引き起こした。
水中から飛んだ光弾が、その背中に命中する。
盾にした敵機がフレアに押しつけられた。アカリは息を詰め、操縦環を押し返す。ここで退けば、後ろの扉まで潰してしまう。
フレアが踏ん張り、二機分の重さを支えた。
砲撃が途切れた。
水面を割って、三機目のヌルが胸まで浮かび上がる。
「撃ち終わった……今!」
フレアは盾にしたヌルを左へ倒し、砲撃してきた敵へ踏み込んだ。
水を跳ね上げて拳を突き出す。三機目の胸に拳がめり込み、中核の紫の光が消えた。
蒼界では、二機のヌルが左右に分かれ、アズールへ迫っていた。
レンは導管を背にしたまま、両方の敵の胸へ円環を放つ。
輪に捕まった二機が、互いに離れようと足を踏ん張った。レンの両手が、操縦環ごと外へ引かれる。
「アズール、足を止めてくれ。こいつらを引き寄せる!」
『支えます。レンは、輪を離さないでください』
アズールの足が床を踏みしめる。
レンは息を止め、両手を中央へ寄せた。円環に引かれた二機がバランスを崩し、アズールの正面で衝突する。
その足元で、整備路から落としたヌルが起き上がろうとした。
「まだ動くのか……! お前も離さない!」
レンは三機目にも円環をかけた。
三機の胸の中核を、それぞれの輪が締めつける。床を押していた腕が止まり、立ち上がりかけた膝が折れた。
レンは力を緩めず、三機とも動かなくなるまで押さえ続けた。
紅界では、先ほど倒れた二機が瓦礫を押しのけていた。
アカリはフレアを扉の前へ戻しながら、敵の足元を見た。ひびの入った床に、二機が並んで乗っている。
その床は、扉や天井を支える柱から離れていた。
「フレア、あのひび。敵の下だけ、落とせる?」
『柱と扉から離れています。手前を叩けば、そこだけ崩せます!』
「じゃあ、そこ。大きく振らなくていい!」
フレアが身をかがめ、ひびの手前に拳を叩き込んだ。
亀裂が敵の足元まで走る。二機が踏み出そうとした瞬間、床が抜けた。
ヌルが二機とも穴へ落ち、地下水が吹き上がる。
アカリはフレアの腕でしぶきを払い、後ろを確かめた。
赤い扉は、無事だった。
レンは停止した三機を確かめ、アカリへ呼びかけた。
「三機とも止まった。導管も生きてる」
『扉も無事。……よかった、間に合った』
「扉じゃなくて、アカリは?」
アカリは答える前に、脇腹へ手を添えた。
『ちょっと、痛い』
「そういうの、先に言えよ」
『レンだって肩、かばってる』
レンは、操縦環から離しかけた手を見た。窓越しでも、見えていたらしい。
「……こっちも痛い。でも、腕は動く」
レンは通話画面の向こうで、アカリが息を整えるのを待った。
「引き返しても、いいんだからな」
『せっかく、ここまで来たのに』
「それで無理するなら、帰ろうって言うぞ」
アカリは反論しかけ、息を吐いた。
『……分かった。動かせるか、ちゃんと確かめる。レンもやって』
レンは肩の警告を確かめ、アズールの腕をゆっくり動かした。反応は返ってくる。赤い画面でも、フレアが腕を上げ、下ろした。
『まだ行ける。今は、本当』
「俺もだ」
「無理になったら、途中でも言う。黙って我慢はしない」
『約束ね。私も言う』
レンは守った導管に沿って、通路の奥へ進んだ。
最深部の扉に着いたとき、アカリのフレアは、紅界の扉の前で待っていた。
「待たせた」
『待ったよ。ちゃんと』
フレアの掌は、まだ扉に触れていなかった。レンは小さく頷いた。
「ありがとう。一緒に開けよう」
ユナの合図で、アズールとフレアがそれぞれの扉に掌を当てた。
青と赤の信号が重なる。扉の中央に光が走り、七年間閉じていた二つの記録室が、同時に開いた。
レンの前には、乾いた白い部屋があった。
アカリの前には、半ば水に沈んだ暗い部屋があった。
壁も床も違う。それでも、中央の記録台だけは同じ位置に残っている。
アズールとフレアが手をかざすと、位相窓に古い映像が浮かんだ。
床に、三人の子どもが座っていた。
十歳のレンと、十歳のアカリ。
二人の間には、あの白い髪の少女がいる。右目が青く、左目が赤い。
三人の前には、何も載っていない皿が一枚置かれていた。
『次は、ちゃんと三人で食べよう』
幼いアカリが、少女へ顔を向けた。
『ニルも、今度は好きなものを選んでいいから』
続いたのは、幼いレンの声だった。
少女は何度か瞬きをしてから、小さく笑った。
『約束。私も、二人と一緒に食べたい』
そこで音声が止まった。
空の皿を囲んで笑う三人の姿だけが、窓に残る。
「……ニル」
映像の中の自分が、今、そう呼んだ。レンも同じ名前を口にする。
舌は少しもつかえなかった。なのに、その子を呼んだ記憶が出てこない。
十歳の自分は、何も迷わず、少女へ話しかけている。
『レン、名前、呼んでる』
「ああ。知ってたんだな、俺たち」
アカリは、笑う三人を見つめた。
『私も、三人で食べようって……こんなに普通に言ってる』
アカリが映像の少女を見つめた。
『このあと、食べたのかな。三人で』
レンは空の皿を見た。何を載せたのか。どんな話をしたのか。
何も思い出せないまま、画面の中のニルだけが笑っている。
「……会ったら、聞こう」
『食べてなかったら?』
「今度こそ、食べればいい」
アカリが顔を上げた。
『うん。好きなもの、聞かなきゃね』
アカリが目を伏せた。
『あの子、私たちの名前を覚えてたのに。私、名前も分からなかった』
「俺もだよ」
『どうして、こんなの忘れられるんだろう。……誰かに忘れさせられたのかな』
レンは答えられず、もう一度、映像の中の自分を見た。笑顔からは何も読み取れなかった。
そのとき、映像の下に一行の文字が現れた。
撮影時生体反応:四名
「四人……?」
レンは映像を見直した。
皿の周りに座っているのは、自分とアカリとニル。その三人だけだ。
端の方を拡大すると、三人の脇に、黒い靴先の影が見えた。身体は映っていない。それでも、その影は皿を囲む三人の方へ向いていた。
『この靴……誰の?』
「分からない。でも、すぐ隣にいたんだな」
レンは、十歳の自分の隣を見つめた。
名前を知っていたニルのことさえ、思い出せなかった。映像に姿のない一人のことは、何も分からない。
アカリが窓の向こうで、影のある場所へ手を伸ばした。
レンも同じ場所に指を添える。
「この人のことも、ニルに聞こう」
『うん。……三人のつもりで話してたんだね、私たち』
画面の端には、顔も名前も分からない影がある。レンはそこから、指を離せなかった。
二人の指は、触れ合わなかった。
その間に、三人の子どもと、四人目の影が映っていた。
空の皿を囲む三人と、画面の端の靴先。
次回、第4話「色のない明日」。
思い出せない約束の続きを、二人は見届けます。